ミカとエメトセルク   作:へんどり

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 ミカが自分の部屋に戻ると、メーティオンはミカが部屋を飛び出した時のまま、立ち尽くしていた。ミカはその様子を見て少し不気味に思ったが、メーティオンのまだ幼い子供のような外見から、何も指示しなかった自分の方も良くなかった、と思い直した。

 

「ごめんね、お待たせしちゃったかな。水と、オレンジジュース、どっちがいい?」

「……水を下さい」

「はい、どうぞ」

 

 メーティオンは水のペットボトルを受け取ると、興味深げに見つめた後、ミカがオレンジジュースのペットボトルを開けている様子をつぶさに観察し、真似をして開栓した。

 

「ソファとか、空いてる所に座って。くつろいでいいよ」

 

 ミカがペットボトル片手に指差したソファにメーティオンは座った。

 

 先ほどまでのようにメーティオンの思考が聞こえてくることはない。少し工夫してエーテルを練り、周囲へのエーテルの影響を強めることで、デュナミスを遮断しているのだ。

 

 ミカはダイニングから持ってきた椅子に姿勢よく座った。先日まではエメトセルクがよく使用していた椅子だ。ミカはオレンジジュースをさらに一口飲んでから、自然な調子で尋ねた。

 

「あなたのことは少しは知ってるつもりだけど……、せっかくだから、あなたから聞かせてくれないかな。私たちのことを話すのは構わないからさ」

「……分かりました」

 

 メーティオンが話したのは、概ねミカがエメトセルクから聞いていた内容と同じだった。ヘルメスという人物によって造られた魔法生物のような存在で、エメトセルクたちの住んでいた惑星から、外宇宙の知的生命体の探索と生きる意味という問いに対する答えを得るために放たれたらしい。

 ここまではエメトセルクに聞いた通りだ。

 

「ただ、……何かが上手くいっていないようで、今は他の子達やヘルメス様と連絡が取れないのです」

「そ、そうなんだ」

 

 ミカはあの時、メーティオンがデュナミスを介して通信しようとしていたことを知っているが、初めて聞いたようなそぶりを見せた。それを見たメーティオンは、ミカの感情変化の理由がよく理解できなかったが、状況への不安と解釈した。

 

「ああ、いえ。心配は無用です。私たちは限られたエネルギー供給で十分活動できるように造られていますし、母星の方角もきちんと理解しています。いざとなれば、直接帰還して情報のやりとりをすることもできます。ただ……宇宙は私たちの想像を遥かに超えて広く、帰るまでにはかなり時間がかかりそうです。なので、できればある程度の情報……、いえ、答えを得てから帰還したいのです」

『帰すわけにはいかない。今もアーテリスの周囲には絶望に染まったこいつらがウヨウヨしているんだ。今更状況が好転するわけじゃないにしても、悪化させるつもりもない』

 

 エメトセルクの思いを良く知るミカも、エメトセルクの言葉は理解できるものだった。だが、故郷に帰りたいと言う人に帰さないと伝えることもできず、眉根を寄せて少し俯いた。

 

 (どうしよう)

 

 ミカが考え込む様子を、メーティオンは静かに見つめている。ミカの内心に思い至るべくもないメーティオンにとっては、ミカが悩んでいるのは回答に窮しているからだと考えていた。

 

 この問いが難解であることはメーティオンも承知している。なにせ、アーテリスで最高峰の知性を持つヘルメスたちでさえ、『自分たちの住む星をより善いものにする』以外の答えを見つけ出すのに苦労し、外へ意見を求めるほどなのだから。

 聖園ミカがまだ弱冠18歳の学生であることをメーティオンは知らなかったが、それでも、答えを出すのに時間がかかることに疑問はなかった。

 

「……私たちには時間がありますから、回答は時間をかけていただいて構いません。いきなり出た回答が優れたものであるとは限りませんから」

「あっ、……うん、そうだよね。ちょっと難しいし、ゆっくり考えてもいいかな? その間、この部屋の中ならくつろいでいてくれて構わないからさ。外は……」

 

 ミカはメーティオンの頭上をチラリと見た。

 ヘイローがない。

 

 (先生と同じで、外から来たからなのかな。それとも、)

 (……人間じゃないから? )

 

 ともかく、他の生徒には奇異に映るだろう。

 

「1人では、外に出ないで欲しいの。ちょっと息苦しいかもしれないけど、あなたって私たちとちょっと違うところがあるからさ、珍しがられてヘンなことされるかもしれないし。私がいたら大丈夫だから、一緒にね」

「分かりました。自分が星外生命体であることも自覚していますから、問題ありません」

「うん、ありがと。それと、私は結構外にいることも多くて……何か連絡手段があるほうがいいかな? あっ、パソコンを使ってもらおうかな」

 

 ミカはそう言って部屋の隅の片付いていない山からノートパソコンを引っ張り出した。充電器のコードが繋がったままになっていて、少しホコリをかぶっていたが、開けば問題なく起動した。

