スロウス・ブライド ~剣聖の嫁は怠惰に暮らしたい~   作:ビスマルク

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第十三話

 

「ねぇ、私ちゃんと母親出来てるかしら」

 

 いつもの日課をこなすようにギルドで依頼を受け冒険者としての責務を果たしていたアキラとスウの二人は、森の奥を探索していた。周りには狼のような姿をした魔獣の死体が十数体倒れており、何も知らない者が見ればどんな恐ろしい存在がこの近くにいるのか震えるであろう光景。そんな場所を生み出した青年は身内からいきなり問われたその言葉に思わず口を開け、何を言っているんだとばかりに怪訝そうに眉をひそめた。

 そんなアキラの反応に不満そうな顔をしながらスウは不安な様子を隠すことなく呟くように言葉を続けた。

 

「だってほら、私ってこう……怠惰じゃない?家事はしないし、魔法を教えるのも面倒だって思うし……」

 

「そう思うなら治せばいい……って言っても治せるなら治してるか。そんでなんでまた今更そんな事言ってるんだ?」

 

「なんでって、『お母さん』なんて呼ばれるなら相応の存在でいたいじゃない。『怠惰』の龍だった私だけど、そう呼ばれるならそれに値する存在でいたいわ」

 

 『怠惰』であることが魂にまで刻み付けられているスウだがそれ以外の感情がないわけではない。むしろ怠惰に支配されていた『龍』の身体から解放されたことからそれ以外の感情も大きくなっており、本人も持てあましている。ここ最近のアキラに対する照れ隠しや、赤面なども自分の感情をコントロール出来ていないが故のもの。それを自覚していながらもどうしようもない。慣れるしかないと理解しているのでそこについては諦めている。

 それでも息子や娘に対して格好の付かない姿をあまり見せるのも嫌だというのがスウにプライドがあることを示している。イレギュラーな出来事で拾った二人の子供達、それでも大事な家族になったのだからそれ相応の威厳を示したいとスウが考えるのも無理はないだろう。

 

「あの二人はお前のことちゃんと尊敬してると思うぞ。それに最近はカグラのおねだり聞いて魔法について教え始めてるだろ。魔法の事はよく分からんけど……覚えはいいんだろ?」

 

「ええ。強大過ぎて封印しておいた魔力、そこから漏れ出てくる分だけでも十分な威力の魔法を問題なく発動できてるわ。まぁ多少理屈っぽいからセンスがあってもそれを十全に使うのに苦労してるみたいだけど」

 

 アキラもスウもアズマも、この家族は大抵のことをセンスか勘で習得し実践してしまう。そこに思考を回すよりもそれ以外の事を考えた方がいい、または考えるのが面倒だと理由で実行までの行程をまったく気にしない。だがカグラのみはその几帳面な性格からか、魔法を行使する際どうしてそうなるかを深く考えてしまい魔法発動までに若干の時間がかかってしまっているのだった。

 

「ここら辺はもう性格の問題だし、私にはどうしようもないわね。それに行程を考えるっていうのも魔法の技術向上には必要なことだし。私みたいな生まれながらに歩くのと魔法を使うことが同じみたいな存在でもない限り」

 

「どうしてそうなるかは考えておいた方がいいからな。そういう意味じゃアズマの奴は考えなしだな。俺以上にセンスがあるから動き自体はどんどん会得していってるんだが……」

 

 カグラが魔法習得に時間がかかっている一方、アキラに剣術を学んでいるアズマは順調にその腕を上げていた。スウに似て面倒くさがりのアズマだが、興味のあることに関しては抜群の集中力を発揮しアキラをも驚かせる程になっていた。

 流石に今はまだ幼く、基礎から叩き込まれているが十年もすれば今のアキラと同等クラスの使い手になるとアキラ自身は考えている。その評価に親バカな部分がないとは断言できないが。

 

「ま、尊敬されたいってなら料理から始めてみたらどうだ?色々と教えてやるから手伝え、今日から」

 

「今日から!?い、いやー、流石に心の準備とか色々と……。こう、本から勉強する感じで!!」

 

「習うより慣れろ。あとお前の場合そう言ってずっとやらないのが目に見えてるからな?怠惰を克服するなら即日即行。今日から叩き込む」

 

「お、お手柔らかにお願いするわ……」

 

 この後、家に帰った後、エプロンをつけて初めての料理に挑戦するスウの姿があった。包丁の握り方、材料の斬り方を教わるさいに後ろから手を回されて軽く抱きつかれる形になって指導が全く身に入らなかったことも、一応ここに明記する。

 

 

 

※※※

 

 

 

「僕ちょっと思ったんだけど、この扱いの違いはなんなのかな?」

 

