同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

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第10話 生ける伝説

 馬陽から、季節がいくつか過ぎた。

 

 世界は、確かにずれ始めていた。

 原作で、王騎将軍はあの戦いで死ぬ。その死をきっかけに信は飛躍し、秦の歴史は動いていく――はずだった。

 だが王騎将軍は生きている。

 たったそれ一つで、俺の知る「物語」は、もうあてにならなくなりつつあった。

 

(地図を、半分失くしたな)

 

 原作知識という、最大の武器。

 漂を救い、王騎将軍を救い――そのたびに俺はその地図を自分の手で塗りつぶしてきた。この先の展開を知っている、という強みは、もう、半分以上が消えている。

 怖くないと言えば、嘘になる。だが不思議と、後悔はなかった。

 知らない道を行く。それはゲームで何度も味わった、一番わくわくする瞬間でもあるのだから。それに――地図を失った代わりに、俺は生きた王騎将軍と、まだ死んでいない仲間たちを、手に入れたのだ。割の悪い取引じゃない。

 

  ◇

 

 俺自身も、少し変わった。

 

 馬陽で王騎将軍を担ぎ出した「謎の大工」は、軍の一部で、ちょっとした噂になっていた。

 武神の一撃を受けて生きていた化け物、と。その評判のおかげ、というべきか。俺はより大きな隊を、任されるようになっていた。

 剣術馬鹿どもも、蛇甘平原からの古株も、砦攻めで拾った連中も、みんな俺の下で、すっかり一端の兵だ。岩斗は相変わらず強さを求めて暴れたがるし、禾はもう、腰を抜かさずに、しっかり前を見て報せを上げる。あの臆病だった若者が、だ。

 数が増えれば、守るのも大変になる。だがやることは変わらない。一人でも多く、生かして帰す。それだけだ。

 

 そしてようやく――あの一枚を、手に入れた。

 

 夜営の合間。俺は槍を膝に置き、静かに目を閉じた。瞑想だ。

 第1話で、持ち込みの枠が足りずに諦めた、あの札。だがあれは元々――こうして槍を手に瞑想すれば、自力で習得できる札だった。だから大事な枠を割かなかった。

 もっとも、手順さえ踏めばすぐ取れる、という札でもなかった。

 蛇甘の後も、砦攻めの後も、同じように槍を抱いて目を閉じた。だが、札は応えなかった。ただ形をなぞるだけでは駄目なのだと、馬陽で骨を砕かれて、嫌というほど思い知った。守るだけでは、守れない時がある。一人で抱えられる命には、限りがあるのだと。

 だから今度は――攻めるためではなく、守るために、この一振りを求めた。

 じっと、槍と呼吸を合わせる。雑念を払い、気を、練る。やがて頭の奥で、かちりと、音が鳴った。

 

──《青嵐》──────────

 ・秘技札/気合8消費で、周囲の敵全員を攻撃(武器:槍)

────────────────────

 

(……来た)

 

 重い。気合八は、戦いの序盤じゃ、まず撃てない。

 だが囲まれたとき、一振りで薙ぎ払える全体攻撃。大軍の中で揉まれる俺には、喉から手が出るほど欲しかった一枚だ。守ってばかりの俺の手札に、ようやく、まともな「攻め」が一枚、加わった。

 弓のほうも、伸びていた。漂を探して森にこもった日から、蛇甘でも、砦攻めでも、俺はこの鉄の大弓を引き続けてきた。その積み重ねが、ようやく一つの形になったらしい。火矢の上をいく『強弓』――気合は食うが、放てば並の倍の威力で、鎧ごと撃ち抜く一射だ。

 仕込みは、整いつつある。次に武神とぶつかるとき――いや、考えるのはよそう。あれと、また向き合う日が来るなんて、想像するだけで、肋の古傷が疼く。

  ◇

 

