イグサクロニクル   作:Rush

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Chapter.6 核心と真偽

 まず、だ。

 

「それは……本当か? 酸性雨を鎮めて、東京を再建する……というのは」

「本当か嘘かは後で考えろ。結果を見た後でな」

 

 東京の人々がざわつきを隠せない中で、んん、と一つ伸びをする。

 

「──その前に、黒鋼」

「なんだ」

「ファイを抑え込んでいて欲しい。今から、それなりの出力の魔法を使う。その際、どうしても魔力膜が剥がれる」

「!」

「魔力膜ってのはなんだ」

「私の魔力を覆い隠すベールのことだ。私の魔力は膨大でな。ただその場にいるだけで世界にダメージを与えかねない」

「それがコイツを抑えることとどう繋がる」

「それはファイに聞け。私が話すことじゃない」

 

 では──魔力膜を剥がす。

 

 直後、次空に強烈な震動が走った。

 ……全開はこの『東京』が保たないか。セーブセーブ。

 

「い──いつもみたいに、オレを結界で閉じ込めれば」

「それが"来るはずだった運命"という奴だ。ファイ・D・フローライト」

 

 柏手を打つ。

 ただし、片方の手は反対に向けて。

 

 そしてそのまま、自身の腕の内側を昇るようにして爪で引き裂いていく。

 あとは零れ落ちた血が大きく飛散するように両腕を開けば──。

 

「"回帰"」

 

 融けたコンクリートが、瓦礫に戻って瓦礫を修復し。

 落ちた瓦礫が、浮かび上がって構造物を修復し。

 滴り落ちた酸性の水が、「どうしようもなくなった」時の、つまり十五年前の一歩手前にまで逆循環する。

 

「ラン。……これは、時間を操る魔法か」

「正しいよ、小狼」

「……」

 

 ただし、戻らないものもある。

 それは「都庁」と「タワー」の中にあった死体。及び、この十五年間で死んだ人々の命。

 そして酸性雨によって突然変異として生まれ出でた命。

 

 これらは決して元には戻らない。

 

「嘘、街が……」

「世界が……修復されていく」

 

 ただし、『東京』だけだ。

 もっと範囲を広げるのなら、もっと魔力を開放しなければならない。

 

 そんなことをすれば、背後で暴れているファイの歯止めが利かなくなる。

 

「こんなところか。それで……これからのリーダーとなるのは、誰だ?」

「神威」

「いや封真だろ」

「……俺は」

「ダメだよ。俺も神威も、この世界の人間じゃないからね」

「……」

 

 広がる動揺。

 ううん、面倒だ。いいか、志勇草薙で。

 

 ブローチを取り出す。ラグタイムワールドで織葉のデザインした、元来であれば羽根のついたブローチ。

 それに魔法をかける。永続は無理だが、かなり強固なものを。

 

「志勇草薙。このブローチを受け取れ」

「ん、お、おう」

「それが割れない限り、そのブローチは汚染を駆逐し続ける。時間はかかる。十五年はかかっても不思議じゃない。失った十五年の対価だからな。だが」

「割れなければ……いつか、この世界は」

「ああ。本来の姿を取り戻す」

 

 それを聞いて、志勇草薙は大事そうにブローチを持ち直した。

 

「私の話はここの諸問題を解決してからだ。神威、昴流はこの下で合っているな?」

「ああ」

「羽根ごと引き摺り出す。少し手を貸せ」

 

 簡易転移の陣を空中に出し、それを囲うように結界を張る。

 発動すれば……結界内に水の球体が浮かび上がった。

 

「あ、水!」

「水に興味はない。中身が必要なだけだ。事が終われば返す」

 

 水くらい作れるし。

 それよりも、だ。

 

 ……羽根はまだ、ここにある。

 計画総崩れとは言ったけれど、ここの羽根を取ってしまえば……そして同じく羽根を残していかなければ。

 

 まだ、やり様はある。

 

 ──"なんて考えているんじゃないでしょうね"

「実際そうだろう、壱原」

 ──"無理よ、それは。何せ今ここにアナタが居る"

「……ああ、そうか」

 

 羽根一枚の力では、私に干渉できない。

 それを言ったのは私だったか。

 

