ヘイロー持ち男子アリウス脱走生に憑依した男、ばにたすに中指を立てる 作:シャケナベイベー
「……寝て起きたら路地裏とかあんまりでは?」
目を覚ましてからの第一声がそれなのはどうか許してほしい。見渡す限りゴミが散乱し、如何にもといった感じの路地裏で俺は一人倒れていた。
「いや、いやいやいや。俺ちゃんと家に居たよな? 大学のレポート書いてソシャゲにログインして、あんまりにも眠たかったからベッドで寝たはず……路地裏にいる経緯が予想出来ないんだけど!?」
記憶を掘り起こしても怪しい点は一つもない。さてどうしたものかと立ち上がろうとして───近くの水溜りに映った自分の姿に愕然とした。
「……は?」
黒い髪と目はまだいい。同じだし。なんかボロい服と今更になって気付いた縮んだ背丈。良くない……良くないが半裸とか全裸でない分まだマシ。
ではそれ以上に問題となるのはなにか?
答えは簡単。
「いやなんで?」
あまりにも非現実的なそれに思わず素っ頓狂な声を出してしまう。浮いている輪っかを触ろうとしてもすり抜けるし、かと言って落ちる様子もない。全く持って不思議な輪っかだが、どこか既視感があった。
「マジで何だっけな……絶対どっかで見た覚えがあ……ッ!?」
そんな風に考え込んでいると、突然激しい頭痛が襲い掛かり、声を出す事も出来ずにその場に蹲る。そんな激痛に苛まれる中で頭にいくつもの単語が湯水のように浮かんできた。
『キヴォトス』
『ヘイロー』
『アリウス分校』
『ゲヘナとトリニティ』
『アツコ、サオリ、ミサキ、ヒヨリ、アズサ』
『ベアトリーチェ』
『Vanitas vanitatum,et omnia vanitas』
「これは……もしかして、
そこまでが限界だった。崩れるように俺の体は地面に打ち付けられ、意識が暗い底へと沈んでいく。
「あ、あの! 大丈夫ですか!?」
最後に、そんな声が聞こえたような気がした。
「……これは……」
気付けば俺は見知らぬ場所に立っていた。いや、路地裏も充分訳が分からないがそれでも不可解だった。
体を見回し、姿が元の自分に戻っていることに驚くが、不思議と「これは夢だ」という認識があった。
周りを見渡せば、そこはまるでスラム街だった。廃墟同然の家に地面には夥しい数の銃弾が転がり、それによるものか穴も空いている。
「夢にしてはリアルすぎるよな……」
そんな事を呟きながらも街を歩いていく。人の気配は無く、どんよりとした空模様も相まって余計に陰鬱とした雰囲気が醸し出されていた。
しばらく歩いていると子供特有の高い声と共に銃声が響く。それがどうも気に掛かり、俺はその方向に足を向けた。
『サオリ、来てるぞ!』
『分かっている!』
「あの子達は……」
俺の目に飛び込んできたのは、二人の少年少女がガスマスクを着けた子供達に銃を向けている姿だった。少女の方は帽子を被った黒髪に青い目。少年の方は幼くなってはいるが水たまりに映った少年そのものだった。
そして少年が少女の名前を読んだ瞬間、疑念が確信に変わった。
「やっぱり、
ブルーアーカイブ。通称ブルアカ。俺が遊んでいるスマホのゲームの名前を呟く。少年はともかく、少女の事を俺は知っている。ゲームにも出てきたからだ。
『錠前サオリ』。アリウス分校、アリウススクワッドのリーダーにして全ては虚しいと口にする少女。
同時にもう一つ分かったことがある。
「これは
「……あぁ。これがオレの記憶。馬鹿な男の全部だ」
景色がぐにゃりと歪み、辺り一面が真っ白な空間に変わる。
そして俺の横にいつの間にか一人の少年が立っていた。
「初めましてだな。オレは神依ミライ。アリウス分校所属だった」
「……驚いた。名字は違うけど名前は同じなんだな」
「ホントか? それは偶然だな」
目の前の少年はそう言って愉快そうに笑う。それがアリウス自治区で過ごした少年が見せた笑みだということに俺は驚愕した。
「意外か? 全ては虚しいと信じるアリウスの人間がこんな風に笑うのが」
