イグサクロニクル 作:Rush
まず、だ。
「それは……本当か? 酸性雨を鎮めて、東京を再建する……というのは」
「本当か嘘かは後で考えろ。結果を見た後でな」
東京の人々がざわつきを隠せない中で、んん、と一つ伸びをする。
「──その前に、黒鋼」
「なんだ」
「ファイを抑え込んでいて欲しい。今から、それなりの出力の魔法を使う。その際、どうしても魔力膜が剥がれる」
「!」
「魔力膜ってのはなんだ」
「私の魔力を覆い隠すベールのことだ。私の魔力は膨大でな。ただその場にいるだけで世界にダメージを与えかねない」
「それがコイツを抑えることとどう繋がる」
「それはファイに聞け。私が話すことじゃない」
では──魔力膜を剥がす。
直後、次空に強烈な震動が走った。
……全開はこの『東京』が保たないか。セーブセーブ。
「い──いつもみたいに、オレを結界で閉じ込めれば」
「それが"来るはずだった運命"という奴だ。ファイ・D・フローライト」
柏手を打つ。
ただし、片方の手は反対に向けて。
そしてそのまま、自身の腕の内側を昇るようにして爪で引き裂いていく。
あとは零れ落ちた血が大きく飛散するように両腕を開けば──。
「"回帰"」
融けたコンクリートが、瓦礫に戻って瓦礫を修復し。
落ちた瓦礫が、浮かび上がって構造物を修復し。
滴り落ちた酸性の水が、「どうしようもなくなった」時の、つまり十五年前の一歩手前にまで逆循環する。
「ラン。……これは、時間を操る魔法か」
「正しいよ、小狼」
「……」
ただし、戻らないものもある。
それは「都庁」と「タワー」の中にあった死体。及び、この十五年間で死んだ人々の命。
そして酸性雨によって突然変異として生まれ出でた命。
これらは決して元には戻らない。
「嘘、街が……」
「世界が……修復されていく」
ただし、『東京』だけだ。
もっと範囲を広げるのなら、もっと魔力を開放しなければならない。
そんなことをすれば、背後で暴れているファイの歯止めが利かなくなる。
「こんなところか。それで……これからのリーダーとなるのは、誰だ?」
「神威」
「いや封真だろ」
「……俺は」
「ダメだよ。俺も神威も、この世界の人間じゃないからね」
「……」
広がる動揺。
ううん、面倒だ。いいか、志勇草薙で。
ブローチを取り出す。ラグタイムワールドで織葉のデザインした、元来であれば羽根のついたブローチ。
それに魔法をかける。永続は無理だが、かなり強固なものを。
「志勇草薙。このブローチを受け取れ」
「ん、お、おう」
「それが割れない限り、そのブローチは汚染を駆逐し続ける。時間はかかる。十五年はかかっても不思議じゃない。失った十五年の対価だからな。だが」
「割れなければ……いつか、この世界は」
「ああ。本来の姿を取り戻す」
それを聞いて、志勇草薙は大事そうにブローチを持ち直した。
「私の話はここの諸問題を解決してからだ。神威、昴流はこの下で合っているな?」
「ああ」
「羽根ごと引き摺り出す。少し手を貸せ」
簡易転移の陣を空中に出し、それを囲うように結界を張る。
発動すれば……結界内に水の球体が浮かび上がった。
「あ、水!」
「水に興味はない。中身が必要なだけだ。事が終われば返す」
水くらい作れるし。
それよりも、だ。
……羽根はまだ、ここにある。
計画総崩れとは言ったけれど、ここの羽根を取ってしまえば……そして同じく羽根を残していかなければ。
まだ、やり様はある。
──"なんて考えているんじゃないでしょうね"
「実際そうだろう、壱原」
──"無理よ、それは。何せ今ここにアナタが居る"
「……ああ、そうか」
羽根一枚の力では、私に干渉できない。
それを言ったのは私だったか。
仮に今、ここで……羽根を取ったら。