 仮に今、ここで……羽根を取ったら。

 玖楼国が無くなり、サクラ姫が産まれなくなる。

 

 ということは、やはりブローチはどこかで割れる、か。あるいは……いや。

 

「神威。一瞬だけあの水に穴を開ける。ほぼこじ開ける形になる。その一瞬で昴流を引き摺り出せ」

「わかった」

「行くぞ」

 

 小狼達には見えない角度で、モコナの反応しない結界に書き換えて。

 

 水を、開く。

 

「……兄さん、ダメだ……!」

「なに?」

「僕はまだ」

「もう保たない! 神威!!」

 

 引き出させる。

 昴流を、神依に。そして、閉じる。閉じて封印する。

 地下の水に戻ったとしても、モコナが反応できないように。

 

 転移の陣を書き換えて神威と昴流だけを結界から出せば──その瞬間、私の首を長い爪が薙いだ。

 

「どうした、昴流……」

「コイツ、邪魔しかしないのか!?」

「だったらどうしていろと。あのまま水の中で眠り続けていたかったのか?」

「……それが最良の選択だった。少なくとも今は」

「神威。昴流はこう言っているが……もう一度あの水の中へ彼を戻すこともできるぞ」

「やめろ。……昴流。この女がお前の気分を害すというのなら、次の世界へ行こう。ここには長く居過ぎた。追いつかれてしまいかねない」

 

 斬られた首筋が、回帰する。

 ああそうだ、ついでに使い魔も飛ばしておこう。あのタマゴを取って来させるために。

 

「……吸血鬼。いや」

「不死者だ。信じられないなら、まぁ、このように」

 

 背中から一突き。

 心臓、そこから喉、頭蓋までを切り裂いて……剣が振り上げられる。

 

「ラン!?」

「致命傷を受けた所で、何のダメージも無い」

 

 それらがすぐに回帰する。

 何事もなかったかのように。

 

「先天的であれ、後天的であれ……吸血鬼はそうも行かないだろう?」

「……行こう、昴流」

「……わかった」

 

 どうやら嫌われたらしい。

 そして、魔力膜を纏う。纏えば……ファイの呪いも収まった。

 

 一件落着。

 

「──もう逃がさねえぞ。説明をしろ」

 

 逃げないってば。

 

 

 *

 

 

 つまり。

 

「すべてのものには始まりと終わりがある。このセカイ……数多に連なる多重次元世界において、始まりだったセカイ。それが私のいた世界なんだ」

「……すべてのもとになった世界、ってことか」

「いや、そんな大層なものじゃない。世界は勝手に、そして無数に乱立していくもの。私の世界はただ"一番目"にできた世界だった、というだけだ」

 

 それが私のいた世界。

 真白の泥の世界。

 

「だから、私だけは他の星見よりも先に全てを知ることができた。なんせ誰よりも早く生まれた星見だったから」

「……続けろ」

「私は一番目の世界に生まれ、一番目の星見となり、そして一番目の変異体だった」

「変異体……」

「あるいは私だけが本物なのかもしれないが、つまり、死ななかったんだよ。他にも生まれ出でてくる命がある中で、私だけが死ななかった。だから、世界そのものが消退するまで私は私だった」

 

 この程度が簡単な私のあらましで。

 

「世界が消退した後も、魔法の研究や星見を行っていた。まぁ星なんて真白の泥になってしまっていたけれど、力は使えたから。それで」

「おれ達のことを知ったんだな」

「そう。羽根のことも、記憶のことも、躯のことも」

「……」

「そこで私は一つの計画を建てた。既に小狼と『小狼』の関係性は聞いたな?」

「ああ。写身だの封印だのの話だろう」

「そう。けれど、『小狼』が小狼に施した封印は、私が見た未来では心が宿り切る前に消えてしまう、という結果になっていた。だから私は、お前達の旅路をこれでもかと早めて、猶予を作ったんだ。心の育成に必要な人々との出会いはそのままに、必要のない時間を私がショートカットする形でね」

 

 けれど、まぁ、結果は。

 