「……いいや。そうやって笑えていることは決して可笑しいことじゃない。だけど少し意外だった。さっきの記憶のお前は沈んだ目をしていたからさ」
「全てが虚しくても、希望が無いわけじゃないからな」
その通りだなと薄く笑う。彼は──ミライは希望を捨てていないのだ。
「……アンタはオレ達を、いや。キヴォトスの事を知ってるんだろ? ゲームっていう形で」
「……マジか、知ってるのか?」
「アンタがオレの中に入ってきたときに記憶としてな。……その反応からすると、オレは居ないみたいだな」
「一発で見抜くか……それにお前の中に入ったってことは憑依した形になるのか」
「内戦を経験してればそれくらいは分かるんだよ」
ミライは自嘲気味に笑い、頬を掻く。とても子どもとは思えないほど大人びた態度に苦虫を噛み潰したような顔しか出来なかった。
「おい、なんでそんな顔になるんだよ?」
「……お前の言う通り、俺はこの世界をゲームとして知っている。だけどお前達にとっては現実だ。そんな人達からすればその人生をゲームとして鑑賞されたっていうのは面白くないだろう?」
「あーそういう……気にするなよ。確かに驚いたけどそんな思い詰める必要はないって」
ミライが手を振り、気にするなと伝えてくる。どうやら本当に気にしていないようだ。
「一つ聞きたいんだが、アンタが見てきた中であいつ等は……アリウスの皆はどうなった?」
「スクワッドの皆は自分の道を歩いてるよ。他の生徒は分からない。けど、アリウスを支配していたベアトリーチェは倒された」
「へぇ。あの女倒されるのか。そりゃ良いな!」
「聞いてもいいか? ……なんで、お前は自治区の外に?」
ベアトリーチェが心底気に食わないのか清々したと語るミライにそんな疑問をぶつける。すると、ミライは悲しげな顔になり「あー……」と言葉に詰まっているようだった。
「言いにくいなら言わなくて大丈夫だぞ?」
「いや。そうだな、伝えるよ───オレはさ、逃げ出したんだ。
……もう十年ほど前になるかな。内戦ばっかだったアリウス自治区にベアトリーチェがやって来て内戦を終わらせた。その時はアイツのことが神様か何かのように見えた。内戦が終わっても心の傷が癒えないやつは多かったからオレはそんな奴らに構ってたりしてた。で、そんなある日にベアトリーチェからオレに呼び出しが掛かった。
その時は男でヘイロー持ちだから呼ばれたのかと思ったけど……実際はそうじゃなかった。『ロイヤルブラッド──秤アツコの護衛をしろ』……それがオレに下された任務だった。オレは命じられた通りにアツコの護衛に徹したよ。当時は内戦が終わったばかりなこともあって血気盛んな奴らが多かったからな」
ポツリポツリとミライは語っていく。懐かしい過去を振り返るような顔をしていたが、その目は剣呑さも併せ持っていた。
「そうしてアツコの護衛役になってしばらく。アツコが誰かと会ってるらしいことに気付いた。それがサオリたちだった。で、サオリたちがアツコを連れて行こうってんでオレも同行した。サオリたちからは不審がられたけどアツコが口添えをしてくれたみたいでそこは何とかなった」
「……ベアトリーチェは何も言わなかったのか?」
「もちろん言ってきたさ。『大した問題ではないが彼女らに取り入り、有用な駒として献上しろ』ってな。その瞬間に悟ったよ、コイツはいつか殺さなきゃならないって」
彼を信頼するベアトリーチェを馬鹿にすればいいのか、それともベアトリーチェにそこまで悟らせなかったミライを称賛すればいいのか判断に困るな……。
「で。その後はサオリたちと過ごしながらあのクソ女に反逆する機会を窺ってた……それで三ヶ月前に決行したんだがそこでドジって任務失敗、他の連中から追い回されてなんとか自治区を抜け出したんだよ」
「そういう経緯だったのか……なんて言うか、お前も随分思い切ったことをするんだな」
「アイツの小間使いになるのは勘弁だったからな──まぁ失敗して追われる羽目になったけど」
やらかしたな〜と頭を抱えるミライ。それにどう言葉を掛けるべきか迷っていると、復帰したミライが俺の目の前に寄ってきた。
