ミカとエメトセルク   作:へんどり

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 そんな夜が明けて、朝。

 ナギサはいつもの執務室でミカを待っていた。ナギサはすでにカリキュラムを終えているため、授業を受ける必要はない。そうでなければ、如何にナギサの事務能力が高くとも生徒会長3人分の作業をこなす時間はなかっただろう。

 

 ナギサはスマホを見た。

 

 (……やはり、ミカさんから連絡はきていませんか)

 (セイアさんからの情報について確認したかったのですが)

 

 あの後、ミカからの連絡は来ていない。いつもならアリウス側に接触した後はすぐに何かしらの連絡が来る。何を話したかとか、アリウスの状況とかについてであったり、特に報告すべきことがなかった時には世間話のような内容のこともある。

 

 それでなくとも、ミカとは友人だ。普通に連絡のやり取りくらいする。そちらは、毎日のような高頻度ではないが。

 

 ナギサは沈黙したままのモモトークから窓の外に目をやった。

 まだ、雨が降り続いている。

 昨日のような土砂降りではないが、しとしとと地面を濡らしている。

 

 ナギサはそれをしばらく見つめた後、再びスマホを手に取った。

 

 (こちらからアクションしてみましょう)

 

 昨日の朝から何も更新がないミカとのトークルームを開き、メッセージを書き始めた。

 

『ミカさん』

『あの後から連絡がありませんが、』

『大丈夫ですか?』

『そちらの雨も酷かったと思います』

『水害に巻き込まれていないか心配です』

 

 連絡を催促する言葉を選ばなかったのは、トリニティ流の会話だから……というわけではない。ナギサの本心は心配のほうにあるからだ。

 少なくとも、今はまだ。

 

 ナギサはふう、とため息をついた。

 

 (昨日の夜、セイアさんときちんと話ができたら良かったのですが、)

 (ビジョンだけ伝えてきて、消えてしまいましたね……)

 (とても消耗している様子だったので責めるつもりはありませんが……)

 

 昏睡状態にあるセイアはともかく、ミカとも連絡がつかないとは。

 

 すぐに登校してくるはず。

 もしかしたら、昨日は帰りが遅くなって寝坊してしまったのかも。

 スマホの充電が切れてしまったとか。

 あるいは……本当に——

 

 眉根を寄せていたナギサは、小さく深呼吸をして思考を遮った。控えていた生徒に合図をして、紅茶を要求した。まだ朝だ、という思いもあり、テラスを利用するのは控えた。

 

 (よくないですね)

 (……一息入れましょう)

 

 紅茶を待つ間、ナギサは手持ち無沙汰にミカとのトークルームを遡った。アリウスとの連絡の報告が多いが、街で見かけた服やアクセサリー、化粧品などについての投稿もある。何かのゲームのスクリーンショットも。

 

 ふと、オーパーツ倉庫についての話が目についた。鍵が壊れていたらしい。修理の手配はしてある。修理されるまでは無施錠だが……何に使えるのか分からないガラクタをわざわざ盗んでいく者はいないだろう。市場での価格も時々は確認しているから急に高騰したということもない。

 

 (中で何をしたのでしょうか)

 

 モモトークには具体的なことはなにも書かれていない。ミカが物品の整理や確認をするような性格ではないことは、ナギサもよく知っている。

 

 (そういえば、以前古書館の方にも行っていましたね)

 

 アリウスとの内通を打ち明けてきて少したった頃だったはずだ。ミカはオーパーツの神秘に触れて気分が高まるような性格ではないし、最近の会話やメッセージのやり取りからもそんな様子はない。

 

 そのとき、音を立てずにティーセットが置かれた。お待たせしました、と言う生徒にナギサはにこりと微笑んでありがとうと返し、慣れた手つきで一杯分の紅茶をカップに注いだ。ふわりと漂う紅茶の香り。朝だからか、やや濃いめに抽出されているようだ。ミルクも添えられている。黄金というよりもすこし褐色に見える液体は、まさに紅茶の呼び名にふさわしい赤色に見えた。

 揺れる液面を眺めながら、ナギサは思った。

 

 (倉庫に行ってみましょう)

 

 昨日の雨もあり、被害状況の報告など急ぎの書類がいくつかあるから、それを済ませなくてならない。だからすぐにというわけにはいかないが……、それほど時間はかからないだろう。

 

 それに、それまでにミカからの返信もくるかもしれない。そうなれば一安心だ。

 心配はない。……ない、はずだ。

 

 

 

