ミカとエメトセルク   作:へんどり

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遅れてしまい、すみません。
プロデューサー業と王になるのとで忙しく、執筆の時間が取れませんでした……。
期日を設けると遅れたとき裏切るようで申し訳ないので、今後も不定期更新で頑張ります。
あと、プロットとか作ってないので、盛大に矛盾しているかもしれません。不備に気が付かれましたら、ぜひ教えてくださいね。


6

『アーテリスに……、いや、エオルゼアに残してきた"布石"がうまく機能しているらしい』

 

 先生との会談の帰り道で突然姿を消したエメトセルクが、帰宅してから再び現れて、そう言った。ミカはすでに食事と入浴を済ませて、ベッドで横になっていた。ほとんど眠るところに話しかけられて、かなり不機嫌になった。

 

「……それが何? もう寝るところなんだけど」

『私がこちらでエーテルを集めることにこだわらなくても、エオルゼアから召喚されればエーテルの問題はなくなる、ということだ。元々、召喚されるのはサブプランのつもりでいたんだが、英雄殿は上手くやっているらしい』

「それはよかったね。おやすみ」

 

 不機嫌を隠そうともせず、ミカは寝返りをうってエメトセルクに背中を向けた。

 

『やれやれ。……少し問題が発覚したから、また明日話す。今日はもう寝ろ』

 

 ミカはすでに微睡みの中にあったが、いつも飄々としたエメトセルクの久々の深刻な声色は翌朝まで頭に残っていた。

 

 エメトセルクはミカが眠りについたのを確認して、手に捕まえていた黒い小鳥を握りつぶした。エーテルではない力を持つ小鳥だが、肉体がある以上、生命活動は肉体の制約を受ける。こうなってしまえば本体との連絡はできない……はずだ。

 

『こんなことなら、もっとこのイデアについてヘルメスに詳しく聞いておくべきだったな……』

 

 エメトセルクは魔法で死体を片付け、不愉快さをあらわにして手近な椅子に深く腰掛けた。

 

 深いため息。

 

『ミカが寝るところだったのは好都合だったな。キヴォトスの連中はデュナミスと相性が良さそうだから、見つかればあて(・・)られてしまうかもしれん』

『召喚されるのを待てば良いとすれば、このキヴォトスまで救ってやる義理はないんだが……。どうしたものか』

 

 ヘイローの浮かんでいないミカの後頭部を眺めながら、エメトセルクはこれからどう行動するべきか考え始めた。

 月もなく、真っ暗な夜だった。

 

 ☆☆☆

 

 翌朝。偶然だが、今日は休日である。学校は休みだし、パテル分派としての会議なども入っていない。先生と補習授業部の皆は休日返上で勉強しているだろうか、とミカはぼんやりと思った。

 少し遅めの朝食を摂り、紅茶を淹れたところで、昨夜のエメトセルクの言葉を思い出した。

 

「エメトセルク? そういえば、昨日の話って何?」

 

 エメトセルクは虚空から現れ、壁にもたれかかった。瞑目したまま、ため息をついた。ミカが紅茶を飲み下すのを待って、ゆっくりと口を開いた。

 

『"終焉をもたらすもの"が、キヴォトスを見つけたかもしれない』

 

 まさに慚愧に耐えない、というべき苦々しい表情のエメトセルクは、ミカの印象に非常によく残った。

 

『思えば、この世界に渡ってくるときに気がつくべきだった。なぜエーテルの働きでお前の世界が見つかるのか、なぜ転移魔法で同じように転移できたのか……。キヴォトスは、おそらく、どこかで分岐したアーテリス星系外の惑星なのだろう』

「え? え? 待って、話がよく分かんない。終焉の……って、エメちゃんの世界を滅ぼそうとしてるってヤツだよね?」

『そうだ。あれに、このキヴォトスが見つかった可能性がある。もう始末してしまったが、黒い小鳥があれの端末として機能していて、それをこの近くで見つけた。私が軽率に転移魔法で移動したから経路が見つかったのかもしれない』

 

 少しずつ、ミカにも状況が分かり始めてきた。以前話に聞いた"終焉をもたらすもの"は、あらゆる星々の絶望にあてられた感受的生命体で、人々の生が苦しみに満ちた空虚なものであると結論づけ、すべての生命を終わらせようと活動している、ということだった。

