スロウス・ブライド ~剣聖の嫁は怠惰に暮らしたい~ 作:ビスマルク
始めての学校に登校していたカグラとアズマ。二人の学校生活初日は特に問題なく過ぎていった。自分たちの知る中で一番濃い人間といえば父と母だったが、この学校の同級生になった少年少女達もまたキャラの濃さなら負けず劣らずを誇っていた。
「アズマの父ちゃんって冒険者なんだろ?ランクってどれくらいだよ」
「父さん?父さんは確かAランクだったはずだよ」
「マジかよすげぇ!!!あっ、それじゃあ何週間前に引っ越してきた凄腕冒険者ってまさか……」
「それ父さんだね」
アズマの説明に新しく友人になった子供達が凄い凄いと騒ぐ。この国において冒険者とは憧れの職業の一つだった。街に住んでいればその恩恵を受けることは間違いなく、それゆえに強者の証である高ランク冒険者は尊敬されていた。
冒険者の街として成り立っていたこの街ではその傾向が他に比べても強く、学校の授業に魔法の扱い方や体力をつける為の時間が多数設けられていた。
もちろん、この学校に在籍してる子供たち全員が将来冒険者になるわけではない。だがどんな商売であろうと冒険者の関わらない職はないと言える以上その必要性や活動内容はきちんと教育するのがこの場の教育方針とされていた。
「お母さんも一緒に森に行ってるはずよ。魔法で色々と助けたりしてるんだって」
「へぇー、魔法かぁ。いいなぁ、まだ私使えないんだ。カグラちゃんは家でお母さんに教えて貰ってるのよね?」
「それが……お母さんまだ私には早いって教えてくれないの。アズマはお父さんに剣術の稽古付けてもらってるのに。えっと、なんだっけ……か、かぁ」
「えっと、過保護って言いたいの?」
「そう!お母さん私達に対して過保護なの!!お父さんに対しては信頼しているのか全然心配しないのに!!!」
アズマと違い最初は同じ年齢の少女たちに遠慮を持っていたカグラだったがクラスの中の一人の少女。『アビゲイル』が話し上手、聞き上手だったためいつの間にか家族のことを話題に不満に思っていたことをぶつけていた。
「アズマは男の子だからそういうのもいいけど私は女の子だからって……」
アキラは早朝と夕方に自主鍛錬をしている。それを見つけたアズマが自分もやりたいと言い出し今では夕方の鍛錬を一緒にしている。それを見たカグラは母であるスウに自分も戦えるように魔法を教えてほしいと頼み込んだのだが、スウはそれを拒否した。それはもう物凄い勢いで嫌がった。
しかもその嫌がり方が娘であるカグラの肩を強く握って「戦う必要はないから」「アキラが大体何とかするから」と言った娘が傷つくことを強く嫌がる母親そのものだった。最終的に騒ぎ声を聞いたアキラが駆けつけ、呆れながら基礎的な知識から教えていけばいいという言葉でその場は収まったが。
「お父さんが説得してなかったら勉強もさせてくれなかったかもしれないし」
「うーん、魔法を覚える為の教材とかもあるらしいけど……」
「お母さんが買ってくれたんだけど……。それを読むよりお母さんに教えて貰った方が早いし分かりやすいのよね」
なおその様子を外から見ていたアズマがアキラに母があそこまで教えるのを嫌がった理由を聞いたところ苦笑いしながら答えた。アキラ曰く、カグラが心配なのも本音だが一番の理由は根掘り葉掘り聞きまくって来るであろうカグラの質問に答えるのが面倒だかららしい。
実際三日間の準備期間で、魔法の教材をスウにねだり買ってもらったカグラだった。が、それを読んでいる時分からないことをことあるごとに聞かれ、適当に答えることが性格上無理なスウはそれに数時間付き合い、教えるのが嫌になっていた。
つまりアキラの言っていた通りなのだが、この件を知らないはずのアキラがスウの内心を読み取ることが出来たのはスウが分かりやすいのか、アキラがよく見ているのか……恐らくは後者なのだろう。
たまにならいいが毎日聞かれるのは嫌だ、そんな母の内心を知らないカグラは心配されたことに対して嬉しさ半分、怒り半分で新しい友人に語っていた。
「心配してくれるのは嬉しいんだけどね、もう少しこう……私だって役に立ちたいし」
「うんうん。自分だけ何もできないっていうのは辛いの、私も分かるの。私の家族も冒険者だから」
