ヘイロー持ち男子アリウス脱走生に憑依した男、ばにたすに中指を立てる 作:シャケナベイベー
さて、今回は“奴”との出会いです。時系列的にセリカ救出から最初の定例会議までの間の出来事になります
コツ…コツ…と硬い床を歩く音が響く。その音を響かせている張本人である黒コートに仮面を付けた男──『観測者』はやがて廊下の先にある一つの扉を開いてその中に入る。
「クックックッ……お待ちしておりました『観測者』さん。こうしてお会いするのは初めましてでしょうか?」
その部屋には既に先客がいた。いや、先客というよりは元々の主と言うべきだろう。
黒スーツに身を包み、顔はまるでひび割れたかのような模様が走り、そこから煙のようなものも出ている。普通の人間とはとても呼べない容姿をしたその男に、『観測者』が仮面の下で顔をしかめる。
「呼び出されたんで来てやったぞ。お前がどうやって俺の番号を知ったのかは聞かないがな」
「それは有り難いですね。尤も私はここに来て欲しいと座標を送っただけなのですが」
暗に『お人好し』だと言われたような気がして、『観測者』の眉間に皺が寄る。
「そう言えば自己紹介をしておりませんでしたね。私の名前は……『黒服』とでも。これが気に入っておりましてね」
「そうか。俺は『観測者』。何でも屋で今はちょっとした依頼の最中だ」
「クックック……あくまで本名は明かさないのですね?」
「……なんだと?」
黒服の含みのある言い方に僅かに身構える。目の前の男の言い方───それはまるでこちらの事を良く知っているかのような。
「では私から───初めまして『神依ミライ』さん。マダムのお気に入りだったという貴方とは一度お話してみたかったのです」
「……ッ!」
『観測者』は即座に懐からハンドガンを取り出し、黒服に突きつける。しかしその頭の中は驚愕で埋め尽くされていた。
(どうやって俺の素性を知った? いや、コイツも『ゲマトリア』である以上、ベアトリーチェからミライの事を聞いていてもおかしくは無いが今の俺とどうやって結び付けた……!?)
驚き、困惑、恐怖───様々な感情が内側を満たす中でありながらも『観測者』は銃の標準をしっかりと黒服の眉間へと定めていた。
「おや? やはり驚かせてしまいましたか。申し訳ありません、私としたことがかなり興奮しているようで」
「……何が目的だ」
「クックックッ……そう急かさないでください。何も脅かそうとしているわけではないのですから」
「信用できるか」
銃を突きつけられて尚も余裕の表情を崩さない黒服に『観測者』は舌打ちしそうになるのを何とかこらえる。
そもそもアビドスにやって来た時点で黒服と接触するだろう事態は想定していたことだ。
しかし、それがまさか直接黒服から呼び出された上、当然のようにこの体の本名を口にしたのだ。
「貴方の名前を口にしたことは何も難しいことではありません。先程もお話ししましたがマダムから貴方のことを聞いていただけです」
「あの女が名前を言ったことなんて別に良い。問題はお前がどうやって今の俺とかつての『神依ミライ』を結び付けることが出来たのか──それを訊かせてもらうぞ」
「クックックッ……その口振りからして神依ミライさんご本人であると認めるのですね?」
「……チッ」
黒服に詰め寄る『観測者』だったが、迂闊にも黒服の煽りに乗ってしまい舌打ちを溢す。
やはり冷静さを欠いているなと一度深呼吸して心を落ち着かせる。
「失礼しました。何故貴方の正体を見破れたのかの説明でしたね───確かに今の貴方は仮面もしていてヘイローも見当たらず、一見して
「それならなんでお前は見破れた?」
「二年前、貴方がアビドスを訪れた時に一度だけ、貴方の素顔を拝見したことがありましてね。その時はオートマタのカメラ越しに確認しただけでしたが、先日のオートマタとの戦闘を確認したことで確信したのですよ」
