イグサクロニクル 作:Rush
桜都国に入ってすぐ、合流は適った。
思いっきり警戒されているけれど。
ただ、そんなことより、である。
「なぜ私が給仕など……」
「だってー、鬼児狩りは基本物理的な攻撃が主流って話らしいからー、ランランの使う結界や魔法は異様に見られちゃうかなぁって」
「別に鬼児狩りと給仕以外にも職種はあっただろう」
「あったけど、基本二人一組で行動するんだって。だから、オレとモコナはカフェの店員。小狼くんと黒りんは鬼児狩り。そしてサクラちゃんがウェイトレスさんなら、当然ランランもウェイトレスさんでしょー?」
……まぁ。
理解はしたが。
「『おっきいカラス』って名前には、抵抗ないカンジ?」
「妥当だからな。ネズミでも良かったが、心象が悪いか、ネズミは」
「そっかそっかー。……それで? どうして遅れて来たのかは、教えてくれたりするのかな」
「モコナの次元移動の際、私が手伝いをしただろう」
「つまり──これから先、君がモコナの次元移動を手伝う時は、何か仕込みをしている──と見ていいのかい?」
「次元移動の陣程度読み解けないお前じゃないだろう。別に魔法陣を読むくらいなら魔法を使った扱いにはならないんだ、自分でやれ」
「厳し~い」
しかし、給仕か。
ふむ。
「魔法は異様に映る、だったか」
「そうだね。だから使用は避けて」
「いや。客入りを多くしたいのであれば、むしろ使うべきだ。──魔導士の給仕がどんなものか見せてやる」
あまり舐めてくれるなよ、ファイ・D・フローライト。
私は元一般人だ。給仕の
「わー、可愛いお店! ここがお家なんて素敵ですね! 『ちっこいわんこ』さん」
初来店は、猫依護刃と志勇草薙。
「うまそうな匂いだな」
「チョコケーキの試作なんですー。開店は明日からなんですけど、良かったら食べてみてもらえませんかー?」
「よろこんで!」
よし。
であれば、使い魔の起動だ。
無論烏やネズミではない。あれらだと最悪鬼児に間違えられかねない。
だから、ファイの描いた絵に忠実に寄せた──。
「えっ、なに? 小人?」
「当店自慢の『ちっちゃな店員さん』でーす!」
「へぇ……そういうのもあるのか。裏で誰かが動かしてる感じか?」
「はいー。もう一人ウェイトレスさんがいるんですけどー、あまり人前に出たがらないのでー」
「それってもしかして、『おっきいカラス』さん?」
「ですですー」
妙な設定を付け加えられたけど、構わない。
その方が動きやすく……なったと思わせるための、か。
「その子も『ちっこいにゃんこ』さんみたいに可愛いの?」
「うーん、どっちかというと綺麗系かなぁ」
「へぇ~。……会ってみたいっていうのは」
「護刃。失礼だぞ」
「だよね。ごめんなさい」
まぁ、今顔を見せない方が良いのは事実だ。
鬼児狩りでもないのに夜を出歩くのは危険。その常識があるこの国で、給仕の姿を見られるわけにはいかない。少なくとも今はまだ、だ。
とはいえ……動かせてはもらうけれど。
翌日。
まだ眠っているサクラ姫をそのままに、ファイと二人で店の準備をする。
「手際が良いねー」
「こういうものは効率化の仕方でかかる労力が変わる。たとえば今お前がやっているカウンターの拭き掃除も、円を描くようにしていてはロスが大きい」
「……あれ、もしかしてそういうの煩い系の人?」
「やるからにはやる。徹底的にやる。──とはいえ経営方針やメニューにまで口を出すつもりはない。私がやるのは掃除だけだ。なんなら先に仕込みをしていてくれてもいいぞ。掃除と準備は私の使い魔で充分だからな」
「ん~。じゃ、任せちゃおっかな」
