【完結】西千夏は東春秋を倒したい   作:Tohka.A

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【ROUND1】本部基地・市街地B(夜)
西千夏(25)---技術職、専門:銃


 

疲れ目が酷いっていう状態は、毛様体筋が緊張しているわけでしょう?だったら遠くを見ればいいよね…と、西さんはある日思ったのです。「思い立ったが吉日」で、目薬は即引き出しの中へ。ちゃちゃっとデスクを片付けて、「失礼します」と腰を上げるまでは12秒。使用者の撤収は早いものの、PCは未だシャットダウンされず。いきなり退勤を宣言する者が現れて、鬼怒田はハッとして時計を見上げた。

 

 

「 何だと?おい、仕掛け品の保全は… 」

 

「 隔離終わりました。BCP送りました。室長、あとで実効性見てください 」

 

「 帰らせてやりましょうや 」

 

 

冬島は顔を上げずに言った。

いったい、いま開発室オフィスにいる面々は、何時間ぶっとおしで働いているんだか…正規を帰らせてやってこその助っ人だろう。鬼怒田室長の隈の濃さときたら、今日はパンダの親戚にだって見える。だが、オッサンなので別によし。冬島は後輩の味方をしてやった。チラッと眼球だけを動かして見ると、西の横顔は疲れきっていた。

冬島はあっさりと言った。

 

 

「 西、マルハ電興の件、レスポンスがあれば俺がやる。お前は一旦帰りな 」

 

「 いえ、試射です。試射のために立ちました 」

 

「 試射は別に急がないだろう 」

 

「 でも、あんな記者会見になりましたし、新規入隊者は増えますよ。復旧はチャンスです。この機会にラインの新設が間に合うよう… 」

 

「 あのな、今はただでさえみんなカツカツなんだから、チーフは張りきっちゃいけないんだよ。雷蔵みたいに、ゆる~く構えていけ 」

 

 

冬島は笑わずに言った。

西は、ハッとして口を噤んだ。「4つも下の後輩のように」と、諭されたことはショックだった。何を思っているやら知らないが、鬼怒田室長は口を利かない。

 

 

「 はい…どうも、有難うございます… 」

 

 

西は頭を下げた。いまこの先輩に言ってもいいことは、これ以外にはないように思った。西はデスクを去ったあと、荷物をとりに更衣室を目指した。「帰ってもいい」と言われたことは、「役立たず」と言われたことと同じではないのか。せめてごねないでいることしか、今の自分には取り柄がないだろう。

 

充血した目をぎょろぎょろさせて、西は白っぽい研究室を横切った。

 

白、白、無機質な白。

“いつもの綺麗なボーダー基地”では、オペレーターたちの死が嘘みたいだ。建物もトリオンで出来ているから、復旧がとても早いのである。あんなに無惨な状態だったのに、もう血の跡も瓦礫もない。

 

フロアの壁沿いを歩きながら内側をぼんやり眺めると、天井走行クレーンの向こう側には、新たな作業区画が出来上がっていた。寺島雷蔵がチーフに任命された、新型トリオン兵解体チームのための設備だ。

隊員をキューブにされたということは、我々も隊員を効率よく輸送できるということ。キューブ解除チームは、まだ仮説の出し合いを続けている様子。人型近界民(ネイバー)の遺体保存も進めているのだろうし、生化屋さんも人手が足りなそうだ。奴に殺されたのは、通信室のオペレーターばかり。ベテランの江原さんが生きていたこと、凄くラッキーだと思うなあ…。

 

 

「 ―――… 」

 

 

西さんはクールな女性なので、こういうとき表情を変えません。ただドカドカと撃ちまくりたくなって、Type-AS試験用イーグレットに加えて、現行型突撃銃(アサルトライフル)もついでに装備(セット)するだけ。そして開発フロア内で筋力測定を済ませたあと、隊員用狙撃手用訓練施設で、ちょっと目立つ存在になったりして。

 

 

今日の狙撃手用訓練施設は、通常狙撃訓練用の状態だ。入ってすぐのブースを陣取って、西はひとりだけ測定器つきの的を使った。初めて見る的ではないのに、今日は奇妙にドキッとした。色が違うだけで、形のほうは、C級だって使用する的と同じなのに、アレは立派に人の形をしている…。「実際の人は頭を低くして走る」と、知らなかったら撃てないところだった。

