太刀川の捨牌によって、東は「ロン」と宣言してアガッた。初めに「クソ配牌じゃねーか」と騒いでいた諏訪は、「どわ〜!?」と仰け反って悔しがった。冬島の“嫌がらせ”は無駄になった。東は座り方を崩して、胡座から片方の足を立膝へと変えた。
「 やべー、東さんやべー、勝てねえ 」
「 お利口だったぞ太刀川 」
東は朗らかに笑って言った。二家から「てめー太刀川何やってんだこらー」なんて声が飛び、雀卓はひととき沸いた。そこへ東だけ隊務用の端末が鳴ったので、諏訪隊作戦室はいっきに静かになった。頭一つ抜けた幹部候補として、東は「悪い」と言って部屋を出た。
本部長からの呼び出しだった。
だが、これだって遊びの範疇である。
肘をつく忍田に呆れられながら、本部長デスクの前でも東は笑った。今日であるということまでは読めなかったが、期待した通りのことが起きていた。戻ったら頭を撫でてやって、あの髭面を恥らわせてやるのもいい。
「 東、おまえなあ… 」
忍田はつくづくと思った―――「その指令、聞く前から知っていましたよ」という東の目つきは、どこぞのぼんち揚げ小僧そっくりだ。こういうのにばかり好かれて、西くんもご苦労なことだ、と。
言うことはもう言ったので、忍田はぞんざいな口を利いた。沢村をさがらせているのをいいことに、ここからは男同士の会話だ。
「 はい、何ですか忍田さん? 」
「 こんなものは勝手にやっておくといい。まさか、自分では西くんを誘えないのか? 」
「 いろいろと後引くものはありますから。本部長、たまにはいいじゃありませんか、こういったことに名前をお貸しくださっても―――あなたがたの喧嘩で分かたれる隊員たちがいたのなら、その逆が生じることもあるべきです 」
思わぬ切り返しだった。忍田真史は沈黙した。
東春秋に毒気はなかったが、一切動じる様子もなかった。忠誠の態度をとりながら、「二度と派閥争いをするなよ」と東の目は語っている―――それに、「あんたのせいで同期同士こうなってる」とも言われている気がする。責められていることがわからない責めほど、後になって怖ろしいものはない。
間合いをはかるかのような目つきになって、忍田は東の呼び方を変えた。
「 ブラックトリガー奪取の際、私は君を呼ばなかっただろう? 」
東は穏やかに首肯した。
「 ええ。もしも俺が忍田派として出て行ったら、ボーダー内部の動揺はあの程度では済まなかったでしょうね 」
東は確信を持っていた。
東は―――それは忍田もだったが―――この先「一枚岩のボーダー」を望む戦闘員たちが増えたとき、「担がれる神輿は東春秋だ」と思っている。大規模侵攻を経験したことで、隊員たちの意識は変わった。新規入隊者は増えており、旧組織関係者は本部の現場にいない。ちらりと牙を覗かせた東に、忍田は揶揄うように言った。
「
忍田は百戦錬磨だ。東は苦笑するばかりだった。
白旗をあげるような東に、忍田は鷹揚に続けた。
「 君とは、一局打ってみたいが喧嘩はしたくないぞ。君たちの察しの良さには助かった。あのまま、ふたりともが現場に残ったら、いくら“じゃれあい”でも下の隊員は勝手に割れた―――だが、今はこうして戦える組織ができている。うまくやってくれたな 」
「 すべては結果論です 」
「 迅を投入したんだ。結果が良ければすべて良い。君は、案外不器用だったか 」
「 忍田さんは案外横暴です。俺にだけ二兎を追わせようとする 」
「 誰にでもそうはさせない。いじめる相手は選んでいる 」
忍田は悪びれずに言った。
雑談はそれで終わりだった。
東は溜め息をついて、中学生には見せられない態度で出て行った。首輪のつけられんタイプのクソガキを、忍田は頼もしく思った。
諏訪隊作戦室には戻らないで、東春秋は夜の市街地を歩いた。いくら気心の知れた面々の前でも、
いつか西さんと行きたかった映画館は、先日とうとう潰れてしまった。それでショッピングモールの北側は、以前よりも少し暗くなっている。じわじわと衰えていく三門市が、失った機会を取り返しのつかないものにしていく。俺と俺の好きな人は、もしも互いに新組織一期兵ではない身で、10代同士で出会っていたら、異質な実力伯仲者として、ただ無邪気に競って遊べたと思うのにと―――黙っていても寄せられる期待とか責任とか自己の影響力とかを、東は時々投げ捨てたくなる。まだ25の身であるから、こっそりとそんな日もある。
交差点で西と鉢合わせたとき、東は凄い天運だと思った。
さっきまで迅にタカられていた西は、見知った長身を見て「あっ仕組まれた!?」と察した。「ファミチキ奢って~」と縋られていなかったら、この時間この場所にはいない筈だった。
鋭く車道を向いた西の腕を、東は焦って咄嗟に掴んだ。飛びだすつもりまではなかったのに、西は東に止められてしまった。赤信号の向こうで、迅は手を振ってへらへらと笑った。とても満足な心地で、迅は雑踏に混じることを楽しんだ。
西は賢明に振舞った。まともな社会人であるならば、ここは乱暴に振り払ったりせずに、「昨日は有難う」を言うこと一択である。そして、「今日は酔っていないから」と、流石に毎日死に急いでいないことを表明するのだ。
西はそのようにしたのに、東は手を離さなかった。
嬉しそうに微笑む東に、西は調子を乱され続けた―――ああ、やっぱり彼のこと嫌い!
勝ち組エリートの東くんは、今日も聖人君子みたいな顔。本当はもっとギラギラしているくせに、のんびりと構えるのがお得意。後輩たちが求めているのだから、早く上を喰っちゃえばいいのに、とことん腑抜けた顔をして、こっちの“負けた甲斐”を潰してる。
「いい加減にしてよ」と言いたいのに、冷たく手を振り払えなかった。