ありふれていた一般人、されど逸般人 作:リン・オルタナティブ
休日を跨いだ後の登校日...つまり月曜日という一日ほど、憎々しく憂鬱なものは無い。この世界でも高校生の私にとって、またこの思いを背負っていかなければならないという。
「それでもやっていかないといけないんだよねぇ...」
学校に着いたばかりだが、私はぐでんと机に突っ伏していた。昨日は早くベッドに入ったが、誰かに様子を見られていたように感じたのと、最近定期的に起こる不調が不幸にも重なってしまい、結局完全に寝付くまでに時間がかかってしまった。
恵里はというと、彼女はきちんと寝られていたようだ。今朝、念には念を入れて問うてみたが、私のような不調も見られなかったため、やはり私の身に何かしらが起こっているようだ。
定期的に起こる不調というのは、時折、体内...というよりは、全身が突然強張って身動きが取れなくなってしまうのだ。
一種の金縛りのように思えたが、金縛りを受けた時のソレとはまた違う、私自身が体内で巡る
転生と言う名の押し売りをけしかけてきた
どちらにせよ、肝心の転生特典を教えてもらえないまま、この世界に投げ込まれてしまった。ならば、現状転生特典に付属しているなんらかのデメリットを保持しているのかもしれない。
「菫さんも、寝不足?」
「ん〜...寝不足より、やや面倒くささが」
「あ、あはは...。そう言えば、菫さんにとっては2回目なんだっけ」
奇しくも、ハジメとお隣同士の席だった私は、彼から小声での問いかけにあくびで紛らわせながら首を縦に振った。正確には、高校を卒業する前に人生から卒業してしまったわけだが、前世の高校での知識がきちんと残っているのは幸運だった。
その知識の中にはそれこそ、
...
「おはよう、南雲くん!」
「お、おはよう...白崎さん」
私達の席にやってきてハジメへ挨拶をかけてきたのは、
彼女はハジメとは接点があるが、現状の私は知識だけで彼女を知っているだけで接点がない。故にハジメと香織の関係に水を差すようなことはしない。だからこそ、2人の関係性は原作のままと言っていいだろう。
香織に絡まれているハジメが助けて欲しそうにこちらへ目配せしてくるが、私は心を鬼にして寝たフリを敢行する。許せハジメ、これは君の人生に必要な
朝の喧騒が消え、一時限目の授業が始まるようだ。ハジメが私の肩を小突いてくる。どうやら彼、本当に私が寝ていると思っているらしい。
────やれやれ、変なところで真面目だね君は。
そう思いつつ私は机に突っ伏したままの状態をやめ、大人しく一時限目の準備を始める。長い一日は、まだまだ始まったばかりだ。
─────私は、何者か。
そう問いかけられると、私には答えられないだろう。...否、この問いは正確ではない。本来の自分を、私は知っている。
過去のことは思い出せる。ただしそれは
この際、私についてはどうでも良い。今はここがどこなのか、それを知り得たほうが有意義ではないだろうか。
周りをぐるりと見渡してみたが、一面荒れた大地に、辺りに散らばる
私は一歩踏み出し、散策を始めた。だが、私の頭では、既に結論が弾き出されていた。...この場所に見覚えがある。それどころか、私の過去に直結するレベルだ。
本来なら立っていられない程に過酷な環境。そのはずなのに、なのに...とても居心地がいい。まるで、ここが家みたいな、そんな感じだ。
「────凄く、落ち着く」
私は、自身についている口という発声器官から久々に声を出す。当初、違和感がありすぎて嫌悪していたこの鈴を転がすような声が、やけにしっくりくる。
とっくの昔に違和感は修正されていたようだ。声を出さなかった私が馬鹿馬鹿しくなってくるではないか。
────もう少し、ここを散策しよう。今の私には、十分時間があるのだから。
そう考え、一人頷いた私は、再びこの惨状を楽しむように、歩みを進め始めた。
「やっぱり菫さんって、歴史の授業になるとスイッチ入るんだね...」
「そりゃあ私にとって、人生の一部だもの。これだけは譲る気はないもの」
四時限目の歴史の授業が終わり、お昼時となった私のクラスは、担当教師の愛ちゃん先生こと
かく言う私もハジメと恵里の3人で弁当を広げていた。弁当...といっても、恵里の弁当は普通の弁当なのだが、私の弁当は食べやすさを考慮して、おにぎり2つとおかずの入った小さな弁当箱、そしてコンビニで調達したゼリー状の機能性飲料だ。
