イグサクロニクル   作:Rush

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Chapter.X 癒シとオマケ

 移動先の隣が「そこ」であるのを見て、少しの悪戯心を発揮し、そちらに改変する。

 次元移動中のことだ。だからファイも気付いてこっちを見て来るけど、気にしない気にしない。

 

「なに、ランちゃん。その世界に何か特別なものでもあるの?」

「いや、羽根もなければ魔法も魔術もない世界だ。ああいや、あるにはあるが、一般的に周知されていないというか」

「へぇ。なのにその世界に行くんだ?」

「これはただの遊び心だよ」

 

 ──して、そこに出る。

 路地裏。モコナを抱きしめて、着地の衝撃を緩和させる。さて目立ち過ぎるファイの杖に不可視の魔術をかけて、着地音が聞こえないよう消音の陣も使って……。

 

「……え?」

 

 あ、服装が間に合わなかった。

 

「……ふぅん? 特別なモノの無い世界、ね。ランちゃん、まだ嘘吐きなんだー」

「彼女は特別なんだ。……ああいや、……まぁ、嘘ってことでいい」

 

 魔力膜は正常。ファイの呪いが解けても、私の魔力が世界に与える悪影響は途轍もないものだ。だから隠す。

 ただまぁこの世界は天界もあるし、大丈夫……いやむしろか。これで莫大な魔力がここに現れたことを連中が知れば、総出で来る可能性もある。

 

 ま、もう急いではいないんだ。

 ゆっくり行こうか。

 

「あの……?」

「女の子だー!!」

 

 ぴょーい、と飛びつこうとした白饅頭を引き寄せて、「挨拶」をする。

 

「初めまして、花戸小鳩。私はラン。こっちはファイだ」

「はじめまして~」

「あ、はい。初めまして!」

 

 直後、正面。突っ込んできた「人形の蹴り」を受け止める。

 

「いおりょぎさん!? 何やってるんですか、ダメです!」

「小鳩、早く離れろ! こ(・)い(・)つ(・)は(・)ヤ(・)ベ(・)ェ(・)!!」

「別に何をする気もないからそう警戒するな、異主(こととぬし)の御子」

 

 消音の陣を張っておいて正解だったな。

 

「そっちの……も、ヤベェがこっちの方がやべえ。……確かに今の一瞬でお前に害意が無いのは伝わった。だがな、お前がいることで奴が」

「ああ、神なら心配ない。天界が消退するリスクを考えれば、あの賢き王が私に手を出してくることはあり得ないし、少なくとも私の眼前でことを起こすことはあり得ない」

「ランちゃんランちゃん、そろそろ事情を説明してくれないかなー? このちっちゃい黒様のことも気になるけどー、そっちの子、今にも泣きそうだよ?」

 

 ……いやまぁ、悪戯心とはいえ、私だって驚いているんだ。

 花戸小鳩がケーキ屋で働いている。つまり、元ではない方の歴史を辿った、ということになる。

 だというのに彼女の中には水晶が見えるし、異主の息子から感じられる魔力は相当だ。混ざり合った世界と見るべきか、私がいることで、と見るべきか。

 

「いおりょぎさん……ダメです。暴力は……」

「すまないな、花戸小鳩。私と五百祇は、言ってしまえば旧知の仲。会えばこうして互いがどれほど強くなったのかを確かめ合うような仲だったんだ。大丈夫、五百祇の攻撃なんかで私は傷つかないし、私も今の五百祇を傷つけるつもりはない」

「誰が……。……いや、そう、そういうことだ。つーかそれよりどばと! 店長が心配してんぞ、早く行ってやれ。こっちは大丈夫だ」

「……もう、蹴ったりしませんか?」

「しねぇから、早く」

「……わかりました」

 

 るふるふとお店に戻っていく花戸小鳩。

 して――雰囲気は戻る。ほらみろ、嘘吐きは私だけじゃない。

 

