ウマ娘光のヤンデレ概念 作:私たちは負けない!!
「おい、お前」
死んだ、筈だった。空に溶けた自分の意識。
「サービスしてやるから起きろ。これ以上あの子を悲しませるんじゃない」
その声にふと疑問符が過る。
貴方の名前は?声にならない声で、そう尋ねた。
「■■■■。まあ、目覚める頃には忘れてるだろうさ」
遠のいていく。それと同時に、自分の中で何かが呼び覚まされるのを感じた。
「あ、れ……?」
「────トレーナー、さん?」
自分は確かに死んだ筈だった。だが、目を開けるといつもの白い天井と涙を流すカフェがいて。
「生きてる……?」
「トレーナーさん……?ほ、本当に……どうして……いやそれより、だ、誰か……!」
慌てふためく彼女を眺めながら、どこか夢心地で宙に視線を泳がした。
それからは奇跡のような日々が続いた。
体中に巣くっていたガン細胞は死滅。病に冒されきっていた臓器は元通りに。
現代医療の範疇を明らかに超えている″奇跡″に、医師は頭を抱えていた。
一度死んだ時、何かを夢に見た気がするが覚えていない。後遺症も残らないという至れり尽くせりな状況だが、あの夢だけが思い出せなかった。
何はともあれ無事退院。病弱で霊媒体質なのは変わらないが、ガンの因子は殆ど無くなった。
なったのだが……。
「カフェ?」
「なんですか?」
「……なんで膝の上にいるんだ?」
無事復職し、休んでいた分の仕事に追われているとカフェはおもむろにこちらの膝の上に座りだした。
彼女の背丈はそこまで大きくないから邪魔にはならないが、如何せん周囲からの目が……いや、今ここには自分たち二人を除いて誰もいない。とはいえ。
「トレーナーさんは……嫌ですか?」
「いや、嫌ってわけじゃないけど世間体が」
「なら大丈夫ですね」
無理やり引き剥がすのも憚られる。『お友だち』はニヤニヤしながら自分たちを見つめていた。
……ずるいな、カフェは。こんなことをして自分が抵抗できる筈がないのに。
トレーナーさん。私のトレーナーさん。
もう離さない。何があっても、彼の鼓動が続くかぎり。
「げほっ、げほっ」
「……!」
「ああ、大丈夫。いつものだから」
そうは言われても安心できない。フラッシュバックする病室内の彼の姿。
「……ごめんな、カフェ。自分は大丈夫だから」
トレーナーさんの胸に顔を擦り付け、その鼓動を確かめる。彼がちゃんと生きている証拠、それを掴むために。
……別に嫌なわけじゃないが、困ったことになった。
休日も平日も門限ギリギリまで彼女は片時も自分の傍を離れない。
一度彼女を置いて逝ってしまったのがトラウマになったのか、ピッタリとくっついて全く離れようとしない。
アグネスタキオンはカフェがかまってくれなくなったとボヤいていた。それもそうだろう。授業を除いた時間殆どを自分といるために費やしているのだから。
おおよそ健全とは言い難い関係。しかしそれを解消するのは躊躇われる。自分の所為で辛く苦しい思いをさせてしまったという負い目がある故に。
「君はどうすればいいと思う?」
『──────』
困って『お友だち』に問いかけてみるも、思い悩んでいる様子だった。
二人でどうしたものかどうすればいいかと頭を抱えていると、授業終わりのカフェがトレーナー室にやってきた。
「『お友だち』……ここにいましたか」
「ああ。ちょっと相談に乗ってもらっていてね」
当然のように彼女は自分の膝に腰掛ける。すっかり慣れた足取りだ。
自分はカフェが好きだ。彼女の望みはできるだけ叶えてあげたい。だからこそ今の関係は断ち切らなければ、お互いがお互いに依存してしまう。
──でもそれは、本当に悪いことなのか?
トレーナーさんは私を、私の世界を拒まない。『お友だち』にちょっかいをかけられても楽しそうに笑っている。
だからこそ怖くなる。彼は死すらも受け入れようとしていたから。
今回は奇跡的に好転したものの次は?彼の命数はいつ尽きる?
漠然とした不安。『彼ら』に影響されやすい上に病弱な体質。どれをとっても危険因子は大きい。
──守らなきゃ。私が、守らなきゃ。
休日は専ら薄暗い部屋でカフェと一緒にじっとしている。お互いに流れる沈黙の時間が心地よくなってきた辺り、自分は相当彼女に入れ込んでいるのだなと実感。
「……すみません。私のワガママに付き合わせてしまって」
そんな中、口火を切ったのは彼女からだった。
「……怖いんです。アナタがまた何処か遠くへ行ってしまう気がして」
何を言うべきなのは分からない。だけど、何を言いたいのかはハッキリしている。
「ありがとうな、カフェ」
隣に座っている彼女がこちらに体を預け始める。自分は抵抗することなく受け入れた。……『お友だち』は相変わらずニヤニヤしている。
約束はできない。この身が滅ぶ日がいつになるのかなんて、きっと神様くらいにしか分からないだろう。
それでも、自分は望まれた命だ。
「できるだけ生きてみるよ。君の隣にずっといられるかは分からないけど」
彼女は瞑目する。どうしたのだろうと顔を覗き込むと──
「か、カフェ?」
「…………」
首元に小さな痛みが走った。
……。…………。………………。
「……すみません。抑えられなくて……」
「……いや、自分は大丈夫だよ」
どことなく気まずさを孕んだ空気を作ってしまったのは私だ。『お友だち』ですら顔を赤らめる程の所業を、私はしてしまった。
彼の首元に残った痕。それを見るだけで包み込まれるような安心感に襲われる。
その傷が、枷になってしまえばいい。ふわふわと浮き上がってしまう彼の重しになってしまえばいい。
反省しながらも求めてしまう。ああ私、私は、いつからこんな風になってしまったのだろうか。
狂ってしまった。彼への思いが募るあまり、この激情は行動を以て放たれてしまった。
だけどこれはもう仕方がない。そう自分に言い聞かせる。
だって、こんなにも愛おしいのだから。
……唯一の懸念点は彼に拒まれてしまう可能性。こんな、獣のような情動を解き放ってしまった。普通なら嫌われても文句は言えない。
それでもトレーナーさんは嫌がる素振りを見せなかった。だからといってこんな行為をしていい理由にはならないけれど。
「────ん、トレーナー、さん……?」
「お返しだ」
不意に抱き寄せられる。
──ああ。
この時間が、永遠に続けばいいのに──。
関係を解消させるどころか悪化させてしまったが、これはもう仕方がないことだと自分に言い聞かせる。
自分はどうしようもないくらいに彼女が好きだ。本当に、どうしようもない。
大人として情けない限りだ。そんなに後悔するくらいならスッパリと断ち切れという話だが、自分にそんなことをできる器量は無い。
けど、決めた。
自分はなるべく多く、そして強く生きる。終わりが来るその日まで抗い続ける。彼女の隣で。
「──って思ったんだけど、いいかな」
「────はい」
レース後、ウイニングライブが終わった頃を見計らって獲得した思いを吐き出す。よかった。カフェは微笑みながら受け入れてくれた。
事実上のプロポーズになるが、まあ気にしない。彼女が卒業するまで待つことになるが、まあ気にしない。
手を差し出す。やや控えめに繋がれた両掌を、しっかりと確かめながらトレセン学園に帰ることにした。
陽だまりから外れて歩き出す。空には飛行機雲がかかっていた。