黄泉の巫女。最強醜悪の魔王は、聖人妹のために呪術を振るう 作:氷水メルク
女風呂と掘られた石板のある扉を通り抜けた。角を曲がれば整列されたコインロッカーが出迎えた。
……コインロッカー。
今までの粛々とした環境からこれに変わるとか脳がバグる。
聖城だよな、ここ。
妹はおれの手を解放すると、回れ右して入ってきたヤーティを指さす。
「あんたは入ってくんな!」
「付いて来いって言ったのに!」
「ここ女風呂なんだけど!」
流石に理不尽とばかりに抗議をするヤーティを、妹はたった二言で黙らした。
そりゃそうだ。……そりゃそうだ?
無言で訴えてくる聖人女性陣に居たたまれなくなったのだろう。
文句ひとつ垂れず、渋々といった様子でヤーティは出ていった。
シグレと呼ばれたポニーテールの女性が、風呂場の扉を締め切る。
鍵を掛けてようやく一安心できるようになった空間。
「先に待っているから」
おれは脱いだ服を丸めて籠の中に放り込む。
風呂場の扉を開けるついでに少し振り返る。
服を脱いでいたシグレさんは、おれの服を畳んでいた。
まるでヘビの呪いだ。身体を巻きつけ、徐々に相手の体力を蝕む。そして最後のひと噛みで確実に仕留める。
毒蛇、いや邪蛇か? シグレさんのタオルひとつ巻いた裸を見ているとそう思う。
だが、この中で一番酷いのは女王だ。
身体中の穴という穴に、蛆やハエを突っ込むかのような所業。
おれの呪術は基本的に魂さえあれば良いのに。
女王に掛けられているのはまさに尊厳破壊。聖王を衆合地獄へと落とすかのような所業。
「で、どうやって呪い解くの?」
「とりあえず座ってシャワーを頭に掛けて待ってな。お湯で良いからな」
本当は冷たい方が望ましい。
呪いが湯気に乗って空気中に散布する恐れがある。
でも、今回は解呪ではなく移す方法を取る。
呪いを逃がすわけではないので、お湯でも問題ない。
おれは大の字に身体を広げた人型の紙、人型代を用意する。
風呂に一歩足を踏み入れれば、冷たい岩肌が出迎える。
何とも、お高めな旅館にありそうな光景だ。二つの湯船からは、常に濛々とした煙が立ち上っている。
妹は風呂椅子に腰を降ろしてシャワーを捻る。
溢れた熱気は肌を撫でる。ゆっくりと正面の鏡を曇らせていく。
おれは妹の正面で膝を付く。見上げるようにして妹の胸の中心部、心臓付近を手で触れる。
途端に妹は怒りをあらわにして立ち上がった。
「あんた、ほんとは——!」
「落ち着いて。先に健診するから。大丈夫大丈夫。身体を楽に、深呼吸。ほらっ、リラックスリラックス」
興奮する妹に優しくゆったりとした言葉を掛ける。
おれは一旦膝を伸ばす。妹の頭を撫でようとつま先立ち。肩が限界を迎えるほど腕を上げ……。
「ごめん、撫でられないから屈むか座ってくれると助かるな」
「……何でもない。続けて」
撫でる前に妹は冷静さを取り戻して腰を降ろした。
まぁ、落ち着いてくれたなら良いか。
おれは左目に【
触れる形で妹の身体の内側、深層を覗き込んで呪いの進行度を探る。
この【水鏡の魔眼】は不可視の呪いや呪術含めて、呪いの構造を把握し、理解し、解析し、再現をするために用いる魔眼だ。
応用すれば、今回のように診察にも使うことができる。
とはいえ、どれほど呪いの侵攻が進んでいるのかなんておれには分からない。
そこはもう、バリルの感覚にすべてを任せている。
そうして魔眼を通して見た妹の身体は、筆舌に尽くしがたい。
このやばさをどんな言葉を用いて表現すれば良いのか分からなかった。
しいて言うならアリの巣だろうか。
妹という身体の中に、数千、数万と部屋が形成されている。
穴ぼこだらけで不規則。埋めたとしてもその隙に新しい部屋が開いている。
もしも医療系の人間だったらすぐに匙を投げる。そう、バリルの感覚は申している。
最も、バリルなら別だけどね。
外に比べて内は相当食い破られているな。魂の縫合もしないと。
「偽バリルが来たのは何年前?」
「何年前っていうと……、二年前だけど」
