イグサクロニクル   作:Rush

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Chapter.5 計画と真意

 

 ピッフルワールド。

 高度に発展した機械技術の国。そこに降り立った私達は、早々にサクラ姫の羽根を見つけた。

 

 ドラゴンフライレースの優勝賞品。それが羽根だったのだ。

 

 というわけで、小狼達はドラゴンフライレースに出ることに。

 

「んで、なんでテメェは出ねえんだよ」

「初めにも言ったが、私は皆が失敗した時の保険だ。何よりドラゴンフライレースは危険なレース。サクラ姫も出るとあらば、助けに入れる者が出場者以外にいた方がいいだろう」

「……チッ」

 

 この通り、私は出ない。

 風を読めるサクラ姫が優勝し得る可能性も置いておきつつ、干渉者と──あれだけの結界を施したというのに、懲りずにやってきた者への対処をする必要がある。

 そうすれば、ドラゴンフライレースは普通のレースになる。干渉者だの不正だのを気にしなくていいレースに。

 

 だから、久しぶりに許しを得ての単独行動だ。

 

 機械技術だけじゃなく食文化も発達しているこの国で、阪神共和国ではできなかった食べ歩きを実践する。

 

 うむ。レパートリーが増える増える。

 

「しかし、お前は小物判定じゃないのか。飛王の基準もよくわからんな」

「っ……」

「それで、復讐か? それとも忠告か? カイル=ロンダート」

 

 揚げパンを食べながら、問う。

 ドラゴンフライレース参加者。そうであってもあまり関係は無い。

 

「答える気が無いのなら──そうだな、安心しろ」

 

 バックステップの音。

 その背後に、穴を造る。

 

「な──」

「さぞかし不機嫌だろうなぁ、飛王・リード。──だから私は気前よく対価無しに返してやる。受け取れ」

 

 穴。

 次元移動の陣の、劣化版。

 航行者の安全を一切考慮していない、次元移動の陣のプロトタイプと言ってもいい。

 

 それでカイル=ロンダートを送り返す。

 

 よし。あとは。

 

 

 

「ええ──確かに私はレースに妨害工作をしようとしていましたわ」

 

 笙悟=アサギ。妹乃山残。そして知世=ダイドウジ。

 その三人のいる部屋に、私はいた。まぁ転移したら待ち構えられていた、が正しいんだけど。

 

「それをやめろ、とは。どういうことか、教えていただけますの?」

「羽根を狙う者は消した。つまり、ソイツへの牽制も、サクラ姫達への警告も必要なくなった、ということだ」

「……やはり。知世姫が言っていた通りの方なんですね、ランさん」

「夢見で、何か聞いたか」

「ええ。いつか来るはずの、羽根を探して旅をしている人達のなかに混ざる──ノイズばかりで、ほとんど見えない人。特にその顔が不鮮明で……」

「まぁ、夢見というのは天から地を見下ろすようなものだ。伸び続ける豆の木の天辺は見えなかろうよ」

 

 しかし、それでも見ていたか。

 中々侮れないな。

 

「けれど、知世姫はこうも言っていました。彼らのことをとても大事に想っている方で……ずっとずっと、独りであった方だと」

「ふむ。すまない、買い被りだ。サクラ姫と小狼のことは壊れ物のように扱っているが、他二人はそうでもない」

「それは、そうする必要が無いからですか? それとも」

 

 知世=ダイドウジは言葉を切る。

 切って、繋げる。

 

「そうしていないと、気付かせるためですか?」

「……」

 

 結局壊れ物扱い。

 その通り。お手上げだな。

 

「話は以上だ。無論、そちらの計画を止めてくれ、と頼むんだ。対価は払う」

「いえ、対価など」

「そうだな。とある世界で、その世界における最も大事で、最も恐れられる者の幼少期を守り続けた繭糸などはどうだ? ピッフルワールドの技術であればこれを服にしたてあげることも可能だろう」

「……わかりました。では、それを貰います。なので、妨害工作は止めますね」

「ああ。そして、不安になど思ってはいないだろうが、安心しろ。彼らは強いからな」

「ええ、わかっておりますわ」

 

 これにて落着。

 

 

 後日、ドラゴンフライレースは通常通りに行われ──。

 

