イグサクロニクル 作:Rush
戦地に落ちたその瞬間に防護の陣を敷く。
加え、簡易転移陣を起動。近くの屋根にいる春香を指定し、転移を起動する。
「なんだお前ら──」
「すまない、邪魔をした。これは礼だ」
放つのは使い魔。カラスの使い魔に暴れまわっている者共を突かせる。
その隙に転移し、春香の家へ。
「誰かれ構わずちょっかいを出すな、このバカ息……え、あれ?」
「何か奴に話があったのか? それは申し訳ないな。ただ、身の危険を覚えた故に移動させてもらった」
「……お前、
「ああ」
「まさか……暗行御吏か!?」
「違う」
「違うか……」
暗行御吏ではない。
だけど、やることは同じだろう。
「あめんおさ?」
「ランラン、何か知ってるの~?」
「暗行御吏。国の政府が地域を治める領主に対し、暴政を行っていないか、私利私欲に溺れていないかなどを監視する役目を担う者のことだ。黒鋼、お前の国にも似たような者はいただろう」
「……ああ。……あ? 待ててめぇ、なんで俺の世界の事情を知ってやがる!」
「安心していい、少女。私達は暗行御吏ではないが、少なくともこの蓮姫においては似たようなことをする」
「本当か!?」
弾く。結界が、風を。
羽根によて増幅された秘術は、けれど元が悪すぎて話にならない。
「っ、今のは……」
「先ほどいた秘術師の返礼だろう。──さて、少女。回りくどい話は無しにしよう」
「防いでる……領主の秘術を」
「この秘術。ここまで強大になったのは、一年前のことだな?」
「な……なんでそんなに詳しく知っているんだ? やっぱり暗行御吏……」
「小狼。急激に他者の力を強くするモノについて、心当たりはあるな?」
「! ……でも、姫の羽根が散ったのは、数日前のことです」
「次空に時間はあんまり関係ないんだよ、小狼くん。たとえばだけど、次、また阪神共和国に行けたとしても、もしかしたら数年が経っているかもしれないし、数百年が過ぎているかもしれない。あるいはオレ達が去った直後かもしれない」
「つまり、サクラ姫の羽根が散ったのが数日前でも辻褄は合うんだ」
まさか助け舟を出してくれるとは思っていなかったが……まぁ、黒鋼はこういう話にに向いていないしな。
「……なら、その領主のところに、姫の羽根が」
「既に感知は済んでいる。向かうのなら案内しよう」
「お願いします」
「ちょ……ちょっと待て! お前達だけで話を進めるな! 姫? 羽根? いったい何の話をしている!」
「私達はそういう"突然強くなった不思議なもの"の根源を探して旅をしている。元の持ち主はこのサクラ姫で、それは同時に彼女の記憶だからだ」
「記憶……」
「お願いします、ランさん。おれを羽根のもとに連れて行ってください」
「……だが、無理だ。私達だって領主をなんどもやっつけようとした。何度もだ。だけど、領主には指一本触れられない。領主が住んでいる城にはそういう秘術が施してあって、誰も近寄れない」
「問題ない。先程も見せた通り、私は秘術を掻い潜って転移する秘術を使い得る。この城を守る秘術がどれほど堅牢であれ、破れないのならば破らなければいい」
転移魔法の陣を敷く。
小狼は勿論として、当然のように乗ってくるファイと黒鋼。とモコナ。
「……それが本当なら、私も連れて行ってくれ!」
「それは困る」
「なぜだ! 私だって
「サクラ姫が非戦闘員だからだ。対し、少女。君は戦い得るだろう? 蓮姫の誰もが敵わない相手とあらばこちらも全戦力を傾ける必要があり、同時に守りも必要。ならばこうするしかない」
「……それは」
「サクラ姫を、お願いしてもいいですか」
「わ、私は」
まだ自己紹介も済んでいないのに、強い目だことで。
そんな自己紹介も済んでいない相手に大事な人を預けられる彼の慧眼もだけど。
「……
「小狼です。……お願いします」
「……ああ」
「あ、ちないみオレはファイで~、こっちのでっかいのは黒ぷ~ね」
「黒鋼だ!」
起動する。
ただし転移先は少し変える。
三人を領主のもとへ。
私は──。
「……よう来たな、強き者」
「
「ふふ……我が真名まで知るか」
「私はランという。偽名だ」
「偽りの名を偽らぬか。面白い」
さて──と。
「……何のつもりだ?」