兄や姉のいる一家の末娘であるアビゲイルは家族から大切に思われている。そのことを本人も分かっているし、それを嬉しくも思うのだが。それでも家族の手伝いを出来ない自分に苛立つこともある。まだ幼い子供、それも女の子である以上家族が戦う手段を教えるのを躊躇ってしまうのも無理はないだろう。
そう言った考えを理解は出来るが納得できるかどうかはまた別の話になる。カグラとアビゲイルは同じ悩みを持つ者同士仲良くなり、昼休みを迎える頃にはカグラは『アビー』と愛称で呼ぶまでになっていた。
「はいはい、皆さん授業の時間ですよー。お喋りは後にして勉強しましょうね」
やがて教師であるクリスが教室に入室し、授業を始めたため家族の話はいったん切り上げになった。このように問題や不満もありながら双子はこの教室に馴染んでいったのだった。
※※※
「うちの子たちは馴染めてるのよね?苛められてないのよね?」
「大丈夫ですよお母様。高い協調性やお父様の職の事で既に友達も出来てるようなので」
「だから大丈夫だって言っただろ。アズマは溶け込むのに苦労しないだろうし、カグラはカグラで愛想いいからなんとでもなるって」
昼休み、昼食を生徒たちがとっている頃この学校を経営運営している校長とギルドの依頼を受け臨時講師としてやって来たスウは対面していた。挨拶をそこそこに済ませたスウは双子にのみ発揮される心配症で問い詰めていたが校長の答えを聞きない胸をなでおろしていた。
アキラはここ数日ですっかり双子の母としての自覚を持ってしまったスウを見て、呆れと嬉しさ半分半分のまま心配することはないと語る。
「だって、こういう時私って何もできないし……」
「信頼することも必要だと思うぞ」
スウ本人すら意識してはいないが、彼女は初めてできた『家族』という存在にどう接すればいいのかが分かっておらず、それに対して強い不安感を持っている。元来一人で存在し続けることの出来る『龍』が、こうして人の身を持つだけでも驚愕することだ。その上『家族』という自身が守らなければならない存在がここに生まれてしまった。
アキラと言う龍すら打倒する人間としてのハイエンドだけならばこうまで心配することなどなかった。彼の実力を一番よく知っているのはスウ自身なのだから。契約と言う存在で主従を決められてはいたが、あくまで彼らの関係は対等であった。
しかしカグラとアズマの双子は違う。弱く、無防備で、その上で母と呼んで慕ってくれる『子供』。初めての関係、初めての感情。三日間で共にあった時間がアキラよりも多かったためか、彼女自身の愛情深さのせいか、双子の子供は既に守るべき者として定義付けされていた。
なので少しでも二人の人間関係が健全であるようにアキラと自身の服を仕上げてくる本気ぶり。見る者が見れば使われた素材を理解し顔を真っ青にするだろう。
「それよりもこのネクタイ、首絞められてるみたいでいやなんだけど。もう外していい?」
「いいわけないでしょ。短時間の正装くらい我慢しなさい。カタナを持ってこれただけでも良かったって思いなさい」
「つってもこれ慣れないし……。動くのに邪魔くさい」
「だから勝手に緩めない!!恥かくのは貴方じゃなくてあの子達なの!!!」
そんな素材で作られ、きつく締められたネクタイを指で弄り緩めようとするアキラの手を叩き落とし、そのままネクタイを締め付け直すスウ。この手の服装関係で言えば女性らしくおしゃれに気をつけ始めたスウの方が遥かに詳しくなっていた。アキラはほとんど気にせず基本的に同じ服装、同じ装備で居続けた。何着も同じ服を持っていることを知った時スウは数分の間呆然と立ちつくしてしまうこともあった。
目の前で新婚夫婦のようなやり取りをする二人を見て、校長は膨らんだ腹を撫でながら自身と家内にもこんな時期があったと懐かしく思い見ていた。そんな暖かい視線に気付かずアキラとスウは言い合いを続けていた。
「こんなの着てこなくたっていいだろ別に……」
「人間初対面の時の評価の八割は見た目って本に書いてあったわ。顔は悪くないらしいんだから後は服装直せば高評価。やらない理由がないじゃない」
ちなみにスウには人間の顔の美醜があまり分かっていない。アキラの顔を整っているとは思うがそれが美しいかと問われれば首をかしげる程度だ。自身の容姿を本で読んだ基準を用いて客観視すれば美しいのだろうとも思うがあまり自覚を持ってはいない。
