スロウス・ブライド ~剣聖の嫁は怠惰に暮らしたい~   作:ビスマルク

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第十一話

「母さん質問でーす。父さんの剣術って炎出てるけどあれって魔法なの?魔法なら詠唱とか必要なんじゃないの?」

 

「今この場では先生って言いなさい。カグラの方は途中で気付いて言い直したっていうのに」

 

 魔術の基礎を学ぶ授業、良いことを言ったはずのスウの発言から数秒後にこの質問をする辺りアズマは空気を読まない性質だということが分かる。

 そんな息子に若干呆れながらも人差し指を口に当てて考えるスウ。実際例外の説明もした方がいいとは思っていたがそれはアキラの戦闘技術の根幹でもある。無論説明しただけで解析され無効化されるような技術ではない。『龍』として魔法に圧倒的な知識を持っているスウだからこそ理解できた。今目の前にいる子供たちに説明しても何も問題はないだろう。

 それでもどこから漏れるか分からない。それがアキラを脅かす可能性があるとすれば慎重にならざるを得ない。そう内心悩むスウに教室の後ろから眺めていたアキラは助け舟を出した。

 

「別に実演してみせればいいだろ。故郷でも演武とかはやってたし、問題ない」

 

「……そう、それなら実際見た方が早いわね。先生、みんなをグランドに出しても?」

 

「実演に対して危険性がないのであれば構いませんが……」

 

その後クラスの子供達はグランドに出て遠巻きにアキラを見る。アキラはその視線に何一つ感慨を抱かない様子でカタナを抜き、集中し始める。いつものように敵を斬る為ではなく子供たちの教育の為の魅せる剣技を行う事に十年近く前の事を思い出し、ふとおかしくなった。

 

(あの時は……あんまり余裕なかったよなぁ。それにあそこ飛び出してからもうやることはないと思ってたこれをやるとは思わんかったぞ)

 

 故郷では祖父の使っていた剣術《日幻流》の型を一通り習得した年に行われた祭りで、一度だけ披露した。恐らくは様々な要因が絡まった結果起きたその行事をアキラは完璧にこなしたが、同時に二度と行うことはないだろうという事も理解していた。

 祖父と同じ剣術を使えるようになったとしても強さは同じ年齢だった頃の祖父に遠く及ばない、期待外れと呼ばれ続けた。それを見返すために剣を振るい続けることを当時にはすでに決めていたアキラは演武などというものに時間を割くつもりはなかったからだ。

 それなのに今この時、あの時の祭りの時よりはるかに少ない人数の前で舞おうとしている。それは自分が変わってきたことを証明し、その原因がかつてともに旅した仲間達と自身を見ている「家族」の影響だと思い、変わった自分を嫌いになれない事実に笑った。

 

「すっげぇ……」

 

「綺麗な炎……」

 

 カタナを抜き、脱力したアキラは止められた水が解放されたかのように猛然と動き出す。それは彼にとっては戦闘時の十分の一以下の速度だったが、周りから見ていた子供達からはギリギリ見えるかどうかの速さだった。暴れ狂う激流のように振るわれるカタナと同時にアキラの足もまた素早い足さばきで動き出し、その口から洩れる呼吸音は独特の音を響かせた。それら全てが重なった瞬間カタナから夕陽のように紅い炎が巻き上がる。

 

「魔法は通常詠唱を必要とするとはさっきも言ったわね。ただし例外もあり無詠唱で発動することの出来る魔法もあるわ。それは自然に発生し漂っている魔力(マナ)を使わず自身の魔力(オド)だけを使った物か、今目の前で行われているように動きや呼吸、自身の魔力で自然の魔力を反応させて使うもの」

 

 カタナをしたからすくい上げるように切り上げるその軌跡に紅い炎が続き弧を描く。一つ一つの動きに意味があり、その動きがマナを反応させてアキラの身体を強化し強力な炎を生み出す。

 アキラが行っているのは一種の儀式だった。自身の魔力を体全体に巡回させ詠唱の代わりに動きや呼吸でマナを操作し、その力を借りる。その動きに無駄がなければない程威力や効果は上がり、カタナに纏わせる炎の純度、温度も上がる。

 

「今見ているこれはその一例。魔力の動きや呼吸で違う効果も出るし、形だけをまねても意味はないけれど。これを見れるのは幸運だと思った方がいいわね」

 

 激流を思わせる激しい回転し続けるような動きが切り替わり、木から舞い落ちる木の葉を斬るかのように繊細な動きが増える。突きを一瞬のうちに何十回も繰り出すその技を見ていた者の多くは残像しかその目にとらえられない。スウの優れた目にもカタナに纏わせた炎が邪魔しその多くの実態を捉えることは出来なかった。

