ミカとエメトセルク   作:へんどり

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今回、残酷な描写があります。ご注意ください。


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 セーフハウス……アジトに戻ってきたサオリとミサキは、この大雨の対処に追われた。拠点は廃ビルの2階だが、大した施設ではないし、上階は半壊しているのでそこかしこで雨漏りしている。滴る水の受け皿としてバケツや使わなくなった鉄帽を配置したり、電子装備や弾薬が濡れないようパッケージングしたり、やることを済ませた。

 窓はガラスもなく窓枠だけだから、そこからも雨が入ってくる。幸い、風はそれほどでもないので、物が飛んでくるということはないが……、結局、窓は木の板で塞いでしまった。こうなると、電池式の懐中電灯とろうそくが灯りの頼りである。

 

 暗い部屋に、4人で身を寄せ合う。

 寒いほどではないが、雨で気温が下がっているためか、なんとなく居心地が良い。

 

「な、なんか……昔を思い出しますね……」

 

 小さな声で、ヒヨリが呟いた。

 それを聞いてサオリは、何年も前の、まだ自分たちが幼かったころを思い出した。

 

 (今よりもっと悲観的だったヒヨリ)

 (今より情緒不安定で、自死を望んでいたミサキ)

 (思えば、アツコは昔からあまり変わらないだろうか)

 

 

 (そして、私は……)

 

 サオリはスクワッドとして集まってから、自身には変わったところもあるし、変わっていないところもあるように思った。

 たとえば、こんなふうに4人で集まって心寒さを凌ぐなど、考えもしなかった。

 

 (しかも、それが不快でないどころか……)

 (心地よいと感じるほどになるとはな)

 (アズサは、どうしているだろうか……)

 

 

 物思いに耽っていたからだろうか。

 雨音のせいだろうか。

 扉がゆっくりと開き始めるまで、人の気配に気が付かなかった。

 

 白いスカートの裾が見え、翼の端が目に入った。

 ピンク色の髪が見えてようやく、サオリは何が起きたのか理解した。

 

「やっほー☆ サオリ。ここにいる?」

 

 笑顔の聖園ミカが、開いた扉の向こうに立っていた。

 圧倒的な、威圧感を放っていた。

 サオリは初めて笑顔を恐ろしい表情だと思った。

 

「逃げろ!」

 

 サオリは声を上げると同時に愛用のライフルを手に取り、躊躇なく発砲した。

 ヒヨリとミサキは弾かれたかのように立ち上がり、扉の反対側にある窓へ走った。

 アツコはベルトにつけていたスモークグレネードを炸裂させ、視界を塞いだ。

 

 スクワッドのメンバーは先ほどまでの落ち着きからすれば信じがたいほどの速度で動いた。日々の修練の成果である。

 

 だが、聖園ミカは彼女たちよりさらに速かった。

 

 サオリのライフルは翼とマバリアを駆使して防ぎ、

 ヒヨリとミサキに1発ずつ発砲して足を止め、

 アツコにエーテリアルステップで飛び込んで首根っこを捕まえた。

 

 スモークが晴れたとき、サオリの目にはアツコを捕えた聖園ミカと倒れ伏すヒヨリとミサキが映った。ヒヨリとミサキはヘイローが消えている。1発で気絶させられたのだろう。

 

 発砲音の残響がなくなっても、サオリには先ほどまでしていた雨音すら聞こえなかった。アツコが口を動かしている。ガスマスクをつけていないのを久しぶりに見た、と思った。

 

「次は?」

 

 にこやかな聖園ミカの言葉で静寂が破られ、ざあざあという雨音も聞こえてきた。アツコは身じろぎしていて、ごそごそという音も聞こえる。アツコはもう口をつぐんでいる。

 

 サオリは構えていたライフルを下ろした。勝てるわけがないからだ。この"勝ち"には、短期的に場を離脱することも含めている。つまり、戦うどころか、逃げることすらできない。アツコを置いて行ったら意味がない。

 

 サオリは銃をゆっくりと地面に置いて、両手を上げた。

 

「……アツコを離してくれ」

 

 意外にも、ミカはその通りにした。アツコはミサキとヒヨリの元に駆け寄った。幸い、2人とも気絶しているだけのようだった。

 確認したあと、初めてアツコはミカを見た。睨みつけようとして、できなかった。

 

 ミカが恐ろしい怪物のような威圧感を放っていたからだった。

 