玖楼国が無くなり、サクラ姫が産まれなくなる。
ということは、やはりブローチはどこかで割れる、か。あるいは……いや。
「神威。一瞬だけあの水に穴を開ける。ほぼこじ開ける形になる。その一瞬で昴流を引き摺り出せ」
「わかった」
「行くぞ」
小狼達には見えない角度で、モコナの反応しない結界に書き換えて。
水を、開く。
「……兄さん、ダメだ……!」
「なに?」
「僕はまだ」
「もう保たない! 神威!!」
引き出させる。
昴流を、神依に。そして、閉じる。閉じて封印する。
地下の水に戻ったとしても、モコナが反応できないように。
転移の陣を書き換えて神威と昴流だけを結界から出せば──その瞬間、私の首を長い爪が薙いだ。
「どうした、昴流……」
「コイツ、邪魔しかしないのか!?」
「だったらどうしていろと。あのまま水の中で眠り続けていたかったのか?」
「……それが最良の選択だった。少なくとも今は」
「神威。昴流はこう言っているが……もう一度あの水の中へ彼を戻すこともできるぞ」
「やめろ。……昴流。この女がお前の気分を害すというのなら、次の世界へ行こう。ここには長く居過ぎた。追いつかれてしまいかねない」
斬られた首筋が、回帰する。
ああそうだ、ついでに使い魔も飛ばしておこう。あのタマゴを取って来させるために。
「……吸血鬼。いや」
「不死者だ。信じられないなら、まぁ、このように」
背中から一突き。
心臓、そこから喉、頭蓋までを切り裂いて……剣が振り上げられる。
「ラン!?」
「致命傷を受けた所で、何のダメージも無い」
それらがすぐに回帰する。
何事もなかったかのように。
「先天的であれ、後天的であれ……吸血鬼はそうも行かないだろう?」
「……行こう、昴流」
「……わかった」
どうやら嫌われたらしい。
そして、魔力膜を纏う。纏えば……ファイの呪いも収まった。
一件落着。
「──もう逃がさねえぞ。説明をしろ」
逃げないってば。
*
つまり。
「すべてのものには始まりと終わりがある。このセカイ……数多に連なる多重次元世界において、始まりだったセカイ。それが私のいた世界なんだ」
「……すべてのもとになった世界、ってことか」
「いや、そんな大層なものじゃない。世界は勝手に、そして無数に乱立していくもの。私の世界はただ"一番目"にできた世界だった、というだけだ」
それが私のいた世界。
真白の泥の世界。
「だから、私だけは他の星見よりも先に全てを知ることができた。なんせ誰よりも早く生まれた星見だったから」
「……続けろ」
「私は一番目の世界に生まれ、一番目の星見となり、そして一番目の変異体だった」
「変異体……」
「あるいは私だけが本物なのかもしれないが、つまり、死ななかったんだよ。他にも生まれ出でてくる命がある中で、私だけが死ななかった。だから、世界そのものが消退するまで私は私だった」
この程度が簡単な私のあらましで。
「世界が消退した後も、魔法の研究や星見を行っていた。まぁ星なんて真白の泥になってしまっていたけれど、力は使えたから。それで」
「おれ達のことを知ったんだな」
「そう。羽根のことも、記憶のことも、躯のことも」
「……」
「そこで私は一つの計画を建てた。既に小狼と『小狼』の関係性は聞いたな?」
「ああ。写身だの封印だのの話だろう」
「そう。けれど、『小狼』が小狼に施した封印は、私が見た未来では心が宿り切る前に消えてしまう、という結果になっていた。だから私は、お前達の旅路をこれでもかと早めて、猶予を作ったんだ。心の育成に必要な人々との出会いはそのままに、必要のない時間を私がショートカットする形でね」
けれど、まぁ、結果は。
「結果は見ての通り。私が作りだした時間でも、小狼の心は宿らなかった。私の計画は全て無駄だったというわけさ」
