ヘイロー持ち男子アリウス脱走生に憑依した男、ばにたすに中指を立てる 作:シャケナベイベー
「そろそろ姿を消そうかと思うんですよ」
とある広々とした部屋。そこでチェスに興じる二人の人物のうち、水色の髪を伸ばした少女が対戦相手でもある少年へと事もなげに言い放つ。
そんな世間話でもするかのように放たれた失踪発言に、少年はと言えば驚くでもなく「オーケー。てことはそろそろか」と軽く流した。
「あれから二年経ったのか……早いもんだな」
「はい。貴方の事も沢山耳にしますよ? 『観測者』さん」
「茶化すな」
そっぽを向く少年を見た少女はクスクスと笑う。この二人───神依ミライと連邦生徒会長にとってはいつものやり取りだった。
そして少年───ミライはこれまでの二年間に思いを馳せた。
(色々あったよなぁ……柴関ラーメン食べるためにアビドスに行ったら危うく『小鳥遊ホシノ』と戦闘になりかけたり、悪徳業者をいくつも潰したり、なんやかんやで『便利屋68』と共闘したり───他にも沢山あったなぁ)
たった二年とはいえ、中々にハードな日々だったと遠い目をするミライを連邦生徒会長はにこやかに眺めていたが、何か思い出したのか「あっ!」と声を上げるとミライの肩をチョンチョンと突く。
「ミライ君ミライ君」
「ん?」
「そういえばミライ君って仕事をしてるときはヘイローが無いって聞いたんですけど……」
「そうだな。それがどうかしたか?」
「どうしてわざわざそんな事を? そんな回りくどい方法を取る必要は無いと思うんだけど……」
「あぁその事か」
そういえば話したことは無かったかと今更ながらに思い出す。この前、目の前の少女が『FOX小隊』を引き連れて『災厄の狐』を捕縛しに来た際、小隊が何を勘違いしたのかミライも捕らえようとしたことがあったがその時は連邦生徒会長が仲裁してくれたことで騒ぎになる事はなかった。
ミライが仕事の現場で会長と顔を合わせたのはあの一度だけだったが自分の事は噂やらで聞いているだろうし、わざわざ確認する必要も無いのではないかと考えたものの、説明しておくほうが良いかと改めて少女に向き直る。
「簡単に言えば、『観測者』の噂を聞いてアリウスの誰かがやってきたとしてヘイローから正体に辿り着かれる可能性を排除しておきたかったんだ。ヘイローから個人を特定なんて早々無いだろうが、まぁ念の為にな」
「そういう事だったんですね。しかしどうやってそんな事を?」
「
「セミナーの会長さんに依頼したんですか!?」
会長が驚きと共にミライを見つめる。ミライはそのあまりの驚きように「まぁそんな反応になるよな……」と苦笑しながらも頷いた。
「ちょっとした交換条件を提示してな。彼女にとって旨味のある物だったから承諾してもらえたよ」
「そうだったんですか……けど、良く調月リオさんの居場所が分かりましたね?」
「そこはまぁ……色々頑張ったからな」
感心したように呟く会長とは対象的にミライは目を逸らしながら返す。それに何かを感じ取ったのか会長がズイッと身を乗り出す。
「何かやましい事でもあるんですか?」
「……いや別に?」
目を細め問い質す会長からミライは露骨に顔を背ける。しかしそれ以上問い詰めることはせず、会長は大人しく姿勢を戻した。
「……まぁこれ以上は聞かないよ。ミライ君の事だから必要だったんだろうし」
「そうしてくれると有り難い」
追求されなかった事にミライはホッと息を吐く。そして、話し込んでいる途中でほったらかしになっていたチェスを再開する。
静寂に包まれる部屋の中でチェスの駒を動かす音だけが響く。やがて会長のポーンの駒がミライのキングの駒の目の前に置かれた。
「チェックメイト、ですね」
「負けたァァァ!!」
微笑を浮かべる会長と反対にミライは絶叫を上げる。チェスの腕には自信があっただけに負けた悔しさもひとしおだった。机に突っ伏しながら呻き声を上げるミライに会長は彼の肩を優しく叩く。