「結果は見ての通り。私が作りだした時間でも、小狼の心は宿らなかった。私の計画は全て無駄だったというわけさ」

「自分を疑わせるように、警戒させるように動いてたのはなんでだ」

「コイツは単独行動を当たり前のように取る、と思わせるため。そしてあの時、私のそばにお前達を置いておくため」

「……それは、なぜ?」

「心の無い小狼は手段を択ばない。ファイ。お前から魔力の源である眼球を取りだすことも、黒鋼の呪や剣を無理矢理奪うことも。その技術は飛王・リードが与えている」

「俺たちを守るためだった、と。そう言いてえってか」

「別に、守るだけなら後でも良い。剣だの目だの、失われようが治せる。ただし、かけられた呪いはかけた本人が生きている限り続く」

 

 呪い。

 それが何なのかはもう、皆察しがついているだろう。

 

「オレから魔力を半分奪っていたら……小狼君はオレが殺していただろうね」

「……知世姫の呪も霊力自体は相当なモンだろう。どう使う気だったのかは知らねえが、何事かにはなっていたか」

 

 使い魔がタマゴを持ち帰って来たので、「強運」をさらに込めて壱原の元へ送る。

 これでまぁ、あの不浄の子はどうにかなろう。

 

「じゃあ、オレに小狼君を殺させないための今までだった、ってこと?」

「いや。サクラ姫を殺させないための今までだった」

「サクラちゃんを?」

 

 使い魔を飛ばす。使い魔を飛ばす。使い魔を飛ばす。

 もうなりふりは構わない。あらゆる世界に、使い魔を飛ばす。

 

 命令はただ一つ。

 あらゆる手段を以て、羽根を持ち帰れ。

 

 ──小狼より先に。

 

「サクラ姫」

「……はい」

「夢見の記憶は、復活したか?」

「はい」

「その夢の中で……ファイは誰を刺し殺していた?」

「……三度、同じ刻の夢を先見(み)ました。一度目は、ファイさんが小狼君を刺し殺す夢。二度目は、ファイさんが私を刺し殺す夢。三度目は……ファイさんが、ランさんを刺して、けれど殺せない夢」

「その通りになったかい?」

「はい」

 

 ならば、多少の未来は変えられたらしい。

 

「以上だ」

「じゃねぇだろ。知ってることを吐け。──その蝙蝠の紋様のこととかな」

「なんだ『小狼』。飛王については話していないのか?」

「いや。だけど、おれの知っていることにも限りがある。というより、おれは奴らのことをほとんど知らない」

「……ふむ」

「ふむ、じゃねえ。今どこまで話すかを吟味しただろ。全部話せ」

 

 全部、は。

 

 無理だな。

 

「無理だ。未来に関わることが多すぎる」

「この期に及んでてめぇ」

「一つ一つ解決していくべきだ。だからまずは、ファイ。お前のことから」

「オレ? 先に小狼君じゃない?」

「今、小狼は羽根を集めるためにあらゆる世界を駆け巡っている。──が、私の溜め込んでいる羽根の方が多い。レコルト国で見せた大量の羽根は一部でしかないし、リアルタイムで私の使い魔たちが全世界の羽根を収集している」

「んなことまでできんのかよ」

「つまり、どうやったとしても、小狼は私のところへ戻って来ざるを得ないというわけだ」

 

 羽根を集める。

 そのために合理的な、あるいは非合理的であっても冷徹な判断を下すあの写身は、一度諦めたとしてもなんらかの手段を得て私の元に現れる。

 

「だから、すまないサクラ姫。羽根はまだ返せない。これは小狼を釣る餌だから」

「……はい」

「そしてファイ。ある意味、お前にとって私は救いだろう。私の魔力は強大で、お前より強い。それでいて死なない。殺し放題だ」

「……やだなぁ、ランちゃん。意地悪が……過ぎるよ」

「だからお前の問題を解決しに行く。そろそろアシュラ王が目覚める」

「!」

 

 それはそれとして。

 ファイの呪いは、アシュラ王に関係の無いものだ。

 

「というわけで、モコナ。そろそろ移動を開始しよう」

「う、うん。……ラン。何か、うそ……吐いてない?」

「吐いている」

「正直に吐くじゃねえか。なんだ、心変わりか?」

「必要な嘘を吐いている。……ああ、それと」

 

