ウマ娘光のヤンデレ概念 作:私たちは負けない!!
──その人は、朧月のように儚かった。
怪異には、昔からよく遭っていた。霊感はそこそこだが、あと一歩で命を落とすような経験も味わってきた。
自分の故郷には悪霊的な存在が少なからずいた。近くに大規模な神社があったからなのかは定かではないが、自分はそこですくすくと育ち、トレーナーになるため上京することになった。
幼い頃からの夢。いつか中央に来るような素質のあるウマ娘を育てるという目標のためになら勉強も苦ではなかった。
だがそこで問題となったのは、都会にも霊的なものが溢れているということだ。
男ならどっしり構えるべきだ、と父親には言われたが怖いものは怖い。
とまあ、前途多難ありながらも試験に合格し、晴れて一人のウマ娘を受け持つこととなった。
彼女の名はマンハッタンカフェ。自分の初の担当ウマ娘である。
『……そっくりだな』
『え?』
彼との
今まで誰にも見られなかった『お友だち』を、彼は視認していた。
更に衝撃的だったのは彼の周りには『彼ら』が纏わり付いていた。その善し悪しに関わらず。
『アナタは……いや……気づいていますか?』
『ああ。昔から霊的なものを受ける体質でね』
同類、と思ったのか。その時の私は彼に”次”を求めていた。
マンハッタンカフェのおかげで”よくないもの”を追っぱらえるようになった。
自分の根本的な問題はどうしようもないが、それでも日常生活で怖い思いをしなくなったことは大きい。
彼女はとても静かな子だ。長々と話さなくてもこちらの意思を汲んでくれる。
聞くところによるとコーヒーと登山が好きらしい。
登山はともかくとして、自分はコーヒーが好きだ。これが少しでも話の種になればと思う。
『コーヒーは……お飲みになりますか?』
『……ありがとう、じゃ、頂くよ』
今でも覚えている。熱いコーヒーをちびちびと飲む彼の姿。
担当契約をしてから間もなく、私は彼の分のコーヒーを淹れるようになっていた。
コーヒー以外にも、私の趣味や嗜好に興味を示していた。
私の言葉一つ一つに目を輝かせ、時には疑問を、時には共感をぶつけた彼。
今まで誰に話しても受け入れられなかった私の世界。そのありのままの肯定に、私は傾倒していった。
足の爪だったり体重の急増減だったり不思議な点はよくあった。だが、度重なる霊障の前ではそれらの問題も些末事。
彼女をよく理解し、その時すべき行動をとるのがトレーナーの役割だ。
カフェ曰く、自分は『彼ら』に好かれやすいとのこと。確かに故郷にいた時は常日頃霊が傍にいた。
それはさておき。
カフェの夢は『お友だち』に追いつき、追い越すこと。自分がしてやれるのはそのための力添えだ。
トレーナー側がしてやれることは多いが、究極的に言えば走るのはウマ娘一人。本番に向けて背を正すのも、ターフを駆け抜けるのも、彼女自身の力によるものだ。
仕事は多い。さて、楽しくなってきたな。
『おおお……』
『……お気に召しましたか?』
タキオンさんと共同で使っている旧理科準備室に行くと、またもや彼は目を輝かせていた。
私が集めたグッズ全てに熱視線を投げかけ、私の解説を黙して聞いていた。
『念のため言っておきますが……タキオンさんから薬を飲むよう頼まれても応じないでください……』
『どうして?』
『どうしてもです』
『……?分かった』
この人は純粋だ。タキオンさんの口車に乗せられて妙な薬を飲まされるようなことでもあったら堪らない。
あの時の私はそんなことを考えていた。
季節はコロコロ変わり、適応するのに一苦労。
カフェといると時間の流れが早い。毎日が新鮮で喜びに溢れている。
この仕事にも慣れてきて、少しずつであるが自由時間も取れるようになっていた。
自分は生まれつき病弱なため、自然と効率よい仕事のしかたを習得していた。
面倒な体質だがそこに憂いは無い。むしろこんな楽しい世界に産んでくれた両親に感謝するばかりだ。
カフェのおかげで悪霊的なものとは(昼間限定だが)縁遠くなった。そうだな、カフェにも感謝だ。
彼女の『お友だち』とはたまに話す仲だ。
『お友だち』は速い。レースを見せてもらったが、群群と担当にしたくなるくらいの輝きを放っていた。
それ以外にも面白い点は、『お友だち』はカフェとそっくりな姿形でありながら表情や仕草などが活発的で、見ているだけで楽しめる。
……本当に、楽しいな。毎日。
たとえ明日死ぬことになっても、自分は本望だろう。
『勝ちました』
『ああ。よくやったな』
走る度に、帰る度に、彼は心の底から嬉しそうに微笑む。
