福城家の実家は変わらず静かに佇んでいた。
何故だか家主でなく幼馴染みのほうが勝手知ったる様子で鍵を取り出し、玄関の引き戸を開ける。
「うーん。やっぱ住む人がいないとすぐ寂れるのな、家って」
あー埃っぽい、とずんずん進んでいく彼に、いやちょっとと聖は問いかける。
「……何でうちの鍵を持ってるんだ?」
「あれ、聞いてない? うちの親通しておじさんに許可もらってさ、たまに掃除とかしてたんだよ、俺」
え、と硬直する家主を気にすることなく次々と彼は襖を引き、窓を開け放っていく。昼下がりの陽光がほこりっぽい空気を切り裂いていった。
少しずつ明るくなっていく室内に、まるで家が息を吹き返したように感じられる。
「……管理、してくれてたのか」
「たいしたことはしてないけどな」
「おじさんとおばさん、も、協力を?」
聖の脳裏に浮かぶのは、善良で人の好い幼馴染みの両親。確かに幼い頃から良くしてもらっていたが、まさか、今でもなお。
聖の驚愕した顔にちらりと視線をやった彼は、んー、と少し唸ってから口を開く。
「いや俺がおじさんに言っても良かったんだけど、おじさんてほら、いまだに俺のことガキだと思ってるだろ? お前のこともいつまでも子ども扱いだったしさ。うちの親が言ったほうが話が早い気がしたんだよな」
子ども扱い。その言葉に、わずかに聖の肩が震える。
しかし口にした当の本人は特に気付く様子もなく、食器も洗った方が良さそうだなと呑気に戸棚を覗き込んでいた。
「正直に言えばうちの両親もちょっと躊躇ったみたいだけど、最終的には協力してくれたよ。落ち着いたらメシ食いに来いってさ」
「……そう、か」
「……何だよしみったれた顔して。泣くのは勝手だけど、いま確かティッシュ切らしてんぞ。タオルはこの前洗ったから綺麗だと思うけど」
「泣かないよ。この歳になって泣くわけないだろ」
「よく言う~。お前記憶力いいくせに都合の悪いこと忘れるの得意だよな」
うるさいな、と言い返した聖の目元はすでに赤い。幼馴染みとの再会の直後に流れた涙は、聖の袖をまだわずかに湿らせていた。
ふてくされた顔の聖に、彼はにやりと唇を歪めた。しれっと冷蔵庫から取り出したのは、昔よく飲んだオレンジジュースのペットボトル。
ほら、と投げ渡された一本をキャッチする。彼もまた、自分の分のペットボトルのキャップをひねった。
「とりあえず夜寝られるレベルにまでは掃除しないとだけど、その前に水分補給な」
風通しのいいとこ座ろ、と彼は庭に面した縁側に足を向けた。どこか頼りない足取りで聖も彼の後に続く。
日当たりの良い庭にはやはり雑草が茂っていたが、聖の予想よりは整っている。幼馴染みの尽力の結果だろうと反射的に思った。ほろ苦さを含んだオレンジの味が口内に広がっていく。
なあ、と風にかき消されそうなほど小さな声がぽつりと落ちた。
「――どうして?」
その四文字は、確かに彼の耳にも届いていた。
揺れるように聖の横顔をかすめた彼の視線は、しかし止まることなくまた庭の雑草へと向けられる。
彼は聖の問いの意味を正しく理解していた。脳内で四文字を反芻し、脳内に散らばる「理由」を言葉に表すべく努力する。
ただ、残念なことに、彼はさっさとそれを諦めた。
「……さあ」
理由はおそらくいくらでも挙げられる。
道徳的な理由、感情的な理由、論理的な理由、利己的な理由。彼にとってはそのどれもが正しく、どれもが間違っているように思えてならなかった。というか考えるの面倒なんだって、とはさすがに口にせず、自分の口をペットボトルでふさいで誤魔化した。緩やかに喉を通り抜けるのは、幼い頃によくふたりで飲んだ懐かしい味。
それに誘われるようにして、心に浮かんだままを声に乗せる。
「……幼馴染みだからじゃねーの」
聖の強がりを打ち砕くには十分すぎる言葉だった。
今年の劇場版も楽しみですね。おっちゃんが活躍しそうで大変嬉しいです。