 ミカがチラリと目を動かして、アツコの方を見た。目が合って、それだけで呼吸が上手くできなくなった。ミカはサオリの方にまた目を戻した。

 

「ちょっと、話したくてさ。来ちゃった☆」

 

 恋人同士の逢瀬のようなセリフに、サオリは辟易した。アツコは胸に手を当てて呼吸を整えようとしている。ヒッ、ヒッ、という短い呼吸音から、それが上手く行っていないことをサオリは悟った。

 

「分かるだろう」

「何が?」

「こちらにもう戦意はない。ふざけた態度はやめろ」

 

 ミカは改めてスクワッドの様子を見た。2人は倒れていて、1人は呼吸困難、1人は銃を置いて両手を上げている。

 

「まあ、そうだね」

 

 ミカから放たれていた圧力が少し弱くなって、初めてアツコは深く呼吸ができるようになった。これまでの不足分を取り戻すかのように肩で息をしはじめた。

 

 ミカは真顔になった。

 

「セイアちゃんを殺して、どうするつもりだったのか聞きたくてね。いきなり聞くのって、無粋っぽいけど……」

 

 余裕、なさそうだし。と続けるミカの瞳を見て、サオリは悟った。

 ミカにとって何か致命的な地雷を、我々は踏んだのだ。

 かつて能天気なお姫様に見えた聖園ミカは、今や魔竜を討伐せんとする英雄のごとくである。

 

 (だが分かることもある)

 

 サオリは冷静さを欠いておらず、ミカの言葉からある事実を見出した。

 

 (アズサが失敗したのか、なんなのか分からないが……)

 (百合園セイアは、死んでいない)

 

 サオリは、ふう、と息をついた。疑問は生まれたが、状況は良くなった。ひとまずここで全員が惨殺されることはない。

 ミカは近くの物資箱に腰掛けた。銃も下ろしている。

 

「サオリも座りなよ」

「では、お言葉に甘えて」

 

 サオリは地べたに座った。銃の近くだが、もし手を伸ばせばその瞬間に撃たれるだろう。

 

「セイアについてだが、」

 

 サオリは少し待った。ミカの反応を見ようと考えたのだ。しかし、ミカは行儀の良い姿勢を全く崩すことなく、表情も眉一つピクリとも動かさなかった。

 無表情で、静かにサオリを見ていた。

 サオリは観念した。小さく舌打ちもした。

 

「まあ、マダムからの命令だよ。トリニティではどのくらいアリウスについて調査しているか知らないが、今アリウスを実効支配しているのはマダムという女1人だ。本名は知らん。我々生徒を軍隊扱いして教練していて——」

「マダムについてはどうでもいい」

「チッ……。目的は知らん。マダムの深謀遠慮は我々には知る必要がないからな。逆らえば拷問を受けるだけだ」

 

 サオリは肩をすくめて冗談めかして答えた。

 ミカはしばらく無表情のままサオリを見つめていたが、ため息をついて小さく言った。

 

「スリプル」

 

 サオリとアツコは抗う気になる間もなく、眠りについた。

 

 

「ルーシッドドリーム」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ミカはしばらく無表情のままサオリを見つめていたが、ため息をついて小さく言った。

 

「使えない奴」

「フン」

 

 それきり2人は沈黙した。アツコがヒヨリとミサキの手当てを終えて、サオリのそばにやってきた。

 

「姫。無事か?」

「うん、私は大丈夫。ヒヨリとミサキも、しばらくしたら意識を取り戻すと思うよ」

 

「アツコ……だっけ? あなた、弱いくせに図太いね。変に動いたら撃たれるとは思わなかった?」

 

 この場を支配しているのはミカだ。アツコが勝手な行動をしたら、ミカには撃つ資格がある。しかも、ミカにとっては少し圧力を込めただけで過呼吸になるような弱者である。それを勇敢とは思わなかった。

 

「死ぬなら、サッちゃんのそばかいい」

「ふうん……。姫とか言ってたし、あなたたちそういう関係?」

 

 揶揄うように嫌味な笑いをするミカ。サオリは少し毒気を抜かれたが、なんとなく、冗談に乗ってみたい気分になった。

 

「……そうだな。姫を守る騎士として、魔王に挑むのもいいかもしれない」

 

 サオリが答えるか答えないかのうちに、パン、と乾いた音が響いた。

 ミカが発砲したのだ、とサオリが気づくのには、少し時間がかかった。

 

「あーあ」

 