 次元移動の陣を描き、発動させる。

 伴ってモコナの次元移動も誘発され──。

 

「すまないな。これだけ言っておいてセレス国へは私は行かない。──健闘を祈る」

 

 私達は、『東京』から消えた。

 

 

 

 

 降り立った場所は──飛王・リードの牙城。玖楼国のどこか。

 

「……直接此方を潰しに来たか」

「まさか。それをする気があるなら、次元の魔女の元へ行かずに先にここへ来ている」

「では、何をしに来た?」

「ファイの呪いを解きに」

 

 私が吐いた嘘。

 簡単だ。「ただし、かけられた呪いはかけた本人が生きている限り続く」──なんて。

 

 そんなわけがない。

 解呪など、材料と環境さえ揃えばド素人の百目鬼にもできる代物だ。

 

「……構わん。結果の知られた罠など、無くとも同じだ」

「お前の構う構わないは関係ない。ではな、飛王・リード」

 

 ただし必要な事は一つだけあった。

 同じ世界にいること、だ。

 

 その必要が無いのなら、私は泥の国の時点でファイの呪いを解いている。

 

 ファイとアシュラ王の確執に関して、私のできることはない。

 というよりもはや彼らの行程を早める意味も無い。

 どちらかというと羽根集めに勤しむべきだ。使い魔を使ってだけじゃなく。

 

 すでにインフィニティからも羽根は奪い去ってある。

 

 ただ……このままだと、今度は『小狼』が産まれなくなる。

 彼の両親は彼の写身である小狼と、そしてサクラ姫の写身である『サクラ』。つまり今いるサクラ姫だ。

 その輪廻を作り出さないと、『小狼』を生み出せない。

 

 同時に、現在『小狼』がいることを考えると……どこかで『サクラ』が夢の世界へ向かうことになる。これだけ可能性を潰したのに、だ。

 

 ……セレス国へ行くべきだろうか。

 いや、あそこは唯一私の干渉の無い世界。あそこへ私が行けば、アシュラ王の殺人衝動が私へ向いてしまうから、行けない。

 

 もどかしいが──信じるか。

 

 次元を、移動する。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 日本国が白鷺城。

 移動先はそこだった。

 

 突然現れた私に、城の忍者たちが一瞬ざわついたけれど……知世姫が静めてくれて、今。

 

「心配ですか?」

「……する資格は無いが」

 

 まだ、来ていない。

 サクラ姫達はまだ、セレス国にいる。いることだけは確認できる。

 

「すべてを識っていて……話さない、というのは。つらくないのですか?」

「……なんだ、私が星見じゃないことまでわかっているのか」

「ええ。だってあなたには、一度も会いませんでしたから」

 

 私は眠らない。

 けれどそれは──夢見と会うことができない、というわけじゃない。

 

「サクラ姫達に言うつもりか?」

「いいえ。言って何になるのですか?」

「……私は嘘吐きだからな。叩けば叩く程埃が出てくる」

 

 心配かどうかで言えば。

 

 ……心配ではないのだろう。だって、私の願いは。

 

「では……そうですね。少しの間……私と共に、日本国をまわりませんか?」

「構わないが、危険だろう」

「危険? 魔物は黒鋼がすべて殺してしまいましたよ」

「私がだ。この国で最上位の術を持つお前より、私の方が強い。その気になれば」

「その気になるのですか?」

「……ならないが」

「では、いいでしょう」

 

 押し切られてしまった。

 まぁ、流石は知世の名を持つ者、か。

 

「蘇摩、馬を」

「はい」

「いや、どうせ行くなら私に乗れ」

「……あなたに、ですか?」

「ああ。羽王程じゃないが──」

 

 城の外へと飛翔し──変身を行う。

 ジェイド国でもやったもの。それの、最大規模。

 

 巨大な、烏。

 

「まぁ!」

「……魔物と間違えられかねませんね」

「天照に周知させればいいだろう。これより私と知世姫が、全国漫遊の旅に出ると」

「全国?」

「少しの間、日本国をまわるのだろう? ──サクラ姫たちがこちらに来るまでの"少しの間"に日本国の"全て"を回り切るんだ。馬などでは無理だろう」

 

