スロウス・ブライド ~剣聖の嫁は怠惰に暮らしたい~   作:ビスマルク

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第十二話

 

「ふわぁ……」

 

 フジヒノアキラの朝は早い。春であるこの時期にまだ太陽が昇ってきていない早朝4時ごろにアキラは自然と目を覚ます。それは幼い頃から繰り返されているルーチンであり、自然な目覚めだった。

 起きたアキラは手早く動きやすい服に着替えると早速台所に向かい、朝食の仕込みを始める。元々凝り性でもあり料理に関心と店を出せるレベルの腕前を持つアキラの家の台所はそれなりに大きく、器具の多くもその腕にあった高いものもが多い。

 そんな鍋を始めとした器具を使いアキラは手早く、慣れた様子で家族たちが食べる朝食を作る。鍋に出汁になる海鮮類を叩きこみ、同時に白米を炊きだし、魚を捌いてぬか漬けにしてあった野菜の様子を見る。

 

「まっ、こんなもんか」

 

 それら全ての作業を手早く済ませた後アキラはそのまま自身のカタナを持ち庭に出る。外はまだ肌寒い季節であり、その証拠に未だに太陽は昇ってきていない。

 ゆっくりとカタナを抜いたアキラは寝ている家族を起こさないよう、音を出さないよう細心の注意を払いながらその腕を振るう。空気を斬り裂くカタナからは本来生み出されるはずの炎は出ず、その見事な刀身が素人には、Bランクの冒険者であっても見切るのは難しい速度で振るわれる。

 そして一通り身体の調子を確認したアキラは自身の“日幻流”の型を一つずつ試すように高速で振り続けた。何度も何度も、違う体制、違う状況を想定しながらどんな状況にも対応できるように頭の中でシチュエーションを考えて。

 かつて仲間たちと共に乗り越えた試練。それを頭の中で、一人だった場合どうすればいいかを考えながら。記憶の中で戦ってきた強敵たちを思い出すと、やはり一番に思い浮かぶのはたった今自身が建てた家の中の一室で惰眠を貪っている『龍』だった。戦いの中で刻み込まれた恐怖と興奮は今こうしてる間も鮮明に思い出せる。間違いなく一人だったら殺されていたと断言できる。

 

「……そんな奴が今は、かぁ」

 

 そんな自身の人生の中で最も濃い時間を提供してくれた存在は今は自分の部屋の中で抱き枕を抱きしめながら寝言を言ってるのだろう。それを悪い事だとは言わないし、その変わり方はいいことだとも思う。あまりにだらけ過ぎていて娘であるカグラにたまにひどい扱いされているが。

 

「お父さーん、おはよー」

 

「眠い……眠らせて……」

 

 今ある家族を思い浮かべていると庭先からそんな声が聞こえて来た。声のかかった方を見ればそこにはたった今思い出していた家族の姿がある。時間を確認すればもう既に子供達が起きてくる時間になっていた。

 立ちながら寝息を立て始めそうな双子の弟の手を掴みながら既に目を完全に覚めさせてしっかり誘導する姉。二人はまだ着替えておらず寝巻を来ていた。その寝間着はスウと一緒に買いに行った色違いの物。緑色の寝間着を来たアズマと桃色の寝間着を来たカグラ。スウは赤色でアキラは青。家族で色違いにしたいと言い出したのは娘であり、母親のスウは笑いながらデザインを選んだ。

 昔はその辺の作業着で寝ていたアキラも矯正され、今ではすっかりその寝間着を使っている。そしてそれが嫌だとは思わなかったことに自分でも驚いていた。

 

「父さん、お腹空いた……。後カグラ、無理矢理引っ張るのやめて……」

 

「駄目!!こうしないとお母さんみたいにまた布団の中に潜り込むでしょ!!ほら、早く顔洗うの!!」

 

「ははっ。ちょっと待ってろ二人とも、すぐに飯の用意してやるから」

 