 サオリに体重を預けてくるアツコ。

 

 いや、これは、なんだ。

 

「ナイトがしっかりしないから。姫さま死んじゃったね」

 

 どくどく、と。

 まだ弱々しく続いている鼓動に合わせて、首に空いた穴から血が吹き出る。

 アツコが口をかすかに動かして、しかし言葉になることはなかった。

 ヘイローが消えた。

 

 死んだ。

 

「ぁぁあああああああああああああッッッ!!!」

 

 サオリの叫び声が狭い部屋にこだまする……。

 

 ☆☆☆

 

 

 びくり! とサオリの体が跳ねたのを見て、少し驚いたミカは、しかし、予定通りの動きを遂行できた。すなわち、スリプルの掛け直しである。

 

「スリプル」

「ルーシッドドリーム」

 

 サオリが再び眠りについたのを確認して、ミカは元いた物資箱に戻った。

 

「ねえ、これ、意味あるの? 何が起きてるのか分からないからつまらないんだけど……」

『心を折るなら一番の方法だぞ。明晰夢は確実に悪夢を見るわけではないが、状況的に悪夢を見やすいだろうからな』

「どんな夢見てるのかな……」

 

 ☆☆☆

 

 サオリは目を覚ました。近くにいないアツコに血の気が引く。すぐさま辺りを見渡せば、アツコはまだヒヨリとミサキの手当てをしているようだった。夢の中のように物資箱に座っているミカも目に入った。

 

「姫ッ!」

「わっ、どうしたの? サッちゃん?」

 

 大声に驚いたアツコが少し体を揺らし、サオリに向き直った。サオリはアツコと一瞬目を合わせて、ミカを見た。サオリの異様な様子を見てか、ミカは怪訝な表情をしている。

 

 (今のは、夢か!? )

 (何だ? いつ、眠らされたんだ? )

 

「なに、どうかしたの?」

 

 ミカがサオリに尋ねた。まるで何も意に介していないような声色はサオリを苛立たせたが、それを態度に出さないように努めた。

 

 深呼吸。

 

 サオリは改めてアツコの様子を見た。ヒヨリに湿布を貼っているようだ。ヒヨリが咳き込んだ。

 

 (何か……変だ)

 

「こんな時に発熱なんて、やっぱり私は全然ダメですね……」

「もう、病人はそんなこと気にしないで。もうすぐミカさんがお粥を持ってきてくれるから……」

 

「なに?」

「え?」

 

 驚いたサオリがミカの方を見ると、エプロン姿のミカが厨房に立っていた。サオリの声に驚いて振り返ったようだ。ミトンをした手で、飯盒を持っている。

 

「厨房?」

 

 そういえば、妙に明るい。そうだ、ここは、幼い頃一度だけ来たことがある。アリウスが内戦でメチャクチャになる前にあった飲食店だ。何を食べたのか、誰と来たのか、もう覚えていない。しかし、確かにあったのだ。

 

「もう、サオリ、待ちきれなかったの?」

「いや、」

 

 ミカに尋ねられたサオリは何かを言おうとして、しかし、言葉にならなかった。

 

 そんな店あったか(・・・・・・・・)

 

 記憶の始めから、アリウスは内戦中だ。飲食店などというものは存在しない。

 

「クソ、まだ夢の中か!」

「大正解!」

 

 ミカの手にあったものが銃に変わる。そのまま銃を向けられたサオリは格闘で対抗した。この距離なら、銃より格闘の方が強い。

 

「ふざけた真似を!」

 

 ミカを制圧すべくサブマシンガンに手を伸ばしたサオリだが、ミカはぬるりと滑るように数メートルも後退し、サオリの手を逃れた。

 

 (アツコを捕まえた時の動きだ。あの時から夢の中なのか……? )

 (クソ、どうすれば目覚める)

 

 思えば、さきほどサオリがミカに発砲した弾の防がれ方も妙な感じだった。翼で防いでいるにしては感触が硬すぎた。そもそも、扉を開かれるまでミカが来たのに気が付かなかったのもおかしい。それほど気を緩めてはいないはずだ。

 

 (いや、眠ってしまっている時点で気を抜いているか)

 

 サオリが思考を回していたのはごくわずかな間だったが、ミカが撃ってこないことで、サオリはむしろ警戒を強めた。

 夢の中だからか厨房は妙に広く、彼我の距離は先ほどより広がって見える。10メートルを超えているだろう。流石に銃の間合いだ。遮蔽もない。

 

