イグサクロニクル 作:Rush
出会えない。
出会えない。
どの世界を行っても、出会えない。
「どこだ」
羽根の回収を終えた使い魔を捜索に回す。
警戒に当たらせていた使い魔を探索に回す。
「どこにいる!」
駆け抜けて。
駆け抜けて。
駆け抜けた先に──。
「小狼!!」
いた。
……いや。
「……どういうことだ」
「なんでもかんでもお前の思い通りに行くわけじゃねえんだよ」
「や、ランちゃん。数日振りだね」
居はした。
けれど、写身の方じゃない。本物の小狼。
だから、隣にはファイと黒鋼がいて。
モコナもいて。
しかもここは……。
「玖楼国。……ああクソ、おびき出されたか」
「違う」
「……何がだ、小狼」
「あなたは辿り着いている。あいつはあなたが来るこの世界に来た。おれ達はそれを知って、先回りしていただけだ」
冷静になれ。
頭を回せ、一般人。
そうであるのなら──どうすればいいかを考えろ。
「……わかった。理解した。それで、私を止めるか」
「止めない」
「……なに? なら、なんで」
「ただ、共に行くために、追いついた」
まっすぐな目。
強い目だ。本当に。いつもいつも。
私には、できない目。
「私のことは、警戒していただろう」
「している。今でも」
「なら、共に行くなど」
「警戒している相手と旅ができないのなら、この旅は成立していなかった。おれはあいつの目を通して、この旅を見ていたから……知っている」
「ま、そうだな。警戒の度合いで言えば、お前もコイツも、小僧のことも観察してた」
「オレも~。初めて会った時から、ずっとみんなと距離を置いてた~」
焦りが氷解していく。
疑念が解けていく。
……玖楼国。
「クロウ・リードか」
「……」
「最後の最後まで……私に会わなかったのは、そういう理由か……!」
歯噛みする。
なぜもっと早く決断しなかったのか。
なぜもっと早く動こうと思わなかったのか。
なぜもっと早く──あの優しい子に、報いようと思わなかったのか。
「おい」
「……なんだ」
「悔しがってる暇はあんのか? 時間が惜しい、っつってたのはお前の方だろ」
「ああ……。そうだな。時間が惜しい。こうなればもう仕方がない。お前達にも手伝ってもらう」
「何を?」
「──小狼。写身の方の小狼を……手に入れる」
欠片も信じられていない目。
構わない。
どうでもいい。
「手に入れて、どうする」
「消滅させる」
「……なんでかな」
「話はここまでだ。時間が惜しい。これだけ開示したのだから、付いてくるかどうかは自分で選べ」
降り立った場所は、玖楼国の街中。
閉じられた一日の中。ただ、私に結界など効きはしない。だからそのまま遺跡の方へと歩いていく。
その歩みの隣に来るものがあった。
「共に行くために来た」
「だな。お前の目論見とやらが何なのかは知ったことじゃねぇが、くだらねえもんならその時斬ればいい」
「不死でも小狼君は見つけられなかったわけだし、できないことはたくさんあるみたいだからね」
──。
そうだな。
できないことはたくさんあるから──できることをやるんだ。
遺跡に入った途端、大歓迎を受けた。
漆黒の兵士。けれど、剣も刀も魔法も使わせない。
出てきた瞬間に、全身を圧壊させる。
「言ったはずだぞ、飛王・リード。小物の相手をさせるなと」
尚も出てくる兵士を、今度は凍結させていく。
潰せば渡る。ひとつのものをふたつにする秘術なら、無限も作れよう。
だから、凍らせる。
「時間凍結……撫子様でも、数秒しか保たなかったものを」
「あの偉業と一緒にするな。あれは世界全体を停めたんだ。個人の魂を凍結させるのとはわけが違う」
「……ああ」
進む進む。
道を知っているから、迷わずに進む。
そうして進んだ先に──潔斎の場があった。
時の動かぬ潔斎の場。
「……ここも時間が止まってる」
「小狼がさくらの手を取れなかったあの時から動いていない。それだけだ。だが、すべてが合致する時間まで未だ猶予がある」
時の停止した水場を渡り──さらに奥へ。
そこに、いた。
階段の上に。
「見つけた」
