【完結】同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

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第13話 蕞

 その夜、報せは、稲妻のように陣を駆け抜けた。

 

「李牧が……函谷関を、迂回した!」

「別働隊だ! 山を越えて、奥へ回り込んでる!」

 

 膠着は、罠だった。

 函谷関の総攻撃は、こちらを釘付けにするための、壮大な囮。本命の李牧はとっくに、別の刃を抜いていたのだ。

 

「狙いは……どこだ!?」

 

 誰もが、混乱した。

 迂回した李牧がどこを突くのか。読み違えれば、秦は終わる。

 ――その問いに、答えを出したのは、戦場にいない男だった。

 

  ◇

 

 咸陽の奥から、王騎将軍の早馬の文が届いた。

 

『李牧が正面に執着しすぎている。これはおそらく囮。狙いを外へ置くなら――咸陽へ抜ける最後の盾、蕞だ。確証はない。だがあの男ならやる。蕞を疑い、ただちに援軍を。大王にも急ぎ伝えよ』

 

 戦場には戻れぬ、生ける伝説。

 その目は、盤面のずっと先まで、見通していた。

 

(……王騎将軍が生きていたから)

 

 俺は震えた。

 原作では、ここに王騎はいない。だから秦は、李牧の迂回に後手を踏み、蕞は、大王と民だけで、死に物狂いに守るしかなかった。

 だがこの世界には――生きた王騎の、読みがある。

 ほんの少し、早く。ほんの少し、確かに。秦は、最悪の一手に、備えることができた。

 

 俺が馬陽で繋いだ、たった一つの命。

 それが今国の命運を分ける一報になって戦場を駆けている。

 もし、馬陽で王騎将軍を見捨てていたら。あの日、矢の雨に飛び込まなかったら。今ごろ蕞は、誰の助言もなく後手に回り、抜かれていたかもしれない。大王も、漂も、民も、すべて。

 ……繋いだ命は、巡り巡って、また別の命を繋ぐ。そういうことなのか。背筋が、ぞくりとした。これは武者震いだ。

 

  ◇

 

 大王・嬴政がみずから蕞へ向かったという。

 民を率いて、最後の盾を守るために。

 そしてその傍らには――漂もいる、と聞いた。

 

「決まりだ。オレたちも、蕞へ行く」

 

 信の目は、もう燃えていた。

 漂がそこにいる。それだけで、こいつの足は止まらない。

 

 俺は自分の隊を振り返った。

 剣術馬鹿の岩斗。蛇甘平原で拾った禾。蛇甘から馬陽、函谷関と、ずっとついてきた、馬鹿でしぶとい連中。

 

「……正直に言う。蕞には、化け物がいる。武神・龐煖だ。死ぬかもしれん。嫌なやつは、残れ」

 

 しん、と静まった。

 だが誰も、動かなかった。

 

「親分」

 岩斗がにやりと笑う。

「親分の無茶に乗らなかったことが、今まで一度でもあったか? いまさらだろ」

「お、おれも、行きます」

 禾が震える声で、それでもはっきりと言った。

「隊長に、命を……拾ってもらったんで。今度はおれが……役に立ちたいんです」

 

 ……まったく。

 いつのまにか頼もしくなりやがって。

 目の奥が、また熱くなる。灰もないのに。

 

「よし。行くぞ。――全員、生きて帰る。それが命令だ」

 

  ◇

 

 夜を徹して、俺たちは蕞へ駆けた。

 

 忍術奥義皆伝の、疲れ知らずの脚。今夜ばかりは、こいつが本当にありがたい。

 走りながら、肋の古傷が、ずきずきと疼く。馬陽で、龐煖に砕かれた骨。あの一撃の恐怖は、体が忘れていない。

 

(……また、あいつと、やり合うのか)

 

 怖い。正直足がすくむ。

 だが――あの日とは、違う。

 俺は青嵐を覚えた。隊を率いる術を、王騎将軍に学んだ。信がいる。漂がいる。岩斗が禾が馬鹿な仲間たちがいる。

 一人で武神に挑んで、挽き肉にされかけた、あの日の俺じゃない。

 

