ミカとエメトセルク   作:へんどり

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 セーフハウスの中は意外にも広く、先生、補習授業部、そしてミカの6人が入っても十分な広さがあった。扉を開けてすぐに居室なのは、ミカにとってはやや不満な作りではあったし、防衛上も好ましくはないと思ったが、使うのはナギサだし、と思い直した。

 そのナギサは、どかどかと乗り込んできた客を無視して何か書類を書いている。

 ナギサの他に生徒が3人おり、2人はローレディに銃を構えてこちらを警戒しており、もう1人はヘッドセットをつけて別のデスクのPCを操作している。通信か何かしているのだろう。

 

「少々お待ちください。コレだけ仕上げますので……。そちらにガンラックがありますから、ぜひお使いください」

 

 ミカは黙って従ったが、補習授業部はそうは行かなかった。ハナコがすぐさま反論した。

 

「そちらの方にもお伝えしてはいかがですか? もちろん私たちはナギサさんを信頼しておりますが、(それ)がなければお互いもっと安心できると思いませんか?」

 

 ナギサは答えない。その様子を見て、先生が口を挟んだ。

 

 "申し訳ないけど、私のためだと思って折れてくれないかな、ナギサ"

 

 ナギサは答えない。しかし、護衛の生徒は明らかに動揺しているようだった。

 先生は銃弾の一発が致命傷になりうる。

 みんな人殺しにはなりたくない。

 ナギサは書類を書き終え、いくつかの束とまとめて封筒に入れた。そして、護衛の生徒をチラリと見て、ふう、と小さくため息をつき、手を振って合図をした。

 護衛の生徒たちが銃に安全装置をかけ、ガンラックに向かったのを見て、先生が答えた。

 

 "ありがとう、ナギサ。さあ、みんなも"

 

 先生に従うように、全員が武装を解除した。

 それを待って、ミカが口を開いた。

 

「じゃあ、改めて。来たよ、ナギちゃん」

 

 ナギサは一瞬だけ眉をぴくりと動かし、しかしすぐに感情をあまり出さないいつもの微笑みに戻して、答えた。

 

「ええ。歓迎しますよ、ミカさん。そして、補習授業部の皆さんも」

「『歓迎』どうもありがとうございます、ナギサさん」

 

 冷たい微笑みに皮肉で返したのはハナコだ。それきり2人は口を閉ざし、笑顔で睨み合っていた。

 

「"な、仲良くね……"」

「あー……とりあえず、私から話すよ。補習授業部のみんなにはさっき説明した通りだけど……。あと、ナギちゃんには後で報告書も書くから。その方がいいでしょ?」

 

 

 先生の仲裁をこれ幸いと、対立する2人の間に立つように移動したミカが口を開いた。アリウス自治区で起こったことを説明するためだった。

 

「"あ、その前に、トリニティの被害状況について教えてくれないかな。遮っちゃってごめんね、ミカ"」

「あ、そっか。そうだよね。ナギちゃん、私が必要なら言ってね☆」

 

 ナギサは小さく息を吸って、吐いた。先ほどまで書いていた資料を机の端に寄せて、寄せた先から別の資料を引っ張り出した。

 

「……ミカさんの必要な場面はありません。初動こそ遅れを取りましたが、20時25分までに戦闘状態にある地域のうち4割ほどでアリウス側の撃退に成功しています。残る6割も優勢状況という報告も受けています。撃退まではいいのですが、トリニティは広いので、ゲリラ戦術で立ち回られると対処が困難になるとも思っています。従って掃討作戦の詳細を詰めるのは今後の動きを見つつ、と思っているところです」

「ほかのセーフハウスは大丈夫?」

「幾つかは制圧されましたが、撤退してきた部隊の再編が終わり次第で攻撃を仕掛けていて、こちらも問題ありません」

 

 ミカの質問に淡々と答え、紅茶で口を湿らせるナギサ。ゲリラと聞いて、先生はチラリとアズサを見たが、アズサは無表情で佇んでいるだけだった。

 

「そっか。じゃあ、今日のアリウスで聞いてきた話をするよ」

 

 ☆☆☆

 

