今の時代、灰色の大地に刻まれた足跡は珍しくない。
火山灰の降り続ける中、二つの影が勢いよく駆け抜ける。
並走する影、追うことも追われることもなく、ただひたすらに走り続けている。
顔をマスクで覆った二人組が直接走っているわけではなく、脚の長い二本脚の動物に身体を預け、火山灰を掻き分けて走る。
途中、開けた土地には不格好な岩山を発見し、二人組はそのままそちらに進路を変更する。
一人が先走ったが、もう一人も問題なく追走する。
二人とも、岩山の角に不自然な空気の流れを感じ取った。
「洞窟がある」
マスク越しに届くかわからない声を発した後、こっちに行くぞ、了解、と二人はハンドサインを交わす。
洞窟の中は広く、身体を休めるには丁度よかった。
「ついてるね、僕たち」
「このまま村の一つでも見つかれば、大金星なんだがな」
「ホープはそうやって、素直に喜ばない。 だから、身長伸びないんだよ」
「今それは関係ないだろ、お?」
低身長の男、ホープがマスクを外しながら相棒にガンを飛ばす。
「──誰が低身長だ、ゴラァ!!」
「待って、僕はそこまで言ってない」
「お前に言ったわけじゃねぇよ、アッシュ」
「…じゃあ、誰に言ったのさ、もう。びっくりしちゃうじゃないか」
端整な顔つきの人物、アッシュが溜め息を吐く。
岩場の洞穴、それはこの世界で生きていく上で身を休めるのに適してる場所の一つである。
火山灰の風を凌ぎ、蒸れるマスクの中を乾かすためには適度に火山灰を一切浴びないという環境が必要となってくるのだ。
「キュルル…」
「バルルルル!」
「チャゲとアスカもお疲れ様!」
「こいつらの飯もそろそろ調達しねぇとな、駆竜は肉じゃねぇと、しっかり走れねぇ」
「そうだね。ホープが狩ってくれたらすぐなんだけどねぇ」
「いくらなんでも、この嵐の中狩りに行くのは危険すぎる。ここにもっかい戻ってこれなくなる」
街道も道標もない火山灰の荒野。
灰色の大地で視界を遮られるというのは自殺行為にも等しい。
「幸いにも灯虫がここにはわんさかいる。水場もありゃよかったが、贅沢は言ってられねぇ」
「この子達も疲れてるだろうからね」
「だな」
風が止むまで身を休める、二人の意見は一致し向かい合いながら、岩壁に身を預けた。
火山灰の風は勢いを増す。
弱まる気配を見せない風にホープが苛つきを露にしていることを、アッシュが察する。
「落ち着きがないよ」
「すぐに動けるようにしてるだけだ」
「ふーん」
「んだよ」
なんでもない、とアッシュが二頭の駆竜、チャゲとアスカを撫でる。
脚を重たそうにしてるアスカの異変に気づき、ゆっくりとしゃがみこんだ。
「あ、ちょっと切っちゃってるね」
「バル」
「大丈夫だよ! ちょっと痛いかもしれないけど、これを巻いとけば良くなるよ」
本当なら綺麗な布を用意して上げたいんだけどね。
アッシュが笑いながら言う端で、ホープがその光景に対して怪訝な目を向ける。
「へっ、俺ら人間様だってまともな物が手に入らねぇってのに、お前は幸せ者だなアスカよ」
「バルルバ?」
「ホープって、そういうところホントひねくれてるよな」
「ほっとけ」
今や資源一つ一つを手に入れるのが貴重な世の中。
自分が生きるのに精一杯な中、他者に気を遣うことのできるアッシュはお人好しが過ぎる。
アスカの脚に応急処置を済ませ、アッシュはチャゲの様子も確認する。
その流れでホープにも順番が回ってきた。
「俺はいいっての、無傷だ」
「これから狩りに行くかもしれないのに?」
「問題ねぇっての」
男一匹、生きていくのに傷の一つや二つ、できるも同然である。
いちいち気にしていたらキリがない。
「晴れないな」
「もうすぐ晴れるさ、血の匂いが濃くなってきた」
ホープの目の色が変わる、狩人だ。
臨戦態勢になったホープはアスカに預けた長い包みを両手で持ち、マスクにあるゴーグルだけを装備する。
アッシュが話しかける隙もない、手際のいい動きで洞窟の出入口へ向かい、アスカも後から続く。
火山灰の風は強く吹いている。
視界は先程よりも明瞭、ホープは視線の先に巨大な影を捉える。
「──大物だ、今日は贅沢できるぞアスカ」
「バルルルァ!」
「落ち着けよ、気付かれる」
包みをほどいたホープは、中に入っている得物を構える。
──怪猪。
火山灰の吹き荒れる大地を闊歩する三メートルを越す猪、アスカとチャゲの好物でもある。
そして、ホープにとっての武器にもなる。
「ったく、アッシュの勘は侮れねぇな」
洞窟の中で待つ相棒の姿を浮かべながら、ホープは獲物に悟られぬように素早く接近した。
─ アオゾラ カナタ ─
CHAPTER Ⅰ
~ 希望と灰 電磁砲を穿つ ~
「うし、行くか」
「風も落ち着いてよかったな、荷物は増えたけど」
「馬鹿野郎、これで食い繋げるんだぜ」
火山灰が降り注ぐ。
火山灰の積もった大地に四つの足跡と、大きな何かを引きずった跡が線を描く。
なぞられた線を観測する者は、誰一人として存在しない。
※
もう何日歩いたか、正確な日数を確認する術はない。
「えっと、ホープが最後に怪猪を仕留めてから、もう九日は経ってるね。僕の計算が合っていればだけど」
「マメだなお前も、一々数えてなんになるんだっての」
「大切なことだよ!生きる上で衛生、時間、健康、はね!ホープの身長を伸ばすことにも繋がるんだし!」
「わかってねぇな!文献にあるギューニューってのがあれば、そんなチマチマしなくても背は伸びるんだよ!」
「見つからなきゃ意味ないよね、それ」
洞窟を出発してから、これといった発見も変化もない。
怪猪の肉も二人と二頭でバランスよく消費(一番食べるのはホープ)して、残り少なくなってきている。
「畜生、アッシュ!お前なんでそんなに身長高いんだ、不公平だぞ!」
「知らないよ、そんなの」
「クソ、インテリじゃなきゃ高身長になることも許されないってのか!?」
「まだ言ってるし」
ザクザク、と積もった火山灰を踏みながらホープとアッシュの二人は道を歩く。
アッシュの数えた日数に換算して九日、歩き続けては休んで、歩き続けては休んでの繰り返しである。
「バルルゥ」
「キュルル」
「そろそろ休むぞ、アスカとチャゲもスピードが落ちてる」
「……毎回思うけど、よくわかるよね」
「むしろ、お前ほどマメなやつがなんでわからねぇんだよ」
