同名コンボで!?キングダム立志伝   作:kobu015

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第7話 馬陽、王騎出陣

 平穏は、長くは続かなかった。

 

 ある日、軍がにわかに張りつめた。

 趙が、動いた。秦と趙。中華の二強が、本気でぶつかる戦が近いという。

 兵たちが、ひそひそと噂を交わす。趙には、とんでもない化け物がいる、と。

 

「“武神”だとよ」

「自分のことを、神の生まれ変わりだとぬかす、頭のおかしい剣士だ」

「そいつに当たった将は、皆殺しにされるって話だぜ」

 

 その名を聞いた瞬間、背筋がぞくりと凍った。

 

(……龐煖)

 

 知っている。知りすぎている。

 武神・龐煖。原作で、何人もの将を血祭りにあげた、中華最強の武人の一人だ。

 そして――そいつがこれから起こる秦趙の決戦で、討ち取る相手。

 

(王騎将軍だ)

 

 六大将軍。秦の、生ける伝説。

 あの飄々とした大将軍が、この決戦で龐煖に討たれて死ぬ。原作で俺は、何度もそのページに胸を締めつけられた。何度読み返しても、結末は変わらない。漫画だから、当たり前だ。

 だが――ここは、漫画の中じゃない。

 

 漂のときと、同じだ。

 知っているのに、何もしないなんて、できるわけがない。

 

 だが相手は漂を狙った朱凶とは格が違う。

 龐煖は武神だ。俺の武力八十二なんて児戯に等しい。まともにやり合えば、間違いなく殺される。あの朱凶を剛力と抜け突きでミンチにしたこの腕でさえ、武神の前では、たぶん細い小枝も同然だろう。

 

(それでも……間に合わせたい)

 

 完全に救えるかは、わからない。

 王騎将軍を、原作通り死なせずに済むのか。仮に命を拾えても、無傷とはいくまい。あの巨体に、二度と馬上の人でいられないほどの深手が残るかもしれない。

 それでも――あの伝説の大将軍を、ここで終わらせたくない。

 

 俺は自分の手のひらを見た。

 札を回し、隊を率い、名所で力を蓄え、砦を一つ落とした。一歩ずつ積み上げてきた。

 まだ武神に届くには、遠い。遠いが――ゼロじゃない。

 

  ◇

 

 趙が、動いた。

 国境の城・馬陽へ、大軍が押し寄せてくる。秦と趙、中華の二強の本気の激突だ。

 馬陽は、国境の要衝だ。ここを抜かれれば、趙の刃が秦の深くまで届く。だから両国とも本気だった。

 平原を埋める、両軍の旗。地鳴りのような、兵馬のざわめき。蛇甘平原も大きな戦だったが、これはその比じゃない。規模が桁違いだ。空気からして重い。誰もが、これが生死を分ける大戦になると、肌で感じていた。

 

 迎え撃つ秦が、切り札を出した。

 久しく戦場を退いていた、六大将軍の生き残り――王騎将軍。その人の出陣である。

 知らせを聞いて、軍全体が沸き立った。生ける伝説が、再び馬に乗る。それだけで、兵の士気は跳ね上がる。名前だけで戦況を動かす。それが、本物の大将軍というものらしい。

 

 そして俺の隊も、その王騎軍に組み込まれた。

 

(……縁ってのは、わからんもんだな)

 

 数ある軍の中で、よりにもよって、俺は救いたい当人の旗の下に立つことになった。偶然か、それとも何かの引きか。とにかく、これで「あと」を狙う算段は、ぐっと立てやすくなる。

 

 遠目に、初めて本物の王騎将軍を見た。

 馬上の、馬鹿でかい体躯。妙な兜。口元に浮かぶ、飄々とした笑み。

 漫画で何百回と見た、あの人が、今、目の前で生きて動いている。声を上げ、采配を振り、何万もの兵を手のひらの上で転がそうとしている。

 