「自分を疑わせるように、警戒させるように動いてたのはなんでだ」
「コイツは単独行動を当たり前のように取る、と思わせるため。そしてあの時、私のそばにお前達を置いておくため」
「……それは、なぜ?」
「心の無い小狼は手段を択ばない。ファイ。お前から魔力の源である眼球を取りだすことも、黒鋼の呪や剣を無理矢理奪うことも。その技術は飛王・リードが与えている」
「俺たちを守るためだった、と。そう言いてえってか」
「別に、守るだけなら後でも良い。剣だの目だの、失われようが治せる。ただし、かけられた呪いはかけた本人が生きている限り続く」
呪い。
それが何なのかはもう、皆察しがついているだろう。
「オレから魔力を半分奪っていたら……小狼君はオレが殺していただろうね」
「……知世姫の呪も霊力自体は相当なモンだろう。どう使う気だったのかは知らねえが、何事かにはなっていたか」
使い魔がタマゴを持ち帰って来たので、「強運」をさらに込めて壱原の元へ送る。
これでまぁ、あの不浄の子はどうにかなろう。
「じゃあ、オレに小狼君を殺させないための今までだった、ってこと?」
「いや。サクラ姫を殺させないための今までだった」
「サクラちゃんを?」
使い魔を飛ばす。使い魔を飛ばす。使い魔を飛ばす。
もうなりふりは構わない。あらゆる世界に、使い魔を飛ばす。
命令はただ一つ。
あらゆる手段を以て、羽根を持ち帰れ。
──小狼より先に。
「サクラ姫」
「……はい」
「夢見の記憶は、復活したか?」
「はい」
「その夢の中で……ファイは誰を刺し殺していた?」
「……三度、同じ刻の夢を
「その通りになったかい?」
「はい」
ならば、多少の未来は変えられたらしい。
「以上だ」
「じゃねぇだろ。知ってることを吐け。──その蝙蝠の紋様のこととかな」
「なんだ『小狼』。飛王については話していないのか?」
「いや。だけど、おれの知っていることにも限りがある。というより、おれは奴らのことをほとんど知らない」
「……ふむ」
「ふむ、じゃねえ。今どこまで話すかを吟味しただろ。全部話せ」
全部、は。
無理だな。
「無理だ。未来に関わることが多すぎる」
「この期に及んでてめぇ」
「一つ一つ解決していくべきだ。だからまずは、ファイ。お前のことから」
「オレ? 先に小狼君じゃない?」
「今、小狼は羽根を集めるためにあらゆる世界を駆け巡っている。──が、私の溜め込んでいる羽根の方が多い。レコルト国で見せた大量の羽根は一部でしかないし、リアルタイムで私の使い魔たちが全世界の羽根を収集している」
「んなことまでできんのかよ」
「つまり、どうやったとしても、小狼は私のところへ戻って来ざるを得ないというわけだ」
羽根を集める。
そのために合理的な、あるいは非合理的であっても冷徹な判断を下すあの写身は、一度諦めたとしてもなんらかの手段を得て私の元に現れる。
「だから、すまないサクラ姫。羽根はまだ返せない。これは小狼を釣る餌だから」
「……はい」
「そしてファイ。ある意味、お前にとって私は救いだろう。私の魔力は強大で、お前より強い。それでいて死なない。殺し放題だ」
「……やだなぁ、ランちゃん。意地悪が……過ぎるよ」
「だからお前の問題を解決しに行く。そろそろアシュラ王が目覚める」
「!」
それはそれとして。
ファイの呪いは、アシュラ王に関係の無いものだ。
「というわけで、モコナ。そろそろ移動を開始しよう」
「う、うん。……ラン。何か、うそ……吐いてない?」
「吐いている」
「正直に吐くじゃねえか。なんだ、心変わりか?」
「必要な嘘を吐いている。……ああ、それと」
次元移動の陣を描き、発動させる。