「……」
柄に手を伸ばす黒鋼、魔力を練ろうとするファイ。そしてその手から剣を出そうとする『小狼』を手で制する。
「お前を、消しに来た」
「……」
「お前を消せば、少なくとも飛王の望みは叶わなくなる。サクラ姫だけではダメだった。だから、お前も消す。それで成立する」
小狼は何も言わない。
言わずに、飛王の用意したものだろうか、剣を構える。
「黒幕の企みを阻止するためだけに、小僧を殺す、だと?」
「何がためだけに、だ。それが最も重要なことだろう」
「……」
踏み込み。
と同時に展開した簡易転移の陣で、小狼の背後を取る。
「そう来ると思っていたぞ」
手が。
止められる。
「!?」
「ひゅう、流石に慣れて来たねー、オレ達も」
「ああ。コイツの言動が全部嘘だと思って動けば、対処も楽なモンだ」
止められたのは、飛王の手。
瞬時には解析できない呪いを纏う手が、本物の銀龍とファイの魔法によって阻まれている。
「な……」
「風華招来!!」
小狼の風は──私を通り抜け、出てこようとした飛王へ向かう。
「呆気にとられてんじゃねえ! やれ!」
「それが唯一の方法なんでしょ? なら、止めないよ」
「──ラン。やってくれ」
三人の言葉に、血相を変えるのは飛王の方だ。
思っていたのだろう。三人が私を止めに入ると。私だってそう思っていた。
「待て──それを消しても、我が願いの妨げにはならん!」
「そうか。……なら、そんなに焦らずとも良いだろう、飛王」
魔法を使う。
動かずにいる小狼を──結界で覆う。否、私もだ。
いつか星史郎相手に使ったものと同じ。
自身が死なないのを良いことに行う自爆特攻。
焦る飛王の顔は見えても、声は届かない。
だから。
「──行け、小狼。サクラ姫の元に。そのために作り上げた時間だ」
圧壊。
結界を、空間ごと圧し潰す。
「おのれ……! アレを創り上げるのに、どれほどの年月をかけたと……」
「すまないな。私の生きた歳月に比べれば、些末な時間だろう。あまり短すぎると、どうにも感覚が掴めない」
圧死から回帰し、当然のように言葉を操る。
そして、その手が行おうとしていた呪いの解析も終了した。
「成程。私の回帰に目を付けたか。確かにこれであれば時間を戻せそうに思うのも無理はない。が、これは私限定の力でな。自身の血液を霧状にして付着させたり、髪を落とすなりせねば使えない。そして私の体組織は私に回帰する。普段使っている治癒は、対象が回復するまでの間この回帰で修復し、それが終わったら回収する、という仕組みだ」
「……っ」
「そして……残念なお知らせがもう一つある。私は私に干渉することができない。ゆえに、私の魔力で過去の私に干渉し、写身を作る、などという得意技は使えんのだ。どうにもこうにも、不死というのは唯一の存在らしくてな」
激昂は……しないか。
しないで、裂け目の中へと帰っていく飛王。
帰っていこうとする。
「まぁ待て。結界で私に勝とうとしているのか? それとも、カイル=ロンダートなどという小物の身代わりを自身に見せてしたり顔か?」
閉じない。裂け目は閉じない。
どころか、どんどん開いていく。こじ開けられるように。
「言ったはずだぞ、飛王・リード」
血相を変えた飛王を、圧壊させて。
次元膜を剝ぎ取って、侵入する。
「さくら!」
「……良いのか? お前は知っているはずだ。それ以上進めばどうなるのか。ここがどこで、なんという場所なのか」
「もちろん知っている。ここはかつて『東京』と呼ばれていた場所。私がわざと隠したサクラ姫の羽根と、汚染を駆逐する魔法のかけられたブローチが眠る水槽。『東京』の人々はしっかりとやり遂げた。だが、永遠の魔法など存在しない。汚染を退けることはできても、砂漠化は抑えられなかった。だからこの遺跡だけが残っている」
進む。
知っている。この先、何がどうなるかくらい。
何度も何度も、読んだのだから。
「それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの想いで、
進む。
知っている。