 サクラ姫、ファイ、小狼がそれぞれ五位、四位、三位に入賞。笙悟=アサギのイエロータイガー号が二位を勝ち取り、栄えある一位は。

 

「優勝おめでとう、『黒たん号』」

「ぶっ殺すぞテメェ」

「なぜだ。今回は本当に何もしていないだろう。そして今私は祝っただけだ。おめでとう『黒たん号』」

「機体名で呼ぶんじゃねえっつってんだ!」

 

 勝負ごとで負けるわけもなく、というところだ

 サクラ姫も良い線行ってたけど、妨害工作無しの単純レースでは強運だけじゃあ勝ち目はない。

 

 黒鋼の手に渡った優勝トロフィー兼サクラ姫の羽根は、誰の妨害を受けることもなく彼女に収められ──そして優勝祝賀会が開かれる。

 めでたしめでたし──と、なるはずだった。

 

「何用だ、壱原」

 ──"アナタが事を急くせいで、ホワイトデーのお返しをあの子たちにせびれていないのよ。それがどういうことになるか、わかるでしょう?"

「……もう一度ツァラトストラ国へ行くことになる。その時でいいだろう」

 ──"ダメよ。だって、サクラ姫からはもうお返しを貰ったのだもの"

「モコナが説明したのか」

 ──"ええ。あなたには上げていないから良いにしても、彼らからはちゃんと貰わないと"

 

 そうしなければ……確かに。

 

「わかった。──私はしばし単独行動を取る。事を急く存在がいなくなれば、干渉の値も増えよう」

 ──"ええ、それなら良いわ。ただ"

「疑いの目は強くなる、だろう? 問題ない」

 ──"最近はそうなるように動いているから、とか?"

「さて」

 

 ……それじゃ、早速行動だ。

 優勝祝賀会で酔いに酔っている皆に何を伝えても無駄だろうから、書き置きでいいか。

 

 ふむ。……しばらく単独行動を取る。羽根を何枚か持ち帰る予定なので、安心しろ。

 こんな感じでいいか。

 

「待てよ」

「おっと。……良いのか、酒が尽きるぞ」

「まだ阿修羅王からくすねて来たって酒を貰ってねぇ」

「……がめつい男だな。ほれ」

 

 酒瓶を投げ渡す。

 それを難なくキャッチした黒鋼は──目を細めた。

 

「あの女と、何か取引をしたな」

「聞いていたのか? 全く、乙女と乙女の内緒話を盗み聞きとは、無粋な」

「それで勝手にどっかへ行く。……一つだけ聞かせろ」

「勝手じゃない。ちゃんと置手紙を置いていく。それで、なんだ黒鋼」

「テメェの願いは──不死殺しか?」

 

 不死殺し。

 その矛盾した言葉は、けれどどこの世界、国にも存在する共通概念。

 大抵は英雄か何かの武器であり、祝福か呪いを受けていて──不死者に特効を持つ。

 

「違う。確かに終わりが欲しいのは事実だが、そんなことは次元の魔女でも叶えられない」

「死にてえのか」

「不安を拭いたいだけだ。いつでも死ねるという手段はあるに越したことはない。だが、願いじゃない」

「……そうか」

「そうだ」

「ふん。……ガキ共には適当に言っておく。あんま遅くなるんじゃねーぞ」

「おっと、流石だな、『お父さん』は」

「あぁ!?」

 

 次元移動を開始する。

 

 ……少し受け入れられてしまったかな、これは。

 

 

 

 *

 

 

 

 一人で降り立ったのは、小さな部屋。

 

「すまないな。もう少し純粋な心を持つ者が来た方が、心置きなく行けたのだろうが」

「いいえ。あなたのおかげで、気付くことができましたから」

「そうか。……エメロード」

「はい」

「この部屋の絵本、何冊か貰って行っても良いだろうか」

「もちろんです」

 

 それで。

 それだけで──彼女は消える。

 もういい、と。

 

「……モコナ、借りてくるべきだったか」

 

 机の上に置かれた羽ペン。サクラ姫の羽根を手に取り、本棚の絵本を何冊か拝借して──また次元移動を開始する。

 

 

 

 

 森。

 いや、ケルベ国。

 