「既に目は阻害した。お前を縛る鎖も外した。とはいえ、ここから出せば流石に気付かれる」
「そうか。それで?」
「これは酒と料理だ。前の世界で包んでもらった」
テーブルを錬成して、そこに置くのは「お持ち帰り」と書かれたビニール袋。
そこから取り出すは、たこ焼き、お好み焼き、もんじゃ焼き、串カツ。そしてお酒。
「争う必要はないだろう。全てを溶かすお前の秘術も、私には効かない。そもそもお前に戦う気がないというのなら、この時間は暇になる。暇になるのなら美食を摘むのも一興。酒があれば尚のこと」
「ふむ。合理的だな。些かつまらないが……食事か。それを摂るのは、果たしてどれほどぶりか」
卓についてくれるデボネア。
楊枝を差し出せば、すぐに使い方を理解したのだろう、たこ焼きに刺す。
その間に私は春香とサクラ姫のための"道"を作って、と。
「強き者。私を外に出せないというのは嘘であろう」
「ああ。この程度の秘術、騙せない程の腕ではない」
「偽らぬか。とあらば、お前の目的は──まさか、本当に食事か?」
「ああ。結局食べ損ねたからな。結構楽しみにしていたんだ、阪神共和国の美食」
だから、旅立ちの日の前に各店舗を回って持ち帰りパックを包んでもらった。お酒は有洙川夫妻に貰った。
「良いのか? あのゲス共は、卑怯だが、強いぞ」
「あの三人……五人の方が強い」
「それは信頼か? それとも、知識か?」
「どちらもだ」
では、いただきます。
食事を終えたあたりで、城の秘術が揺らいだ。
春香の……というかチェニャン、明華の鏡が洗脳の術を解いたのだろう。同時、この鳥籠の秘術も解ける。
よってデボネアはデボネアで、私は私で転移を行い──全てに決着をつける。
即ち、自らを縛っていた領主とその息子をデボネアが攫い。
私は「どこに行ってやがった!」とか「もしかしてあのコワイ人と遊んでたのー?」とか言ってくる二人の相手をする。
──これにて落着。羽根は小狼の手に戻り、そしてサクラ姫へと戻る。
私は──治癒でもしておくか。
「……今のは、治癒の秘術か?」
「ああ。ただ、この国のものとは少し違う。高麗の秘術は肉体の治癒力を促進させるものだが、私のものは散らばった組織を回収するものだ」
「でも、治癒は治癒だろう?」
「間違っても私を目指すな、と言いたかった。……自惚れだな」
他の方法が使えるのなら、それに越したことはない。
回帰など。
無意味だと知れ、飛王。
*
その後、すぐに私達は高麗国を去った。
長居の必要はないし、領主の秘術が解けて本物の暗行御吏も来たから。
だから、そのまま次元移動して──着いた場所は。
「わー! おっきぃ湖!」
「人の気配も無いみたいですね」
「ランラン、今回羽根はどこにありそう?」
「私よりモコナに聞いた方が早いだろう。私がわかるのは強大な力であって、羽根自体を探知できるわけじゃない」
「んんんー……でもモコナもわかんないや。この湖の中から、強い力は感じるけど」
……ここで私がやることはない。
「結界を張って、ある程度の日数を過ごせる環境にしておく。探索を頼めるか、三人」
「いいよー」
「ったく、だりィな」
「じゃあ、おれは湖の中に」
「待って、わたしが行きま──」
そこまで行って倒れ込むサクラ姫を抱き留める。
心配する小狼に彼女の寝顔を見せれば、安堵が漏れた。
「彼女は私が見ておくから」
「はい。お願いします」
この世界に羽根はない。
だから探索など無駄であるが、まぁ、小休止だ。
それに、と。
三人が去ったのを見て、繋げる。
──"あら。コスパが悪い、のではなかったの?"
「阪神共和国で酒を飲んだ。ら、恋しくなった」
──"案外俗物的なのね"
「別に私は長く生きただけの一般人だからな。魔導士という職に就いてこそいたが、国を導いた経験も国を落とした経験もない。それより、適当な酒をくれ、壱原」
──"対価は?"
「260円」
──"……それはもしかして、私にコンビニへ行って、缶ビールを買ってこいと言っているのかしら"
「ん。……ああ、ミセから出られないんだったか。加えて従業員は未成年ばかり。誰かいないのか、コンビニへ安酒を買いに行ける者」
──"安いお酒が飲みたいの?"