「……【呪詛:雷蛆変性】の完遂に一年も掛からない。大体三ヶ月あればいい」
「あれはメスガキだから」
「だからメスガキと言うなと……まぁいいや」
偽バリルは一年も掛からない呪術を年単位で掛けた。しかもその状況をリアルタイムで監視している。
まるで悪虐を覚えたばかりの馬鹿だ。道理を知らない。
カメと競争するウサギのよう。舐めた態度を取るから想定外の事態に頭を悩ます羽目になるのだ。
人の妹にこんな呪いを掛けてくれやがって。急急如律令なんて意味があるのか分からない呪文を唱えて九字を切る。
大の字に身体を広げた人型、人型代を妹の胸の中央に押し付ける。
「穢れよ移れ。呪いを食らえ。我が呪力を持って封印されよ」
地面に描かれた六芒星が、淡く光りを放ち、妹を囲うように放たれる。
熱気が飛ぶ。闇光が回る。波打つようにグルグルと。
呪いに汚染された術式は何とも、この世ならざる者を生み出すかのようだ。
「ごめん」
おれは妹の指を持ち上げて噛み千切り、流れる血で人型代にサクヤの字を刻む。
すると妹の身体から浮かぶように現れた良くない物が、目に見える黒の瘴気という形で人型代に吸い込まれる。
この辺りで妹にひとつ、こっそりと呪術を掛けておく。
人型代を放して妹の口元に持っていく。
「はい。身体中すべての穢れを吐く気持ちで息を吹いて」
妹は眉を中央に寄せ、胡乱気ながらも人型代に息を吹く。
三回ほど吹いた頃合いだろうか。
妹は突如として喉を手で抑え、ゆっくりと放していった。
おれは口の端を持ち上げて、妹の頭を優しくタップする。
「喋らないで。そのまま口を開けて。よく、頑張ったな。お兄ちゃんは嬉しいぞ」
妹の不思議そうな顔になるのもしょうがない。
この儀式、本来なら激痛を伴うものである。
なにせタコの足のように絡みついてくる呪いだけを、魂から無理やり引き剥がす。
つまるところ、麻酔無しで身体を開いて手術をするようなもの。
なので痛みが無いよう、おれは麻酔の役割を果たす御呪いを施しておいた。
後は魂の回復と傷の縫合をするだけ。
妹は数回「ゲホッゴボ!」と咳を吐き出す。
その度に拳大の黒い塊が口から吐き出されていく。
その黒い塊たちも人型代の中へと吸い込まれていく。
おれは最後、人型代にもう一度指を噛み千切って出した血で六芒星刻む。
刻み終えたらサクヤの名前を消して封印完了。
荒い呼吸を繰り返していた妹は、やがて追いついてきたのかひとつ大きく息を吐いた。
妹はなんてことの無いように立ち上がり、そして身体中から強大な聖なる力を溢れさせた。
「力が、力が戻った! むしろこれ——」
「はい終わり。この人型代はどうする? このまま偽バリルを呪殺するか?」
「呪殺ったって。あれがどこにいるかなんて——」
「丑の刻参りって知っているか?」
正式には類感呪術と呼ばれる呪術だ。
人型代に呪術を持って攻撃すれば、そのままダメージが一方的に偽バリルへと飛んでいく。
反対に偽バリルからはもう、どうすることもできない。
こうなるから、呪いというのはさっさと完遂しないとだめなのだ。
いつ自分に跳ね返ってくる分かったものじゃない。
【雷蛆変性】なんてその最たる例である。
妹の顔が心ここにあらずとでも言わんばかりになっている。それも束の間、風船のように口が膨らんでいった。
「あっはは、ハハハ! 苦しんだ甲斐があった! でもちょっと待ってて!」
もう、何も言うまい。妹が楽しそうで何より。
おれの手から人型代を妹は抜き取る。
少し離れた距離で見守っていた女王とシグレに合流して何かを話し合い、——その時大地が揺れた。
建物全体に地響きが渡っていき、パラパラと天井から埃が落ちてくる。
後を追うように連鎖したのは、身体の真にズンと響く爆裂音。
これは城下町の方から? いや、この城からも響いている。
妹の呪いが解かれたのに気づかれたのだろうか。
「あたしとあにぃで見てくる! シグレ、テルミ! 絶対に力を使わないで!」
おれも行くの?