知っているから、進む。
進んでも──動き出さないことを、知っているから。
「だが──悲しいかな、飛王・リード。どうやら私は、事を急くのが性分らしくてな。──少しばかり、早く辿り着きすぎてしまったようだ」
「……まさか」
「すまないな。私には時間の感覚が無い。早いか遅いかがわからん。ゆえ、許してくれ」
謝るのは、飛王に対して、じゃない。
クロウ・リード。
壱原侑子。
あるいは、今までにいた夢見たち。
「我が願いの成就の時も、待てぬか!!」
「"隔理"」
私の最大限は、ここまで。
すまない。足掛かりにもなるかどうか怪しいが──後は。
任せよう。
*
いいえ。
「いいえ。……十分よ」
そこにいた。
ミセに、全員がいた。
小狼。さくら。黒鋼、ファイ、モコナ=ソエル=モドキ。
そして、『小狼』の両親。
四月一日君尋。壱原侑子。モコナ=ラーグ=モドキ。
「次元移動の感覚は無かったけど……これは、どういうこと?」
「あの子が停めたのよ。飛王の時間を。自分ごと」
不死ゆえにできる自爆特攻。
その、時間凍結版。
「このミセは、日本にあって、日本にない。全ての次元から隔離されている。だから、すべての次元の理を崩そうと手を伸ばしていた飛王を停止させてしまえば、このミセだけが浮き彫りになる」
小狼達が周りを見渡せば、それで理解できた。
ミセ以外のモノが、無い。あるいは、あり過ぎる。
「異世界の記憶。無数にある世界が今、飛王と共に停まっている」
「おれ達は、何をすればいい」
「選んで」
選べ。
「ここにいる全員の行く末を」
選べ。
「おれ達の……?」
「そうだ。彼女が稼いでくれた時間。それによってできた隙間。そのおかげで、おれ達は今ここにいる」
「……小狼」
「……父さんと、母さん?」
「あ? 写身の小僧と姫じゃねぇのか」
「にしては、雰囲気も違うし、歳も違うね」
抱く。サクラが、『サクラ』を。小狼が、『小狼』を。
そして……四月一日も。
そうして、消える。
否、視えなくなった、という方が正しいだろう。
だから残されたのは、黒鋼とファイとモコナと。
「おい、次元の魔女。俺達は何を選ぶんだ」
「もしかして、ここまで来て蚊帳の外だったりして?」
「そんなわけがないでしょう。あなた達が選ぶのは、彼女とあなた達の行く末よ」
「彼女、っていうのは、ランちゃんで合ってますよね?」
「ええ」
「なんで俺達がアイツの行く末まで選ばなきゃならねえんだ。アイツが選べばいいだろ」
「もう選んだわ。彼女が初めてこのミセに来た時に」
選んだ。
選んだのだ。
「……そういえば結局、ランちゃんの願い、聞いてないね」
「あの時何を対価に差し出したのかもな」
「玖楼国の遺跡で、『小狼』から聞いたでしょう。彼が時間を巻き戻す大罪を犯した話」
「ああ、聞いた」
「そして、黒鋼。あなたの母親や、ファイ。あなたの境遇が"そうではなかった可能性がある"ということも、聞いたわね」
「ぶん殴ったがな。それがどうした」
「同じことなの」
だから、選べと。
「同じこと……というと、もしかしてランちゃんも時間の巻き戻しを?」
「ええ。けれど、既に、ではなく……これからしようとしている」
「……何を戻すってんだ、アイツは」
一拍。
「すべてを巻き戻し──自身を生まれなかったことにしようとしているの」
死んだモノは蘇らない。
それは世界の理。絶対遵守の強固たる理。
だが──生きているモノを殺すのは、容易い。
そして、生まれ落ちる前のものを殺すこともまた。
「死にてえのは願いじゃねえ、っつってたのも嘘かよ」
「いいえ。彼女は死にたいのではなく、生まれたくないの。この世界に生まれ落ちたくなかった。だから彼女は対価にそれを差し出した」
「自分自身……ですね」
「そう。ランという女性の存在そのもの。彼女は一番目の世界の、一番目のヒトガタの、一番目の魔法使い。だから、彼女がいなくなれば」
「すべてが書き換わる。……だが、おかしな話だろ、そりゃ。いつも余裕ぶってるアイツが、血相変えてまで小僧の写身を探してた。全ての時間をやり直すつもりだって言うんなら、アイツが焦ってたのはなんだったんだ」