伴ってモコナの次元移動も誘発され──。
「すまないな。これだけ言っておいてセレス国へは私は行かない。──健闘を祈る」
私達は、『東京』から消えた。
降り立った場所は──飛王・リードの牙城。玖楼国のどこか。
「……直接此方を潰しに来たか」
「まさか。それをする気があるなら、次元の魔女の元へ行かずに先にここへ来ている」
「では、何をしに来た?」
「ファイの呪いを解きに」
私が吐いた嘘。
簡単だ。「ただし、かけられた呪いはかけた本人が生きている限り続く」──なんて。
そんなわけがない。
解呪など、材料と環境さえ揃えばド素人の百目鬼にもできる代物だ。
「……構わん。結果の知られた罠など、無くとも同じだ」
「お前の構う構わないは関係ない。ではな、飛王・リード」
ただし必要な事は一つだけあった。
同じ世界にいること、だ。
その必要が無いのなら、私は泥の国の時点でファイの呪いを解いている。
ファイとアシュラ王の確執に関して、私のできることはない。
というよりもはや彼らの行程を早める意味も無い。
どちらかというと羽根集めに勤しむべきだ。使い魔を使ってだけじゃなく。
すでにインフィニティからも羽根は奪い去ってある。
ただ……このままだと、今度は『小狼』が産まれなくなる。
彼の両親は彼の写身である小狼と、そしてサクラ姫の写身である『サクラ』。つまり今いるサクラ姫だ。
その輪廻を作り出さないと、『小狼』を生み出せない。
同時に、現在『小狼』がいることを考えると……どこかで『サクラ』が夢の世界へ向かうことになる。これだけ可能性を潰したのに、だ。
……セレス国へ行くべきだろうか。
いや、あそこは唯一私の干渉の無い世界。あそこへ私が行けば、アシュラ王の殺人衝動が私へ向いてしまうから、行けない。
もどかしいが──信じるか。
次元を、移動する。
*
日本国が白鷺城。
移動先はそこだった。
突然現れた私に、城の忍者たちが一瞬ざわついたけれど……知世姫が静めてくれて、今。
「心配ですか?」
「……する資格は無いが」
まだ、来ていない。
サクラ姫達はまだ、セレス国にいる。いることだけは確認できる。
「すべてを識っていて……話さない、というのは。つらくないのですか?」
「……なんだ、私が星見じゃないことまでわかっているのか」
「ええ。だってあなたには、一度も会いませんでしたから」
私は眠らない。
けれどそれは──夢見と会うことができない、というわけじゃない。
「サクラ姫達に言うつもりか?」
「いいえ。言って何になるのですか?」
「……私は嘘吐きだからな。叩けば叩く程埃が出てくる」
心配かどうかで言えば。
……心配ではないのだろう。だって、私の願いは。
「では……そうですね。少しの間……私と共に、日本国をまわりませんか?」
「構わないが、危険だろう」
「危険? 魔物は黒鋼がすべて殺してしまいましたよ」
「私がだ。この国で最上位の術を持つお前より、私の方が強い。その気になれば」
「その気になるのですか?」
「……ならないが」
「では、いいでしょう」
押し切られてしまった。
まぁ、流石は知世の名を持つ者、か。
「蘇摩、馬を」
「はい」
「いや、どうせ行くなら私に乗れ」
「……あなたに、ですか?」
「ああ。羽王程じゃないが──」
城の外へと飛翔し──変身を行う。
ジェイド国でもやったもの。それの、最大規模。
巨大な、烏。
「まぁ!」
「……魔物と間違えられかねませんね」
「天照に周知させればいいだろう。これより私と知世姫が、全国漫遊の旅に出ると」
「全国?」
「少しの間、日本国をまわるのだろう? ──サクラ姫たちがこちらに来るまでの"少しの間"に日本国の"全て"を回り切るんだ。馬などでは無理だろう」
まあ、まあ! と。