 庭先で騒いでいる子供達、これは今の自分が守るべき者達。かつて自国の民を全て助けたと言われる偉大な祖父にはいまだに強さと大きさには敵わない。それでも次に会える時があれば、以前は背中を向けて船に乗った時のような気持ではなく、胸を張って会える事は確かだろうと、笑って歩く中でそんな確信を抱けていた。その時は、自分の家族だと目の前にいる子供達と部屋で寝ている女を紹介したいとも。

 

 

※※※

 

 

 

「「「キュー!!!!」」」

 

「ふがっ!?」

 

 フジヒノスウの朝は遅い。ほとんどの朝は自分の作り出した魔導生命体の手伝い妖精三体によるダイブによって、その白いお腹に衝撃を受けることで覚醒する。日々日々自分の扱いが悪くなっている三体に対して思うことがないわけではないが、この手伝い妖精達に起こされなかった場合自分を起こしに来るのは娘のカグラかアキラだろう。アズマは自分と似ているので寝てたい人を起こそうとはしない。

 娘に起こされることを考えれば扱いは悪く、起こし方が多少乱暴であってもこの三体に起こしてもらった方がいい。カグラの場合起きた後お説教が来る可能性が高いのだ。

 

「一体誰に似たのかしらね……」

 

 欠伸をしながら生真面目な娘を思い出し背伸びをする。女性らしさと少女らしさを残した身体は起伏があまりないが、パジャマの隙間から見える白い肌はきっと見る者によってはとてつもない価値があるだろうことが分かる。人間体になる前の、『龍』であった頃の自分が作った肉体は頑強性を始めとした機能は高性能だし特に問題もない。髪が伸びるなど面倒な部分もあるが魔法を使いこなすスウにとっては特に気になる部分でもない。

 

「しかしあの男本当何もしないわね。別にそれ自体はいいんだけど本当に男なのかしら。ちょっと幼いように見えないこともないけどそれなりの容姿だと思うんだけど……。」

 

 だがこの肉体は少しばかり幼すぎないかとも思い始めていた。そう思わせる原因はたった今台所で朝食を準備している相方の青年だという事も確信している。別に下心を抱かれたいわけではない、ないのだがそれはそれとして何のアクションも見せないという事は自分にそれほど魅力がないのかと悩んだりもする。

 この人間体に精神を映してからというもの思考も人間よりになっていることは自覚している。自覚しているが治す気もないし、このままでも特に問題はないとも分かっているしこれはこれで悪くないとも思うので構わない。だがその影響で出て来るこういった感情はどうしても持て余すことになり悩みの種にもなっている。いっそ襲いに来れば叩きのめせるのにと思いながら着替えを始めるスウ。

 

「まぁそんなことする男なら一緒にお風呂入ったあの時襲いかかってくるか……」

 

 家族というものがよく分からないと互いに月の下で話したあの夜の事を思い出す。それはきっと一生涯忘れることのない会話。自身の頭に刻み込まれたお互いの誓い。あの二人の子供達のためにともに家族になろうと決めたあの日。少しは家族の暖かさというものを与えられているかと不安になる時もある。だがきっと大丈夫だとも思う。

 本で読んだ理想の家族というものには程遠いかもしれないが、それでもきっとあの二人に与えれている愛情は本物であり、価値があると信じられるから。

 

「おーい、飯だぞー。あっ、悪い」

 

「えっ」

 

 そんな柄にもなく殊勝なことを考えていると突然部屋のドアが開かれアキラが顔を出した。手伝い妖精達からスウが起きたことを知ったアキラがわざわざ朝食が出来たことを伝えに来たのだろう。それはいつものことでノックをしないのもスウがそれを嫌うからで、だからこそアキラには殆ど過失はない。ないのだが。

 

「~~~~~~~~~~!!!出てけええええええええええ!!!!」

 

「うわ!?物投げるのやめろって!!ぶげっ!?」

 

 こういった場合大抵は男の方が悪いと古来から決まっている。その法則に従って枕を投げつけてくる顔を真っ赤にしたスウに、顔面に枕がヒットし困惑するアキラ。朝から騒がしいと今日の学校に行くため自室で準備している双子たち。我関せずとばかりにスウが脱ぎ散らかした寝巻を回収していく手伝い妖精。

 

