ミカとエメトセルク   作:へんどり

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「それで、」

 

豪奢な部屋だ。ミカの部屋と比較するとやや劣るが、平均的な生徒であれば、一生のうちに数度しか使わないような部屋だった。

だが調度品は少なく、ミカが深く腰掛けてくつろいでいるカウチソファと対面の小さな一人がけソファを除けば、ローテーブルと、いくつかの棚があるだけ。ライトのおかげで部屋は明るいが、窓がないから少々圧迫感はある。

 

情報局の生徒は続けた。

 

「結局、アレ(・・)はなんなんですか? ミカ様」

 

ミカは答えなかった。対面する生徒は見せつけるようにため息をつき、一人がけのソファに深くもたれかかった。

この部屋には時計もなく、ミカはスマホや銃など持ち物のほとんどを一時的に回収されているせいで、外部の情報はさっぱり分からなかった。

 

この部屋は、貴人向けの牢であった。

ミカは、情報局に身柄を拘束されているのだ。

 

「ねえ、ナギちゃんと話させてくれない?」

 

質問していた情報局の生徒は、メモ……いや、調書を取っている生徒と顔を見合わせ、ミカに向けて苦笑いした。

 

「いや、もう調印式が始まるので、無理ですよ。それに、そちらの要望があるのなら、こちらの質問にも答えてほしいんですけどね」

 

ミカはまた黙り込んだ。情報局の生徒とは、ほとんど話をしていない。

 

沈黙。

 

情報局の生徒はふたたび、小さくため息をついた。

 

「ミカ様も、いつまでもここに居たくはないでしょう? 私たちも、あまり手荒なことはしたくありません」

「手荒なことって? あなたたちにどうにかできるとは思えないけど」

「それは、そうですが……」

「だいたいさあ、そっちだって分かってる? 私が善意でここにいるだけだってこと。これ、ナギちゃんには話してるの?」

 

「ナギサ様は、……!」

 

調書を取っていた生徒が声を上げたのを、質問している生徒が手を上げて制した。

 

「もちろん、知りません。ただ事情が事情だけに、聴取をするとは伝えてあります。それに、場所や方法、かける時間までは指定されていません」

「トリニティ流、ってわけね」

「ともかく、あの魔法のようなものについて話す気になるまで、ここに居ていただきます。監視は人員の他にカメラやドローンなどで遠隔からもしておりますから、脱走などすればすぐにわかりますからね」

「ふーん。調印式はどうするの?」

「あんなもの、そもそも形だけですよ。ナギサ様だけで問題ありません。ミカ様だって、積極的に出席したいわけではないんでしょう?」

「まあ、そうだけど」

 

ミカの反応を見て不満そうだったが、情報局の生徒は立ち上がった。調書を取っていた生徒もほとんど白紙の調書を封筒に入れ、立ち上がった。

 

「では、一旦我々は失礼します。用があれば、ドアの外にいる護衛(・・)の生徒にお声がけください」

「護衛ね……」

 

ミカの呟きに大した反応もせず、情報局の生徒は出ていった。ミカはだらしなくソファにもたれかかった。

 

「面倒なことになっちゃったな〜」

 

☆☆☆

 

"護衛"の生徒に頼んで紅茶と軽食をもらい一息ついたところで、ミカはソファで目を閉じてエメトセルクとサオリとのやりとりを思い出していた。

 

サオリが話したベアトリーチェの様子の変化について、エメトセルクは詳細は直接見なければ分からないとしながらも、自分のような憑依・乗っ取りの可能性はあると指摘した。

 

ただ、方法が分からないのが疑問とも言っていた。

アシエン……エメトセルクたちが使う魂に触れるやり方は、エメトセルクのようなその分野に熟練した人でも難しく、多くの人と入れ替わりすぎて自他の境が曖昧になってしまったり、特定の誰かに入り込みすぎて自分と同一視してしまうようになったり、トラブルは多いらしい。

 

そんな術師がいるとは思えないし、別の方法だろう。そう結論づけたエメトセルクだったが、方法については興味深げだった。

 

方法はともかく、エメトセルクから「あり得る」と断言されたことと、ミカのテレポが露呈してしまったことで大事になるのを警戒し、その場はひとまず解散することになった。

 

ミカはこのとき、サオリの送り迎えでデュナミスを使ったテレポを二度も実行し、非常に疲労していたため、情報局の拘束に抗わなかったのだ。

 