それに沼地も近づいてきた、ホープが実際に火山灰の積もった地に脚を下ろして判断する。
火山灰に雨が染み込み、地中に水分が溜まりぬかるんだ土壌になる。
駆竜達にとっても走りにくい環境になっている。
「そこの岩場、屋根はないけど足場はしっかりしてる」
「充分だ、近いし行こう」
沼を避けながら(アッシュとチャゲは何度か足を取られたが)アスカとチャゲの負担にならないように向かう。
──その先に人影が見えた。
「ねぇホープ!今、そこに誰かいなかった?」
「あ?」
火山灰は小雨になっている。
視界はそこまで悪くないので、間違いは少ない。
「いるなぁ、たしかに!しかも、一人じゃねぇ、何人もいるぞ!」
「集落!」
「あぁ、一休みしたら行くぞ!」
すぐにでも向かいたい気持ちはあったが、アスカとチャゲのことはもちろん、アッシュのことも考えると焦りは禁物である。
旅は急ぐものではない。
腰を下ろしたのも束の間、人影がこちらに向かってくるではないか。
何かから逃げるように、後ろから迫り来る巨大な影から逃げているようだ。
あれは──
「怪猪!」
「ったく、休む暇もねぇ」
このまま突撃されれば、ひとたまりもない。
ホープは包みを素早く手解き、骨弾と呼ばれる手製の弾丸を愛銃に装填する。
「一発で仕留める、アッシュ。誘導任せた」
「任されたよ、相棒!」
身の丈ほどにもなる狙撃銃を抱え、ホープは火山灰の積もる地を素早く走る。
地盤が緩み、ぬかるんでる沼を避けながら的確にステップを踏みながら、怪猪の側面となる場所へと向かう。
(──基本馬鹿正直だから、真っ直ぐにしか走りやがらねぇ。そのことを知らねぇってことは、狩りに慣れてねぇガキか馬鹿かのどっちかだ)
──ジャコン。
装填した弾は一発、ホープの狙撃銃は七発までの装填が可能だ。
骨弾自体、貴重なので満タンになることは稀だが、怪猪を仕留めることで弾と食料が調達できる。
沼だけでなく、岩場が多いことも幸いした。
──狙いを定めたら一瞬である。
引き金を引き、流星の如く体長三メートルを越す怪猪の頭部に風穴を空ける。
ズドン!と怪猪の倒れる音が小さな地響きに変わる。
ナイスショット。
離れた場所からアッシュがサムズアップしてるのがわかった。
(さて、と)
行きはいいが、帰りが面倒。
両手持ちに設計されてる狙撃銃だが、本体だけでも重さは二十キロを越える。
「──怪我はなさそうだね、よかった。どうして怪猪に追われてたのかを聞いても?」
「………」
「どうだ、アッシュ」
「あ、ホープおかえり」
背丈の低い、おそらく子供と思われる人物とアッシュが話をしている。
いや、話をしているというよりもアッシュが一方的に質問をしているようにも見受けられる。
「それがね、さっきから色々聞いてるんだけどだんまりで」
「なるほどな。脳天ぶち抜けば話す気になるんじゃね?」
「バカ」
物騒なホープの発言に子供が肩を震わせる、効果はありそうだった。
「おいガキ、怪猪ってのは好き好んで人を追いかけたりする生き物じゃねぇ。因縁つけるか怒らせるかしない限りな」
「……ッ!」
「話せ。場合によっちゃ肉を分けてやってもいいんだぜ?」
明らかな脅迫、ホープ本人にそんなつもりはないだろうが、端から見たら完全にカツアゲである。
子供は肩を震わせるどころか、全身をカタカタと小刻みに揺らし始める。
明らかに怯えている、見かねたアッシュがホープの頭を殴り子供の目線に合わせる。
「何すんだアッシュ!?」
「黙れ」
──空気が凍りついた。
「ごめんね、うちの馬鹿が喧嘩腰で──」
口を挟みたそうなホープ、しかし我慢した。
「僕はアッシュ、君は?」
「………ベニマル」
「なんでこんなところに一人でいたの?」
「……村、みんな、腹すかせてる。だから、狩り、してた」
「なるほど、それで怪猪にちょっかいかけちゃったんだ」
「……ッ」
認めたくないけど、認めざるを得ない。
言葉を詰まらせるベニマルの視線に合わせ、アッシュが身を屈める。
「怪猪はね、本来は大人しい動物なんだ。自分自身や縄張りに家族、攻撃してくる奴らには容赦しないけどね」
「………?」
「狙うなら餌を探してる時、それも単独の時は尚良しだよ!」
「おい、アッシュ、てめぇ、それ俺が─」
「彼らも僕たち人間と同じ生き物なんだ、ベニマルも村のみんなが襲われるのは嫌だろ?」
「………うん」
「そういうことなんだよ」
「……そっ、か」
「なぁ、アスカ、チャゲ。俺、なんか悪いことしたか?」
「バルル?」
「キュル?」
「はいはい、俺が悪ぅございましたよ、チクショー。おいアッシュ!早く怪猪を解体しちまうぞ、血の匂いで灰エナ共が群がってきたら面倒だ!」
「お、おい」
「あん?」
怪猪に近づこうとするホープをベニマルが遮る、不機嫌な血の気盛んな男ホープが苛立ちを露にする。
「なんのつもりだチビ」
「お、お前もだろ」
「テメェよりデケェわ、蟻んこがぁ!!」
「ホープ!」
今にもベニマルに向かって殴って掛かりそうなホープを羽交い締めにする、このままでは話が一切進まないとアッシュはそのままホープをスープレックスで頭から沈める。
アッシュに対して、畏怖の念が芽生える。
恐怖のホープを沈めた大魔王アッシュはニッコリと笑顔を浮かべる、ベニマルが一歩後退る。
「村まで案内してくれる?」
ベニマルは認識を改めた。
──本当に怖いのこの人だ…
※
ベニマルの案内で火山灰の大地を歩くこと四十分弱。
「てか、時間なんて記録意味あるんかよ」
「ある!時間がわからないと、日付の記録も取れないし、クワンプ・ルーメンのためにも!」
「ケッ、あるかもわかんねぇモノのために大変だな!」
「それがロマンでしょうに、わかってないなぁホープは」
「あん!?」
また始まった、とベニマルは心の中で溜め息を吐く。
この短時間でホープが噛みついて、アッシュが煽り、ホープがキレる。
もはやお約束事のように繰り広げられるやり取りを見せられては呆れたくもなる。
「おい、村はまだか?」
「あと、少し」
「お、あれじゃないか?」
火山灰の降る中、アッシュはまるで晴れてるかのように景色を見渡すことができる。
「相変わらず、眼がいいことで」
「どーも」
なんだかんだで相棒を信頼しているホープである。
火山灰の雨も徐々に弱まっていき、三人と二匹はペースを落とすことなく進み続ける。