(……すげえ)

 

 ゲーマーとして、いや、一人の読者として、胸が震えた。

 あの王騎が、実在する。同じ空の下で、同じ風を受けて、息をしている。

 だが――その感動の裏で、胸がきりきりと痛む。

 

(この人は、この戦いで死ぬ)

 

 原作で、俺が何度も唇を噛んだ場面。

 王騎将軍はこの馬陽で、武神・龐煖に討たれる。退き際を矢で射られ、あの巨体がゆっくりと崩れ落ちる。あの最期を、俺は知っている。

 知っているからこそ――変えてやる。

 

  ◇

 

 一度、王騎将軍が馬上から陣を見回りに通りかかったことがあった。

 近くで見ると、その威容は遠目の比じゃなかった。馬も人も、とにかくでかい。まとう気配が、ほかの将とまるで違う。何万の兵がいても、その人がいる一帯だけ、空気の密度が違って感じられる。

 将軍の目が、ふと、俺の隊の上を滑った。値踏みするような、それでいて何もかも見透かすような、底の知れない目だ。

 ほんの一瞬、目が合った気がして、俺は思わず息を呑んだ。だが将軍はにやりと口の端を上げただけで、そのまま行ってしまった。

(……気のせいか。いや)

 背中に、冷たい汗が伝った。あの人は、ただ者じゃない。当たり前だ。生ける伝説なんだから。

 いつか、この人を、この手で救う。そう思うと、武者震いとも恐れともつかないものが、腹の底を駆け抜けた。

 

  ◇

 

 布陣のさなか、思わぬ顔とぶつかった。

 

「……あ? てめえ、あのときのオッサン!」

 

 黒髪の、若い隊長。小さいながら、一隊を率いている。蛇甘平原の初陣で名を上げ、もう、ただの歩兵じゃない。

 信だ。

 

「城戸村で、オレと漂をのぞき見してた怪しいオッサンだろ! 蛇甘平原にもいたな! なんなんだお前、ストーカーかよ!」

「……人聞きが悪い。たまたまだ」

 

 たまたま、で何年も見守ってきたとは言えない。我ながら、苦しい言い訳だ。

 

「ふん。まあいい。……お前、あの戦でやけにしぶとかったな。隊長やってるってことは、腕は本物か」

「お前こそ。あの無茶な突っ込み方で、よく生きてるな」

「当たり前だ! オレは、大将軍になる男だぞ!」

 

 胸を張って、堂々とそう言い切る。

 奴隷あがりの、何の後ろ盾もないガキが。馬鹿げた夢を、一片の迷いもなく口にする。

 ……ああ、まぶしいな、と思った。前世の俺には、こんなふうに迷いなく口にできる夢なんて、何一つなかったから。

 

 その瞬間だった。頭の奥で、かちり、と音が鳴った。

 

──《信》主人公札──────────

 ・基本情報:統率/知謀は今は低い。だが――

 ・特徴:伸びしろの幅が、異常。武力・統率の上限が、振り切れている

 ・天井が、見えない

────────────────────

 

(……は?)

 

 思わず声が出かけた。

 主人公札。あいつとまともに口をきいたことで――信の「中身」が、見えた。

 太閤立○伝の、同名コンボ。親密にならずとも、相手の手の内が読める。今、それが勝手に発動した。

 

 数字そのものは、まだ低い。荒削りもいいところだ。

 だがその数字の「伸びしろ」の枠が、見たこともないくらい馬鹿げて広い。普通の武将なら、上限はせいぜいここまで、という天井がある。だが信のそれは――どこまで伸びるのか、底が見えない。札が、それを表示しきれずにいる。

 

(こいつ……本物の、化け物になる器だ)

 

 原作を知っているから、ではない。

 札が、データとして突きつけてくる。この喧嘩っ早いガキは、いずれ中華を揺るがす将になる、と。

 

