ミカとエメトセルク   作:へんどり

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 サオリは夢の中で十分に話のストーリーを考えていたつもりだったが、いざミカと対面すると中々言葉がまとまらなかった。

 きょろきょろと視線を動かし、言葉を探すサオリ。

 

 ミカはしばらく地べたに座るサオリのそばに立っていたが、元の物資箱に戻り、腰掛けた。

 表情をなくして、ぼんやりとサオリの方を見つめるミカ。

 

「まず、百合園セイアについてだが、少し説明が長くなる」

 

 今度は、ミカはぴくりと反応した。

 

「エデン条約はトリニティのお前達の方が詳しいだろうが、エデン条約機構は知っているか?」

「ユスティナ聖徒会の? それが?」

「調印式の日、ゲヘナとトリニティの首脳で以て条約機構を形成する予定になっているだろう? それを……」

 

 サオリはアツコの方を見た。まだヘイローは浮かんでいない。眠っているようだ。

 

「アツコを主体とする。条約機構の主権を簒奪するというわけだ。そのための手筈を整える一環として、セイアを殺すつもりだった。マダムはセイアの予知能力を重く見ていてな、調印式の日の出来事をトリニティ側に知られては困ると判断したんだろう。元々病弱であまり表舞台には出てこないから、手にかけるのも容易だと判断したのかもしれない」

「聖徒会の執行力を我が物に……ってこと? でもそれって、目的じゃなくて手段でしょ? 目的は?」

 

 サオリはハッとしたあと、ため息をついた。ミカに対してではない、というのがミカにも分かった。自嘲しているようだった。

 

「それを、よく考えるべきだった……。マダムは、アリウス生には聖徒会の力で迫害してきたトリニティの連中を見返すのだと言っていたが、マダム自身の目的は決して言わなかった。奴の人間性から言って、ロクでもないことを考えているに違いない」

 

 サオリはそこまで言った後、ミカから少し目を逸らした。それはほんの一瞬のことだったが、ミカはサオリが何か言いにくいことを言おうとしていると察して、言葉が流れるのを待った。

 

「あー、なんと言うか……。セイアは、生きている。そうだろう?」

 

 ミカは表情を動かさないように努力したが、サオリにそれが真実であることを気取られた。サオリはなおも話しにくそうにしているが、ミカが何を言うか考えているうちに、続きを言うことができた。

 

「いや、それならむしろ、良かった……んだと、思う。私は、いや、スクワッドは、これまでアリウスのためと信じてマダムに尽くしてきたが……最近どうも、様子がおかしい。だから、トリニティとの完全な決別は良くない……と思う」

 

 サオリはふたたびため息をついた。続ける。

 

「すまない。普段あまり、こうして物事について良く考えることは少なくてな。まだ慣れていないんだ。マダムに言われた通り動くばかりだったからな……。アリウスを探せば、こういう考えることが得意なやつがいるとは思うんだが……」

 

 ミカはサオリの殊勝な態度に少し面食らった。なにか、夢の中で重要な出来事があったのかもしれない。だが、ミカにとって、またトリニティにとって、ひとまずは悪くない変化だと思った。

 

 天は自ら助くる者を助く。

 

 アリウス側をも救いたいとしているミカにとっては、アリウス側からの歩み寄りは一般の生徒たちからの理解を得るという意味でとてもありがたいからだ。

 

「まあ、良いんじゃない? ……サオリの考え通り、セイアちゃんは生きてる。ただ、意識は戻ってないみたいで、まだ会うのも難しいんだよね」

「そうなのか……」

 

 サオリはすこし、申し訳なさそうにした。ミカはどう思っているのだろう、とミカの表情を探ったが、よく分からなかった。

 

「実行役はアズサちゃんだったんでしょ? なんで殺さなかったか……、いや、殺されなくて良かったんだけど、分かる? 何か聞いてる?」

「いや、こちらもそれは分かっていない。アズサからは任務完了としか聞いていない」

「そっか……」

 

 ミカは少し気落ちした。アリウスにやってきたメインの目的はセイア襲撃の意図だが、いくつかサブ目的もある。地下施設が多いアリウスの、大雨への対処の様子の確認もそうだし、アズサの行動についてもそうだった。

 

 その時、うめき声がした。

 

「うぅん……」

 

 アツコの声だ。ヘイローが灯り、ゆっくり身体を起こそうとしている。つぶさにアツコの様子を確認していたサオリが駆け寄った。

 

「姫!」

「ふぁ……サッちゃん……?」

 

 アツコはしばらくサオリを見た後、周りを見渡してミカを見つけた。びくりと体が反応した。それを見て、ミカは苦笑いしながら手を振った。

 