 

 

( いや、あの人型は、逃げなかったな )

 

 

訂正。人間の形をしているほうが、思いきりぶっ飛ばしたくなっちゃう。

西さんはそういうことを思う子です。

 

エネドラが研究室前のトラップを切り刻んだとき、西千夏は退避するエンジニアたちのしんがりを務めた。わずか20秒ほどの“足止め交戦”から、彼女が決意したのは以下のふたつである。

ひとつ、いずれトリオン消費効率の改善に改善を重ねて、低反動の拳銃(ハンドガン)型にアイビスの威力を持たせてやること。

ふたつ、火炎放射器型のトリガーの開発。一撃で全身焼き尽くしてやれば、人型だろうがスライム型だろうが、供給器官の移動もクソもないのよ。

 

とはいえまずはイーグレットの改善だ。

 

ノーマルトリガーを安定して量産し改善を重ねることと、一部隊員の銃系トリガーのカスタマイズ。それが西の専門であり、責任の範囲である。試作したType-ASで、西は300m以上の長距離射撃しかしなかった。弾丸の右回転により銃身軸線より右方向に弾道が逸れる現象は、その距離でしか起こらないからだ。誰の要望でやってると思います?「300mで2cm」のズレを気にするとか…―――彼って一種の変態だよね。

 

本人の姿を見る前から、西は間の悪さに気づいて溜め息を漏らした。ガヤガヤとしたひよこたちが背後にやって来て、「東さん」という名前が聞こえてきたのだ。照門を覗き続けることを諦めて、西は一度だけ後ろを向いた。訓練室のゲートをくぐってきた同期に、最低限の挨拶をするためだった。

 

 

「 西さんだ。元気か? 」

 

 

東は嬉しそうにした。

こちらが持ち込んでいる銃と機材を見て、何をしている途中か悟ったのだろう。西はむっつりと試験用新イーグレットを構え直して、「これは当真くんのためにもなる」と念じた。ひいては、頭の上がらない先輩のためになる。そしてボーダー全体のためになる、と。

辞めていった隊員は20人以上と聞くなかで、この時期に訓練に励む子がこんなにいるなんて、頼もしくて心強いじゃないか。決して「人望がございますこと…」とか、同期を僻んだりはしたくない。

 

そうして西は集中しようとしたが、東がそれを搔きまわした。「ちょうどいいお手本がいる」と言って、東は西の射撃姿勢を勝手に解説した。

 

 

「 ポイントは肘を置く場所だ。骨の上は、不安定になってよくない。腕を胸に引き寄せて、こうやって太腿の筋肉を使う。急に下手になったからって、焦ることはない。体格の変わるうちはそういうもんだ―――何か言いたそうだな、西さん? 」

 

 

315m、センター(全弾10点)

最後の一発まで撃ちきってから、西は東を見上げて言った。

 

 

「 セクハラじゃない? 」

 

 

かつてより太ったと言いたいわけだ。

東はすぐにニヤッとして謝った。

 

 

「 悪かった。みんな、西さんを怒らせないほうがいいぞ。折角ランク戦で勝ち上がっても、トリガーをカスタムしてもらえなくなる 」

 

 

和やかな笑いが湧き起こった。

西は俯いて作業へと戻った。C級と同じ隊服を着ているからか、なんだか舐められているような気がした。波立つ心を抑えながら、西は320mを狙った。

老練の名教師のように、東は後輩たちに考えさせた。

 

 

「 簡単にやっているように見えるだろう?届く距離と当たる距離は違うぞ―――このように膝立ちで撃つ訓練をするのは、何のためだと思う?―――そのとおりだ。この体勢は、撃ってからすぐに走り出せる。最初にこれを覚えて、次は走ってきてすぐ撃てるようになるべきだ。やってくれるか、西さん? 」

 

「 自分でやって見せたらどう? 」

 

「 さっきセクハラしたから、怒ってる。こいつは大ピンチだ 」

 

 

またしても笑いが起こった。

西は静かにイライラして、何度も深呼吸をした。

 

東くん、あなたタダでさえ大きいんだから、膝立ちのときに絡んでこないで頂戴よ。見上げると高くって仕方ないから、こっちは首を痛める羽目になるの。しゃがまれたらしゃがまれたでまたムカつく!