「アリウススクワッドとの協力体制に、アリウスを牛耳る"マダム"……。今回の襲撃もそのマダムの指示である、と。しかし、目的がよく分かりませんね。エデン条約の調印式を狙うなら早すぎますし、そのための威力偵察だとするなら遅すぎます。ミカさんの話の通りなら、アリウスからはほとんどの生徒が出陣していたようですから、治療や装備の修復、補充が間に合わないと思うのですが……」

 

 ナギサはミカの話の内容を振り返るように呟き、しばらく目を閉じて考えていたが、ふと目を開け、ちらりとミカを見た。

 ミカと目が合い、ミカが首を傾げた。

 

 (なにか、引っかかりますね。しかし、なにが……)

 

 ミカの話に、違和感はないはずだ。マダムやアリウス生と戦闘になったのだから、連絡が無かったのも、こんなに帰りが遅かったのも仕方ないことだ。おかしいところはない。

 

 補習授業部がアリウスと組んで蜂起したのかとも思ったが、ミカの話を信じるならばそれも違うらしい。補習授業部は、ナギサが「疑いのある」生徒をまとめて、無理やり結成した部だ。ミカは彼女たちと知らないうちに仲良く……とまではいかないが、少なくとも自分とは違って落ち着いて話ができるくらいには関係を構築したらしい。

 

 (先生の手腕でしょうか……。しかし、先生はアリウスとは関わっていないようですし……)

 

 ナギサは先生の方を伺い見た。先生は相変わらずニコニコ笑っている。何を考えているのかはよく分からないが、あまり深いことを考えているようには見えない。しかしそれでいて、ここぞという時には必ず最善手を指してくる。ミカと補習授業部の一件もそうなのだろう。

 外の騒音から考えるに、ミカと補習授業部が弾丸の一発もなしに和解したわけでないことはわかる。ミカはあの性格だ。ちゃらんぽらんで、お転婆で、考えるより先に手が出るタイプ。やや論理に欠く場合もあるが、裏表がないところが魅力でもある。

 

 そのミカは、沈黙が気まずいのだろう。そわそわし始めた。その様子は、普段の、よくあるミカの姿に見えた。

 

 (そうですね)

 (もしかすると、ミカさんから全く矛盾のない報告をもらったのは初めてかもしれません)

 (そのことに私は違和感を覚えたのでしょう)

 

 ナギサは納得し、小さく息をついた。手を伸ばし、優雅に紅茶を飲む。紅茶はすっかり冷めている。

 

「分かりました。補習授業部への態度は改めます。敵は明らかになりつつあり、こうして実力行使に出てきた以上、スパイだのと悠長にやっているわけにはいきません」

 

 補習授業部の面々はそれを聞いて程度に差はあれど顔に喜色を浮かべた。ハナコは意外そうな表情ながらも、少しは嬉しそうだ。

 

「じゃあ、元の正義実現委員会に……!」

「ただし、テストの点数は取ってもらいます。元々、特に学力が低いことは間違いないのですから。それに、先生もお呼びしている以上、変に横紙破りはできません。これまでのような小細工はしませんから、次の最終追試で60点以上、獲得してください。それを以て合格、補習授業部は解散とします」

「うう……分かりました」

 "ありがとう、ナギサ。みんな、もう少し頑張ろう! "

 

 ナギサは先生のセリフに、微笑で答えた。冷めた紅茶を飲み干した。

 

「さあ、アリウスの問題は私たちに任せて、補習授業部の皆さんは勉強に専念してください。先生、もし何かあれば、よろしくお願いします」

 "もちろん。ナギサも、私になんでも相談してね"

 

 先生はナギサからミカへと視線を移した。いつもの笑みを消して、真剣な表情だった。

 

 "もちろん、ミカもね"

「う、うん。よろしくね、先生」

 

 ミカは自分に声がかかるとは思っていなかったようで、返答が少し遅れていた。

 入ってきた時と逆に、補習授業部から先にセーフハウスを出ていく。先生が出ていき、扉が閉まった。

 

「ミカさんも、アリウスから帰ったばかりで今日はお疲れでしょう? 先に休んでいて構いませんよ」

「えっ、ありがたいけど……ナギちゃんは大丈夫?」

「私は先に仮眠を取らせていただきました」

「そう? なら、お言葉に甘えようかな。おやすみ、ナギちゃん」

「ええ、おやすみなさい、ミカさん」

 