それでも周りに合わせることである程度まで仕上げられるのだから彼女のセンスは悪くないのだろう。アキラの場合服に求めるのは耐久性が第一、次に利便性の為そこまで外見にこだわっていない。こだわっていたら死んでいたともいえるが。
「それではお二人とも、そろそろ時間になりますので……」
「ああ、分かりました。そんじゃ行くぞー」
「あっ、ちょっと動かないでよ!!まだちゃんとできてないんだってば!!」
校長の言葉にこれ幸いとばかりに立ち上がるアキラに、その服装を整えていたスウの言葉が空しく響いた。校長の後をついていき目当ての教室を目指す。途中すれ違った別の教室に向かう教師から何度も視線を向けられるが慣れたものとしてスルーする。
この国ではアキラのような黒髪は珍しく、その上今は服に着られている状態。不審がられるのも仕方ないと思いつつスウがこの正装を着せていなかったらと思うと、今の姿も意味はあったと納得する。当のスウはすれ違う教師に一々頭を下げるだけではなく、お辞儀までするのでついてくるのが遅れていたが。
「ほら、さっさと行くぞ。離れるなって」
「うぅ……。ごめんなさい……」
このまま放っておけば迷子になりかねないとその手を握り校長の後に続く。それからすれ違った教師は手をつないで歩く二人に優しげな笑みを浮かべることが多くなった。アキラは気にせず、スウは顔を赤くしながら頭を下げる。
なんとも初々しい反応だとその様子を楽しんでいた校長の足が止まり、目当ての場所についたのだと分かった。そこでようやく手を離されたスウは人間の身体を得てから何度目か分からない羞恥心で顔を赤くし茹った頭でこれからの事を考える。あくまでアキラは付き添い、魔術の指導をするのはスウになる。
「それではスウさん。魔法の基礎知識の指導をお願いします。最低限の知識は担任であるクリスさんも持ち合わせているので気負わずにこなしてください」
「だとさ。まぁ命のやり取りに比べれば大抵のことは大したことないって」
「分かってる、分かってる」
別に人間に何を思われようがどうでもいいという価値観が変わったわけではない。関係のない人間がどうなろうと知ったことではないというのがスウの本音なのも確かだ。それでも数日とはいえ共に過ごし、慕っていた子供に格好悪い所を見せたくないという気持ちに目の前の扉を開くことを躊躇してしまうのもまた事実だった。
「っ!!?」
「あんまり気負うなって。失敗しても許してくれるのがアイツらだってことはお前の方が知ってるだろ」
気持ちを落ち着かせるように何度も深呼吸をするスウの頭にアキラの手が置かれた。その手はスウの髪を強く荒々しく撫でた。撫でられた影響で少し荒れた髪型を手で直しつつ睨みつけるように視線を向けるスウに笑いながら「そんな目で入れるなら大丈夫だ」と言いながらその背を押した。
こんなやり方しかできない不器用な相方に呆れが湧いたが、それでも落ち込んでいた気は前を向けた。ゆっくりと目の前の扉を開け、教室内に入る。
「私が今日の魔法の授業を行う
多くの視線の中に驚愕の感情が混じっていることに気付いたスウは、その視線の元に笑みを浮かべながら堂々と授業を始めたのだった。
「さて、それじゃあ授業を始めるわね。今日は魔法の基本、『オドとマナ』の違いと魔法の発動に必要なことについて説明するわ。っと、その前に……《清らかな風よ 軽きモノを運べ》」
授業を始めたスウはそういうと二節の呪文を唱えチョークを中に浮かべ黒板に絵を描いていく。絵を描く間子供たちを退屈させないように浮かび上がり動き出したチョークに向かっていた視線をこちらに向ける為手を叩き、緊張などないような笑顔で語り始めた。
「私が今何をしたか分かった人はいるかしら?」
その質問に何人かの子供が手を上げスウに当てられた子供が「風魔法による物体移動です」と答える。その答えに満足そうに頷いたスウは、黒板に描かれた絵を指でさしながら詳しい説明を始める。
「そう、これが魔法。人が自然の力を利用して強い力を生み出す為の技術であり学問」
黒板に描かれているのはデフォルメされたスウ自身と絵本に登場するような小さな妖精。デフォルメ化されたスウから出ているオーラのような部分に『オド』、妖精たちに『マナ』と名前を書きその関係を子供にも分かるように説明していく。
「『オド』は生物自身が生み出す魔力。魔法師がよく言っている『魔力量』と言うのはオドの貯蔵量、つまり貯めこんでいられるオドの量の事を指すわ。この貯蔵量が大きければ大きいほど回復量も増える。つまり大きな魔法も使う事も出来るの」
