同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

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第1話 同名コンボ

 『太閤立○伝V DX』というゲームがある。

 日本の戦国時代を舞台に、武士でも剣豪でも商人でも海賊でも忍者でも、好きな生き方で「天下一」を目指せる歴史シミュレーションだ。登場人物はおよそ千名。やり込み度は、控えめに言って人生を溶かす。

 

 最初に断っておく。

 これはそのゲームに人生を溶かした挙句、ついでに本当の人生まで終わらせた、しがない男の話だ。要するに俺の話である。世にあふれた転生だの憑依だのの一つだと思って、適当に付き合ってくれればいい。

 ……まあ、信じる信じないは君の自由だ。俺だって、こんなことになるとは思っていなかったんだから。

 

 発売から何年も経った今になって、俺はこれに再びどっぷりハマっていた。

 気づけば早朝。仕事は無断欠勤。勤怠はとっくに崩壊している。三十路を過ぎた独身男が誰に咎められるでもなく、ひとり画面の中で天下を獲る。最高じゃないか。

 

(次は……『山田有信』か。とりあえず茶会っと)

 

 このゲームには「札」という収集要素がある。

 主人公札、称号札、秘技札、合戦札、名所札、その他札。その数およそ千三百枚。集めるのが楽しくて仕方ない。中でも「主人公札」は、ゲーム開始時に選べる主人公そのものになる、目玉のコレクションだ。

 手っ取り早く主人公札を稼ぐなら、キャラの好感度を上げればいい。好感度を上げるなら、とりあえず「茶会」。相手のことなんか知らなくていい。茶を出して、わびさびを気取って、はい好感度。風流とは名ばかりの、効率作業である。

 

 ちなみにこのソフト、白状すると正規版ではない。

 節約が信条の俺は怪しげなサイト経由でめちゃくちゃ安く買った。要するに、たぶん改造版だ。動けば文句はない――そう思っていた。

 

「お、一発で主人公札ゲット。しかも……」

 

 主人公札を入手したとき、ごくまれに「コンボ」が起きる。

 **同名コンボ**。手に入れた札と「同名」の未取得キャラがいると、そいつもおまけで付いてくる、という仕様だ。ポーカーの役みたいなものだと思えばいい。

 山田有信を入手したんだから、「有信」つながりで誰か来るのか――そう思って画面を見て、俺は手を止めた。

 

(……『田有』?)

 

 出てきた札の絵柄に、見覚えがありすぎた。

 顔に傷の多い、岩みたいな巨漢。これは戦国武将じゃない。漫画『キングダム』の、大工あがりの猛者――田有だ。

 

「いやいやいや。山田有信の“田有”で同名コンボって、無理があるだろ」

 

 ツッコミながら、背筋がすっと寒くなる。

 説明欄も、絵柄も、どこからどう見てもキングダムの田有。戦国時代のゲームに、なんで紀元前の中華のキャラがいる。コラボ? いや、K○EIさんがこんな雑な実装をするはずがない。やっぱり改造版か。改造でも、ここまで作り込むか?

 

 とりあえずセーブして、その田有を選んで遊んでみることにした。

 好奇心が、警戒心を軽く上回ったのだ。ゲーマーとは、そういう生き物である。

 

 主人公札を選ぶと、章――年代を選ぶ画面になる。

 そこにも、ありえないものがあった。

 

(紀元前二四五年……新しい章が、増えてる)

 

 まさしくキングダムの舞台の年代だ。

 その章で選べる主人公は、田有ただ一人。肩書きは「大工の棟梁」。芸が細かい。札の枠は金。金枠は個別ストーリー持ちの証だ。しかも見たこともない点滅装飾までついている。

 推されすぎだろ、田有。

 

 能力を確認する。改造だろうがなんだろうが、こうなると、もう楽しい。

 

──《田有》基本情報──────────

 統率:57 武力:82 政務:36

 知謀:50 魅力:64

────────────────────

 

(武力八十超えか。怪力設定だもんな。大工だから建築Lvがあって、政務と知謀は……まあ、大工だし)