「み、聖園ミカ……」

「さっきはごめんね。私もちょっと、余裕なさすぎたかも」

「……」

 

 アツコからは聖園ミカは初めて会った時のように……、あるいは、以前一度会ったときのように見えた。つまり、先ほどのような強烈な威圧感はすっかり消えていた。アツコはひどい無力感に苛まれた。

 

「わたし、戦いは得意じゃないって思ってたけど。それでも普通にはやれると思ってたのに。聖園ミカにここまでされて、しかも威圧感を消されたら全然分からないなんて思わなかった……」

「姫……」

「あ〜、まあ、私、ちょっと特別な訓練もしてるから? あんまり気にしないで?」

 

 サオリが自身の考えについてアツコに話し始めたところで、エメトセルクがミカの隣に現れた。

 

『お前の"威圧"は適当にエーテルを周囲に放っているだけだからな……』

 

 デュナミス(想いが動かす力)が強い影響力をもつキヴォトスでは、エーテルは異質な力だ。エーテルに曝されると、キヴォトスの人々の一部は不快感や違和感を覚えるらしい。

 

『だが、あのアツコという生徒には、少しばかり効きすぎる(・・・・・)。エーテルへの感応性が高いのかもしれない。留意しておけよ』

『留意って言われてもね。具体的に言ってよ。変に魔法のこと教えて敵対することになっても困るし。そもそも私、黒魔法のことしか知らないし』

『……威圧をやりすぎると、完全にエーテルと感応してお前のようにマザークリスタルのヴィジョンを観るかもしれん。これ以降、威圧は控えろ。いや、近くで魔法を使うのも避けた方がいい』

 

 ミカは一瞬、考えて、エメトセルクに尋ねた。

 

『いっそ、魔法のこと教えちゃうのは? こうやって念話できたら連絡も便利だし』

『また私に先生をさせるつもりか? 絶対に厭だね、と言いたいところだが……、黒魔法は惑星全体のエーテルバランスを少しずつ星極性にシフトさせてしまう。お前一人が少し使う分には問題ないとは思っているが……異なる惑星でのことは私も分からん。対となる白魔法を習得させるのも一つの手ではあるだろう』

 

 星極性、破壊と活発の属性である。対となるのは霊極性で、こちらは停滞と沈静を司る。

 かつてエメトセルクの故郷を襲った終末の災厄も、根本の原因は天の果てから飛来した『終焉を唄うもの』だったが、直接の原因はエーテルバランスの崩壊だった。

 ミカはあの光景を思い出した。

 

『絶対、覚えてもらおう。わたしも黒魔法、控えるよ』

『終末を想起したのか? お前一人であれほどの災害が起きるわけがないだろう……』

 

 エメトセルクはため息混じりだったが、ミカはムッとして反論した。

 

『私たちはあなたたちみたいに、全員が力を合わせられないから。あれより小さい災害だとしても、起こすわけにはいかないよ』

『まあ、そうかもしれないがな。……使うべき時に躊躇うなよ』

『はいはい。また先生役……というか、私を仲介するから、先生の先生役? お願いね』

『エーテルに還って、ついに仕事から解放されると思ったのに。面倒が増えるばかりだな……。まずはエーテルへの感応性の調査と、白魔法に適性があるかどうかの調査だな』

 

 2人の悪だくみは少し中途半端なところで終わった。実際にはミカは白魔法のしの字も理解していないし、元となるエーテル学の理論についても復習しなければならないだろう。

 なぜミカとエメトセルクが話を切り上げたのかといえば、気絶していた2人が回復して4人とミカが再び対峙することになったからである。

 

「サオリ。話はまとまった?」

「ああ。筋書きはこうだ。調印式の日、巡航ミサイルが式典会場に撃ち込まれる——」

「巡航、え? ミサイル?!」

「そうだ。これは避けられない。マダムがどこからか調達してきた。聖園ミカ、桐藤ナギサと百合園セイアが大切なら守ってやれ」

「そりゃ、言われなくてもそうするけど、ミサイル……」

 

 ミカが静かになったところで、サオリが続ける。

 

「それで、混乱に乗じて、カタコンベの各所からトリニティに侵攻する。侵攻ルートの詳細は分かったら連絡するが……あまり期待するな。カタコンベの出口は私たちでも把握しきれていないし、ある程度より先は"生徒の自主性に任せ"られているからな」

「それって、」

「そうだ。泥沼のゲリラ戦をやれ、ということらしい。まあ、遅滞戦闘だな。ミサイルによる混乱と、ゲリラ戦でトリニティの対処能力を飽和させたところで、」

 