 ミカは撃ってこない。無表情で佇んでいる。

 

 (いや)

 (私の夢の中なら、奴を消すこともできるはずだ)

 

 サオリの考えを読むかのようなタイミングで、ミカは少し微笑んだ。

 

「分かるよ、サオリ。でも、それ無理なんだよね〜」

 

 ミカを睨んだまま、ミカを消そうと、そして目覚めようと念じるサオリだが、うまくいかない。ミカは続けた。

 

「なぜ私が現れているのか、本当はわかってるんでしょ?」

「黙れ……」

「あなたは、」

「やめろ!」

 

 ミカが一瞬後ろを向き、くるりと振り返る。

 ミカはマダムになっていた。

 場所も聖堂になっている。

 

「恐れている。聖園ミカを。倒せるはずがないと思ってしまっている。ああ、許し難い怠慢です、サオリ」

「クソ、何なんだ、この夢は!」

 

 サオリはその時、自分の手に愛銃があることに気付いた。

 一瞬迷ったが、マダムに向けて引き金を引いた。

 マダムは穴だらけになって倒れたが、何ともなさそうに話を続けている。

 

「サオリ。錠前サオリ。秤アツコを助けたければ、エデン条約を簒奪するのです……」

「その話は何度も聞いた! 調印式の場にミサイルを撃ち込んで、混乱に乗じて条約のオーガナイザーをアツコにする! そのためにはトリニティ上層部、とりわけ予知能力のあるセイアは邪魔だ! だから殺す必要がある! もうたくさんだ!」

「トリニティにロイヤルブラッドの持ち主を残してはなりません……ETOの主が……トリニティが……聖徒会を……」

 

 サオリは続けざまに発砲した。後半はいつだったか拷問を受けながら耳に入ってきているのをぼんやりと認識しただけだから、どうも内容が曖昧だ。

 倒れ伏したマダムの頭に向けて最後の一発を放ったところで、意識が薄れていくのを感じた。

 

 夢が覚める!

 

 

 ☆☆☆

 

「スリプル」

「ルーシッドドリーム」

 

 ☆☆☆

 

 

 がばり! と体を起こしたサオリは、素早く周囲を確認した。予想通り、そこはアジトであった。やはりうたた寝をしてしまっていたらしい。他のメンバーも一緒だ。寄り添うように皆眠ってしまっている。

 

 ヒヨリ、ミサキ、アツコ、そしてミカ。

 

 みんな、アリウススクワッドのメンバーだ。サオリは安堵してため息をついた。しかし、不寝番が眠ってしまっているのは良くないな。当番は誰だっただろうか。今、何時だ。時間が分かれば当番が分かる。サオリは懐を探って時計を探した。

 

 (やれやれ、何やら悪夢を見ていたような覚えがある)

 (4人で退屈していたところにミカが襲撃してきて)

 (フン、思い出すと不思議だ。ミカはスクワッドのメンバーだ……)

 (時計はどこだ)

 

 サオリは動きを止めた。

 

「何か、妙だ……」

 (そうだ、雨はどうなった? )

 

 チラリと窓の外を見て、その瞬間、サオリの全身に鳥肌が立った。アジトの外は快晴だった(・・・・・・・・・・・)

 銃を持ち、立ち上がって全員から離れた。

 

「クソッ! 私は何を考えている! ミカは敵だ(・・・・・)!」

まだ夢の中なのか(・・・・・・・・)ッ!」

 

 眠っているはずのミカを睨みつければ、ミカはニヤリと笑った。銃を向ける。しかしミカは銃など全く気にしていないように立ち上がった。そして、にこりと笑って挨拶した。

 

「おはよう、サオリ」

 

 挨拶を返す代わりに、サオリは一発だけ発砲した。ミカの周りには球形のシールドがあり、弾は弾かれた。

 こういう神秘を持つ者もいるが、ミカはそうではない。……ない、はずだ。

 舌打ちするサオリに、ミカは続ける。

 

「もうそろそろわかってきた?」

 

 黙れという言葉の代わりに、サオリは銃弾を放った。弾かれる。

 

「サオリ、あなたの深層心理では、」

 

 トリガーを引きっぱなしにする。全て弾かれた。やがてマガジンが空になって、射撃が止んだ。

 

「私に勝つことを諦めている」

「黙れ! お前は、私が夢の中に作り出した幻にすぎない!」

「その通り。でも、だからこそ、あなたのことがよく分かるよ、サオリ」

 