 ここはティーパーティーの所有するオーパーツ倉庫の前。結局ミカからの連絡はなく、数人の護衛の生徒を伴ってナギサはここに来ていた。執務室のある建屋とは異なるし、雨もまだ降っているので、みんなで傘を差しつつドアの前に集まった。小さな倉庫らしく、ひさしの部分はないので、護衛の1人が傘を高く掲げているうちにナギサが扉を開く形となった。

 ドアノブを捻れば、ミカの報告通り抵抗なく開いた。本当に鍵が壊れているらしい。

 

 埃っぽい空気を予想してハンカチを口元に当てていたナギサだったが、意外にも中は清掃されていた。隅々までピカピカ、という感じではないものの、立場上清潔な環境に慣れているナギサでも、普段使用されていない倉庫であることを考慮すれば、十分清潔だと言える程度には綺麗だった。

 

 しかしそれは別な理由で清潔さなど気にならないだけかもしれなかった。

 

「なんでしょう、この感じ……?」

「ナギサ様も感じますか?」

「では、あなたも?」

 

 倉庫に入った瞬間に感じた強烈な不快感に、その場にいた全員が困惑していた。ナギサと護衛の生徒は顔を見合わせ、一度倉庫から出た。

 

「……何が起こっているのか、調べましょう。あなたは私と中へ、あなたはもう少し人員を呼んできてください。あなたはここで待機して、20分経っても私たちが出てこなければ合流した全員で倉庫に突入してください」

 

 ナギサはその場にいた生徒に順に指示を出し、生徒たちは素早く動いた。ナギサと共に倉庫へ入る生徒は銃弾を装填して、安全装置を外した。1人は追加の護衛を呼ぶべく装備していたイヤホンマイクから何かの連絡をしながら、小走りで校舎へ戻り、残った生徒は周囲の警戒を始めた。

 

 ナギサは再び倉庫の扉を開けて、中へ入った。途端にまとわりつくような不快感が襲ってくる。いやな臭いがするとか、湿度がおかしいわけではない。もっと精神的なもののような気がした。

 

「気分が悪くなったら、すぐに外へ出ましょう」

「わかりました。ナギサ様の方がお辛そうですが、大丈夫ですか?」

 

 言われて、ナギサがその生徒の方を見た。確かに不快を感じているようだが、ほとんど顔に出ていなかった。ナギサは自分を恥じた。

 

 (このくらいは、耐えられるべきですか……)

 

 ここで感じる不快感が人によって異なるなどと、思いもよらなかった。

 

 

 物が多い……、というよりは倉庫の狭さのせいで物が溢れているため、通路はかなり狭いのだが、ミカによって整理されたのだろう、人1人が注意して歩く分には問題なかった。

 

「ミカ様が整理していてくれて助かりますね」

「ええ。と言っても、私は整理される前を見たことがないのですが……。あなたは以前ここに入ったことが?」

「あー、その……。年度末の資材確認で。ただオーパーツ一つ一つの数まではチェックしていなくてですね……」

 

 護衛の生徒はばつが悪そうな顔をした。取り出すことのない物だから、在庫に加算した数を報告していたのだろう。オーパーツは用途が分からないガラクタではあるものの、伝統的にトリニティおよびティーパーティーの財産として収集・保管されているものである。本来なら、一つ一つの数をきちんとカウントして、過不足なく記載されなければならない。

 しかし、いつからか分からないほど昔から倉庫も満杯で、取り出すこともない用途の分からないものは、だんだんと手を抜いた管理が日常的に行われてしまっているようだった。予算や人員に限りがある中で、仕方のないことである、とナギサは考えた。

 

「……不要な業務は無くさなければなりませんね。あるいは、倉庫をもう少し大きくするか。戻ったら検討しましょう。以前入ったことのある者として、他に何か気になることはありませんか?」

 

 いくつもある棚のうちの一つを見ながら、護衛の生徒が首を傾げた。

 

「……そういえば、エーテルを見かけないですね」

「エーテル?」

「青のような紫のような色をした粉末が小瓶に入ったものです。粉末以外に、もう少し大きい結晶もあったと思いますが……」

 

 護衛の生徒とナギサは周囲をかるく見渡した。確かに今言われたような粉末や結晶はない。

 

「……ふむ」

 

 見れば、他の物は、歯車や円盤、書物などが箱にまとめられている。これらは同じ系統のオーパーツということだろう。

 

「そもそも、箱がなさそうですね」

 

 護衛の生徒の言葉に、ナギサは少し首を動かして同意した。エーテルだけ、箱に整理されていない。"エーテルが入っていた箱"がないのだ。それはつまり……。

 