ザクザクと降り積もる火山灰に足を沈める中、最も足取りが軽いのはホープである。
「おせぇぞ」
「ホープが早すぎるんだよ」
「おめぇらが遅いんだっつーの」
あくまでもマイペースなホープである。
道中、二人について行くことのできなくなったベニマルはアスカの背に身を任せる。
下り坂が多いため、登りよりも消耗は少ないが、彼のペースに合わせてしまっては、疲れることに変わりない。
ホープとアッシュはここぞとばかりにペースを上げた。
「最初から、こうするんだったぜ」
ホープが小さく呟く。
息を切らし、震えた声となった。
「おい、ベニマルつったか?入り口はあそこでいいのか?」
「う、うん、あそこ」
息を切らしながら、ベニマルが応える。
「なるほどな、大岩の上にあるから火山灰を積もらせねぇ造りになってるんだな」
「それだけじゃない、大岩を覆うようにして何かある。ドームみたいな、あれは……?」
山のような大岩を屋根のようにして、灰傘代わりになっている物体に目を向ける。
それは、ホープとアッシュにとってある意味馴染み深いもの。
それは、かつて世界の支配者と呼ばれていた残骸。
「──キジン」
「……の亡骸だね、ここまで綺麗に残ってるなんて」
大噴火の起こる、それよりももっと前に世界の支配者とされていたキジン。
これだけの大きさで地上を闊歩していたと考えるとなると、他の生き物からしたら堪ったものじゃない。
かつての暴君が今となっては小さな命を守る役割を果たしているのだから、月日の流れというのはわからないものである。
「この上に村があんのか」
「そう」
急な勾配だったからこそ、離れた位置から人影を確認できた。
これが平地だったら、大岩の上に村や集落があるなんて誰が考えようか。
「いいなクソガキ、余計なことは言うんじゃねぇぞ」
「ホープって本っ当、くどいよね」
「用心深いと言え、お人好し」
勾配のある火山灰の大地の次は、岩の階段。
慣れない足場にアスカとチャゲは戸惑いながらも、アッシュに手綱を引かれながら進む。
階段を進むにつれ、キジンが迫ってくるような圧が旅人を歓迎する。
「こいつは、圧巻だ」
思わず一言溢してしまう。
ゴクリと固唾を呑んだのも、無意識であろう。
「……守神様、俺達、は守神様のお膝元で、暮らしてるんだ」
「守神様、ねぇ」
顎に手を当てて眉をひそめるホープに対して、アッシュは表情を変えることなくキジンを見上げる。
村へはあっさりと立ち入ることが許された。
村の子供であるベニマルを助けたこと、怪猪の肉を手土産に持ってきたこと、そして何より駆竜を飼い慣らしていることに対して大きな信頼を得るのには十分だった。
アスカとチャゲを村の入り口に待機させ、ホープとアッシュの二人はベニマルの兄であるハルクの案内を受けて村長の元へと案内された。
「──まずは礼を言わせてほしい、ベニマルを危ないところから助けてくださって感謝いたす、流浪の者たち」
「気にすんな、成り行きだ」
「私はシュライヤ。この通り、女の身だがこの村を取り仕切ってる」
「人の上に立つのに性別は関係ないでしょうに」
「ククク、そりゃごもっとも」
「僕はアッシュ、医者見習いをしてます」
「俺はホープだ。早速本題だが、俺達二人と駆竜二頭をしばらく、ここで滞在させてほしい」
「随分とまぁ、そこの小さいやつは物事を急ぐね」
「あン?」
「ちょっと、ホープ!」
今は交渉の場であることと、アッシュが諫めることで、ホープは瞬時に切り替える。
「それで?私らがあんたらをここで世話するメリットとかはあるのかい?」
「てめぇの面倒はてめぇで見るさ、何も屋根ある場所を借りたいわけじゃねぇ。身体を休めて、先の旅支度を済ませてぇだけだ」
「……何日欲しい?」
「三日だ」
ホープが続ける。
「その間、俺達は可能な限りあんたらに尽くす。食糧調達はもちろん、アッシュの医術、情報交換も協力する」
「ふむ」
「こいつがメリットだ、あとは持ってきた怪猪の肉一頭半分、今手持ちには今食糧はこれしかないが、あんたらに譲ってもいい」
「──シュライヤ、俺は反対だ」
口を挟んできたのはベニマルの兄であるハルクだ。
「弟の命の恩人であることはたしかだが、こいつらの素性が知れねぇ」
「疑心暗鬼すぎないかい?」
「こいつらがあのキジンの手先だったらどうする?内と外から攻められては手に負えないぞ」
「おい、待て、あんた今キジンっつたか?」
今度はホープが口を挟む。
「それがどうした?」
「おかしな話だ、キジンってのは既に絶滅したって聞かされてきたんだけどな」
「よろしければ、詳しくお話いただけませんか?」
なんとも奇っ怪な話である。
キジンの亡骸を守神として崇める村が、キジンの脅威を恐れている矛盾。
「俺達とて、全てのキジンを守神様としてるわけじゃねぇ。先祖のためにここを守ってくれたあのキジンこそが俺達にとっての守神様なんだ」
「死んじまってる方はいい、今は俺達の黒幕って疑ってる生きてるキジンの話を聞かせてくれ」
「ハルク」
「……シュライヤ、あんたがそう言うなら──」
シュライヤとハルクの二人は数日間の出来事を話す。
「ことの始まりは、十と三日ほど前。村の周囲の生き物達が北上を始めたのを確認した」
「北には何が?」
「何もない、岩場もなく果てには渡るのはとても無理な川に辿り着くだけだ」
怪猪をはじめ、多くの生き物が群れをなして北上したのだという。
「調査を続けているうちに、キジンの影が見えた」
「私もこの村から姿はたしかに確認済みさ、距離はあったが間違いなくキジン。そして、あんたらが来るちょっと前に一度ここを横切っている」
「な…」
「だからこそ、タイミングが良すぎるんだ。キジンの出現とお前達の訪問」
「ハッ、その割にはあっさりと俺達を土足で歓迎してくれたもんだな」
「ベニマルもいたんだ、それに弟の命を助けてくれたのは事実なんだろ?恩人のことをさすがにそこまで無下にしたくない」
「だから、僕たちが長期で滞在することに対して、ハルクさんは反対なんですね」
「そういうことだ、だがシュライヤは違うみたいだな」
村長であるシュライヤの眼光は鋭い、溜め息をつきながらも頭を下げる。
「ハルクが失礼したね、ホープ、アッシュ」
「……話が見えないんですが」
「だったら口挟むな、お人好しのお前に交渉は向かねぇって何度も言ってるだろ」
「むぅ」
