【完結】同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

16 / 21
幕間 臆病者の見た親分

 おれは臆病者だ。

 

 もとは、戦とも縁のない小さな村の生まれだ。畑を耕し、親の手伝いをして、それで一生を終えるはずだった。

 なのに徴兵の触れが来た。秦の兵が足りないから、頭数を揃えるためだ。槍の握り方も知らないおれが、いきなり戦場へ放り込まれた。

 

 蛇甘平原。おれの、初陣。

 あれは地獄だった。

 人が、虫みたいに死んでいく。さっきまで隣で話していた男が、声も上げずに倒れる。血の匂い。悲鳴。おれは腰を抜かして、震えることしかできなかった。

 

 もう駄目だ、ここで死ぬ。そう思った、そのとき。

 でかい手が、おれの襟首を掴んで、ぐいと後ろへ引いた。

 

「俺の後ろにいろ! この囲みの中は、硬い。簡単には死なせねえ!」

 

 顔じゅう傷だらけの、岩みたいな大男。

 それが、親分との――田有という人との、出会いだった。

 あの日、おれは確かに死んでいたはずだ。

 親分の硬い盾の中へ引き込まれて、おれは生き延びた。まわりでは、たくさんの兵が倒れていった。なのに親分の周りだけは、誰も死ななかった。

 不思議で仕方なかった。こんな戦場で、どうしてこの人の隊だけ無事なんだろう、と。

 あとでわかった。親分が、そうなるようにぜんぶ考えて動いていたからだ。誰も死なせないために。たった一人の兵も。

 

  ◇

 

 親分は、変な人だ。

 

 あんなに強いのに、ちっとも偉そうにしない。

 手柄首を、ほとんど挙げない。派手な武勲も立てない。なのに親分の隊はいつも誰も死なずに帰ってくる。ほかの隊が、手柄を競って、ばたばた死んでいくのに。

 

 最初、おれは自分が足手まといだと思っていた。

 槍を握る手は、いつも震えている。怖くて足がすくむ。こんなおれが、いていいのか、と。

 そう言ったら、親分は、こう返した。

 

「足手まといを、隊に入れるかよ。お前は目がいい」

「目、ですか……?」

「怖がりってのは、よく周りが見えてるってことだ。誰がどこで危ないか、お前にはわかるだろ。それを、大声で教えろ。それが、お前の役目だ」

 

 ……びっくりした。

 怖がりなことを、責められると思っていた。なのに親分は、それを「役目」にしてくれた。怖いことは悪いことじゃないと、言ってくれた。

 その日から、おれは必死に、戦場を見るようになった。どこが危ないか。どこが手薄か。それを、ありったけの声で親分に伝える。

 おれにも、できることが、あった。生まれて初めて、誰かの役に立てていた。

 岩斗さんは、すごい人だ。剣の腕は隊でいちばん。だけどすぐ前に出たがって、親分にいつも叱られている。

 ほかの古株たちも、みんな変わり者ばかりだ。だけど根は優しい。臆病なおれを、馬鹿にしたりしない。

 この隊が、おれは好きだ。畑しか知らなかったおれに、初めてできた、戦場の家族みたいなものだった。

 おれだけじゃない。親分の下では、みんな、少しずつ変わっていった。

 ただ暴れるだけだった荒くれが、仲間をかばうことを覚えた。逃げ腰だった新兵が、踏みとどまることを覚えた。親分は、誰かを怒鳴って従わせるんじゃない。ただ自分が一番危ない場所に立って、背中で示す。だからみんなついていく。

 おれはこんな隊長を、ほかに見たことがない。

 

  ◇

 

 親分の戦い方は、地味だ。

 堅守で、みんなを硬い盾みたいにして、敵を受け止める。罵詈雑言で、敵をびびらせる。火矢で、梯子を焼く。気合が切れたら、瓢箪の札で、また回す。

 

 派手じゃない。かっこよくもないかもしれない。

 でもおれは知っている。あの地味な一つひとつが、おれたちの命を、繋いでいることを。

 函谷関でも、そうだった。

 

 あの化け物みたいな大軍を前に、おれはまた、足がすくんだ。だけど親分は、落ち着いていた。

 敵が攻城やぐらを寄せてくると、親分は、火矢を、やぐらの支柱の一点にだけ、撃ち込んだ。たった一本で、やぐらが、まるごと崩れ落ちた。

 

「親分、なんで、あそこだけ狙うんですか」

「木の急所が、わかるんだよ。大工だからな」

 

 大工。

 そうだ。親分は、元は、家を建てる大工だったという。

 その技で敵の道具を壊し、味方の壁に泥を塗って火から守り、崩れた守りを組み直す。戦場で、親分は、戦うというより、何かを「作って」いた。おれたちが、生きて立っていられる場所を。

 考えてみれば、大工って、人が安心して暮らせる家を作る仕事だ。親分は、戦場でも同じことをしているのかもしれない。槍と札で、おれたちが安心して立っていられる場所を作る。壊すためじゃなく、守るために。そんな戦い方をする人を、おれはほかに知らない。

 

 おれの「見る目」を、親分は、本当に頼りにしてくれた。

 「禾、どこが薄い」「禾、あのやぐらの急所はどこだ」。名を呼ばれるたび、おれは誇らしかった。臆病者のおれが、隊の役に立っている。それが、何より嬉しかった。

 函谷関では、一度だけ、おれが隊を救えたことがある。崩れかけた城壁に、敵が回り込もうとしていた。誰も気づいていなかった。でもおれの目は、それを捉えた。

「親分! 右! 右の崩れたところから、敵が来ます!」

 ありったけの声で叫んだ。親分はすぐに動いて、堅守でその一角を固め直した。間に合った。

 あとで親分は、おれの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でた。

「よくやった。お前の目が、隊を救った」

 ……おれは泣きそうになった。臆病者のおれが、誰かを守れたのだ。

 