「ああ」
厨房に消えていくファイ。
よし。
では使い魔たちよ。──超効率的且つ迅速、丁寧な掃除をしようじゃないか。
「おはようございます!」
「おはよーサクラちゃん」
「すみません、寝坊してしまって」
「いいよいいよ。サクラちゃんまだ本調子じゃないみたいだし、何より掃除とか店の準備とかはランちゃんが全部やっちゃったからねー」
「なぜ過失のように言う」
「いやー、ここまでやるとは思ってなかったっていうかー」
──新築同様。
いや、モデルルームかと見紛う程の綺麗さ加減。加え、恐らくこのセカイでは本来表現できない領域の光沢。
我ながらいい仕事をした。
「サクラ姫。申し訳なさを感じているのなら、接客を頼む。見ての通り、私は使い魔の操作で忙しいからな」
「別に手動で操作してるわけじゃないでしょー?」
「ほとんどが自動だが、一部は手動だ」
無論、店内にいる使い魔の話じゃあないが。
「私はバックヤードにいる。何かあったら言え」
「はーい、お疲れ様~」
「お、お疲れ様です!」
さて、と。
干渉者は未だ見つからず、か。
バックヤードに入って行うのは、先ほど言っていた手動での使い魔の操作だ。
桜都国に放った烏と鼠。その五感情報から洗い出しを行う。
知識通りであれば、未だ入って来ていないはずだけど……。
まぁ、いないか。
……こんな時に眠れたら、暇も潰せるのだろうが。
今更か。そんなことより、今のうちに魔力膜の改良でもしておこう。やるやると言って、結局できてなかったのだから。
翌日。
店はサクラ姫と小狼、情報収集は黒鋼とファイに任せて、少し「釣り」をしてみることにした。
つまるところ、「彼」を超えない程度に、けれど魔力ダダ洩れの状態での闊歩。
「それで、釣れた、と考えて良いのか?」
「構わないよ」
周囲。真昼間なのに人がいない。
けれど一人だけ。電柱の上に、白いローブを纏う男性が。
「すまないな、確認したいことは一つだけだ。だというのに足労をかけた」
「そうか。それで?」
「羽根は、何枚ある?」
「教えるには対価が必要だよ、不死の大魔導士さん」
空間を圧し潰す。……も、手応えが悪い。
やはり仮想現実だと出力は下がるか。
「危ないな」
「私は吸血鬼ではない。この事実は対価になるか?」
「そうだね。では、複数枚、とだけ」
「充分だ」
次元と次元の間にある隙間。それをぶつける。仮想現実であろうと関係の無いコレは、しかし避けられた。
……大技は見破られるか。
ならばと肉迫し、接敵と同時に出現させた槍で斬撃を行う。
槍とは突くだけのものに非ず。斬って良し投げて良し、防御にも適する最上の得物なり。
「何が目的かな」
「羽根だ。二、三枚寄越せ」
「対価が必要だね」
「渡す気の無いものであれば必要はない。奪えばいいだけだ」
「それは道理かもしれない。けれど、君がそうするのなら、こちらも手を変えるよ」
──気配。
背後、ぐちゃぐちゃと音を立てて生まれ出でるは──鬼児。
それを無視してもう一度踏み込みを行う。
切り上げ。さらに膝を使っての加速。
「!」
さらに穂先を魔法で伸ばせば。
「……痛いな」
「ふむ。私は生粋の戦闘者ではないが、この程度でも戦い得るらしい。どうだ、もう少しやるか」
「いや、やめておこう。君が魔法まで使い出したら、勝てないからね」
「なら羽根を寄越せ」
「それも遠慮するよ」
「であれば、死──」
背後。
出来上がった巨大な鬼児を、身体の回転と同時に切り裂く。
「……逃げたか」
「ちょ、オイ! そこの姉ちゃん大丈夫か!?」
「こんな昼間から鬼児が……。それも、ロの二級」