ホープとシュライヤが向き合う。
「今のやり取りで俺達がキジンの手先でないことは伝わったろ、村長さんよ」
「そうね、ベニマルが狩りに行ったとしても北側。南側に向かうなんて考えれない」
「そりゃそうだ、俺も腹が減ったなら血の濃い方に行く」
二人はおかしくなったのか、笑う。
「怪猪を仕留める実力、頼らせてもらうわよ」
「アスカとチャゲを休ませてぇ、手頃な洞窟があったら借りてぇ」
「空き家でよければ貸すわよ」
「助かる」
「……え、なんで急にスムーズになってんの?どゆこと?」
「ハァ、なんでこういうときにインテリ発揮しねぇかな」
「喧嘩売ってるでしょ?」
「馬鹿にしてんだよ、いいから黙ってろ。話が終わらねぇ」
あとでホープはアッシュに説明することになるのだが、高圧的な姿勢に喧嘩になったことは火を見るより明らかである。
シュライヤとハルクが求めたのは、ホープの狩りの才能。
そして、キジンの話題を出したのは警戒対象にあたるかどうか。
ホープとアッシュが流浪の身である限り、嘘をついている可能性は極めて低い。
こうして、二人は一週間の滞在が許された。
「あ、すみません一つ確認したいことが」
「なにかね?」
「シュライヤさん、日数を正確に数えられてるんだなって気になってしまって」
「あぁ、村に一つ大時計が残ってるんよ。暦はわからないけど、何日経ったかは把握できるよ」
アッシュが内心興奮してたことを見抜かれたのか、シュライヤがくすっと笑みを浮かべ、提案をする。
「見に行くかい?」
アッシュはハルクに案内され、十二の数字を回る針のついたオブジェ、大時計へ向かった。
「……驚いた、本当に動いてる」
「時間は正しいものかはわからねぇが、何日経ったかの確認に便利だ。保存食の温存とか、子供が生まれるときなんかは特に、な」
零から十一の数字が刻まれた円盤にある長い針が一の数字、短い針が八と九の間を示してる。
「しかし、時計を知ってるとはな」
「知識に貪欲なんだよ、うちの相棒よりもな」
「ホープか、あいつも小さいのに侮れないな。あのシュライヤに怖気つかないなんて」
「あいつは強いですよ、僕が見てきた、この世界の誰よりも」
「──誰かが俺のことを小せぇって言ってやがる」
「気のせいやろ、どこに向かってキレてるんだか」
その頃、ホープとシュライヤはアスカとチャゲを連れて停泊する空き家へと向かっていた。
「まさか、外でマスクを外せるなんてな」
「守神様のお陰よ。たまに風向きで灰は流れてくるけど大した量じゃない」
「……これが、婆ちゃんの言ってたかつての世界ってやつなんかねぇ」
大噴火の起こる前、空が灰に埋め尽くされずにアオゾラだった頃の世界。
ホープにとっては御伽噺の産物でしかない。
「着いたよ、ここだ」
「……いいのか、こんな立派なとこ借りちまって」
「誰も住んでないからいいんだよ」
空き家ではあるのだが、ホープが想定していた十倍くらいは大きな建物だ。
二人と二匹が停泊するには、少々広すぎる気もする。
「掃除、手伝うよ」
「オイオイオイ、そこまではいいよ、あとは俺らが勝手にするさ!」
「なぁに、あんたの話をもう少し聞きたいだけさ。掃除の片手間にね」
こいつも相当なお人好しとみた。
ホープはシュライヤのことをアッシュに近い人種であると認識し直す。
アスカとチャゲが身体を休める広さのある部屋を二匹のために用意し、最初にそこから掃除をすることになった。
「君、いい駆竜乗りだね」
「んだよ、藪から棒に」
「自分達の寝床よりも、彼らの休みどころを優先したじゃないか」
「当然のことをしてるだけさ」
「その当然のことができるというのが人間難しいものさ」
アスカとチャゲ、特にアスカとの付き合いが長いホープにとってはあまりピンと来なかった。
「君たちの旅の目的は?何を求めて、この灰色の世界を歩くの?」
「アオゾラを取り戻すため」
──迷いがなかった。
「……本気?」
「笑いたきゃ笑えよ、俺はやるぞ。火山灰の雲吹っ飛ばして、アオゾラが見える世界にする」
ふぅ、と一息。
隅に溜まった埃や煤が宙を舞う。
「笑わないわよ」
外に出たシュライヤは空を見上げる、灰色の雲に覆われ世界から光が失われ、アオゾラがはるか先のカナタへとなった空に手を伸ばす。
「──私も、この村からアオゾラが見てみたいから」
※
滞在一時間後、事件は起きた。
「──おい、アッシュ。こいつはどういうことだ?」
「見ての通りだよ、僕はハルクを殺した」
動かぬ人となったハルク。
先ほどまでシュライヤの屋敷で話してたベニマルの兄、ハルクその人そのものである。
彼の腹部にできた銃傷からドロドロした血が今も溢れている。
「……あんた、殺人趣味でもあったんか?」
「これは正当防衛だよ。ホープ、シュライヤさんも僕の話を聞いてほしい」
「この状況で話を聞けるほど、私が冷静だと?村の子が余所者に殺されて、冷静に殺人犯の話を聞けと!?」
「ったく、アッシュお前はいつも回りくどい上に物事をややこしくしすぎる」
ホープがハルクの亡骸に近づき、彼の右手に握られたナイフを手に取る。
「こいつ一つを見ても一方的にアッシュがこいつをぶっ殺したとは考えにくい」
血の着き方が明らかに違う。
一方的にアッシュがハルクを殺害したとは言い難いのは明らかである。
「アッシュ、お前怪我は?」
「ここ。左腕に切り傷、いきなり背後からナイフを突き立てられた」
「っても、あんたは納得できねぇだろうなシュライヤ」
「当たり前だろ?殺す必要があったのか?」
「彼が件のキジンの手先だとしたら?」
「……本当だとして、それを私に信じろと?」
「──待って、シュライヤさん!」
現場に駆けつけた、否、大時計の影に隠れて飛び出てきたベニマルが声を上げる。
「俺が、アッシュに頼んだんだ、兄さんの、ハルクの様子が変だったから……」
「え?」
「ベニマル、どういうことだ……?」
ベニマルの言葉に首をかしげたのはホープとシュライヤの二人だ。
カチコチ、カチコチ、と大時計が秒針を刻む。
「ハルク兄さんが、大怪我をして帰ってきた時から、外に出ることが増えたんだ。それで、俺気になって兄さんを尾けたことがあったんだ──」
狩りに出たハルクが長期的に帰らないことがあったそうな。
無事に帰ってきたのは大時計でシュライヤの計算で五十と八日。
「この子のSOSに僕は応えることにしたんだ」
