メカメカ廻戦〜もう役立たずなんて言わせない〜 作:ポケットの中の四次元
九十九由基のブラックホールが起こした爆発は凄まじく、大きなクレーターを作り出した。
辺りは一瞬にして荒野へと姿を変えた。東京呪術高専との交流試合で使用されたあの懐かしい森も消えてしまった。
幸吉は開いた口が塞がらなかった。目の前で起こったことに頭が追い付かなかった。
九十九が道玄に近づくのを援護したことは覚えている。が、そこからのブラックホールと爆発はコマ送りのように一瞬で永遠にも思える時間だった。
九十九までもいなくなってしまった。目の前で人が死んでゆくのを見るは初めてだった。しかも、それは自爆だった。心にくるものがある。
幸吉と九十九は特段関係があるわけではなかった。彼女を師として仰ぐ東堂から話を聞く程度の認識であった。東堂から聞いた話でも、外国を回って呪術の世界の未来を考えている人というざっくりとしたイメージしかもてなかった。
だが、一瞬だけではあったものの、幸吉は九十九と共に戦った。それはまさに生死をかけた戦いで、日本という国の存亡をかけた戦いでもあった。その戦いで彼らは互いに背中を預け合った。戦いは一瞬だった。時間としてみれば、短いものではあったが、濃密過ぎる時間でもあった。戦いの中の数分で信頼関係と呼べるような関係は構築できたと今では思う。
確かに九十九の戦いに対する圧倒的なセンスがそうさせたといえば、嘘になるかもしれないが、幸吉はそこに確かに固い絆を感じていた。東京校との交流戦で東堂と虎杖が互いに兄弟と呼ぶような関係になったように。
だからこそ、そんな人だっただけに、九十九を亡くした後悔は胸に刺さる。京都校のメンバーが帰らぬ人となった事実を知った時とは違った後悔が幸吉を襲っていた。
今回は力不足を痛感した。もっと力があればこんなふうにはならなかったのではないか。
そんなことを考えていると、空から聞き馴染んだ声が聞こえた。
「メカ丸?メカ丸か!」
どこかで聞いたことがある声だ。だが、久しく聞いていない。誰だ?
メカ丸Mark-3は顔を上げる。
そこにいたのは箒に乗った魔女だった。
「西宮!生きていたのか。」
恐らく偵察が得意な西宮は戦闘には参加していなかったのだろう。
「うるうせえ。私は死なないよ。それより、あの爆発は?」
「九十九さんだ。自爆した。」
「そんな...」
「だけど、そのおかげであいつは、渋谷の呪霊は...」
そう言いかけた所で、九十九が作り出したクレーターの真ん中の地面がゴソッと動くのを確認した。
「まさか。そんなはずはない。」
信じられない。宇宙の神秘とでもいうべき圧縮の力を食らって、生きていられるはずがない。高専に半径数十メートルのクレータを作る程の質量が圧縮されたんだぞ。
だが、生きているものは生きているのだ。渋谷の呪霊・道玄が立ち上がる。服はボロボロになっていたが、不吉な笑みは浮かべていた。絶望的である。まだ羂索は生きているというのに。
生き残った唯一の特級術師であった九十九由基が死力を尽くして戦ったのに倒せない相手だ。幸吉に倒せるというのか。打つ手はあるのか。
幸吉はあの時を思い出していた。人里離れたダムで真人と戦ったのことを。倒したと思った敵が生きていた絶望感を。逃げ出した屈辱感を。
ーーー俺はまた逃げ出すのだろうか....