顔を明るくしている知世姫を──魔法で引っ張り、身体に乗せる。
と、襖の奥からこちらに歩いてくる影。
……天照。どことなく壱原に似てるよなぁ、とか。
「……私を小間使いか何かと勘違いしていない?」
「していない。日本国の帝なんだ、凄いのだろう」
「はぁ。……月読。やるべきことは、忘れないように」
「もちろんです」
では、と。
高く高く──そして疾く疾く、飛翔する。
防風の陣は背中に敷いてあるし、仮に落ちても転移させられる。
だから、少しの間だけ、「景色のある空」というものを楽しもう。
「……やっぱり」
「どうした」
「あなたは、日本国に縁のある方なのですね」
透けたか。
透けるだろう。
違うとはいえ──似ているのだから。
美しいと、そう思う心くらいは。
その後、私達は短い時間で日本国の全土を回り巡った。
いたはずの誰かを隣に思い浮かべるかのように。
そのたびに、何度も何度も……嘘がバレる。
「理解者がいた、ということまで嘘でしたか。それは視えませんでした」
「魔導を縋られたことはあっても、不死を理解する者は終ぞ現れなかった。定命は、あるいは天使でさえも同じだからな。とはいえ……何度も何度も巡り、私に会いに来る者はいた。だから、虚無や孤独とは無縁だったよ」
「けれど、その世界が消退してしまったから」
「ああ。異世界の同一人物は、けれど必ずしも同一の性質を持っているとは限らない。……あの世界の泥の中には居ようが、異世界にはいない」
白鷺城への帰路。
そんなことまでバレてしまった。
「……私も定命。現れるのですか? あなたと同じ不死なる者は」
「現れて欲しくはない。これだけは嘘ではないよ」
可能性はゼロじゃない。
けれど──そうであってほしくはない。少なくともこのセカイには。
「あなたとの思い出。忘れませんよ、私は」
「ああ。そうするといい」
「……本当に噓吐きですね」
そうして、私達は帰って来た。
モコナの次元移動の着地点を予測し、待ち構えていてみれば。
凄まじい速度で駆け抜けて来た二人に、ぶん殴られた。両頬を。
「どうした、元気だな二人とも」
「……」
「……チッ」
黒鋼は腕を失っていない。
ファイは目を抉られていないし、魔力も失っていない。
解呪にはしっかり成功していたようだけど……何をこんなに怒っているんだ。
あと。
「おかえり、サクラ姫、小狼」
「……はい」
「ああ」
「久しぶり、ランー!!」
小狼だけでなく、サクラ姫からも距離を置かれてしまった。
私に近づいてくるのはモコナだけだ。
……皆、五体満足。
「モコナ。なぜかみんな、私と口を利いてくれそうにないから……何があったのか、話してくれないか?」
「……うん。あのね」
モコナの口から転がり落ちたのは──まさかまさかの事実だった。
*
「おかえり、ファイ」
「お……う……」
「そこまで戦慄する必要はないよ。たった今君の呪いは解かれた。二つとも」
「……え」
セレス国についてすぐのこと。
アシュラ王と再会したファイは、そんなことを言われたらしい。
……失念していた。
そうなのだ。アシュラ王も夢見で、しかも次元移動者。ただ、既に狂い果ててしまっているから私が近づかない方が良い、と思っての無干渉だったのに。
そこで全てを知らされたらしい。
私の言ったことの、九割九分九厘が嘘である事実を。
いやまぁそれは言い過ぎだけど、私が吐いた嘘の真実をペラペラと喋ってくれたらしい。
ただし、アシュラ王の正気はそこまで長くは続かなかった。
呪いが無くなり、和解する──かのような雰囲気を見せたその瞬間、アシュラ王はチィの命を奪い、さらにはサクラ姫と小狼までにも襲い掛かり──黒鋼に斬られた、と。
世界を出る際の呪いは当然発動しなかったけれど、これらの件に一行はお怒りらしい。知っていたならなぜ、とかかな。