「──せめて俺には一言言っとけや」
「運良く二人きりになれたからね、そしたら案の定僕は狙われた」
アッシュは続ける。
「彼はクロ、自分からキジンのことを話した上に僕は殺されかけた」
二人のやり取りがどのようなものだったか、二人にしか知らない。
しかし──
「俺、ハルク兄が、アッシュにナイフで、刺そうとしてたとこを」
「なっ……!」
目撃者がいたのだ。
「そのあと、アッシュがハルク兄を背負い投げして、銃で、ハルク兄を撃ったのを」
「そこまで言わなくてもいいでしょ?」
重要なのはハルクがアッシュを刺そうとした事実、正当防衛が成立する証拠だ。
さすがにシュライヤも身内であるベニマルの話を聞いては、アッシュのことを一方的に責めることもできない。
「それでアッシュ、こいつがキジンの手先ってのを詳しく聞きたいんだが」
「そうだね。僕もホープには話しておきたい、その前に──」
ざわざわ、とさすがに長居しすぎたか、騒ぎが伝播してしまったようだ。
「私が誤魔化そう、ハルクは一旦事故死で収める」
「悪いな、早々に騒ぎ立てちまって」
その後、二人は足早に立ち去る。
ホープがアッシュに用意された空き家へ案内をするために先導する。
「──で、一体全体何があったんだ、本当に」
「キッカケはベニマル君に頼まれたからだよ、僕が大時計を見ていたらいきなり背後からナイフを持って刺そうとしてきたんだよ」
「……ベニマルの野郎ォ」
ホープよりもアッシュが信用されてることに不満気である。
「ホープにもらったこれが役に立ったよ」
「ったく、弾貴重なんだから大事に使えよ。あと、ハルクの持ってたナイフ」
「うん、鉄だった」
「どこで手に入れたんだか」
カジバヤマ育ちのホープはともかくとして、入手はもちろん、加工する手段も限られてる資源である。
ホープはどこか腑に落ちない様子である。
「少なくともここ最近じゃねぇ、だけど、思い当たる節もねぇ、なら──」
「ホープ、今はそれよりも」
「……だな」
考えることは山ほどあるが、今は直近の問題を解消することが先決である。
「──改めて話を聞こうか、二人とも」
村長シュライヤ。
人の上に立つものの独特な雰囲気、彼女から漂う空気がそれを告げている。
話し合いはアッシュを主に進んだ。
「たしかに、あいつは拾い子だったが、まさかそういうことだったとはな──」
「アッシュ、お前は確認したのか?」
「うん、間違いなく」
「ならば、発端の責任は見抜けなかった私にあるな。危うく、民を危険に晒すところだった」
「シュライヤさんは悪くねぇよ、俺も言わなかったし」
「言えなかったんだろ、そりゃそうなるわ」
義理とは言え、兄のようなものだ。
「思えば、キジンの話を始めたのもあいつだったな」
「すると、なんだ?警戒するモンがなくなって俺たちは早速お役御免か?」
「その判断はせっかちだ、実際私もそれらしい姿は確認している」
「それなら──」
話し合いは一時間も要さなかったが、アッシュの正当防衛が認められたのは大きかった。
「……ごめんな、ホープ」
「今更何言ってんだよ」
「僕としてはもっと穏便に済ませたかったんだけど、できなかった」
「いや、ほんと今更何言ってんだよ」
会談後、二人は用意された小屋へと戻っていた。
アスカとチャゲの毛繕いをするホープに、部屋の隅っこで縮こまるアッシュ。
アッシュ本人も今回の騒動に関して、反省はしているようだ。
「結果オーライだ、気にすんな」
翌日。
二人はベニマルを連れて狩りに出発した。
目指すのは北、北上した生物達の確認と、本当に何もないのか、調査のためである。
「わざわざついこなくても、僕たちだけで十分だったのに」
「村にいたところで何もできないからね」
「だからって──」
「アッシュ、もういいだろ」
危険地帯へ向かうのだ、止めるのは当然の道理だとも言える。
それ以上にホープはベニマルに感じるものがあった。
「こいつが漢見せようってんだ、邪魔すんのも野暮だ。俺たちで援護してやろうぜ」
大きな危険があれば引き返せばいいだけだ。
大抵のことは二人いればなんとかなる、今までもこうして二人で旅を続けてきたのだから。
怪猪の足跡が新しくなってきた。
群れが通って時間が経ってない証拠である。
「アッシュ」
こくり、と静かに頷く。
道中灰エナが襲ってくるも難なく撃退し、撒いていく。
「仕留めなくていいの?」
「あいつらは動くものを追いかけて血に群がる。そんでもって、群れで動く、殺したところで芋づる式だ。動けなくしといた方が都合がいいんだよ」
「群れの同胞であっても食糧扱いだからね、僕らには理解できないけど、彼らなりの生き方なんだね」
ホープの撃った灰エナの血に群がり、灰エナの群れが囲い貪る。
追撃のない内に先に進む。
「動くもんより目先の血肉を優先すんのも、あいつらの生態さ」
気に留めていてはキリがない。
効率よく野獣を狩るために身に付けた、ホープの知識はアッシュも驚くことが多い。
「……小さいのに、すげぇ勉強してるんだな」
「小せぇのは関係ねぇだろ!!」
どれだけ走ったのだろう、アスカとチャゲの調子が頗る良く休憩を挟むことなく走り続けた先で行き止まりに辿り着いた。
先の景色には怪猪の群れも見える。
「あれは……」
「泥浴びだな。ここは沼だ、奴らはここにコミュニティを作ってたんだ」
「そっか、だから怪猪が自然と北上してたのか」
「……それだけじゃなさそうだがな」
苦い顔を浮かべるホープにアッシュとベニマルは首をかしげる。
「ちょいと離れるぞ」
溜め息を吐くホープに続いて、二人を乗せたチャゲと主を背から離したアスカが付いていく。
ある程度離れた場所で見たのは怪猪が小さく見える巨大な足跡。
それがさっきまで三人のいた場所にあったのだ。
「あいつら、こいつから逃げて来たんだ。でなけりゃ、縄張りを移動させるなんてリスク多いこと、俺ならやらねぇよ」
怪猪の住処を追いやった犯人に目星は付く、だからこそホープは焦っていた。
「急いで戻るぞ!ハメられた!」
「ホープ!?」
「あの野郎、とんでもねぇ置き土産をしてくれたな!」
そもそもの話である。
怪猪の異常を感じたのはベニマルだったが、キジンの出現報告をしたのはハルク。
そして、今となってはどちらかは不明だが、滞在条件を提示したのはシュライヤとハルク、ならば提案したのは?