渋谷の呪霊・道玄は規則性のない千鳥足でこちらに歩いてきて、ニシャリと笑った。
「あの爆発は刺激的だったわ。」道玄は続ける。「彼女の中の渋谷を感じたわ。物凄いエネルギーだった。だけど、もう逝ってしまったのね。」
渋谷の呪霊・
荒野となった高専の跡地に風が吹きつける。風を遮るような木々はもうなくなってしまったのだ。11月の刺すような風がさらに絶望感を演出する。
「貴方達、渋谷って知ってる?」真っ赤な口紅で塗られた唇が動く。
「え?」
不意な質問に困惑する。意図が読めない。何をしようとしている。
「ふふふ。この前めちゃくちゃになったの。知ってるでしょ?あたしが聞きたのはね。つまり、誰のせいのでそうなっちゃっと思うの?ってこと。」
道玄は目を細める。吸い込まれそうな瞳だった。何かを訴えるようにも見える。
その一直線な視線に幸吉は動揺する。
「お、お前達が暴れたからだろう?」
図星を突かれて、虚勢張った。
「この後に及んで人の所為にするの。人間は哀れね。本当の渋谷事変はここまでの被害にならなかった。君の兵器が使用されなければね。あたしはね。渋谷の呪霊なんだよ。渋谷で死んだ人の怨霊が私の中に生きているんだ。」畳みかけるように言葉が連なる。「私の中の怨霊がね。復讐を従っているの。私の夢を返せ。私の命を返せ。ってね。」
スッと両手を開き、印を結んで詠唱した。
「領域展開・
*
視界がある一点を目がけて凝縮し、真っ暗になる。暗さを実感したと同時に視界が開けてくる。そこは今はなき、渋谷・ハチ公前だった。
渋谷は若者達で賑わっていた。ハチ公前の広場には駅から人が雪崩のように流れ込んでくる。流れはスクランブル交差点で広がり、渋谷という街に人が充満していく。
人々は皆、仮装をしていた。黒のシルクハットに黒のマントを身につけたドラキュラ、青いシャツに黒いミニスカートで手には手錠をつけたポリス、赤い絵の具を垂らした白いTシャツと身体中に傷の特殊メイクを施したゾンビ、あの有名な漫画のキャラクター。キャラクターの大混雑だった。
その光景を見て、幸吉と西宮は察する。渋谷のハロウィンだ。
渋谷を象徴するイベントハロウィン。数日前、羂索が呪術テロ・渋谷事変を起こしたのもその日だった。その渋谷事変では多くの呪霊が暴れ、幸吉が開発した”
ん?何故ここにいるのだろうか。幸吉はふと疑問が浮かぶ。確か、渋谷の呪霊・道玄が領域展開を発動して、気が付いたらここにいた。待てよ。ここは領域の中なのか。
「もしかして、メカ丸か?」
「見ればわかるだろ。って、あれ?」
西宮の目にはメカ丸Mark.3の姿ではなく、”幸吉”が写っていた。道玄の領域展開は精神だけが取り込まれるタイプの領域なのかもしれない。
「ぷっ。お前ってそんな顔してたんだな。なかなかイケてるじゃねーか。これは三輪もほっとかないわけだ。」
西宮は悪戯そうな笑みで言ったが、何かに気づいて暗い顔になる。
「三輪....」
「ああ、すまん。」
「....」
突如として訪れてしまった渋谷?を二人はなんとなく歩いていく。
そうしているうちに気付いたことがあった。目の前にいる人間を通り透けているということだ。ホログラムのように立体的に視覚できるのに実体に触れることはできないのだ。そして、向こう側からはこちらは見えていない。幸吉と西宮の体を何事もないように通り過ぎていく。いざ体験してみるとなかなかむず痒いものだった。
スクランブル交差点を抜けて、大盛堂書店を通り、センター街へ進んでいく。周囲は騒がしいのに二人は無言だった。
渋谷のハロウィンが心を貪っていく感じがしたのだ。否が応でも思い出してしまう辛い記憶。
「これってやっぱりあれか?あの日の渋谷なのかな。」
ABCマートを超えたくらいで西宮が口を開く。
「さあ?どうだろう。ただ、あいつの領域の中ってことは確かだろう。俺の相棒のサポート式神AIのsukimaと連絡が取れない。」
「やっぱり領域だよね。でも、すぐに必殺の効果がくるタイプの領域展開じゃなくて助かった。」
「簡易領域を使ってみたが、大して変わりはなかった。ひとまず安全だろう。」
「だけどさ。」西宮が言いにそうに口を開く。「私だけかもしれないんだけど、精神的に辛いな。この領域。」
「ああ。俺もだ。」
話はそれで終わり、再び二人は無言で歩き始めた。積もる話があるはずだが、今の渋谷の空気感と懺悔の気持ちが重力のように言葉を地面に落下させる。
すると、空から黒い幕のようなものが降りてきた。半径は大体400メートルくらいだ。
「もしかして、あれって、帷?」
視界が凝縮していく。辺りの景色がごちゃ混ぜになっていく。ラーメン屋、居酒屋、靴屋、ケバブ屋、ハンバーガーショップ、そして、多くの若者。ぐるぐると周り、目の前がブラックアウトしていく。
*
気がつくと、目の前の景色がガラリと変わっていた。東京メトロ渋谷駅・地下5階の副都心線のホームだった。