「何の話だよ?」

 

 日中、学校に通っているカグラとアズマ。今は昼休みでその周囲には持ってきていたお弁当を広げて昼食をとっている少年少女が楽しそうに話しながら食事をしていた。

 その少年少女の一人であるアズマは友人であるローマンと一緒に机を並べてお弁当の中身をつついていた。ちなみに双子のお弁当は父であるアキラが作っている。栄養バランスと二人の好き嫌いを考えられて作られたお弁当は基本的に余ることはなかった。アキラと共に冒険者として外に出ているスウの分もきちんとつくられている辺り彼は世話をするという行為自体が好きなのだと伺える。

 

「いやだって僕の周りにはローマしかいないのに、カグラの周りにはいっぱいいるし」

 

「そりゃお前の周りに来て話を聞こうとしに来た連中全員お前が拒絶したからだろ。アキラさんの話を聞きたいって言って来ただけなのに」

 

「馬鹿だなぁローマは。あの他クラスから来た連中の目的は父さんに剣術を教えて貰うことだよ。僕はその足掛かり。そんな扱いしかしない連中になんで愛想笑いなんてしないといけないのさ」

 

「お前のそういうところが無駄に敵を作ってると思うんだけど」

 

 ふと視線を騒がしい方向に向けてみれば楽しそうに談笑する双子の姉とその周りに男女問わず大勢の子供たちがいた。一方こちらは友人になった一人の少年だけ。あちらが羨ましいわけでもないし、むしろ相手をするのが面倒だと思う。食事は静かに食べるか、家族のような親しい人間としかとりたくないアズマにはカグラの現状はあまり理解できないものだった。

 ただそれはそれとして複雑な感情として双子であるはずの自分達にここまで差があるのはなぜかと考え始めてしまう。

 とはいえ双子と言えど性格が違う以上人間関係も変わってくるだろう。それに自分たちは性別すら違う。よく似た容姿の二人でもこれだけ違う要素があればこうもなるかとアズマは一人納得して父の作ったお弁当を食べ始めた。

 

「ま、カグラは真面目だけど人嫌いじゃないからああもなるか。愛想は良いし」

 

「お前の分の愛想も持って行った感じがするよな。アズマはもう少し愛想を良くした方がいいと思うぜ」

 

「僕、無駄なことを楽しむ事に関しては理解ある方だけどさ。楽しくもない無駄なことをするのって馬鹿らしいと思うんだよね」

 

 達観しているようで子供そのものの論理をドヤ顔で言い放つアズマ。数年後、この時のことを思い出し頭を抱えて転がりまわることを今の彼は知らない。

 そんな友人を見ながら呆れたように溜息を吐くローマンはその友人の姉に視線を向ける。アズマの眠たそうな目とは違いパッチリ開かれた大きな翡翠色の瞳は見る者を魅了してやまない。この地域ではまず見れることのない艶やかな黒髪は後ろで一つに結ばれており、カグラの笑い声と一緒にその機嫌の良さを示すように上下に揺れる。

 

「カグラばっか見てるとそのうちばれるよ?」

 

「な、何の話だよ!?」

 

「いや、それで隠せると思ってる方がおかしいって。うちの母親と同じような反応してるし」

 

 母親が10歳にもならない少年と同じ反応をしていることをばらしながらアズマは箸を器用に操り弁当のおかずを口に運ぶ。面倒くさがりであってもこの手の習ったことは苦労もなくこなせるアズマは剣術においても同じように段階飛ばしで実力を上げている。父親のいる場までに辿り付くにはあと10年以上かかるだろうが。

 そんな才能が友人にあると思っていないローマンはいきなり告げられた言葉に動揺しながらそれを隠そうと必死だった。そんな彼を呆れたように見るアズマは同様の視線を双子の姉にも向ける。

 

「それで気付かないのはカグラくらいだって。あいつ人のことは良く見てるのに自分のことはあんまり意識してなくて油断しまくりなんだよなぁ」

 

「お、弟として心配ってか?」

 

「そりゃ心配だってするでしょ。下手な奴が来たら父さんはともかく母さんが怒りそうだし。絶対言うよ母さん、『私の娘は絶対にやらない!!!』とかなんとか。それ以前に変なのが近づいたらカグラが魔法で燃やしそうだし」

 

 アズマが心配してるのはあくまで変な虫が姉にまとわりつくことだった。そうなった場合スウが出っ張ってくることはまず間違いなく、アキラがどう動くかが全くわからないのだ。被害に遭うのがその変な虫だけなら別にどうでもいいがそれですまない可能性の方が高い。

 

「僕達、子供だからそういうのは随分先だと思うけどねー。だけど勘違いした連中は今からどんどん増えていくだろうしさ、その前に友人にちょーっと警告しておこうと思ってね。……うちの家族は、怖いよ」

