子どもの頃からの単なる知り合い。幼馴染みなんてそれだけのものだ。
同い年で実家が近所だったから付き合いだけは長いのだが、気の合う友だちだったのかと言われれば首をひねるところではある。いや、幼い頃は確かに仲が良かったのだ。一緒にそこらを駆け回り、泥だらけになるまで遊んでは汚しすぎだと並んで説教を受けた。些細なことで笑い転げたこともあれば、つかみ合いの喧嘩をしては次の日には仲直りするような、そんな悪ガキ同士だった。
その関係が少しずつ変わり始めたのは、いつからだっただろう。
そういう家だからと、あいつが居合いを習い始めたときか。おばさんと同じ道に進むのだと、医者になるために勉強に真面目に取り組み始めたときか。そのおばさんが、海外で命を落としたことを知ったときか。その全てだったのかもしれない。
福城聖という人間は、だんだんとその名に似合う人物に成っていった。端正な容姿は生まれつきだとしても、人当たり良く、勉強にも居合いにも努力を惜しまず、曲がったことを嫌い、理不尽には毅然として立ち向かった。
俺のような不真面目で平凡な人間にとってはあまりに眩しく、比べられるのも苦しく、自然と一緒にいる時間も減っていった。当然と言えば当然のことで、特段それを寂しいとも思わなかった。ふと顔を合わせれば立ち話くらいのことはしたし、俺の不真面目がすぎてテストがあまりにもピンチだったときは頼み込んで勉強を見てもらったりもした。おじさんが倒れてしばらくの間は、買い物や介護を手伝ったりもしていた。
俺と聖の間にあった細く長い縁。しかし、それは決して特別なものではない。
だって俺は、結局のところ「福城聖」のことを何も理解なんかしていなかった。ニュースや新聞を通して怒濤のように襲い来る情報を前に、痒くもない頭を掻くしかない。
何だよ、斧江財閥の宝って。聖の家に何本か日本刀があるのは知っていたし、随分と鬼気迫る顔で居合いに取り組んでいるとは思っていたが、何だよ、マジでひとを斬るために修行してたのかよ。おばさんみたいな医者になるんじゃなかったのかよ、そのために猛勉強してきたんじゃねえのかよ。
確かに、昔から潔癖すぎるきらいはあった。悪は悪として滅びるべき、そこに情けや容赦は無用と思っている節もあった。だからってこれは、違うだろ。
ひとを生かすための勉強をしながら、ひとを殺す刃を研ぐという矛盾。そんなことに気付かないほど馬鹿なやつではないはずだった。
画面を一枚挟んだ向こうで、目元を隠したノイズどもが騒ぐ。そんな子には見えなかったと無責任に語る名前も知らない近所の住人。表向きは優等生だったが、腹の底が見えない人間だったと訳知りで語る同じ大学の学生。
連日のように報道される「犯罪者」の姿は、どうしたって俺の知る聖とは重ならない。
悪辣な雑言ばかりが並ぶSNSを閉じる。聖はそんなやつじゃないと否定できるだけの材料が俺にはなかった。聖が罪を犯したのは事実だ。傷ついたひとがいることも、怖い思いをしたひとがいることも、覆しようのない事実なのだ。
ただ、──俺が知る聖も、きっと嘘ではない。そう思う。思いたい。
俺と聖の間に特別なものなんか何もない。ただ長く続いただけのか細い縁だ。何ならここで断ち切ってしまった方が賢いとすら言える。俺よりずっと頭が良い聖ならそれも当然と受け入れるだろう。
でも、そう、俺は聖より馬鹿なので。
細くとも長く続いた縁のはじまり、難しいことなんて何も知らないまま一緒に泥だらけになって笑ったことを今でもしっかり覚えてるタイプの馬鹿なので。そのくせ、たとえつかみ合いの喧嘩をしたって一晩たてば忘れるタイプの馬鹿なので。
四の五の考えるよりも、俺はその時を待つことにした。
いくらか月日が流れ、ずいぶんと久し振りにその顔を見る。俺の姿を捉えた途端、その目はこれ以上ないほどに見開かれた。当然と言えば当然の反応だが、こういう頭のいいやつの驚いた顔を見るのはなかなかに愉快だ。
一歩、二歩と聖に歩み寄る。手を伸ばせば届くほどの距離に立ち、その間抜け面を正面から見据えた。あのさ、と口をついて出たのは、気遣いとは無縁のあまりにも正直な言葉。
「──いや、セスナの上で斬り合いはねえだろお前。ハリウッドでも目指してんの?」
世界の終わりを迎えたような湿気たツラの幼馴染みへ、昔と同じ軽口を贈る。
平次がセスナの上で言った「忘れんなや」、それを言いたかった人は他にもいるはずと思って書きました。確か演武のあと、立ち去る彼に駆け寄る友人らしき姿もあったなーと思って。
たぶんこのあと聖さんは泣き崩れ、幼馴染くんは景気よくその頭をはたきます。すっぱーんと。そうであってほしい。