メカメカ廻戦〜もう役立たずなんて言わせない〜 作:ポケットの中の四次元
逃げ出したことを後悔している幸吉だったが、そんなことお構いなしに時は流れていく。未曾有の呪術テロ・渋谷事変が終わり、死滅回游が始まった。
贖罪のために人助けをしようと、幸吉は大阪コロニーに向った。そこで復活した偉大な科学者アインシュタインと共闘し、お祭りの術式を使う折口に勝利した。
そして、幸吉は東京呪術高専が攻撃を受けようとしていることを知るのだが、幸吉の体は動かない。それには秘密があるらしい。
真人との戦いから逃げ出し、大阪コロニーに向かうまでの間に幸吉に何が起こったのか。
幸吉が操る傀儡のカメラが壁にかけられたカレンダーを映す。
11月1日。
言葉が出なかった。
遅かった。
もう渋谷事変は終わってしまっていた。
幸吉が疲れ果てて寝ている間、あるいは傀儡を製作している間に渋谷事変は終わってしまっていたのだ。
夏油達が企てていた渋谷事変を止めることはできなかったのだ。
東京呪術高専全体に漂う神妙な雰囲気は渋谷事変の影響と考えると辻褄が合う。
だが、幸吉は希望を捨て切ってはいなかった。
きっと渋谷事変が起こっていたとしても、五条悟が上手く解決してくれているはずだ。だって五条が負けるはずないじゃないか。わざわざ情報を伝えるなんてしなくたって大丈夫だったんだ。
絶対にそうだ。そうに違いない。
人は不安な時こそ、根拠のない妄想を信じようとする。
肌で感じる嫌な予感。それを掻き消そうと必死になって、明るい想像する。
五条悟でも乙骨でも誰でもいい。渋谷事変を解決していてくれ!
信じられない現実から目をできるだけ逸らすために、心が壊れないように、必死に何かに願う。
だが、高専内部を巡回していく内に、希望は解体されて、徐々に絶望が建築されていく。
事実は徐々に明らかになっていった。
夏油による渋谷でのテロ・渋谷事変は本当に起こっていた。渋谷の半径数キロが壊滅した。
それだけに留まらず、夏油傑、改め羂索が非術師を巻き込み死滅回游というゲームを開催して、そちらの被害も尋常ではないらしい。
そして、何より渋谷事変では招集された術師のほとんどが帰らなかったそうだ。
京都校の生徒は大半が生死不明状態だった。何処かで生きているかもしれないと、淡い期待を一瞬したが、渋谷は一面焼け野原である。どこかに隠れて生きているなんて不可能だろう。
頭がクラクラしてくる。焦点が合わなくなっていく。
幸吉が夢みた京都校のみんなとの生活がボロボロと崩壊していく。
「クソッ。」
全身に痒さを感じる。行き場のない怒り。唇を噛むが、気が収まらない。
追い討ちをかけるように、ある事実が幸吉の胸を刺した。
夏油達が”
今も幸吉の命があるのはこの煙のおかげだと言っても過言ではない。咄嗟に使用した
幸吉が真人から逃げた後、夏油達が装甲傀儡究極メカ丸試作0号の中を漁ったのだろう。容易に想像できる。
実は”
術師の任務は死と隣り合わせである。常に死を意識する仕事だ。
にも関わらず、呪術界は慢性的な人手不足で十分な安全マージンを取って運営されていなかった。実力と同じか、あるいはそれ以上の任務もこなさなければならないのが現状だった。
そんな現状では当然、事故が起こる。調子が悪かった、想定よりも呪霊が強かったなど。
このような場面で使うために幸吉が開発したのが、
嘱託式のように、呪力を流すだけで発動することができた。起動すると、煙幕のようなものを辺りに撒き散らすようになっている。そして、煙幕の中には対呪い成分が含まれていて、呪いそのものである呪霊の動きが鈍くなる。術師も呪力が練れなくなるというデメリットはあるが、呪霊の弱体化よりはまだマシなのである。呪術師は走って逃げれば良いのである。
幸吉が真人と戦った時、
この行動が功を奏し、幸吉は真人から逃げ切ることができた。
だが、幸吉の命を救ったはずの
自らの技術、兵器が奪われて利用され、多くの仲間と非術師が死んだ。
幸吉の体はプルプルと震えてくる。
もし開発していなかったら、もし逃げなかったら、どうなっていただろうか。どうしてこうも上手くいかないんだ。俺が助かったせいで仲間がやられるなんて。
訳が分からない。どうしてこうなってしまった。
気が動転した幸吉は傀儡の操作を投げ出して、小屋の壁に拳をぶつける。
自責の思いが胸を八つ裂きにする。
喉が枯れるほど叫ぶ。
穴が開くほど壁を殴る。
涙が枯れて頭が痛い。
吐き気はするが、空腹の腹からは胃酸しか出てこなかった。
「オレはみんなを...オ、オレが殺したんだ...東堂も。真衣も。先生も。そして...三輪も...」
小さな小屋には慰めてくれる人はいない。
数日寝込んだ幸吉は償いを求めた。
高専から
渋谷事変で多くの術師が死亡し、死滅回游への対応が後手に回っていたのだ。
仕入れた情報によると、大阪コロニーは人手が足りないらしい。幸吉は大阪コロニーに向かった。
*
幸吉は語り終えた。喉の水分がなくなったので、水が欲しいと思った。