 その青嵐を、さっそく試す機会もあった。

 とある小さな戦で、俺の隊が、敵の一隊にぐるりと囲まれたのだ。以前なら、堅守で耐えてしのぐしかなかった場面。だが今は違う。

「全員、俺の内側へ! 来るぞ!」

 気合を限界まで溜める。八。槍に、渦巻くような風が宿った。

「――青嵐ッ!!」

 ぶうん、と槍が唸り、俺を中心に、薙ぎの嵐が広がる。囲んでいた敵が、まとめて吹き飛んだ。

「す、すげえ! 親分、そんな技まで……!」

 禾が、目を丸くしている。

 守るだけだった俺の戦い方に、囲みを一掃する一手が加わった。地味な男も、少しは頼れる隊長に、なってきたらしい。

 

  ◇

 

 ある日、俺は思わぬ場所へ呼び出された。

 王騎将軍の、屋敷である。

 

 戦場には、もう戻れない体。それでも将軍は奥の間で、悠然と構えていた。生ける伝説、という言葉が、これほど似合う男もいない。

 

「ココ。来ましたねェ、面妖な大工どの」

「……お加減は、いかがですか」

「最悪ですよ。馬にも乗れぬ。ですが――生きております」

 

 将軍はにやりと笑った。

 その目がじっと、俺を覗き込む。何かを見透かすような目だ。背筋が、ひやりとする。

 

「貴殿は、何かを知っていますねェ。これから起こることを、まるで読んでいるかのような、あの動き。……いえ、詮索はしませんとも。無粋ですからねェ」

「……買いかぶりです。俺はただの大工で」

「ココココ。よいでしょう。それで、通しなさい」

 

 将軍は深くは追及しなかった。

 俺がただ者でないことを、たぶん見抜いている。そのうえで、あえて聞かない。その距離感が、なんとも、ありがたかった。

 代わりに、将軍はこう言った。

 

「私は戦場を退きました。ですが、暇を持て余すのは、性に合いません。なので――将を、育てることにしたのですよ。次の時代の、大将軍をねェ」

「次の時代の」

「ええ。あの黒髪の小僧。信、とか言いましたか。……それと、貴殿のような、得体の知れぬ者も、ね」

 

 そう言って、王騎将軍は心底楽しそうに笑った。

 

 ……まいったな。

 原作で死ぬはずだった大将軍が、生き残ったあげく、信を、そして俺までを、その「遊び」に巻き込もうとしている。

 こんな展開、原作のどこにも、書いていない。

 

(……でも)

 

 悪い、気はしなかった。

 生ける伝説の薫陶を、信と一緒に受けられる。そんな未来、原作の田有は、決して手にできなかったはずだ。

 

  ◇

 

 それから、王騎将軍の屋敷には、信もよく出入りするようになった。

 

 俺も何度か、その稽古に立ち会った。

 信は相変わらずだ。一対一の打ち合いなら、めきめき強くなる。だが将軍が紙の上に並べた、駒を使った「戦の問い」には、まるで歯が立たない。

 

「で、貴殿はこの軍を、どう動かしますかねェ?」

「……正面から、ぶち抜く!」

「ココ。それで、貴殿の兵は、何人死にますか?」

 

 信が、詰まった。

 個の武で、敵を斬る。それだけなら、信は天下一の器だ。だが将は、背中に何千もの命を預かる。一人で突っ込んで勝てる戦と、兵を生かして勝つ戦は、違う。王騎将軍はそれを根気よく、信に叩き込んでいた。

 

「オレは……みんなを、死なせたくねえ。でも勝ちたい」

「ええ。その二つを両立させるのが、将ですよ」

 

 信は悔しそうに、何度も食らいついた。わからないと頭を抱えて、それでも諦めない。少しずつ、あいつの目に、一兵卒のものではない、もっと遠くを見る色が、混じり始めていた。

 

 稽古の帰り、信が、めずらしく俺に絡んできた。

「おい、オッサン。お前、将軍に布陣で褒められてたな。……ちょっと、むかつく」

「はは。お前は頭を使うのが苦手だもんな」

「うるせえ! オレだって、いつかわかるようになる!」

 むきになる信が、なんだかおかしくて、俺は笑った。

「ああ。お前なら、なる。……たぶん、俺なんかより、ずっと上手にな」

 札が告げた、底の見えない伸びしろ。それを思えば、世辞でも何でもない。本心だ。

 信はきょとんとして、それから、ふんと鼻を鳴らして行ってしまった。照れ隠しだろう。わかりやすいやつだ。

 

