ウマ娘光のヤンデレ概念 作:私たちは負けない!!
「なあ、アヤベはどうして俺を引き止めてくれるんだ?」
「────」
心の底から不思議そうに問いかける彼。何か言わなければいけないのに、私の中に答えは無くて。
「……そんなの、分からない。分からないわよ」
「そうか。悪いな」
「~~~……!!」
違う。こんな言葉じゃ彼を引き止められない。
「っとと、どうしたアヤベ」
彼に──トレーナーさんにしがみつく。ぐずる子供のように。そうでもしないと、この衝動は収まらなかった。
「……行かないで……死なないで……!お願いだから……!」
「……悪い、その約束はできない」
「バカぁ……っ!」
力が入らない腕で彼の胸を叩く。どうしてこの人は自分を簡単に諦めてしまうのだろう。私のことは放ってくれなかったくせに。
「……泣いているのか」
「……ッ、そうよ、あなたの所為で……!」
「分からないな。俺が消えたところでアヤベに何の影響がある?今のアヤベならトレーナーぐらいすぐに見つかるだろうし、もっと勝ち星を拾うことだってできるはずだ」
……この人の本性が、虚妄でしかなかったとしても。それでも私は、この人に笑顔でいてほしい。
その感情には──どんな名前が付く?
「はぁ~……」
弱ったな。こんな時、どう対応すればいい?
「……そろそろ門限だぞ」
「そうね」
アヤベは俺の隣に座り、片時も離れようとしない。
俺が入水自殺を図ってからこうだった。まあそうなるのも当然と言えば当然なのかもしれない。
しかし不思議だ。アヤベは俺の何に価値を見出しているのだろう。
俺にできることは他の誰でもできることだ。ましてや生きる希望を持ち合わせていない奴が成せることなど、たかが知れている。
あー……。あの夜に死ねてたらなぁ……。
夜も更け、ねぐらにしている学園近くのマンションに帰りベッドに体を投げ出す。
働くのは大変だ。それどころか、生きるという行為は随分と面倒なものだ。
だからテレビの電源を切るように、この境涯を放り出して、この生涯にも終わりを迎えられたらと思ったのだが。
こんなこと言ったらまたアヤベが怒るだろうな、と考えながらシャワーを浴びて、遅くなった夕食を摂ろうとしたのだが────
「────あ」
……早いな。もう時間切れか。
「ちょ、ちょっと待っててくださいね?今トレーナーさんに連絡しますから……」
たづなさんに急かしながら私は焦っていた。
トレーナーさんが規定時刻になっても学園にいない。電話をかけても出てくれない。
『ピーっと鳴ったら要件を──』
「……出ませんね」
「……そうですか。すみません、突然」
「トレーナーさんのお宅に伺ってみます。何かあったらお知らせしますから、少しだけ待っていてください」
「……あの」
「はい?」
「…………すみません。なんでもないです」
できることならついていきたかった。だけど私には走るという役目がある。ワガママを通すことはできない。
……でも。
無断欠勤をしてから十数日経った。理事長秘書が訪ねてきたが無視をした。とはいえ、無理やり押し入られたら困るので生きていることの痕跡は残したが。
何もしなくなった。飯も食わなくなった。
体が汚れるのは不快なため排泄や入浴はしたが、生きるためのエネルギーが枯渇していた。
このまま朽ち果てるように死んでいくのも悪くない。そう思い始めた日、光は唐突に差し込んだ。
「…………」
喉が渇いた。ここしばらく水分を補給していない。
腹が減った。まともに食事をしたのはいつだったか。
何もせず、何にもならず、ただ死に向かって歩いている。
ノックの音。
頼む。もう何もしたくないんだ。このまま眠らせてくれ。
激しくドアを叩く音。叫び声も聞こえる。この声は……アヤベ?
俺は薄情者だ。あれだけ彼女に踏み入っておいて、電池が切れたらハイ終わりなんて、虫がよすぎる。
それでも俺は、もう眠りたいんだ。
破砕音。
「トレーナーさん!!」
青ざめた顔で部屋に駆け込むアヤベを見てから、俺の意識は闇へと吸い込まれた。
目が覚めると病室だった。体には点滴が繋がれている。
「…………」
また、死に損なった。これで二度目だ。
アヤベは何故俺の命を諦めないのだろう。俺が消えたところで何の弊害があるというのか。
医師からは栄養失調との診断を受けた。しばらく職場復帰はできない。するつもりもないが。
「トレーナーさん……」
あれこれと考えているとアヤベが見舞いにやってきた。彼女には悪いことをしてしまった。
「──まずは、ごめん」
頭を下げる。こんなことをしたところで何か解決するわけではないが、しないわけにはいかない。
「……約束」
「約束?」
「…………約束したじゃない。私のために生きるって」
「そうだな。ごめん。忘れてくれ」
「……ッ!どうして……あなたは……!」
詰られるのは構わなかったが、これ以上生きろと言われても俺には無理だ。むしろここまでよくやった方だと思う。
「本当にごめん。だけど無理だ。俺はもう生きたくない」
「……………………そう、なの?もう、ダメなの?」
「頼む。一生に一度の願いだ。死なせてくれ」
「…………………………それでも、嫌。私は、どうなってもいいからあなたに生きていてほしい。一人じゃダメなら私が傍にいる。だから、お願いだから、私と一緒に生きて」
「……ずっと不思議に思ってたんだが、君にとって俺はなんなんだ?ただのトレーナーだろう?そこまで肩入れする理由がどこにある?」
「……そんなの、私にも分からない。だけど、あなたまで失うのは……もう嫌なの」
アヤベは俺に依存しているのか?妹を失った穴を埋めるために俺を求めているということか?