「んー、状況を察するにー、その神ってのが君達を監視していて、今の子、こばとちゃん? にオレ達みたいなのが近づくと、あの子にかかってる契約が切れちゃう、みたいなことでいいのかなー?」

「ああ、だいたい合ってる。が、まぁ信用できない気持ちもわかる。花戸小鳩に何かあれば、お前の大好きな水晶も」

「馬鹿言え。……そうだから、ってだけで心配してんじゃねえよ、オレは」

 

 ああ、そうか。

 その段階まで来ているのか。なら、これは失言だな。

 

「うしゃぎさん」

 

 ──天より、白い花を持った御使いが現れる。

 つぶらな瞳の、見た目はうさぎの人形であるソレ。

 

 けれど。

 

「……ランちゃん。アレ、相当危険だね。呼び寄せる必要はあったのかな」

「あった。アレはまぁ、アレ自体にもそこそこの戦闘能力があるが、役割自体はメッセンジャーでしかない。神の意向と、こちらの意向。それを伝えるための。今呼びつけてすぐに出て来たということは、恐らく監視していたんだろう」

「オイ! 頼む、見逃してくれ! こいつらは一切関係」

「そう、私達は一切関係がない。ただ私達は、セカイに散らばる"願いを叶える力"を探す旅人でな。この世界……というか天界と地界、異界にそれぞれ一つずつソレがあるのを感知したからやってきただけだ。無論、探し物ではなかった、というのもわかったが」

「……」

「加えてあの少女が持つ小瓶も"そう"だろうが、アレからは羽根程の力を感じない。よって私達がこの世界ですることは何もない」

「……」

「何もないならすぐに帰れとは、中々狭量な神だな。別に構わないぞ。このまま私単身がそちらに乗り込んでも。この世界は安定しているからな、天界地界異界が消え去って、人間界だけが残ったとしても、世界が消退することはない」

「……」

「"滞在を許す。ただし三日の間だけ"……。いいだろう、契約成立だ。……そうだな、滞在するんだ。対価が欲しければ何かくれてやるが、どうする?」

「……」

「OK、人間界以外の世界に一切干渉しないことを約束する。以上だ」

 

 うしゃぎさんがくるりと回って消えていく。

 

 で。

 

「これで信じたか、異主の御子」

「その呼び方ヤメロ。……五百祇でいい」

「よくわかんないけど解決したのかなー?」

「ああ」

 

 五百祇に目を向ければ、彼も渋々ながらに納得してくれたようだった。

 ……一応言っておくけど、ここまで大事にするつもりは本当に無かったんだ。ただ元々行く予定の場所だったから、いいかな、と。

 

 

 

 その後、花戸小鳩のバイトが終わり、なし崩し的に彼女の住むアパートに間借りさせてもらう形となった。

 ちゃんと……というとおかしいけれど、間借りさせていただく間のお金は支払った。円。ミセで手に入れたモノだから、まぁ偽造じゃないだろう。

 

「旅をしているんですね、ランさんとファイさんとモコナさんは!」

「うん。いろんな世界(国)へ行って、いろんな世界(国)を繋げるためにねー。まぁ、こういうまだまだ開通の必要なさそうなところは繋げないんだけどー」

「そうなんですか……」

「いずれは繋げる可能性もある。神(ウエ)が保守派なのが今知れたからな。革新もいつかは必要となろう」

「そうなったら、皆さんとまた会えますね」

「そうなの! だからいろんな国で、いろんな人と仲良くなって、いろんな人にまたねを言うの!」

「……それは……とても、楽しそうですね」

 

 小瓶。

 半分どころか、数個しか溜まっていない金平糖。それは元に準じているのか。

 

 なら……彼女のネガイは。

 