──元々、集落が襲撃に合うシナリオだったのなら?
ホープとアッシュというイレギュラーを一時遠ざけるための調査名目だとしたら?
ハルクは既に死んだが、調査予定日がキジンに伝わっているとしたら?
「──シュライヤ達が、危ねぇ!!」
招かざれるイレギュラーが来たところで、歯車は狂わない。
あくまでもホープの憶測の域。
しかし、アッシュの知る中ではこういう時のホープが勘を外したことはない。
「っ、あれは…!」
「灰エナッ、怪猪の血に群がってきやがったな!!」
キジンの通った路には北上してきた怪猪の亡骸が複数。
真っ赤になった轍は大地を染める、二十を越える灰エナの群れが更なる血を求め群がる。
灰エナは本来、死体に群がる。
しかし、死体の数が多すぎるために統率が取れずにいる。
餌場に現れた侵入者、ホープ達は灰エナの敵としてマークされた。
「チッ」
「どうするホープ!?」
「正面突破するっきゃねぇ!!」
ガチャン!とホープは走るアスカに跨がりながら身の丈大の愛銃を構える。
ベニマルを庇いながら、サバイバルナイフとハンドガンを構え、アッシュも臨戦態勢に移る。
「──道を空けろォ、獣畜生共!!」
狙うは一撃必殺。
貴重な弾丸を大量消費しかねない状況である、確実に灰エナの頭を狙って動きを止める必要がある。
突破するのに大した時間は費やさなかった。
追撃してくる灰エナを撃ち抜く。
「ッ」
動く的、全速力のアスカに跨がりながらの狙撃は高度な技術を伴う。
ズドン、と硝煙の香りと共に鋼鉄の一撃が放たれる。
「ナイスショット」
「さっさと進んでろ、殿は俺とアスカで充分だ」
ベニマルはまだ、二人の実力を完全に理解してなかった。
※
火山灰で覆われた丘を越え、走ること一刻ほど。
もう間もなくシュライヤの元に戻れる、というところまで戻ってきていた。
アスカとチャゲには随分無茶をさせてしまった、到着したらしっかりと休んでいただかねば。
「シュライヤさん!」
「無事かぁ!?」
集落に大きな被害は見られない。
「皆、戻ったか!」
「皆無事!?」
どうやら、先に戻って来れたようだ。
「なぁ、アッシュ」
「どしたの?」
「……今更だけどよ、キジンがここに戻るって確証はなかったよな?」
「本当に今更だね」
早とちりの可能性がでてきた。
ハルクがキジン側だと言う推測で動いたが、あくまでも最悪の事態を考えた推測でしかなかったのは事実。
何とも言えない気まずさがホープの胸中を漂う。
「それで、生態調査はどうだったんだ?」
「そのことな
瞬間、何かが爆ぜた。
「──伏せろォ!」
いち早く察知したホープが動く。
爆撃、突如として発生した事態。
そんな中、ホープの脳内は冷静に分析を開始する。
(今のは、仕掛けられてた?ならトリガーは、いや違う!あれは遠距離からの狙撃だ!)
