【完結】同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

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第14話 夜明け

 夜が明けた。そして敵の本隊が動いた。

 

 まず敵の先鋒が、城門に押し寄せた。

 だがゆうべ補強した門は、容易には破れない。逆茂木が進路を狭め、落とし穴と乱杭が、寄せ手の足を止める。偽の旗と篝火に、敵は守備兵の数を読み違え、攻めあぐねた。

 張りぼてだ。だが効いている。一夜砦が、確かに時間を稼いでいた。その、わずかな時間が、命を繋ぐ。攻めあぐねた敵の隙に、味方が態勢を立て直す。蕞は、まだ落ちない。

 俺は、ありったけの手札を回した。寄せてくる梯子や破城槌には、火矢を撃ち込む。木の急所を狙えば、一本で燃え崩れる。張りぼての防壁には、ゆうべのうちに泥を塗らせてあった。敵が火をかけても、燃え広がらない。

 罵詈雑言で、弱そうに見える一角へ敵を誘い、そこだけ堅守で固めて受け止める。攻めには火を、守りには泥を、敵には誘いを。手持ちの札を、惜しまず、嫌らしく回し続けた。一夜砦と、札の合わせ技。地味で嫌らしい、それでいて、いつも通りの戦い方だ。これが、武神の本隊が来るまでの時を、確かに稼いだ。

 だが――それも、あの男が出てくるまでの話だった。

 

 城壁の一角が爆ぜた。

 ぼろをまとった巨躯。異様な得物。全身から滲む、人ならざる圧。

 武神・龐煖。

 馬陽で俺を一撃で叩きのめした化け物が、民の壁を片端から薙ぎ倒しながらこちらへ来る。一歩、また一歩。武神が進むたびに、民が、兵が、薙ぎ倒されていく。あの一撃の重さを、俺の体は嫌というほど覚えている。砕かれた肋が、今も、ずきりと疼いた。

 このまま放っておけば、嬴政も、漂も、信も、あの得物の餌食になる。一夜砦も、宝の持ち腐れだ。止めるしかない。あの化け物を。誰かが、その前に立つしか。

 

(……また、お前か)

 

 その姿を見た瞬間、馬陽の記憶が鮮明に蘇った。肋を砕かれた、あの一撃。挽き肉にされかけた死の感触。

 膝ががくりと止まる。息が浅くなる。怖い。死ぬほど怖い。体が逃げろと叫んでいる。

 

「お、親分……あれ……」

 禾の震える声がした。岩斗が無言で俺の横に並ぶ。

 

 ……ああ、そうだ。あの日とは違う。

 今の俺には、背中を預ける仲間がいる。守るべき連中が後ろにいる。

 止まりかけた膝に、もう一度力を込めた。

 

「全員、退がってろ!! こいつは俺が引き受ける!!」

 

 俺は龐煖の前に立ちはだかった。武神の、底なしの目が、俺を見据える。記憶にある、あの虚ろな獣の目だ。全身が悲鳴を上げる。逃げろ、と。

 だがここで退けば、補強した門も、張りぼての砦も、全部、意味がなくなる。武神をここで食い止める。それが、一夜砦の、最後の仕上げだ。

 

  ◇

 

「貴様……馬陽の、雑魚か」

「ああ。そのうえ、しぶといのが取り柄でね」

 

 武神の一撃が振り下ろされる。

 今度は受けない。鉄壁を張り、半歩横へ。怪力で受け流し、地形で間合いをずらす。馬陽で挽き肉にされかけた俺は、もういない。剣術馬鹿どもと王騎将軍の薫陶で、嫌というほど鍛えた。

 

 そして――溜めていた気合を解き放つ。

 

 青嵐。渾身の薙ぎ払い。

 武神にまともなダメージは通らない。だがその巨体を確かに一歩退かせた。

 勝てるわけがない。それでも時さえ稼げればいい。

 馬陽のときとは、違う。あのときの俺は、たった一人で武神に挑んで、挽き肉にされかけた。だが今は、背中に仲間がいる。横に、信と漂がいる。後ろに、守るべき民がいる。

 一人じゃできないことが、ある。だがみんなでなら――武神の足を止めることくらいは、できる。

 

「オッサンに、いいとこ取らせるかよ!! ……それによォ」

 信の声が、ぐっと低くなった。

「王騎のダンナを戦場から引きずり下ろしたのは、てめえだろうが!!」

 

(あの主人公札が告げた、天井知らずの伸びしろ。この武神に届く日が来るなら、それはたぶん、こいつだ)

 信が横から斬りかかる。漂も反対側から。二人の若武者が、俺と一緒に武神へ食らいつく。

 三人がかりでも龐煖には届かない。だが足止めにはなる。

 信の剣が、武神の脇をかすめる。漂の槍が、その足を狙う。俺は、堅守と鉄壁で、二人への一撃を、その身で受け止める。

 一人が退けば、一人が出る。一人が斬られかければ、一人が庇う。馬陽で、王騎将軍に学んだ戦い方だ。一人の武じゃない。束になって、生かし合う。

 漂の槍さばきは、見違えていた。城戸村で、信と棒を振り回していた、あの少年じゃない。王宮で、影武者として、将として研ぎ澄まされた動きだ。冷静に武神の隙を読み、的確に突く。

「漂! 無理すんな!」

「信こそ! ……ふ、やっぱり、お前と組むのは悪くないな!」

 戦いの只中で、二人が笑い合う。城戸村の夢の続きを、今、武神を相手に果たしている。

 ……ああ、繋いだ甲斐が、あった。心から、そう思った。

 

 その間に、王騎将軍の策が効いてきた。

 