 

 主人公を決めたら、開始時の「追加札」を選べる。

 このゲームは周回要素があって、クリアしたエンディングの数だけ、強い札を持ち込めるのだ。俺の到達エンディングは二十。つまり四枚。

 

(鉄板の「忍術奥義皆伝」は確定として……)

 

──《忍術奥義皆伝》──────────

 ・称号札(パッシブ)

 ・移動で体力が減らない

 ・移動速度が上がる

────────────────────

 

(二枚目は、「千成瓢箪」で気合回しは外せないな)

 

──《千成瓢箪》──────────

 ・合戦札/気合1消費で、気合を3回復

────────────────────

 

 気合の巡りがよくなる、堅実な一枚。

 ちなみにこの札、使うたびに絵柄の瓢箪が、ぽこぽこ増えていく。集まって千成瓢箪、というわけだ。どこぞの猿づらの天下人が、勝つたびに馬印へ瓢箪を足していった逸話そのまま。地味に、こういう遊び心が好きなんだ。

 

(三枚目は……忍術奥義皆伝みたいに「持っているだけで効く」やつがいい)

 

──《名工》──────────

 ・称号札(パッシブ)

 ・魅力+10/積載量が大きく増える

────────────────────

 

 大工あがりが「名工」とは、出来すぎなくらい似合う称号だ。

 魅力が上がれば人がついてくるし、積める荷が増えれば道中も楽になる。派手さはないが、立身の地盤には、こういうのが効く。

 

(最後は……城攻めの切り札、「獅子奮迅」だな)

 

──《獅子奮迅》──────────

 ・合戦札/気合7消費で、確率で城門を一撃破壊(攻城戦)

────────────────────

 

 攻城戦専用で、雨や雪じゃ使えない。正直ピンポイントだ。

 だがこいつはイベント入手で、後から取り直すのが死ぬほど面倒くさい。いつか城を攻める日のために、持ち込んでおく。腐らせない自信はある。

 

(槍の全体攻撃「青嵐」も欲しかったが……あれは槍を持って瞑想すれば、自分で取れるやつだ。わざわざ枠を割くだけ無駄。いずれ自力で取りにいく)

 

 四枚をセットして、ふっと息を吐く。

 取捨と、皮算用。これもまた、やり込みの味である。

 

「よし、決定」

 

 基本情報を微調整して、いよいよゲーム開始――そのボタンに、指を伸ばした。

 

 夢中だった。

 駅のホームで、立ったまま、携帯ゲーム機の画面に顔を埋めていたことを、俺はすっかり忘れていた。

 アナウンスも、足音も、風を巻いて滑り込んでくる車両の音も。何ひとつ、耳に入っていなかった。

 

 ぐらり、と。

 視界が傾いた。

 

 最後に覚えているのは、画面の中で点滅する金枠の田有と、自分の体がふわりと浮く、奇妙な浮遊感。

 それから――真っ暗だ。

 

 そうして俺は呆気なく、この世を去った。

 

 ……念のため言っておく。

 駅のホームでの歩きスマホ、ながらゲームは、本当に危険だ。自分が死ぬだけならまだしも、家族にも、社会にも、多大な迷惑をかける。絶対にやめよう。

 手遅れになった俺が言うんだから、間違いない。

 

  ◇

 

「田有!」

「田有ッ! おい、しっかりしろ田有!」

 

 誰かが、俺の名前を呼んでいる。

 いや。俺の名前は田有じゃない。……はずなんだが、頭が割れるように痛くて、それどころじゃなかった。

 

(っつ……なんだ、ここ……)

 

 目を開けると、土壁の薄汚い小屋の天井が見えた。背中の下は、敷かれた藁。固いし、埃くさい。少なくとも、駅のホームでないことだけは確かだった。

 

「お、気づいたな。大丈夫か、田有」

「やっぱ頑丈だな、さすが田有だぜ!」

「お前が落とした木材が頭に直撃したんだろが。ちったぁ反省しろや」

 

