【映画〝風〟】クレヨンしんちゃん 復活! 嵐を呼ぶシッコクのワルダン襲来 作:アサギリナオト
「ずいぶんと派手にやってくれました。さすがの私も、ここまでの重労働は想定していませんでした」
そう言ってクロトは深いため息を吐いた。
クロトが連れて来た警備兵は20人近くいる。
その全員が武器を所持しており、通路の隙間を埋めるよう横並びに立っていた。
追い詰められた野原夫婦は完全に腰が引けてしまっている。
「……警備兵〝
クロトがピアの父親を鋭く睨みつけた。
ピアの父親は額から汗を流し、クロトの
「単刀直入にお聞きします。一体なにがあなたにそうさせたのです?」
仲間の警備兵たちも、ピアの父親が寝返った理由を知りたがっている様子だ。
ピアの父親の真面目な働きぶりは、仲間内でも非常に評価されている。
ピアの父親は観念した様子でクロトの質問に正直に答えた。
「娘がこの子たちの世話になった……というのは、ただの言い訳ですね」
そう言ってピアの父親が肩をすくめる。
「娘……?」
「私は娘の恩人であるこの子たちを助けて、家族にいい顔がしたかったんですよ。罪もない子どもを傷つける大人より守って死ぬ方が父親として
ピアの父親が両手を広げ、ずいぶんと強がりな回答をしてみせた。
「お、おい……。アンタ……」
ピアの父親からわざとらしさを感じたひろしが彼の心配をする。
「いいじゃないですか……。どうせ死ぬなら最後まで格好つけさせてくださいよ」
ピアの父親の手足は恐怖で震えていた。
口では強がっていても体はとても正直だ。
するとクロトの背後に立っていた警備兵たちの間でひそひそ話が広がった。
「そういえば、アイツ……。娘がいなくなったとかで……」
「アイツ、大慌てで出ていったよな……?」
「あの子どもが連れ帰ってくれたのか……」
ピアの父親に対する同情心が、警備兵たちの中で芽生える。
ピアの父親は〝家族〟という単語を使うことで警備兵たちの心に揺さぶりをかけた。
うまくいけば、罪もない野原一家に対して引き金を引くことをためらう者も出てくるだろう。
「警備兵
「はっ!」
しかし、そうは
クロトは味方の士気に影響が出る前に早々に手を打った。
警備兵の一人がピアの父親のところまで走っていく。
「悪いな、ボーズ……。おじさんが力になれるのはここまでみたいだ……」
ピアの父親が苦笑いを浮かべながら、しんのすけに謝罪した。
ピアの父親はリング状のバリアシールドで警備兵に拘束され、早々に連れて行かれる。
しんのすけは足が落ち着かない様子であたふたとしていた。
クロトは味方の反応から、ここでピアの父親を処理するのは愚策だと判断し、彼の処分は後回しにすることにしたのだ。
敵味方に対しての扱いを切り分けることで、警備兵たちも自身の行いにケジメがつけやすくなる。
「次はあなたです。タイムパトロール」
「っ――⁉」
「両手を頭の後ろへ。――――ゆっくりと前に出なさい」
リングの後ろには野原一家がいるため、光線銃を向けられる間はむやみに抵抗できない。
今は大人しくクロトの指示に従わざるを得なかった。
「あなたには色々と聞きたいことがあります。そのまま膝を着いて床に伏せなさい」
リングは言われた通り、頭の後ろで両手を組みながら床に伏せた。
クロトの指示で警備兵が動き出し、リング状にバリアシールドで彼女を捕らえる。
ピアの父親と比べて、リングに対しての扱いがかなり雑だ。
「さあ、歩けっ――!」
リングは警備兵に無理やり立たされ、背中を小突かれて前に歩き出した。
そのまま大人しく連れて行かれるかと思いきや――――
野原一家が光線銃に巻き込まれない角度に入った瞬間にいきなり暴れ出した。
「しんちゃんっ‼ お助け機能を使って――‼」
リングは自身を取り押さえにかかる警備兵たちに抵抗しながら、言葉を続けた。
「みんなを助けられるのは、しんちゃんしかいないっ! しんちゃんには、まだ――――――――あぐぅぅっ!」
その瞬間、リングを拘束していたバリアシールドに電流が流され、リングは膝から崩れ落ちた。
「リングおねーさんっ――‼」
しんのすけがリングの名を叫ぶが、彼女からの返答はない。
意識はハッキリしているが、体がしびれて口も動かせない。
「まったく、悪あがきを……。――――早く彼女を連れていきなさい!」
クロトが警備兵たちを叱りつけ、今度こそ彼女は連れて行かれてしまった。
しんのすけは、ようやくお助け機能のことを思い出すが、頭がパニックに陥ってうまく考えがまとまらない。
「――――さて、お助け機能とやらには少し興味がありますが、それを許す私ではない」
