【完結】同名コンボで!?キングダム立志伝 作:kobu015
合従軍の侵攻は、想像を絶していた。
地平を埋め尽くす、合従軍の旗。
その大軍が、秦の東の大門――函谷関へ津波のように押し寄せた。
城壁の上から見下ろせば、敵兵がもはや「数」ではなく「面」になっている。どこまで行っても、人、人、人。大地そのものが、敵に覆われているようだった。
ここを破られれば、王都・咸陽まで一直線。秦という国の命運がかかった、戦いだ。
その重圧を、函谷関の城壁が、たった一枚で受け止めている。見上げるほどの、石の壁。だがその外には、壁などないかのように地平まで、合従軍の旗が埋め尽くしていた。
数の暴力とは、こういうものを言うのだろう。
俺の隊も、信の隊も、函谷関の守りに加わっていた。
「うおおおッ! 来るなら来い! 一人残らず叩き返してやらァ!」
信は相変わらずだ。
この絶望的な数を前にしても、まるで臆さない。むしろ笑っている。……まったく、頼もしいやら、馬鹿やら。
稽古で将の器を磨きながら、根っこの無鉄砲さは、少しも変わっていない。だがそれでいい。あの根拠のない強さが、震える兵たちの、支えになる。
俺は城壁の上から、改めて敵の海を見渡した。正直、足が震えそうになる。これだけの数を相手に、本当に守りきれるのか。
だが隣を見れば信が笑っている。後ろを見れば、岩斗が、禾が、馬鹿な仲間たちが槍を握っている。
……守る。何があっても。それだけを、腹に決めた。
◇
俺の隊は城壁の一角を任された。
守り方は、いつも通り。陰気で、しつこい。
岩斗が、城壁を乗り越えてくる敵を、片端から斬り伏せる。禾たち若い兵が、震える手で必死に石を落とす。堅守で隊を固め、罵詈雑言で敵の士気を削り、火矢で梯子ごと焼く。気合が切れれば、千成瓢箪で回す。
だがここで――俺はただ守るだけじゃなかった。
大工あがりの頭を、ひねった。
(梯子を、焼くだけじゃ、もったいないな)
敵は城壁に梯子をかけ、攻城やぐらを寄せてくる。木でできた、攻めの道具だ。
木のことなら俺の領分だ。どこが燃えやすく、どこを焼けば崩れるか、手に取るようにわかる。
俺は火矢を、梯子の「継ぎ目」や、やぐらの「支柱」だけを狙って撃ち込んだ。一本で、まるごと使い物にならなくなる。やみくもに焼くより、ずっと効く。
ときには、強弓も引いた。気合を込めた一射は、並の鎧くらい易々と貫く。やぐらの上から兵を指図する、敵のまとめ役らしき男。その喉笛を一本で撃ち抜いてやった。頭を失えば、寄せ手の勢いは目に見えて鈍る。
「親分、すげえ! 矢が、急所にしか当たってねえ!」
「木の急所は、わかるんだよ。大工だからな」
逆に、こちらの守りには、ひと工夫した。
味方の防壁や、矢倉の燃えやすい場所に、泥を塗らせたのだ。敵が火を放っても、燃え広がらない。これも、家を火事から守る、大工の知恵だ。
攻めには火を、守りには泥を。地味だが、効く。
一度、攻城やぐらが城壁に肉薄したことがあった。中から、ばらばらと敵兵が雪崩れ込もうとする。
「禾! あのやぐら、根元の右側! 支柱が細いぞ!」
「は、はい! ……あそこ、ですね!」
禾が、しっかりと見抜いて、味方の弓兵に伝える。俺の火矢と、味方の矢が、その一点に集中した。
ぐらり、と。やぐらが傾ぎ、横倒しに崩れ落ちる。乗っていた敵兵も、もろともに。
怖がりの禾の目は、こういうとき、誰よりも頼りになる。あいつの「危険を見抜く目」は、いつのまにか「敵の急所を見抜く目」にも育っていた。
◇
それともう一つ。
俺は罵詈雑言を、ただの士気下げには使わなかった。
「おーい、そこの腰抜けども! こっちの壁は、ガラ空きだぞ! 来れるもんなら、来てみやがれ!」
わざと弱そうに見える一角へ、敵を挑発する。
罵声に乗せられた敵が、「あそこが手薄だ」と、どっと押し寄せてくる。
だが――そこは、俺が、あらかじめ岩斗と古株を固めて、堅守を重ねがけした、いちばん硬い場所だった。
誘い込まれた敵が、硬い壁に、ぶつかって潰れる。
地味で、姑息で、嫌らしい。我ながら、いい性格をしている。だが戦は、勝てばいい。生き残れば、いい。
「親分の戦い方、ほんと、えげつねえなァ!」
「褒め言葉として、受け取っておく」
戦は、力と数だけじゃない。地形を読み、敵の心を読み、こちらの手の内を、ほんの少し隠す。前世で、ゲームの中でさんざんやってきたことだ。盤面の上だけの知恵だと思っていた。
それが、本物の戦場で、本物の命を生かしている。皮肉な話だが――無駄じゃなかったらしい。あの、画面に溶かした時間は。
岩斗が、げらげら笑う。
こうして俺の隊は城壁の一角で、一人も欠けることなく、踏ん張り続けた。
◇
だが敵の波は、止まらない。
ある日の総攻撃で、城壁の一角が、ついに崩れかけた。
梯子が無数にかかり、敵兵が雪崩れ込む。味方の列が、ぐずぐずと押し下げられていく。
「ひっ……お、おれ、足が……」
禾が恐怖で固まっていた。槍を構えたまま、一歩も動けない。
無理もない。これだけの、地獄だ。矢が降り、悲鳴が上がり、隣の兵が、声もなく崩れ落ちていく。禾の足元には、ついさっきまで軽口を叩いていた古株が、倒れていた。