 演武が続けば続くほどアキラにかかる身体強化の力は増していき、激しさや繊細さを兼ね揃えたその動きに、いつの間にか学校中の生徒、そして教師が声を忘れ魅了されていく。授業中だった他のクラスも外で行われている美しさを表現し続ける動きに気付き目が離せなくなる。

 それらの視線に一切気負うことなく動き続けるアキラは額から汗を流しながら清々しい気分になっていた。かつて舞った時にはあった不満が今この時にはないことに気付いたからだ。

 

(人ってのは、簡単なことで変わるって爺ちゃんが言ってたっけか。爺ちゃんが婆ちゃんに会った時みたいに)

 

 十年以上前の頃には動きに不満があった。舞うこと自体に不満があった。見ていた人間たち全員に不満があった。戦いの中でしか認められないはずの自分がこんなことをしている、無駄な時間だと確信し斬り捨てようとしていたかつての気持ちは、今はなかった。

 それはきっとこの大陸に来てであった仲間たちの影響と、今ここにある「家族」のお陰だろう。

 

 かつて自分たちが打倒したスウは、随分と変わった。本人が自覚しているかどうかは分からないが、かつてを唯一知る自分からすればもはや別人だと思うほどに。短い時間でありながら出会ってきた人たちの影響が彼女に与えた人間性だろう。そんな彼女に自分も影響されたのだろう。

 ダンジョンの中で出会った姉弟もまた自身を見失わぬように見ている。なぜか知らないが自身を父として慕ってくれる二人の子供。二人が誇れる父でありたいと思い、それに恥じない生き方をしたいと思う。未だに自分は強さを求めている。それは今までも、そしてこれからも変わらないだろう。ただそこに動機が一つ加わるだけ。見ている「家族」が胸を張り誇れる存在でありたい。

 

「ふぅーーー……」

 

 自身の中の感情に納得すると同時に演武が終わる。カタナの軌跡を追っていた炎が落ち着き、そして消える。肺にたまった息を吐き出しカタナを鞘に納めると同時に大きな拍手と歓声が聞こえた。Aランク冒険者の、一流の剣士の技術をこれでもかと注ぎ込まれた演武は見ていた全ての人を魅了していた。

 その拍手と歓声の中には満面の笑みを浮かべ、既に出来ていた学校の友人に自慢する息子と娘がいた。「ここまでやらなくても……」とばかりに呆れた笑顔を見せる相方がいた。

 若かった祖父が、最強だった剣士がさらに強くなれた理由がそこにある様にアキラは思えてしょうがなかった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 

「なんでお父さんとお母さんが学校に来てたの!!あの後凄い説明とか大変だったんだからね!!」

 

「あら、問い詰められるような友達がもう出来たのね。私なんて友達って呼べる人は一人くらいしかいないのに」

 

「母さんは基本的に人付き合いすら面倒くさがるから知り合い増えないんだと思う」

 

「友達だけじゃなくて他のクラスの人とか先生にも聞かれて大変だったの!!!アズマはどっか隠れてたから私ばかりに質問が集中したんだから!!」

 

 学校が終わる夕方頃、家に帰って来たカグラは家でソファで横になって手伝い妖精の2号にマッサージしてもらっていたスウに問い詰めていた。授業が終わりアキラとスウが教室から出た瞬間に双子を待っていたのは質問の嵐だった。二人の戦闘方法、どんな冒険をして来たのか、Aランクになるまでにこなしてきた依頼は。気になったことを次々に尋ねられる状況に、助けを求めるように己の片割れに助けを求めても当のアズマはこうなることを予想していたのかすぐに隠れてしまっていた。

 結果的にすべての質問に対応することになったカグラだったが、愛している家族とはいえ出会ったのはわずか数日前。その全てに答えられるわけもなくただただ質問に飲まれていた。しかも来るのは同じクラスの子供だけではなく他の学年からも、どこから話を聞いたのか尋ねてくる始末。放課後には何とか捕まえたアズマと一緒に学校を抜け出してこなければいけないという状況だった。

 

「私の話だけでそこまでなる要因はないから……悪いのは間違いなくアキラね。全力でやりすぎってことかしら。まぁ何はともあれ……私は今日働き過ぎで疲れたから答えるのすら億劫だわ」

 

「僕、剣習ってるって言ったから明日は捕まるんだろうなぁ。いやだなぁ……まぁいいや。考えるのも疲れるし、明日のことは明日の僕に任せよっと」

 

「なんで二人はそんなに似てるの?なんでそんなに面倒くさがりなの?もうちょっと真面目に考えてよぉーーーー!!!」

 

