ミカとエメトセルク   作:へんどり

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 ナギサの執務室を後にしたミカとエメトセルクはティーパーティに属する保管庫よりも先に古書館に向かうことにした。ティーパーティの保管庫の内容も気になるが、もし古書館の主がオーパーツの元々の用途や由来が分かるなら、より効果的にエーテルに還元できる可能性があるとエメトセルクが話したからだ。

 

 神秘は、またエーテルは、物理学や熱力学とは全くメカニクスが異なる。その物の役割であったり、その物を通した祈りなどを通じて強く宿り力を及ぼす。エーテルを使って干渉すればその祈りの一部を拝借できるが、どういう祈りなのか詳細がわかれば効果的に変換できるというわけだ。

 

 エーテルには極性がある。無理やり全て低エネルギーの霊極性で吸い出すか、一部を高エネルギーの星極性として抽出できるかで効率が大きく異なる。

 

 このことは、エメトセルクが昨夜見つけたサンプルで色々試して分かったことだった。

 

「古書館かあ……。委員長のウイって子、ちょっと苦手なんだよね。いつも本読んでるし、ちょっと声だすとジッと見つめてきて気まずいし」

『それはお前が書庫で騒ぐからだろう……。聞くに、ウイとやらは司書のようだが、オーパーツにも詳しいのか?』

「うーん、どうだろ。あんまり話したこともないし分かんないけど、まあ昔からの物とかには詳しいらしいよ」

『……司書が考古学もやっているのか? お前も少しは見習って勉強したらどうだ?』

「うわ! 何てこというの! 私がどれだけ成績いいか知らないくせに!」

『知性と共に身につく落ち着きがないと言っているんだ』

「はあ〜、エメちゃん、帰ったらテスト結果とか見せてあげるからね」

『興味ない。お前はこの後アリウスにも行くんだから、帰ったら深夜だろう。湯浴みをして速やかに就寝しろ』

「べー!」

『……こんなのが政治的リーダーの一角で大丈夫か?』

「うるさいなあ。ほら、もう着くから静かにしてて」

 

 古書館らしい建物が見えてきたので、エメトセルクは肩をすくめて黙った。

 扉の前まで来たミカは少し緊張した様子で、深呼吸した。

 

「こ、こんにちは〜」

「うひぇ!? ……あ、ミ、ミカさん……。あの、ナ、ナギサさんから伺ってます……。オーパーツを見たいとか……」

 

 カウンターの向こうに座っていたウイが飛び上がらんばかりに驚いて、開いた扉の方を見た。やってきた人物を認めると、表面上は多少落ち着いたようだった。

 ミカの知らないうちにナギサがアポイントを取ってくれていたらしい。

 

「そう。早速見せてくれる?」

「こ、こっちです……」

 

 ミカが話し終わる前にウイは立ち上がり、ミカの方を一度見てから、猫背で歩き始めた。猫背のわりに意外とスピードは出ており、ミカが普通に歩くくらいの速度だった。

 

 いくつかの扉をくぐり、そのうち何度かはウイの持っていた鍵束から古びた鍵を使って解錠した。ミカは密かに素手で壊せそうだと思った。いざとなれば、侵入することも選択肢に入るかも知れない。

 

 

「ここです」

 

 そう言い、ウイが扉を開けた部屋の中は、さながらオーパーツの博物館のようだった。ウイに続き、ミカも入室した。

 

「普段は開放していませんが……、伝統的に、誰かが見たくなったら見られるように掃除したり整備しています」

「ふーん……」

 

 静謐な空間だった。ミカはもっと古ぼけてホコリの積もった部屋を想像していたが、言葉の通り清掃はきちんと行われているようだった。

 通常の博物館などと違い、それぞれの展示品、つまりオーパーツはガラスケースなどがかぶせられておらず、台座に静置されている。また細かい説明などもなく、せいぜい名前が書かれているだけだ。

 

『これは……。いくつかのオーパーツから、強いエーテルが見える。まず手近にある、その種のようなものについて説明を聞いてみてくれ』

 