──いや、無いな。妹と俺はまったく別の存在だ。重ねる理由も確証も無い。
それにしても不思議だ。いくら彼女が優しいからといって、ここまで俺の死生観を否定するとは。
金ならひっそりと生きていく分にはある。しかしそれが生きる目的に繋がることはない。
──やっぱり面倒だな、生きるというのは。
トレーナーを辞めることにした。そして卒業したアヤベに引き取られる形でヒモになった。このことは彼女の両親に伝えていない。
廃人のように生きていた。いやもう廃人そのものだった。
食事さえもアヤベが促さないと摂られない。それ以外の時間は何もせず、宙を眺めている。
昔──といっても数年前だが──の俺は、ウマ娘ひいてはアヤベのためなら微塵と砕かるとも構わない……とでもいうような、聖職者ぶった考えを持ち合わせていた。
しかし、実態はただ空虚な孔がそこにあるだけ。俺の存在意義、答えとなるものはトレーナー職には無かった。
本来であれば落ちきっていた命は、アヤベによって繋がれている。
理由は分からないが生きていてほしい。その動機、芯となる部分は未だに掴めないままだ。
「ねえ、あなた」
▫▫▫▫▫
「ねえ、あなた」
座ってただ宙を眺めているトレーナーさんに言葉をかける。たとえこれが伝わらないとしても、私にはどうしても彼に言いたいことがあった。
「私、ずっと分からなかった。
きっと一人では乗り越えられなかった。あの子を失う悲しみを。
きっと一人では背負いきれなかった。ターフを駆ける歓びを、そして生きることへの宿願を。
「だからこの感情の名前を見つけるのも、随分苦労したわ。でもそれも今日まで」
私はあなたに生きていてほしい。その事訳は──
「私……あなたが好き。あなたがどんなあなたになっても、好き。だから──愛してる」
「…………え?」
彼はゆっくりと此方を見た。
▫▫▫▫▫
「愛……してるって?俺を?」
「そうよ。私はずっと、あなたのことが好き」
俺の
灰がかった視界に、色が点る。
「そうか……そうなのか」
そう考えれば納得できる。アヤベが俺を好いてくれたから、俺は命を拾った。どうしても死なせてもらえなかった。
じゃあ、対する俺はどうなんだ?
彼女の存在は生きるためのよりどころとはならなかった。だから俺は死のうとしていた。そんな俺が──誰かに愛される権利なんて持てるのか?
「……でも、俺は、アヤベを裏切って」
「いいの。それでも。私はありのままのあなたが好き」
脳が壊れるのではないかと思う程にその言葉をリフレインする。好き。愛している。その言葉が頭を離れない。
「────あ」
それからは早かった。堰を切ったように流れる滂沱の涙。無感情に、されど熱く、涙が頬を伝っていく。
……ああ。なんだ。こんなことで、よかったんだな。
私が彼に告白してから一年が経過した。
彼は働くようになった。曰く、『とりあえずアヤベが俺を見てくれている限りは頑張ってみるよ』とのこと。
彼の生きる目的は私に起因する。それは喜ばしくもあるけれど、実際は危うい。
それでも私は、あの人のことが好き。だからもう手放さない。
星を掴んで、今度は無二の輝きを、あなたに。
「……綺麗ね」
「そうだな」
こうして二人で星を眺めている間も、私の中には安らかな喜びがあった。
いつかあの子に会えたら、私はあなたのことをどんな風に言おうか。待ち遠しいけど、それはもっと後でいい。
「トレーナーさん」
「……もうトレーナーじゃないんだけどな。どうした?」
「あなたを、愛してる」
「……ああ……そうか……」
言葉を噛み締めるように空を仰ぐ彼。私はその隣で笑っている。
「アヤベ」
「なに?」
「俺は君を──愛していいのか?」
「……言わない」
それは私が決めることじゃない。少しいじわるだけど、この人がしたいように私を思ってほしい。
「……」
「──っ、トレーナー、さん?」
控えめに抱きしめられる。心臓の鼓動が胸を突き破りそうなほどに熱くて、速い。
「……ありがとう」
「……ええ」
陽だまりの中に彼はいる。そして、私も。