なるほど、要は昔の自分の不注意が原因だと理解した『観測者』は顔を覆った。
昔にアビドスを訪れた時も確かに黒服を警戒して出来る限り仮面を取らずに行動していたが、それこそ人目のないような場所では外すことが数回あった。恐らくその時に黒服に目をつけられたのだろう。過去の自分の迂闊さにため息が出そうになるが、先程の黒服の発言から聞き出さねばならないことが出来た。
「俺の正体を知っているのはお前だけか?」
「クックックッ……ご安心を。この事は私以外には露見していません。マダムも気付いてはいないでしょう」
率直に言えば信用ならない。黒服が興味を持つ対象以外はどのように扱うのかを『観測者』は理解していないからだ。
黒服とベアトリーチェの関係は、他のゲマトリアのメンバーと比べてもほんの僅かに好意的と言える。もちろんそれがビジネスライクの関係ならばそれまでだが、少なくとも発見した『観測者』の存在をベアトリーチェに報告していないと断言できる要素が乏しい。
「貴方が神依ミライさん本人であること、そして貴方が
「……もう驚かんぞ」
『観測者』が別世界の存在であることに気付いていたらしい黒服に、当の『観測者』はもはや怖れを通り越して感嘆すら覚える。
「クックックッ……しかしこうして貴方とお話しできたこと、大変喜ばしい限りです」
「そうかよ……まぁ、俺としてもいずれアンタらとは会っとかないといけないだろうと思ってたしな」
「ふむ? 驚きですね。貴方は我々と接触するのを避けているものと考えていましたが」
「今の段階で俺からアクションを起こす気が無かったってだけでお前からの呼び出しならこっちとしても都合が良いってだけだ」
その言葉に黒服は顎に手をやり考え込む仕草をする。『観測者』の言葉を素直に受け取るなら彼もこちらと対面することを望んでいたということになる。しかし、彼はベアトリーチェの動向を気にしているらしいことも分かっているため、尚更にベアトリーチェの同僚である自分に接触しようと考えていた意図が理解出来ない。
「そうですか。では『観測者』さん、ここは一つ私と『契約』を結びませんか?」
ならば好都合。この状況を利用させてもらおうと黒服は大胆な一手に出る。
そして契約を持ち掛けられた『観測者』は仮面の下で黒服の行動を訝しむように目を細めた。
「……『契約』だと?」
「はい。お気付きかと思いますが、私は貴方に大変興味を抱いています。かつてマダムの手足であった貴方の神秘は、いまや異邦者である貴方が内に宿ったことでまさに『反転』している状態になっているのです」
「反転……つまり『恐怖』に裏返ったってことか?」
反転というキーワードに『観測者』は自分の知る中で神秘の裏側を指す単語を口にする。
「まさかそこも知り得ていたとは……いえ、
しかし、黒服はそれを否定する。『恐怖』ではないと。だが確かにその『神秘』は『反転』しているのだと。
「そして私は、そんな今の貴方の神秘を研究したいのです。反転した神秘───しかし我々の知る『恐怖』ではなく、まったく未知の物へと形を変えた───言葉通りの『神秘』に!」
体をくの字に曲げ、その顔を『観測者』の目と鼻の先まで近付けた黒服が興奮を抑えられないとばかりに声を張る。
その姿はまるで好奇心を抑えられない子供のようでもあり、やはり解き明かすことを本題とする研究者のようでもあった。
「顔が近い。さっさとどけろ」
「おっと……クククッ、これは失礼を」
嫌そうに顔を逸らし掌を突き出す『観測者』に黒服は変わらず愉快げに笑いながら椅子に座り直すと、改めて『観測者』を見つめる。
「話が逸れましたが、これが私が提示する内容です。貴方の『神秘』を研究させてほしい───しかし無償でとはいかないでしょうから、その対価として支払える物ならば提案してくださって構いません」