逃げられたのなら仕方がない。鬼児に対し、タックル気味に身を寄せて、そこから袈裟懸けに切り裂く。
私は鬼児狩りではないけれど、これくらいの干渉は余裕だ。
余裕……なのだけど、問題はある。
それは、人に見られているということ。
「おいおいおいおい、アンタ鬼児狩りじゃねーのかよ! だったら武器なんか持ってたって鬼児は殺せねえって!」
「鋭い身のこなしですが、職業選択を一般職にしたのですね……。なら、龍王」
「ああ、わーってるよ!」
……そうだな。
ここは大人しく任せるとするか。
助けてくれた二人を連れて店に帰れば、全員が揃っていた。全員。小狼一行と、猫依護刃、志勇草薙までもが、だ。
それも知識に無い。
「蘇摩!?」
という黒鋼初の「異世界の同一人物」との邂逅はさておいて、情報の統合だ。
龍王が店で暴れまわることはない。それよりも迅速に対応すべき事柄が出来たから。
……となると、小狼と龍王の友情も……。
いやいや。だからもう、そういう壊れ物扱いはやめようと。
「昼間から鬼児……しかも『カフェの店員』である『おっきいカラス』を狙って来ていた、か」
「ああ。でも凄かったぜ。鬼児狩りでもねぇのに、槍ぶん回して鬼児を圧倒しててよ。当然倒せはしなかったが、ああいうのを手も足も出ないって言うんだろうな」
「槍、ね。……お前、槍使いだったのか」
「セカンドウェポンだ。メインは杖だな」
「どっちも長物だから、使いやすいとかだったりしてー」
「ああ、正解だ」
無論、魔法を使うのに杖はもう必要なくなったから、結果的にメインウェポンが槍になっている、という事実はまぁどうでもいいだろう。
「とりあえず市役所に報告行った方が良いだろうな。……よし、護刃。俺と一緒に護衛だ。『おっきいカラス』がまた襲われないとも限らねえ」
「やったぁ!」
やったぁ。
……ああ、私と話したがっていたからか。
彼らにとってここは仮想現実。ゲームの世界。小狼達が持つ「一般人が襲われて、それの護衛だというのに喜んでいるのは何故か」という視点はこの国には存在しない。
「では、行ってくる」
「はーい、行ってらっしゃい」
「気を付けて」
まぁ、襲われるも何も、私が釣ったんだけど……なんて言えない雰囲気なので、これも言わないでおこう。
道中、猫依護刃に根掘り葉掘り聞かれながら、市役所で状況を説明。
ただし極端に目撃者が少ないことから、事実確認をしてから全体周知される、という流れになった──が。
その帰り道。
「──前方のカップル。私があの二人を引き剥がすから、二人は鬼児を頼む」
「え、鬼児?」
「どこに鬼児が」
私の駆け出しとほぼ同時に、街灯の上で鬼児が出現する。
時計塔に彼はいない。……一応使い魔を飛ばしておくか。
「え──」
「鬼児!?」
「大丈夫だよ、鬼児は鬼児狩りしか襲わな」
とか言ってるカップルを抱いて、さらに加速する。
「い、ひぃ!?」
「お、襲って来た!?」
「安心しろ。あの二人は強い鬼児狩りだ。だが、万が一もある。念のため家ではなく市役所の方へ逃げろ。あそこは安全だ」
「ははは、はい!」
逃げるカップル。
そこに伸び行く黒い腕を斬って、臨戦態勢に入る。
「護刃! 『おっきいカラス』! 退くぞ、数が多すぎる!」
「そうか? たった十五体だろう」
「それが多いって言ってんだ! アンタは鬼児狩りじゃねえんだから、大人しく俺達の言うこと聞いておけ!」
「ふむ。しかし、どうやらそうもいかないらしいぞ」
「何を──」
マンホールの蓋の片側を蹴って弾き上げ、それをさらに蹴り飛ばす。