「なんだよ、人の顔じろじろ見やがって」

「……いや。お前は化けるなと思ってな」

「はあ? 当然だろ。今ごろ気づいたのか」

 

 信はけらけら笑って、自分の隊へ戻っていった。

 その背中を見送りながら、俺は確信する。札は嘘をつかない。こいつは、生かす価値しかない。

 ――そして、その隣に立つはずだった漂も、今、王宮で生きている。原作では二度と並べなかった二人が、別々の場所で、同じ夢へ駆け上がっている。

 ならますます、ここで終わらせるわけにはいかない。王騎将軍も、信も、誰一人。

 

  ◇

 

 その夜、俺は隊の連中を集めて、低い声で告げた。

「明日からの戦……うちの隊はたぶん、とんでもなく危ない場所に出る」

 岩斗が、にやりと笑った。

「へえ。何が出るんだ?」

「武神だ」

 その一言で、場の空気が凍った。禾の顔が、見るからに青くなる。

「ぶ、武神って……あの、将を皆殺しにするっていう……」

「ああ。まともにやり合えば、勝ち目はない。だからやり合わない。俺たちの仕事は、ある人を一人、生きて戦場から運び出すことだ。それだけだ」

 誰も、何も言わなかった。だが誰も、嫌だとも言わなかった。

 ……まったく。物好きな連中だ。こんな割に合わない隊長に、よくついてくる。だからこそ、一人も死なせるわけにはいかない。武神が相手でも、だ。

 

  ◇

 

 夜。陣の隅で、俺は一人、考え込んでいた。

 

 明日からの戦の流れを、原作の記憶からたぐる。

 王騎将軍は趙軍の総大将・趙荘を罠にかけ、追い詰める。秦の勝ち戦に見える。だがそこへ、武神・龐煖が現れる。王騎との、一騎打ち。死闘の末、王騎は深手を負わされ――退却の途上、趙軍の矢を浴びて、力尽きる。

 

(止めは、矢だ)

 

 龐煖との一騎打ちそのものに、俺が割って入るのは無理だ。武神と将軍の、人外同士の戦い。俺なんかが踏み込めば、瞬きの間に挽き肉になる。

 だが――その「あと」なら。

 深手を負った王騎将軍に止めを刺す、あの矢の雨。あそこでなら、俺の出る幕がある。

 

 堅守で、矢を防ぐ。鉄壁で、自分を守る。怪力で、あの巨体を引きずってでも、戦場から退かせる。

 完全に無傷で、とはいくまい。将軍はきっと、戦場には二度と戻れない体になる。

 それでも――命さえ、繋げれば。

 

(漂のときと、同じだ)

 

 俺は自分の手のひらを、じっと見つめた。

 怖い。正直、武神を思い出すだけで、足の先が冷たくなる。あの朱凶でさえ、命がけだったのだ。武神なんて、どれほどの化け物か、想像もつかない。

 だがやる。武神には勝てない。勝つ必要も、ない。

 ただ結末を、ほんの少しだけ――ずらす。

 頼りになるのは、堅守と、鉄壁と、この馬鹿げた怪力。それと、千成瓢箪で回す気合だ。

 派手な必殺技なんてない。武神を斬る一撃なんて、夢のまた夢だ。だが守ることならできる。耐えることならできる。ほんの一瞬、致命の一手を、この身で受け止める。

 思えば俺はそのためだけに、ここまで地味に強くなってきたのかもしれない。

 

(待ってろよ、王騎将軍)

 

 近づいてくる、決戦の朝。

 二度目の原作崩壊が、もう、すぐそこまで来ていた。

 

 東の空が、白み始めていた。

 俺は槍の柄を握り直し、ゆっくりと立ち上がった。武神の待つ戦場へ。生ける伝説を、救うために。

 やってやる。今度こそ、この手で。誰にも気づかれないまま、結末を、ずらしてやる。

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