蛇甘平原のあと、俺の暮らしは少し変わった。
「田有。お前、伍じゃ収まらん。寄せ集めだが、三十ほど預ける」
あの戦で目をつけた士官が、そう言ってきたのだ。
正式な官位をもらったわけじゃない。ただ、大工あがりの俺が、三十人ほどの寄せ集めを預かる、まとめ役になった。人生……いや、第二の人生か。とにかくわからないものである。
預かったのは、三十人ほどの寄せ集めの一隊。
顔ぶれは、見事に烏合の衆だった。例の剣術馬鹿どもに、蛇甘平原で俺の備に転がり込んできた連中。馬鹿で、しぶとくて、やたら俺を慕ってくる。名工の称号のおかげか、魅力という数字が、こういうところで効いているらしい。
(人がついてくる、か。悪くない気分だな)
太閤立○伝でも、そうだった。
一人でちまちま強くなるより、人を集めて、率いて、大きなことを成す。そっちのほうが、何倍も面白い。立身出世ってのは、そういうゲームだ。
それと、あの初陣のあとも、俺は暇を見ては弓を引き続けていた。おかげで弓術のLvがひとつ上がり、ようやく合戦で使える札を、一枚覚えた。
──《火矢》──────────
・合戦札/気合2消費で、弓攻撃が1.5倍になる
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矢に火をまとわせ、敵の隊列ごと焼く一手だ。素の矢で力任せに撃つだけだった俺の手札に、ようやくまともな飛び道具が加わった。
◇
隊の連中の中でも、特に濃いのが、二人いた。
一人は、岩斗(がんと)。
剣術馬鹿どもの、筆頭格だ。城戸村で俺に延々と打ち込み続けた、あの変人たちの中でも、群を抜いて腕が立つ。背は俺ほどじゃないが、肩幅が分厚く、笑うと白い歯がやけに目立つ。
「親分! 今日も一本、頼むぜ!」
こいつは、俺をそう呼ぶ。親分、と。
いつから定着したのか、もう覚えていない。蛇甘平原のあとには、隊の連中みんなが、そう呼ぶようになっていた。隊長より、よっぽど据わりがいいらしい。
岩斗は強い。だがそれ以上に厄介なのは、強い奴と戦うのが楽しくて仕方ないという、その性根だ。放っておくと、戦場でも嬉々として敵将へ突っ込みかねない。
「いいか岩斗。お前の役目は、首を獲ることじゃない。隊のみんなを、生きて帰すことだ」
「ええ〜? つまんねえなァ」
「つまらなくていい。生きてりゃ、また仕合えるだろうが」
「……お、それもそうか! さすが親分!」
単純で、助かる。
◇
もう一人は、禾(か)。
蛇甘平原で、俺の後ろにしがみついて震えていた、痩せた若者だ。
もとは、戦とは縁のない村の出らしい。徴兵でむりやり駆り出され、初陣でいきなりあの地獄を見て、すっかり腰を抜かしていた。
正直に言えば、兵としては、いちばん頼りない。槍を構える手は、今でも時々、震えている。
だが――この禾を、俺はなぜか、放っておけなかった。
「た、隊長……いえ、親分。おれ、足手まといじゃないですか……」
「足手まといを、隊に入れるかよ。お前は目がいい」
「目、ですか?」
「ああ。怖がりってのは、よく周りが見えてるってことだ。誰がどこで危ないか、お前にはわかるだろ。それを、大声で教えろ。それがお前の役目だ」
でまかせ、ではない。
臆病は、戦場では立派な才能だ。怖いと感じる感覚は、危険を察する感覚と、地続きだから。
禾はしばらくぽかんとして、それから、ぎゅっと唇を噛んだ。
「……はい。やって、みます」
いい返事だ。
こうやって、一人ずつ。馬鹿で、しぶとくて、頼りない連中を、俺は「生きて帰る隊」に育てていく。