「おお! あんさん次元移動の使い手か! これは渡りに船っちゅーもんやな!」

「ああ、その認識で合っている。ケルベ国が守り神、ケルベロスで間違いないな?」

「ワイのこと知っとるんかいな! ほなら、この国の事情も知ってたりするんか?」

「知っている。知っているからこの世界に来た」

 

 魔力膜が羽根の干渉を防ぐ。

 だから私は小さくならない。

 

「あの山の頂上にある羽根。あれを集めている。貰って行っても構わないか?」

「モチのロンや! アレのせいで、ワイの国は……」

「ありがとう。なら、ここで待っていてくれ」

「ひ、一人で行く気かいな!? それは危険や! あの山は羽根のせいで魔の山になってしもうて」

「次元移動の使い手が、そんなものを障害とするとでも?」

「……確かに。ほなら、頼むで姉ちゃん!」

「ああ」

 

 簡易転移の陣を起動し、直接羽根の元へ向かう。

 持ち主は──小さな小さな蝶。

 

「すまない。ただ、迷い込んでしまった君のことは、元の地へ返そう。それを対価としてほしい」

 

 羽根の張る結界をすり抜けて。

 蝶の止まる羽根を、手に取った。

 

 ……挨拶は要らないか。なんせ相手はケルベロス。次元移動者については詳しいだろう。

 

 

 

 

 

 降り立つは秘妖の国。

 デボネアの背後。

 

「来たか」

「なんだ、待っていたとでも言いたげだが」

「待っていた。情けない話ではあるがな。私ではあの羽根の力には勝てぬ」

「そうか。で、春香を待つか──それとも、直接叩くか」

「直接で良い。被害は未だ出ていない。予調より早く来てくれたのが功を奏した」

 

 成程。

 壱原が私に出発を急かしたのは、そういう事情もあったか。

 

 確かに──秘妖と人間の間で諍いが起きていない内に羽根を奪ってしまえば、問題は根本から解決される。

 

「橋渡しは?」

「羽根でのいざこざが無ければ解決できぬ問題、ということもない。そう壊れ物扱いするな」

「……自認している事ではあるが、他者に言われたのは初めてだな。ああ、わかった」

 

 知識通りでなくとも。

 史実通りでなくとも。

 

 それを解決できるチカラが、このセカイの人々にはある。

 

「ならば、最速だ」

 

 簡易転移の陣で転移すると同時に、ブルガル──領主の息子の頬を蹴り飛ばす。

 小狼の足技。その見様見真似だけど、まぁ、多少の形にはなっただろう。

 

「ぶっへぇぁ!?」

「ん、意識を刈り取ったつもりだったが、案外タフだな。まぁいい、羽根さえなければ秘妖たちがお前に従うこともないだろう」

 

 燭台に置かれていた羽根を取る。

 強固な結界も、しかし残念、こちらが上だ。

 

 ──俄かに騒がしくなる城。

 支配が、チカラが消え去ったことを理解したのだろう。

 

「意識を失っていた方が楽だったやもしれんな。──デボネア」

「ああ。あとはこちらで処理をしよう。そしてこれが、此度の件の対価だ」

 

 ドタドタと足音を立てて登ってくる秘妖たち。

 

 デボネアからある秘術道具を受け取る。

 

 それでは、御機嫌良う。

 

 

 

 ラグタイムワールドでは一切真っ当ではない手段を用いてお金を手に入れ、ブローチを買い。

 

 

 タオの国に着いて──全てを無視してカオスに斬りかかる。

 

「……曳航者か」

「ただのカラスだ。気にするな、鳳凰」

「羽王様!」

「手を出すな。出さば死ぬぞ」

「っ……!」

 

 ほとんど羽根の集合体と言って差し支えない存在。

 だから、出力の点で言えば私が劣る。

 

 同時に狡さでいえば私が勝つ。

 

「……奇襲などせずとも、返す」

「すまない。お前には多少なりとも生存への欲求がある。それがお前の意思とは関係無しに悪意を持つ。だから、搦め手を使う」

 

 サクラ姫の羽根。凄まじい数の羽根の集合体だというのに──自我を持ってしまった羽王カオス。

 その自我は、羽根の持つ「サクラ姫の中へと帰る」という本能すら凌駕する。

 

 故に、自我へと侵入し、解いていく。

 羽根を。その身を。

 