「でも惜しかったよ? 私、あとちょっとで負けるかと思ったくらい」
「余計惨めになるぅ……」
「あ、あはは……」
慰めも逆効果だったようでさしもの会長も苦笑いを溢す。しかし、落ち込んでいたのも短時間でミライは起き上がった。
「負けは負けだ。クヨクヨしたってしょうがないか……」
「そう言ってもらえると嬉しいかな?」
「これでお前の勝ち越しかぁ……最後くらい勝っときたかったんだがな」
「ふふふ、またいつか相手になりますよ」
そこまで言ったところで会長は口を閉ざす。そして真剣な目でミライを見据え、改めて口を開いた。
「それじゃあ───先生のこと、キヴォトスのことをお願いしますね。神依ミライ君」
「任されたよ。連邦生徒会長」
そうして二人は握手を交わし、これからの物語に思いを馳せた。
次の日、連邦生徒会長が姿を消すこととなる。
連邦生徒会長が姿を消して数日。この事実は世間に公にされることこそされていないものの、密やかに噂となって広まっていた。
会長失踪により混乱に陥った連邦生徒会は他の学園の手助けに向かうことが出来ず、何より「サンクトゥムタワー」の制御権を持つ人物が消えたことでまともに機能できなくなっていた。
「そこで、連邦生徒会長がとある部活の顧問に推薦したという大人に賭けることにした───だったかな? 博打も博打。崖っぷちもいいとこだよホント」
物語の大まかな流れを口にしたミライは椅子に座りながら天を仰ぐ。
せめて引き継ぎはしておくべきではないかとそれとなく伝えてみた事があるが、「私が余計な手を加えてしまえば大きな歪みになるから」と哀しげに返されては強く言えなかった。
加えてミライ自身も会長が失踪したことで治安が悪化したキヴォトスで舞い込む依頼によってここ最近働き詰めだった。連邦生徒会を気に掛ける事が物理的に難しかったのである。
「ったく……せめていつ頃呼ぶ予定なのか聞いとくべきだっ───ん?」
ふと、ポケットに仕舞ってある携帯が着信音を鳴らす。画面には今まさに思考の要因となっていた人物の名前が掲載されていた。
「もしもし?」
『……依頼です、『観測者』』
電話の向こうから聞こえてきたのは女性の声。鋭く、しかしどこか疲れを感じさせるこの声の主をミライは良く知っていた。
「お前が俺に依頼とは珍しいこともあるもんだな『リン』」
『今回の依頼は貴方にしか頼めませんので』
声の主───連邦生徒会長失踪に基づき生徒会長『代行』となった少女『七神リン』はミライのおちょくるような声を無視して淡々と告げる。
いつもならミライの態度に苦言を呈するだろう彼女がそれを行わないことで彼女の心労を察知したミライも気持ちを切り替えて会話を行うことにした。
「その様子だとかなり切羽詰まってるみたいだな。アイツの超人度合いについては良く知ってるし、代行とはいえある程度回せてるだけでも流石と言えるがな」
『世辞は入りません。ともかく、一度D.U.地区に来られますか? 連邦生徒会長の失踪に伴い、矯正局から『狐坂ワカモ』が脱獄しまして、その対処をお願いしたいのですが……』
(ワカモが脱獄したってことは『先生』が来たってことか……)
リンの証言を聞き、ミライは物語が始まったのだと悟る。そしてリンのお願いを了承して電話を切ると、スマホに送られた座標に向けて出発した。
(さて。D.U.に来た訳だがワカモの奴は何処に……居たな。近くに四人の生徒と大人の男性を確認。ちょうどチュートリアルってところか)
D.U.地区のとあるビルの屋上から辺りを探っていたミライは外郭地区のとある場所で目的の人物たちを発見する。
狐坂ワカモに『早瀬ユウカ』、『火宮チナツ』、『羽川ハスミ』、『守月スズミ』の少女五人に加えて一人、このキヴォトスでは異質の人型の大人の男性。あの男性こそが『先生』なのだろうと当たりをつけたミライはビルからビルへと飛び移り、早速彼らの下へと向かう。