そこまで喜んでくれるのであればこちらとしても走り甲斐がある。『お友だち』を追いかけていく中でも確かな多幸感があった。
彼はウイニングライブも好んでいた。私の一挙手一投足に頬を緩ませ、全力で応援に取り組んでいた。
慣れているのか、彼は毎夜襲い来る”よくないもの”にも朗らかに対応している。日中は私がなんとかしてあげられるものの、夜の時間ともなると私はトレーナーさんを守れない。
そんな毎日が続いた。時には『彼ら』が、時にはタキオンさんやポッケさんが介入することはあっても、今となっては輝かしい思い出だ。
自分は自分で思っている以上にマンハッタンカフェのことが好きなのかもしれない。
自分より小さな体で必死に守ってくれる美少女。このシチュが刺さる人間としては惚れない方がおかしかった。
とはいえ自分は大人。そんな本心をさらけ出すことは決してない。ちゃんと理性のストッパーが入っている。
とはいえやるせない日々が続く。誰かを好きになるということがこんなことだったなんて、全く知りもしなかった。
『けほっ、こほっ』
『……風邪ですか?』
『ああいや、昔からこうなんだよ』
トレーナーさんは病弱だった。いつも足を引きずるようにして歩き、頻繁に咳き込んでいた。
『彼ら』の影響も、或いはあったのだろうか。
私からしてあげられることは少なかった。いつもたくさんのモノをトレーナーさんから享受していたというのに。
一度トレーニングも兼ねて彼を抱えながら登山に行ったことがあった。彼の体質上激しい運動はできないため、行きから帰りまで私が抱えていった。
彼は山頂からの景色に興奮しながら喜んでいた。行きも帰りもたくさんの感謝を頂いた。
ハッキリ言ってしまおうか。私はトレーナーさんとの日々を愛おしく思っていた。
『お友だち』は押せ押せと言っていたが彼は大人だ。私の気持ちに応えることはできない。
そう、思っていた。
マズいことになった。カフェに自分の本心がバレた。
訳は簡単、『お友だち』にカフェへの思いをこぼしていると、彼女がたまたま部屋にやってきていた。
一応聞いてないフリをしてくれていたものの耳が赤かった。これは完全に終わったパターンだ。
ドン引きされただろうか。いやそれもそうだ。自分のトレーナー、しかも年上の大人に惚れられて引かない方が珍しい。
『お友だち』は行けるってと言ってくれたがこれはもうダメだ。明日から彼女とどうやって向き合えばいいか分からない。
『アナタは私にとって、唯一の月でした』
『…………。…………!?』
我ながら恥ずかしいことを言ったと思う。
あの日、トレーナーさんの本心を知って、私の中に潜んでいた感情は収まりがつかなくなっていた。
私はトレーナーさんを愛おしく思っている。『お友だち』にも背中を押され、一世一代の告白をぶつけた。
『え、えっとじゃあ……よろしく?』
『……はい。よろしくお願い、します』
いつしか私たちは心を通わせるようになった。勿論
……なんだかとんでもない方向へ話は進んだ。
とても信じられないが自分は彼女に好かれていた。『お友だち』があれだけ押してきたのはこれが理由だったのか。
……いいのか?いやこれとんでもなく真っ黒に近いグレーゾーンだな。法の圧力を感じる。
いや、今はそんなことに重きを置いている場合じゃない。
シニア期、最後の有馬記念。
あのアグネスタキオンが出走するんだ、油断はできない。
自分の全てを振り絞ってでも、前へ。
タキオンさんというライバル、そしてトレーナーさんの存在により、『お友だち』は際限なく速くなっていく。
タキオンさんの言うプランCに付き合うことは……まあ、考えてみるのも悪くないかもしれない。
私は……いや、私たちは勝利した。他でもない、私自身に。
私は有馬記念の覇者になった。
『おめでとう、カフェ』
『……はい。ありがとうございます。……ウイニングライブ、行ってきます』
『ああ。頑張って……って言うのも違うな……』
『?頑張ってでもいいのでは?』
『いや、君は既に十分すぎるくらい頑張ってるから。……そうだ、いってらっしゃい』
『──ふふっ。はい。行ってきます』
彼の言葉に、私の心は軽くなる。他の誰にもできない、トレーナーさんだけの導きだった。
トゥインクル・シリーズは無事終わり、彼女は後輩への指導も行うようになった。
これからも『お友だち』を追い、そして後輩たちに追われるように、自分も最善を尽くそうと胸に誓う。
──しかし、変だ。
ただでさえ悪い体調がここ最近は輪をかけて悪い。熱は収まらず、体全体がだるい。病院に行った方がいいのかもしれない。
