同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

5 / 10
第4話 初陣

 漂を救って、自分の村へ戻った。

 大工の仕事に、また精を出す日々。木を削り、柱を組み、仲間と軽口を叩く。穏やかで、悪くない暮らしだ。

 

 ……悪くない、んだが。

 

(落ち着かねえな)

 

 一度運命をねじ曲げてしまった。

 原作で死ぬはずだった漂を、この手で生かした。あの夜の手応えが、まだ指の先に残っている。

 あれを味わってしまうと、もう、ただの大工としてのんびり、とはいかない。腹の底で、ぱちぱちと火がくすぶり続けている。

 

 天下無敵の大将軍。

 あの夜、酒の席で決めた、馬鹿げた夢。

 あれを本気で目指すなら――やることは、はっきりしている。

 

(武勲だ)

 

 この国で成り上がるには、戦で手柄を立てるしかない。

 いくら個人の武が強くたって、戦場でたった一人が暴れたところで、戦の大勢は動かない。秘技札――強襲だの抜け突きだのは、しょせん「個人戦」のスキルだ。

 大軍を動かす、合戦の札。それを、実戦で振るわなきゃ始まらない。

 

 そんなことを考えていた、ある日。

 その「好機」は、向こうからやってきた。

 

  ◇

 

「魏が、攻めてくるらしいぞ」

 

 屋台で、誰かが言った。

 ほどなく、村にも役人が触れを出して回った。徴兵だ。

 国境を魏に侵された秦が、兵をかき集めている。

 

 戦。

 人が死ぬ。たくさん。それはわかっている。前世ではゲームの画面の中の、ただの数字だった「兵」が、ここでは血を流して倒れる、本物の人間だ。

 怖くないと言えば、嘘になる。

 

 だが――これは好機だ。

 武勲を立てる、最初の舞台。

 

「俺は志願する」

 

 言うと、大工仲間たちが目を丸くした。

 

「正気か田有! 命あっての物種だぞ」

「お前、頭に木材食らってから、やっぱどっかおかしくなったんじゃ……」

「そいつは前からだろ」

 

 心配してくれるのは、ありがたい。本当にいい奴らだ。

 だがこればかりは譲れない。俺は笑って、軽くいなした。

 

 ……一方で、目を輝かせた連中もいた。

 例の、剣術馬鹿どもだ。

 

「田有が戦場に出る? なら、俺たちも行くぞ!」

「お前の隣で戦えるなんて、最高じゃねえか!」

「どさくさで、お前と仕合できるかもしれねえしな!」

 

「戦場で身内と仕合うな。死ぬぞ」

 

 ツッコみながら、内心、ちょっと頼もしかった。

 こいつらは、変人だが、腕は本物だ。延々と俺に付き合って強くなった、生粋の剣士たち。戦場で背中を預けるなら、これ以上の連中はいない。

 

  ◇

 

 出立の前に、俺は自分の「手札」を、改めて確認した。

 

 これまで使ってきたのは、秘技札――個人戦用だ。

 だが合戦には、合戦でしか使えない札がある。

 

──《合戦札(抜粋)》──────────

 ・堅守:気合2/一定時間、備の防御力を上昇

 ・罵詈雑言:気合2/隣接する敵の備の士気を下げる

 ・力攻め/火攻め:門の耐久を削る(攻城戦)

 ・千成瓢箪:気合1で気合3回復

 ・獅子奮迅:気合7/確率で城門を全壊(攻城戦)

────────────────────

 

(よし……やっと合戦パートだ)

 

 ゲーマーの血が、騒ぐ。

 個人でちまちま敵を斬るのとは、わけが違う。これは軍を動かす札だ。

 

 ポイントは、「備」という考え方。

 備――この体感で言えば、自分と、その配下をひとまとめにした一個の部隊だ。堅守を張れば、自分だけじゃなく、近くにいる兵ごと硬くなる。罵詈雑言を浴びせれば、敵の部隊全体の士気が下がる。

 もっとも、今の俺はただの徴兵あがり。隊なんて、預けてもらえるわけがない。

 だが、ゲームの感覚が正しけりゃ、俺の札は肩書きと関係なく効くはずだ。なら、同じ伍の仲間や、怖くて固まった兵が俺にくっついていれば、そいつらごと硬くしてやれる。

 一兵卒でも、できることはある。まずはこの戦を生き延び、上の誰かに名を覚えさせる。立身ってのは、そこからだ。

 

(統率は……57。武力八十超えに比べりゃ地味だが、合戦じゃこっちが効く)

 

 しかも千成瓢箪で気合をぐるぐる回せる。

 気合は札技のコストで、戦っている間に回復する。それを瓢箪でさらに上乗せすれば、堅守も罵詈雑言も、惜しみなく撃ち続けられる。

 ……我ながら、いやらしい構成だ。ゲームでも、これで何度も天下を獲ってきた。

 