殺せはしないが切れる腕。その先にいたのは、また一般人。
「な、なんだ!? 何が起こってる!」
「市役所は何してんだ! 鬼児が鬼児狩り以外を襲ってるぞ!」
「逃げろ逃げろ! こんなことで再入国なんてやってられねえ!」
パニックだ。
四方八方……まぁ、自分の家がある方に逃げているのだろうけれど、十五体の鬼児がそれぞれバラバラになれば倒すだけの時間がかかり過ぎる。
一か所にまとまってくれた方が楽だ。だから。
「私がヘイトを買う。二人はその後ろから仕留めていってくれ。一般人がいなくなったら合図しろ。私も離脱する」
「ちょっと、『おっきいカラス』さん!?」
槍を出し、鬼児の後頭部を刺しては他に飛び移って、を繰り返していく。
倒せはしない。だけど、『鬼児狩り以外を狙う』とだけインプットされた鬼児であれば、逃げる一般人より攻撃してきた一般人を狙う。
彼はAIに詳しくないから、そういう曖昧な命令しか書けないのだろう。
……最初は躊躇していた二人も、鬼児の討伐に参加してくれている。
飲み込みが早い相手は嫌いじゃない。
「『おっきいカラス』さん、上!」
「問題ない。気付いている」
上体を大きく後ろに逸らし、そのバネと肩の力、そしてバレない程度の加速魔法で威力を付け足した投擲。空中から射出されたにしては強すぎるその威力も、桜都国であればおかしいとは思われない。
そうして胴体を丸ごと吹っ飛ばされた鬼児は──けれど空中で再生する。
「『おっきいカラス』!」
「安心しろ、問題はない」
だから今度は、出現させた二本目の槍を以て降って来た鬼児の腹を突き刺し、それを支点に大きく移動。拳……だろうモノを振りかぶっていた鬼児は攻撃を外し、さらに落ちてきた一本目の槍によって地面に縫い留められる。
「『おっきいカラス』さん! 人、いなくなったよ!」
「逃げるぞ!」
「あと十一体じゃないか。このペースなら討伐し切れるだろう」
「増援が無いと言い切れないだろうが! 現に今、一体増えた!」
……確かに。
無限湧きだと、面倒か。
一本目、二本目の槍のどちらもを消して、その場を離脱する。
「アンタ、戦闘狂すぎるだろ! なんで鬼児狩り登録しなかったんだ!」
「ここは普段の自分とは違う自分になるための国だろう?」
「え! ってことは、『おっきいカラス』さんは現実でも鬼児狩り……!?」
「いや、現実に鬼児はいない。ただ槍使いだ、ということだ」
「へぇ……武術家か何かなのか?」
「いくつかの流派を収めているが、今使っているのは我流……というより、いくつもの流派を混ぜ合わせたものだな」
走りながらの雑談は、やはり仮想現実ならでは。
そのまま、店までの護衛を二人はやり遂げてくれた。
……私がまた無茶をした、という話と共に。
*
今日はサクラ姫、ファイ、私での店番。
ただしサクラ姫は眠っている。連日の疲れが出たのだろう。
そしてファイは今仕込みの真っ最中。私も既に顔が割れているため隠れている意味も無く、日向……偽物の日向でモコナと一緒に日向ぼっこだ。
「ラン」
「どうした?」
「ランは、いつから独りだったの?」
「壱原から聞いたのか」
「うん」
「そうか。……いつから、か。難しいな。……世界が消退してから、というのが正しいが、そこから何年経ったのかはわからない。万、億、兆……桁の壊れた数字が出て来てもおかしくはない時間だった」
「そっか」
世界の消退。
それは国だけでなく、星だけでなく、宇宙だけでなく、世界そのものが寿命を迎えることで起きる現象。
色というものさえ失われた空間で、「何かであったモノ」の泥がどこかへと押し寄せる世界。