 サオリはついに、銃を下ろした。

 

「私は……」

 

 サオリが呟くと、あたりは真っ暗になって、ミカもスクワッドのメンバーも、誰もいなくなった。

 

「わたしは、どうすればいい……」

 

「ミカを倒さなければ、スクワッドは終わりだ」

「仲間を失いたくない……」

「だが、聖園ミカには、勝てない……」

 

 (ああ、そうか)

 (この夢は、私の恐怖心そのものか)

 (いつか必ず対峙することになる聖園ミカを)

 (どうすれば良いのか、分からないままでいる……)

 

『いつか』とは言うが、その日は近い。調印式の日も間近に迫っている。先ほどの夢のように、セイアについて疑問を持ったミカが襲撃してくることも考えられる。

 

 (一番は、このまま調印式までミカを避け続けられることだ)

 (もしそれができなければ、どうするか)

 (マダムを裏切る……)

 

 マダムを裏切ればミカと戦わなくて済むが、アリウスにはいられないだろう。高度な政治取引が成立しなければ、トリニティやゲヘナでも安心できるとは思えない。

 それに、スクワッドのメンバーのことも心配だ。

 今まで学校に通っていなかったから、サオリ自身は今更学校に通うというのも気が引けるが、アツコやヒヨリは学校で学ぶことへの憧れがあるかもしれない。

 だが人の多い場所へ行けば、裏切り者の誹りは免れないだろう。イジメなどに発展すれば、怒りを抑えられないかもしれない。小競り合いにでもなれば本末転倒だ。

 

 (誰かに相談するか)

 (しかし、誰に? )

 

 迷いは、判断材料を増やせば解決できる。

 判断材料を増やす方法はいくつかある。実験や訓練で経験を増やすのもよい方法だが、よく知っている人に話を聞くのも当然よい方法だ。サオリは何人かの人物を思い浮かべた。

 

 マダムは当てにならない。マダムの秘密主義は相当なものだし、最近は何か別のオモチャを見つけたようで、そちらにご執心だ。そのおかげでアツコへの関心が下がっているのはありがたいが……。ともかく、少々実力がある私やスクワッドメンバーも、一般の生徒も、奴にとっては駒に過ぎないだろう。有効な回答が得られるとは思えない。駄目だ。

 

 メンバーはどうだろうか。

 ミサキはアリウスの教え(全ては虚しい)に悪い方向であてられている。一度、話を振った時もそうだったが、改めて敵の強大さを伝えれば全てを諦めてしまうかもしれない。うまくなさそうだ。

 ヒヨリは、少なくとも逃げるのは得意だ。少々思い込みが激しいところはあるが、それも逃走時にはよい方向に作用しているように思う。だが、夢の中の聖園ミカからは逃げきれていなかった。あの状況に持ち込まれたら意味がないという点では弱いか。

 アツコは……、正直に言えば、どう考えているか分からない。だが、自分の考えていないアイデアを出してくれる、という意味では適任かもしれない。アツコのもつ特有の世界観には、スクワッドの雰囲気を変える力がある。皆の心の拠り所でもある。

 どう転ぶかは分からないが、メンバーと課題を共有するのは必要そうだ、とサオリは考えた。

 

 

 (あるいは、聖園ミカはどうだろうか)

 

 聖園ミカにどう対処するか聖園ミカに尋ねる……というと奇妙な感じがするが、今のところ、冷静に会話ができないほど怒り狂っているというわけではないはずだ。ミカはトリニティを裏切ってアリウス側についている立場も、まだ捨ててはいない。

 

 ここで気がかりなのは百合園セイアについてだ。聖園ミカが襲撃してきた夢ではセイアを殺そうとした理由を問われた。

 かなり長い間、夢を見ているせいで記憶が混乱しているが、セイア殺害は成否が不明だ。アズサからは滞りなく任務が終了し、続けて潜入に入るとは連絡をもらっているから、問題なく遂行できたのだろうと判断していたが……。

 

 (この方向から、逆に揺さぶりをかけてもいいかもしれない)

 (目的の一端については話してしまうか)

 (マダムにアツコを人質に取られると厄介だが……)

 (話す代わりに聖園ミカにアツコの守護を任せるか)

 (ミカに姫が拉致されたストーリーもいいかもしれない)

 (……トリニティは信用ならないが、ミカ個人なら少しはマシか)

 