爆破のタイミング。
落下物からの衝撃方向の推測、それは、北。
「──アスカ!」
「バルォォ!!」
「ホープ!」
「アッシュ、ここ頼むわ!多分、怪我人も出てる!」
「頼まれたよ、相棒!」
付き合いは短いが、ある程度の死地を経験した二人。
荒事はホープ、補佐はアッシュ。
己が役割を全うすべく、臨戦態勢に入る。
「やっぱり、ホープの勘はよく当たるよ!悪い意味で!」
「一言余計だ!言ってる場合か!」
混乱すれば伝播する。
ならば、立ち向かう勇気もまた伝播する。
ホープとアッシュの二人はそのことを理解していた。
「シュライヤさん!これから僕は怪我人の治療、及び避難に向かいます!」
「アッシュ君……」
「ベニマルは怪我してない?」
「大丈夫、それよりも──」
「皆助けるよ!」
「上!危ない!!」
先ほどの爆発、守神の腕にヒビが入りバランスを崩した間接部分が落下してくる。
巨岩の如くシュライヤの頭上に向かって──
ベニマルの声に反応したアッシュがシュライヤを抱き抱え、退避する。
「大丈夫!?」
「すまぬ。お主、もしや──」
「詮索は後でお願いします!」
骨格の破片が雨のように降り注ぐ。
幸いにして大きなものは少ないが、範囲が広くフォローに回るだけの余裕がない。
「全く!客人に助けられてばかりでは格好がつかん!自分の身は自分で守るんだ!」
怪我人もいる中、酷なことではあるが今はこれが最善策。
雨が止むまでの辛抱である。
やがて、雨は止み負傷者の手当てに集中することにアッシュは切り替える。
患部に刺さった破片を抜いたとき、手触りに違和感を覚える。
「これ、鉄……?」
※
キジン、かつての資料には機人と記される。
一部地域では鬼神と称され、畏れ戦きの対象でもあった。
ホープがキジンについて知ることは少ない。
──ならば、これから知っていくのみ。
「……ッ、デケェ!」
まさかこの数日で何度も御伽噺の存在と出会うことになるなんて、思いもしなかった。
亡骸と現存するもの、そうそうお目に掛かれるものではない。
「……!」
キジンが銃を構える。
狙いはホープの後ろ、眼中にないといった態度が彼の癪に障る。
「──俺はここだぞ!デカブツッ!!」
ズドン!と銃口から放たれたのは槍のような弾丸、岩だろうが鉄だろうが貫く一撃をキジン目掛けてぶっ放した。
「……!」
「チ」
俊敏。
あの巨体で躱すか、攻撃は阻止できたから結果オーライ。
こちらに注意も向けることができた。
「もう一っ走り頼むぜ、アスカ!」
「バル!」
キジンの銃口がホープを狙う。
(……ありゃ、俺の銃と形状は似てるが連射もできる構造みてぇだな。リロードの時間が早すぎる)
加えて巨大、ホープの扱う人間大のものと比べ、キジンのものは銃弾一つが隕石のようなものだ。
「でかけりゃ、いいってもんじゃねぇぞ!」
大きければ、それだけ死角は生まれる。
一撃目の狙撃から推測するに、遠距離向けの銃だと仮定すると、獲物が近ければ近いほどやりにくいはずだ。
アスカの機動力で撹乱し、死角からホープが撃つ。
当たった様子からして、岩以上の硬度があるのを前提として、出し惜しみなく鉄製の弾で撃ち続ける。
場合によっては、あれを使うことも視野に入れつつ、村から距離を取るようにしてアスカの手綱を握る。
遠距離狙撃が可能とはいえ、限度はある。
このままヘイトをこちらに向けつつ、離れ、時間を稼ぐ。
(……にしても)
どうにも、不可解である。
動いている以上生き物であり、ホープの挑発に乗ってきてるということも含めて、感情や心理といったものはあると思う。
そのことも含め、鋼鉄並みの硬度、銃撃の冷却音に似た駆動音が生き物離れした様子を見せる。
ホープだから気づけた違和感。
機械に強い国に生まれ育ったホープだからこそ、抱く疑問であった。
──カチカチカチ、とキジンの腕を這うように光が生じる。
(あれは──!)
プシュゥゥ!!とキジンの背から煙が吹き出す。
深紅の目がホープを映す。
──ここからが本番だ。
そう語りかけてきた。
「クソッタレ!」
今の今まで、キジンは戦闘をしていたわけではなかった。
ホープという矮小な存在の駆除をしていたのだ。
人間が羽虫を潰すような感覚で、敵対という意識すらもなかった。
ここで初めて、キジンはホープに向けて敵意を飛ばした。
それだけではない。
「!」
自身に当たることを前提とした、乱連射を始めた。
自棄になったか、と思ったがそうではない。
周囲の岩場や地形を乱し、ホープの駆動力を奪おうとしてるのが第一であろう。
銃弾の数発はかなり遠くまで飛び、正確な狙撃であるならばアッシュ達のいる場所まで容易く届く範囲だ。
(これ以上距離取るのに時間取れねぇか、もうそろそろでチャージできるんだがな、それまで俺が保つかどうか!)
アスカにこれ以上無茶はさせられない。
かといって、アッシュの増援があっても戦況が変わるとも考えにくい。
(──周りをよく見渡せ、俺のできること!)
「ホープ!」
遠目で戦況を確認するシュライヤが飛び出そうとしたところ、アッシュに止められる。
「何故止める!?」
「貴女が行って何ができるの、ここはホープに任せて!」
「貴様は、あれに一人で挑ませて、勝機があると本当に思ってるのか!?」
キジンの身長は約四メートル、人間と建物が喧嘩をしているようなものである。
「僕だって、加勢したいさ!チャゲも、気持ちは一緒、だけど、行ったところで足手まといになるだけ!」
「足手まとい、だと」
「ホープはね、希望なんだよ」
かつて相棒は言った。
己の名は皮肉にも希望という意味だと、俺にそんな大役押し付けてるんじゃねぇよと、そんなことよりも身長を寄越せと。
「──あいつは、強い」
駆竜アスカに跨がる戦士の強さを、アッシュは誰よりも知っている。
狙撃の正確さ、否。
怪猪や灰エナを難なく倒す知識と力、否。
鉄製品に対する豊富な知識、否。
自身の身長大と変わらぬ狙撃銃の引金を片手で支える身体能力、否。
ホープという人間の、在り方──
「待たせたな、デカブツ!」
──この世界にアオゾラを。
『──火山灰の雲吹っ飛ばして、アオゾラが見える世界にする』
ガチャリ、と銃のシリンダーを入れ替える。
バチバチバチ、と銃口から銃身に向かって稲光が走るようにして静電気が発生する。
「んと、正確にはあいつの武器含めてだけどね」
「あの、筒か」
「そ。あれは銃ってね、ちょっと前までは都市じゃ当たり前の武器だった」
こんな世界に変わってからというもの、必要のない情報や知識というものは人々から忘れ去られる。
ホープの愛用する狙撃銃RailGUN=typeⅢも今となっては化石に等しい、古代兵器とされている。
「ただ、ホープのあれは特殊なんだよ」
彼曰く、籠めることができるのは弾だけではなく、火山灰を装填することもできるんだと。
