「モラトリアムライフ、上等」と言い合って諏訪と東が結束を固めているとき、「“モラトリアム”って、何だ?」と悪びれずに質問する馬鹿がいる。脳みそのすべてを戦闘に持っていかれている、学力が残念な太刀川慶である。
太刀川に“停滞”などない。
太刀川を前にしたとき、“猶予期間”など存在しない。
すべてを一刀のもとに斬っていくこの男は、間違いなく最強の
よい子の皆さんには真似してほしくないけど、その生体を解説してみよう。
まず、太刀川慶という生き物は、平日はだいたい10時頃に起きてくる。一応は大学に行って学食を使い、ほぼ毎日素うどんを食べる。
5限は登録していない。明るいうちに帰りたいから。
太刀川慶は、大学生のくせに中高生と同じ時間帯に訓練を始める。彼は中高生に絡んで、大人げなくポイントを毟り取る。気の済むまで孤月を振り回したら、ラウンジで自販機を使う。
19時頃のラウンジには、時々ヤバい連中がいる。長時間残業を覚悟して、戦略的休憩を選んだエンジニアたちだ。彼らは、毎度新鮮な絶望で瞳を濁らせており、「へへへ…」と奇妙に笑い合っている。へへへ、うへへ、どうすんだよコレ―――と、戦闘員にはよくわからない愚痴を言い合っている。
そういった大人たちを見かけたら、「うわ、やべえ」と太刀川慶は素直に言う。完全に身から出た錆で、太刀川慶は技術職員に嫌われている。
太刀川慶の好きなものは、きな粉餅とコロッケ。
太刀川慶の嫌いなものは、きな粉餅とコロッケを取り上げてくる人。
太刀川は毎度エンジニアたちからキレられる―――「出た、妖怪ポロポロこぼし!」「精密機械の敵!」「忍田さんにチクるぞ!」等々。
しかし太刀川は圧倒的に強いので、小うるさい奴等との遭遇も楽しんでいる。太刀川はエンジニアたちにがたがた言われると、ランク戦室へと逃げ帰って、居合わせた者を捕まえて、また閉鎖空間へとシケこむ。大抵、被害者は風間だ。「助けて~」とハタチのあざとさで、太刀川は先輩を利用するのだ。
太刀川慶はこの戦法が得意である。
だから、「どうせお前いつでも基地にいるだろ」と、諏訪から連絡があればすぐ作戦室へと駆けつけて、いつまでもルールがちょっとあやしいながら、“人数合わせ”として勘弁してもらって、先輩たちから可愛がられつつ、なんとなくノリで麻雀をする。だいたい深夜までやる。時には白熱して徹夜だ。
一限、絶対間に合わない。
必修の単位、マジやばい。
太刀川慶という生き物は、そんなクズ学生のサラブレッドである。誰よりモラトリあむってるくせに、横文字言われてもよくわからない―――そんな最強の男である。
実例を紹介してみよう。
翌日西が出勤すると、キューブ班の仮説が出揃っていた。一部は諏訪で実験されたらしく、一部はまだデータ取りが足りていなかった。
定時20分前になって、西は鬼怒田に新しい仕事を振られた。
「横暴」「パワハラ」「労働基準法違反」…どれも無益そうな反論ではないか。OK、クールに行きましょう…と、西はラウンジにコーヒーを買いに行った。
ラウンジで西の姿をみつけたとき、太刀川は「あ」と声を出して西を指さした。太刀川よりも先に自販機を使っていた西は、「あ゛?」と言い返して太刀川の隊服に目を走らせた。厨二病丸出しの黒コートには、白い粉末がたっぷりと付着していた。
「 あんた…それって、粉砂糖よね 」
西はドン引きを隠さなかった。
「 今日は何食べたの?もちドーナツ?あんた鬼怒田さんに説教されて、きな粉餅禁止された意味ちゃんとわかってる?なんで毎回こぼしてまわるの?ボク、ちょっとおくちがユルすぎでしょう。ちゃんと座って食べなさいよ 」
「 やべー、こえー。お母さんよりこえー。東さんやっぱどうかしてるなあ 」
「 なんでここに東くんが出てくるの? 」
「 東さん、西さんのこと好きって言ってた 」
旋空孤月、一閃。
西は身じろぎもできなかった。