 もちろんゲームの盤面と、本物の戦場は違う。

 札がどこまで通用するかは、出てみなけりゃわからない。だが――。

 

(やれない、ことはない)

 

 例の、転生してから消えない、根拠のない自信。

 今日も、胸の奥で、しっかり火が燃えている。

 

  ◇

 

 出立の朝。

 俺は剣と槍、それに鉄でこしらえた馬鹿でかい弓を背負い、自分の村をあとにした。

 隣には、にやにや笑う剣術馬鹿が数人。背後では、大工仲間が「死ぬなよ」と手を振っている。

 

 向かう先は、魏との国境。

 俺の、初陣だ。

 

(さて……同じ戦場に、あいつもいたりするのかね)

 

 ふと頭をよぎる。

 喧嘩っ早い、あの黒髪のガキ。信。

 あいつもまた、奴隷の身分を抜け出して、大将軍を目指しているはずだ。漂が生きて、王宮にいる、この世界でも。

 

 もし、戦場で会えたら。

 そのときは――まあ、また、遠くからこっそり見守るとしよう。

 俺には、それくらいの距離が、性に合っている。

 

 大将軍への、第一歩。

 しがない元社会人の天下取りが、いよいよ、本物の戦場へと踏み出した。

 

  ◇

 

 魏が攻めてきた。

 ぶつかる戦場は、蛇甘平原。だだっ広い、見渡すかぎりの草の海だ。

 

 俺は剣術馬鹿たちと一緒に、秦軍の右翼――麃公という将軍が率いる軍に組み込まれた。さらにその中の、縛虎申という千人将の隊だ。

 戦の経験なんて、当然ない。俺はただの一兵卒として、五人ひと組の「伍」に放り込まれた。伍長を務めるのは気のいい古参の兵で、俺はその下の、ただのでかい新入りだ。

 

(伍長ですらない、ただの徴兵。……まあ、肩書きなんて今はどうでもいい)

 

 同じ伍になったのは、剣術馬鹿どもの筆頭・岩斗(がんと)に、おっかなびっくりの徴兵組。中でも、禾(か)という痩せた若者は、槍を握る手をずっとがたがた震わせていた。世界一頼りない――いや、岩斗の剣の腕だけは確かな――そんな寄せ集めの伍である。

 

  ◇

 

「うおおおおおッ!!」

 

 開戦の銅鑼が鳴った瞬間、地鳴りのような喊声が平原を揺らした。

 両軍が、ぶつかる。

 

 ――やばい。

 俺は一瞬で、自分の認識の甘さを思い知った。

 

 これは朱凶との一対一とは、何もかもが違う。

 目の前で、見も知らぬ兵が声をあげる間もなく崩れていく。槍が肉を貫く音。血の匂い。悲鳴。味方も、敵も、虫みたいにあっけなく死んでいく。

 ゲームの画面では、ただの数字が減るだけだった。ここでは、数字の一つひとつに、顔があって、声があって、さっきまで生きていた。

 

(落ち着け。落ち着け、俺)

 

 膝が笑いそうになるのを、奥歯を噛んで抑える。

 怖い。正直漏らしそうなくらい怖い。だが――ここで足を止めたら、俺もついてきたこいつらも、本当に虫みたいに死ぬ。

 

 だったら、やることは一つだ。

 持てる手札を、全部使う。

 

「俺の周りから離れるな!! かたまれッ!!」

 

──《堅守》──────────

 ・合戦札/気合2消費で、一定時間、備の防御力を上昇

────────────────────

 

 気合を込めて、札を発動する。

 すると感覚でわかった。俺だけじゃない。俺を中心にかたまった連中――伍の仲間も、怖さで寄ってきた他の兵も、まとめてぐっと硬くなる。降ってきた敵の槍が明らかに通りにくくなった。

 

「ひっ……た、田有さん、おれ、こんなとこで死ぬのは……!」

 禾が腰を抜かしかけている。俺はその襟首を掴んで、自分の背へ引き寄せた。

「禾! 俺の後ろにいろ! この囲みの中は、硬い。簡単には死なせねえ!」

「……あ、あれ? 体が……軽い……いや、硬い……?」

 

 効いている。

 札は合戦でも、ちゃんと動く。

 

  ◇

 

 硬い盾になった俺たちの塊へ、敵がじわじわ群がってくる。

 まともに正面から殴り合えば、数で負ける。なら――搦め手だ。

 

「お前ら、よく聞け! あいつらは、烏合の衆だ! 大将はとっくに逃げ腰だぞ!」

 

──《罵詈雑言》──────────

 ・合戦札/気合2消費で、隣接する敵の備の士気を下げる

────────────────────

 

 ありったけの声で、根拠のない悪態をぶちまける。

 弁舌の技能が低いほど効果が大きい、という妙な札だ。俺の口の悪さは、たぶん札にとっては好都合だった。

 効果は、てきめん。正面の敵が目に見えてひるむ。勢いが、鈍る。

 