「ふぅー……ふぅー……。あいつ、顔色全く変わらなかったわね……!!それはそれでかなりムカつく……!!」

 

 息を斬らせながらアキラを追い出したスウだったが、数瞬だけ見たアキラは顔を赤くすることもなく通常通りだった。それが苛立たしい理由は分からないが自分の中にここ最近で生まれた女としてのプライドが傷ついたのも確かだった。あの男はきっととんでもない女の敵だと理解し、それを打倒することを誓ったスウであった。

 なお急いでドアを閉めて退避するアキラだったが、確かにその顔はいつものように真顔なのだがそれはあくまで内心を表情に出さないようにしているからで。スウが思っているほどアキラの中の男は反応していないわけではなかった。

 彼は彼で美少女と言っていい容姿で、最近気安い中になって来たスウを意識してたりするのだ。周りは、本人含めて誰も気付いてないが

 

 

 

※※※

 

 

 

「母さんなんであんなに怒ってたんだろ」

 

「多分お父さんがまたデリカシーないことやったのね。私にはわかる、間違いないわ」

 

 アキラの作った朝食を食べ、家を後にした双子は学校に向かいながらそんな会話をしていた。朝食中ずっとアキラを睨んでいたスウはその美しい白金の髪をまるで逆立たせ、威嚇した猫を思わせる表情をしていた。アキラは居心地の悪そうな顔をして自分のおかずを分けていたので恐らくは父がまた母を怒らせてたのだろうとカグラは辺りを付け、実際それは当たっていた。

 家族になってすぐに分かったことだがスウは常識がないと言われればそうかもしれないが、その驚異的な頭脳ですぐに人間社会を理解し、溶け込んだ生活をしている。たまに物知らずなこともあるがそれも知らない人もいるだろうと言えるレベルの知識。既に何人かの友人も作っているスウは怠惰な生活を望む姿以外は理想的な母だと言えるだろう。

 

「父さん、案外常識ないしなぁ」

 

「【日ノ本】って国の偉い一族の出身だったらしいからその影響かしら。お父さん、あんまり昔の話しないから知らないけど」

 

「全くしない母さんよりはマシだけどね。あの二人どうやって出会ったとか全く教えてくれないし」

 

 まさかダンジョンの奥底でブレスを吐いてアキラや仲間たちに大火傷を負わせたり、最大威力に高めた奥義で首を斬ったりしたとは夢にも思っていない二人は呑気にそんな話をする。それを除いたとしても急に王都でスウが襲いかかり、誤って主従契約を結んでこの街に一緒に来ることになった事など子供達には話せないだろう。そもそも本人たちも主従契約含めてほとんど忘れているので仕方ないのだが。

 

「おや、カグラちゃんにアズマ君じゃないか。今日も元気だねー。親御さんにもよろしく言っておいてくれ」

 

「あっ、肉屋のおじちゃん。いつも美味しい肉ありがとねー」

 

「アレはアキラが狩って来たものでもあるからね。商売的に助けてもらってるのはこっちも同じだよ」

 

 学校に向かうために街を移動していた二人に挨拶をしてきたのは、普段からアキラがよく肉を買いに来る肉屋の店主だった。魔獣の肉を人が食べれるようにするためにはそれ専用の処理をする必要がある。魔獣には毒素が詰まっているためそのまま食べたら体を壊す恐れがあるからだ。ただし一部の人間はその毒素を無視する強靭さを誇る者もいるが、あくまで例外である。その例外が双子の親なのだが。

 

「アズマ!おじちゃんなんて呼び方したら駄目でしょ!!」

 

「がっはっはっは!!気にしないでいいぞカグラちゃん!!おっさんなのは事実だしな。昔は冒険者をやっていたが今じゃただの肉屋のおっさんでいいんだよ」

 

「だってさー。カグラは色々と固いんだよ。父さんもルール破ったら滅茶苦茶怒るけど」

 

「破るのはお母さんとアズマだけで私とお父さん、それに1号2号3号は守ってるでしょ!!」

 