「で? 三日の滞在を許されたって話だが、ここにお前らの探し物がねぇなら、三日間何するつもりだよ」

「こばとちゃんってー、あのケーキ屋さんでバイトしてるんだっけ? ならオレも手伝っちゃおうかなー」

「桜都国でのケーキ作り、案外楽しかったのか?」

「そんな感じ~。あの時は途中で終わっちゃったから余計にね」

「ケーキ、作ったことがあるんですか!?」

「あるよー。オレ、料理得意だから」

 

 ふむ。であれば。

 

「いつも通り私は食べ歩きでもするか」

「ラン、お金そんなにあるの? また作ってないー?」

「大丈夫だモコナ。ここで使われている貨幣はミセのある日本と同じだからな」

「……それ、大丈夫なのかなー。管理されたものなら」

「安心しろ、紙幣は使わない」

「法を犯す気満々じゃねぇかコイツ!!」

 

 紙幣はバレる。が、こんな簡素な街で食べ歩きをするくらい、五百円玉でなんとかなる。大体。

 最悪造幣局から……まぁそんなことはしないけど。

 

「あと、行きたい場所もあるしな」

「どこだ」

「くまのバームクーヘン屋」

「ッ……。小鳩、明日は一人で保育園とバイト行ってこい。オレはコイツを見張っておく」

「いおりょぎさん、喧嘩は」

「しねぇよ。もうしねぇ」

 

 うん、じゃあ決まりだ。

 

 藤本清和には……ま、縁があれば会えるだろう。

 会えなければ、そういうことだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 五百祇ぬいぐるみを肩に乗せ、認識錯誤の陣を一瞬だけ展開し、隔離された空間に侵入する。

 

「オイ、みだりに魔法使うんじゃねえ」

「流石に私の体躯じゃ電柱と壁の隙間は通れない。それに、天使もよくこうやって来ているのだろう。ああ元天使だが」

「……チッ。どこまで知ってやがるコイツ」

 

 いきなりメルヒェンな森になって、いきなりメルヒェンなお店が現れる。

 くまのバウームクーヘン屋。バウムクーヘンではないところがポイント。

 

「らっしゃーせー……って、オイ。……てめぇ、なんつーモンを引き込んでやがる」

「オレの意思じゃねえ。コイツがここに来るとか言い出すから、監視でついてきたんだ」

「玄琥、で合っているか、異界の貴族。五百祇の側仕え」

「……合っている、が。んなこと人間界の奴らが知ってるはずねぇし、お前人間でもねぇな」

「人間ではある。不死なだけだ」

「不死、ね。天使でも成し得ねえモンを……と言いたいところだが、その魔力を視れば納得だ」

 

 くまだ。

 くまがバウムクーヘンを焼いている。

 

 ううむ、メルヒェン。

 

「で、その不死がここに何しに来た」

「バウムクーヘンを買いに来た」

「……すまねえ、もう一度言ってくれるか」

「バームクーヘンを買いに来た」

「そこじゃねえよ」

 

 くまは──はぁ、とため息を吐く。

 

「ちょいと待ってろ。今焼いてる途中なんだ」

「ああ、待っているが、すまない。私には時間感覚というものが無くてな。ちょいと、も三日間、も一億年、も区別がつかない。まだ焼き上がっていないのに催促をしたりしたら、すまない。先に謝っておく」

「長命種は得てしてそうなるモンだが、限度があんだろ限度が」

「お前達だって十分長命種だろう。ならないか? 少し待っていて欲しい、と言われて、それが一分や二分のことなのか、百年や二百年のことなのかわからなくなる感覚」

「ならねぇよ! 一緒にすんな、化け物が過ぎんだろ!!」

 

 ……ならないか。

 ファイと壱原には、「少しだけわかる」と言われたんだが。

 

「まぁそんなこたどうでもいい。バームクーヘンを買いに来たってだけじゃないんだろ。良いから本題を話せ」

「いや、主目的はバウムクーヘンだが」

「いいから」

「……わかった。簡単に言えば、私ならお前達を呪縛から解放できる。花戸小鳩の中の水晶含めてな」

 

 一気に。

 一気に──店内の気温が下がる。殺気だ。

 