「等価交換ってことか───良いだろう、乗ってやる」
「クックックッ……ご決断、感謝します」
提示された契約内容に頷く『観測者』に黒服は笑みを浮かべる。やがて考えが纏まったのか「俺の提案を訊いてもらおう」と『観測者』が俯かせていた顔を上げた。
「分かりました。お訊きしましょう」
「お前が知り得ている俺の情報を、今後一切誰にも漏らすな。無論ここでの会話も含めて」
「他の者と接触すればいずれ知られてしまう事ですよ?」
そう、黒服の言う通り、どこかで『観測者』が仮面を外す機会があり、尚且つそれを神依ミライを知る者が見てしまえば正体が露見するだろう。だが、少なくともその心配はないだろうと彼は確信していた。
「神依ミライ本人を知っているのはお前を除けばアリウス分校の子達とベアトリーチェだけだ。アリウスはまだしばらく動かないだろうし、ベアトリーチェの方は俺が完全に死んだと思ってるんだろう? なら今後露見するリスクがあるのはお前の口からあの女に伝わることだ。それを避ければ少なくとも目的の時間までは稼げる」
「目的の時間……?」
「そこまで明かす気はない。俺には俺の目的があるってことだけだ」
「そうですか……では、これにて『契約』の成立とします」
黒服が懐から一枚の書類を取り出してそこに自分の名前と判子を押す。そして『観測者』にも差し出すと、それを受け取った彼が「あぁ、あともう一つ」と書類にサインしつつ口にした。
「……まだ何か?」
「そう怪訝そうな顔をするなよ。別に『契約』に関することじゃないし、むしろ警告か?」
サインし終えた書類が黒服に回収されたことを確認した『観測者』は仮面を外し、ステルスシステムも解除したうえでその素顔と群青色に輝くヘイローを晒すと黒服に向けて口を開いた。
「まぁお前にはあまり関係無い話だが───アリウスに何かしてみろ必ず破滅させてやる……!!」
「……ッ、ッ!! ク、クククッ……!! なるほど、これは敵に回したくないものです」
『観測者』から発せられるあまりの圧にさしもの黒服も身を震わせる。恐らくそれは自分に向けての言葉ではないのだろうと理解してなおこれなのだから、もし『彼女』を前にしたらこの少年はどれほどの怒りを見せるのだろうとほんの僅かに興味がそそられた。
「それで? 神秘の研究はいつやるんだ?」
「……それについてはまた後日、日時が決まり次第お知らせしますよ」
「そうか。なら、もうここに用はないな」
訊きたいことを訊き終えた『観測者』はクルリと踵を返し、ドアの方に向かう。その背を見つめながら、黒服は自分の取るべき行動について今一度考えることにした。
そして黒服のいるビルから外に出た『観測者』のスマホが着信音を鳴らす。画面を見れば、そこには『奥空アヤネ』と表示されていた。
「もしもしアヤネか? どうした」
『あ、おはようございます『観測者』さん。そろそろ先生や『観測者』さんも交えた定例会議を始めようかと思うのですが今どちらにいらっしゃいますか?』
「定例会議ね……出るのは初めてだな。分かった、今外にいてな。すぐ向かうよ」
『分かりました。お待ちしていますね』
アヤネとの通話を終え、『観測者』は近くに停めていたバイクのエンジンを吹かすとアビドス高校に向けて出発した。
『観測者』から見たゲマトリアの印象(尚黒服とベアトリーチェのみ)
黒服…研究大好き黒スーツマン。不注意で神依ミライだと言うことがバレた。とはいえ契約で口は封じたのでベアトリーチェに露見することはないだろう。というか別世界からの来訪者だとバレていることのほうが驚き
ベアトリーチェ…不倶戴天の敵。出会ったら一発ぶん殴って確実に殺す。子供を食い物にしている大人なのでもう許す理由がない。多分今ならタイマンで戦っても確実に勝てると思う