「高い酒を要求したら、対価が跳ねあがるだろう」
──"そう。でも、どの道偽造した貨幣では対価にならないわ"
バレてる。
……当然だけど、阪神共和国のお金はともかく、日本のお金なんて今持っているわけがなく。
適当に錬成した260円ではダメらしい。
──"アナタならお酒くらい作れるでしょう"
「密造酒は良いのか?」
──"その世界に酒税法はあって?"
……確かに。
無いなら作ればいい。
「冒涜的に思えるが、お前の言う通りだ。四月一日に伝えてくれ。料理など、魔法で錬成すれば良いとな」
──"ふふ、ええ。確かに承ったわ"
通信を切る。
サクラ姫は……まだ起きないか。
であれば。
湖から小狼が上がってくる。収穫無しの様子。
「ただいま戻りました……ランさん?」
「おかえり、小狼。姫はまだ起きていない。それより、身体を温めることを優先しろ。簡易だがスープと食事も用意してある」
「野生動物がいたんですか?」
「ああ。といっても危険なものではなかったし、数を獲るのも気が引けたのでな。この量だ。すまない」
「いえ、ありがとうございます」
大量のご馳走だって用意はできたが、それだと大物がいなければならなくなる。
今森の中を探索している二人がそんな大物に気付かないはずがないので、こうした。お酒は今作っている最中。
「次は私が行ってこよう。サクラ姫の目覚めの時には、小狼がいた方が良いだろうから」
「ありがとうございます」
湖に足を踏み入れる。
──けれど濡れることはない。魔力膜が水を押しやり、私をストンと沈めていく。
小狼の発見の機会を奪うことにはなるけれど、もう鱗を取ってきてしまおう。
それで、次の世界へ。
一切濡れることなく湖から浮かび上がれば、そこに全員がいた。
……ただし、黒鋼とファイ、モコナは結界の外で待ちぼうけを食らった状態で。
「すまない、失念していた」
「モコナお腹空いた~!」
「オレも~」
「ケッ、何を想定してこんな硬い結界張ってやがる」
「だから謝っているだろう。それと、モコナ。強い力の源はこれで合っているか?」
見せるのは巨大な鱗。
水底の街。その太陽魚の鱗。
「強い力の源、それ!」
「じゃあ、サクラちゃんの羽根は?」
「ここには無いみたい……」
「んだよ、だったら探索の必要も無かったじゃねえか」
結界を解き、冷めたスープを温め直す。
それをモコナとファイに配り──。
「要らねえ」
「そうか」
まだ、警戒されているらしい。
では、次の世界へ。
*
辿り着いたのはジェイド国。
羽根と力と子供。その伝説のある国。
サクラ姫の羽根との関連性を疑わないはずもないその逸話を聞いて、北の町へと行くことになる。
が。
「私は行かない方が良いだろうな」
「てめぇ、またなんか企んでんじゃ」
「髪色、ですか?」
「ああ~! 確かに。ランラン、金髪だもんねぇ」
そうなのである。
この国の伝説によれば、子供達を連れて行くのは金の髪のお姫様。私はお姫様という柄ではないものの、金髪だ。
無論この世界にも金髪はたくさんいるだろうけれど、少なくともジェイド国にはいない。勿論北の町にもいないのだろう。いたとしても、生まれたとしても、排斥されるのだろう。
今私が目立っていないのは、魔力膜の色を弄っているから。
「もしこの魔法が外れた、あるいは見抜かれた場合、私が子供達を攫っていると擦り付けられかねない」
「……チッ、今回は正当性があるな」
「では、ランさん。待っていてください」
「ああ。何かあれば……そうだな、モコナを上空へ放り投げろ。全員私のもとに転移させてやる」
「ひゅー、そんなこともできるんだ」
見送る。
馬を駆って北の町へ行く彼らを。
「ところで、店主」
「──! チィ……なんだ、足が!?」
「凍らせた。ああ、ただの氷ではなく、時間凍結の方だ」
「時間……」
「ちょっかいをかけて来るなとは言わん。お前の目的が無ければ、あの二人は出会えないし、再会も適わない。だが」
足先から……徐々に凍っていく、酒場の店主。
小狼たちに北の街の伝説を、エメロード姫の話をした店主が、凍り付いていく。
「だ──誰か! 魔女だ、魔女が出た! 助け」
「飛王・リード。あまり小物を使ってくれるな。あの町医者くらいには執念のある者を使え。でないと、こうして」