 ミカが何かを言うべきか迷っていると、エメトセルクが頭を下げた。

 

『済まない。聖園ミカ。私は数多くの失敗をしてきたが、今回は特にひどい。……なんとかできるように努める』

「私に言われてもね……。あ、いや、違う。今のなし。ちょっと待って、まだ混乱してる……」

 

 ミカは、エメトセルクの表情がさらに曇ったのを見て、自らの短慮を恥ずかしく思った。

 

 ふう。ちいさく深呼吸して、ミカは気持ちを切り替えた。

 問題は多い。が、原因は分かっているし、まだ表面化しているわけでもない。対処法も見つかるはずだ。

 

「えっと、さ。エメトセルクをこっちに連れてきたのは私でもあるわけだし。私たちでなんとかしよう。できれば、大ごとになる前に。エデン条約のこともあるしね」

『……ああ、そうだな』

 

 2人で解決しようとか、エデン条約のことを考えているやや楽観的なミカを見て、エメトセルクは少し悲観的になった。

 そんな簡単な話ではないのだ。

 

 (……いや、ミカが気楽そうなのは仕方ないことだ。あの終末の災厄を見たわけではないからな。……一度、見せておいた方がいいか……? )

 

『本当は、デュナミス——想いが動かす力、のほうが〈終焉をもたらすもの〉には効果的で、それはおそらくお前たちの言う"神秘"と近いものであるような気がするんだが……、あいにく私にはそれが扱えなくてな。そこで、エーテルの(わざ)をお前に習得してもらいたい。デュナミスには劣るが、お前たちの使っている銃よりはパワフルなはずだ』

「それって……魔法ってこと?」

『本当は剣でも銃でもいいんだがな。私が魔道士だから手っ取り早いのが魔法だ。それに、エーテルの業の本質は魔法……、だと私は考えている』

 

 ミカは目を輝かせた。もちろん、それを見逃すエメトセルクではない。

 

『言っておくが! ……エーテルは非常に緻密で繊細な理論と力学に基づく力だ。だから、まずは座学だぞ。ワクワクするのは分かるがな』

「えーっ、お勉強!? 魔法なのに!?」

 

 ミカはさっきの目の輝きが嘘のように意気消沈した。

 

『今日が休日で都合が良かった。ほら、紙とペンを用意してこい。……お前は優秀なんだろう? であれば、それほど長くはかからないはずだ』

「うう〜」

 

 ぐだぐだ言いながらも、結局ミカは紙とペンを用意してデスクに向かった。

 

 ☆☆☆

 

 座学も突き詰めればキリがないのだが、今は時間の余裕もないということで、エーテルのもつ二つの極性、星極性(アストラ)霊極性(アンブラ)や元素六属性などの基本的な内容に留まった。

 午前中いっぱいと、午後のわずかな時間をもってひとまず座学は終了とし、それからはエメトセルクが魔法で作り出した空間で実技を指導することになった。

 

 エメトセルクはミカのこれまでの様子から、黒魔道士に適性があると判断していた。エメトセルクの時代の人間ならそのような細かい分類は必要ないのだが、エーテル量や操作に不安があるキヴォトスの住人であることを考えると、エオルゼア流の分類にしたがって使用する魔法を制限した方が習得は早くなるとエメトセルクは判断した。

 

 それが奏功したのか、その日の夕方にはミカはブリザド、ファイア、そしてサンダーの魔法を習得していた。

 

「すごい! 本当に魔法が使えるなんて!」

 

 エメトセルクが用意した仮想空間の中で、ミカははしゃいでいた。木人……つまり、攻撃練習用のダミー人形に次々と魔法を当てている。

 

『まあまあだな。そら、次はこいつが相手だ』

 

 エメトセルクはその様子を見て感心しつつ、次の相手として虎のような動物を召喚した。ただの虎と異なる点として、左右に一本ずつ非常に発達した触手のような髭が生えており、その触手を振り回して周囲全てに攻撃してくる。エオルゼアではチョッパーとも呼ばれている手ごわい原生生物でもある。

 当然、爪や牙といった生物本来の武器も強力で、回復や防御の手を抜いた迂闊な冒険者が倒れることもある。

 

