同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

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幕間 怪しい男

 ここ最近、やけに見かける男がいる。

 顔じゅうに傷のある、岩みたいに大きな男だ。

 

 面識はない。どこの誰かも知らない。

 なのに俺と信の訓練が終わって村へ戻る道すがら、いつも森のほうから、こちらをじっと見ているのだ。隠れているつもりらしいが、あの巨体では隠れきれるはずもない。

 

 信は最初から気づいていた。

「あの野郎、何見てやがる。俺がぶっ飛ばしてやる」

 そう言って向かおうとするのを、俺は何度も止めた。

 俺たちは、奴隷の身だ。何かあったとき、立場が弱いのはいつだってこちらのほう。それに里典に隠している木剣は、今は森の中で、手元にない。

 

 最初は、里典の差し金かと疑った。

 だが人を雇うには、金がかかる。奴隷二人を見張るためだけに、あのけちな里典が、わざわざ人を雇うとは思えない。それにあの男はただ見ているだけで、こちらに手を出してくる気配もなかった。

 だから俺は信にも言い聞かせて、放っておくことにした。気味は悪いが、害はない。そう思うことにしたのだ。

 

  ◇

 

 そんな日々が続いた、ある日のこと。

 仕合の最中の俺たちの前に、別の男が一人、馬を駐めて立っていた。例の「怪しい男」ではない。

 

「何見てんだよ、オッサン……あ?」

「バカ、バカ、バカ」

 

 信は相変わらず喧嘩っ早い。頼むから、自分の立場を少しは考えてくれ。

「よく見ろ。あの身なり、あの馬。かなり位の高い士族だ」

「関係ねー」

「あるんだよ! ぶっ殺されるぞ」

 

 俺が必死になだめていると、その男が、ふっと口を開いた。

「なんじゃお前ら、喧嘩していた割に、ずいぶん仲がいいな」

 

 これは喧嘩ではなく仕合だ――そう説明するうちに、俺たちはつい、これまでの勝敗まで語ってしまった。男はひどく驚いた様子で、それから、俺たちの正気を疑うような目をした。

 だから俺たちは、胸を張って言い放ったのだ。

「「俺たちは、天下最強の大将軍になるのだ!!!」」

 俺たちの、夢を。

 すると――解せないことに、男に、笑われた。

「笑いやがっ……ぶっ殺す」

 いきり立つ信を、俺はまた必死で抑えた。頼むから、お偉い士族様に喧嘩を売るな。俺たちは、奴隷なんだぞ。

 

  ◇

 

 その翌日。里典の家に帰ると、なぜかあの「夢を笑ったオッサン」が、里典と並んで座っていた。

「いやあ、お疲れ様、漂君。そんな籠はいいから、ささ、こちらへ」

 里典の態度が、やけに気持ち悪い。俺の背負っていた籠を信に押しつけ、俺の手まで取って母屋へ引き入れる。むろん、あのオッサンも一緒だ。

 

 話は、身請けのことだった。

「漂よ。明日より、お前は王宮で働くのだ」

 

(王宮……この、俺が……?)

 

 あまりに突然で、頭が真っ白になった。何かを言い返した気もするが、気づけば夜で、俺はいつもの納屋に横たわっていた。

 

 奴隷から、抜け出せる。

 それは俺たちの夢――天下最強の大将軍への、最低限の条件だった。この国では、奴隷の身分のままでは、合戦にも出られない。武勲も立てられない。まずは、そこから抜け出さなければ、何も始まらないのだ。

 

 だが。

(信を、残して……)

 

 俺はあの男――昌文君というらしい――に、必死で信を売り込んだ。俺と同じだけの力がある、同じだけ役に立つ、と。

 しかし断られた。

 

 俺と信。二人で、大将軍になるはずだったのに。

 もし立場が逆なら、俺はきっと「行け」と言う。そうわかっていても、足が動かなかった。

 そんな俺の迷いを、けろりと吹き飛ばしたのは、当の信だった。

「なんだよ、辛気くせえ面しやがって。さっさと行ってこいよ」

「信……」

「俺は俺で、自分の力で一歩ずつ上がってく。だからお前は、先に行け。……すぐ追いつくからよ」

 