「羽王!」

「羽根は貰っていく。だが、このセカイを壊すほど愚かではない。お前の力で作られたこのセカイの維持は、羽根の力でなくともできる」

 

 槍で接近戦を仕掛けながら、そのたびに羽根を奪っていく。

 一つ一つ、次元を隔てることによって。

 

「これは、セカイの中にセカイを創造する秘術道具だ。僊力は失われるだろうが、国は持続する」

「……対価か」

「ああ。では──貰っていく」

 

 強く強く、弾き飛ばせば。

 ぐったりと倒れるカオス。

 

「この……!」

「羽王をよくも!」

「そうだな。悪者で構わない。──そして、さよならだ」

 

 次元移動。

 デボネアの秘術道具で世界を如何とするかは彼次第。

 最低限の力は渡した。けれど、ここまでの豊かさは無くなるだろう。羽根の力はそれほど強大だから。

 

「待て……」

「なんだ、カオス」

「……しっかりと……返せ」

「当然だ」

 

 何を言う。

 

 ──まるで、返さないという選択肢があるようなことを。

 失礼極まりないな。

 

 

 

 最後に立ち寄ったのは、ツァラストラ国。

 フェザードラゴンは……いない。

 

 代わりに土地が広く緑に満たされている。

 

「……来たか」

「ああ。だが、しっかりと告げたようだな」

「無論だ」

 

 告げた。

 だから──此度の蘇生は霊体に仮初の肉体を与えただけで、期間限定のものである、という事実を、あの時蘇った人々に伝える。

 それが私の願い。

 

 そして鎮魂の際に、彼らにも教えてあった。

 

 ひとときだけ、家族に別れを告げる猶予が与えられる。だから泣くな。悲しむな。後悔するな、と。

 

「羽根は?」

「村の者達が、奉納した。──持っていけ」

 

 それは対価だ。

 悲劇を除去し、満足のいく別れを告げさせるための時間。それを造りだすこと。

 

 その対価が、奉納された羽根。

 

「不死なるモノ」

「なんだ」

「謝意を」

 

 ──次空を移動する。

 

 

 

 *

 

 

 

 そろそろ良いだろうと、レコルト国へ移動する。

 

「あ、ランだー!!」

「ただいま、モコナ」

「やっほーランちゃん。お出かけは終わったのー?」

「ああ。土産も持って来たぞ」

「おみやげー?」

 

 ほら、と。

 

 ──人間が四人は入れそうな球体に敷き詰められた、羽根を出す。

 

「めきょっ! って、えー!」

「凄い、これ全部サクラちゃんの羽根?」

「ああ。それでもまた一部だろうが、これでサクラ姫は安定するはずだ」

 

 羽根をしまう。

 一度にすべて入れていいものかもわからないしな。

 

「それで、サクラ姫と小狼、黒鋼はどこに?」

「それがねー、小狼、本を読んだら倒れちゃって」

「サクラちゃんと黒様が医務室で看てる、ってカンジかな」

 

 ということは、過去を見終えた後か。

 やっぱり後入りして正解だったな。私の過去の本なんか出来上がった日には、この図書館が破裂しかねない。……その前にあの魔道具がエラー吐いて壊れるか。

 

「でも、これだけの羽根があるならー、小狼君が起きて、サクラちゃんに羽根を返して、次の世界かなー?」

「なぜそうわかっていることをわからない風に言うんだ、ファイ」

「……」

「ファイ? どうして黙っちゃったの?」

「んー。それ、君が言うのかなーって思っただけだから。なんでもないよ、モコナ」

 

 なんでもあるじゃないか。

 

「どういうこと?」

「この国にもサクラ姫の羽根がある。ただ、厳重な封印のせいでモコナは気付けない。加えて国宝にまでされていてな。閲覧自体不可だ」

 

 チャキ、と。

 後頭部に鞘が当たる。

 

「……久しぶりだな、黒鋼。元気だったか?」

「テメェ、もう隠さなくなったか」

「何を?」

「知り過ぎだろ、そいつは。……前々から片鱗は見せちゃいたが」

「それで?」

「あ?」

「知り過ぎていたら、なんだ。サクラ姫の羽根を手に入れるのに何か支障があるのか? ──それとも、お前の母親を殺した者と、玖楼国に入って来た襲撃者との共通点に」

 