 そこへ。

 

「今だ! どけ、俺が撃つ!」

 

 背中の、鉄でこしらえた馬鹿でかい弓を引き絞る。札も何も使わない、ただの力任せの一射だ。

 ひょうっ――と、常人の倍は飛ぶ矢が、ひるんだ敵のど真ん中を撃ち抜く。並の鎧ごと貫いて、後ろの兵まで巻き込んだ。それだけで、敵の隊列にぽっかり穴が空く。

 

 札を撃つたびに気合が削れるが、問題ない。

 

 千成瓢箪で、気合を回す。瓢箪が、ぽこんと一つ増えた気がした。

 堅守、罵詈雑言、そしてまた堅守。気合を回し、悪態をつき、たまに矢を射る。

 ……我ながら、いやらしい。ゲームで何度も天下を獲った、手堅いだけの陰湿な立ち回りだ。だが戦場では、この陰湿さが、命を拾う。

 

「すげえ……あの伍、一人も欠けてねえぞ」

「あのデカいの、何者だ?」

 

 気づけば俺たちの伍の周りだけ、味方の死体が少なかった。

 硬くて、嫌らしくて、しぶとい。地味だが、それが俺の戦い方だ。

 

  ◇

 

 戦況が、大きく傾いた。

 遠く、戦場の中央のほうで、ひときわ大きな喊声が上がっている。麃公将軍の本隊が魏の総大将を追い詰めているらしい。

 

 そして――その喧噪の中に、妙なものを見た。

 

 敵陣のど真ん中。一人の黒髪の歩兵が馬鹿みたいに突っ込んでいる。

 仲間を率いるでもなく、札を使うでもなく。ただ剣一本で信じられない勢いで敵をなぎ倒し、ぐんぐん前へ出ていく。あんな無茶な戦い方、普通なら三秒で死ぬ。

 

(……信だ)

 

 間違えるものか。城戸村で、遠くから何度も見守った、あのガキだ。

 漂が王宮へ行ったあと、あいつもまた、自分の足で戦場に立っていた。同じ「大将軍」の夢を追って。

 

(無茶しやがって……でも生きてる。ちゃんと、前に進んでる)

 

 信のそばには、同じ伍らしい顔ぶれが見えた。軽口を叩く兄ちゃんと、気弱そうなその弟。苦労性の伍長が、必死に隊形を保とうとしている。

 そして――その中に一人、やけに小柄な、無口な兵がいた。その剣筋だけが、まわりとまるで違う。派手さはないのに、一振りごとに敵が的確に崩れていく。明らかに、新兵の動きじゃない。

 

(……あれは、羌瘣か)

 

 間違いないだろう。のちに信の相棒になる、あの剣の鬼だ。今はまだ、ただの無口な新兵の顔をしているが。信の伍に、もういる。

 ……まったく。とんでもないのが揃ってやがる。

 

 不覚にも、胸が熱くなった。

 助けに行きたい衝動を、ぐっとこらえる。あいつには、あいつの戦いがある。俺が出る幕じゃない。今はまだ。

 ただこっそり――あいつの突っ込んでいく先の敵に、気づかれないよう矢を一本、牽制に撃ち込んでおいた。

 

  ◇

 

 日が傾くころ、戦は秦の勝ちで終わった。

 

 俺の伍は、一人も欠けずに生き残った。

 炎天下を血と泥にまみれて、それでも全員、息をしている。剣術馬鹿どもは「いやー、いい戦だった!」とけろりとしていて、こいつらの神経の太さには、もう感心するしかない。

 

「おい、そこのデカいの」

 

 戦のあと、見知らぬ士官が、俺に声をかけてきた。

 値踏みするような目だ。

 

「お前の伍、妙にしぶとかったな。名は?」

「……田有。大工あがりの、田有だ」

「大工、ねえ。覚えておく」

 

 士官は、それだけ言って去っていった。

 ……覚えておく、か。

 

(これが第一歩だ)

 

 無名の大工が、戦場で、ほんの少しだけ名を残した。

 地味で、陰湿で、誰も気づかない手札の積み重ねで。

 だが確かに――立身出世の、最初の一歩を、踏み出したのだ。

 

 陣に戻ると、禾が半泣きで俺の前に立った。

「た、田有さん……おれ、生きてます……田有さんの、おかげで……」

「当たり前だ。お前を死なせるために、隊に入れたんじゃない」

 岩斗ががはは、と笑って、俺の背を遠慮なく叩く。

「親分の堅守は、鉄壁だからなァ! 禾、お前、これからも親分についてけば死なねえぞ!」

 ……親分、か。いつのまにかそう呼ばれていた。

 悪い気は、しなかった。

 

 血の匂いの残る平原で、俺は遠く信が消えていったほうの空を、しばらく見ていた。

 次に会うときは。もう少し、近い場所で会えるといい。

 そんなことを、ふと思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。