 エメトセルクも強い興味を惹かれたようだった。ミカが従う。

 

「ウイちゃん、この種って何?」

「そちらは、マンドレイクの種ですね。植物のマンドラゴラ属のものと混同されていたこともありますが、こちらが本物のマンドレイクの種です。根は人のように動き、引き抜いた際に人の魂を奪う絶叫をあげる、と言われていますが……、上手く育てられた例が少ないので、実際にそれを見た人はいません。ですがそちらは、育ったものから収穫された種であると記録が残っています」

「ふーん……」

 

 ミカは分かったような分からないような曖昧な返事をしたが、興味は惹かれているようだった。

 

「触っても大丈夫?」

「どうでしょうか……。古くは魔術や宗教儀式にも使われたとされていますし、オーパーツでないマンドラゴラ属も神経毒がありますから……。あまりお勧めはしませんが……」

『魔法の触媒になっていたのか。通りで……。少し触れてみてくれ。エーテルを回収できそうだ』

 

 そう言うエメトセルクを、ミカはチラリと睨んだ。毒があるのに?! と言わんばかりだった。

 

『……毒の懸念なら心配はいらない。私は魔法使いだぞ? エスナやケアル系統の回復魔法も修めている。ほら、早くしろ』

 

 ウイが疑問を持つよりも早く、ミカはマンドレイクの種に向き直り、おそるおそる手を伸ばした。

 

 パチン!

 

 とカメラのフラッシュのように光ったように見えたのはどうやらミカとエメトセルクだけで、ウイは何の反応も見せていなかった。種も、外見上は特に変化がない。

 

『おお、これほどとは……』

 

 エメトセルクの反応を見るに、上手くエーテルを回収できたようだ。手を触れてすぐ引っ込めて、そのまま黙っているミカを心配して、ウイが尋ねた。

 

「み、ミカさん。体は大丈夫ですか? 神経毒については詳しくないですが……、体に異常があれば救護騎士団を呼びましょうか?」

「あっ、ううん、平気みたい。なんか思ってた感じと違って、ちょっとびっくりしただけ」

「そ、そうでしたか……もし不調を感じたら、救護騎士団にかかって下さいね」

「うん、ありがとう、ウイちゃん」

「いっ、いえ……」

『私の見立てでも特に異常はなさそうだが、一応エスナをかけておくか。ほら』

 

 エスナは毒や麻痺などの軽い体調不良を回復する魔法だ。魔法の光がミカを包む。ミカは初めての経験で、思わずくるくるとあちこち捻って自分の体を見た。これも、ウイには見えていないようだった。

 

「だ、大丈夫でしたか……?」

「あっ、う、うん! それより、他のオーパーツも紹介してくれる?」

 

 何度も体をひねるミカを少しだけ訝しげに見るウイだったが、ミカの言葉に従い、踵を返した。

 エメトセルクとミカも続いた。

 

『あの種クラスのものがあと150個ほどあれば、ここでの活動も終了できそうだが……、この場だけでは足りないな。集めるのには少し時間がかかりそうか』

 

 独りごちるエメトセルクにミカが小声で言った。

 

「ちょ、ちょっと。こっちはウイちゃんの前で話してたら変に思われるんだから。1人で勝手に話進めないでくれる? あとでちゃんと交渉だから」

『はあ……分かった分かった。お姫様に従いますよ』

 

 肩をすくめて答えるエメトセルク。ミカはイライラしたが、ウイの手前黙っていた。ウイは歩きながら話し、さまざまなオーパーツについて説明をつづけている。

 

 ネブラディスク、水晶埴輪、ヴォルフスエック鋼鉄、アンティキティラ装置……。様々なオーパーツに対する説明が続く。

 本人の本好きな性格故か、レヒニッツ写本とヴォイニッチ手稿の説明は長かった。興味深げなエメトセルクとは対照的に、ミカは退屈に感じていた。

 いくつかのオーパーツでは先ほどと同様にエーテルを回収したが、マンドレイクの種ほどの量を回収できるものはなかった。

 