「それで、アンタに頼みたいことがあるんだ」
「……頼み?」
「あぁ。俺の代わりにこの物語を見届けてほしい」
「え、いや……ちょ、頭を上げてくれって!」
ミライがバッと頭を下げる。それに困惑しながらも、なんとかミライの頭を上げる。俺も、何故彼がいきなりこんな事を言うのか理解が追いついていなかった。
「見届けてくれって言われても、お前はここにいるだろ? それに体はお前の物だし俺が使う訳にも……」
「……オレはどの道長くない。本来ならあそこでくたばってた身だ。けど、どついう訳かアンタがオレの体に憑依してくれたお陰で体を動かせるようになった。……無責任だって分かってる。訳分かんないままこんな事を頼むなんて間違ってるって。けど、どうかお願いだ……消えるオレの代わりにあいつ等を……アツコ達を護ってくれ……!」
「……ミライ……」
彼は必死だった、必死で仲間のことを想っていた。戦争を経験した子供が誰かのために頭を下げている──なら、その気持ちに応えてやらないと。託された者として、代わりに。
「……分かった。引き受けるよ」
「! ホントか!?」
「そこまで頭下げられちゃ応えないわけにはいかないからな。後は任せてくれ」
「ッ、ありがとう、ありがとう……!」
涙を流し、感謝を述べるミライ。まだ未来ある子供がこんな決断をしなければならないほど残酷な世界に、ほんの少し嫌味を言いたくなる。
「……なぁミライ。お前は逃げ出したって言うけどさ、こうやって誰かのために泣くことが出来るなら、よっぽど立派だと思うよ」
「そう、なのか……? よく分かんないな」
「あぁ。たとえ他の誰に何と言われようと俺は君を肯定する。君がすっごく優しい奴だってさ」
「……そっか。あぁ、それは───嬉しいな」
真っ白な空間がパラパラと音を立てて崩れていく。多分、目覚めが近いのだろう。俺は最後にミライの目を見る。その目は死への恐怖など無く、ただ純粋に希望を見るような輝きを宿していた。
「じゃあ、後は任せたぜ『俺』」
「あぁ。お疲れ様、後は任せろよ『オレ』」
お互いの突き出された拳がコツンと音を立ててぶつかると、空間が完全に崩壊した。
さぁ、目覚めの時間だ。
「……んん、んん〜……!」
深い眠りから覚めた感覚が襲ってくる。まだ寝ていたいという欲求を抑え、体を起こす。
目をこすり、顔を左右に動かす。
「……ここどこ?」
真っ白なカーテンにこれまた白いベッドに俺は寝かされていたようだ。病院かと思ったが、鏡や本棚等が置かれているのを見るに誰かの部屋のようだ。
そして、俺は今自分が置かれている状況を理解した。
「そっか……任されたぜミライ」
胸に手を当て、この体の持ち主だった神依ミライに告げる。そしてベッドから抜け出すと、床に黒いバッグが置かれているのが見えた。ミライの記憶からして、この中には学生証やらなんやらが入っているのだろう。
その時、ガチャリと音がしてドアノブが回る。そちらに目を向けると一人の少女が部屋に入ってくるところだった。
「あ、良かった〜……! 目が覚めたんですね!」
「え? あ、あぁどうも……?」
薄い水色にピンクのインナーカラーの膝辺りまである髪で片目を隠したその少女のホッとした顔を見て、どうやら倒れた俺を運んでくれた子らしいと悟るも何かその顔に既視感のようなものを覚えた。
「そうだ、そろそろ食事の用意が出来るんですが食欲などはありますか?」
「ん、まぁそれな『グゥ~〜!』……訂正、結構あるみたいだ」
「ふふ、分かりました。それじゃ行きましょう」
そう言って少女が部屋から出るために踵を返す。俺も後に続こうとして、突然その名前を思い出した。
「……連邦生徒会長?」
グルリ、と凄まじい速さで少女が振り向く。その目は驚愕に見開かれ、唇をワナワナと震わせていた。
そして瞬時に俺との距離を詰めるとズイと顔を目と鼻の先にまで近付けてきた。
「やっぱり、貴方は
「……へ?」
その言葉と共に少女の目がキラキラと輝く。当の俺はその言葉にただただ困惑するしかなかった。