いつ原作が始まってもいいよう、中学校のある時期からこのスタイルに切り替えたのだ。切り替えた当初、恵里が栄養面から反対していたが、日々の積み重ねで安全だとわかったら、恵里の方から何も言うことはなかった。
「そう言えば、お姉───んんっ、菫ちゃん。後でさっきの授業の復習をしたいんだけど...」
「勿論、恵里が分かる範囲で教えてあげよう」
恵里からのお願いに、私は頷いて答えつつ、おにぎりをひと齧りする。プライベートでの場以外で恵里とは義姉妹であるという事実は隠蔽することにしたのだ。
他人のフリをするのは今の恵里にとって辛いだろうけれど、何が起こるかわからない以上、保険のようなものだ。
「南雲くんっ、一緒にお弁当食べてもいいかな?」
「え、えーっと...」
そして、案の定ハジメと一緒に弁当を食べるためにやって来た香織と、その対応にオロオロするハジメを見て、私と恵里は2人にバレないようにクスッと笑ってた。とても微笑ましい光景だと思う反面、困っているハジメを見るのも悪くはないと、私は密かに思った。
...だが、私はこの時、致命的で根本的なところを見落としていたのだ。月曜日、そして、四時限目の歴史の授業。そう、今日が転移の日と状況が噛み合っていたのだ。故に─────。
「──────!!」
「皆さん!急いで外に─────!」
「お姉ちゃん...───!」
畑山先生の声がこちらに届くよりも先に、私は恵里の手を左手で掴んでいた。そして右手には、これまで書き込んだノート数冊や保存性の良いエナジーバー、マルチツールが入った緊急用の小型バッグ。
光量は更に強くなり、やがて私の視界一面が真っ白になってしまう。今も恵里の手を握っている感覚はあるが、肝心の恵里の姿が見えない。
この光量なら仕方ないものの、いつまで経っても光は収まらない。それどころか、青白い光は純白の光に変わり、気づいた時には────見知らぬ大地に立っていた。
◇◆◇◆◇
「...ここはどこ?」
光に巻き込まれたと思ったら、気づけば荒れた荒野に投げ出されていたって話をしても、きっと信じてもらえないだろう。
それはそれとして、私は自身の左手へ視線を向けるが、確かに握っていたはずの恵里の手は案の定消えていた。何なら、右手に持っていた小型バッグすら跡形もなく消失していた。
「トータス...ではないね。どう考えてもこんな荒れた大地、なかったはず」
強制転移?座標のズレ?それとも────何者かの干渉か。あらゆる可能性を模索しながら、私はこの大地で歩みを進める。どちらにせよ、前へ進まないと情報はなさそうだ。
どのくらい歩いたのだろうか。相当の距離を歩いた筈なのに喉が渇く気配はなく、お腹が減るようなこともない。まるで死後の世界に来てしまったような感覚に陥ってしまう。
「あれは...」
風が強く吹き荒れ、地面の砂利が巻き上げられるなか、私は遠方でぼんやりと光っている物体を視認した。煙でぼやけてよく見えないが、ここからでも見える範囲で、相当大きな建築物か何かだろうか。
ひとまずそこを到達点にすることを決め、私は止めていた足を再び進める。既に数時間も経過している感覚だ。
やがて、ぼんやりと光っていた建造物が目の前に出てきた時、私はそれを初めて、巨大な結晶だと認識した。所々が欠け、ヒビが入っているが、それでも十分壮観な景色だった。
巨大な結晶は翡翠に輝き、その光を強めたり、弱めたりしていた。まるで、呼吸を、心臓を動かすように────。
「...心臓?」
直後、私の中で何かがカチリと嵌まった。荒れた大地。翡翠の結晶。心臓。そこから連想されるのはたった一つ。何より、それは前世の記憶に新しい出来事だ。
その考えに至った直後、一際大きな突風が起こり、小規模な砂嵐が巻き起こる。時間切れと言いたげなタイミングだったが、私は砂が目に入らないよう細めつつ、瞬きの一瞬、その姿を捉えた。
翡翠の光を放つ大きな結晶、砂嵐でぼやけた視界の中で、平然と佇む
「貴方は─────」
目の前の人物へ問いかけようとしたが、私の意識はコンセントを抜かれたテレビのように、突然ブラックアウトしたのだった。
◇◆◇◆◇
「───ちゃん、菫ちゃん」
誰かに小さな声で名前を呼ばれ、さらにゆさゆさと身体を揺らされて、私は閉じていた目を開く。後頭部の柔らかな感触から、誰かに膝枕をされているようだ。ぼんやりしていた視界が鮮明になると、最初に視界に映ったのは恵里の安堵した顔が。
「ん...恵里...?」
「菫ちゃん、大丈夫?さっきまでずっと起きなかったから、心配で...」