  ◇

 

 そして――驚いたことに、王騎将軍は俺にも、同じ問いを投げてきた。

 

「で、面妖な大工どの。貴殿なら、この軍を、どう?」

 

 紙の上の盤面を、見る。

 俺は信のように、正面からぶち抜く器用さはない。だが守って、削って、しぶとく粘る戦いなら、嫌というほどやってきた。

 俺は自分の隊でいつもやるように、駒を組んだ。退かず、崩れず、相手の消耗を待つ布陣。

 

「ふむ。地味ですよ。ですが――兵が、よく死なぬ布陣ですねェ」

「……それだけが、取り柄なんで」

「いいえ。それは立派な才ですよ。守れる将は、攻められる将より、ずっと得難い。覚えておきなさい」

 

 不覚にも、胸が熱くなった。

 生ける伝説に、俺の戦い方を、認められた。前世で、誰にも褒められなかった、地味で陰気な立ち回りを。

 ……ああ、この人を、救ってよかった。心から、そう思った。

 俺は隊長から、その先へ。将と呼ばれる場所へ、一歩ずつ、近づいている。それは原作の田有が、決して上れなかった階段だ。

 

  ◇

 

 漂は漂で、王宮で政のそばに立ち、別の研鑽を積んでいるという。

 

 武の信と、政に近い漂。同じ夢へ、違う道から向かっている。

 二人の差は、もう、ただの勝ち負けじゃない。それぞれの「将の形」に、なりつつあった。信は戦場で兵を率いる将に。漂は王の傍で、国を支える将の器へ。城戸村の納屋で、同じ夢を見た二人が、別々の高みへ、駆け上がっていく。

 そういえば――馬陽の戦のあと、王騎将軍は信の隊に名を与えたと聞いた。飛信隊、と。原作と同じ名だ。死した王騎ではなく、生きた王騎の手で授けられた。違っていたのは、それだけだった。

 大王・嬴政も、ただの王ではないらしい。漂が言うには、いずれこの中華を一つに統べる――そんな途方もない志を、本気で抱いている人だという。王騎将軍の若き日の夢と、どこか重なる。

 その夢の渦に、信も、漂も、そして俺まで、巻き込まれていくのかもしれない。

 

 ……まったく。

 俺がずらした、たった一本の命の結末が、また新しい物語を、転がし始めている。漂が生き、王騎が生き、信が育つ。原作のどこにも書かれていない、「もしもの中華」が、目の前で広がっていく。

 

 その渦の真ん中で、俺はわれながら、わくわくしていた。

 この先に、何が待っているのか。もう、原作という地図は、あてにならない。

 だが――それでいい。

 俺は俺の足で、この知らない道を、馬鹿な仲間たちと一緒に、歩いていく。

 

 もっともすべてが未知というわけじゃない。

 この知らない道の先にも、原作で知る、避けようのない大嵐が一つ、待ち構えている。秦という国そのものを呑み込む、未曾有の大戦だ。

 合従軍。六国が手を結び、秦へ襲いかかる、あの最大の危機。

 それが来ることだけは、嫌というほど知っている。問題は――王騎が生き、漂が生きたこの世界で、それが原作通りに進むのか、どうか。

 わからない。だがそのときこそ。救ってきた命のすべてが、意味を持つ気がしていた。

 俺は夜空を見上げた。漂を救い、王騎を救い、信を見守り、隊を育てた。一つひとつは、ささやかな積み重ねだ。

 だがその積み重ねが、来たるべき大戦でどんな意味を持つのか。それを確かめるときが、刻一刻と近づいている。

 俺はこぶしを握った。原作という地図を失っても、進む道は、もう決まっている。守りたいものが、繋ぎたい命が、ここにある。

 救った命は、果たして、国を救う力になるのか。

 その答え合わせが、もう、始まろうとしていた。

 俺は深く息を吸い、来たるべき大戦の影に、静かに身構えた。

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