 怒るカグラと流すアズマ。この二人のやり取りはほとんど毎日繰り返されていて街の名物になりつつある。Aランク冒険者であるアキラと凄腕の魔法使いであることが知れ渡ったスウの子供。それだけでも有名になることは避けられないが、毎日行われる光景がこの双子はただの子供だという事を思い出させてくれる。

 しかも双子の親であり、有名になった原因の親は子供達を大切にしていることも知れ渡っており得体のしれない引っ越ししてきた冒険者から、家族を大切にする青年とその嫁という印象を周りに与えていた。

 おかげで初めに会った時はアキラに対してよそよそしかったこの肉屋も彼等の為人を知ることで態度が軟化していていた。なおアキラの嫁と認識されているスウに街のイメージを告げた場合顔を真っ赤にすることはほぼ確実だろう。こういった感情に縁のなかった彼女は人間体になりその感情を持て余すことになっている。周りの友人たちもその様子を見て楽しんでいるので当分の間は続くのはほぼ確定だが。

 

「あっ、アズマ!お前アキラさんから毎日稽古受けてるって本当かよ!!羨ましいんだけど!!」

 

「んあ?ローマじゃん。僕が言うのもなんだけど挨拶はした方がいいんじゃない?うるさいのいるし」

 

「うるさいって私のこと!?そんなこと言うんだったらもう勉強教えてあげないんだから!!ローマン君も挨拶しないとろくでなしになるわよ!!」

 

「ほら、また言い出したよ。何とかしてよローマ。僕の宿題のために早く謝って」

 

「俺の名前はローマンだし、宿題は自分でやれよお前!!だけど挨拶しなかったのは悪かった、謝るから許してくれフジヒノ」

 

 肉屋の壮年と話してると店の中から双子と同い年であろう少年が出て来た。彼は『ローマン』と言い、アズマの学校でできた友人の一人である。つい先日見た双子の父であるアキラの演武によって彼に憧れ今では冒険者を引退した父親に稽古をつけてもらっている。豪快で同年代と比べたら一回り大きい身体から繰り出される技は将来を楽しみにさせるものだとは周りの大人の言葉だ。

 アズマに対してはなんの遠慮もない言葉をぶつけるローマンだが、カグラに対しては少し委縮するように言葉を選び、さらに名前ではなく名字呼びになっている。しかしそれはカグラを悪く思っているとかではなく、むしろその逆なのだろう。その証拠に彼の顔は少し赤くなっているのだから。

 

「あっ、ローマン君。顔に傷ついてるわよ。そのままだと病気になるかもしれないし私の絆創膏つけてあげる」

 

「い、いや悪いしいいよフジヒノ!!この程度男の勲章だぜ!なぁアズマ!!」

 

「いや、痛いのは嫌だよ僕。治せるものは治した方がいいし貰えるものは貰っておけば?」

 

 だが双子の姉弟はローマンのそんな微笑ましい感情には気付かない。二人して鈍感なのだから将来は恐ろしいだろうと外から見ているローマンの父親はそう思う。

 二人の容姿は控え目に言っても整っている。血が繋がっているのが信じられない程、アキラと同じ色の髪をそれぞれ父と母の髪型にしている。アズマはスウの短く切り揃え、カグラはアキラと同じようにスウから貰った可愛らしいリボンで髪を後ろで縛っている。目はスウと同じ大きいエメラルドを思わせる。その容姿は将来を楽しみにさせるほどに。

 だが同時にこの二人は、いやスウを除く家族全員は自身の容姿に無頓着なのだ。異性にどう見られるかを全く意に介していない三人は外から見れば本当に血の繋がった親子に見えるだろう。

 

「三人とも、早く行かないと学校に遅れるぞ」

 

「本当だ!!アズマ!ローマン君!急ぐよ!!」

 

「やっべ!父ちゃん行ってきます!!」

 

「走るの面倒くさいなぁもう」

 

 店に取り付けられている時計を見て現在時刻を確認した三人の子供達は急いで走っていった。それを暖かい目で見守る朝から活動し始めている大人たちはこの日常を守る為に今日もいつものように仕事に向かう。

ここは冒険者の街。誰もが毎日生死をかけ戦い、そして生き抜いてきた戦士の街だ。

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