間違いなく断言できる。その日々は毎日が幸福だった。
トレーナーさんの言葉に従い走り、『お友だち』に手招きされるまま走り、後に立つ影に急かされるように走る、そんな日々が。
『げほっ、げほっ。今のよかったよ。もう一本いけるか?』
『はい。……その、ご無理はなさらないでくださいね』
『んー……まあ、善処する』
トレーナーさんは日に日に顔色を悪くしていった。私の心配は届いたのか、病院にはちゃんと行ってくれた。
結果が出るまでしばらく時間がかかるとのこと。そのため猶予期間の間はできるだけトレーナーさんの負担にならないように努めた。
『わぁ……おいしいな、このコーヒー』
『はい……私のお気に入りです』
私のお気に入り──グアテマラのフルシティロースト──に舌鼓を打つトレーナーさん。
こんな日が毎日続いてくれたら。そんな願いは簡単に裏切られるということを、私は後に思い知らされることになる。
検査結果を聞くために再び病院へ。今日は珍しく『お友だち』が随伴している。
病院へ辿り着く前に様々な悪霊から
待合室で待機している最中も体の調子は悪かった。油の切れた機械のような歪さに支配されているようだった。
そして伝えられた結果。
……。
…………。
………………カフェに、謝らないとな。
『……嘘、ですよね?』
『ごめん。だけど本当のことなんだ』
今でもあの時の感覚は鮮明に思い出せる。耳鳴りがしていた。呼吸は早く、覚束ない。
トレーナーさんは困ったように笑っていた。
信じられなかった。いや、信じたくなかった。
彼が──癌だなんて。
『治りは……治りはするんですか?』
祈るように問いかけるが、彼は笑みを崩さない。もう全て諦めたかのような表情だった。
『全身に転移している……らしい。もう手術のしようがないだとかで』
唐突に突きつけられた絶望。その日『お友だち』は見えなかった。
入院生活が始まった。もう今までのように仕事はできない。
カフェは
できれば、自分なんかのために拘束されないでほしかった。彼女には未来があるのだから。
それでも自分はカフェに惚れていて、惚れられている。
正直言うと嬉しかった。自分のような身でも、誰かの大切な存在になれたということは。
自分は幸せ者だ。GⅠウマ娘の担当になれて、あんなにも楽しい日々を送れて。
ちょっと早すぎるかもしれないが、思い残したことはもう無い。それくらい満足のいく人生だった。
『トレーナーさん』
『ん、どうした?』
『……アナタは辛くないんですか?』
トレーナーとしてこれから芽吹いていく時だというのに、病魔は確実に彼の体を蝕んでいった。
その中でも彼は笑みを崩さなかった。抗がん剤治療は苦しいものだと聞いている。それなのにどうして、アナタは笑っていられる?
『……正直、怖さもあるよ。だけど、自分のために色んな人たちが頑張ってくれて、自分も頑張れたからな。だから、うん。もう満足だ』
直視できずに涙がこぼれた。彼は驚いたように私を見る。
『死なないで、ください……!』
嘆願だった。
『いや、いやです……!これからもっと私と一緒に走って、だから……!』
彼にはもはやどうすることもできない問題だと分かってはいる。分かってはいても、願わずにはいられなかった。
『……ありがとうな、カフェ』
彼は微笑んでいた。出会った時から変わらない、穏やかな笑みで。
遺言書はもう書いた。カフェの他トレーナーへの引き継ぎも済ませた。
……楽しかったな。今まで。
今日が峠だろう。なんとなく理解していた。
カフェが見舞いに来る。薬の影響で思考も飛び飛びになっている。
終わる。自分の旅路が。
……最後に。力を振り絞れ。これだけはどうしても、彼女に伝えたいことだ。
『カフェ』
『……なんですか?』
『大好きだ。……ああ、これ、一回言ってみたかったんだ』
『──
彼は目を閉じて。それからもう。二度と、起き上がることはなかった。あまりにも唐突すぎる夭逝だった。
「トレーナーさん」
呟くは、墓前。あれから『お友だち』の手も借りて探してみたけど、彼を見つけることはできなかった。だから今日こうして、彼に届きますようにと。
「私がいつか、そっちへ行くまで。……アナタは、待っていてくれますか?」
愚問だ。それでも、聞きたかったこと。
いつかの日、いい人を見つけて幸せになってくれとアナタは言った。けれど、もう少しだけ聞こえなかったフリをさせてください。
空は青い。昨日の夢の色だった。
陽だまりは遠く。私は、影に潜んだ。