 どこかで、妥協は必要だ。

 サオリはこれまでの連絡の取り合いや情報のやり取りが期待通りに行われていたことで、ミカを少しは評価していた。もちろん、ミカが流していた情報はナギサによって管理されており、トリニティにとって致命的なものはない。だが、トリニティの内情がほとんど分からないアリウスにとっては、どれも価値のある情報だった。

 少なくとも、サオリにはそう見えていた。

 

 (案外、悪くない手に思える)

 

 こちらも、メンバーに相談してもいいだろう。サオリはそう判断した。結果としてアリウスやマダムから追われる立場になることよりも、アツコやミサキ、ヒヨリを失うことの方が耐えられない。

 少なくとも、先ほどミカにアツコを殺された夢では耐えられなかった。

 

 あたりは相変わらず真っ暗だが、サオリは少し光明が見えた気がした。

 奇妙な感覚だ、と思った。

 夢の中でこれほど意識を保っていたこともそうだし、夢の中でなくとも、問題解決のためにこんなふうに頭を捻ったことは初めてだった。

 上手くいくかはわからない。重大な見落としがあるかもしれない。自分で考えるのは、とても大変だ。

 

 (だが、悪くない気分だ)

 

 あとは、夢から覚めるだけだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

『サオリとか言ったか……こいつ、案外したたかだな。特殊部隊を率いているのは伊達ではないというわけか』

 

 先ほどまでとは打って変わって、安定した寝息を立て始めたサオリを見てエメトセルクが呟いた。それに反応して、物資箱に座ったミカはエメトセルクに尋ねた。

 

「ねえ、なんか落ち着いて眠り始めたけど、これ合ってるの?」

『元々、ルーシッドドリーム(明晰夢)は魔法力を回復するための魔法として組まれているからな。あまり他人には使わないが……。明晰夢の中でうまく立ち回ればむしろ気分が落ち着いて精神が安定するのは正式な挙動と言える』

 

 ミカは憮然とした。

 

「ちょっと、夢と現実と区別つかなくして、目的について洗いざらい吐いてもらおうって話だったじゃん! どうするのよ」

『当然、一度起こす。こちらへの態度が改善すればよし、そうでなければもう一度威圧してから同じことをする』

「分かったけど……なんかもっと手っ取り早い方法ないの?」

『我々は寿命が少々長いからな。手短な方法は詳しくない』

「少々、ね……」

 

 あくまで飄々とした態度のエメトセルクに、ミカはため息をついた。物資箱から降りてサオリのそばまで歩く。

 

 あどけない寝顔だ。今も雨漏りの受け皿が水滴の音を奏でている。窓に打ち付けられている板の隙間からは、荒れ果てた街並みが見える。建物は崩れたものばかり。道路は水びたし。

 

 (きっと、サオリは……ううん、アリウスの子たちは)

 (こんなふうに眠ることは少ないんじゃないかな……)

 

 ミカは一瞬、ためらってから、サオリの頬をぺちぺちと叩いた。サオリはゆっくりと目をあけた。何度か目を瞬かせ……目の前にいるのがミカだと悟ると、少し体を強張らせた。

 

「おはよう、サオリ」

「あ、ああ……」

 

 ミカが体をサオリから少し離し、サオリはゆっくりと身体を起こした。

 

 サオリとミカは、しばらくの間、言葉を話さなかった。

 

 サオリはその間ゆっくりと呼吸をして、ミカのものだろう香水の匂い、雨と土の匂い、微かに残る硝煙の匂いを感じた。久しぶりに匂いを嗅いだ気がして、とうとう現実に戻ってきたと悟った。

 サオリがあたりを見渡す。他のメンバーはまだ寝ているようだった。いや、2人はミカに気絶させられたのだ。

 

「アツコは、無事なのか?」

「うん、眠ってるだけ。多分、もうすぐ自分で目覚めるんじゃないかな」

 

 スリプルは効果時間がそれほど長くない。ミカはアツコにはルーシッドドリームを掛けていないから、アツコはただ眠っているだけだ。夢を見ているかはわからない。

 

「聖園ミカ」

 

 アツコの無事を確認したサオリがミカを呼んだ。深刻な口調である。

 

「少し、相談がある。聞いてくれないか」

 




夢の中でさえ、ミカにこんなことをさせるつもりはなかったのです。本当です。なのに何故こんなことに……。
解釈違いを起こしている方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。
あなたはあなたのキヴォトスを大切にしてください。
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