 薄皮一枚。

 ……速いな。鞘を引き戻して抜くまでの時間が、コンマ一秒となかった。

 

「死にてえなら、俺が殺してやる」

「お前には無理だ。それより刃を戻せ。衛兵を呼ばれるぞ」

「……」

 

 蒼氷をしまう黒鋼。

 ピリついた雰囲気に、恐らく出て来難かったのだろう、ようやくサクラ姫と小狼が出てくる。

 

「お……おかえりなさい、ランさん」

「ああ、ただいまサクラ姫。他の世界で多くの羽根を持ち帰って来た。ここでの様々が終わったら、君に返そう」

「今返さねえ理由はなんだ」

「それはとても簡単だ。──何せ、今から盗みを行うのだから」

 

 簡易転移の陣。

 加え、攻勢突破の陣を纏い、さらに防御阻害の陣も練り入れる。

 

 飛んだのは、中央図書館でも、羽根の作り出した玖楼国でもなく、真っ暗な場所。

 記憶の本の安置された場所。

 

 ──警報が鳴り響く。

 

 さて、一つ正念場かな。

 

 ここは私の腕の見せ所だろう。

 防護の陣を敷き──祈りだけを許す。

 

 ピト、と。

 首に指が添えられた。

 

「なんだ、ファイ。今はどう考えても緊急事態だが」

「この結界、なんで穴を開けてあるのかな、と思ってさ」

「穴が開いているのなら塞げばいい。できるだろう、そのくらい」

「オレは魔力を使わないって決めてるし。でも君は違うよね?」

 

 流石に分かるか。

 ただ、わかったとしても──今じゃない。

 

「必要なことだ。お前の目的だって、そうだろう?」

「っ!」

「小狼! 意思のままに、本から羽根を抜け! そして、羽根を姫に返せ!」

 

 本を大切にする小狼。

 その手が、本の装丁となっていたガラスを割り砕き、収められていた羽根を取りだす。そしてそれを、サクラ姫に。

 眠りに就くサクラ姫。

 

 彼は記憶の本をポイ、と投げ捨ててから──我を取り戻した。

 

 よし。それじゃあ、穴を閉じて。

 

 守衛機能(ソルダート)がガンガンに襲い掛かってきているけれど、残念ながらこの結界は破れない。

 

「モコナ、次の世界へ」

「え……あ、うん!」

 

 展開されるモコナの次元移動の陣。

 その直径とぴったりなサイズの結界は、私達を包み込んでいく。

 

 けれど──最早私の近くにいようとする者は、一人もいない。

 構わない。

 

 

 

 *

 

 

 

 次に降り立ったセカイは、瓦礫の山。

 

 瞬時に防護の陣を張る。

 

「ん~? まだ無いか危ないモノがあるのかな、ランちゃん」

「それで話せば、また何故知っていると詰問するのだろう? ならばもう話さないし、断りも入れないさ」

「……」

「ああ、構わない。い(・)つ(・)で(・)も(・)殺(・)せ(・)る(・)用(・)意(・)を(・)し(・)て(・)お(・)く(・)。それは大事なことだ」

 

 黒鋼も、ファイも。

 最大限に私を警戒している。

 

 して──雨が降り出す。

 

「雨……じゃない!?」

「なんだ、こりゃ」

「酸性雨だ。十五年もの間、この国を襲い続ける酸の雨。その酸性は、固い岩盤さえも融かし穿つ程に強い」

「で、お前はそれを知っていたから、あらかじめ結界を張ったと」

「ああ」

 

 ……さて、どうするかな。

 別に百万年保ち続ける巨大結界を張って『東京』を守ることもできる。あるいは酸性雨をどうにかすることだってできるが……ふむ。

 

「ランさん」

「なんだ、小狼」

「……あなたは、おれ達の敵ですか?」

「──……」

 

 いきなり核心を突くものだ。

 そんなの、決まっている。

 

「ああ」

「……なぜ、ですか」

「お前が敵だからだ」

「!?」

 

 では──どこまでが必要なことか。

 ゆっくりと決めよう。何、時間はいくらでもある。

 

「どういう……」

「まず、雨の音がうるさいか」

 

 だから、止ませる。天候操作の陣。

 

「それに、瓦礫ばかりで目がちらつく」

 