どうやら、少しだけ眠っていたらしい。私が身体を起こし辺りを見回すと、ハジメを含めた他のクラスメイト達も辺りにおり、各々既に状況を確認しているようだ。
恵里の膝から後頭部を離し立ち上がるが、少しだけ私の身体がぐらり左側へと傾く。恵里が慌てて支えてくれたこともあり、床へ倒れることはなかった。
「お姉ちゃん、大丈夫...!?」
「だ、大丈夫だ。問題ないとも...」
恵里へはそう言ったものの、私は恵里から見えない反対側の右手を軽く握ったりしてみる。やはりどこか、私は自身の身体に違和感を感じた。
詳しく言葉にできないが、身体の調子が人の域を踏み越えたような、そんな感覚だ。
「ようこそトータスへ。歓迎致しますぞ、勇者様。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いております、イシュタル・ランゴバルトと申す者。以後、よろしくお願いしますぞ」
私達へ仰々しくそう話すのは、如何にもファンタジーに登場するThe・神官という格好のおじいさん。笑みを浮かべているが、その笑みはどこかで見たような、胡散臭く、殴りたい、そんな笑みだった。
そんなイシュタルに案内されている最中、最後尾に陣取った私と恵里、そして後から合流してきたハジメと、知らぬ間に彼の友人となっていたオタク仲間の清水は小さな声で会話していた。
「あのイシュタルって奴、もといこの国の上層部は常に警戒しておいたほうがいいね」
「それは...菫さんの勘?」
「勘...ではある。だが、多くの作品を見てきた上での経験則でもあるね」
私の言葉に質問してきたハジメへそう返しつつ、周囲へ気を配る。今のところ、敵対的な反応はなし。そして身体の違和感はまだ若干残っているが、ふらつくといった様子もないし、現状は経過観察で良いだろう。
「あ〜わかる。なんか、そんな感じがヒシヒシと伝わってくるわ」
「そうかな?僕はあんまり...」
清水とハジメがな睦まじく話しているのを横目で見ながら、私は恵里の様子を伺う。顔を俯けているということは、余程不安がっているらしい。...よく分かるようになったな私。
「大丈夫だ、
「...ぁ、ありがとう」
私は優しく恵里の手を握り、小声でそう語る。そうすると恵里は、一瞬驚いたように目を見開いてこっちを見たが、すぐにコクリと首を縦に振る。ある程度、不安は解消できたようだ。
そして、恵里が顔を逸らしたところで頬を赤くしていたことに気づいたが、私は言及することはなかった。彼女から口にして、初めて伝えるべきであるものだと思ったからだった。
◇◆◇◆◇
イシュタルに連れられて案内されたのは、長い机が並べられた大広間のような場所。最後尾の私達が座ると、見計らったようなタイミングで、メイド服を着た女性達がカートを押して部屋へと入ってきた。
元の世界では二次元の存在だったメイドを間近で見て、ハジメ含めた男子たちが鼻の下を伸ばしているのを肩を竦めながら小さく溜め息を吐いた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。私が一から説明させてもらいましょう」
私まで飲み物が渡った所で、イシュタルがこの世界の現状を話し始めた。私からしたら2回目な上、やはり説明が長いため、おさらいも兼ねて簡単に整理することにした。
まず、この世界トータスは大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の3種族に分けられる。人間族は北方一帯に、魔人族は南方一帯に、亜人族は東の大規模な樹海にそれぞれ位置している。
人間族と魔人族が何百年という長い期間、戦争を続けていたようで、個々の質───戦闘能力が高い魔人族に対して、人間族は数───動員できる人数が多いことでなんとか対抗していたらしい。
しかし、魔人族か魔物の使役を始めたことで、この数のアドバンテージが崩れ、人間族は滅ぶ危機に直面してしまったという。
「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく────」
まだ長々と説明しているイシュタルは放っておき、そう、先ほどイシュタルが口にしたエヒトという名前。それが人間族と魔人族を戦争させている元凶なのだが、私からしてみれば、現状姿を見せないどころか、声の一つ聞かない所をみると、
「...ん?」
私は一度思考を中断し、口から少しだけ声を漏らす。そのレベル?何故突然そんな言葉が浮かんできたんだ?