「ただ──この旅が続く限りは、少なくとも独りではない。それは良い事だろう?」
「うん。でもね、ラン。……ランはね、そう思ってない」
「わかるか。流石だな、モコナ」
「うん……」
それは良い事だ。客観的に見て、救われ、報われるようなことだ。
私がそれを良い事と思っているかは、今モコナが言ってくれたが。
──結界を張る。
「どうしたのー?」
「ファイ。モコナとサクラ姫のそばに」
「……うん、わかったー」
丁度いい機会ではある。
この国へ来た時、織葉に言った、「用」。
それを試す。
「ドアが開かないというのは、店としてどうなのかな」
「招かれざる客を入れないセキュリティとしては最上だろう」
二度目まして。
そして──今度は、相手からやってきた。
「星史郎、と。そう呼ぶべきか?」
「好きに呼ぶと良いよ」
「そうか。であればハンターと呼ぼう」
「僕の目的だけじゃなく、生業までもを知っているんだね」
「言ったはずだ。私は吸血鬼じゃないと」
「だけど、永遠の命を持っている」
人が話していないことをペラペラと……は、私も同じか。
因果応報。自業自得。
「本当はあちらの彼に消えてもらいたかったんだけど──君で我慢するとしようか」
「それはありがたい。当店No.1人気店員がファイだ。No.2は姫」
「君は?」
「私はロストナンバー。鬼児狩りに顔が割れたといえど、未だ働いている姿は見られていない」
「そうかい」
槍は出さない。
そもそも接近戦など、守護が本分の私がやることではない。
割断。
「──おっと」
「ふむ。妙だな。次元ごと割断したのだが、傷一つないとは」
「随分と強いね、君は。仮に僕が、一枚しか羽根を持っていなかったら、今ので死んでいたかもしれない」
「それは望むところではないのか?」
「君が言うのかな、それを」
圧壊。
「もしかして、それ以上の出力は無いのかな。だとすれば君は僕には勝てないね」
「いや、あるにはあるのだが、出すと世界が崩壊する恐れがある。特に桜都国はな」
「……成程。つまり君と本気で遊ぶのなら、この世界の外に出なければならないか」
「余程の強度を持つ国でなければ無理だがな」
「それは例えば、何もなくなった真白の泥の国、とか?」
「いや、あそこは耐えきれなかった。全てが消えた後に試したのだがな、簡単に罅が入ったよ」
捩切。
剪断。
離散。
停止。
「ハンター。どうやらお前の言う通り、この世界で出せる出力上限では、お前を殺せないらしい」
「そうか。それで、どうするのかな」
「殺せ。だが、私が死んだところで結界は消えない。あの結界を超えるのに、果たして何枚の羽根が必要になるかは見ものだが──」
「いいや、いいよ」
鬼児の絡みついた腕。
それが──私の胸を貫く。
「目的は果たせたからね」
倒れる体。背後……上下反転した店の中には、焦った顔をするファイとモコナが。
……ああ、防音結界にでもしておくべきだったか。そうすれば、会話も──。
舌を打つ。
「死ねないか」
目覚めた。私が干渉した場所──フェアリーパークが夢卵、それのあるドームの頂上で。
胸に開いた傷は急速に塞がり、何事も無かったかのように元に戻る。
……現実世界から仮想現実に直接移動し、魔法系統の私の力を半減以下にした状態であれば、死に至れるやもしれない、と思っての行動だったが。
「聞くが、壱原。願いと対価は、それが果たされるまで」
──"ええ、当然でしょう"
「そうか。……はぁ、であれば早めに死に過ぎたな。もう少し遊んで行っても良かったか」
──"遊んで行けばいいじゃない。そこ、遊園地なのでしょう?"