「そう。そこに隙が出来た」
隙。
隙だ。
「彼女の願いは、強固なものだった。なぜなら彼女は識っていたから。自身がいなければ、世界がどう落ち着くのか。その全てを」
「……今より良い未来だった、とか?」
「その基準は人に因るからわからないわ。けれど、少なくとも彼女にとってはそれが最上の結末だった。だから、生まれてきてしまった自身という異物を消して、この世界を正常にしたかった」
「で、何を選べって? そのふざけた願いを叶えるかどうかか?」
「願いを叶えるのは、あたし。あなた達が選ぶのは、彼女にその願いを抱かせ続けるかどうか」
「……隙ができた、というのは?」
「写身のサクラ。つまり、さっきここにいた小狼の母親が、彼女の心を揺さぶった。太陽に突き刺しても融けなかった氷を、あの子が少しだけ融かした」
だから彼女は奔走した。
あるいは、自身が識る未来よりも、良くなるかもしれない、と思えたから。
「……気に入らねえ」
「何が、かしら」
「その言い分だと、アイツはまだ願ってるってことだろ。小僧も姫も、その写身も救っておいて……そのよりよい未来ってのがなんなのかは知らねえが、俺の目には現状最大限に命が紡がれてるように見える。そこまでしておいて、戻したいと……まだ願ってる。それが気に入らねえ」
「だから、選ぶのよ。あるいは、彼女しか知らない未来では……ファイ、あなたの境遇も、黒鋼の両親も、あるいは阿修羅王と夜叉王も、エメロード姫も。あなた達が出会って来た死者。あるいは悲劇の最中にあった人々が……生き繋いでいる世界かもしれない」
未来は変わる。
望んだ未来に変えるのは難しいけれど、一挙手一投足が未来に響く。
誰かが視た確定していない未来より、現在の方が強固だから。
「それも気に入らねえ。俺達がそんな"かもしれねぇこと"のためだけに、アイツを殺す方を選ぶと本気で思ってるのか?」
「まー、オレ達仲悪かったしねー。……ああ、だからか。ランちゃんが疑われたり、警戒されたり、嫌われたりするような言動を取り続けてたのは」
「今この場でアイツを切り捨てる選択をさせるため……ってのは、そりゃ」
青筋が走る。
聞こえるはずの無い音が響く。
今はシリアスだから、言わないけれど。
モコナ=ラーグ=モドキならば、言っていたはずだ。
堪忍袋の緒が切れた音だ、と。
「認められないのはおれ達も同じだ」
「わたしも、認めない」
出てくる。
五人が。
「選んだのね」
「はい」
誰一人、後悔の色は見せていない。
なら、後は。
「当然だけど、どれほど強大な魔力を持っていても、全世界の時間凍結なんて所業は、永くは保たない。いいえ、あるいは長引かせることはできても、世界が耐えられなくなって、消退する。彼女の元いた世界のように」
「ランさんに、意識はあるんですか」
「あるわ。あの子は自分に干渉できない。だから凍結した時間の中で、意識だけを保っている」
気付く。
黒鋼とファイが。
だから……『小狼』の父親が、二人に向き直った。
「挨拶が遅れて……申し訳ありません。お久しぶりです、ファイさん、黒鋼さん」
「……ああ」
「久しぶり、小狼君。それに、サクラちゃんも。オレ達的にはついこの間の話だけど……二人にとっては、そうじゃないんでしょ?」
「はい。お久しぶりです、ファイさん、黒鋼さん」
「モコナもいるのー!!」
「ああ、モコナも久しぶりだ」
再会は終わった。
後は、後は、後は。
「……行かないの?」
「あ? お前か白饅頭じゃねえと行けねえだろうが」
「いや……さっきも次元移動はしてなかった。このミセが浮き彫りになっているから、オレ達はここに来ることができた……んですよね、次元の魔女さん」
「ええ、その通り。だから次元移動は必要ないの。ただミセを出て、凍結した枝……飛王の伸ばした手を辿って中心に行けば、あの空間に辿り着ける」
「最後の最後に歩きかよ」
「黒様文句言わないのー」
「さくら」
「うん。一緒に」
ミセを出ていく皆を。
その背中に。
「いってらっしゃい」