「あ……ああ、あああ!」
完全に止まる。
そして──崩れる。真白の泥のように。降り注ぐ雪のように。
「迎えさせたくなる」
言葉を落として。
私は、烏へと変身した。
北の町。そして、その城の中へと入る。
『……誰?』
「あの羽根の持ち主の仲間だ。といっても、羽根を持ち出す気は無い」
『届けて、くれるのなら』
「いいや。私の本分は守護でね。配達人じゃあない。──もうすぐここへ、姫と子供たちが来る。寒さに慣れていないんだ、少しばかり陣を敷かせてくれ」
烏の身体では些か時間がかかるので、人の形を取り戻す。
『金の髪……』
「すまないな、血族ではない」
扉が開く。
そしてゆらゆらと、よたよたと子供たちが入ってくる。
……と。
「──おや。あなたは誰ですか?」
「姿を視られてしまったのは計算外だ。使い魔を放つにも、お前の使う暗示と被っていてな、使えなかった」
「何を」
「まだわからないのか? ──私がエメロードだよ」
『えっ!?』
「妄言を。……まさか、アレに気付いたのか?」
「逆だ、カイル=ロンダート。お前が私の羽根に気付いたんだ。そして盗み出そうとした。子供を使い、あの氷を掘らせてまでな」
おろおろしているエメロード姫──の霊は一旦置いといて。
歴史の真実は小狼に任せるとして、私はお伽噺のエメロード姫を演じるとしよう。
──使い魔を出す。無数の烏を。
「なんだ、暗示か!?」
「暗示に見えるのなら無視をすればいい。さぁいけ、凶兆の烏。我が名を悪しきモノへと貶めた愚者を啄んでやれ」
使い魔は一斉にカイル=ロンダートとへと向かう。
飛王の手下にしては、些細な力も持たない彼に──使い魔の烏が襲い掛かる。
幻でも暗示でもない。
しっかりとした実体を持った使い魔。その突き。
「こ、これは!」
「痛みさえも幻と取るか? 良いぞ、そのまま骨になるまで食い尽くされるのを待つと良い」
「──く!」
踵を返すカイル=ロンダート。
……あれ、これだと……何か適当な理由を付けて、私が本当にエメロード姫だったことにされるんじゃ。
まぁ、されたとして、だが。
『どうして……』
「何故を問われると弱いな。私は刹那的に動いている節が大きい。だが、そうだな」
視えるままに、エメロード姫の姿へと変身をする。
「独り残される者の心境は知っている」
城を温める陣を敷き終わる。
これで寝間着のままの子供達も風邪を引かずに済むだろう。
あとは……そうだな、城の修繕でもしておくか。仮に小狼たちが歴史の真実を紐解き、それをスピリットの住民たちに知らせたとしても、凶作続きのこの町では城の再建まで日がかかる。
遺し得るものは遺しておくべきだ。何も残らず、真白の泥になってからは遅いのだから。
問題ない。
守護と回帰は私の本分。勿論、子供達を安全な場所へ移してからになるが。
して、その時はすぐにやってきた。
武装した集団。
「いたぞ! 金の髪の」
「エメロード姫だ……まさか本当に」
「子供達を返せ!」
成程。そういう感じにしたのか。
小狼たちが辿り着く前に、すべてを、と。……それだとエメロード姫とサクラ姫が会えないな。
「撃て!」
『ダメ!』
弾丸は──全てが途中で止まる。
まるで、見えない壁に阻まれたかのように。
「ま……魔女だ」
「やっぱり、金の髪の姫は……」
「ならもう子供達は」
その時、集団から飛び出る者がいた。
それは、その少年は、銃弾の止まった部分に対し蹴りを入れる。
「姫の羽根を、返してください」
ああ。またやってしまった。
歴史を紐解くどころか、ありつく前にこちらに来てしまったか。
「羽根、とは──コレか?」
既に掘り出してあった羽根。氷に包まれたそれを取りだす。
「めきょっ! あれ、とっても強く封印されてるけど、サクラの羽根だ!」
「返してください」
「構わない」
「あれ~? やけにあっさりとしてるねぇ。それは君の力の源なんじゃないの~?」
「まさか。だとしたら封印などしないだろう」
「確かにそうだな。テメェで使う力テメェで封印してちゃ意味がねえ」
「だから、返すのは構わない。だが、持ち主はお前ではないだろう、小僧」
使い魔を飛ばすのは、北の町。
カイル=ロンダートの診療所。……サクラ姫はいない。
じゃあこの武装集団の中に?