「契約したんじゃなかったのか、てめぇ。人間界以外には干渉しねぇんだろ」

「それを反故にして、私に何かデメリットがあるように見えるか?」

「……というより、そんなことは望んでいない。むしろ迷惑だ。やめてくれ」

「そうか。であれば私はやはりただの客だ」

「おう。藪蛇だったことは謝るよ」

 

 次第に、良い匂いがしてくる。

 評判良いからな。一度食べてみたかったんだ。あとできるなら花戸小鳩と琥珀の歌も聞きたい。

 

 とか考えていたからだろうか。

 背後、扉の方からカランコロンとチャイムが鳴った。

 

「……お邪魔、でしたか?」

「大丈夫だ。そいつはウチのバームクーヘン買いに来ただけの単なる化け物でな。この世界で何かをするつもりは無ぇってよ」

「ああ。ようやく手に入れたのだろうお前達の幸せを壊すつもりは無い」

「そうですか。……信じます」

 

 ほらみたことか。

 天使は純粋だ。きわめて純粋だ。

 中でも天使のタマゴを孵す役目を持つ天使とあらば、私の言葉に嘘が無いことを見抜けるだろう。

 

「では、プレーンのバームクーヘンと、季節のバームクーヘンを二個ずつお願いします」

「あいよ」

 

 

 

 して、焼き上がるバームクーヘン。

 可愛らしく包装されたそれを受け取る。

 

「あー……対価は何が良い? 金は使わないだろう、お前」

「そいや考えてなかったな。なんか持ってるか、珍しいモンとか、特別な技能とか」

「バッ、玄琥お前、ンなこと聞いたら!」

「まぁ、大体はできるし、持っているし、作れるぞ。錬金術にも精通しているからな、料理道具で何か困っているものがあれば、それを作る、でもいい」

「そりゃいい。ちょいとこの釜土がな、どうにも湿気を受けて、壊れちまいそうなんだ。修繕と、ちっとでいいから強化なんぞをしてくれたらありがてえ」

「わかった」

 

 厨房に入り、構造解析をする。

 ……成程。普通に経年劣化だな。経年、というほどの時間は経っていないはずなので、恐らくは元々どこかで使われていた……。

 まぁ、詮無きことか。

 

 レンガ内部の水気を取って、修繕と"回帰"を行い、その後防水加工の魔法を貼り付ける。

 

「……今なんか途中でやべぇ魔力が動かなかったか?」

「大丈夫だ。人間界以外には干渉しないと契約している」

「人間界なら何やってもいいってワケじゃねぇよ!!」

「……あの、私のお代は」

「ん? いつものでいいぞ」

「よろしいんですか? 私も……弱くなったとはいえ」

「いいっていいって。そうだ、天気も良いし、外にするか」

「はい」

 

 これは棚ぼた。

 私を警戒してだろう、銀生が一切近づいてこないのはまぁ仕方ないとして、それでも彼も彼女の歌を聞けるだろう。

 

 外に出て。

 

 ──聴く。

 

 あまりにも透き通った、その歌声を。

 

 

 うん。

 良いな、やっぱり。にしても、ここでは『あした来る日』なのか。やはりごちゃ混ぜだ。

 

「すまないな、天使……琥珀。私まで聞いてしまった。何か対価を払おう」

「そんな、構いません。私の歌はもう、ただの歌ですから」

「……なら、魔法ほどではないが、病魔撤退の符を渡そう。一度切りの効果だ、見逃せよ天界」

 

 流行り病程度なら、これが遠ざけてくれる。

 

「ありがとうございます」

「ああ。良い歌だった。……いつかまたこの世界に来ることがあったら、聞きにこよう。バームクーヘンを買うついでに」

「ついでかよ」

「仕方ないだろう。家に押しかけて歌ってくれ、なんて。その時の琇一郎に驚かれてしまう」

「……なんだお前、夢見か? 知り過ぎだろ」

「星見だ」

「ああ、納得した」

 