 入学時に学校から支給されたものだが、今はスマホでほとんど片付いてしまうためあまり使用していないのだ。

 

 簡単に操作して、新しいアカウントを付与し、スマホと通信できるアプリをインストールした。

 

「このアイコンをクリックして、……ここに文字を打ち込めば私に分かるから。あっ、文字が打てないかな? 文字わかる?」

「いえ、問題ありません。この惑星に到着した時に幾つかの本や看板などから学習済みです」

「そうなんだ、すごいね。じゃあいいかな。それと、これ」

 

 ミカはマウスを操作し、ウェブブラウザを立ち上げた。

 

「うん、ここからインターネットにアクセスできるから、調べ物があれば使ってみて」

「インターネット……」

「まあ、詐欺とか嘘とか、悪意のあるサイトも多いけどね。それを含めて、この星の知性ってことで」

「興味深いです。ありがとうございます」

 

 一通りの説明を終えると、ミカは小さく息をついた。エメトセルクのじとりとした視線を感じていたからだ。

 

『どうするつもりだ?』

『分かんないよ。でも、どうにかするしかないんでしょ?』

『……早く決断した方がいい。お前は思い入れするタイプに見えるからな』

 

 突き放すような言葉だが、本当はエメトセルク自身でもメーティオンを殺すことはできるはずだ。つまり、ミカの決断を待ってくれているのだ。

 

 (それは、何のために……? )

 (エメトセルクもまだ何か隠しているのかな……)

 

 エメトセルクとは一時的に協力しているだけで、仲間とか友達とか、そういう関係ではない。いや、友達同士だからといって、隠し事をしてはいけないわけでもない。ミカだって親友のナギサにさえ言っていないこともたくさんある。

 

『とにかく、今日はもう寝るよ。色々あって疲れたし』

「メーティオンちゃん、私、今日はもう寝るね。メーティオンちゃんもそっちの部屋に布団あるから、あんまり夜更かししないようにね」

「ありがとうございます、ミカ。30分以内に休眠します」

「うん。じゃあおやすみ」

「お休みなさい、ミカ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 翌朝、ナギサの執務室。

 

「ええっ。じゃあ、補習授業部につけていた監視を、そのままミカ様に移すってことですか? ミカ様に、監視を……? ナギサ様、いくら何でもそれは……」

「……監視ではありません。護衛です。先の報告で、ミカさんは単身アリウスに乗り込み、その支配者……"ベアトリーチェ"なる人物と戦闘になったとか。その時はうまく危機を脱したようですが、ミカさんが携わっている危険な任務のことを思えば、いつまた同じような危機に陥るかわかりません。戦力が多いに越したことはありませんからね」

「それなら、我々情報局より正実のほうが……」

「正義実現委員会はいけません。コハルさんの件で少々無理を通しましたし、あまり隠密にも長けていません。ミカさんには絶対に知られてはなりませんから」

「え……戦力になるなら、協働したほうがいいのでは?」

「いえ、……詳しくは話せませんが、トリニティとキヴォトスの未来のために、そうしなければならないのです。分かってくれますね、局長」

「……承知致しました」

「よろしくお願いしますね」

 

 情報局の局長は一礼をして、音もなく退室した。怪訝そうな顔はしていたが、ナギサの念押しの後は任務の重要性を理解してくれたようだった。

 

 執務室はナギサだけになった。

 

 ナギサは少々みっともないのを理解しながら、背もたれに体重を預けてこめかみを軽く押さえた。

 

 少し頭痛がある。昨日、あまり眠れなかったのが理由だろう。昨夜、ミカを帰したあとも次々と報告書が上がってきて、その対応に追われていたのだ。いや、今も追われている。襲撃から一夜明けたことで、文字通り被害が明るみになった。

 

 建物への被害も人的被害も計り知れない。

 アリウスはそれほど大規模な軍勢を持っているわけではないが、生徒のほとんどが戦闘要員として活動できる。そのことも被害の拡大に繋がったのだろう。

 

 アリウス側の補給線の問題もあってか、昨日は早々に撃退できた。だが、一部では脆弱な即応態勢であることが明らかになり、部隊と装備の再編も必要になりそうだった。

 

 なにより、侵攻ルートがハッキリしないのが不気味だった。突然、ある場所に部隊が現れたように、それ以前の足取りが掴めない。まだ調査が進んでいないせいなのか、それとも……。

 

 (そういえば、ミカさんの報告書に……)

 

 ナギサは机の上にある資料のうち一つを取り上げ、ぺらぺらとめくり始めた。

 

 (これですね。地下墓と、それに絡み合うように内戦期に作られた防空壕……。アリウスの生徒ですら、全容を把握している人はいない……)

 (この地下道が使われたのでしょうか? )

 

 地下道。ミカからの報告書にある、アリウスへの近道である。アリウスは隠れ里のようになっており、どこにあるのかいまひとつハッキリしない。

 ミカは、この地下道を通ってアリウスと行き来をしているようだ。

 

 資料によると、幅も道の作りもマチマチで、今にも崩れそうな狭い場所もあれば、木材やコンクリートの補強があり複数人が余裕を持ってすれ違えるような整備された場所もあるらしい。構造は極めて難解で、ミカはマッピングを試みたが断念した、とも書かれている。

 

 (しかし、ミカさんはこの地下通路を通ってアリウスに行って、帰ってきているのですよね……)

 

 アリウスの生徒の先導があったのだろう。……戦闘で出払っていたのに?