 話しながら銃を回収していたミカがセーフハウスを出ていくと、室内に沈黙が戻ってきた。ミカはなんだか忙しなかった。そのように見えただけだろうか。何か、良からぬことを企んでいるのではないか。

 

 (確かめなくてはなりません)

 (ミカさんが何かを隠しているのかどうか……)

 (私はミカさんを信じています。だからこそ、必要なのです)

 

 ミカのことを信じ切れていない、ということから目を背け、ナギサの思考は深まっていく。

 

 (先生もミカさんに何かを感じているようでした)

 (もう補習授業部は必要ありません。あるいは、ミカさんを探ってもらってもいいかもしれません……)

 

 ナギサはゆっくりと呼吸し、カップを持ち上げた。中身は空だった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「メーティオンが目を覚ましたって!?」

『ああ。幸い、様子を見ている限りは落ち着いている。こいつらはエーテルに干渉する力がごく弱いから、エーテル体となった私の姿は見えていないだろう。む……部屋の中の物に興味を示しているな。危ないことはないだろうが……、早く帰ってこないとあちこち触られるぞ』

 

 エメトセルクと念話で会話しながら、ミカは帰路を急いでいた。補習授業部との撃ち合いを終えた頃にエメトセルクが目覚め、メーティオンの様子を見てもらっていたところ、ナギサとの会話中に目覚めたという知らせをもらっていたのだ。

 

「ああ、もう!」

 

 道のあちこちに残る瓦礫に足を取られつまづいたミカは、そのままうずくまり、翼に神秘とエーテルを込めた。

 ミカの翼は飾りではない。

 飾りではないが、本物でもない。

 

 本物でない翼で本当に飛ぶには、相当なエネルギーが必要だ。感情の昂りや、積み重なった日々の小さな祈りが、神秘のエネルギーとして消費され、ようやく飛翔に至る。

 アリウスから帰還して、ナギサのセーフハウスへ急行するための飛行に相当の神秘を使ったミカは今日ふたたび空を飛ぶことはできないはずだった。

 

 しかしミカにはまだある(・・・・)

 つまづいてうずくまった姿勢からクラウチングスタートのように強く地面を蹴り、エーテルを燃料として、ミカの翼は今日ふたたび空を掴んだ。

 風脈も関係ない。ミカはエーテルの流れに乗って飛ぶわけではない。

 

 弾丸のような速さで文字通り飛んで帰るミカの姿は、幸いにも誰にも見られていなかった。

 

 

 自室の部屋の扉を開けると、部屋はめちゃくちゃに荒らされていた……ということもなく、ほとんど記憶に残る部屋のままだった。ただ、いつもエメトセルクが座っていた椅子が定位置から動いており、無造作に散らかったオーパーツの前にしゃがんでいる人物がいた。

 夏の海のような鮮やかな青髪と、それと同じ色の羽が頭に付いているのがミカの目に入った。エメトセルクはいない。どこかに行っているのだろうか。

 

 ミカはひとまず、部屋に大きな異常がなかったことに安堵した。

 扉の音に反応して、というよりはミカの安堵に反応したかのように、彼女が振り返った。

 

「<新しい知的生命体と遭遇。対象を人物εと仮称し接触を開始。初対面プロトコルを起動>こんにちは。私は遠い宇宙の彼方から来ました。よろしければ、あなたと、あなたたちのことを教えてくれませんか?」

「えっ!? えーっと、私はミカ、聖園ミカです」

 <対象の名称を聖園ミカとして登録>

「……ミカって呼んでくれていいよ」

 <対象の感情が安堵から困惑に変化。呼称名をミカとして登録>

「え、エメトセルク?」

『な……だ? さっ……らノイ……ひど……。エーテ……強い…………ナミス……干渉……し……。……頭が痛……』

「どうかしましたか?」

「そ、そうだ! 急に連れて来ちゃったし、喉とか乾かない? 飲み物買ってくるよ! ちょっと待ってて!」

「いえ、ミカ。私は……<行動指針を評価中……待機を選択>」

 

 ミカは急いで部屋を出て、近くの自動販売機へ向かった。その様子を、メーティオンはじっと見つめていた。

 