なんて思っているうちにまたも妹に手首を掴まれる。
もう妹治したし、後は偽バリルを討伐しに行くだけなのに。
妹にぶかぶかな服を上から被されながらそう思う。
* * *
おれと妹が城下町に降り立ってみれば、あちらこちらで民は悲鳴を叫んでいた。
爆発物は皆目見当もつかないが、見渡す限りどの民家からも火の手が上がっている。
黒煙の煙で鼻が煙たい。
民たちは妹の姿を見るなり寄ってたかって、助けを呼ぶ声を口々に連ねていく。
「何があったの?」
そんな恐慌状態に陥っている民たちに、妹は極めて冷静な声音で問いただす。
「原因は魔道具です! どの魔道具も最初から爆弾が仕掛けられていたかのように爆発して!」
先ほどここに来る時、妹に言葉を掛けていた女性が手を上げた。
話を聞く限り、魔道具の販売元が悪いのではと勘ぐって見るもどうも違うらしい。
爆発した魔道具はどれもこれも、製造元が違うらしい。
なのに一斉に起爆して、この火の海の惨状を作り出したらしい。
そもそもおれは、魔道具自体知らないのでその辺は後で妹から聞いておくとする。
「大変だ! 魔物が! 西側の門の向こうに魔物の群れが! その数、優に千を超えている!」
魔物の数が千を超えているだと……。
民の心をさらに煽ったのが、身体中に武装をした男性だ。
いや、煽るというよりかは逃げるよう喚起しているといった方が正しい。
城の兵士たちはすぐにでも出陣しようとして、妹に手を広げられて止められる。
「あたしとこの子が行く! レイバナ騎士団長は住民の避難を優先して!」
妹はおれの両肩を強く叩いて、一分一秒惜しいのかすぐに駆け出した。
えっ? えっ?
とにかくここに居ても仕方ない。
おれもすぐに妹の後を追うために、足に力を籠める。バリルの感覚に身を任す。
稲妻の如きエンジンフルドライブ。
秒で追いつくおれ。妹は急いでいる理由について話してくる。
「ヒジリオラシオン西側の山脈は霊脈になってんの。冷蔵庫とかエアコン、温泉で使用している魔力はこの霊脈から引っ張ってきている」
つまるところ何か。その霊脈に何か異変が起きたから、町の魔道具たちは爆発を引き起こしたってことか?
こっわ。なんでそんな危ない魔道具を使ってんだよ、って思ったけどそうか。
どんな機械だって、本来の使用用途を逸脱した目的で使えばぶっ壊れるもんな。
爆発までは聞いたこと無いけど、電子レンジが火元で火事になったとか聞いたことある。
「んで、西の方から魔物が千匹と。確かに何かあるかもな」
あからさますぎるよなぁと思いながら、おれは言ってみる。
果たして西の門を抜けた先、確かに数千を超える魔物の群れがそこにはあった。
目に見えるだけでも初めたての頃なら、どいつもこいつも苦戦するような奴らばかり。
というか【魂魄眼】越しに眺めてみれば、あいつら既に死んでね?