 信はニカッと笑った。

 つられて、俺も笑った。

 最後にもう一度だけ仕合をして、俺は奴隷の身分から、解き放たれた。

 

(信。俺は先に行く。……お前も、必ず追ってこいよ)

 

  ◇

 

 咸陽は、生まれて初めて見る、途方もない都だった。

 城戸村とは比べ物にならないほど大きく、町並みは美しく、行き交う人はみな、こざっぱりとした服を着ている。王宮勤めだからと、俺自身も、無理やり身ぎれいにさせられた。服も、体も。

 

 昌文君様の屋敷で、礼儀作法を仕込まれる、忙しい毎日。

 そんなある日、俺は「大王様」に拝謁することになった。

「面をあげよ」

 お言葉に従い、顔を上げて――俺は息を呑んだ。

 大王様の顔が、水面に映る俺の顔に、そっくりだったのだ。

 

 はじめは、その身分と、瓜二つの顔に、すっかり萎縮してしまった。

 だが大王様との会話は、不思議と話しやすかった。気づけば俺は自分の身の上も、夢も、信のことまで、つい喋ってしまっていた。

「信のほうが、強いと申すか」

「はい」

「奇なことを。お前はさっき、二人は互角だと言ったぞ」

「二人で仕合えば、まったくの互角です。ですが、俺が勝てない相手でも、信なら勝ってしまう。そういう男なんです」

「ふっ。面倒くさそうな奴だな、それは」

「そうなんですよ! いやあ、本当に強いんです、信は!」

 

 弟自慢のつもりは、なかった。

 なかったが――大王様に信のことを語れたのが、俺はなんだか、無性に嬉しかったのだ。

 

(うちの信は本当にすごいんだから)

 

 そうして日々は過ぎ、やがて――玉座を狙う「王弟」の勢力が、動き出した。

 

  ◇

 

 その日、俺は昌文君様に言われるまま、大王様の衣をまとった。

 もしものときの、影武者。それが、奴隷あがりの俺が王宮に置かれた、本当の理由だった。

 

 正直、怖かった。

 だがこれは俺が選んだ道だ。生き延びさえすれば、将軍への近道になる。そう、腹をくくった。

 味方の合図を待ち、俺は昌文君様に連れられて、裏門から馬車で脱け出した。敵を引きつけるため、本物の大王様とは、わざと別の道を行く。

 

 無事に咸陽を抜けた――と思ったのも、束の間だった。

 束達の丘で、待ち伏せに遭ったのだ。

 敵は多い。昌文君様は、敵将――後に王騎将軍と知る、あの大男――との一騎打ちに敗れ、崖下へと消えた。味方の兵の顔に、絶望が走る。

 

 このままでは、無駄に兵が死ぬ。大王様の味方が、減ってしまう。

 そう思った俺は馬車を飛び降り、声を張り上げていた。兵をまとめ、隊形を組み直させる。必死だった。だが俺の声で味方が動くことに、どこか、痺れるような高揚もあった。

 これなら、勝てる――そう思った、まさにその矢先。丘の向こうに、敵の新手が現れた。挟み撃ちだ。

 

(このままでは、全滅する……!)

 

 俺は新手の目を引きつけるため、単騎で駆け出した。

 ちらりと振り返れば、味方は、どうにか逃げられそうだ。なら――あとは、俺自身が生き延びるだけ。敵と刃を交えながら、俺は森の中へと逃げ込んだ。

 

 兵は、どうにか撒いた。

 だが追ってきたのは、兵だけではなかった。

 

 赤黒い装束をまとった、暗殺者然とした男。

 その刺客は、恐ろしく強かった。そして――。

「嬴政よ、死ね!」

 木の根に、足を取られた。避けようのない一撃が、俺へと迫る。

 ――もう、駄目だ。

 そう、覚悟した、その瞬間だった。

 

 俺と刺客のあいだに、大きな影が、ぬっと割り込んできた。

 

 突然のことに、刺客も一瞬ひるむ。その隙に、俺は転がるように距離を取った。

 間に立った男が、こちらをちらりと見て、言う。

「大丈夫か」

 俺と刺客は、同時に声を上げていた。

「「誰だ?」」

 