「私が、ETOを乗っ取る」

 

 アツコが続けて、ミカは苦い表情をした。サオリはさらに話を続ける。

 

「すぐに聖徒会の亡霊が出てくるはずだ。そうすれば戦力差は覆って、アリウス側が有利になる……はずだったが、聖園ミカが土壇場で裏切ってアツコを誘拐してしまい、聖徒会はうまく機能しないまま、スクワッドは制圧されてしまった……。という流れだ」

 

 ミカは内容をゆっくりと反芻した。巡航ミサイルなど新情報は多いが、嘘であるとは言い切れない。ここはナギサに吟味してもらった方が良いだろう。またミカが裏切るという話だが、実際に裏切っているのだからここも問題ない。

 だから、問題があるとすれば、一つだけ。

 

「アリウスは、それでいいの?」

 

 スクワッドは、ではない。自治区としての、アリウス。執行力を持ったトリニティが、わざわざ襲ってきたアリウスを放っておくことはあり得ない。

 トリニティ世論はアリウスの存続を許さないだろう。一般生徒からの突き上げがあれば、ナギサにどれだけ説明したとしても、ナギサも動かざるを得ないかもしれない。

 

 サオリが答えるまで、しばらく時間がかかった。ミカはサオリだけでなく、その場にいた全員に聞いたつもりだったが、サオリが答えるまで誰も答えなかった。

 

「……正直なところ、分からない」

 

 サオリは少し寂しげな表情で言った。ミカが他のメンバーを見やれば、皆同じような表情だった。

 

「わからない?」

「ああ。……筋書き通りにことが運べば、トリニティの連中は激怒して、今度こそアリウスを滅ぼしにかかるかもしれない。私は世紀の大罪人として歴史の教科書に名を連ねるかもしれない。アリウスの命運を私が——」

 

 その時、アツコがサオリの手を握った。サオリは一瞬、アツコとメンバーと顔を合わせた。

 

「いや、私たち(・・・)が決めてよいものかという迷いはある。だが、……だが、冷静になって考えてみれば、マダムに支配され、恐怖のもとに憎悪だけを募らせている今のアリウスが、正常なものだとも思えない」

 

 サオリは夢の中で、マダムの洗脳という狂気から解き放たれていた。

 

「——だから、私たちは選ぶ。私たち()選ぶ。たとえ、一矢報いるだけだとしても。何の意味もないとしても。虚しいものだとしても。滅んでしまうとしても」

 

 ミカは、迷っていた。

 みんなと仲良くしたい、それはいかにも幼稚だが、本心でもあった。

 しかし、現実は厳しかった。すぐ届きそうだと思っていたアリウスとの和解は、実は遥かな先で、アリウスを取り巻く現状はどうにもならないようにすら思えた。

 

 大雨で水浸しになる地下道。

 日々の食事もない生活。

 瓦礫と化した街並み。

 邪悪で利己的な支配者。

 彼女のもとで募った恨みつらみ。

 

 もし、時間が無限にあれば。定命でなければ。卒業がなければ。サオリとそうしたように、ゆっくり時間をかけて全員と対話できたかもしれない。

 

 だが、そうではないのだ。エメトセルクたちと違ってミカたちは限られた時間しかない。それに、調印式の日は近い。決断しなくてはならないのだ。

 

『……いいんじゃないか?』

 

 意外なことに、反応を示したのはエメトセルクだった。エメトセルクがコミュニケーションを取れるのはミカだけである。当然、この発言もミカに対してだ。

 

『このサオリも、アツコも、後ろの2人も、アリウスの生徒なんだろう? 外から来たお前が判断するより、よほど主体的じゃないか。選ばれた者がより良い道を信じて進む、いや、進んだ道をより良いものであるように努力する……、政治とは、本来そういうものだ』

『サオリたちが選ばれた者ってわけじゃないと思うけど……。まあ、でも、エメトセルクの言う通りかな。それなら』

 

 

「分かったよ、サオリ。わたしはあなたたちの選択を尊重する」

 

 アリウスの生徒としてそう言うのであれば。

 

「アツコちゃんのことは、私に任せて。でも——」

 

「アリウスも、滅ぼさせたりなんかしない」

「私は、みんなを守ってみせる」

 

 サオリは自然と、右手をミカに差し出した。

 ミカは差し出された手を、力強く握った。

 

 サオリには少し痛いくらいだったが、それがなぜか、どこか心地よかった。

 

 

『また"覗き"か……』

 

 エメトセルクのつぶやきを、ミカはたまたま聞き逃していた。

 

 わずかなエーテルの乱れ。

 