特に黒鋼とファイは、今を以て尚口を利いてくれない。
「本格的に嫌われたか。見放されたか」
「……そうじゃないと思う」
「サクラ姫?」
白鷺城の一角で月見酒をしていたら、そんな言葉が背に掛かった。
「……雰囲気が、変わったかな」
「セレス国の、チィさんの羽根で。……わたしは、自分がなんであるのかを、知ったから」
「ああ。……ということは、まさかとは思うが自ら」
「死にません。けれど……ううん、だからこそ、ランさんにお願いがあるの」
「お願い?」
「はい」
強い目。
それは……いつか、見た事のある目。
「わたしを、未だ創られていない閉じられた輪の中へ、連れて行って欲しい」
「……できるかできないかで言えば、できる。だが、それは飛王の策に乗るのと同じだ」
「違うの。……次元の魔女さんの力を借りずに、理が壊される前に壊された後の輪の中へ行けば」
「リスクが大きい。壱原の手で行った方が安全だ」
「そんなこと、今更でしょう?」
……。
繰り返し続ける時間の輪。
たとえ時が止まっていても、中の人間は生きている。
それは今の飛王・リードのいる玖楼国の民のことだし、そして『小狼』の両親……つまり写身である小狼と目の前のサクラ姫の「いなければならない輪」もそうだ。
故に、他の世界と違って過干渉をすれば、一撃で世界が崩れかねない。
悪くて世界が。良くて……中に生きる誰かが。
それが小狼、サクラ姫にならないという確証も無い。
「お願い、ランさん」
ファイが神威の血を受けていないから、星史郎も来ない。
黒鋼が腕を失っていないから、封真も来ない。
今のサクラ姫には魂と躯があるから、神樹に呑まれることもない。
計算する。
散々荒らしまわってきて、今。
使える魔法を模索する。
「……必ず妨害が入る。飛王はお前の躯を欲している。次元の記憶の刻まれたお前の躯を」
「わかってる」
「隠しはしよう。だが、あの世界も飛王の影響でできたような世界だ。いや、これからできる予定だが……いや、待てよ」
「そう。ランさん」
サクラ姫が──私の手を取る。
「あなたのつくってくれた時間が、わたし達を助けてくれる」
……。
「優しい子だな、お前は」
「ずっとずっと、伝えたかった。無駄なんかじゃない、って」
「ああ。……ああ。承知した」
──次元移動と、時間移動と、次空移動と、時空移動の陣を敷く。
その凄まじい魔力を感じ取ったのだろう、すぐに小狼達が駆けつけて来るけれど──結界は彼らを中に入れない。
「さくら!!」
悲痛な顔の小狼に、サクラ姫はふるふると顔を振る。
「あなたのさくらは、わたしじゃない」
「!!」
肩から手の甲、掌から腋までを爪で引き裂き、血を流す。けれどそれは床に落ちることなく、空中で文字を描く。
普段はやらない大規模な陣。且つ、知世姫との旅行で「日本国」のキャパシティを理解しての最大限。
左の五指を動かしそれぞれ別の言語を描き、右の五指でそれぞれ別の
「サクラちゃん!」
「ランさん、いけませんわ、それは!」
「てめぇ、今すぐに」
「やめない。一度始めたことは、最後までやり通す」
発動する。
一時的にだけど、空間が歪み、真白の光が溢れ出す程の圧縮魔力が……サクラ姫を包む。
行け。そして使え。見つかる前に。追いつかれる前に。
彼もすぐに、そこへ送るから。
「"跋渉"」
そうして。
サクラ姫は──どの次元からも、観測できなくなった。
刀と魔法。
そして、剣。
私に向けられているものだ。
「さくらをどこへやった」
「誰にも見つからない場所へ」
「……理由は」
「言えない」
「言いなよ、ランちゃん」
「言わない」
「理由なんざどうでもいい。すぐ元に戻せ」