 だがよく見れば――俺はこの男を知っていた。

 城戸村で、俺と信を、いつも森から見ていた、あの「怪しい男」だ。

 

(……そうか。この男は、俺が大王様に瓜二つだと気づいて、それを昌文君様に報せるために、ずっと俺を見張っていたのか)

 

 つまりこの男は、昌文君様の配下――。

(なるほど。それなら、全部、繋がる)

 

 もっともそれは俺の勝手な思い込みで、本当のところは、何ひとつ分からなかったのだが。

 

「雑魚は引き受ける」

 男は、そう言い放った。

 そして男と刺客の戦いが始まる。その武の冴えは、いかつい風貌からは信じられないほど、洗練されていた。俺を追い詰めたあの刺客の刃を、危なげなく捌いていく。

 やはりと思った。この男は、ちゃんと武を修めた、本物の兵士なのだ。

 

(……見惚れている場合か、俺は)

 

 この男に使命があるように、俺にも果たすべき使命がある。大王様と、合流すること。

 少しだけ、躊躇した。だが男の言葉に背を押されて、俺は決めた。この場は、託す。

 そうして俺は後ろを振り返らずに、駆け出した。

 

  ◇

 

 それからのことは、駆け足で過ぎていった。

 

 俺は城戸村へ戻り、信を説得した。大王様に力を貸してほしい、これは奴隷を抜け出す好機だ、と。信は最初、何を言われているのか分からない顔をしていたが、やがて頷いてくれた。連れ出す際に里典と一悶着あったものの、今や俺の身分のほうが上だ。どうにか、収まった。

 

 その後、黒卑村の外れで、本物の大王様と合流した。

 信は自分とそっくりな顔の大王様を見て、ひどく驚いていた。落ち着かせるのに、少し手間取る。その時間が、まずかった。追っ手が、黒卑村まで迫ってきたのだ。

 

(このままでは――)

 

 絶望しかけた、そのとき。蓑笠をかぶった山の民――河了貂と名乗る案内人が、抜け道へと導いてくれた。おかげで、俺たちは窮地を脱した。

 大王様の道案内で、昌文君様たちとの合流地点を目指す。だがそこへも追っ手は現れた。吹き矢と鉈を操る、ムタという刺客。手強かったが――俺と信、二人がかりでなら、負けはしない。ムタを、討ち取った。

 

 その直後だった。

 崖下に消え、死んだとばかり思っていた昌文君様が、配下の兵を率いて、合流地点に現れたのは。昌文君様は涙を流し、大王様の前に、深々と膝を折った。

 

 ようやく場が落ち着いて、俺は生き残った兵たちと、互いの無事を喜び合った。

 そして――俺をあの刺客から救ってくれた、あの男のことを、昌文君様に尋ねてみた。

 だが。昌文君様の配下だと、俺が勝手に思い込んでいた、あの大男の正体は。

 ――昌文君様にも、まるで心当たりがないという。

 

(あの男はただ者じゃない。……いったい、何者なんだ?)

 

  ◇

 

 悶々としながらも、張り詰めていた糸が切れたように、疲れがどっと押し寄せてきて。

 俺は意識を手放した。

 

 目が覚めてから、俺は一つ、心に決めたことがある。

 

 俺は二度死にかけ、二度とも、誰かに生かされた。束達の丘では兵に。森では、あの大男に。本当なら、俺はもう、この世にいなかったはずだ。

 ならば、この拾った命を、無駄にするわけにはいかない。

 

 大王様と俺は同じ顔をしている。その偶然のおかげで、俺は奴隷を抜け出し、王宮に立った。

 だがその偶然に意味を持たせられるかどうかは、俺次第だ。

 信は戦場で駆け上がっていくだろう。剣一本で、まっすぐに。あいつはそういう男だ。

 なら、俺は――大王様の傍で、この国を支える将になる。同じ夢へ、別々の道から。それが、生かされた俺にできる、せめてもの返し方のような気がした。

 

 二人で、大将軍に。

 その約束は、形を変えても、消えはしない。

 

 いつか、あの大男に、もう一度会えたなら。

 今度こそ、礼を言おう。あなたのおかげで、俺はちゃんと前に進んでいます、と。

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