「つ、続いてはこちら、"エーテル"です……」

『エーテルだと?』

 

 小さな瓶に詰められた、水色のようにも紫色のようにも見える粉末。エメトセルクはそれが自分の言うエーテルとかなり似ていることに気づいた。

 

『確かにエーテルのようにも見えるが……、あのサイズで結晶は作らない……』

 

 エメトセルクが考え込んでいるのをよそに、ウイが続ける。

 

「エーテルは太古の時代に土、空気、水、火と並ぶ第五の元素として存在が仮定されたものでしたが、時代が下るにつれて存在が認められたり否定されたりしてきました。さまざまな検証や議論の結果、ここに存在しているのがエーテルです。存在は認められたものの、正体については現在でも議論が決着しておらず、あらゆる神秘の元だとか、エネルギーの一種だとか、色々な主張があります。他のオーパーツ同様、利用法はよく分かっていません」

 

 ミカはエメトセルクからもらったネックレスを見た。深い青色の結晶は、確かに目の前の薄紫色の粉末とは違うようにも思える。いや、色だけではない。何かを感じる。ミカは思わずと言った様子で小瓶に触れた。

 

 その瞬間、小瓶の中のエーテルが弾け、音を立てて瓶が割れた。

 

「きゃっ!」

「うへぁっ……!」

『これは……! 共鳴しているのか?!』

 

 慌てて手を引っ込めるミカ。三者三様に驚いているうちに、エーテルは空気に溶けるかのように消えてしまった。

 すぐにミカは、気分が悪くなってきたのを感じた。頭痛と、弱い吐き気、そして倦怠感。まるで急に乗り物酔いになったようだ。思わずその場にしゃがみ込んだ。

 

『エーテルを……吸収したのか? 乗り物酔いのような症状があるな。それはエーテル酔いと呼ばれている。体質によるが、少し休めば治まる。そこの椅子で休んでいろ』

 

 ミカは素直にエメトセルクに従った。心配して肩を支えてくれていたウイに告げた。

 

「……ウイちゃん、なんか気分が悪くなっちゃって。ちょっと休ませて」

「だ、大丈夫ですか? やっぱり、救護騎士団に連絡した方が……」

「いや、それは大丈夫……。すぐに治ると思うから……」

 

 ウイに支えられながら、なんとか椅子まで歩き、座る。少々みっともない気もしたが、背もたれに体重を預けて、大きく息をついた。

 

 目を瞑るミカ。

 

 ウイが心配して何事か言っているが、水の中に入っているかのようにぼんやりとしてよく聞こえない。

 元々あまり音のしない部屋だったので、自分の呼吸の音だけが聞こえる気がする。

 

 

 <……て…… ……じて…… ……えて……>

 

 見える。

 瞼の裏に。

 

 (ここは……宇宙? )

 

 夜空の真ん中に立っているような。

 彼方にはいくつもの星が輝く。

 

 (大きな青い星と……水晶? )

 (なんで宇宙に水晶が……)

 

 <聞……て…… ……感……て…… ……て……>

 

 聞こえる。

 誰かの声が。

 

 (この声は……)

 (一体、なにが……)

 

 <聞いて…… 感じて…… 考えて……>

 

 エーテル酔いの頭痛が引いていき、それとともに幻視した謎の宇宙が薄れていく。あの巨大な水晶は、エーテルの塊だった。なぜだか、そんな気がした。

 

『この感じ……。ハイデリンの奴め、節操がないな。聖園ミカ、今お前が見た惑星はアーテリス。私の故郷だ』

『帰ったら、もう少し詳しく聞かせてくれる?』

『お前、念話を……』

『なんか、えいっ! ってやったらできちゃった☆』

『エーテルを介した念話はそれほど簡単ではないはずだが……まあいい。お前がエーテルを扱えるようになれば、お前からエーテルの供給を受けることができるかもしれん。そうなれば私の目的の達成も早まる。……あまり楽しくもない、長い話だが、目的についても話してやる』