情報局。

それほど規模は大きくないが、優秀な人員が揃っているらしいとは聞く。

ミカは部屋の天井隅に据え付けられたカメラをチラリと見た。

一見すると火災報知器のようにも見える。ここに入るような特別な囚人に威圧感を与えないためだろう。

 

ミカはまた目を閉じて、深く息を吸い、吐いた。

 

如何に優秀な人員が揃っていようと、カメラやらドローンやらで監視しようと、銃を没収しようと、ミカが本気になればこの部屋から外に出るのは容易い。

魔法がなくてもだ。

 

ただ、それをしてしまえば、情報局との対立は確実なものになるだろう。ナギサやセイアとだって、どうなるか分からない。

 

(ナギちゃん達と一緒にいられなくなるのかな)

(それは、やだな……)

 

☆☆☆

 

結局、ミカは大人しくしていることを選択した。決断の先送りを選択したとも言える。

 

その間ミカは、いつ、どうやって、どの程度、誰に、自分が新たに得た技術について話すかを考えていた。

 

(ナギちゃんとは、すぐにでも話をしたいな。結構大事になっちゃったし、話さないわけにはいかないよね……。この際、エメトセルクのことも話しちゃおう)

 

つまり、全てだ。ナギサについては、ミカはそれほど悩んではいない。ナギサとはただの友人関係を超えた信頼があるとミカは思っているし、お互いにトリニティ総合学園のトップでもある。秘密を共有するのを躊躇う必要はない。

 

しかし、その話をするためには、円満な方法でこの牢を出る必要がある。

ここが問題だった。ミカには情報局の誰が信頼できる人物なのか、検討もつかなかった。文書に残されるのもあまり都合が良くない。どんな形で悪用されるか分からないからだ。

 

エーテルを介した魔法は、全ての生徒が使える技術ではないが、アツコやミカのように感応性が高い生徒も中にはいる。

今は惑星を流れるエーテルに大きな影響がないかどうかすぐに判断できる。スペシャリストのエメトセルクがいるからだ。

今後しばらくなら自分が習得して管理してもいい。

 

だが、その後は? 自分がいなくなったら、誰が世界のエーテル傾向を把握するのか。もし、エメトセルクの世界で起きたようなエーテル傾向の偏りに起因する災害が起きたら? または、もっと単純に、魔法が新しい戦争の火種になったら?

 

キヴォトスは、戦争の絶えない土地だ。それはもちろん、銃くらいでは人死にが出ないからだが、だからと言って、トリニティとゲヘナのように憎しみ合い暴力をぶつけ合うようなことを続けていたら、おかしくなってしまう。いや、アリウスとトリニティの関係のように、すでにおかしくなってしまった所もある。

アビドスだって、ミレニアムだって、何かしら厄ネタがあるに違いないのだ。ナギサの書類によればアビドスではカイザーが何かの発掘をしていたらしいし、ミレニアムは自治区内に謎の廃墟があるとも聞く。

魔法が、エーテルが、その何かを呼び覚ます引き金となってはいけない。またそれによって、世界が滅ぶなどもってのほかだ。

 

そんな想像が、ミカの口を噤ませた。尋問に答えることはできなかった。

 

魔法について何か答えなければナギサとも接触できず、事態は好転しない。あらかじめナギサと話をしていれば口裏を合わせることもできただろうが……。

 

ミカは再び、小さくため息をついた。

 

(まあ……、しょうがないよね。見られたのは、多分、テレポだけかな)

 

嘘をつくにしても、多少は本当の話を混ぜなければならない。

 

(かつてアリウスに奪取された聖典の一部を奪い返すべく活動してて、その聖典から瞬間移動の魔法のような技術を得たけど、聖典は魔法を覚えると同時に灰になってしまった、信じてもらえないと思ったしエデン条約の動きに影響を与えたくないからみんなには黙っていた……。こんなストーリーでどうかな、エメトセルク? )

(信じてもらえるかは普段の行い次第だろう。加えるとするなら……、む? )

(どうかし、)

 

ズズン……!