 漂を救った。王騎を救った。

 その命が、こうして国を守る盾になっている。

 なら――最後まで、守りきってやる。一人も、欠けさせずに。

 

 日が、暮れかけていた。

 地平の向こうに、小さな城――蕞の影が見えてきた。

 その空に、すでに、戦の煙が、上がり始めていた。

 

(……間に合え)

 

 しがない大工あがりの天下取り、その最大の山場が。

 もう、すぐそこに迫っていた。

 

  ◇

 

 蕞は、地獄だった。

 

 李牧の別働隊が小さな城に津波となって押し寄せていた。

 守るのは、わずかな兵と――武器を取った城の民だ。老人も女も子どもも。咸陽を守る、最後の盾として。

 その先頭に、その人は立っていた。

 

「退くな!! ここを抜かれれば秦は終わる!! お前たちの家族が終わるのだ!!」

 

 大王・嬴政。

 みずから城壁に立ち、民を鼓舞する。その声には、人を動かす不思議な力があった。絶望に沈みかけた民の目に、一つまた一つと火が灯っていく。

 大王の言葉には、人の心を根っこから揺さぶる、何かがあった。震えていた民が、鍬を、鎌を、武器に持ち替えて城壁に取りつく。これが、いずれ中華を統べる男の器、というものなのかもしれない。

 

 その傍らで、剣を振るう若者がいた。

 

「漂!!」

 

 信が叫んだ。

 大王とそっくりの顔をした若武者。漂だ。王宮で力をつけ、今は最後の盾の一角を、その身で支えている。

 

「信!? お前、なんでここに……!」

「決まってんだろ! 助けに来たんだよ!」

 

 戦場の只中で、二人の視線が交わる。

 城戸村でぼろをまとい、夢を語り合った二人。原作では決して再会できなかった二人だ。片方が、ずっと前に死んでいたから。

 それが今ここで肩を並べて笑っている。大王・嬴政も、その様子をちらりと見たようだった。自分とそっくりの顔をした漂が、奴隷あがりの若武者と肩を並べて笑っている。大王は何も言わなかった。だがその口元が、わずかにゆるんだ気がした。

 ……この光景は、原作にはない。漂はとうに死んでいるはずだった。信と再会することなど、永遠になかったはずだ。それが今、目の前にある。

 

「……二人で、大将軍。だろ?」

「ああ。まだ夢の途中だ」

 

 俺は少し離れた城壁の上から、それを見ていた。

 目の奥がじわりと熱くなる。灰のせいじゃない。

 ……繋いだんだ。あの夜の、たった一本の命を。それが今ここに生きている。二人そろって。

 

(柄にもなく、泣きそうだぜ)

 

  ◇

 

 その夜、敵の攻めが一度、潮のように引いた。次の大波――おそらく龐煖を擁する本隊が来るまでの、わずかな凪だ。

 俺は感傷に浸る代わりに、城門と城壁を、舐めるように見て回った。

 

(……この蕞、このままじゃ保たねえ)

 

 大工あがりの目が、勝手に蕞の作りを読んでいく。城門の蝶番、城壁の継ぎ目、土塁の崩れ。どこから先に死ぬかが、嫌でもわかる。兵は足りない。民は怯えている。明日の朝、本隊が来れば、半日も保たない。

 頭の奥に、前世で遊び込んだあのゲームの――いや、その下敷きになった日本の戦国の知恵がよぎった。

 墨俣の一夜城。蜂須賀小六と、川並衆。兵も武具も足りない側が、土と木と段取りだけで、一晩で敵の出鼻をくじいた逸話だ。

 

(時代も国も違う。鉄砲もない。城の作りも違う。だが――人を動かし、道を塞ぎ、敵の足を止める。そこは変わらねえ)

 