「<漂着惑星中での最高のデュナミス反応を検出。優先接触対象を聖園ミカに更新。マザーとの通信を確立中……。接続失敗。再試行中……。トラブルシューティングを実行中……。アクセスポイントc4-δへの接続に失敗。履歴を参照……。822時間前より通信異常が継続中。本個体では対応不能のためサポート個体への接続を試行中……。接続失敗。履歴を参照……。822時間前より通信異常が継続中。>」

 

 そして、ゆっくりと目を閉じた。立ったまま微動だにしていない様子は、もしミカが見ていればただならぬものを感じただろう。

 

 

 

 自動販売機の前で、ミカは姿を現したエメトセルクと話していた。

 

『つまり、あのメーティオンの思考言語が聞こえてきた……というわけか?』

「たぶん、そうだと思う。なんか、対象をナントカ〜とか、なんちゃらプロトコルを実行〜とか、ロボットみたいだったよ」

『ロボット……ゴーレムに近いというのは、あり得る話だ。私はあのイデアを詳しく調べたわけじゃないが、私たちの同胞のなかにはああいった人工生物を作るのが得意な連中がいて、思考プロセスをゴーレムから流用していてもおかしくない。……だが、以前見たものはもう少し、なんというか……無邪気な反応をしていたような気もするが……』

 

 考え込むエメトセルクに、ミカは続けて尋ねた。

 

「エメトセルクの声がノイズまじりだったのは?」

『ああ、デュナミスとの干渉だろう。今の私はエーテル体だからな、エーテルと相性が悪いデュナミスに強く曝されると少々不安定になる。頭痛がしたり気分が悪くなったり……まあ、我々も万能ではないということだ。エーテルを介した会話も届かなくなる。アーテリスにいた頃は、……いや、この話は関係ないか』

「……そう」

 

「あ、あと、アリウスにいた時は黒っぽかったのに、連れてきたら青くなったのは?」

『エンテレケイア、つまりデュナミスで構成された生物の中には、周囲の強い感情を受け取って色を変えるものがある。メーティオンにもそういう機能が実装されているかもしれないな。向こうにいた時は周囲の生徒なのか、あの奇妙な女なのか、それとも別の誰かなのかわからないが、絶望を受け取って黒くなっていたのかもしれない。元々の色は青色系のはずだ」

「そうなんだ……」

 

 ミカは自販機にコインを入れて、ペットボトルの水とオレンジジュースを買った。メーティオンにどちらかを渡すつもりだ。

 屈んで取り出すのがなんとなく面倒で、魔法を使ってみた。小さく手を動かしてジェスチャーをすれば、それに応じて二つのボトルが動き、ミカの両手におさまった。

 

『ほう。上手くなったな』

「え? ……ありがと」

 

 杖も詠唱も使わずにエーテルを操作するのは、それなりに高等な技術である。例えば、戦闘のためのエーテル術を極めた者たちであっても、おいそれと使えるものではない。もっとも彼らは俗に"回し"と呼ばれる、次々に魔法や剣技などを繰り出す技術をもっているので、戦いになれば彼らが勝るだろう。

 

 ただ、繊細なエーテル操作についてミカは少々努力したし、その甲斐あってエメトセルクが褒めるだけの腕前になった。

 

 ミカは水の入ったペットボトル越しに手を見て、小さく頷いた。そして踵を返し、自分の部屋に戻っていった。

 

 

 

 それを見ていた生徒には、最後まで気付かなかった。

 

「今の……ミカ様? なんか、ペットボトルが……一人でに……? いや、戦闘で疲れてただけかな」

 

 少し距離があるため具体的に何を言っているかは分からなかったが、口や小さく届く声から何かを言っていたことは確実で、その様子をぼんやりと見ていた。

 (ミカ様も独り言とか言うんだなあ……)と呑気に考えていたところに、先のペットボトルの不自然な移動。

 頭に水を浴びせられたような衝撃が走ったが、先ほどまでのアリウスとの戦闘での疲れを思い出した生徒は、見間違いと判断した。

 

 だが、この生徒の記憶の底には、覚えた違和感がしっかりと残っていた。

 




ミカ誕生日に間に合わず…
というかほとんどナギサの回でしたねこれ
あまり話が進まず申し訳ない
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