 

 ぶるりと体を震わせて家族が怒る姿を想像する。プリンを勝手に食べた時母親が落とした雷は恐ろしかった。アキラはプリンを食べたこと自体はそれほど怒ってはいなかったが、勝手に盗み食いをしたことに対して叱って来た。それは剣士のやるようなことではないと、心構えからして一つ一つ叩き込まれたのだから。

 それ自体は自分が悪いと認識していたので特にわだかまりなどはなく、カタナを使うものとしての心構えなどもしっかり心に刻んだ。が、それはそれとして生まれて初めて怒った姿を見せた両親に恐怖したのもまた事実だった。

 

「僕はね、絶対にあの二人を怒らせたくないんだ。その為だったら面倒な姉の将来の心配だってするよ。だから下手な奴に引っかからないように頑張ってねローマ」

 

「お前、色々と考えてるけど要は面倒くさいことはしたくないから俺に頑張れって言ってるんだよな?」

 

 その言葉にスッと目線を明後日の方向に向けるアズマ。母親と同じ面倒くさがりとしての性質は今の状態が続いた場合の将来のために先手をうてと叫んでいるのだった。

 

「まぁそれもあるんだけどさ。一番はやっぱり幸せになってほしいからだよ。真面目な人が幸せになれないなんて絶対におかしいからね。僕みたいなちゃらんぽらんがどうなってもまぁ仕方ないかもしれないけど」

 

「……お前、結構姉ちゃん好きなんだな」

 

「家族だからね。嫌いになれるわけがないよ」

 

 頬をかきながら顔を若干赤くして、大好きな家族を思い浮かべるアズマ。いつもからかわれているローマンはその顔に調子に乗りからかい始め、アズマは赤面したまま弄って来たローマンと騒ぎ出したのだった。

 

 

 

「ローマン君と何騒いでたのよ」

 

「友達同士のじゃれ合いだよ。カグラには関係ないって」

 

 学校が終わりそれぞれの家に帰宅する中、二人もまた家族の待つ家に戻る道を進んでいた。夕日が落ちる頃に戻れば父と母は既にいてそれぞれの作業をこなしているのがフジヒノ家の日常だった。

 毎日のように討伐依頼をこなす両親だがその疲労を残さないように早めに帰り、体を休める。他の冒険者より活動時間は短いがその短時間で平均的な冒険者の3倍近くの魔獣を狩るのがあの二人である。学校が終わり家に戻れば父が料理をしており、母は寝ているか本を読んでいるか。どのみち家で二人が待っていてくれている。

 それは正体不明の自分たちが得られる最高の幸福であり、それをしっかり認識しているのがこの双子だった。二人の姉弟は帰る道で互いに今日あったことを話し、言い争い、笑いあう。

 

「そういえばお父さんとお母さんって違う部屋で寝てたわよね?普通は夫婦っていっしょのへやでねおきするものだってアビーが言ってたけど……」

 

「あの二人仲いいけどなんかちょーっとギクシャクしてるっていうか……。変なところで遠慮とかはないんだけどなぁ。でも一緒に寝るくらいはしても大丈夫だと思うけど」

 

「お母さんたち常識とかあんまり気にしてないし、夫婦が一緒に寝るって知らないんじゃないかしら?教えてあげたら喜ぶかな?」

 

「知らないことがあるのは嫌だっていうのが母さんだし、喜ぶんじゃない?」

 

 このあと二人の子供に言われ、一晩を一緒の部屋で過ごすことになるアキラとスウだったが……当然のように二人とも眠れず次の日は眠気眼をこする羽目になるのはまだ誰も知らない。

 

「さーて、今日の夕飯は何かなー」

 

「言っておくけどしっかり手を洗ってからご飯にするのよ」

 

「分かってるって」

 

 微笑ましいやり取り、温かい家庭。それはきっとなんでもないようで手に入れるのがとても難しいもの。今日も明日も、その次の日も続くとは限らない日常。だからこそ彼らは一生懸命にその毎日を楽しもうとする。

 

 母に料理を教える父。父に後ろから抱きしめられ赤面する母。その二人を呆れたような笑顔で見る息子。その息子を引っ張って二人きりにさせてあげようと気を遣う娘。

 

 様々な事情を抱えながら、歪なのかもしれないけれど、確かに家族になれた四人がそこにはあった。

 そしてこの毎日はこれからも続くのだろう。

 

 





この作品はここまでとなります
ここまでありがとうございました

なお希望があれば続きを書く可能性も微粒子くらいの可能性であります

王戦物語は……とりあえず三章書き終わってから先を考える
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