「火山灰を……?」
「仕組みはよくわからないけど、銃身に籠った熱が火山灰に反応して電力を生み出すことができるらしくて、それを一気にドーン、って撃てるんだよ」
一度だけ、アッシュはそれを見たことがある。
節約家のホープが使わざるを得なかった状況を。
「──これで終わりだデカブツ!!!」
キジンがホープを捉える。
引金を引くスピードは僅かにキジンが早かった、コンマ二秒ほどの差である。
──ズドン、と。
音が消え、光が生まれ、閃光が駆ける。
超電子砲。
又の名を、レールガン。
雷撃はキジンの弾丸を押し返し、そのまま銃身へと逆再生するように、雷撃が銃身からキジンの肩を貫き、灰色の空を穿つ。
閃光は雲を一瞬だが撃ち抜く、しかし灰色の空模様が決して晴れることはなかった。
「──畜生が、遠すぎるぜ」
雷撃を受け止めれなかったキジンは銃創を中心に火花が散り、爆発を起こした。
「アスカ、アッシュのとこまで頼む。さすがに疲れちまった」
「バルル!」
「お前もありがとな、おつかれさん」
戻ったらチャゲと一緒にブラッシングだな、と。
灰色の希望はアオゾラへ向けて、走り出す。
明日、という身近なアオゾラへ。
果てしない、奪われた世界のアオゾラへと。
※
「いってぇ!ちょ、そこ、あかん!!」
「全く!無茶しすぎ、いくらなんでもあの体格差で何で助けを求めないか、なぁ!!」
「勝ったからいいんだよ、勝ったから!!」
「肋と靭帯を痛めてる勝者がいるかっての!いつもみたいに無傷で帰ってこい!」
「怪猪と一緒にしてんじゃねぇよ!」
──当然、アスカを労る間もないわけでして。
レールガンの反動は大きい、ホープが連発をしない理由の一つでもある。
うまくキジンの直撃を避け続けてたとはいえ、衝撃やら超高速で飛来する石礫なんかは避けられない。
ドクターアッシュなりの労りなのかもしれないが、結果論でしかなかった。
「それで、キジンの骨が鉄に近いってのは、一体全体どういうわけだ?」
「僕だって、わからないよ。鉄に関しては君の方が詳しいんじゃないの?」
「まだ詳しく見てねぇからわからねぇよ」
……そう考えるとレールガンでキジンを吹っ飛ばしたのは不味かったかもしれない。
調査が難航するかもしれない。
「だからって、レールガン使わない選択肢なかったわけだしなぁ……」
「僕としては、ホープがレールガンを使ったことに驚いてるよ」
「あのなぁ、俺だって死にたがりってわけじゃねぇんだ、ヤベェって時にケチって死ぬなんてバカだろうが」
そこで僕を呼ぶって選択肢がなんでないんだ、この脳筋め。
頭ではわかっていても、相棒としていざというときに頼れないというのは如何なものかと感情が先走る。
「失礼するよ」
「シュライヤさん」
「俺もいるぞ!」
「小さくてわかんなかったわ、ベニマル」
「お前に言われたくねぇ」
「アぁン?」
「まぁまぁ」
「コラコラ」
ここまでナチュラルに煽れるホープもすごいな、ブーメランだけど、と口に出しては新たな火種になりかねないので飲み込んだアッシュであった。
「すまないな、治療中に」
「いえいえお気になさらず」
「……村の代表として、礼を言いたい。危機を救ってくれて、ありがとう」
「あー、礼は受け取れねぇ。まだ、危機とやらは終わってない可能性がある」
「え?」
ホープとアッシュは気まずそうに、それでいて言いづらそうにしている。
「ハルクがキジンと繋がってたとするなら、奴らは徒党を組んでいる。その枝を俺たちは切っただけだ」
「さりげなく何もしてない僕もカウントしないでくれるかな??」
「黙ってろ、話進まねぇよ」
あまり、考えたくはないがキジンが一人だけとは限らない。
最悪の話、徒党を組んでるのがキジン同士だった場合は人間だけではどうしようもない。
全員が全員、ホープのような人外ではないのだ。
「待て、俺は普通だぞ?」
「……倍の体長したキジンを単独撃破して何寝言言ってるんだか、頭でも撃ったの?」
「うるせぇ」
二人の様子にキョトン、と目を丸くする。
「そこまで貴殿方に甘えるわけにはいかないよ、元々は身内が振り撒いた粉みたいなものだ。これは私らの問題さ」
「俺そこまで弱くないし」
「一時の危機は去ったんだ、そのことに対して礼もないんじゃ失礼だろ?」
「それもそうか」
「単純か」
医者が患者を殴るな。
「俺からもありがとうアッシュ、あとはホープも」
「どういたしまして」
「ついでかよ」
今は回復に専念することが大切だ。
シュライヤの好意に甘えてホープの傷が落ち着くまでは滞在させてもらうことになった。
その後、ホープは半日でアッシュから解放されアスカとチャゲのブラッシングをすることができた。
「悪いな、待たせちまって」
「バルルルララ!」
「キュルルルル!」
「おいおい、引っ張るな!待てって!」
そんな様子をシュライヤは微笑ましそうに眺める。
「君は、本当にいい駆竜乗りだな」
「あん?」
「アッシュ君の、とはいえ自分の駆竜でない駆竜にそこまで懐かれるなんてな」
「あぁ、元々はチャゲも俺と一緒に育ったんだ、こいつら兄弟なんだよ」
「そうなのか」
「あぁ、んでチャゲがアッシュに懐いたから一緒にいることが増えたんだよ」
あいつ、こういうブラッシングとか苦手なんだけどな。
と、ホープは愚痴のように溢す。
「──そういえば、君たちは幼い頃からの仲なのかい?」
「いや、出会ったんは最近だよ、正確な日数は知らねぇけど、あいつなら記録してるんじゃねぇかな」
十年とかの付き合いでないのはたしかである。
故に、お互いまだ知らないことも多い。
「では、彼女が女性であることは」
「会った時から知ってるよ、何でか隠してるけど詳しくは知らん」
「そ、そうなのか」
思えば、アッシュのことはあまり知らないような気がする。
ホープ自身、質問するような人間でもないし、過去のことはあまり気にしない性格だからこそなのかもしれない。
「よければ聞かせてはもらえないだろうか、君達の旅路を」
「いいけど、そんな大層なもんじゃねぇぞ?」
「なら、村をキジンの魔の手から守った英雄様の旅路とでも言えば嫌でも大層になるかな?」
「そういうのは勝手にやってくれ」
「冗談だ」
「ったくよぉ、話すのはいいけどよ」
なんやかんやと話してくれるのは、ホープの不器用で優しい一面もあるのかもしれない。
戦闘においてはまさに鬼人が如くの男だが、普段の様子はどこにでもいる少し背の低い青年に変わりはない。
「誰がチビだって?」
「言ってない言ってない」
変なとこには敏感である。
「んー、どこから話すかな、そもそも俺は──」
語り部は、英雄。
主演はその英雄ホープと相棒アッシュ。
これは、灰色の希望が紡ぐ物語である。
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