『うん、よろしく。じゃ、もう少しオーパーツを見たら帰ろっか』

 

 ミカはゆっくりと目を開く。ミカの顔を見ながら様子を窺っていたらしいウイと目があった。すぐに目を逸らされた。

 

「み、ミカさん……。調子はどうですか……?」

「うん、もう大丈夫! ごめんね、エーテルの瓶壊して中身なくしちゃって。弁償……って言っても、ものがなくなっちゃったもんね。どうしよっか。お金なら少しは出せるんだけど……」

「そ、そうですね……。どこかから手に入れられるように、後で見積書を送らせてください。用途もよく分からないものですし、粉末状態のものはしばしば見つかるので、それほど高額にはならないと思いますが……」

 

 お金か。ミカはティーパーティのメンバーとして恥ずかしくないだけの金額を自由にできるが、だからと言って無尽蔵に使えるわけではない。少々"やりすぎる"こともあるので、こういった請求が来ることもしばしばあるが……、その度にナギサとセイアに小言を言われている。それを思えば、できれば無かったことにしてしまいたい。

 

 そこでふと、すぐそばにエーテルに造詣が深い知り合いがいるのを思い出した。

 

『エメちゃん、中身なんとかできる?』

『いや、私たちの取り扱うエーテルはもう少し大きいサイズでないとクリスタルにならないはずだ。粉末になると空間に溶けてしまう。少し工夫すればなんとかなるかもしれないが……、すぐにどうにかするのは無理だろう。素直に金で解決しておけ』

『……なら、そうする』

 

 少しだけ残念そうなミカだったが、専門家が言うなら仕方ないと納得した。

 

「ミカさん……?」

「あっ、ごめんごめん。ちょっと値段考えちゃった。悪いけど、お願いします。ごめんね、ウイちゃん」

「は、はい……。オークションサイトなどを見回ったりしますし、外出の手間もありますから……少し時間がかかるかもしれません」

 

 ウイはインドア派らしく、外出はかなり億劫のようだった。あまり他人の表情を読むのが得意でないミカにも伝わってきて、少々申し訳なさも感じる。

 

「そうなんだ。分かった。……あんなことがあった後なんだけど、説明を聞きたいし、もう少し見ていってもいい? 触らなければ大丈夫だよね?」

 

 ウイはその問いに少し迷っていたが、オーパーツの知識を披露できる機会を惜しんだのか、結局了承した。触らないことのほか、触っていなくても万が一破損した場合は弁償する、という条件をつけられたが、ミカは納得した。

 

『お前にしては賢いじゃないか。ティーパーティだったか? お前たちの組織の倉庫や、お前の家にも在庫はあるから、ここでは星極性のために情報だけ得られればいい。口を出そうと思っていたが、その必要はなかったな』

 

 ミカはエメトセルクにウインクして答えた。

 

 ☆☆☆

 

 その後、さらにいくつかのオーパーツについて解説を受けて見識を深めたところで、いい時間になったので帰路に着いた。途中、パテル分派の生徒から連絡があり、少々寄り道をすることになったため、結局帰宅したのは夜だった。他の派閥ではどうか知らないが、パテルでは内容の少ない会議は珍しくもない。首長の出席と承認が必要なのだろう、とミカは納得している。

 

 簡単な食事とシャワーを済ませ、着替えて一息ついたところで、ミカはコーヒーを淹れることにした。紅茶に比べると馴染みがないが、今夜は遅くなりそうだったし、たまにはコーヒーもいいものだ。よく知らないが、シャーレの先生もコーヒー派らしいので、今後の政治的な関係を考慮すれば多少知識をつけておくのも悪くない。

 

 コーヒーメーカーの起動を諦め、沸かしたお湯でドリップタイプの贈答品のコーヒーを適当に淹れたミカがリビングに戻ると、エメトセルクがソファでくつろいでいた。

 