◇
俺の戦い方は、はっきりしている。
地味で、嫌らしくて、しぶとい。一人でも多く、味方を生かす。
堅守で隊を硬くし、罵詈雑言で敵の腰を折り、火矢で隊列を焼く。気合が切れれば、千成瓢箪で回す。派手な武功はない。だが俺の隊は戦のたびに、ちゃんと全員、生きて帰ってくる。
それを続けるうち、隊の結束は、妙に堅くなっていった。
夜営の焚き火を囲んで、岩斗が馬鹿話で笑わせ、禾がおずおずと飯をよそう。剣術馬鹿どもが、誰が一番俺の堅守を破れるかで、くだらない言い争いをしている。
……悪くない。
前世では、職場でも家でも、こんな焚き火みたいなあたたかさとは、縁がなかった。画面の中で兵を率いて天下を獲っても、画面を消せば、一人きりだった。
だがここにいるのは、本物の連中だ。体温があって、声があって、明日には死ぬかもしれない。
だからこそ――守りたい、と思う。一人も、欠けさせたくない。
◇
隊を預かってひと月ほど経ったころ。
俺たちは兵糧を運ぶ輜重隊の護衛を任された。地味な仕事だ。手柄になんか、まずならない。だが寄せ集めの新米隊に回ってくるのは、こういう役回りと相場が決まっている。
ところがその地味なはずの道中で賊が出た。
戦の混乱に乗じて兵糧を狙う野盗どもだ。食うに困った敗残兵くずれらしく、数はこっちの倍はいる。荷を守りながらの戦いとなると、面倒この上ない。
「親分! やっと暴れられるぜ!」
岩斗が嬉しそうに剣を抜く。
「待て。突っ込むな。荷車の周りから離れるな」
「ええ〜」
「『ええ〜』じゃない。守るんだよ、荷を。それと、お前ら自身を」
俺は隊を、荷車を囲む円陣に組ませた。
ここで活きるのが堅守だ。一個の「備」として円ごと硬くする。賊がどこから来ようが、円の外側はぶ厚い壁になる。
「禾! どこが手薄だ!」
「は、はいっ……! ひ、左! 左の茂みから来ます! あと……後ろの斜面にも、人が!」
禾の声が、震えながらもよく通った。
言ったとおりだ。怖がりのこいつは、誰よりも早く危険を見つける。俺は左へ罵詈雑言を浴びせて出鼻をくじき、後ろの斜面には鉄の大弓に火矢を番えて一本、牽制を撃ち込んだ。
「岩斗! 左、頼む! ただし深追いはするな!」
「おうよ! 任せとけ親分!」
岩斗が嬉々として左の賊を打ち倒す。今度はちゃんと、円の内に留まったままだ。
地味で、しぶとい戦いだ。賊どもは堅い円陣を崩せず、火矢に焼かれ、罵声に怯み、じりじりと数を減らしていった。やがて旨味がないと悟ったか、潮が引くように逃げていく。
戦いが終わって、荷車は一台も失わず、隊も一人も欠けなかった。
「……すげえ。おれ、ちゃんと役に立ちました……?」
禾が信じられないという顔で、自分の手を見ている。
「ああ。お前の目が隊を救った。胸を張れ」
禾の目に、じわりと光るものが滲んだ。
こうやって一人ずつ、臆病者が戦える男になっていく。その瞬間に立ち会えるのは、隊長のささやかな役得だ。
この一件で、俺の隊はちょっとした評判になった。
「あの大工あがりの隊は地味だが妙にしぶとい」。「何より、死人を出さねえ」。そんな噂がぽつぽつと、軍の中に広まっていく。
手柄首の数じゃ、誰の目も引かない。だが生きて帰る兵の数なら、いつか必ず、誰かが気づく。
立身出世ってのは、こういう積み重ねだ。派手な一発じゃない。地味な信頼を、ひと匙ずつ。
◇
戦と戦の合間。俺は隊を連れて、各地を移動した。
その途中、咸陽のそばを流れる大河――渭水のほとりで、足を止めた。
ゆったりと流れる、悠久の水。中華の大地を潤してきた、命の川だ。