 まあ、まあ! と。

 顔を明るくしている知世姫を──魔法で引っ張り、身体に乗せる。

 と、襖の奥からこちらに歩いてくる影。

 ……天照。どことなく壱原に似てるよなぁ、とか。

 

「……私を小間使いか何かと勘違いしていない?」

「していない。日本国の帝なんだ、凄いのだろう」

「はぁ。……月読。やるべきことは、忘れないように」

「もちろんです」

 

 では、と。

 

 高く高く──そして疾く疾く、飛翔する。

 防風の陣は背中に敷いてあるし、仮に落ちても転移させられる。

 

 だから、少しの間だけ、「景色のある空」というものを楽しもう。

 

「……やっぱり」

「どうした」

「あなたは、日本国に縁のある方なのですね」

 

 透けたか。

 透けるだろう。

 

 違うとはいえ──似ているのだから。

 

 美しいと、そう思う心くらいは。

 

 

 

 

 その後、私達は短い時間で日本国の全土を回り巡った。

 いたはずの誰かを隣に思い浮かべるかのように。

 

 そのたびに、何度も何度も……嘘がバレる。

 

「理解者がいた、ということまで嘘でしたか。それは視えませんでした」

「魔導を縋られたことはあっても、不死を理解する者は終ぞ現れなかった。定命は、あるいは天使でさえも同じだからな。とはいえ……何度も何度も巡り、私に会いに来る者はいた。だから、虚無や孤独とは無縁だったよ」

「けれど、その世界が消退してしまったから」

「ああ。異世界の同一人物は、けれど必ずしも同一の性質を持っているとは限らない。……あの世界の泥の中には居ようが、異世界にはいない」

 

 白鷺城への帰路。

 そんなことまでバレてしまった。

 

「……私も定命。現れるのですか? あなたと同じ不死なる者は」

「現れて欲しくはない。これだけは嘘ではないよ」

 

 可能性はゼロじゃない。

 けれど──そうであってほしくはない。少なくともこのセカイには。

 

「あなたとの思い出。忘れませんよ、私は」

「ああ。そうするといい」

「……本当に噓吐きですね」

 

 そうして、私達は帰って来た。

 

 

 

 

 モコナの次元移動の着地点を予測し、待ち構えていてみれば。

 凄まじい速度で駆け抜けて来た二人に、ぶん殴られた。両頬を。

 

「どうした、元気だな二人とも」

「……」

「……チッ」

 

 黒鋼は腕を失っていない。

 ファイは目を抉られていないし、魔力も失っていない。

 

 解呪にはしっかり成功していたようだけど……何をこんなに怒っているんだ。

 

 あと。

 

「おかえり、サクラ姫、小狼」

「……はい」

「ああ」

「久しぶり、ランー!!」

 

 小狼だけでなく、サクラ姫からも距離を置かれてしまった。

 

 私に近づいてくるのはモコナだけだ。

 ……皆、五体満足。

 

「モコナ。なぜかみんな、私と口を利いてくれそうにないから……何があったのか、話してくれないか?」

「……うん。あのね」

 

 モコナの口から転がり落ちたのは──まさかまさかの事実だった。

 

 

 

 *

 

 

 

「おかえり、ファイ」

「お……う……」

「そこまで戦慄する必要はないよ。たった今君の呪いは解かれた。二つとも」

「……え」

 

 セレス国についてすぐのこと。

 アシュラ王と再会したファイは、そんなことを言われたらしい。

 

 ……失念していた。

 そうなのだ。アシュラ王も夢見で、しかも次元移動者。ただ、既に狂い果ててしまっているから私が近づかない方が良い、と思っての無干渉だったのに。

 

 そこで全てを知らされたらしい。

 私の言ったことの、九割九分九厘が嘘である事実を。

 

 いやまぁそれは言い過ぎだけど、私が吐いた嘘の真実をペラペラと喋ってくれたらしい。

 

 ただし、アシュラ王の正気はそこまで長くは続かなかった。

 呪いが無くなり、和解する──かのような雰囲気を見せたその瞬間、アシュラ王はチィの命を奪い、さらにはサクラ姫と小狼までにも襲い掛かり──黒鋼に斬られた、と。

 世界を出る際の呪いは当然発動しなかったけれど、これらの件に一行はお怒りらしい。知っていたならなぜ、とかかな。

 特に黒鋼とファイは、今を以て尚口を利いてくれない。

 