「ちょっと、イスいらないでしょ。どいてよ」

『どうせ物理的には干渉しないから、気にせずに座ったらいい』

「なんかヤダ。イス持ってくるから、そっち空けて」

 

 コーヒーをテーブルに置き、ダイニングのチェアを持ってきたミカが促すと、意外にもエメトセルクは素直にソファから移動した。

 

『話すとはいったが……、何から話したものかな』

 

 エメトセルクはそういってしばらく思案顔をしていたが、ミカが痺れを切らすよりはずっと早く話を始めた。

 

 惑星アーテリスについて。

 そこで暮らす人々とエーテルについて。

 彼らを襲ったかつての災厄、終末について。

 その対処と、それによる世界の分割について。

 そして、分かたれた世界の再統合について。

 

 そこまで話して、エメトセルクは大きく息をついた。エーテル体とはいえ、話し続ける疲れはあるのだろう。

 

『ここまでが前半、というところだな』

 

 エーテルを用いた絵や図を見せながらの話は、馴染みのないミカにもかなりわかりやすく、思ったよりも時間が経っていた。

 

「世界が14個に分かれるほどの衝撃って、想像もつかないね……」

『その衝撃を放ったハイデリンさえも想像していなかっただろう……と言いたいところだったが、奴は気が付いていたのかもしれん』

 

 ミカがすっかり冷めたコーヒーを啜……ろうとして、もう空なのに気づいた。

 

『今日はこのくらいにしておくか? 明日からも授業や仕事で忙しいのだろう?』

「うーん、それはそうなんだけど……。やっぱり、今聞いておきたいよ。続きも気になるし……」

 

 では続けるか、と軽い調子で話し始めたエメトセルクだったが、内容は先ほどよりもさらに重いものになっていた。

 

 世界統合の計画の進行と、同胞たちの離別について。

 7回の世界統合の後、現れた対立組織について。

 そこに所属することになった、かつての友人について。

 そして、自らの敗北とその後に思い出したことについて。

 

『"終末"と呼ばれた災害。その原因と対策を、あらためてその友人……いや、友人の生まれ変わりに伝える必要がある。いつまでも舞台にしがみつく演者のようでみっともないが、仕事は仕事だ。引き継ぎが完了するまでやらなければならない。……それが、私の……"エメトセルク"の目的だ』

「……そっか」

 

 感じ入るところがあったのだろう、ミカはいつのまにか膝を抱えていた。

 

「なんか、切ないね」

『……お前の口から出てくるのが同情でないことは感謝するべきだろうな』

「なんで、私のこと助けてくれたの?」

『……さあな。物質界に渡るエーテルを集めるのが楽かもしれないと思ったのは事実だが、よくわからないと言うのが正直なところだ。だが、まあ……お前はあのままだと、私のようになってしまう、と思ったのかもしれないな』

 

 意外な言葉に、ミカは顔を上げた。窓の外が少し明るくなってきている。

 

「エメちゃんみたいって?」

『引っ込みがつかなくなって、破滅に向かうかもしれない、ということだ。そういう目だった』

 

 その瞬間、ミカの頭に"存在しない出来事"の記憶が流れ込んできた。鋭い頭痛に思わず頭を押さえるミカ。

 

「うぅっ!」

 

 偽装されたセイアの死から立ち直れず。

 ナギサも、エデン条約も守れず。

 最後には……。

 

『……このエーテルの感じ、"過去視"か? ハイデリンのやつ、いやに気前がいいな。いや、むしろこれはデュナミスの働きなのか……?』

「い、今のは……?」

『何を視たのかは知らないが……。実際に起こったことじゃないから安心しろ。この世界ではない世界で起きていたことと言うべきか』

「この世界、ではない世界?」

『多元的宇宙論。並行世界、と言ったほうが伝わりやすいか?』

 

 ミカも思春期の青少年として、漫画やアニメなどでそういった内容をテーマにしたファンタジーに触れたことはある。しかしそれはあくまで創作で、現実とは離れたところにあるものだと思っていた。