  ◇

 

 だけどある日。

 おれは気づいてしまった。

 

 函谷関の、いちばん激しい総攻撃の日。城壁の一角が崩れて、敵が雪崩れ込んできた、あのとき。

 親分は、いつものようにどっしりと構えて、指示を飛ばしていた。

 でも――おれは見たのだ。

 親分の足が、わずかに震えているのを。

 

(……親分も、怖いんだ)

 

 信じられなかった。

 あんなに強い、あんなに頼りになる親分が。武神の一撃を受けても生きていた、化け物みたいな親分が。

 怖がっている。おれと、同じように。

 

 あとで、古株から聞いた。

 馬陽で、親分は武神とやり合ったらしい。肋を、何本も折られて。死にかけて。それでも王騎将軍を助け出したのだと。

 ……あの親分が、武神を怖くないわけがない。怖いに決まっている。

 なのに親分は、いつも前に立つ。おれたちを背中に庇って。震える足で、それでも、一歩、前に出る。

 

  ◇

 

 そのとき、おれはわかった気がした。

 

 勇気って、怖くないことじゃない。

 怖くても前に出る。その一歩のことだ。

 

 親分は、怖くないんじゃない。怖い。死ぬほど、怖い。

 それでもおれたちを生かすために、前に出る。それが、親分の、強さだったんだ。

 おれはずっと、強い人は、怖くない人なんだと思っていた。

 だけど違った。本当に強い人は、怖さを抱えたまま、それでもやるべきことをやる人だ。

 親分だって、震えている。泣きたいくらい、怖いはずだ。なのにおれたちの前では、いつもどっしりと笑っている。それがどれだけ大変なことか、今のおれには、少しだけわかる気がする。

 親分はたぶん、自分のことを英雄だなんて、これっぽっちも思っていない。ただの大工あがりだ、と、いつも言う。手柄なんて要らない、生きて帰れればいい、と。

 でもおれにとっては、親分こそが英雄だ。派手な大将軍より、ずっと。

 だって親分は、おれみたいな臆病者の命まで、本気で守ろうとしてくれる。そんな人、ほかにいない。

 だからおれは決めている。この人について行く、と。手柄のためでも、出世のためでもない。ただこの人の役に立ちたい。臆病者なりに、精一杯。それだけだ。

 

 なら――おれにも、できるかもしれない。

 おれは臆病者だ。それはこれからも、変わらないだろう。

 でも臆病者のままでも、前に出ることはできる。親分が、そう教えてくれた。

 

 おれは震える手で槍を握り直した。

 次は、おれが、誰かを守る番だ。親分が、おれにしてくれたみたいに。

 

  ◇

 

 今、おれたちは、新しい戦場へ向かおうとしている。

 李牧という男が、函谷関を迂回して、別の場所を突いたという。咸陽を守る、最後の盾。蕞、という小さな城だ。

 

 親分は、言った。

「……正直に言う。蕞には、化け物がいる。武神・龐煖だ。死ぬかもしれん。嫌なやつは、残れ」

 

 しん、と、静まった。

 だけど誰も動かなかった。おれも、動かなかった。

 怖い。すごく怖い。武神なんて、想像もつかない化け物だ。

 でも――おれは親分の隊だ。臆病者を、拾ってくれた、あの親分の。

 

「……お、おれも、行きます」

 

 震える声で、それでもはっきりと言った。

「隊長に、命を……拾ってもらったんで。今度は、おれが……役に立ちたいんです」

 

 親分は、ちょっと、目を丸くして。

 それから、くしゃっと、笑った。

 その顔を見て、おれはもう、怖くなかった――とは、言わない。やっぱり、怖い。

 でもこの人について行く。どこまでも。たとえ、武神の待つ、戦場でも。

 それだけは、もう、震えていなかった。

 

 夜を徹して、おれたちは蕞へ走った。

 親分は、疲れ知らずの脚で、誰よりも前を走っていた。その大きな背中を、おれは必死に追いかけた。

 怖い。やっぱり、怖い。武神が、待っている。死ぬかもしれない。

 でもおれはもう逃げない。親分が、教えてくれたから。怖くても、前に出る。その一歩が、勇気なんだと。

 おれは槍を握りしめて、親分の背中を、追い続けた。この背中を、守りたい。いつも、おれたちを守ってくれる、この大きな背中を。今度は、おれが。たとえ、ほんの少しでも。

 臆病者のおれにできることなんて、知れている。それでもおれの「目」が親分の役に立つなら。一度でも、親分を守れるなら。

 おれは走った。武神の待つ、蕞へ。怖さを抱えたまま、それでも、前へ。

 親分が、いつか言っていた。「怖いやつほど、よく生き残る」と。

 ならおれはきっと生き残る。誰よりも怖がりだから。

 そして生き残って、見届けるんだ。親分がこの戦で、また誰かの命を繋ぐところを。臆病者のおれが、その隣に立っているところを。

 そのときは、おれも胸を張って、隣にいたい。怖がりのままでも、いい。

 おれは前だけを見て走った。もう、振り返らない。親分の背中が、すぐそこにあったから。

 その背中に、おれはどこまでもついていく。そう、心に決めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。