 咸陽から送られ続けた、生ける伝説の献策。それに従い、蕞の守りは龐煖一人の突破を辛うじて押し包んでいく。城の民が、兵が、命がけで穴をふさぐ。

 

 そして――ゆうべ築いた一夜砦が、ここでも効いた。

 龐煖が、突破口を開こうと城門に取りつく。だが補強した門は、武神の膂力をもってしても、すぐには破れない。その、わずかな手間取りが、致命的な時間を稼ぐ。

 「城を作ったんじゃねえ。時間を作ったんだ」――ゆうべの俺の言葉が、現実になっていた。張りぼての砦が、武神の足を、確かに引き止めている。

 武神の一撃が、横薙ぎに来た。鉄壁を重ね、とっさに身を沈める。それでもかすった肩から血が噴いた。骨まで、軋む。

「親分ッ!」

 禾の悲鳴。岩斗が横から斬りかかって、武神の注意を一瞬だけ逸らす。その隙に、俺は体勢を立て直した。

 誰か一人でも欠ければ、終わる。だが誰も欠けなかった。みんなが、みんなを庇い合う。

 

「なぜ、退かぬ……雑魚が」

 武神が、初めて、いぶかしげにつぶやいた。獲物は、いくらでもいる。なのにこの大男は、何度叩きのめされても立ち上がってくる。仲間と庇い合い、張りぼての砦に守られ、しぶとく食らいついてくる。

「悪いな。俺の取り柄は、しぶといことだけでね」

 血を吐きながら、俺は笑ってみせた。

「それに――ここを抜かせるわけにはいかねえんだ。後ろに、守るもんが、多すぎてな」

 

「……ちっ」

 

 武神が舌打ちした。

 獲物を屠るには、邪魔が多すぎる。蕞は、落ちない。

 武神は俺を一瞥した。

「……貴様、馬陽の。死に損ないが」

「ああ。しぶとさだけは、自信があってね」

「ふん。……いつか、貴様も、あの小僧も、喰らい尽くす」

 そう言い残し、龐煖はゆっくりと退いていった。その背に、信が叫ぶ。

「逃げんのか、化け物! 次は、オレが必ず倒す!」

 武神は答えなかった。だがその足が、ほんの一瞬、止まった気がした。信の伸びしろを、武神もまた、嗅ぎ取ったのかもしれない。

 

  ◇

 

 そして夜明けとともに、合従軍の侵攻は止まった。

 

 函谷関は抜かれなかった。蕞も守りきった。前線の崩れと、損耗。何より、ここを抜けぬと悟った李牧の判断で、六国の大軍は潮が引くように退いていった。

 李牧は見切ったのだ。蕞は落ちない。函谷関も抜けない。これ以上兵を損なえば、合従軍そのものが瓦解する。稀代の知将は、深追いをしなかった。引き際を、誤らなかった。

 それでも――退いた。中華の半分を束ねた、空前の大軍が。この小さな城の前で。

 

 秦は――生き延びた。

 国そのものが滅びかねなかった、未曾有の大戦を。原作よりも、ずっと少ない犠牲で凌いだ。

 もっとも「少ない」というだけだ。蕞の土には、二度と起き上がらない兵が、民が、いくつも横たわっていた。原作より一人でも多く生き延びた――それは尊い。だが手放しで喜べるほど、戦は甘くなかった。

 俺の隊にも、傷ついた者はいた。幸い、死んだ者はいなかった。だが蕞の城兵には、民には、数えきれない犠牲が出ていた。

 昨夜、一緒に木を運んだ老人が、もう動かなくなっていた。さっきまで気丈に槍を握っていた女が、骸となって横たわっていた。

 救えた命がある。だが救えなかった命も、確かにある。全部は、救えない。痛いほど、思い知らされる。それでも――一人でも多く。次は、もう一人。そうやって、繋いでいくしかない。

 

 なぜなら。

 本来ならいないはずの男が、咸陽で策を巡らせていたから。

 本来なら死んでいたはずの少年が、最後の盾を支えていたから。

 

(救った命が……国を、救った)

 

 俺はぼろぼろの体で城壁にもたれ、朝日を見ていた。

 武神には今度も勝てなかった。だが繋いだ。守った。

 それで、十分だ。むしろ、できすぎなくらいだ。大王・嬴政が、城壁の上から、退いていく敵を見据えていた。その横顔には、勝利の喜びより、これから背負うものの重さが、にじんでいた。

 この男は、たぶん、ここで止まらない。いつか、この乱世そのものを終わらせるつもりだ。王騎将軍が若き日に見た夢を、この大王が継ぐのかもしれない。

 ……それを見届けるのも、悪くない。原作の、ずっと先まで。

 

 遠くで、信と漂が肩を組んで笑っている。

 その光景を、俺は誰にも気づかれぬまま、こっそりと誇らしく見ていた。

 誰も、知らない。

 この蕞が守られたのも、王騎将軍が生きていたのも、漂が最後の盾を支えたのも――その始まりが、一人の名もなき大工の、ささやかなお節介だったことを。

 歴史には、残らない。英雄譚にも、ならない。

 だが俺は知っている。救った命が、国を救った。その事実だけで、もう、報われる。

 朝日が、蕞の城壁を、赤く染めていた。長い、長い夜が、明けたのだ。

 俺はぼろぼろの体を城壁に預けた。肩の傷が、肋の古傷が、悲鳴をあげる。だが不思議と、痛みより、満ち足りた気持ちのほうが、ずっと大きかった。

 救った。守った。繋いだ。しがない大工あがりの、二度目の人生。その最大の山場を、俺は確かに、越えたのだ。

 空は、どこまでも青く澄んでいた。守りきった者だけが見られる、夜明けの空だった。

 俺たちは、生き延びた。守りきった。それだけで、もう、十分だった。

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