「全員、魂も入っていない。魔力で動かしているだけの抜け殻だ」
「あっそう。あんがと。少し離れて」
妹に言われておれは数歩後ろに下がる。
聖術発祥地である国、ヒジリオラシオンにただのアンデッドを送り込むとは。
いったい何をしたいんだろうねと、大人しく成り行きを見守る。
妹の身体から、噴火するほどの勢いで聖なる光が溢れだす。
【魔術:聖魔】によるものだ。
名称は分野違いだから分からない。もしかしたら魔力を放出しているだけかもしれない。
「ほんと、やられたし堪えたわ。まさかこっそりと呪術を掛けられて、聖人ともあろうあたしがそれに全く気付かないなんて。それで何? 人を手駒にしてヒジリオラシオンを潰そうって?」
一言一句、妹は二年間たっぷり受けた屈辱を吐き出す。
言葉を紡ぐたびに放たれる重圧。濃縮された聖光。それは聖人の怒涛。
堪えるしかない苦難。その解放。
烈火の如し威圧感。敵味方分別なく吹きすさぶ衝撃。
歩む。妹が。
一歩。ただの一歩。
その一歩で、実力のない骸は土塊へと還る。
「なにより悔しいのが、屈辱なのが、あにぃに助けを求めたこと。こいつが居なかったら、今頃あたしは死んでいた」
……サクヤ。
それはおれも同じだ。
もし偽バリルが妹を呪っていなかったら。おれは今この場に立っていない。
こうして妹と話すことなく、和解の機会もなく、妹を知ることも無い。
空間を震わす威圧感が、亡者を滅する神聖な光が、今までの想いその全てが。
すべての巨悪を滅するエネルギーと化し、妹の右拳へと集約されて今、
「ほんと、助けてくれてあんがとあにぃ。そしてこれは宣戦布告だ、クソバリル! 二度とあたしの愛する国や民に手を出すなぁぁ!!」
解き放たれた。
雷轟は、どこまでも亡者にのみその牙を向ける。地平線目指し進撃する。
濁流。力の奔流。地を割るほど過激で、どこか優しい。
命令に従うだけの骸に、自我や本能は存在していない。
臨機応変とか、柔軟な思考も持ち合わせていない。
言われた通りに行動し、滅びへと進むのだ。
光の通った後は綺麗な新緑が芽吹き続けている。
光の雨が晴天を彩る。草野や木々は温かく揺れる。
ただ、穢れた身体のまま踏み込んだ無法者たちだけが消えていた。
まさにひとへに風の前の塵に同じ……は意味が違うか。
「行くよッ!」
やり切った妹は息切れする様子もない。
ただ目の前の火の粉を振り払っただけとでも言わんばかり。
黒幕の潜んでいるであろう場所まで駆ける。
同じように地を蹴り飛ばしたおれに言葉を投げかけて。
「ちなみに今の攻撃、あにぃはどれだけ受けた?」
「ゼロ。ピンピンしている」
「これでダメージ無しとか自信無くすー。あたし、全力込めたんだけど」
「誇っても良いとは思うけどな。ノーライフキング辺りは一撃だろ」
「あんなの雑魚じゃん! 規格外に言われても嬉しくない!」
「まっ、まぁ。おれは後ろに居たからさ。妹は十分すごかった」
元々バリルには浄化の力が大して効かないというのもあるんだけどね。
話しても良いけど、自分の弱点を曝け出すのは強者じゃない。ただの馬鹿。
妹は自身の手を開け閉めしながら、首をかしげていた。
妹よ、その感覚は間違いじゃないぞ。
* * *
ヒジリオラシオンの西門を飛び出して数分ほど経っただろうか。
妹に先行してもらう形で案内される。行く手を阻む魔物は全部妹が灰にする。ようやくたどり着いた霊峰。
頑丈な鉄の門を潜りぬく。小さなランタンが頼りなく足元を照らす。無機質な階段を下っる。
そこにあったのは儀式を行うかのような祭壇。
その前に成人男性ほどの背丈をした黒いローブが立っている。見るからに怪しい。
何の種族なのか分からない。下から覗くは二本の鳥足。
恐らく魔族の、ハルピュイア族。
その後ろには透明な水晶玉と大きく描かれた魔術術式。
ヒジリオラシオンを支える霊脈にいる、妹の知らない存在。
妹が前に一歩踏み込む。
「あんたが黒幕、ってことでいい?」
「ここに辿り着くとは。流石聖人!?」
黒幕がフードを取ろうとする。その刹那、妹は駆け出して拳を振る。
その姿たるや、銀の尾をなびく箒星。
先手必勝。妹は最初の一手で黒幕を仕留めようと動いた。
「見える──」
水晶玉が
その言葉は黒幕の物。
妹が動いて僅か二秒。瞬きすら許さぬ風速の出来事。バンッ! と暴虐の嵐が吹きあれた。