 むさ苦しい男が三人、俺をのぞき込んでいる。一人は気まずそうに目をそらした。どうやらこいつが俺の頭に木材を落とした犯人らしい。

 謝れよ。

 

(田有……こいつら、さっきから俺を田有、田有って……)

 

 その名前を、口の中で何度も転がす。田有。田有。

 知っている。知っているどころじゃない。前世で何百回と読んだ漫画の、あの大工あがりの猛者だ。

 考えた瞬間、頭の奥がぐらりと熱くなった。痛みじゃない。誰かの記憶が、濁流みたいに流れ込んでくる感覚だ。木の匂い。鑿の握り。仲間の顔。怒鳴り声と、笑い声。

 

 ――ああ、なるほど。

 俺は田有に「なった」のか。

 

「だ、大丈夫か田有?」

「やべえ、田有が壊れちまった!?」

「だから謝れって言ってんだろ」

 

 騒ぐ男たちを、別の一人がなだめて小屋から追い出していく。安静にしろ、ということらしい。

 木材を落とした男は最後まで謝らなかった。

 ……本当に謝れよ。

 

  ◇

 

 その夜。

 人々が飯を食い、酒をあおる、騒がしい屋台の一角に、俺はいた。

 

 黙って杯を傾けながら、必死に頭を整理する。

 俺は死んだ。たぶん駅のホームで。ゲームに夢中になりすぎた、間抜けな死に方で。そして気づいたら、漫画『キングダム』の田有の中にいる。

 

(落ち着け。まずここが本当に「あの世界」かどうかだ)

 

 確認する方法を考える。考える。考える。

 ……そうだ。

 

「城戸村だ。信と漂だ」

 

 思わず声に出して、立ち上がっていた。

 周りでこっそり俺を盗み見ていた連中がびくっと体を硬直させる。気にしている場合じゃない。俺は支払いを放り投げると、夜の闇へ駆け出した。

 

 城戸村。秦の片田舎。

 そこに、あの二人がいるはずだ。喧嘩っ早い少年・信と、その相棒の漂。後の物語の主役たちが。

 

  ◇

 

 人の喧噪も絶えた、深夜の城戸村。

 ……たどり着いてから、俺は立ち尽くしていた。

 

(信と漂は里典の家にいるはず。だがその里典の家って……どこだ?)

 

 気づくのが、致命的に遅い。

 こんな時間だ。明かりはどこも消えていて、道を尋ねられる相手もいない。

 

(俺は馬鹿か。明日でよかっただろ、こんなの)

 

 全力で走ってきた自分を、心の底から呪う。

 ――いや。待て。

 

(全力で、走ってきた。村から、ここまで。なのに……息一つ、切れてない?)

 

 胸に手を当てる。動悸もない。脚も、まるで疲れていない。田有の体が頑丈なのか? いや、流れ込んできた田有の記憶を探っても、そこまでの化け物じみたスタミナの覚えはない。

 じゃあ、これは。

 

 ばらばらだった点が、頭の中で一本の線につながった。

 死ぬ前。俺は『太閤立○伝』で、田有を主人公に選んで、ゲームを始めようとしていた。札をセットして。そして――。

 

──《忍術奥義皆伝》──────────

 ・称号札(パッシブ)

 ・移動で体力が減らない

 ・移動速度が上がる

────────────────────

 

「……これか」

 

 俺が開始時に持ち込んだ、鉄板の称号札。

 移動で体力が減らない。つまり無限スタミナ。冗談みたいな話だが、現にこの体は、全力疾走のあとで鼻歌でも歌えそうなくらいケロッとしている。

 

 ゲームの「設定」が、この体に、そのまま乗っている。

 

 背筋がぞくりとした。恐怖じゃない。武者震いに近い何かだ。

 もし忍術奥義皆伝が本物なら。残りの札も、ステータスも、ぜんぶ使えるんじゃないか?