 

「並行世界……」

 

 それが、現実と地続きの場所に唐突に現れた。異なった選択をしていたらたどり着く場所だったのだ、と知らされたような気がした。

 

『過去視と便宜上呼んでいるが、今回のように別世界の出来事を垣間見たり、あるいは未来に起こることを視ることもあるようだ。さっき話した友人の生まれ変わりがこの力を持っていたな』

 

 未来を視る。ミカにとってそれは、とても身近なことように思えた。

 

「未来視……。それって、セイアちゃんも……」

「ああ、そっか」

 

 もし。

 もし、ミカがアリウスと和睦しようとすることで。

 ミカ自身に、抱えきれない絶望が訪れるとしたら。

 それを、知っていたら。

 

「だから、止めてくれてたんだ……」

「いつか、ちゃんと謝らなくちゃ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「聖園ミカに裏切りの兆候あり、とマダムからのお達しだ。スクワッドはこれを調査し、必要なら"対処"するよう指示を受けた」

 

 サオリが珍しく、4人全員を集めて言った。

 

「そもそも、和平案だって聖園ミカが持ってきた癖に。調子のいい奴」

 

 吐き捨てるように言ったミサキだが、相手の強大さは認めているのだろう、装備と武器をくまなくチェックしている。

 

「その和平案に乗ったのはブラフだ、ということに勘付かれたのかもしれない。それを含めて調査だ」

 

 サオリの答えには視線だけで答えた。そんなことは知れている、とでも言いたげだ。

 

「信頼していた人たちが裏切っているかもしれないなんて、辛いですよね、苦しいですよね……」

「ヒヨリ、今回のはそんな同情が通じる相手じゃない。分かってるでしょ」

 

 壁にもたれて読んでいた雑誌を閉じ、呟くように言ったヒヨリに、ミサキが噛みつく。苦笑いしながらそれを宥めるのはいつもどおりアツコの役割だ。

 

「まあまあ、ミサキ。ヒヨリだって同情から言ってるわけじゃないよ。……サっちゃん、ここを発つのはいつ?」

 

 アツコの言葉に、ヒヨリとミサキの2人も自然とサオリの方を向いた。サオリはアツコを見て、眉を下げた。

 

「姫……。すまない……。今回ばかりは、力を貸してほしい。3人では力不足だ。姫のドローンからの支援を受けても、足りるかどうか……。アズサを呼び戻すことも考えたが、潜入中に不自然に外出するのは困難だと判断した……。だから、頼む」

 

 アツコが支援役として参戦することはマダムには言っていない。マダムはアツコにご執心だから、もしバレれば痛い目を見るかも知れない。

 だが、負ければ同じことだ。そして、3人でミカに勝つのはほとんど不可能だ。だから連れていく。その方が安心できる。

 

「ううん。みんなと一緒に戦えて、嬉しいよ」

「済まない……。いや、ありがとう」

 

 サオリが深呼吸する。気分を切り替え、作戦行動に集中する。馴れあいはおしまいだ。

 

「明日の未明、0200にはここを出発する。作戦の進行によっては、ここに戻らないことも考えて準備をしてくれ。以上」

 

 ☆☆☆

 

「S4より全員、標的を発見しました……。ポイントT4から北方面に向かって歩いています……。速度は4〜5くらいです」

 

 トリニティ市街を悠然と歩くミカを最初に見つけたのは、やはりというべきかヒヨリだった。古本屋の店先で本を物色しているフリをしながら、通り過ぎていったミカについてメンバーに報告。すぐさまサオリから連絡がある。

 

「了解、各員は持ち場に移動しろ」

 

 

 

『おい、』

『分かってるって。尾けられてるんでしょ』

『ならいいが……』

『誰だろ。アリウスの誰かかな。二重スパイやるから戻らないといけないんだよね〜。どうしようかな』

『どうせカタコンベに向かう途中だろう? 人気のないあたりで誰何してみればいいじゃないか』

『それもそっか』

 