「ミカさんが整理するよりも前に、エーテルを持ち出した何者かがいる、というわけですか。ここの鍵が破壊されていたのも、そのときでしょうね」

「しかし、なぜでしょうか。オーパーツの使い途は分かっていないのに……」

 

 2人でうーん、と唸る。答えは出ない。

 

「一度、出ましょう。決めた時間よりは少し早いですが、気分が悪くなってきましたし、頭を使うだけなら、外の方が都合が良いでしょうから」

「分かりました」

 

 倉庫に扉は一つしかない。自然、鍵の破壊された扉に向かうことになる。護衛の生徒が扉を開けようとしてドアノブに手をかけたところで、ふと気付いた。

 

「これ、内側から壊されてませんか?」

 

 サムターンをスルスルと回す生徒。ナギサはその様子を見て首を傾げた。

 

「分かるものなのですか?」

「うーん、確実とは言えないんですが……。このサムターンのつまみのところ、ちょっと歪んでいるように思うんですよ」

 

 護衛の生徒が少し身を引いて、ナギサがサムターンに触れてみる。確かに、本来、施錠と開錠で水平と垂直を行き来するはずのつまみがクルクルと回る中で、少し斜めのところで引っかかる。おそらく通常の停止位置だろう。

 

「昔自分の家で鍵が壊れたことがあるんですが、サムターンが空回りするときは、取り付けが緩んでるか内部が壊れてるって聞いたんですよ。今回は取り付けは緩んでないので、内部を壊したのかなと思いまして。それで、つまみが歪んでるから、ここを無理矢理回したら内部も壊れるだろうな……って」

 

 聞いた途端、ナギサの脳裡には1人の生徒が浮かんでいた。

 

 力づくで。

 サムターンを回して。

 鍵を壊す。

 

 (まさか)

 

 彼女は、ナギサのよく知る人物だった。彼女とは幼馴染みだ。彼女はよく物を壊す。力も、相当強いほうだ。

 

 ナギサの明晰な頭脳は、聖園ミカならその方法で鍵を破壊することは可能だろう、と瞬時に結論付けた。

 

 そう考え始めると、この不快感もどこか気の置けない雰囲気を帯びている気がしてきた。

 

 (いえ、)

 (証拠がありません)

 (結論には早すぎます……)

 

 そう考えながらも、ナギサはオーパーツについて尋ねてきていたミカを思い出していた。古書館の古関ウイを紹介したのだった。

 そういえば、あの後珍しくミカが書類仕事をしていた。ナギサはトリニティの生徒会長として、トリニティで扱われるすべての書類に目を通す権利がある。その書類はミカによってすでに承認済みだったが、興味本意で覗いたのだ。

 たしか、資産関係の書類で、内容は、

 

 (『オーパーツの破損に伴う、補償について』)

 

 ナギサは全身に鳥肌が立つの感じた。

 破損したというのがもし、エーテルだったら? ミカはエーテルの利用法を見つけているのでは? それを元に、アリウスと協力しようとしている? むしろアリウスからエーテルの利用法を手に入れたとか?

 ミカはまさか、本当に————

 

 「ナギサ様?」

 

 顔面蒼白になり、冷や汗まで流し始めたナギサを、護衛の生徒は心配そうに見た。様子の変化に気づき、鍵を触るのをやめて、すぐに扉を開いた。

 

 外はまだ雨が降っていたが、倉庫の中に比べれば格段に明るく、不快感からも解放された。

 体調の悪そうなナギサを見て、周囲で待機していた生徒のうち数人が集まってきた。

 中の様子と状況について、ナギサについて中に入った生徒と外にいた生徒が話し始めたが、ナギサの耳には入っていなかった。

 

 「そんなわけ、ありません……」

 

 ナギサのつぶやきはとても小さく、誰にも聞かれていなかった。もはや、ミカが裏切っていない証拠はない。いや、元々なかったのだ。あの時、テラスでミカの涙に絆されただけだったのだ。友人というだけで、ミカを信じてはいけなかったのだ。

 ナギサは、自らの理屈っぽい部分がそう詰めてくるのを、自ら感情の部分で必死に堪えていた。まだ決定的なことが分かったわけではない。何か考えがあってのことに違いない。

 それに、まだミカを信じていたい。

 ナギサは力無く倒れかけて近くの生徒に支えられ、すぐに医務室に運ばれることとなった。

 




すみません。なかなか筆が進まず、遅くなりました。
エタらないように頑張ります。
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