 

(……信と漂の確認は、明日だ。今日はもう、帰って寝る)

 

 来た道を、俺はまた走って戻った。

 無限に湧いてくる、疲れ知らずの脚を、こっそり楽しみながら。

 

  ◇

 

 翌日。太陽が真上に昇った、明るい城戸村。

 今度は道行く人にちゃんと場所を聞いて、まっすぐ里典の家を目指した。文明人の知恵である。

 

「聞いた限り、ここだな。……漫画で見たまんまだ」

 

 遠目に家を確認して、ひとまず安心する。

 だが昼間だ。信と漂はどうせ働きに出ているだろう。里典に直接聞くか? いや、変に名前を出して、あの二人に迷惑がかかってもまずい。

 

(……そういや、漫画じゃ二人は、禿げ山みたいなところで仕合してたな)

 

 大工の棟梁らしい思慮深さを発揮し――われながら、昨夜の猪突猛進ぶりはどこへ行った――俺はそれらしい丘の方へ向かった。

 そして向かう途中で見つけた。

 ぼろを着た、二人組のガキ。

 

「ほら、しっかり歩けよ。急がねえとまたどやされるぞ、信」

「離せ。一人で歩ける」

 

(……信、って言った。確定だ)

 

 間違いない。あれが信と漂だ。

 俺は声をかけるでもなく、ただ満足しきった顔で二人を見送った。

 本物だ。ここは本当にあの世界なんだ。

 

  ◇

 

 その夜の屋台で、俺はやけに上機嫌だった。

 黙々と飲んで食って、にやにやしている俺に昨日の男たちがおそるおそる近づいてくる。

 

「田有、頭は大丈夫か?」

「おい、田有が馬鹿になったみてえなこと言うなよ。……体調はどうだ、って話な」

「田有、悪かった。……安心したぜ」

 

 やっと木材を落とした男が謝った。

 もう片方が、ほっとした顔をする。気のいい連中だ。働きながら拾った田有の記憶が教えてくれる。こいつらは、田有の――俺の、仕事仲間だ。

 

「おう、もう大丈夫だ」

「さすが田有! 落ちてきた木材を頭に食らって生きてるなんて、普通は死んでるぞ!」

 

 いや、その「普通」で、俺は一回死んでるんだけどな。

 まさか、自分が転生してきた現代人で、ここが漫画の世界だと確信して浮かれている、なんて言えるわけもない。適当にはぐらかして、酒の場を楽しんだ。

 

 男たちが酔いつぶれて、場が静かになる。

 ペースを落とした俺は改めて考え込んだ。

 

(漫画の世界に転生、しかもチート付き。さて――この世界を、どう生きるか)

 

 田有というキャラは、原作では飛信隊の主力を張る男だ。

 そして俺には、おそらく『太閤立○伝』の札の力がある。怪力。無限のスタミナ。札技の数々。

 このまま、名もなき大工として埋もれるのか。原作の流れに乗るのか。それとも――。

 

(どっちにしろ、ここは徴兵のある秦だ。戦には、嫌でも駆り出される)

 

 原作の田有は、死んでもおかしくない場面が何度もあった男だ。

 意識して避けようとしたって、上の命令一つで、あっさり死ぬかもしれない。だったら。

 

「――なら、いっそ、目指すか」

 

 杯の酒に、揺れる火が映る。

 天下無敵の大将軍。

 『太閤立○伝』で「天下一」なら、俺は何度も獲ってきた。ここは漫画の世界――いや、もう俺にとっては現実だが――それでもなんだか「やれる気」がした。

 

 たぶんこれは子供の体に引きずられた心の変化だ。転生もので、よく見るやつ。前世の三十路男なら、絶対に抱かなかった無謀な熱が、胸の奥でぱちぱちと爆ぜている。

 天下無敵の大将軍。

 それは奇しくも、あの二人の少年と――信と漂と、同じ夢だった。

 

 五百年も続く、大戦争の時代。

 のちに「春秋戦国時代」と呼ばれる、その真っ只中で。

 しがない元社会人の、ぶっ飛んだ天下取りが、今静かに幕を開けた。

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