「本格的に嫌われたか。見放されたか」

「……そうじゃないと思う」

「サクラ姫?」

 

 白鷺城の一角で月見酒をしていたら、そんな言葉が背に掛かった。

 

「……雰囲気が、変わったかな」

「セレス国の、チィさんの羽根で。……わたしは、自分がなんであるのかを、知ったから」

「ああ。……ということは、まさかとは思うが自ら」

「死にません。けれど……ううん、だからこそ、ランさんにお願いがあるの」

「お願い?」

「はい」

 

 強い目。

 それは……いつか、見た事のある目。

 

「わたしを、未だ創られていない閉じられた輪の中へ、連れて行って欲しい」

「……できるかできないかで言えば、できる。だが、それは飛王の策に乗るのと同じだ」

「違うの。……次元の魔女さんの力を借りずに、理が壊される前に壊された後の輪の中へ行けば」

「リスクが大きい。壱原の手で行った方が安全だ」

「そんなこと、今更でしょう?」

 

 ……。

 

 繰り返し続ける時間の輪。

 たとえ時が止まっていても、中の人間は生きている。

 それは今の飛王・リードのいる玖楼国の民のことだし、そして『小狼』の両親……つまり写身である小狼と目の前のサクラ姫の「いなければならない輪」もそうだ。

 故に、他の世界と違って過干渉をすれば、一撃で世界が崩れかねない。

 悪くて世界が。良くて……中に生きる誰かが。

 

 それが小狼、サクラ姫にならないという確証も無い。

 

「お願い、ランさん」

 

 ファイが神威の血を受けていないから、星史郎も来ない。

 黒鋼が腕を失っていないから、封真も来ない。

 今のサクラ姫には魂と躯があるから、神樹に呑まれることもない。

 

 計算する。

 散々荒らしまわってきて、今。

 

 使える魔法を模索する。

 

「……必ず妨害が入る。飛王はお前の躯を欲している。次元の記憶の刻まれたお前の躯を」

「わかってる」

「隠しはしよう。だが、あの世界も飛王の影響でできたような世界だ。いや、これからできる予定だが……いや、待てよ」

「そう。ランさん」

 

 サクラ姫が──私の手を取る。

 

 

「あなたのつくってくれた時間が、わたし達を助けてくれる」

 

 

 ……。

 

「優しい子だな、お前は」

「ずっとずっと、伝えたかった。無駄なんかじゃない、って」

「ああ。……ああ。承知した」

 

 ──次元移動と、時間移動と、次空移動と、時空移動の陣を敷く。

 

 その凄まじい魔力を感じ取ったのだろう、すぐに小狼達が駆けつけて来るけれど──結界は彼らを中に入れない。

 

「さくら!!」

 

 悲痛な顔の小狼に、サクラ姫はふるふると顔を振る。

 

「あなたのさくらは、わたしじゃない」

「!!」

 

 肩から手の甲、掌から腋までを爪で引き裂き、血を流す。けれどそれは床に落ちることなく、空中で文字を描く。

 普段はやらない大規模な陣。且つ、知世姫との旅行で「日本国」のキャパシティを理解しての最大限。

 左の五指を動かしそれぞれ別の言語を描き、右の五指でそれぞれ別の呪(守)を懸ける。

 

「サクラちゃん!」

「ランさん、いけませんわ、それは!」

「てめぇ、今すぐに」

「やめない。一度始めたことは、最後までやり通す」

 

 発動する。

 一時的にだけど、空間が歪み、真白の光が溢れ出す程の圧縮魔力が……サクラ姫を包む。

 行け。そして使え。見つかる前に。追いつかれる前に。

 

 彼もすぐに、そこへ送るから。

 

「"跋渉"」

 

 そうして。

 

 サクラ姫は──どの次元からも、観測できなくなった。

 

 

 

 刀と魔法。

 そして、剣。

 私に向けられているものだ。

 