 1人で行き来したとすれば……全体のマッピングができなかっただけで、普段使いのルートは記憶しているのだろうか?

 なぜそれを、報告書に書かないのだろう?

 

 (いえ、いえ、……ミカさんは少々抜けているところがありますから。記載が漏れてしまっただけかもしれません)

 

 わざと書かなかった筈はない。……本当に?

 ミカはあの日、涙と共に全てを打ち明けてくれたではないか。……それすらも、自分(ナギサ)を、トリニティを陥れるための罠だとしたら?

 

 ナギサは再び、こめかみを強く押さえた。頭痛がひどい。

 本当は分かっている。睡眠不足のせいだけではない。

 

 (ミカさん……)

 (どうして何も言ってくれないのですか……)

 

 報告書の件、古書館とオーパーツ倉庫の件、連絡の遅延の件、セイアが見せてきたアリウスの生徒とミカの握手のビジョンなど……、それぞれでは小さな種だったはずの疑念は、ナギサの内心で大きく育っていた。

 

 ("最悪の場合"を想定して動くべきかもしれません)

 (先生をうまく確保する必要がありますね)

 (それと、正実もできればこちら側に引き込んでおきたいですね……)

 

 もし、ミカと戦うことになるなら。ナギサの思う最悪のケースとは、そのことである。

 戦力は多いに越したことはない。ミカは単純な一対一の戦闘であれば、トリニティで最も強いだろうから。フィクサーとなりうる先生、正実、救護騎士団、シスターフッド、情報局、その他、戦力になりそうな組織をいくつも想定した。

 だが、ミカを抑えきるには不足するのではないか。

 

 (いざとなれば、私が前に出れば、少しは時間を稼げるでしょう……)

 

 そのくらいの関係は築いてきたはずだ。その結果命を落とすとしても、それが自分の役目だろう、とナギサは思った。しかし、身を挺してトリニティを守ったとして、自分がいなくなれば、誰がトリニティを率いるのか。

 

 (……セイアさんも目を覚ましませんし、私の後を継いでくれる人は……)

 

 何人かの顔がナギサの脳内に浮かんだ。彼女は政治的バランス感覚が良くない。彼女は野心がありすぎる。彼女は素行に少し問題がある。彼女は人望がない。彼女は……、彼女は……。

 いずれも、胸を張って後を任せられない。もう少し時間があれば、教育することもできたのに。

 

「……困りましたね」

 

 1人だと広く感じるような執務室に、呟きが染み込むように消えていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「良かったのですか、黒服?」

「彼は少々手荒ですからね……。あまり良くはありませんが、こうなってしまっては致し方ありません。アリウスの方も気になりますが……、それよりも、あの"エーテル"の力です。ゴルコンダ、どう見ますか?」

「興味深いですね。時間が許すならこんな会合も放っておいてしばらく没頭したいくらいですが、そうも言っていられないのでしょう?」

「ええ。今になって、"無名の司祭"たちが蠢動しているようです。現状では我々(ゲマトリア)と積極的に敵対する様子ではありませんが……、彼らの信仰を明らかにしようとしているのですからね。対立は避けられないでしょう。……せっかく呼んだのですから、何か発言したらどうですか? ——」

「——地下生活者?」

「フン。小生にとっては、ここはあっち(アビドス)より余程やりやすい。混乱を広げるのは大した手間ではない。貴様らの計画に従って動くのは業腹だが、あそこ(・・・)よりはマシだ」

「それはよかった。くれぐれも、余計なことをしないように」

「それなら、計画の全容を聞かせてもらいたいが? 黒服」

「その時が来れば、話しますよ。クックック……」

「フン。そればかりだから信用ならないのだ、貴様は」

 

 話は終わりだとばかりに、地下生活者が姿を消した。それを見送ってから、残されたゲマトリアのメンバーもほとんど同時に姿を消した。

 

「無名の司祭はともかく……、エーテルとはなんだ? いや、早く、どうにかしてナギサに伝えなければ……」

 

 最後に、盗み見ていたセイアが姿を消した。

 




書きたいところを書きたいように書いているので、10話くらいから時系列が矛盾してることに最近気が付きました
面倒なのでなんか別の場所に移すときに直すことにします。完成は完璧より良いと言われてますし。
とはいえまた3ヶ月も開けちゃったし、いつになるのか……。
私は好きなようにやります。あなたもぜひ好きなようにやってください。
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