 その後、バームクーヘン屋のある空間を出る。

 バームクーヘンには今回食べる用はそれとして、食べないようは保存魔法をかけて、しまって。

 

「良かったのかよ」

「何が?」

「一日目であの店と琥珀に会っちまったんだ。この世界にゃ、それ以外不思議なモンはねぇぞ」

「何を言っている。最初から言っているだろう。私の主目的は食べ歩き。むしろバームクーヘン屋と天使と、気になるものを先に見に行ったに過ぎない。琥珀は本当の偶然だが」

「……まさかとは思うが」

「ああ。ここから退去までの三日間、この街にある全てのものを食い尽くす予定だ」

「……ああそうかい。……監視の必要も無さそうだ、オレは小鳩の元に帰る」

「そうか。送っていくぞ」

「やめろ。お前みたいなのが保育園に来てみろ、騒ぎに」

「ああ。だから簡易転移の陣だ。ではな」

「──馬っ、テメ、だからそう簡単に魔法使う──」

 

 大丈夫大丈夫。絶対に見つからない位置に跳ばしたから。

 

 ……いやしかし、本当に平和だな。

 前回の世界が鳥カゴの世界だっただけに、こう……晴れやかな気持ちになる。

 

 ──"それ、美味しそうね"

「……壱原。お前から願うのはアリなのか」

 ──"わたしは美味しそうと言っただけよ"

「そうか。……まぁそのつもりで二つ買ったんだ。次行くとき持っていく。対価、なんか用意しておけ」

 ──"ええ、楽しみにしているわ"

 

 簡単に魔法使うなっていうけどさ。

 これは不可抗力だよね?

 

 

 

 そうして、光陰矢の如し。すぐに三日が経った。

 今日の夜には退去だ。

 

「オレ、モコナと一緒にちょっとこの国を見てくるよー。それじゃ──こばとちゃんがランちゃんに話あるらしいからさ。聞いてあげて」

「ん、ああ」

 

 話? なんだろう。

 今日は保育園もケーキ屋も休日だから……アレか、私の話を聞きたい的な。

 

 にしても厳戒態勢だな。五百祇に加えて銀生と玄琥まで私を監視している。鳥はいない。

 

「それで、花戸小鳩。私に話とは?」

「……その、ランさん。……あなたは、傷ついています……よね」

 

 おっと。

 ああ、それか。というかそうか。

 

 いたな、特大(わたし)。確かに私を癒せば、小瓶は満杯どころか溢れ出る勢いとなるだろう。

 けれど。

 

「気付いてくれたのはありがたいが、すまない。お前では私は癒せない」

「う……」

「おいおい待て待て泣くな泣くな。……感受性が高すぎる。私の何を見たんだ」

 

 花戸小鳩は夢見じゃない。

 私の記憶なんか覗けないはずだ。唯一できることがあるとしたら、中にいる天使・水晶による読心くらい。

 それも私は防いでいる。精神障壁はモコナに見破られて以来何億倍にも増やしたから。

 

「……ランさんは。……大切に想えるようになりそうだったヒトも、そう思おうとしたヒトも……みんなみんな、亡くしていて……」

「馬鹿、入り込み過ぎだ。……一時的な夢見でもしたのか? なんにせよ、ダメだ。耐えられないぞ、花戸小鳩。私の孤独は人間が受け止め切れるものじゃない」

 

 兆を超える桁の孤独。

 その前にあった、ありとあらゆる人々との別れ。

 

 ダメだ、そこに触れちゃ。

 

 ……だから、少しばかり魔法を使う。

 当然集団で入ってくるぬいぐるみ二つと熊。

 

「てめぇ」

「眠らせただけだ。少し早いがお昼寝の時間だな。あと、記憶の一部に封を入れさせてもらった。如何なる手段か知らないが、この子は私の過去を見てしまったらしい。それは人間に耐えられるものではない」