クロトが言葉を発すると同時に警備隊が光線銃を構え、しんのすけは恐怖で顔をひきつらせながらあちこちを見回した。
「助けを期待しても無駄です。――――言ったはずですよ。この世界にあなたたちの味方は誰一人として存在しないと」
野原一家が過去に協力関係を築いた者たちは、ワルダンの手によって存在ごと排除されている。
つまり、お助け機能を使ってもヒーローを呼び出すことは出来ない。
そして、もう一つのお助け機能もリングから最後まで説明を受けていないため、使い方がわからない。
「警備隊。一斉射撃用意」
警備兵たちが野原一家に標準を合わせた。
ひろしとみさえは互いに身を寄せ合い、全身を縮こませる。
しんのすけは目の前の現実が受け入れらず、ただ茫然と突っ立ていた。
すると、そのとき――――しんのすけの脳裏にリングの言葉が走馬灯のように流れた。
〈みんなを助けられるのは、しんちゃんしかいない! しんちゃんには、まだ――――!〉
現実では、この先にリングの言葉はない。
しかし、しんのすけが頭の中では、その言葉の続きがやまびこのように何度も繰り返されていた。
〈しんちゃんには、まだ――――――――心強い仲間がいるはずよっ!〉
その瞬間、しんのすけの意識は現実に引き戻された。
警備兵たちが光線銃の引き金に指をかけ、クロトが発砲命令を出そうと右手を上げる姿がスローモーションに見える。
確信があったわけではない。
だが、しんのすけは〝ある人物〟の名を本能的に叫んでいた。
「たすけてええええええええぇぇぇぇぇぇっっ――――――――――――――――‼‼」
しんのすけがお助け機能を使った瞬間、しんのすけの体から目がくらむほどのまぶしい光が発せられ、爆発的な勢いで周囲に広がった。
「くっ、この光は――⁉」
クロトや警備兵たちは、あまりに痛烈な光に顔を背けてしまう。
光は野原一家全員を包み込み、外からは何が起きているのか見えない。
しかし、光の中から何かが走っている音が聞こえる。
「しんのすけっ! ――――来いっ‼」
しんのすけは光の中で〝ある人物〟に呼びかけられ、その者が伸ばした右手に思いっきりしがみついた。
そして次の瞬間――――光の中から二つの大きな影が飛び出してきた。
「っ――⁉」
クロトは反射的に右に跳び、警備隊は光の中から飛び出してきた影に勢いよく撥ね飛ばされた。
「「「どわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――‼」」」
しんのすけたちは警備隊のぶ厚い壁を突破し、その場からものすごいスピードで走り去っていった。
それは生身のシッコク星人が追いつけるスピードではない。
しんのすけは野原一家のピンチに駆けつけてくれたお助けヒーローたちと久々の挨拶を交わした。
「久しぶりだな、しんのすけ!」
「
しんのすけがお助け機能で呼び出したヒーローの正体は、かつて戦国時代で共に戦った春日家の生き残り――――『
彼女はリングのご先祖様であり、この改変された世界において、しんのすけたちに残された最後の希望だった。
「おおっ――! 相変わらず速いゾ、『エンジ』!」
エンジとは、吹雪丸のパートナーである村一番の
エンジには、しんのすけと一緒にひろしも跨っており、エンジの背中から振り落とされないよう吹雪丸の体に懸命にしがみついていた。
「ふ、吹雪丸さん……」
「しっかり掴まっていろっ! 今は非常時ゆえ許されているが、エンジは私としんのすけ以外は乗せんっ!」
エンジの後ろに続く形で、もう一頭の馬が走っていた。
その馬に騎乗しているのは、みさえとひまわり――――そして馬を操る〝もう一人のヒーロー〟である。
「あ、あなたは確か……」
「お久しぶりです。春日家当主、春日吹雪丸の妹――――『
正確には、妹ではなく弟である。
吹雪丸曰く、雪乃は生まれつき自分のことを女性だと思い込んでおり、どんなに言い聞かせても直らなかったそうだ。
しかし、肌のツヤや容姿は本当の女性以上に美しく、初見では雪乃が男性だと誰も見抜けない。
普段は女性用の着物姿をしているが、馬上では仕方なくそれらしい格好をしている。
馬を操る技術については、姉弟そろってさすがと言う他ないだろう。
「くっ、あの者たちは一体――⁉」
ワルダンきっての知恵者であるクロトも混乱せざるを得なかった。
野原一家と
しかし、ワルダンの工作員は野原一家と吹雪丸の
正確には、リングと同様の理由でその縁に気付けなかったのだ。
「(そうか……)」
そして〝SF初段〟のひろしだけは、この世界から吹雪丸たちが消されなかった理由に気付くことが出来た。