へー、と描かれた絵を見ながら感心の声を上げる子供達。教室の後ろで同じように感心するように授業を見ている
ここで一人の少年が手を上げ疑問に思ったことを質問した。
「せんせーい、オドを増やしたり回復させるにはどうすればいいんですかー?」
「オドは普段の生活、食事や睡眠によって生み出されているものなの。増やすにしろ回復させるにしろ身体の調子を整えるという事が必要になるわ。元々の才能もあるけれど、夜更かしや暴飲暴食は魔力を損なうから気をつけないとね」
質問した少年はその答えに不満そうな顔をするがそれを予想していたスウは言葉を続けた。
「強くなりたいのは分かるわ。だけど強さっていうのは基本的にすぐに手に入るものじゃない。後ろで頷いてる変な人だって今じゃAランク冒険者になってるけど昔は厳しい訓練もしてきた。そう言った積み重ねが本物の強さなんだと思うの」
生まれながらの強者である『龍』のスウはそう答える。自身を敗北させた青年たちはみな才能があったのだろう。しかしそれだけで戦ってきた訳じゃない。才能以上にその境遇と乗り越えて来た試練、鍛錬が実を結びあの場で自身を打倒したのだと今のスウは確信している。
「だから今すぐじゃなく、もっと先を見て。今戦っている人たちが戦えなくなった時、その人達を守れるのは強くなった貴方なんだから」
そう言い笑いかけたスウに顔を赤く染めて席に座る少年。見た目は二十代に届くか届かないかの美少女と言っていいスウに笑いかけられたらその反応も分からなくはないだろう。近くに座っていたアズマはそれを分かってはいても母に対してそういう感情を持ちそうな級友を複雑そうな目で見ていたが。
「人が魔法を使うにはこのオドが必要不可欠。オドの使い方次第で大きな雷を操ったり炎を出したり、体を強くして速く走ったり、力強くなれたりするの。知識や練習が必要だからすぐにとはいかないけどね」
「でもおか……先生。雷を出せるほど凄い力があるならすぐわかると思うんですけど……」
「いい質問ね。そう、人の持つ魔力にはどうやっても限界があるわ。自力で操る例外的存在もいないこともないけどその数は少ない。ではどうやって魔法を使うか」
いつものようにお母さんと呼びそうになったカグラの質問に、いい笑顔のまま黒板に描かれた『マナ』と書かれた妖精たちを指し、ここまでの流れを予想していたように説明する。
「オドを使い自然から生み出される魔力、『マナ』を刺激して大きな力を引き出すのよ。人が生み出す魔力よりも自然が生み出す魔力の方が圧倒的に質も量も多く強いから」
「それじゃあオドの量は魔法にはあんまり関係ないんですか?」
「いいえ。オドの量が大きければ刺激して使えるマナの量も増える。使い方やコツを覚える必要があるけど基本的に魔力量が魔法の威力や効果を上げると思っていいわ」
体内で生み出されるオドを操作し、マナに働きかけ様々な効果を生み出すことが魔術と言う技術の本質だ。詠唱を行うのはそうすることで指向性をもたせそれをマナに伝える為。だからこそ強い魔術には長い呪文が必要になるのはそれだけ引き出す力が多くなるからだ。
オドの量が多ければ雑に扱っても高威力の魔法は使える。しかしそれでは一定以上の威力を発揮することは出来ない。マナにも微弱ながら意志があることが長年の研究で判明している。それを『龍』であるスウは自然と分かっていた。その意思を無視して力を行使する危険性も。
「魔力を上手く使わず無理矢理周りのマナを操作しようとすれば手痛いしっぺ返しが来ることもある。そうして自滅する例も多数あるの。無理矢理頭を押さえてこうしろああしろなんて言われても嫌だし、反抗したくもなるのは人も自然も同じという事」
だからこそオドの操作性を鍛える必要がある。強い力を借りようとするのだからリスクもある。それを教えることもこの授業だとスウは判断していた。
しかしそこで終わらせては魔法に対する恐怖を植え付けるだけ。恐怖に少し染まった子供たちを安心させるように笑うスウは優しく語った。
「だからといって魔法を恐れないでほしいの。魔法は攻撃だけじゃなく日々の生活にも使える技術、鋏が人の指を切ることの出来る危なくても、同時に便利な道具であるように。魔法も剣術も、それ以外の技術や道具もみんな使う人次第でその価値は変わるのだから」