 修繕魔法。建築魔法。

 

 まるで、ぽっかりと穴の開いたように。

 瓦礫の東京が、そこだけ「元通り」になる。

 

「なんだ。とうとう腹割って話す気になったのか」

「ああ。どうせここで知れることだ。なら、今知った所で然したる問題は無い」

「……テメェは眠らねえ。そうだったな。だが、先読みは夢見がやることだ」

「それは勘違いだ。未来を詠むチカラは、夢見だけのものではない。というより、夢見は星見の亜種だ。星占術……星読みの血こそが、元来未来を視るモノ。夢見は夢を渡ることができ、夢を通して別世界を見ることができるモノの名だ」

「……」

「が、夢というのは不思議なものでな。時間の概念が無い。ゆえに夢見は未来の夢も見ることができるし、過去の夢も見ることができる」

「つまりテメェは星見で、眠る必要はねぇってか」

「そうだ」

 

 周囲。

 防雨服をまとった集団が近づいて来るけれど、野次の届かない大きさの結界にしてある。当然だけど、ボウガンは通さないし封真の攻撃も効かない。神威は出てこないだろうし。

 

「で。未来を視ることのできるテメェは、俺たちに何を見た」

「すべてを」

「すべて、って言うのは……オレ達の過去や、未来ってことー?」

「そうだ。お前達の行くすべての世界。お前達の過ごしてきたすべての過去。これから起こるすべてと、これまでに起こったすべて」

「そっか~。……でも、それだとなんで君が小狼君の敵なのかわからないよね」

「私が小狼の敵なんじゃない。小狼が私の敵なんだ」

「意味わかんねぇぞ」

「もう、わかる」

 

 小狼から、サクラ姫とモコナを引き剥がす。

 取り返そうとする彼の腕は……自分の意思では動かない。

 

 どころか、脈動。そして右目に痛みを感じているはずだ。

 

「ラン……さん……!」

「それでもまだ可能性はゼロじゃない。今ここで全ての未来が変わるかもしれない。──小狼。くだらない計略と、犬の餌にもならない願いの操り人形になるくらいなら、安定した未来など壊してしまえばいい」

「……ぐ」

 

 指と、刀。

 それぞれが私に向けられる。

 

「姫を離せ」

「それと、小狼君にかけた術もね」

「斬ればいい。殺せばいい。その程度で私は止まらないし、結界も魔法も切れない」

「……不死の大魔導士。なるほどね。厄介なのは魔導の部分じゃなくて、不死の方だったか」

「何がなるほどね、だ。桜都国で散々見ていただろうに」

「アレはゲームだったし。……でも、現実でもそうだとしたら……黒様。オレ達じゃどうしようもないかも」

「死なねえなら死ぬまで殺し続ける。そんだけだろ」

「死んでいる間も意識があるんだよ、彼女は。再生しているわけじゃない。不死はそんなカンタンなことじゃない。どこを欠損しても、たとえ頭蓋や心臓を消し飛ばされても、魂だけで活動ができる」

 

 理解が良い。

 これは。

 

「……お前も腹を括ったのか」

「んー。まぁ、オレの過去もバレちゃってるみたいだし」

 

 脈動が強くなる。

 小狼が──崩れ落ちる。

 

「っ……!」

「勝て、小狼。お前に与えたモノ達は、すべてがお前にBETしている。ここで壊せ。壊し尽くせ。そうすれば私が守ってやる」

「……」

 

 沈黙。俯いたまま……小狼は沈黙している。

 

「どうした、小僧」

「小狼君?」

 

 ──記憶の羽根を、一枚取り出す。

 

 その瞬間、蹴りが来た。

 蹴りは私の眼前で止まる。

 

「小狼!?」

「……おい。今度はなんの術だ」

「なんだ、黒鋼まで。わかっていることを聞くのが流行りなのか?」

「何をした、って聞いてんだよ!」

「返せ」

 

 また、蹴り。

 その程度ではビクともしないが──これは。

 

「……これだけ早めても、無理か」

「返せ。羽根を」

「お前に心を宿すために、お前の封印が切れる時間までの猶予を大幅に延長した。それでもダメか、小狼」

「返せ」

「すまないな。前にも言った通り、返すなら所有者に返す。お前には返さない」

 