「断る。──すまないな、こうした以上、お前達と戯れている時間も惜しい」
ああ。
これだ。
時間感覚。今、確実に、時が惜しい。
私自身にも次元移動を発生させる。
巻き添えを起こしかねない陣ではなく、自身の内側に開く魔法陣で。
「待て!!」
「待たない。──手段があるのだから、追ってくればいい。追いつけるのなら、だがな」
そうして私は、日本国から消えた。
*
誰もいなくなった床を叩く小狼。「さくら……」と呟いて、叩いた手を握る。
「知世姫。アイツを辿る方法はあるか?」
「……私にはもうありません。けれど」
「オレがなんとかできるよ。今まで使ってこなかった分、そして使えるようにしてくれた分が、すっごく浮いてるから」
「行き先までわかるのか」
「わかると言えばわかるし、わからないと言えばわからない」
「どういう意味だ」
肩を竦めるファイ。その過去は既に知られているけれど、彼は「ファイ」だった。
「彼女、今次元移動をし続けてる。一秒ごとに、ってくらいにね」
「追いつけるのなら、ってのはそういう意味か」
「うん。いくら彼女の行き先を特定して、そこに移動しようにも……すぐに逃げられちゃうか、オレ達が次元移動をしている間に別の世界へ行っちゃう」
「ラン……」
だから、と。
ファイは、モコナを見る。
「モコナ。次元の魔女さんと繋いでくれる?」
「うん」
モコナの額の赤い石。
そこから投影されるは、次元の魔女の姿。
──"サクラ姫が見えなくなった。そのタイミングでの通信。そして……あの子がいない。つまり、あの子が犯人ね"
「話が早いね、次元の魔女さん。ただあんまり時間が無いみたいだったから、本題に入ってもいいかな」
──"ええ、構わないわ"
「今の状況を簡単に話すと──」
ファイが状況説明をする。
立ち直ったらしい小狼、黒鋼も聞く。
魔術師同士の会話を。
「──ってカンジなんだけど、どうにかできそう?」
──"無理ね"
「……それは、こっちが対価を支払えない、ってこと?」
──"あの子がなぜ次元移動をし続けているのか、考えてみなさいな"
なぜ。
なぜランは、それをしているのか。
「アイツは姫の羽根を集めていた。それ関係じゃねぇのか」
「いや、それについては使い魔で事足りると言っていた。だから」
「別の理由。……なら、オレわかったかも」
「なんだ」
「小狼君だよ。『小狼』君じゃなくて、写身の方のね」
──"ええ、そうよ。あの子は今、写身の小狼を探して、世界を虱潰しに回っている。確かにあの子の魔力は強大だけど、知らないセカイにいる知っている相手の元に飛ぶ、なんてことができるわけじゃない"
「つまり無理なのは、追いつくことも、捕まえることも、ということか」
「うんうん。でも──小狼君の位置は、特定できるよね、魔女さん」
──"できたとして、何かしら。彼を捕えてあの子を待ち伏せする気?"
「それが一番手っ取り早いかな、って思ったんだけど……その言い方をするってことは、無理なんだ」
「あの小僧も次元移動をしてる。捕まえておくってのは無理だろう」
──"けれど、無理でいいのよ"
次元の魔女は。
壱原侑子は──不敵に笑う。
──"あの子、言ってなかった? 小狼は羽根を求めている。だから、最大枚数を持つ自分のところへ必ずやってくる、って"
「そういや言ってたな。ありゃ嘘じゃなかったのか」
「嘘を吐かれ過ぎて、どれがホントかわからないからねぇ」
──"つまり、今あの子に追いつくことが出来なくても……モコナに次の移動先に、あの子は必ずいる。小狼と共に"
「次の移動先がわかっているのか」
──"あなたも良く知っている場所よ"
そこは。
──玖楼国。
そうなるように、と。
クロウ・リードが引き寄せた──ランの干渉し得ぬ一手だった。