 

「キャッ!?」

 

ズン……ズズン……。

 

強い揺れだ。地震によるものではない、とミカは直感した。幸い、ここには倒れてくるようなものも、割れて破片が飛び散るようなものもない。

 

収まった。

 

それと同時に、この部屋の唯一の扉が開いて、数人の生徒が入ってきた。先ほど尋問していた生徒もいる。

 

「ミカ様!」

「うわっ!? みんな、今の、何?」

「分かりませんが、会場にいるメンバーと連絡がつきません! 何らかの攻撃を受けた可能性があります」

 

生徒のうち1人はイヤフォンでどこかとやり取りをしているようだった。その生徒が告げた。

 

「……ナギサ様の安否も、不明です」

 

「ナギちゃん……!」

 

今にも飛び出しそうなミカを、しかし、その生徒は止めた。

 

「ナギサ様のご指示に従い、現時刻をもって、我々情報局第二課はミカ様の指揮下に入ります。ミカ様、ご指示を」

「ナギちゃん……。そっか。ゲヘナのことだし、何かあるかもって思ってたのかな。何かナギちゃんから聞いてる?」

「いえ、残念ながら……。ミカ様もご存知ないのですか?」

「うん、……いや、」

 

——巡航ミサイル!

 

「ああ、どうして忘れてたんだろう! 会場を見に行かなきゃ!」

「現在別班が向かっていますが……。かなり大規模な攻撃のようでして、あちこちで建物の倒壊や道路の寸断があり辿り着いていないとの情報です」

 

ミカは素早く、その場にいた生徒を見渡した。翼を持っているのは自分だけだった。

飛んで確認してきてもらうことはできない。

ミカ自身もエーテライトを用いないテレポを2回も使用しており、かなり神秘を消耗している。ここから会場まで飛んで向かうのは無理ではないだろうが……。

 

ミカは迷った。

 

指揮下に入った生徒たちを無視して、あるいは簡単な指示だけを出して、自分がエーテルを消費してでも直接飛んで向かうべきだろうか。

それとも、ナギサのようにどっしりと構えて采配を振るうべきだろうか。

 

「まずは、少し飛んで周りの様子を見てみるよ。ここから出よう」

「承知しました」

 

 

☆☆☆

 

 

ふわりと飛んでその光景を目にした時、ミカの脳裡に想起されたのはエメトセルクに連れられて見たアーモロートの幻影だった。

 

倒れる人々。

崩れる塔。

焼ける木々。

そして、遠くから響く叫び声。

 

そのどれもが、トリニティがあのアーモロートのように滅んでしまう未来を思わせるものだった。

 

だが、ミカにとっても意外なことに、その時ミカの胸に去来したのは、絶望ではなく激しい怒りだった。

 

それは、おそらくこの状況をもたらしたベアトリーチェとかいう女へのものであり、

——知っていたのに有効な対策ができなかった、自分へのものであった。

 

「許せない」

 

どこか、甘えがあったのかもしれない。

ナギサなら、全てを万全にこなしてくれると。

 

過信もあったのだろう。

エーテルの業、魔法が使える自分なら、全てを救えるだろうと。

 

手を抜いてはいなかったか。

ベアトリーチェなど、いつでもどうにでもなると。

 

今になって、見落としにも気がついた。

盗み見たナギサのデスクには、なぜかミサイルの報告書だけがなかった。

 

ミカの体から、爆発的にエーテルが膨れ上がった。

限界を超えた(リミットブレイクした)、明らかに異常な出力だった。

想いが動かす力(デュナミス)による、一時的なエーテルの増幅である。

 

そのまま飛び出していきそうなミカは、しかし、怒気を顕わにしながら、一度、情報局の生徒たちの前に降りた。

 

みんな、ミカに怯えているようだった。

 

「私、会場の方に飛んで様子を見てくる。悪いけど、ここを情報を集めて指示をだす拠点にしてもらっていいかな。やり方は、よく分からないから任せる」

 

ミカはティーパーティのバッヂを外し、近くにあったペンで上から委任と書いて、目についた生徒に渡した。

 

「ええっ!?」

「お願い。もう我慢できそうにないから。まずは、うーんと、先生に連絡したらいいから」

 

言うや否や、ミカは再び飛び立った。

 

(ベアトリーチェはどこ)

(アツコちゃんと一緒にいるはず)

 

『落ち着け、と言っても今は聞けないだろうから、こう言うことにする。——』

『——無茶はするなよ、聖園ミカ』

 

溢れるエーテルとデュナミス、そしてエメトセルクの魔法を間近に見続けてきたことが、ミカに"限定的なエーテルによる人物探知"を可能にした。

 

「こっち!」

 

いつの間にか降り出していた雨の中を、ミカは弾丸よりも早く飛び出した。

 




ミカ誕生日おめでとう!
せっかくなので、書いたところまでアップしておきます。
半年以上放置してしまい、すみません。なかなか思うように書けず……。
この後の展開にも悩んでおり、時間がかかりそうです。
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