 カグラの悲鳴にも似た言葉を聞きながら、だらけきった姿とは裏腹に思考を回すスウは今後の事を考える。ひとまずこれで自分たちという保護者がいることを周りにアピールすることが出来た。これから双子に近づこうとする人間も増えるだろうが、害をなそうとする人間は少ないだろう。

 自分がそんなことを考えている事実を面白く感じる。少し前には存在しなかった感情が生まれたのは自身が今は人の身体に収まっているからだろうか。今もなおそばで叫んでいる娘とそれをスルーし自分と同じようにソファに横になっている息子のお陰か。そのどちらであっても、悪くはないと思えた。

 

「お父さーん!!このだらけきった二人なんとかしてー!!」

 

「へ?っと、急にしがみつくなって。特に料理してる時は危ないんだから」

 

 母と弟に行ってもらちが明かないと判断したカグラは自分と似たような感想を持つだろう父の元に走った。アキラは1号を助手に夕食の準備をしており、カグラはその腰に後ろから勢いよく抱き着いた。鍛え上げられた上に後ろから迫る気配に気付いてたアキラは驚くこともその体を揺るがすこともなく受け止めた。

バランスを崩すことなく料理し続ける姿を疑っていなかったカグラはアキラと同じ後ろに結んである髪を尻尾のように振り回しながら母と弟のだらけきった姿を事細かく説明始めた。

 二人の様子を聞きながら調理を続けるアキラはよく似ているなあの二人程度の感想を抱かなかったが委員長気質のカグラには不満だったようだ。なお、今も二人はだらけきった姿をリビングで晒している。

 

「ま、落ち着けカグラ。あの二人はあの二人でしっかりする時はしっかりしてるだろ。いつもの怠惰くらいは許してやれ」

 

「むー……。お父さんが言うなら、まぁ……」

 

「それより料理覚えたいって言ってたろ。教えてやるから買ってもらったエプロン付けて来い」

 

「ほんとう!?分かったすぐに着けてくる!!」

 

 興味をだらけきった二人から料理に移したカグラは自分の部屋に走っていく。その走っていく後ろ姿に真面目すぎるのも考え物かと思うものの、それもカグラと言う少女の個性だとも思う。それはきっと汚点ではなく美点なのだから、いい方向に伸ばすことが親としての自分の役割だと考えた。

 

「お父さん!今日は何を作ってるの!!」

 

「今日は豚ニラと貝の味噌汁だな。カグラ、味噌汁のあく抜き頼んだ。1号手伝ってやってくれ」

 

「分かった!!」

 

「キュー!!」

 

 走って戻って来たカグラはデフォルメされたドラゴンが描かれたエプロンをつけて来た。買い物に行った時に料理をしたいと言い出したカグラの為にスウが選んだ物だった。スウの選んだそれを大変気に入ったカグラの為に買ったそれは幼い彼女に大変よく似合っていた。

 今日の献立を聞いたカグラはキッチンに立つには背丈が足りない為足場を1号と一緒に運んで来てアキラに言われた通り一緒に味噌汁の灰汁を取り除き始める。火で火傷しないように見張っている1号は心配してはらはらした様子で落ち着きがなかった。これもまた数日の共同生活で得たものだろう。1号から3号までの手伝い妖精は二人の双子と一緒にいられることを楽しんでいることが外から見ても分かるほどだった。

 そんな二人の様子を眺め、微笑みながら目の前にあるフライパンの中身を動かし続ける、焦がさないように肉とニラを炒め、何とか確保した醤油と料理酒、味の素や塩コショウをふりかけ味を調える。しょうゆベースのたれの匂いがリビングにまで広がり二人の怠惰者を眠りの中から起こした。

 豚ニラの調理が終わる頃には味噌汁の方もいい具合に仕上がっていた。味噌汁の貝は出汁、具材はなしというのがアキラの貝の味噌汁のこだわりだった。まぁその貝を美味しく頂く龍もいるのだが。

 

「飯出来たから並べるの手伝ってくれ2号、3号。1号はこっちの片付けな」

 

「「キュー!!」」

 

「お母さーん、アズマー!ご飯出来たよー!!」

 

 それぞれの器に炊き立ての白米をのせ、おかずと一緒に運んでいく。リビングの机の上は既に料理が置けれるように片付けられており、それをした二人は今か今かと料理を待っていた。

 その二人の様子に先程までの怒りは消えたのか、呆れたように笑って料理を手伝い妖精たちと一緒に運んでいくカグラ。

 今日もまた、フジヒノ家の一日は平和に終わるのだった。

 

 

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