 とはいえ、ミカは銃を帯びたキヴォトスでも有数の強力な生徒で、ただのちょっと強い動物にやられるようなか弱い少女ではない。銃や覚えたばかりの魔法を駆使して難なく撃破してみせた。

 右手に銃、左手に短杖というスタイルがミカにはしっくりきたようだ。杖はエメトセルクのお手製で、長さ25センチくらいのシンプルな木の杖だ。詳しい材料はミカにはよく分からなかったが、初学者が使うのは大体こんなものらしい。

 

「どう? ちゃんとできたでしょ?」

 

 満足気に振り返ってエメトセルクを見るミカに、エメトセルクは肩をすくめて答えた。

 

『チョッパーくらいで威張るな。こいつは初心冒険者が初めて戦うくらいの雑魚だぞ。それにこいつは普通、守り手と癒し手、そして攻め手2人の計4人で対応する魔物だ。お前が1人であることを考慮して少しパワーを下げてある』

「ふーん。まあ確かに弱かったし、そんな感じか〜」

 

 エメトセルクの説明はやや不正確だ。並のエオルゼアの冒険者にとって、チョッパーはそれほど雑魚モンスターというわけではない。しかし、かの英雄が最初に4人で組んであたったボスクラスのエネミーであることは正しく、かの光の戦士や、それと同等の素晴らしい才能を持つ者にとってはエメトセルクの言う通り雑魚モンスターの1匹であろう。

 

『……まあ、詠唱やエーテル操作には問題なさそうか。もう少し複雑で強力な魔法に移るぞ』

 

 その日ミカは結局、ファイガ、ブリザガなどの中級攻撃魔法までと、マバリアというバリアを展開する防御魔法を習得した。いずれも強力な魔法で、習熟には高い熟練を要するものである。それを1日で達成したことにはエメトセルクもわずかばかりの驚きを禁じ得なかった。

 黒魔道士の真髄の一つはフレアという最上級の範囲魔法である。持てる魔法力(MP)の全てを注ぎ込むはずの放つ極大の破壊魔法を、しかし高度に熟練した黒魔道士は3連続で放つのだ。その威力は凄まじく、広い範囲を文字通り焼き尽くす。

 それをミカが使うようになるのも遠くなさそうだ。

 

 ☆☆☆

 

 次の日。日曜日である。今日も授業は休みだが、パテル分派としての会議があり登校しなくてはならない。議題はエデン条約に関係した何かだったが、よく覚えていない。ミカは立場上、何かの報告や発表をするよりもそれを聞いて判断することが多く、小さな会議の内容までいちいち覚えていない。覚えていなくてもなんとかなっている。政治が苦手で、半分は血統と持つ神秘の力でお飾りのように選ばれたミカは、それでも、かなり頑張っていると自認していた。

 

 ミカはベッドからのそりと起き上がり、朝の準備をし始めた。

 

 

 登校中、不意に現れたエメトセルクがミカに声をかけた。人目のある外なので、ミカも念話で応じる。

 

『ついでに、ティーパーティーのオーパーツ倉庫も拝見させてもらうか』

『え、なんで?』

『以前エーテルに感応していただろう? 少し拝借して、お前のパワーの底上げに使えるのではないかと思ってな。エーテルは本来、世界中で循環して完全に消滅することはない資源だ。どうせ使い途がなくて死蔵しているだけなら、来る終末に対抗するために有効活用させていただこう』

『いいのかな。まあ、一応ナギちゃんに連絡しとけばいいか。エーテルの粉ってうちの倉庫にあったかな……』

 

 ミカがうーん、と考えていると、パテル分派の生徒と出会った。目的地が同じなので、出会うのは自然なことだ。

 

「ミカ様。ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 

『えーっと。誰だったかな。エメちゃん、わかる?』

『お前……。……カナではなかったか? 以前の会議の時、進行を務めていたからまあまあの立場なんじゃないのか?』

『あっ、そうか。そうかも』

 

「カナちゃん。調子はどう? 今日も進行やってくれるんだっけ?」

 

 呆れたエメトセルクから教わってカナと呼ばれた少女は、表情を隠しもせず驚いていた。ミカに名前を覚えられている生徒は少ない。特に、良い理由で覚えられている生徒はごく限られる。少女の脳裡によくない想像が過った。