「……ああ、そうか。それで小鳩は」

「そうだろうな。惹かれたのだろう。私を癒せば、恐らくそれだけで小瓶が埋まる。ある意味で契約が本能を縛った結果と言える。が、あまりにも強引すぎる。五百祇、この子……というか水晶に精神障壁の類はかけてあるのか?」

「使えねえよンなモン」

「……そうか。まぁ、癒そうと思ってくれたこと自体が良きことだ。対価として、ささやかばかりの精神障壁をかけておく。何かしらの悪意ある精神攻撃、あるいは不慮の事故から魂を守るものだ」

 

 かけた、その瞬間だった。

 

「っ、うしゃぎさん!?」

「なんだ、やり過ぎか? ……まぁ、そうか。それは認める」

「……」

「わかったわかった。ファイもモコナもそれには納得してくれるだろう。……すまないな、花戸小鳩。悲しい感情は、藤本清和に癒してもらってくれ」

 

 ──次元移動の陣を使う。

 

「行くのか」

「曰く、頼むから出て行ってくれ、だそうだ」

「ハ、神(アイツ)も──」

 

 何か皮肉を言おうとした五百祇を、玄琥がぶん殴って止める。

 

「狭量且つ臆病だ。いいぞ、言ってやれ。ただまぁ、仁心はある。それがわかる日は、もう少し先だろうが」

「……」

「ああわかったわかった。そうせっつくな、うしゃぎさん」

 

 余計なことは口にするなとお怒りだ。

 

 ……それでは。

 

「ありがとう。そして、さようなら、花戸小鳩。君のネガイが叶うことを祈っているよ」

 

 遠くにいるファイ、モコナを連れて──移動した。

 

 

 

 *

 

 

 

「あ! 侑子のミセだ!」

「いきなりの移動でびっくりしたけど、何かあったんだね」

「ああ。とびきりのがな」

 

 移動先はミセ。次元の魔女のミセ。

 私のせいで死にそびれた壱原侑子が今も経営しているこのミセは、相も変わらず不思議なモノ達がたくさん来ている様子。

 

「いらっしゃいま……ってなんだアンタか。侑子さんなら今奥でお酒飲んでるよ」

「扱いが雑過ぎないか、四月一日君尋」

「ファイさんとモコナはこっち。今丁度チョコ作ってたんだ。良かったら味見していって」

「わ~い。食べる食べる~」

「オレも~!」

 

 ……あの件の後も、度々このミセを訪れているけれど……回を増すにつれ、四月一日君尋の私への扱いは酷くなっていった。

 どうにも壱原から私の「噓吐きエピソード」が流されているらしく、会うたびに怪訝な顔をされる。

 加えて四月一日君尋の前でも何度か嘘を吐いているので、まぁ。まぁまぁ。

 

「そんなところに突っ立ってないで、早く入りなさいな」

「なんだ、奥で酒を飲んでいるんじゃなかったのか」

「飲んでるわよ~? だから、そのオツマミを、はやく寄越しなさいと言っているの。コレには甘いものが合うんだから」

 

 と、こんな具合で壱原侑子は健在も健在。

 存在も不安定じゃないし、むしろちょっとやそっとで彼女に傷をつけられる存在もいなくなった。

 

 それには私の存在が関係している。

 

 私の願いと対価は同一だ。「私という存在をいなかったことにする」代わりに、「私という存在を差し出す」。仮にその願いが果たされていれば、今頃私はミセにしまわれる品の一部になっていたことだろう。

 けれど、私はその願いを取り下げた。それでも取り下げただけだ。

 

 痕跡は残る。

 

 壱原侑子のミセには、「存在を無かったことにした誰か」を受け入れるための空席が空く。

 それは当然私と強くリンクしていて、だからこそその空席は「不死」の特徴を細やかながら引き継ぐ。

 