嵐は暴風と化し、無差別に空洞内を傷つける。
まるでドラゴンブレスだ。
その余波は定めた実力を越えぬ者の存在を許さない。
暢気にあくびするワイバーン程度なら、鱗どころか肉まで吹き飛ばし、標本へと姿を変えるだろう。
しかし黒フードは、その一撃を捉えていた。
一撃目が防がれた妹は次の一手をすかさず繰り出す。その場で左足を軸にハイキック。回転による遠心力。黒フードの顔面を的確に穿った。
再び水晶玉が紅煌する。
「かった、何か仕込んでんじゃないの?」
妹は飛び上がり距離を取る。
おれの数歩前に降り立って文句を垂れた。
「クッ、忌々しい。だが、聖人のくせに不意打ちとは名が廃るなぁ?」
黒フードの男は顔を上げた。
衣服は妹の攻撃で既にボロボロ。ハルピュイア族の特徴である翼と足を隠そうともしていない。
「腐らせときゃいいのよ、そんなもん」
余裕綽々な態度で妹は言う。だが言葉とは裏腹に、おれは妹から水の如き冷たさを見た。
むしろこれ以上無い警戒心。妹は油断なんかしていない。
おれとしては疑問である。
どうしてあの水晶玉を破壊しないのだろう。答えは見えているのに。
妹がやらないならおれが行くかと、動こうとしたところで妹に手で制される。
「あの水晶玉は霊脈の魔力をヒジリオラシオンに繋げる魔道具。あいつ、その繋げ先を自分にしてる」
「分かっている。壊した方が速くないか?」
「止めろ! あの魔道具ニャルラン製で高いんだから! それに、無理に壊したらヒジリオラシオンにどんな被害が出るか分からない」
「そんな物騒な魔道具使うなよ」
「普段はリミッターが付いてるに決まってんでしょ。今はその魔道具が暴走してるからどうなるか分かんないの!」
あぁ、そういう。
そりゃハルピュイアを倒すほかないか。霊脈から無尽蔵に強化を受けているとはいえね。
もし出来なければ、魔道具は溜めに溜めた熱をヒジリオラシオンで発散。
踏みつけられたポンプの水がどうなるか。想像に難くない。
「そうなると早めに倒さないとならないぞ。霊脈の魔力を一個人に、それも制御装置なしで使うとなると、どれだけの負担が掛かるか分からない」
「分かってるっての! だからあたしがやる。あんたは手、出さないで」
「あのな? 前にも言ったような気がするけど、おれの呪術ならあの水晶玉どころか、この空洞になんの影響も出さないで戦えるぞ。つか、心臓を穿てばいいだけだし」
毛か羽を抜いて藁人形に突き刺して引きちぎれば倒せるし。
そこまでする必要も無いんだけど。
「あんたはあたしが自分の国すら守れないほど雑魚だって言いたいわけ?」
まぁ、そういうならと妹の言葉におれは口を紡ぐ。多分、今おれの目は泳いでいるかもしれない。
理屈とかじゃなくプライドの問題かな。
分からないものには触れない方が良い。
「あにぃ、今日のご飯抜き」
「止めて。悪かったから」
ご飯抜かれて頭を下げる魔王も中々……案外思い当たる節があるな。
プライド自体は理解できるので大人しく一歩引いておく。
ハルピュイは高々に笑う。
「フハハハ! 聖人と互角に戦える! この力素晴らしい!」
「拾った力で強がるほど、哀れな存在もいないよね!」
妹とハルピュイア、二つの力が激突する。
ハルピュイアは翼を持った人型の姿をした魔族。
主に足での攻撃を得意としており、風を操ることによって空も飛べる。
魔術の風は防御にも、攻撃にも転じれる。
そうして弱った獲物を、鋭い蹴りによって仕留めるのだ。
最もここは地下なので、せっかくの機動力が台無しだが。
右に左に、空中を飛び回るハルピュイア。
妹は地下なのを利用する。壁や地面を蹴り、的確に攻撃を当てていく。
典型的なインファイター。一撃一撃に自分の闘気と【魔術:聖魔】が乗っている。
対するハルピュイアの動きは無駄が多い。
強大な力に振り回されているとでも言えばいいか。
俗にいう剣士とボディービルダーの差みたいなもの。
筋肉の量が多くとも、いざ勝負となるとしなやかな剣士が勝る。
それに振り回している力も霊脈によるものだ。供給を止めれば秒で決着がつく。
じゃあ霊脈があれば妹に勝てるのかといえばそうではなく。
多少時間こそ掛かっているものの、妹が勝つのは火を見るより明らかだった。
「なんなんだ、貴様といいあいつといい!」
ハルピュイアは酷くご立腹な様子でおれを指さす。
おれ、お前に会ったことすら無いんだけど?