「……ああ。行ってくる」
それは、もう一人の小狼からのコトバ。
関係性の代償の。けれど、前を向いた少年の。
彼らを見送って……壱原侑子は、零す。
「選択はまだ終わっていない。彼女が願いを取り下げるためには──」
俯く侑子の顔に、白が飛び込んでくる。
「絶対、だいじょうぶだよ!」
「……モコナ」
「って、さくらから! なんだかつらそうな顔をしてたから、伝言だって!」
それだけ言って。
ぴょーんぴょーんと彼らの元へと追いついていくモコナ。
「ええ。……そうね」
その言葉が、どれほど強大なのかを。
次元の魔女は、知っていた。
*
斬撃。
それにより、凍結していた空間が切り裂かれる。
「すまない、これを使うと外部から干渉があるまでどうにも」
ガン、と。
鈍い音が鳴る。黒鋼が鞘で私の側頭部を殴った音だ。
「うるせえ。もう黙って見てろ、嘘吐き女」
酷い言われ様である。
背後の足音に振り返ると、ペチン、と。ファイにしては強めのビンタで、頬を叩かれた。
「オレ、何やっても怒らないって思われてそうだからさ」
笑顔だけど。
笑顔じゃないな、アレ。
そして、背後から拳が二つと、ぽこぽこ、という軽い小突きが二つ。
「……間に合ったか」
「はい。あなたがくれた時間のおかげで」
「お礼を。おかげで、また小狼君に出会えたから」
大人びた二人。
「魔力を使い果たしていようと、いなかろうと。そこで見ていろ、ラン。おれ達は大丈夫だ」
「初めまして、ランさん。でも……ずっと見ていたから、初めましての感じはしないかな」
少年少女である二人。
一つ、溜息を吐く。
「……これも老婆心かな」
すまない、黒鋼。
嘘吐き女は──黙っていても、見ているだけでも、魔力を使わなくても。
できてしまうんだ。色々と。
して、飛王は倒される。
万全の黒鋼。万全のファイ。何の妨害も受けていない小狼とさくら達の前に、為す術などあるはずもない。
けれど、それでも──飛王は言う。
「対価を払え」
と。
だから、私が来た。
「……ラン」
「ランさん」
「え……あれ」
「よし、巧く移動できたな。何分魔力を使わない次元移動は初めてだったが、次元の狭間に落ちるくらいなら、容易も容易だ」
この場において、私は異物である。
ここにいるのは、いていいのは、「小狼」だけだ。
だから私がいてはいけない。今にもはじき出されそうな圧を感じるが──それだけである。
「対価は私が払う」
「……」
「なぜだ。これは、おれの罪なのに」
「それはとても簡単なことだ、小狼」
つらつらと魔法陣を描いていく。
魔力が使えないからな。自分で描く必要がある。
「もう知っているだろうが、私は嘘吐きなんだ。ランという偽名に始まり、壱原に提示した願いも対価も嘘。お前達が思っているほど私は頑固じゃない。十二分に、あの願いを取り下げる価値のある世界だと思う」
「……本当のことを喋ってください」
「
本当の言葉を吐く。
嘘ではない言葉を吐く。
「写身の小狼とサクラ姫は、酷く脆い。そして同一存在である小狼と四月一日も、酷く不安定だ。だからこの空間に閉じ込められたし、今玖楼国では写身のサクラ姫が消えようとしている」
「!」
「……覚悟していたことです」
「そうか。だが、私は嫌なんだ、それ」
本当の言葉を吐く。
まるで聞き分けの無い幼子のような言葉を。
「良いか? 私は確かに、願いを取り下げる価値のある世界だと思い始めている。だが、最後の最後が悲劇というのは良くない。写身のお前達からしてみれば、それは悲劇ではないのかもしれない。記憶として残るのだから、と。──馬鹿言え、残された者の気持ちを考えろ」
「……それ、アンタが言うのか」
「四月一日君尋。何度か伝言上のやり取りはしたが、ほぼ初対面だろう。良いツッコミだ、許す」
馬鹿を言うな。
馬鹿を言うな、だ。
ここまで来たんだぞ。時間を稼いで二人を遡行させ、飛王に躯を渡さず、全員が前を向く選択肢を取らせるに至った。
誰もがもう自分を諦めていない。自分の想いを諦めていない世界にまで至った。
そこまできて、対価だと?