 

「あの、私、何か粗相を……?」

「え? そんなことないよ。なんで?」

「その……、ミカ様はあまり他人に拘らない方ですから。私の名前をご存知だとは思わず……」

 

 少女の少し怯えたような様子に、ミカは内心で辟易した。ため息をつきそうになったが、なんとか押し留めることができた。

 

 (いつもこの顔。私が何を知っていても。知らなくても。)

 (あなた達が見ているのは私じゃなくて、神秘に溢れたパテル分派のリーダー。そうなんでしょ)

 

「まあ、たまにはね。最近、ナギちゃんと一緒に仕事してるでしょ? ナギちゃんも頑張ってるしさ。触発されて、色々勉強してるの」

「ああ、そうでしたか。それは良いことですね。お手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けください」

「うん、何かあったらお願いね」

「では、私は議場の準備もありますから失礼いたします」

「はーい。またね」

 

 ミカの返事に軽く一礼をして去っていく少女。ミカは比較的無難に会話ができたと思った。まだ彼女はあまり皮肉に精通していないからだろう。もしくは、全て演技か。

 

「……やれやれ、ってヤツ?」

 

 ミカは、自分の感じている閉塞感を、新しい条約がどうにかして壊してくれることを望んでいた。

 

 

 会議の内容はあまり覚えていないが、何度か「良いんじゃない?」と言ったことは覚えている。そうしたら、会議は終わりになった。ミカはどうせ自分の意見など求められていないことを知っていたし、派閥としては、政治のうまい副長とその補佐がかなり上手く切り盛りしているようだから問題はないだろう。

 

 (トリニティのこういうところは、)

 (あんまり好きじゃないけど。)

 (まあ、やらなきゃね……)

 

 ティーパーティーの持つオーパーツ倉庫へ歩きながら、ぼんやりとそんなことを考えていたミカは、ナギサへの連絡をすっかり忘れていた。

 

 オーパーツ倉庫は古書館のものと比較するとかなり小規模だ。建屋の外観は周囲の建物との調和を考慮されてか、瀟洒と呼んでよいものであったが、よく見れば扉の前に砂やホコリが積もっている。元々倉庫として設計されたわけではないのか窓もあるが、カーテンが閉め切られており中の様子は見えない。

 扉には当然鍵がかかっていた。

 

「あっ、ナギちゃんに鍵借りてくるの忘れちゃったな」

 

 ミカが踵を返したところで、エメトセルクが声をかけた。

 

『待て。あまりそういう些事に時間を取られたくない』

 

 エメトセルクは辺りを見回し、監視カメラや人の目がないことを確認すると、手を鍵穴に軽くかざした。まもなく、ガチャリと音がして鍵が開いた。

 

「わーお。大胆」

『この前の様子から思うに、エーテル結晶は紛失するかも知れないが、ここでは元々保管しているだけなのだろう? 古書館できちんと管理されているのだから、ここの分は我々が有効活用しても問題あるまい』

 

 扉や建物の様子を見れば明らかなように、オーパーツを利用するという話はミカも聞いたことがない。いつから保管されているのか。何のために。誰が。

 

 扉を開け、中に入る。少し埃っぽいにおいはするが、ミカの想像よりは綺麗な状態だった。扉の開閉がなかったおかげで、逆にある程度の気密が保たれていたのだろう。

 

 とはいえ、清潔な状態かといえばそんなことはない。通路や棚には薄く埃が積もっており、物を動かせば小さな虫などはいくらでも出てきそうだ。

 経年劣化のためか明かりもつかず、カーテン越しのわずかな入射光だけが照らす薄暗い室内は、どこか薄気味悪かった。

 

 何より、見るかぎり整理が全くされていない。何かの入った小瓶や書類、歯車や水晶が乱雑に置かれていて、種類が全く違うものも同じ箱に入っていることさえあるようだ。そんな箱が棚の上から下まで……いや、棚から溢れて床に平積みされている。

 

 エメトセルクがため息をついた。

 

『これでは、文字通り死蔵だな。……だが、私たちにとっては好都合か。これなら何かが多少紛失しても分かりはしまい。古書館より量もありそうだし、エーテルを頂いてさっさとお暇しよう』