どっかで会ったか? なんておれは自分の顔に指を向けて首を傾ける。
「忘れたか? そうだろうな。サファリム様が用意してくださった数千もの群を貴様は」
サファリムというと衆悪の六魔王が一柱、
おれ、あいつ嫌いなんだよな。
消し飛ばしても再生するわ。強くなるために何でも吸収するわ。
呪術を吸収し、解析し、呪術擬きだったけど再現したのは恐怖すら覚えた。
で、そのサファリムが数千もの群を寄越してくれたと。
ぶつかるたびに調子を取り戻していく妹。おれはそちらに注目しながら、自然と湧き立つ感想を呟く。
「そりゃ、偽物だわな」
アイドルスライム、サファリムはアイドルのくせに仲間を増やさない。
いや、あいつにとっての仲間とは……狂人の感性は理解できないからな。
ただあんな悍ましい奴が大量の魔物を貸すか? いや、無いな。
「偽物。偽物だと? 貴様も俺の力を偽物だと吹くのか!」
もう人の表情も感情も見えないのだろう。
ハルピュイアはおれに飛び蹴りを振り下ろす。
その前に妹からその鼻頭に肘鉄を受けて仰け反った。
妹はおれの隣に降り立ち、「そゆこと」と合点が行ったと前置きする。
「メスガキの呪いは確かにまずったわ。でも、そこにあにぃが来たせいで、全て破綻したってこと」
いくら妹でもそれ以上バリルをメスガキって言ったら怒るぞー?
偽物に向けて言っているのは分かるんだけどね?
なんかおれにも言われている気分になる。
要するに、一番の脅威である聖人を抑えたらもっとやばい奴が来た。
単純にそれだけか。よくある話だ。
「霊脈よ! もっと俺に力を寄越せェェ!」
ハルピュイアの言葉に呼応して水晶玉が赤雷する。
ハルピュイアの血管が浮き出た。筋組織のひとつひとつが隆起する。
やがて翼を持った巨人の姿へと変貌した。
馬鹿だなー。
本人は新しい力を手に入れたと喜んでいる。
実に馬鹿だなー。
霊脈の魔力は、元々生物の死骸から漏れた魔力。いわば海水、猛毒だ。
魔術や魔道具に使用するなら、ろ過は必要ない。
ただ体内に取り込む場合は別。遅かれ早かれ死滅する。
振りぬかれたハルピュイアの剛腕が外壁を割る。
妹はハルピュイアの剛腕に手を付いて昇る。
そのまま駆け登りハルピュイアの顔面をへこませた。
土煙は満ち潮のように広がる。振動は骨の髄まで響き渡る。
ハルピュイアはその巨体を沈ませる。数秒もしないうちに元の大きさへと戻った。
「クソッ、クソがッ! なぜだ、なぜ勝てない!」
「単純明快、弱いから。さっ、大人しく降伏すればまだ命は助けてやるけど?」
正確には霊脈に自身の身体が追い付かなかった。が、正しいと思う。
コップに水を注いだとして、フチまで注げば後は零れるだけ。
ハルピュイアはコップに蓋をし、圧縮してでも水を入れただけ。
そりゃコップがダイヤモンド、金属製、あるいは強化ガラスなら数秒持つ。
けど、ハルピュイアの持つコップは普通のガラス製。
コップはいともたやすく砕け散る。水も外へと流れていく。
「お助けくださいバリル様! サファリム様! 憎き聖人はここに居ます! 生意気にも貴方様の呪術を解いた聖人がここに居ます! お助けください!」
ついには命乞いをする始末。終わったなとおれは妹の元へと歩き出す。
ゾワリと筆でなぞられるかのような冷たい気配。高を括っていたおれは目を見開く。
異質な気配を追う。ハルピュイアのすぐ隣、黒い五芒星が描かれた。
現れたのは黒い黒い凶つ巫女。カーテシーの仕草で地面に降り立った。