「さくらをどこへやった」

「誰にも見つからない場所へ」

「……理由は」

「言えない」

「言いなよ、ランちゃん」

「言わない」

「理由なんざどうでもいい。すぐ元に戻せ」

「断る。──すまないな、こうした以上、お前達と戯れている時間も惜しい」

 

 ああ。

 これだ。

 

 時間感覚。今、確実に、時が惜しい。

 私自身にも次元移動を発生させる。

 巻き添えを起こしかねない陣ではなく、自身の内側に開く魔法陣で。

 

「待て!!」

「待たない。──手段があるのだから、追ってくればいい。追いつけるのなら、だがな」

 

 そうして私は、日本国から消えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 誰もいなくなった床を叩く小狼。「さくら……」と呟いて、叩いた手を握る。

 

「知世姫。アイツを辿る方法はあるか?」

「……私にはもうありません。けれど」

「オレがなんとかできるよ。今まで使ってこなかった分、そして使えるようにしてくれた分が、すっごく浮いてるから」

「行き先までわかるのか」

「わかると言えばわかるし、わからないと言えばわからない」

「どういう意味だ」

 

 肩を竦めるファイ。その過去は既に知られているけれど、彼は「ファイ」だった。

 

「彼女、今次元移動をし続けてる。一秒ごとに、ってくらいにね」

「追いつけるのなら、ってのはそういう意味か」

「うん。いくら彼女の行き先を特定して、そこに移動しようにも……すぐに逃げられちゃうか、オレ達が次元移動をしている間に別の世界へ行っちゃう」

「ラン……」

 

 だから、と。

 ファイは、モコナを見る。

 

「モコナ。次元の魔女さんと繋いでくれる?」

「うん」

 

 モコナの額の赤い石。

 そこから投影されるは、次元の魔女の姿。

 

 ──"サクラ姫が見えなくなった。そのタイミングでの通信。そして……あの子がいない。つまり、あの子が犯人ね"

「話が早いね、次元の魔女さん。ただあんまり時間が無いみたいだったから、本題に入ってもいいかな」

 ──"ええ、構わないわ"

「今の状況を簡単に話すと──」

 

 ファイが状況説明をする。

 立ち直ったらしい小狼、黒鋼も聞く。

 魔術師同士の会話を。

 

「──ってカンジなんだけど、どうにかできそう?」

 ──"無理ね"

「……それは、こっちが対価を支払えない、ってこと?」

 ──"あの子がなぜ次元移動をし続けているのか、考えてみなさいな"

 

 なぜ。

 なぜランは、それをしているのか。

 

「アイツは姫の羽根を集めていた。それ関係じゃねぇのか」

「いや、それについては使い魔で事足りると言っていた。だから」

「別の理由。……なら、オレわかったかも」

「なんだ」

「小狼君だよ。『小狼』君じゃなくて、写身の方のね」

 ──"ええ、そうよ。あの子は今、写身の小狼を探して、世界を虱潰しに回っている。確かにあの子の魔力は強大だけど、知らないセカイにいる知っている相手の元に飛ぶ、なんてことができるわけじゃない"

「つまり無理なのは、追いつくことも、捕まえることも、ということか」

「うんうん。でも──小狼君の位置は、特定できるよね、魔女さん」

 ──"できたとして、何かしら。彼を捕えてあの子を待ち伏せする気?"

「それが一番手っ取り早いかな、って思ったんだけど……その言い方をするってことは、無理なんだ」

「あの小僧も次元移動をしてる。捕まえておくってのは無理だろう」

 ──"けれど、無理でいいのよ"

 

 次元の魔女は。

 壱原侑子は──不敵に笑う。

 

 ──"あの子、言ってなかった? 小狼は羽根を求めている。だから、最大枚数を持つ自分のところへ必ずやってくる、って"

「そういや言ってたな。ありゃ嘘じゃなかったのか」

「嘘を吐かれ過ぎて、どれがホントかわからないからねぇ」

 ──"つまり、今あの子に追いつくことが出来なくても……モコナに次の移動先に、あの子は必ずいる。小狼と共に"

「次の移動先がわかっているのか」

 ──"あなたも良く知っている場所よ"

 

 そこは。

 

 ──玖楼国。

 そうなるように、と。

 

 クロウ・リードが引き寄せた──ランの干渉し得ぬ一手だった。

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