 ──手が伸びる。

 物理で結界を突破することは難しいと理解したのだろう、手は、ファイへと。

 

 けれどそこにも結界がある。黒鋼の方にも、だ。

 二人は私を止めるためにこちら側に来ていたから、守りやすかった。

 

「……」

「小僧……じゃ、ねえな。お前」

「小狼君……」

 

 して。

 一切口を挟んでこなかった次元の魔女の元より、彼が来る。

 いや、彼の対応をしていたから口を挟んでこなかった、というべきだろう。

 

 私の結界内に、蝙蝠の紋様の服を着た『小狼』が出現した。

 

「……その紋様は! っ、クソ、出せ!」

「出さない。結界は守るものだが、閉じ込めるためのものでもある」

「オレも出られない、か」

 

 あるいは全魔力を使えばファイは出られるかもしれないけれど、出ないだろう。

 恐らく、もうある程度を察している。

 

「小僧が……二人?」

「魔法陣から小狼が出て来た!?」

「……」

「……」

 

 両者は、睨み合い。

 そして『小狼』が、その手に雷を宿す。

 

「おれがおまえに心の半分を渡した時……"鏡"越しに、おまえに言ったな」

「……」

「右目の封印が切れておれの心がおまえから離れるまでに、おれのじゃない、おまえ自身の心が産まれる事に賭けると」

「……」

「おまえが過ごした日々。おまえが出会った人達の中で、おまえ自身の心が育つのを信じると。──けれど」

 

 ──降り始める酸性雨を、もう一度止める。

 今度は周囲一帯の天候が一切変わらないよう完全に固定する。

 

「もし、右目の封印が切れる時が過ぎても、おまえに心が宿らなければ。創ったものが強いるままにただ暴走を続けるのなら」

「……」

「おれがおまえを、消すと」

 

 雷は──小狼を向く。

 

「雷帝招来!!」

 

 小狼は。

 

「……この世界の羽根は、取れそうにない。なら、この世界に留まる必要もない。次の世界で羽根を探す」

 

 結界に「干渉可能な」穴を開ける。

 そこに、飛王の作る次元の裂け目が現れた。

 

 雷は受けた。今も尚受けている。

 それを全く意に介さずに──小狼はその裂け目へと入っていく。

 

「待……って……」

 

 声は。

 

「行かない……で……」

 

 ようやく目覚めた、サクラ姫の声は……届かない。

 

 

 

 *

 

 

 

 さて。

 

「逃げるなよ、テメェ」

「ダメだよランちゃん。それは」

「ラン……なんでこんなことしたの? モコナわかんないよ……」

「……ラン」

「まぁ待て。逃げるつもりなんか無い。ただ、それなりに荒らしまわって稼ぎに稼いだ時間が無駄になったことを嘆こうとしていただけだ。生憎と時間が勿体ない、という感覚に恵まれぬ故、できなかったが」

 

 それでも目つきがきついままの二人。と、一モコナと一人。

 あと、ずーっと待ち惚けを食らっていた東京の皆さん。

 

「やぁ、これで声は届くかな」

「あ?」

「おっと、取り込み中なのはわかっているけれど、俺は配達員でさ。そこにいるランさんに声を届けなきゃならないんだ」

「聞こえている。なんだ、封真。いや、壱原」

「──"干渉値を度外視した魔法の行使。及び、あたしへの妨害。来るはずだった運命と変わるはずだった未来。その全てを払ってもらわないと"」

「それはおかしな話だ、壱原。干渉値の度外視は私には何ら関係の無いことだし、お前を妨害していたのは『小狼』だ。間接的だが。来るはずだった運命と変わるはずだった未来が共に消え去ったことは、元からそういうものだろう、運命と未来など」

「──"払えないというのなら、アナタの願いも叶わなくなるわ"」

「酷いな。そちらの対価は既に契約成立となっていたはずだが」

「──"こちらにも悪影響が出ているから言っているの"」

「卵か? 水か? それとも四月一日か?」

「──"すべてよ"」

 

 それは。

 

「なら、すべて私が取って来よう。それで文句はないだろう?」

「──"そして、すべてを話しなさい。あなたの目論見を全て"」

「ああ、勿論。もう隠す意味も無くなったからな」

 

 では、話そうか。

 面白くも無い月並みな考えを。

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