砂場遊びを褒める保護者みたいに、東はヒョイっと膝を折ってきた。勝手に端末を覗き込んできて、偉そうにおっしゃいますことには、こうだ。

 

 

「 急がなくていいぞ、西さん。基地の修復のほうが先だろう 」

 

「 もう終わっていますし、それは専門外です 」

 

「 諏訪から聞いた。縄張りでドンパチやってたって?『人型の追い込み助かった』ってさ 」

 

「 ふぅん… 」

 

「 俺はあのあと帰って寝た。出水たちと焼肉も食べに行った 」

 

「 そう。それで?相変わらずお弟子さんの多いこと 」

 

「 あいつらまだ高校生なんだよなあ。諏訪たちも用事があるらしい。どうだ?『お疲れ』の一杯は 」

 

 

東は小さく笑った。ジョッキを掴む手つきをして、顔の前で振ること少々。先程アドバイスをやった隊員たちは、あとは数をこなすばかりだろうし、それぞれ練習させておいて、今は西さんへと()()()時だ。何度もシミュレートした“誘い”なのに、緊張していないふりは難しかった。千載一遇の好機なので、どうあれ逃すつもりはないのだが。

一瞬、西はポカンとして東を見つめた。

 

 

( あ、そういえば… )

 

 

「ぐ~ぎゅるるるッ」が響いたときには、恥ずかしくても後の祭りだ。西は耳まで真っ赤になって、飛び上がって東から顔をそむけた。咄嗟に言葉が出てこなくて、西は笑われるばかりだった。あらゆる想定を上回ってきた反応に、東は小声で笑い続けた。

 

 

「 くくく…っ 」

 

 

可愛い。小動物かな、西さん?昔よりムチッとしたのがまた良い。

西は乱暴に撤収を始めた。

 

 

「 ちょっと!いまの、『焼肉』っていう言葉ズルくなかった!?こっちはぶっ通しで復旧してたの。トリオン体にも限界はある! 」

 

「 うんうん、決まりだな。西さんも焼肉食べたいな?寿々苑、行かないか 」

 

「 行かない。餃子、炒飯、唐揚げを求めます。春巻きとビールで優勝したい! 」

 

「 じゃ、玉将に行こう 」

 

「 ああっ、海老チリも食べた~い! 」

 

 

欲望に屈して叫びながらも、西は悔しくてならなかった。目がショボショボの次はお腹ペコペコ!とことん余裕のない自分とは違って、東はずっと微笑を浮かべていて―――器の大きさアピールですか?「奢るよ。全部頼もう」だってさ、ウザッ!そりゃあ優秀な東くんは、論功行賞を待つまでもなく、臨時収入ゲット間違いなしですもんね?「あの頃はライバルだったのに…」と、思い返すとしみじみつらくなる。

 

西の煩悶などつゆ知らずに、東は浮足立ってしまった。生身に戻ったあとの西さんは、ベリーショートではなくなっていた。背にかかる髪と同様に、私服も初めて見るのだが、「良い」だけで詳細はわからない。互いに身長差があるために、並んで隣を歩かれると、東からは西の頭頂部しか見えないのだ。あるいは、不埒なでっぱりしか―――…東春秋という男は、もちろんそこに言及するほど愚かではない。ふたりで基地を出た直後、東は褒め言葉のつもりでこう言った。

 

 

「 髪、伸びたな 」

 

 

あ、しまった。

…東は悪手を打ったことを悟った。

 

 

「 切りに行く時間がなくて 」

 

 

西は髪を撫でて溜め息をついた。「響子ちゃんはいつも綺麗だよね」とかナントカ、同期の沢村のことに話は移る―――乗るしかない流れに乗って会話をしつつ、東は仕切り直しの機を待つことにした。どうせあと6分も歩けば、我々は向かい合ってメニューを共有しているのだ。

 

 

( 二倍可愛いっていう意味だったんだがな… )

 

 

だが、それを言うべき時は()()()()()

おのずと陣形が変わる時まで、東は次の作戦を練り続けた。

 

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