「(オレたちがこの人たちと出会った戦国時代は『雲黒斎』によって歪められた歴史世界……。いくらアイツらが過去に戻れても、存在しないはずの世界で出会った人たちのことなんてわかるわけがない……)」
しんのすけたちは非常階段の出入り口を通り過ぎ、そのまま一直線に走り続けた。
「どこに行かれるんですか?」
ひろしが吹雪丸にそうたずねる。
「目指すは天守ぞ!」
天守。
それはつまり――――ワルダンのボスがいる司令室。
吹雪丸は敵将であるマオを討ち取り、この戦いを終わらせるつもりなのだ。
「あれです! あの部屋の中に敵軍の将がいます!」
ひろしが吹雪丸にそう伝えた。
すると司令室の近くで6人の警備兵たちと遭遇した。
それはリングやピアの父親を牢獄エリアまで連行しようとしていた警備兵であり、警備兵たちは馬に乗って走って来たしんのすけたちに驚愕していた。
「雪乃っ――!」
「はい、兄上――!」
吹雪丸と雪乃が素早く弓を構え、同時に矢を放った。
二人が放った矢は、リングとピアの父親を拘束していたバリアシールドを発生させるための機械に突き刺さり、システムの不具合により二人を拘束していたリング状のバリアシールドが解除された。
その瞬間にリングは戦闘モードに入り、警備兵たちと格闘戦を繰り広げた。
まずは身近にいた警備兵二人をスタングローブで気絶させ、後ろ蹴りで背後に立っていた警備兵を吹っ飛ばした。
その瞬間、吹雪丸が手綱を引いてブレーキをかけると同時にエンジの背中から飛び降りた。
「せぁぁっ――‼」
空中で腰の刀を抜き放ち、警備兵の一人に向かって刀を振り下ろす。
「のあっ――‼」
今の一撃で四人目の警備兵が倒され、残る二人はリングと吹雪丸の息の合ったコンビネーションで同時に倒された。
先ほどリングに蹴り飛ばされた警備兵が上体を起こし、光線銃を構える。
するとピアの父親が警備兵のこめかみに光線銃の銃口を当て、その動きを封じた。
「すまん……。オレたちのことは、もう放っておいてくれないか……」
その一言で警備兵は戦意を喪失し、戦いに決着がついた。
しんのすけたちも馬から降りて、その場にやって来る。
するとピアの父親と吹雪丸の視線がぶつかり、何かが起きる前にリングが二人の間に割って入った。
「違うんです、この人は――!」
「案ずるな。事情は把握している」
しんのすけにお助け機能で呼び出された吹雪丸たちは、最初から全てを見ていたかのように事態に対処してみせた。
それはお助け機能の補助効果により、しんのすけの記憶の一部が吹雪丸たちに流れ込んだからである。
吹雪丸がピアの父親にたずねた。
「お主に聞きたいことがある」
「……何だ?」
「お主なら、この扉を開くことが出来るか?」
そう言って吹雪丸は司令室の扉を見た。
「ああ。ワルダンに所属している者なら誰でも可能だ」
「しかし、よいのか? お主は、ここで
ピアの父親の目的は野原一家をこの船から逃がすことである。
しかし、吹雪丸のそれは違う。
彼女は敵将を討ち取ることで、この戦いを終わらせるようとしていた。
マオが倒れれば組織の存続は危うくなり、街にも影響が及ぶだろう。
それはピアの父親の望むところではないはずだ。
しかし、彼は言った。
「ああ。それでも構わない」
「お主……」
「たぶんオレたちはどうかしていたんだ。罪もない子どもを傷つけるようなやり方が、本当に正しいわけない。例え、それがオレたちの理想を実現するためであっても……」
ピアの父親がワルダンの真の目的を口にした。
「マオ様の夢の果てには、オレたちシッコク星人の安寧が約束されていた。――――だが、オレたちにも
ピアの父親が右手の拳で「ドンッ!」と胸を叩いた。
「夢には正々堂々と立ち向かえってな」
吹雪丸たちはピアの父親の言葉に心を打たれ、小さく笑みを浮かべた。
「この人―――」
すると、みさえがその場の全員に聞こえる大きさでひろしに言った。
「あなたよりずっと立派な父親じゃない?」
「あっ! お前こんなときにそういうこと言うかぁ?」
「ふふふ……。冗談よ」
ひろしは真っ赤な顔で怒っているが、みさえは予想通りの反応に非常に満足そうだ。
吹雪丸が二人のやり取りに苦笑いを浮かべる。
「相変わらず仲のよい二人だ」
「ええ。本当に」
リングも吹雪丸と同じ気持ちを抱いていた。
吹雪丸は再度ピアの父親と向き合い、ピアの父親に向かって右手を差し出した。
「お主の覚悟は、しかとこの耳で聞いた。ならば我らと共に――――いざ参らん」
ピアの父親が吹雪丸との握手に応じ、そこに新たな友情が生まれた。
そして全員が司令室の扉を同時に見上げる。
お助け機能によりヒーローの助けを得たしんのすけたちは、新たに芽生えた友情と共に最後の戦いに臨むのだった。