「無理だと知っているのなら提言するな」
青い光が世界を包む。
そして、映し出され、書き換えられるは現実の方。
桜花国全体で見れば小さなものだろうが──このフェアリーパークの全てが、桜都国へと書き換わる。
……少し早くないか。大丈夫か。
気配のこと、刀のこと。しっかりと習得できているか。
「壊れ物扱いはやめろ、と。何度言えばわかるのか」
さて、では──。
「割断」
巨大な鬼児の上に降り立つ。
「防ぎきれると思ったんですが」
「充分だろう。セカイを溶かしかねないギリギリの出力だ。羽根の二、三枚で防ぎ切れるのであれば、文句はなかろうよ」
「そうですか。では、こちらも本気で行きましょう」
──関係はない。
己で言ったことだろう、ハンター。
お前がどれほどの強さを持つ者であれ──。
「成程。ある意味で、吸血鬼よりも厄介ですね」
「当然だ。一定条件下で死ぬ劣等種と同じにするな、ハンター」
刺されても、斬られても、貫かれても消されても。
何も厭わずに前へ進む。
「ランさん! 星史郎さん!」
「圧壊」
して、行うは──絶対に外さない至近距離での、自爆特攻。
「……一つ、質問をしてもいいかな」
「イの一の鬼児は昴流ではない」
「そうか。もっと早くにそれを知りたかった」
羽根の四枚が私の結界に抵抗している。
圧し潰せない程ではないが──これを圧し潰してしまうのは、羽根に悪影響を及ぼす可能性がある。
「僕が必要としているのはこの一枚だけだ。だから、今の質問の対価として、その三枚を残していくよ」
「次元移動か」
「こんなところで圧し潰されるわけにはいかないからね」
それなら──まぁ、良い。
サクラ姫の羽根を三枚、しっかりと手に取り、結界を解除する。
「選手交代だ」
「それは」
「──星史郎さん!!」
壊れたジェットコースターの上から、小狼が降ってくる。
手には緋炎。なんだ、すべて杞憂か。
なら──そうだな、足場くらいは作ってあげよう。
そのまま私は落ちる。
「きゃあ!?」
「すまない、着弾地点をよく見ていなかった。怪我はないか」
「お、『おっきいカラス』さん……」
「ああ、護刃か」
上空。
炎が、迸る。
「あまり時間はない。黒鋼」
「……んだよ」
「あのハンターの使う魔道具は、次元の魔女の使う次元移動と同じ力を有している。モコナは生き物だが、同時に
「引っ張られる、ってこと~?」
「ああ。ただし、その場合この鬼児たちがすぐに消えるわけではない。桜都国の鬼児狩りは、けれどその本質は一般人だ。学生、社会人。その他あれど、純粋な戦闘者はほとんどいない。それが鬼児狩り以外となれば尚更に。だから」
「あの星史郎ってのが消える前に、鬼児を全部狩り切れってか」
ニヤりと笑う黒鋼。
彼に善意はない。ただ、そのタイムレースにテンションを上げているだけだ。
あと一応言っておくと、狩り切る必要はない。戦えない者を鬼児から守るだけでいい……なんて聞き届けるわけもなく。
「そして、鬼児狩りたち。ゲームが現実に侵蝕した影響で、桜都国と同じ技を使うことはできるだろう。だが気を抜くな。こちらでの死は死だ。死んだ者は、二度と蘇らない」
「ンなこと言われてビビると思ってんのかぁ? 『おっきいカラス』!」
「やることはいつもと変わりない」
「援護するよ!」
パン、と柏手を打つ。
それにより、フェアリーパークが結界で覆われる。
「とりあえずこれで鬼児の逃げ場はない。ただし」
「オレ達の逃げ場もねぇったか! ヘッ、燃えるじゃねえか」
「彼が消えれば鬼児も力も消える。だから、あまり高所にいないことを推奨する」
「あいよ!」
ハンターが次元移動を行うまで、あと三十秒もないだろう。
けれど──イの鬼児がこれだけいて、果たして三十秒。どれだけの一般人を殺せるか。
「まずは──あのデカブツからだな!」