 ミセの倉庫。その奥にぽっかりと開いた「空間」は、疑似的な不死を得たのだ。

 そんなミセと繋がっている壱原侑子もまた疑似的な不死を得ている。といってもあくまで疑似。私がリンクを切ればその関係は終わる。

 今は切る必要がないから残しているだけ。

 

「ん。……ああ、アンタか」

「また雑だな」

「……今更どう反応しろと」

「いや良いけど」

 

 背後。何か予定があったのだろう、百目鬼静がいた。

 が、私をスルーしてミセに入っていきかけた。彼も私の「噓吐きエピソード」を聞いているらしい。

 

 ……しかし。

 

「高校卒業したのか。おめでとう」

「……何年前のことを祝ってるんだ?」

「ん、そんなに時間が経っているのか?」

「……もう大学も出てる。四月一日もだ」

「あー……すまないな、私は」

「時間感覚がないんだろう。何度も聞いた」

 

 うん。

 清浄な気の持ち主。二連続だ。

 良いな。……それだけに罪悪感が凄い。どうか彼女がきれいさっぱり忘れ去っていてくれることを願おう。

 

「あら百目鬼。良い所に来たわね」

「少し遅れた気でいたが……なるほど」

「ん? 私に何か関係のあるものでも運んでいたのか?」

「あると言えばある。間接的が過ぎるが」

 

 言って、百目鬼静はショルダーバッグからそれを出す。

 

 ……酒だな。白酒か。

 

「古藺県の酒だ。そこに限定する理由がわからなかったが、今わかった」

「ほー。……なんだ壱原、これが対価か」

「ええ、そう。だから早くバウムクーヘンを出しなさい」

 

 古藺県。中国四川の瀘州市にある県だ。

 そこの白酒といえば、結構高級な奴だな。

 

 しかも古いに藺だ。良い対価(あてつけ)だよ、まったく。

 

「百目鬼静。お前も飲むか?」

「いや、四月一日に用がある」

「そうか。ああそうだ、気分が良い。どうせだ、九軒ひまわりの体質も──」

「ラン」

「何度も言ったはずだ」

「……わかったわかった。そう睨むな」

 

 私なら解けるのに。

 なぜか、会わせてくれない。電話もさせてもらえない。

 

 そんなにかね。タマゴだって私が取って来たんだからいいじゃんかなぁ。

 

「嘘吐きは多少改善しても、デリカシーの無さはいつまで経っても治らないわねえ」

「侑子さんに言われたんだ。相当だな」

「ちょっと百目鬼? どういうこと?」

「そのままの意味だ」

 

 ……いやまぁ。

 ちょっとは気付いているよ。私にデリカシーが無いってことは。

 

 思ったことをそのまま口にする……というのがダメなのは、まぁ、まぁまぁ。

 

「三つ子の魂百まで、って奴だな!」

「ラーグ。私は百歳なんてとっくに超えているけれど」

「そういう意味じゃないことは、知ってるだろ」

「……知っている」

 

 持って生まれた性格は、生涯を終えるまで変わらない。

 なら、生涯を終えない者は、いつまで──。

 

「いいからバウムクーヘンを寄越しなさい」

「ああわかったわかった。……と、そうだ、百目鬼静。もう大学も出ているということは、結婚祝いだな。しかし五月七日姓の方が流石に綺麗でよくないか? 百目鬼小羽は文字面が」

「うるさい。いらない」

 

 ああ、行ってしまった。

 

 ……しかしまぁ、なんだ。

 此度に置いて、四月一日君尋は長命じゃない。関係性こそ失ったけれど、彼は一つの人間だ。私が飛王・リードの術をすり替えたから。

 だから、百目鬼静や五月七日小羽、九軒ひまわり達と同じように歳を取って、死んで行ける。

 

 ──祝福を。

 不死者から、定命の者達へ。

 

「おーさーけーとーおーつーまーみー」

 

 これは、諸々が片付いたらまた買いに行くことになりそうかな、バームクーヘン。

 その時は……そっちの全ても、解決していてくれ。




fin.
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