本当に──馬鹿馬鹿しい。
「私が一体何のために、ここまで大量の羽根を貯め込んだと思っているんだ」
取り出すは──サクラ姫の羽根。
全てではない。けれど、ほとんど。
「無論、返却はする。だが、その前に──使わせてもらう」
「ダメだ。それじゃ、多すぎる。対価は」
「等価でなければならない。現世の躯に。星世の運に。天世の魂に……だろう。知っているとも」
「なら」
「まだ私の理解度が足りないな、四月一日君尋。──私が対価を払うというのも、嘘だ」
描き終わる。
魔力の使えない空間で、魔法陣を。
魔力の出せない空間に、姫の羽根を。
「次空干渉だ。死んだモノを蘇らせることはできないが、死んでいないモノを生きていることにすることはできる。飛王・リードは死んだ。だから蘇らない。だが、飛王・リードの未熟な秘術を、完璧な秘術にすり替えるくらいはできる」
そこに理の揺るぎはない。
何もヒトに対してだけ嘘を吐くなどと言った覚えは無い。
「飛王・リードは、さくらから、さくらを。小狼から、小狼と四月一日君尋を創った。写身ではなく──人工生命体として。紛い物でも、出来損ないでもなく、最高傑作として。──お前達の旅の中でも、見かけただろう、人工生命体。私ほど長く生きているとな、その作り方くらいわかるんだよ」
無から有を創る。
偽物を本物にする。
できる。できることを知っている。
だって──。
「一番目のヒトが、私だ」
私は猿から進化したわけではないのだから。
さぁ、世界を騙してやろう。
*
一度壊されたモノは、完全にはただせない。
飛王が理を破壊していれば、そうなっていた。
だから、急いた。
急いで回らず突っ切った。
壊れてさえいなければ──回帰は余裕である。
ああ、そう。私にしか使えない、とかいうのも、勿論嘘だから。
じゃなきゃあんな一瞬で『東京』を修復できるわけ無いし。
そうそう、姫の羽根は全て返した。あんまりにも膨大な量だったので、どちらのサクラ姫も丸一日寝込んでしまったけれど、まぁまぁ、大丈夫だろう。
さて。
「どこ行く気だ、テメェ」
「黙ってお別れは、ちょっと違うんじゃないかなー」
「ああ。いや何、今日の買い出しにな」
「食わなくても生きていけるお前がか?」
「食わなくても生きて行けようが、食事は好きだぞ、私は」
「黒様、また乗せられてる乗せられてる~」
ち。
対処法を覚えられたか。
「あそこ。あの遺跡、見えるか」
「ん、ああ」
「あそこで今、『小狼』と『サクラ』が互いに想いを告げようとしている」
「え、ホントに!? 行きたい行きたい!」
「だろう? そして何の偶然か、こんなところに簡易転移の陣がある」
「……お前」
じゃあ、行こうか。
「告白の覗きに──」
「最後の最後まで嘘吐いてんじゃねえ。コレに乗ったら俺達はあそこに転移して、てめぇは次元を移動するんだろ」
「──うん?」
「靴裏の魔法陣。月の城で戦った時、散々苦しめられたからね。チェック済みだよ」
「そうか。すまな」
「くねぇから、こっち来い。別に引き留めやしねぇが、別れくらい告げろ」
ひょい、と持ち上げられて──簡易転移の陣に乗る。
「さくらが……好きだ」
「わたしも……大好き」
ああ、ホラ。
私が消えてから行けばベストタイミングだったのに。
「いやー、事を急くってこういう感覚かぁ。ランラン、いつもこんなことしてるんだねえ」
「そもそも簡易転移の陣とやらは地面に出るモンだろ。なんで──」
「わー! 落ちるー!!」
「おや、モコナ。いたのか」
ドサドサドサ、と。
おアツい二人の上に落ちる私達。
……ああ、良いな。
小狼の家。その家族写真に写る小狼の両親に欠けはない。
払った対価は戻らないけれど、小狼とサクラ姫の記憶には、十二分に幸せがある。
ミセもまた同じ。