 

 エメトセルクの言葉通り、おそらく品数や種類の管理はされていないだろう。多少荒らしても分からない。それはミカにも理解できたが……。

 

「なんかちょっと、良心が痛むかも」

『なに、後で桐藤に連絡しておけば問題ないさ。この量の整理は時間がかかりすぎるからともかく、通路や棚の清掃もしておけば感謝すらされるだろう。清掃は魔法でやればすぐだし、お前もこういう細かい魔法を試してみたらいい』

「えっ、魔法で掃除?! ちょっと、そんなことできるなら早く教えてよ!」

『ふん、魔法に不可能はない。少し制御が困難だが、まあ念話もすぐに使えたお前なら問題ないだろう。まずはエーテルを探すぞ』

 

 ☆☆☆

 

 首尾よくエーテル粉末と小さなクリスタル——鉱物の水晶ではなくエーテルが結晶化したもの——を見つけ、以前のように自らの力としたミカ。ミカを通してエメトセルクにもエーテルが供給され、2人の力はより一層高まった。

 

 昼前には清掃まで済ませて倉庫に鍵をかけることができた。ミカはナギサに連絡しようとしたところで、はたと気づいた。

 

「あっ! 鍵借りてないから入ったことにできないじゃんね!」

『……そうだったな。まあ、別の機会に説明しておけ』

「うーん……。連絡忘れそうだし、鍵壊れてたことにしちゃおう。えい!」

 

 ミカがドアノブについている鍵の部分に力を込めてひねると、ばきりと音を立てて鍵が壊れた。鍵のつまみを回してもするすると動いてしまい、錠となる突起が出てこない。

 

「よし」

『よくはないだろう』

「あはは。まあね」

 

 話しながらも、スマホを取り出してナギサにメッセージを送るミカ。ナギサからの返信はない。既読もつかないので、何か忙しいのだろう。ミカは安堵のため息をついた。

 

「じゃあ、帰ろっかー」

『ああ』

 

 ミカとエメトセルクはオーパーツ倉庫を後にした。

 

 ☆☆☆

 

 昼食をとり、魔法の練習をし始めてしばらくしたところ。

 

 ミカは以前のエメレンタル系の魔法の上位版、ファイジャとブリザジャのほか、黒魔紋、エーテリアルステップ、連続魔といった補助的な魔法も習得していた。また、ついに黒魔道士の真髄とも言える範囲魔法のフレア、単体魔法のゼノグロシーをも発動できるようになった。

 

「す、すごい……。これが、"フレア"」

『強力な魔法は詠唱も長いし、魔法力の消耗も激しいからな。使い所は考える必要がある』

「ふーん……。ねえ、聞いてもいい?」

『なんだ?』

 

「どうしてそんなに焦ってるの?」

 

 ミカはここのところのエメトセルクの取り憑かれたような熱心さと焦りに気づいてはいた。いたが、元々自分の力に疑いを持っていないこと、また、新たに力を得たことで少々気が大きくなっているから、取り組みへの意識感に差が生まれているのだ。

 

 これはミカとエメトセルクの認識の違いが原因である。実際に終末を経験したエメトセルクにとって、対処すべき問題はあまりに大きく、自らの力はあまりに小さい。それに、ミカを通して覗いたキヴォトスの人々には、世界を救うための滅私の協力ができるとは思えなかったのだ。それならば、誰か1人、特に強力な個体をさらに強化して問題に対処する方が合理的だと考えていた。

 失敗したときの保険がないのは不安だが、保険やサブプランばかり考えてメインプランが疎かになるよりも、まずはメインを充実させようという思想でもある。

 

『……丁度いいか。では、この先で試すがいい。お前の力がどれほどのものか。そして、知るがいい。終末がどのようなものか』

 

 そう言ってエメトセルクは、ミカの前に扉を召喚した。ミカは迷わず扉を開いた。

 扉の先は、高いビルが立ち並ぶ市街地だった。そのように説明するとミレニアム自治区のようだが、実態は全く異なり、あんな下品さや馴れ馴れしさはない。むしろ馴染み深いトリニティがさらに発展したような様子だった。荘厳で、壮麗で、どこか神聖にさえ思えた。