仮にも私は一般人。エヒトと聞いて信仰心が湧かないのはデフォルトとして、作中割と暴れていたエヒトへの評価がそのレベル。
一瞬疑問に思ったが、すぐに解決した。脳裏に駆け巡ったのは、かつて7つの境界を越えた者達と、神を担った5人の魔神、そして世界観のインフレを加速させた水の龍王の姿。
「...そりゃ、そのレベルに収まるわ」
「...?」
隣に座っていた恵里が私の声に顔を向けてきたが、すぐにイシュタルの方へと顔を戻す。それはイシュタルへ怒っている愛ちゃん先生こと、畑山先生の声に反応したからだ。
「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
威厳ある先生になるためにプリプリと怒っている畑山先生へ相変わらずな同情の視線を送りつつ、私はイシュタルが次に言う言葉に被せることにした。リスクが跳ね上がると思うが、むしろ、向こうへ一度カマをかけるのが良さそうだ。
「お気持ちはお察しします。しかし───」
「現状で帰還は不可能...だろう?」
畑山先生の怒っている姿に和んでいたクラスメイト達は、私の声を聞いてしん、と静まり返った。近くに座っていたハジメ達は私の方を見てくるが、私は三人へ軽くウインクすると、イシュタルの方へと言葉をかける。
「イシュタルさんや、そちら側の考えの大枠は理解しているつもりではある。そして、この世界には〝天職〟と呼ばれるものもあるそうで?」
「う、うむ、確かにありますが...。失礼ですが、どのようにしてその知識を得たのですかな?」
私から小出しされた、本来異世界からやってきた者は知りえない情報に、イシュタルは最初こそ少し言葉を言い淀んだが、すぐに調子を取り戻し私へ問いかけてくる。クラスメイト達が静観している中、私は自身の正体の一欠片を話に混ぜながら、イシュタルと交渉することにした。
「...確かに、私はこの世界の人間ではない。故に知りえない知識を持っていることに違和感があっただろう」
肩にかかっていた白銀の髪を背中へと流し、お姉ちゃんはイシュタルさんへそういう。お姉ちゃんがお風呂で話してくれたあの話、知っているのはハジメくんと私だけだって言っていたけれど、どうやって説明するんだろう?
「ええ。ですので差し支えなければ、お教えしていただけると...」
「まぁまぁ、そう慌てずに、ね。話すにしても、2つ、条件を提示してもいいかな」
「条件...といいますと?」
イシュタルさんが肯定し、重ねてそう問いかけると、お姉ちゃんはイシュタルさんを制止し、交換条件というものを切り出した。
「何、簡単な話。非戦闘職の人がいたら無理に戦闘に駆り出さない。その人に合った訓練をさせること。ただそれだけさ」
「ふむ...、わかりましたぞ」
イシュタルさんは少し考えこんで、交換条件を呑んだ。お姉ちゃんは承諾を聞いて一つ頷くと、歌を歌うように、部屋全体へ聞こえるようにして話し始めた。
「とある世界にて、なんでも、願いをかなえる願望機があったそうな────」
その言葉から始まった御伽話みたいな内容に、イシュタルだけではなく、私やハジメくんを含めた他のクラスメイト達もその話に聞き入っていた。曰く、手にした者にこれから向かうその時代の知識を授けるとか、曰く、その願望機は足が生えたり、その足からジェット噴射で飛び回るとか、どれもこれもフィクションかと疑うレベルだった。
「...まぁ、ここらへんで切り上げよう。要は、その願望機のおかげでこの世界の知識はある程度保有しているという訳」
「なるほど...貴重なお話、感謝しますぞ」
話し終えたお姉ちゃんは、ふう、と小さく息を吐くと私の隣にある椅子へ座った。イシュタルさんがお姉ちゃんの話を聞いて考えこんでいる最中、私はお姉ちゃんの肩を優しく揺らし、小声で尋ねた。
「む、どうした
「お姉ちゃん、さっきの話って、全部本当の事?」
「あ~...本当ではある。だが
「......」
お姉ちゃんの回答を聞いて、私は真顔でお姉ちゃんを見た。つまり、体験したかのように話したことは10割嘘だったというらしい。憧れを抱いた私の期待を返してほしい。でも、本当ということは、話した内容自体は本当の事のようだ。
「ここが───」
菫が神山からハイリヒ王国へ向かっている時、ソレは、トータスへと舞い降りた。人々が往来するハイリヒ王国。その景色を人々にバレないよう高所から眺めているソレは、この世界に似つかわしくない、かつての姿を意識した紺色の水着姿の少女だった。肩から腕までを覆うパーカーを着用しており、髪型はポニーテールに。口元にはいつもの姿で装着していたバイザーと同じ柄のマスクをつけていた。
「ふふ、待っていてね。私のマスター♪」
右手に黒、左手に黄金のメリケンサックを握りしめた少女は、腰の翼を模した飛行ユニットを展開し、出来るだけ音を出さないように跳躍し、そのまま
彼女こそ、境界の竜・アルビオンから変生し、思いっきり夏を満喫する妖精騎士メリュジーヌ。その名も───。
────
好評でしたら続く…といいですね(亀更新)