乾いた口と早まる鼓動が不快だった。
警報が鳴ったとき、幸吉は心の中に封印していた”行かなければ”という気持ちに気付いてしまった。生き残った呪術師に対して、ちゃんと自分の犯した罪を説明するべきだったのだ。自分が開発した兵器を奪われ使われた。自分が使用した訳ではないが、それは自分の責任であると。
それが怖くて、何かを言われるのが怖くて、しなければならないことを心の奥底に封印して見ないようにしていた。
人助けだって、現実逃避のための言い訳に過ぎないのではないか?と今では思う。呪術師が不足している今、死滅回游での人助けは無駄でなかったはずだ。だが、自分を守るため、現実から逃げるために思えて、恥ずかしい。
そんな行動では渋谷で助けられなかった人への償いになるはずがないのに。
幸吉が過去を長々と話した後、アインはしばらく黙り込んでいた。それは幸吉の言葉をゆっくりと体に染み込ませているように見えた。
「わしにも、罪があった。お前さんも知っておるだろう。原子力爆弾だ。わしが落としたわけでも、作ったわけでもない。だが、わしが基礎的な理論を発見しなければ、原子力爆弾は作られなかったのじゃ。多くの人はこう言うのだ。「そんなふうにお前が落ち込むなんて、自惚だ。お前が発見しなければ、誰かが発見していた。お前のせいではない。」と。じゃが、わしは自分の責任であると考えておる。」
アインがやっと口を開いた。
*
わしは幼い頃、人と話すのが苦手じゃった。天与呪縛”
じゃが、ある時を境に人と話せるようになったのじゃ。人と話す時にある工夫をするようになったからだじゃ。
わしは”
わしはこれなら人と関われると思った。後に知ったのじゃが、それは研究という行為に該当するらしかった。
それからわしは研究に没頭した。良い思い出のない能力だったが、人と繋がれて、基礎研究だから世の中の役に立つとまでは言わんが、それなりに良い成果を残せたと思っておる。お前さんも知っているような「光量子仮説」とか「相対性理論」を発表したのもこの時期じゃ。
この世の理を次から次へと説明することができて、周りからの認められて、賞賛を受けた。それは輝いた日々じゃった。
じゃが、そんな日々も長くは続かなかった。
その出来事が起こったのは、わしがアメリカに移住した頃だった。二度目の世界大戦の終盤だったかの。
ある日の朝、わしはいつものようにポストに新聞を取りに出たのじゃ。いつだって重要な知らせは急に押し寄せてくるものじゃ。
新聞を開くと、わしは落胆した。
8月6日、日本の広島に原子力爆弾が落とされたのじゃ。
オッペンハイマーなど名だたる物理学者達が秘密裏に開発しているのは知ってはいたが、本当に完成し、それを人に向けて使うなど考えにも及ばなかった。
わしは多くの人の命を奪ったと思った。わしが発見した基礎理論の先に原子力爆弾はあったのじゃ。
その日は一日中、何も考えられなかった。何をしても気持ちが晴れない。誰かに恨まれているような感覚があったのじゃ。
わしにとって研究は自分と世界を繋ぐ架け橋じゃった。誰にも理解されなかった少年、見えているものが他人と違いすぎる少年、万物の構造を理解することができた少年が世界と繋がる唯一の方法じゃった。
人と繋がっている時間はかけがえのない時間じゃった。
じゃが、その充実した時間が地球の裏側で人を殺めたのじゃ。
お前は悪くない、お前がやらなくても誰かが見つけていた、様々なことを言われた。
そのどれも確かに理解できるものじゃった。
じゃが、これはわしの罪じゃ。背負って生きて行かなくてはならないそう思ったのじゃ。
それからわしは平和への活動に力を入れるようになった。
たとえ償いないとしても、やるべきなのじゃ。やると決めたのじゃ。
*
「わしが継ぎ接ぎの日本人と契約し、未来の日本へやってきたのも、わしなりの責任の取り方じゃ。未来の世界がどうなっておるのか、あわよくば未来で役に立ちたいと思ってな。」
アインが喋り終えた時、二人が座っていたマッサージチェアはいつの間にか止まっていた。
ビックカメラ全体に静寂が広がる。
「お主も、後悔しておるなら自分なりに責任の取るのじゃ。辞めることや何もしないことで責任を取った気になるな。」
あの日から、渋谷で起こったことを知った日から、幸吉の心の中に黒い雲が立ち込めていた。何をしてもパッとしない。美味しいものを食ってみても、風呂に入ってみても心は晴れなかった。
だけど、今は違った黒い雲の隙間から一筋の光が差し込んできた。やっと、進むべき道が見えた。
姉妹校交流試合でパンダと話して、希望が見つかった時と同じような感覚だった。あの時も体の錆が一気に落ちるような感覚だった。
今なら進める。前へ。
俺は俺なりの責任を取る。他人にどう思われようと、裁かれようと関係ない。信じた道を突き進むしかない。
「アイン、ありがとう。俺、やって見るよ。」
幸吉は立ち上がった。アインは皺くちゃな顔をさらに皺くちゃにして、ニッコリと笑った。