 暖かい日差しが注ぐ大通りには街路樹が整然と並び、駆け抜けるそよ風に揺れていた。

 

『アーモロート。かつて私たちアーテリスの民が住んでいた街だ。以前、話したな』

「ここ、すごい街だね……」

『善い世界だった。だが、』

 

 ミカの感嘆に応えたエメトセルクは、しかし、指を鳴らしてその次(・・・)を再現してみせた。

 

 降り注いでいた日差しは隕石に変わり、街路樹は燃え、そよ風は暴風となった。

 高いビルが半ばから折れ、崩れ、大通りは瓦礫と死体、うずくまる怪我人で埋め尽くされた。

 空は暗く、赤く、時折、モンスターを召喚した。

 

『これが、終末だ』

「ひどい……」

 

 ミカはそれきり言葉を失った。悲しみ、絶望感、怒り、同情心など、さまざまな感情が心の中を嵐のように渦巻いていて、自分の気持ちを言葉にすることができなかった。

 頭の中では、これがエメトセルクが生み出した幻影だとわかっているはずなのに、物悲しい風と、炎の熱と、どこからか聞こえるすすり泣きとが、ミカの心に現実感を与えていた。

 

『私たちはまず、出現したモンスターへの対処を行なった。駆除だ。ほら、破壊は得意だろう? やってみろ』

 

 瓦礫で塞がれた箇所を避けながら、人を襲うモンスターを、ミカは殺戮して回った。普段使いのサブマシンガンも、新たに覚えた魔法たちも、大いに役立った。

 毛皮のある芋虫のようなモンスター、全身にツノのような突起がある馬、目玉の多いスライムなど、3Dのゲームにしても気色悪いデザインのモンスターばかりだった。

 

 行き止まりでは、男が倒れ伏した女を見つけた場面だった。家族か、恋人だったのだろう。親しげな様子だ。

 

「あ、ああ、そんな……」

 

 男が膝をついて、女の手を握ろうとする。ミカは危険だから逃げるように声をかけようとした。男の体に黒いモヤがまとわりついて見えた。

 

「うう、ああ、ア、アアアアーーーーッッッ!!!」

 

 その瞬間、男は大きなモンスターに変じた! 毛むくじゃらのオオカミのような、だが、骨格が明らかに四つん這いの人なのだ。彼はミカと目が合うと、素早く駆け寄ってミカに爪を振り下ろしてきた!

 

「まっ、マバリア!」

 

 間一髪、バリアが間に合い、爪が弾かれる。左右の手で何度も爪を振り下ろしてくるが、バリアは全てを防ぎ切った。

 

「ウゴアアアアアアァァ!!!」

 

 痺れを切らしたのか叫び声を上げる怪物だが、ミカからは目を離さず、注意深く様子を伺っている。エメトセルクが現れた。

 

『どうした? 攻撃の好機だぞ?』

「でっ、できないよッ! あの人は、だって、……」

『人などどこにもいない。やらなければ、』

 

 ミカはエメトセルクを睨んだ。エメトセルクの深刻な瞳とミカの怒りに満ちた眼差しがぶつかった。獣は目を逸らしたミカに素早く反応し、噛みついて攻撃しようとしてきた。

 

「わっ、わ!?」

 

 バリアは破壊されてしまったが、バリアが稼いだ一瞬のお陰でミカはなんとか身をかわすことができた。

 

『やらなければ、やられるだけだ!』

「うう、うわあああああああっっ!!!」

 

 ミカはバリアではなく、攻撃魔法を放った。あたり一面を吹き飛ばす、覚えたばかりの強力な魔法(フレア)を。

 

『終末とは、こういう災害だ。絶望が人から人に伝播し、絶望にあてられた人が魔物に変じる。私たちの世界は、こうして終焉を迎えた。……お前たちの世界が、そうならないために、お前の力が必要なんだ。聖園ミカ』

 

 魔物も、死体も、瓦礫も吹き飛んだ中心で、ミカは膝をついて俯いていた。エメトセルクの言葉を聞いているのかいないのか、呟くように言った。

 

「人、人が……。人を……」

「わたし、」

「わたしが、……」

 

「私が、護らなくちゃ」

「トリニティを。みんなを」

 

「……キヴォトスを」

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