逃げ出したくなって当然だ。俺だって、心臓が嫌な音を立てている。
そしてこういうときに限って、無茶をするやつがいる。
「っらああッ! 親分の隊に、手ェ出すんじゃねえ!」
岩斗だ。剣術馬鹿の血が騒いだか、たった一人で、崩れた一角へ突っ込んでいく。豪胆だが――突出しすぎだ。あっという間に、敵に囲まれる。
「岩斗ッ! このっ……青嵐!!」
溜めた気合を解き放つ。
槍が唸り、岩斗を囲む敵を、まとめて薙ぎ払った。すかさず堅守で、崩れた一角に、人の壁を作り直す。
「す、すまねえ親分! つい!」
「『つい』で死ぬな、馬鹿! ……禾! 来い! お前の槍が要る!」
名を呼ばれ、固まっていた禾が、はっと我に返った。
震える足で、それでも、俺の隣へ駆けてくる。
……ああ、いいぞ。それでいい。怖くても、足を動かせ。それが、生き残るってことだ。
と、横の戦区から、聞き慣れた怒号が響いた。
「そっちが抜かれると、こっちが終わんだよ! しっかりしろ!」
信の隊だ。
崩れかけた俺たちの横を、信の部隊が押し上げ、敵の側面を削ってくれる。ほんの一瞬、背中を預け合う形になった。
「助かる、信!」
「礼はいい! 勝つぞ!」
崩れかけた一角は、辛うじて、持ち直した。
だがそれで終わりじゃない。次の波が、すぐに来る。
函谷関の攻防は、来る日も来る日も続いた。昼に攻められ、夜に備え、また昼に攻められる。眠る間も、ろくにない。兵の顔から、生気が削れていく。
それでも俺の隊はまだ一人も欠けていなかった。堅守で守り、火矢で焼き、罵詈で誘い、青嵐で薙ぐ。地味でしぶとい戦いを、ひたすら繰り返す。
いつまで保つかは、わからない。だが保たせるしかない。王騎将軍の知恵が、勝ち筋を手繰り寄せてくれるまで。それまで、この壁を、死んでも抜かせない。
夜、城壁の陰で、俺は隊の連中と、わずかな飯を分け合った。誰もが疲れ果てていた。だが生きている。それが何よりだった。
「親分。……勝てるのか、これ」
禾が、ぽつりと聞いた。
「勝てる。いや、勝つ。お前らを全員、連れて帰る。それが俺の戦だ」
根拠なんて、なかった。だがそう言い切るのが隊長の仕事だ。みんなの目に、少しだけ力が戻った。
◇
函谷関は、持ちこたえていた。
その裏には、ある男の知恵があった。
戦場には戻れぬ体の、王騎将軍。
将軍は咸陽の奥から、刻々と変わる戦況に、的確な献策を送り続けていた。どこを固め、どこを捨て、いつ討って出るか。生ける伝説の用兵が、紙の上から、戦場を動かしている。
さっき崩れかけた一角も、将軍の早馬の指示――『そこは捨てて引き、横から討て』――で、辛くも持ち直したものだった。
将軍の文は、短く、的確だった。『右、二列、退け』。『中央、今、討って出よ』。たった数文字が、戦場の流れをがらりと変える。何万もの兵が、紙の上の墨の一画で生かされ、あるいは勝ちをもぎ取る。
……これが、生ける伝説の頭脳か。馬陽で、この人を救えて本当によかった。あのとき繋いだ命が、今、何万という兵の命を繋いでいる。
(……これも、原作には、ない光景だ)
原作では、王騎将軍はもういない。
この大戦を、秦は王騎抜きで、辛うじて凌いだ。多くの血を流して。
だがこの世界では――生きた王騎の知恵が、秦を支えている。本来ならいないはずの男が、国の命運を、その手で握っている。
俺が繋いだ命が。
今、確かに、国そのものを、守ろうとしていた。
◇
だが――これほどの大軍にしては、奇妙だった。
六国の総攻撃は、苛烈きわまりない。屍が積み上がり、矢が尽きかけ、それでも函谷関は、辛うじて落ちずにいる。
なのにどこか「力を出し切らない」濁りがある。本気でここを抜きにきている――というより、ここに、釘付けにしているような。
(李牧……お前、何を企んでる)
稀代の知将が、ただの正面衝突で満足するはずがない。
あれだけの大軍を率いておきながら、なぜ決定打を打ってこない。まるで、こちらの目を、この函谷関に、釘付けにしているような。
嫌な予感が、背筋を這い上がってくる。
もし、ここが囮だとしたら。李牧の狙いは、別にある。函谷関で秦の目と兵を引きつけ、その隙に、手薄になったどこか別の場所を突く。咸陽へ抜ける、別の道。
考えれば考えるほど、嫌な汗が止まらなかった。
俺は原作の知識を、必死にたぐった。
合従軍の戦。函谷関で膠着し――そして、李牧は別の一手を打つ。本命は、ここじゃない。迂回。別働隊。手薄になった、最後の盾。その言葉が、ばらばらと、記憶の底から浮かび上がってくる。原作で李牧が突いた、その一点。咸陽の喉元にある、小さな城。
その記憶に行き当たった瞬間、全身から血の気が引いた。膠着は、罠だ。李牧はとっくに別の刃を抜いている。そしてその刃が向かう先を、俺は知っているはずだった。
(まさか――あそこを、突く気か!)
そしてその予感は、最悪の形で――的中することになる。
咸陽の喉元にある、小さな城。すべては、そこへ向かおうとしていた。俺は隊に、進発を告げた。
蕞。咸陽を守る、最後の盾。そこへ、走る。