 

 

「S3より全員。標的はT2を超えてさらに北上中……。これカタコンベに来ようとしてるんじゃない? どうする?」

 

 廃ビルの屋上に陣取っていたミサキからの通信。この辺りは旧アリウス自治区に近く、あまり治安が良くない。なので普通のトリニティ生は近づかない場所だ。

 

『どういうつもりなんだ……? 私が出る』

『了解』

 

 しばらくしてサオリが追いつく頃には、ミカはカタコンベの入り口に辿り着いていた。カタコンベは外見上は小さな祠のような建物で、あたりに人気はない。

 

「ああ、サオリだったの?」

 

 ミカは後ろを振り返りながら尋ねた。尾行には気付かれていたか。サオリは警戒度を少し引き上げた。彼我の距離は10メートルくらいだろうか。戦闘になればお互い一発も外さないだろう。ライフルを構えた。

 

「聖園ミカ、以前の定期連絡の時に暴れたらしいな。どういうつもりだ?」

「あー、事情聴取ってわけ? ちょっと気に食わない言い方されてカチンと来ちゃってさ。少し撃ったのは認めるよ。けど、よくあることでしょ? 今回は謝ろうと思って」

 

 ほら、と言ってミカが掲げる紙袋は、トリニティ市街にある高級菓子店のものだ。中身は窺い知れない。動きからして中身は重そうでもないし、少なくとも銃器や爆発物ではなさそうだ。本当に菓子かも知れない。

 

「荷物を地面に置いて、3歩下がれ」

「えー、お菓子なのに……」

 

 ぶつぶつ言いながらも従うミカ。サオリはライフルを構えたまま近づき、荷物を改める。袋をそっと持ち上げると、芳醇なバターの香りと、焼いた小麦の香ばしい香りが漂ってきた。軽い。焼き菓子だろうか。耳に当てる。当然、音はしない。

 

「本当に菓子か……」

「だから、そう言ってるじゃんね」

 

 サオリは大きく息をつき、スクワッドの他のメンバーに集合の合図をした。構えていたライフルを下ろし、ミカに伝える。

 

「その入り口からは入れなくなった。次の入り口を指示するから着いてこい。これからも不定期に入り口を切り替えるが、その度に指示する」

「ふーん? ……本当に裏切ったら入り口を教えてもらえないってことね?」

「ふん、当然の警戒だろう」

「大丈夫大丈夫☆ 裏切ったりしないもんね☆」

 

 ニコニコ笑うミカに、サオリは再びため息をついた。

 スクワッドのメンバーが合流して、ミカを置いて歩き始めた。そこで、ミカは言った。

 

「あなたたちが裏切らない限りはね」

 

 瞬間、サオリは振り返ってミカを見た。ミカは呑気な笑顔のままで、本意は読めない。

 

 (なんだ、今の感じ……)

 (まるでコイツが、圧倒的な存在になったかのような)

 (気のせいか? )

 

 あの不気味なマダムに相対したときの不快感のような、いやそれよりは少しマシだっただろうか。ともかく、ミカが巨人だとしたら、サオリは自分がアリ以下になったかのように感じた。

 ミカの雰囲気が変わったのはほんの一瞬のことで、サオリ以外は気がついていないようだった。ミカはサオリの思いを知ってか知らずか、首を傾げている。

 

 舌打ちをして、サオリは歩き始めた。

 

「サっちゃん、どうかした?」

「……いや、何もない」

「えー! サっちゃんって呼ばれてるの?! 可愛い〜☆ ねえ、私もそう呼んでいい?」

「断る。……姫、」

「あはは、ごめんごめん。でも、サっちゃんに友達が多い方がいいよ」

「そうそう、ねーサっちゃん?」

「聖園ミカ! そのふざけた呼称をやめろ!」

「私のこともミカでいいよ☆ あ! それか、ミッちゃんは? どう?」

 

「黙って歩け!」

 

 

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