途中で同じ方向へ向かうリンを見掛けたが、それを後回しにして一直線に駆ける。
「フフフ、それでは私はこの辺で」
先生の指揮の下、戦車やら不良やらを相手取っていたユウカ達を尻目にワカモがその場から離れようとする。
それを見たミライが全力で踏み込み、ワカモに向かって跳躍する。戦車から飛び退き、立ち去ろうとしていたワカモの横腹にミライの鋭い蹴りが突き刺さった。
「ぐっ……!?」
完全に意識外からの攻撃に呻き声を上げながらワカモが吹っ飛び近くの建物に激突する。
その突然の行動に、不良たちと戦車を叩きのめした先生達は驚愕を顕にし、唯一追い付いたリンだけが安堵したような笑みを浮かべていた。
「え、え? 何? 何が起こったの?」
「……!」
「彼はもしや……」
「貴女の要請ですか? 首席行政官」
「はい。皆さんにお願いしたのはあくまで『シャーレ』の部室の奪還です。ワカモとの戦闘については彼に任せようと判断しました」
生徒達と合流したリンがそれぞれ呟く中で、先生だけは何のことか分からないのか黒コートに仮面を被った人物のことを不思議そうに眺めている。そしてそんな先生の様子に気付いたユウカがやって来た人物について説明することにした。
「先生はキヴォトスの外から来られた方ですから知らないのも無理はありませんね。あの黒コートの彼は『観測者』と言ってそれなりに有名な人です。ヘイローを持っていないのに私達とそう変わらない耐久性や高い戦闘能力、性別も本名も何処の所属かも不明の謎の多い人物ですが信用は出来る人───というのが主な見解です」
「えっと……じゃあ彼は味方ってことでいいのかな?」
「それについては彼を呼んだ代行が何か知ってるはず───代行! そこのところどうなの?」
「彼には元々、先生がやってきたらそのサポートを任せるようにと生徒会長が言っていました。ですので私は彼を信用も信頼も出来る人物だと判断しています」
なるほど、それなら問題は無さそうだと先生は判断する。キヴォトスにやって来て数時間しか経っていないが、『先生』として生徒の言う事は信じてみようと改めて決意した。
「アイタタタ……まったく、誰かと思えば貴方でしたか『観測者』さん」
「よう狐。矯正局にぶち込まれたってのにまだ懲りてないのかよ」
「私にはワカモという名前がありますので、そちらで呼んでいただけると有り難いと何度言ったら分かってくれるのでしょうね?」
「破壊と殺戮が趣味のお前にそんな常識を問われる日が来るとはな」
表面上は穏やかに会話をする二人(と言っても二人ともが仮面で顔を隠しているため表情は分からないが)だが互いに銃口を向けながらの会話であるため穏やかからは程遠いのが現状である。
「あら。乙女に対しての礼儀がなっていないのはそちらも同じではなくて?」
「痛いところを突く奴め」
「うふふ……貴方とやり合うのもそれはそれで一興ですが、今回の私の目的はそれではありませんので失礼いたします」
「逃がすと思うか?」
「えぇ、全力で」
ミライがワカモ目掛けて駆け出すのと同時、ワカモは懐から手榴弾を数個放り投げて起爆する。必然、ミライは回避行動を余儀無くされ、その間にワカモは姿をくらませた。
「してやられた、か……悪いリン。取り逃がした」
「構いません。今回の目的はこちらの先生をシャーレに送り届けるのが目的でしたので」
「そう言って貰えると助かる───で」
リンと会話していたミライの目が先生に向く。自分が見られていることに気付いた先生は一歩踏み出して彼に手を差し出した。
「えっと、初めまして。私はシャーレの先生だよ」
「わざわざご丁寧にどうも。俺は『観測者』。そこの生徒たちから聞いてると思うがこれから貴方のサポートをすることになっている。キヴォトスへようこそ」
差し出された手をミライは微笑を浮かべながら握り返す。
観測者と奇跡の担い手。二つのイレギュラーが出会った瞬間だった。
これにてプロローグは終了で、次回から対策委員会編に突入します。