いや待て、カイル=ロンダートも……。
「持ち主には返そう。だが、主ではないお前には渡せない」
「……子供達は」
「安全な場所にいる」
「それはどこだ!」
「返せ、子供達を!」
「故に取引をしよう。──見ての通り、私には元より強大な力がある。羽根の力など必要とせず、子供達を攫う理由も無い。であれば」
「──真犯人がいる、ということですか」
「ああ」
言葉に、ギャーギャーと騒ぎ出す武装集団。
「真犯人を、おれ達に見つけ出せと言っているんですか」
「そうだ。私は知っているが、お前達は知らない真犯人を」
「……わかりました。ただ、おれ達が真犯人を見つけ出したら、その羽根を返してくれると約束してくれますか」
「無論だ」
まぁ、こんな感じで良いだろう。
こちらを睨みながら帰っていく武装集団+小狼一行。
『あの……どうして、子供達を返してあげないのですか?』
「今帰らせたら同じ手口で連れて来られるだけだ。それに、目的のために手段を厭わない者を町に置いておくなど考えられんだろう」
『真実を教えないのは……』
「残念ながら、エメロード姫。あなたはジェイド国の人間から良いイメージを抱かれていない。仮に私があなたの言葉をそのまま伝えたとしても、聞き流されるだけだ。であれば、こうして彼ら自身に真実を見つけさせた方が良い。人は伝え聞いたものより自分で見つけ出したものを信じる傾向にあるからな」
だから、あとはあっちだ。
サクラ姫とカイル=ロンダートがいなくなっていることに気付いた小狼であれば、当然カイルの足取りを追う。そこに落として行けばいい。知識を。伝聞を。
そして、企てを。
翌日。
城の扉が開かれ──武装集団が来た。
サクラ姫と、そして縛られたカイル=ロンダートを連れて。
「その様子だと、すべてを理解したか」
「はい。カイル先生の所業は全て明るみに出ました」
「そうか。では、そちらの。この羽根の持ち主。この壁の近くに寄れ」
「姫」
あとは羽根を渡して終わり。
そんな気持ちでいたのが多分間違いだったのだろう。
「……違う」
「サクラ姫?」
「その人は……エメロード姫じゃありません」
「なに?」
「なんだと!?」
……ああ。
『私が、視えているのですね』
「はい」
結界に近づこうとしたサクラ姫。その前に出る小狼。
武装集団も私ばかりを注視して、捕まえたカイル=ロンダートに目を向けていない。
その口元に笑みを携えていることなど、誰も気づかない。
「──ふむ。まぁ、多少の誤算はあったが」
「やっぱりかよ」
「だよね~」
「え……」
変身を解く。
元の私に。
「な、なんだ!? 姿が変わった!?」
「だが金の髪だ! あれがエメロード姫ではないのだとしたら……まさか、エメロード姫の」
「その可能性はない。そしてカイル=ロンダート。お前が逃げられる隙もない」
「ぐっ!?」
ドスンと。
いつの間にか拘束を解いていたカイル=ロンダートの背に、黒鋼が乗る。
「そしてお前の企てた、この城を壊す、ということも適わない。私が修繕したからだ」
「……!」
「で? お前は何やってんだ」
「サクラ姫には視えているが、ここにエメロード姫の霊がいる。三百年前、疫病によって死に行く子供達を羽根の力で救った姫の霊が。……そのあたりの真実は掴んでいると見て良いのか、小狼」
「はい。グロサムさんの持っていた歴史書に、真実が記されていました」
「なら、良い」
「なら、良い。じゃねえ。説明しろっつってんだよ。お前は今何をしてて、なんでエメロード姫の真似事なんざをしてて、俺たちに無駄足をかけさせたのか」
「カイル=ロンダートと見つけさせるためだ。サクラ姫もな」
「……どうしてあの時真実を言わなかった」
「言って、信じたか? 特に私を警戒しているお前が」
「……」
緊張、膠着は──領主グロサムの言葉で切り裂かれる。
「そんなことよりも、子供達はどこだ!」
「階下だ。ベッドに寝かせ、毛布を被せてある。体調に問題は無いが、服が汚れてしまっていたのでな。こちらで用意したものを着せてある」
「階下……地下か!」
「ああ。目覚めも近い。早く行ってやれ」
「言われずともだ!!」
ドタドタと足音を立てて階段を下っていく武装集団。というか、スピリットの町の人々。
残されたのは、私達だけ。
「信じられないか、小狼。私が」
「あなたは姿を変えました。ランさんに化けている、という可能性もあります」