眺めていると、ふと頭の奥で、かちりと、あの感覚がした。
──《渭水》──────────
・名所札(水)/秦・咸陽のそば
・訪れた者の、体力が少し回復する
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「……お、名所札か」
太閤立○伝の名所巡り。それがこの世界でも生きている。
もっともここは日本じゃない。富士山も、伊勢神宮もない。代わりにあるのは、この中華の山河だ。札の中身も、ちゃんとこの大地のものに、書き換わっている。
試しに、川辺で胡座をかいて、目を閉じた。瞑想だ。
すると戦で削れていた体の芯が、じんわりと癒えていくのがわかる。森で泥茶会をやっていたのとは、わけが違う。本物の名所には、本物の力がある。
(全部は集めきれんだろうが……通った先の名所くらいは、拾っておくか)
馬鹿げた話だ。戦の最中に、観光して回る隊長。
だがこの一枚一枚が、確かに俺の力になる。腐らせるには、もったいない。
◇
隊を率いるかたわら、俺自身もこつこつと数値を伸ばしていた。
戦が続けば、否応なく腕は上がる。剣を振るえば武芸が、弓を引けば弓術が、じわじわとレベルを刻んでいく。前世のゲームと同じだ。やった分だけ強くなる。この手応えがたまらない。
移動の途中で見つけた名所も、いくつか拾った。山があれば登り、古い祠があれば手を合わせる。一枚ごとの効果はささやかなものだ。だが塵も積もれば、になる。瞑想で体力を回復できる場所が増えるのは、長い戦のなかでは地味に効いてくる。
ただ一つだけ、まだ手の届かない札があった。
(青嵐……槍を持って、瞑想で覚えるんだったか)
敵をまとめて薙ぎ払う、強力な合戦技。覚え方そのものは知っている。
だがそれには、静かに気を練る時間と、然るべき場所がいる。戦に次ぐ戦の日々では、なかなか機会がない。
まあ、急ぐまい。あれはいずれ必ず手に入る。わざわざ大事な持ち込み枠を割く必要もない、その程度には自力で取れる札だ。今はただ、目の前の一戦を確実に拾っていくだけでいい。
そうやって俺は隊ごと、少しずつ強くなっていった。
◇
……ついでに、もう一つ。
俺の手札には、まだ使っていない大物が眠っている。「主人公札」だ。
誰かと深く関われば、あるいは、ひょんなコンボの拍子に――その相手の「中身」が、丸ごと見える。基本の強さも、技も、伸びしろも。戦場で、これほど物騒な手札はない。
太閤立○伝でいう、同名コンボ。同じ名を持つ者がいれば、親密にならずとも、その情報が手に入る。俺自身が、その「同名コンボ」で引き当てられて、この世界に放り込まれた身だ。皮肉な話だが。
今はまだ、田有自身の札しか持っていない。
だがいつか、誰かのそれを引き当てる日が来るだろう。味方の――あるいは、敵の。
そのとき俺は、その相手の手の内を、丸裸にできる。情報こそが、非力な俺の、最大の武器になる。
川面を、夕日が赤く染めていた。
俺はゆっくりと立ち上がり、隊のいる陣へと足を向けた。
名もなき大工あがりの、名もなき一隊。
だがこの寄せ集めが、これから先、いくつもの戦場を、俺と一緒に生き抜いていくことになる。
その第一歩は、もう、踏み出されていた。
そして名を上げる機会は、すぐにやってきた。
次の戦で俺の隊は、街道を荒らす賊の砦を一つ、任されることになる。それはこの寄せ集めが、ただの護衛隊から一個の戦力へと皮を一枚むける、そういう一戦だった。
もう、止まらない。俺は黙って槍を担ぎ、次の戦場へと足を向けた。