「岩斗! お前ら、聞け! 敵の槍で死ぬのと、朝まで木を担いで働くの、どっちがいい!」

「……働きます、親分!!」

「よし。今夜のお前らは、川並衆だ。大工仕事の時間だぞ!」

「かわなみしゅう? なんだそりゃ」

「知らんでいい。木を担いで朝まで働く連中、って意味だ」

「つまり力仕事か! 任せろ親分!」

 動かすのは、隊の連中だけじゃない。

 城の民にも、声をかけた。最初は怯えて動かなかった老人や女たちが、俺が一人、また一人と名を呼んで仕事を割り振るうちに、少しずつ手を動かし始める。

 名工の称号のおかげか、不思議と人がついてくる。「そこの戸板を外してくれ」「あんたは、釘を集めてくれ」。一人ひとりに、できることを与える。すると絶望に固まっていた民の顔に、わずかだが生気が戻ってきた。

 恐怖でただ震えているより、手を動かしているほうが、人は強くなれる。これも、現場で人を使ってきた大工の知恵だ。

 

 ここからは、名工の本領だった。

 民家の戸板を外し、荷車を解体し、梁を組む。城門の内側に、太い支柱をかませる。壊れた卓や屋台は、逆茂木がわりに敵の進路へ。崩れかけた土塁には、堅守を重ねて持たせた。

 岩斗が馬鹿力で梁を担ぎ、禾が、それを支える杭の位置を的確に指し示す。怖がりの目は、こういうときもよく利いた。

 剣術馬鹿どもが、楽しげに材木を運ぶ。「親分、これでいいのか?」「もっと斜めに組め! 力が逃げる!」。戦の前だというのに、まるで普請場のような賑やかさだった。

 俺は家を建てるときと同じ呼吸で、指示を飛ばし続けた。違うのは、建てているのが家じゃなく、ほんの数刻の「時間」だということだけだ。

 どこを補強するかは、考えるまでもなかった。

 ――獅子奮迅。城門を確率で一撃破壊する、攻城の切り札。腐らせる気はない、と言った札だ。

 だが今、それは思わぬ形で効いた。門を「壊す」感覚を知っているなら、裏返せば、わかるのだ。

 

(どこを砕けば、門は死ぬ。どこを支えれば、門はまだ生きる)

 

 壊し方を知る者は、守り方も知っている。攻城の札が、守城の目になった。

 忍術奥義皆伝のおかげで、俺は疲れない。だから誰より長く、夜通し働き、指揮し続けられる。忍び足で夜陰にまぎれて門外へ出て、敵の進路に落とし穴と乱杭を仕込んだ。篝火を焚き増し、ありあわせの旗を立てる。兵が倍に増えたように見えるように。

 

 白み始めた空の下、俺はにわかづくりの防御線を見渡して、つぶやいた。

 

「……城を、作ったんじゃねえ。時間を、作ったんだ」

 

 本物の城じゃない。ただの張りぼてだ。

 だが張りぼてでも、壊すには手間がかかる。その手間の一つひとつが、蕞の命を、数刻ずつ延ばしていく。

 

 夜が、白んでいく。

 にわかづくりの砦は、お世辞にも立派とは言えなかった。継ぎ接ぎだらけの、張りぼての防御線。だが確かに、ゆうべまでとは違う。城門は補強され、進路は塞がれ、偽の旗がはためく。少なくとも見た目には、防備が厚くなったように見える。

 あとは――これがどれだけ、もつか。武神を、どれだけ足止めできるか。

 俺はひとつ大きく息を吐いて、迫りくる朝日をにらんだ。

 来い、武神。今度は、一人じゃない。この張りぼての砦と、馬鹿な仲間たちと、救ってきた命のすべてで、お前を迎え撃つ。

 肋の古傷が、ずきりと疼く。だが不思議と、足は震えていなかった。

 隣には岩斗が、後ろには禾が、馬鹿な仲間たちが立っている。一人で挑んだ、あの日とは違う。

 夜が、明ける。最後の戦いが、始まろうとしていた。

 俺は、ゆっくりと槍を構え直した。

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