「成程、それは私の落ち度だ。であれば受け取ると良い。凍り付いてはいるが、サクラ姫の羽根だ」
放り投げる。
それは──結界をすり抜けた。
否。
「あれ、結界解いたんだ」
「必要ないだろう、もう」
「それよりも、サクラ姫」
「……」
「エメロード姫から話が」
「え?」
あとは託す。
私のやるべきはもう終わり。
カイル=ロンダートもさらに強固に縛り直され、ようやく戦意を喪失したらしい。
「何一件落着、みてぇな顔してやがる」
「結局ランランがやったのって、オレ達を使ってカイル先生を見つけ出させた、ってことだよね~?」
「遠回りをした事実は謝ろう。ただ、この男に羽根の在り処を教えた者からの視線を欺くため全てだ。またも無断であったことは重ねて謝罪する」
「……羽根の在り処を」
「教えた者?」
あちらの話は終わったらしい。
エメロード姫が私を一瞥し──消える。
「歴史の真実を伝えたのなら、私達はもう移動した方が良いだろう」
「……そうですね」
「警戒は当然だ。それだけのことをした」
「え~? これだけ頑張ったんだし、町で食事を摂ってからでもいいんじゃないかなぁ。それとも」
「たとえ子供たちが無事に見つかっても、私への事実確認は免れないだろう。それが面倒くさい。だから早く次の世界へ行きたい」
「わぁ素直!」
倒れているカイル=ロンダートに──さらに拘束の結界をかける。
これでもまだ追ってくるか、あるいは。
「モコナ、次元移動だ。今回は私も手伝おう」
「はーい!」
次元移動の陣を描き、その中に入る。
気を失っているサクラ姫を抱きかかえる小狼、黒鋼は私から距離を取った位置で。
これはこれは。
「嫌われちゃったね?」
「やもしれん」
そうして──移動が始まる。
丁度、グロサムたちが子供らを救出してこのフロアへと来たあたりで。
「何を──」
「最後に、詫びを。あなたが川に潜ってまで子供達を助け出さんとしていたことは知っていた。だが、真実を教えられなかった。申し訳ない限りだ」
消える。
次元移動。行き先は──桜花国。あるいは、エドニス国。
ドリームカプセルに入っていく皆を背に、私だけ別の場所へと降り立つ。
「あら……どうかされましたか?」
「いや、なに。私は眠ることができなくてな」
「不眠症の方……でしたか。けれど、大丈夫。ドリームカプセルは脳波を読み取る技術を使っていて」
「いや、そもそも私は彼らの付き添いでフェアリーパークへ来たんだ。彼らが起きるまでは、外のホテルに泊まっている予定になっている。心配でここまで入って来てしまったのはこちらの落ち度だ。すまないな」
──シュトルム国には行かなかった。
これはやはり、知識など役に立たない、ということだろう。
「そうですか……では、彼らが起きる時、ご連絡いたしましょうか?」
「それも問題ない。連絡は彼ら自身がする。ではな、管理人」
ある種、逃げるように去る。
夢卵のアトラクションを出て、フェアリーパークに出る。
……平和な国だ。余計なものさえいなければ。
ただまぁ、私も、その余計なものと同じ手段であの世界に入るのだけど。
エラーは出さないから安心してほしい。結界とそう変わらないことは知っている。
無事に入れたらしい。
場所は……白詰草か。そんなところまで同じとは。
「あまり、非正規の手段で入ってこないでほしいのだけど」
「申し訳ない。私は眠ることができない。だから、ドリームカプセル以外の手段で入るしかなかったんだ」
「眠れない……。そう」
織葉。
ほとんどがアバターを着た一般人であるこの世界で、非常に高度な知性を持つNPC……人工生命体とでも呼ぶべき存在。
彼女はシステムの全てを知っているから、私の侵入に気付くのも頷ける。あるいは私の現出場所も弄られたかもしれない。
「それで、この桜都国へ、何の用?」
「数分前に住民登録をした四人組がいただろう。ああ、四人と一体。アレが私の連れでな」
「合流することが目的?」
「ああ。後はまぁ」
──この手段で入った場合の、死が、どういう扱いになるのか。
「危険な思想の持ち主なのね」
「誰かを殺そうとしているわけではないから安心してほしい。──さて、私はそろそろ行ってもいいだろうか。何分仲間には怪しまれに怪しまれていてな。勝手にいなくなると怒られる」
「別に、引き留めてもいないから」
「そうか。すまないな」
跳ぶ。
ここは良い。どんな身体能力を見せても、「そういう奴もいるか」で済ませられるから。
さて──。