 デュナミスによる干渉と思われるそれは、エーテルとその流れを視ることができるエメトセルクにとっては、小さな乱れでも大きな違和感となる。気が付かないでいることはできない。

 

『"超える力"や"過去視"でもなければ……、む?』

 

 だが少し、今回は様子が違った。始まりこそデュナミスによる干渉のようで乱れた後しか視ることができなかったが、次第に流れが視えるようになってきた。

 

『これは……』

 

 魔法だった。

 見たことのない形式だが、エーテルの流れ方からして破壊……つまり攻撃や、転移系のものではない。

 

『予知、遠見……それに、占術か? 私たちの知らない形式の魔法というのは興味深いな……。だが、』

 

 エメトセルクは知っている。かの光の戦士たちにしっかり思い知らされた。

 過去や未来を勝手に覗いてくるやつは碌でもないのだ。

 

 (時間遡行でもされたらかなわん)

『止めさせてもらうぞ』

 

 エメトセルクの扱う強力なエーテルに比べれば、この弱々しい流れは小川のせせらぎである。強制的に流れを止めることも容易かった。エーテルの流れが止まってしまえば、魔法が発動することもない。

 

『エメトセルク? どうかしたの?』

『どこかから魔法を使われたようだ。まだ私たちには、知らない敵がいるらしい』

『えっ、エーテルってこと? キヴォトスにも魔法使いがいるのかな……』

『さあな。エーテルの流れではあったが……。我々の世界では想いが動かす力(デュナミス)はエーテルに比べて弱すぎたから研究も進んでいなかったが、こちらではデュナミスのほうが豊富だ。デュナミスを介してエーテルを取り扱う方法があるのかもしれん』

『そんなの、聞いたことないけどな……』

 

 ミカは、生徒会長である。キヴォトスで生徒会長といえば、外の世界の国家元首にあたる。それもミカは、名も知れぬ小国の主ではなく、トリニティ総合学園という押しも押されもせぬ大国の生徒会長の1人である。多少政治が不得意とはいえ、手に入れられる情報はそこらの生徒とは比べ物にならないくらい多い。

 

 そのミカがこれまで聞いたこともないというのは、存在していないのとかなり近い意味を持つ。そのことはエメトセルクも分かっていた。

 

『まあ、デュナミスはかなり融通がきく力であるようだし、使用者も初めてエーテルを触っているのかもしれない。そういう神秘に詳しい奴は知らないか?』

トリニティ(うち)ならセイアちゃんだけど、今は昏睡してるし……他の自治区だとどうだろ。百鬼夜行とか詳しいのかな〜』

『なら、セイアとやらが目を覚ましたら聞いてみることだな』

『セイアちゃん……。早く元気になってほしいな〜』

 

 ミカはいい気分でアリウスの市街を歩いていた。サオリたちとも和解できた。なぜセイアが狙われたのかも分かった。アリウスの目的も、そして多分、悪いやつも分かった。マダムってやつを倒せば、きっと全部うまくいく。

 

 サオリとの話し合いや、それまでの増水対応などで、すっかり日が暮れてしまった。

 

 街灯もないアリウスは真っ暗で、雨もまだ、降り続いている。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「はあ、はあ、やっと、見つけたのに……。ミカ……。君は、どうして……」

 

 夢の中。セイアは力の使いすぎで激しい頭痛に苛まれながら、小さく絶望していた。

 

 ほんの一瞬、見ることができたミカの姿は。

 敵対しているはずの、アリウスの生徒と固く握手していたのだった。

 

「伝え、なくては……。ナギサに……」

 

 セイアの視界が霞んでゆく。

 今回、セイアには、かなり無理をして力を使った自覚があった。ミカの姿が見られそうな気配を感じた場所に向けて、全身全霊の力を込めたと言っても過言ではない。なにか不自然な力の抜け方すら感じた。

 

 (その対価に得られたのが裏切りの事実とはね……)

 

 この時、セイアとナギサには不幸な行き違いがあった。

 セイアはミカを探すことに集中しすぎていたため、ミカがナギサと十分に話をした上でアリウス側の様子を探るための二重スパイとして活動していることを知らなかった。そのため、アリウスとの接触は裏切りを意味している、と早合点してしまったのだ。

 そして、ナギサはこの日の朝の、不自然なミカの様子で、少しばかり疑心を抱いたばかりだったのだ。結局、夜になっても姿を見せなかったミカを心配していたところ、夢の中でセイアから伝えられた"ミカの裏切り"は、ナギサをしてミカへの警戒を抱かせるに十分だった。

 

 ミカの知らぬ間に、ティーパーティーの結束は揺らいでいた。

 

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