私が先々と終わらせたから、彼女は死にそびれた。今頃阿修羅王からくすねた酒で一杯やっているはずだ。
充分だ。
「願いは取り下げる。私はこの世界をやり直したいとは思わない」
「……嘘だったらタダじゃおかねえぞ」
「オレもちゃんと怒るからねー」
「そして──やりたいことを見つけた」
「やりたいこと?」
「……って?」
未だ赤面が取れない二人も、興味を持ってくれたらしい。
「──固定型の次元移動装置を創る。確か、ピッフルワールドでも知世=ダイドウジが科学技術でそれを創らんとしていたはずだ。あれとも共同開発と行こう」
「へぇー、いいね。いろんな世界に、次元移動者以外も行けるようになるってこと?」
「そうだ。次空を渡る力が特別な力扱いされているから今回の件は起こった。まぁ根本は違うが。だが、それが一般化されたのなら……多少の諍いは起きるだろうが、そこを含めての開通だ」
「なら、もう一人の方のモコナの魔法具が役に立つかも! あれはね、今まで行った世界とか、これから行く世界を記録してるの!」
「ああ、最初から使わせてもらうつもりだったよ」
だから。
「私は、未だ世界に散らばったままの羽根を取りに行く。その過程で世界各地にビーコンを置き、次元移動トンネルの足掛かりとする」
「……やっぱり、行くのは変わらないのか」
「ああ。残念ながら、私は一つの世界に居座れないからな。この世界まで消退させる気はない」
そういう意味では……この技術が成立しても、あのセカイにだけは繋げないけれど。
「それじゃあオレ、お供しようかなー。帰る世界無くなっちゃったし、不死じゃないけど、長命としての感覚は理解できるし」
「俺は……しばらくこっちに残る。小僧共の鍛錬が終わってねぇからな」
「へぇ、黒様やっさし~」
「ランさん……」
「ああ、そう不安がるな、サクラ姫。時折この世界にも帰ってくる。なんせ羽根を返さねばならんからな」
「お土産期待しといてー」
そうだ。
選んだのだ。
「……これが実現できれば、晴れて私は嘘吐き卒業だな」
「馬鹿言え。負債は死ぬほど残ってんぞ」
「すまないな、不死だ」
「そういう意味じゃねえよ!」
隙などではない。
サクラ姫。いや、今のあなたはさくらか。あなたに救われた。変えてもらった。
故に私は──全力を尽くそう。
「私の『真名』は、イグサという。
「んだ、いきなり」
「うん? 私に慣れたんじゃなかったのか?」
「あ、オレわかっちゃったー」
ぐら、と。
遺跡から──背面に、落ちる。追従するファイと、その頭に乗ったモコナ。
焦る三人に手を振って。
「また会おう。次会う時も、息災で。──不死の大魔導士からの加護だ、受け取れ」
「じゃあねー、黒様、小狼君、サクラちゃん」
「あの二人にも、よろしく伝えてくれ」
「またね!」
次元移動の陣が発動する。
止める間も、文句を言う暇も与えない。
良いだろう?
ちゃんと別れの言葉は告げたのだから──次こそ、帰ってきた時に殴らないでくれ。
「あれ、殴られるの覚悟でやってたんじゃなかったんだー」
「おいおい、今私は断りを入れて、別れの言葉まで告げて旅立ったんだぞ。殴られる筋合いなどないだろう」
「うんうん、そうだねー」
「ランは寂しそうなのがなくなったけど、色々学ぶ必要がありそう!」
「モコナにまでそんなことを言われるのか私は……」
「モコナ、黒鋼が殴る気持ちわかるよ!」
「ねー。わかるよねー」
流された。……それに諭された感じもある。
そんなにかなぁ?
……ああ、それと、そうだった。
別に後でも良いけど、後でも良いなら今でも良い。
あの遺跡。
その地下にある──ブローチ。
それに再度、魔法を。
今度は──緑地化の。
大丈夫だ。
私は今、生まれて来てよかったと。
ちゃんと、思えているから。
また、な。