「小物を優先すべきだ。すばしっこい故に、一般人を襲うに適し過ぎている」
「勝手にしやがれ!」
「ああ、そうする。鬼児狩り、お前達は自己判断で行け。私達に構うな」
「おう!」
槍を出し、さらに魔法も使う。
近距離のものは槍で、遠距離のものは魔法で。感知範囲を広げて、人間と鬼児を隔離して……。
「天魔・昇竜閃!!」
──黒鋼により、イの二の鬼児が倒される。
三十秒。短い時間が過ぎたが──守り切れたか。
して、想定通りのことが起こる。
星史郎の次元移動。それに引きずられたモコナの次元移動。
私達がどこにいるとかは関係ない。すべてが、すべてがモコナに飲み込まれて行く。
「おい、何が起こって──」
「小狼。サクラ。黒鋼。ファイ。モコナ。それが彼らの名だ。すまないな、時間が無い。本当は別れをさせてやりたかったが──」
「お、『おっきいカラス』さんは!? 名前!」
「ラン。ただのランだ」
残念ながら、別れの言葉は告げられない。
だけど──そうだな。
久しぶりに、笑顔という奴をやってみよう。
それだけで人というのは、安心するらしいから。
消える──。
*
次の世界は密林だった。
ので、いつも通り結界と簡易住居を立てる。流石に木の実程度じゃどうにもできない強度のものを。
サクラ姫は眠ったまま。けれど。
「小狼。これを」
「……これ」
「あのハンターが持っていた四枚の内の、三枚だ」
「……ありがとうございます」
迷いはした。
今彼は自身の無力感に苛まれている。
そこに、自身より多くのものを獲得した相手が、しかもそれを無償で渡して来たら……恐らく無力感は、もっと強くなる。
でも、渡さないのも違うと思うから。
「んじゃ、いつも通りオレと黒リンは食べ物探しだねー!」
「黒リン言うな! ……まぁ、そうだな。今日くらいは素直に頷いてやる」
「黒リンでいいってことー?」
「そっちじゃねえ!」
小狼が戦闘不能であるのがわかっているのだろう。
黒鋼とファイはそれぞれにそれぞれの視線を彼へと向けて、密林の中へ入っていった。
さて、まずはベッドを作るか。あとは食事の支度を……。
「ランさんは」
「どうやって強くなったか、については参考にならないぞ」
「……それでも、聞きたいです」
「単純な話だ。私は長く生きている。長く、永く。小狼が今考えた年数の、何万、何億、何兆倍もの年月を」
「それは……」
「故に、私の魔法は積み上げたものでしかない。槍も同じだ。才があったとか、強くならなければならなかったとか、そういう理由じゃない。長く生きて、永く生きすぎて、それしかやることがなかったから、こうなった」
「……確かに、参考にできるものじゃ、ないですね」
「記憶が無いお前なら、尚更だろうな」
「っ! ……知っていたんですか?」
「長く生きていると、そういうのもわかるようになる。……ふむ、そういう観点で言うのなら、そうだな。お前は考古学に詳しいな?」
「はい」
「私は詳しくない。長く生きているのにだ。何故だかわかるか?」
「……いえ」
「私はそれを古いと考えられない。あるいは新しいとも考えられない。魔法の改良は出来ようが、成長を実感することはできない。長く生きすぎたせいか、はたまた元からそういう生物だったのか。つまるところ──」
そうだ、つまるところ。
「私は超えることのできる壁だ、小狼」
成長のできない怪物であれば。
前へ進める人間の方が、一歩先を行く。
「剣は黒鋼に習っているのだろう。であれば、私はその仮想敵となろう。なに、未熟者の剣でも私は傷つかない。加えてこのように」
焚火に手を突っ込む。
そして、ゆっくりと取りだす。
あり得ないものを見た、という目の彼に──。
「その炎ですらも、私を灼くに至らん」
殺意を持て。
覚悟を持て。
──どうせその「時」は、もうじきやってくるのだから。