百合の間に挟まる"ようじょ"はお好きですか?   作:流星の民(恒南茜)

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プロローグ部分から大幅に改稿いたしましたので、別作品として再投稿いたします。


第一話 「かくして百合は間近に」

「だ……ダメ、です……ジュリお姉様っ」

「ダメ、なんてこと。あるわけないでしょう? 私とあなたの関係よ?」

 

漏れ聞こえてくる吐息が、わたしの鼓膜をくすぐる。

ぎしり、と僅かにベッドが揺れた。

 

「っ」

 

もう、始まる。

絶対にバレないようにするため、高鳴る心臓の鼓動を抑えるようにわたしは更に身を丸めた。

潜り込んだ()()()()()で。

 

わたしは、知っている。

女の子同士が一番ステキだって。

そして、もう一つ知っている。

その間に挟まる——という行為は絶対にダメなことだ、と。

 

それでも、張り込み続けて三時間。未だ未成熟なせいか眠い目を擦り擦り、我慢していたおかげで、わたしは今空気と変わらぬベッドの下の住人としてこの空間にいることが許されている……はず。

 

ことの発端は数日前。

思えば長かった──なんて。

ぱたり、と。凝り固まった体を伸ばし、噛みしめるようにして目を閉じる。

浅くなっていく意識の中で、ありありと。

思い起こされた情景に身を委ねながら。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ルーシャ! これで何度目だと思っている!?」

 

鉄柵の向こうには、それはそれは美しい花園が広がっているという。

まことしやかに孤児院で囁かれていたそんな噂。

『ソフィア女学院』と名前が刻まれた堅牢な門扉。その向こう側には百合の花園が広がっていることを、わたしは知っている。

 

ベンチで肩を寄せ合う親しげな二人、図書館の窓越しに映る先輩後輩らしき二人──とにかく、女の子と女の子が一緒にいるのを見ると、きゅって胸が締め付けられるように切なく痛む。

だからこそ、学院の門扉に刻まれた白百合、触れてはならぬ純潔にちなんで、彼女たちの関係性を”百合”と呼ぶことにした。

 

けれど、それは未だ発展途上な命題。なぜ、それがわたしの心を引き付けて離さないのか──それを書き残すには余白が足らない──。

 

「……お前は賢かろうと分別が足らん。とにかく謝りなさい」

「……は、はい……。ごめん、なさい」

 

そもそもとして、書き残せるような状態ではなかったけれど。

現実逃避を打ち切って辺りを見回す。

 

積み上げられた赤レンガによってできた堅牢な壁に、月明かりすら差し込まない小さな窓。それ以外はテーブルと椅子が一つ。

女学院──花園の脇に立っているにしてはあまりにも殺風景な警備員室。

そこでわたしは警備員に向かって頭を下げていた。

 

「……わかったならよし、と言いたいところだが……君も流石に二桁回は超えただろう? 院長、厳しい対応をお願いしますよ?」

「……本当に申し訳ありませんでした。しっかりと言い聞かせますので」

 

がっしりとした手がわたしの髪を掴む。痛い。

謝罪のあと、ようやく開放されたにも関わらず頬を刺すのは冷たい夜風、それに加えて孤児院の代表として普段から子供の前に立っているにしては、あまりにも厳しい表情で院長はわたしを見つめている。

 

「着なさい。この辺りは高台だ、よく冷える」

「……ありがとう、ございます」

 

わたしの体には大きすぎるコートを渡される。

それを頭から被って、余った分は引き摺りながら、しばらくの間無言でわたしたちは坂を下っていた。

 

「……むぅ」

「ルーシャ、お前がむくれてどうする」

 

お腹を壊したふりをして昼食をスキップ。昼に一度ある警備員の交代を見計らって来たはずだったけれど、今日はいつもと勝手が違ったようで。木の裏に身を隠し、柵のギリギリにいつつも決して百合に干渉してはならず、と鑑賞していて。

そんな配慮の一切は柵の外では通用せず、わたしはあっさりと警備員に捕まった。

 

「……絶対、もっと上手くできてました」

 

トライ&エラー。

何回も捕まりながらも死角を探し、絶対に警備員が来ないであろう抜け目を探すためにデータを集めていたのに、全部が一回の想定外で台無しになった。

 

「……知っている。ルーシャ、お前が”寵児”であることも、魔法が使えずともそれを補えるほどの賢さを持つ子であることも。ただ、迷惑をかけるなと言っているのだ。お前が以前開発した──ソバカスを消す薬だったか? は、さぞかし流行していただろう。人の役に立てているのならもう十分だと思うのだが」

「あれは……人の役に立つためじゃなくて、わたしのために作ったものです」

「違う、そういうことを言っているんじゃない。……とにかく、お前はもう満たされている人間だ。だから他人に危害を加えるんじゃない」

 

満たされているものですか、なんて。

心の中で悪態をつきながら、頬に手を当てる。

そこには以前まで触れていたソバカスがない。

 

──”寵児”。

 

それは、名字すら無い戦災孤児のわたしの身分を一気に引き上げるもの。

 

おおよそ齢五歳にして発現する特別な能力を持った子供のことだ。

体内に異様に溜まった魔力により、特定の分野に秀でた能力を得る──その仕組みは、わたし自身も解明に携わった。

わたしが貰ったのは自分で言うのも何だけれど、難題にも耐えうる高度な知能だったから。

 

だからこそ、彼らの命が短いこともわたしは知っている。大体、12,3才ぐらいで”寵児”は死ぬ。

 

多分、わたしもそうだ。

今年で十歳。ともすれば、残された命はあと2,3年。

神様は時間まではくれなかった。

延命措置はできたとして、その辺の人たちと同じぐらい生きたい、というのならそれは無理な相談だ。

もう早々に研究は打ち切ってしまったし。

 

だから、せめて残された時間は満たされていたい。

嫌いだったソバカスを消したり、好きだった絵本を目一杯読んだり。やりたかったことと好きなことに時間を当てたい。

 

……”百合”は、遠くから眺めているだけでも構わないから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

──なんてことを考えながら、ぼーっと次の策略を練っていた頃。

気づけば、建物はぎゅうぎゅう詰めになって、女学院のある高台のような余裕を失っていた。

一般的な居住区だ。建物がぎゅうぎゅう詰めなら人も同じ。はぐれないように、と院長がわたしの手を掴む。痛い。

そして、ここまでくれば孤児院も近い。もう少しの辛抱だ。

と思っていた矢先、不意に人混みが開けた。

 

「……なっ」

 

それも、ちょうど孤児院の前。

院長の手が緩んで、するりと離れた。

 

馬車が一つ。

それと、きちんと黒服を着込んだ人が二人ほど。

その中でも一人だけ、明らかに雰囲気が違う男性がいた。

スラリとした背に、悪趣味じゃない程度で装飾のついた服。

分けられた金髪の下から覗く切れ長な瞳は、遠目に見ていても少しばかり尻込みしてしまうようなものだった。

 

そんな明らかに場違いな人が孤児院の前にいて。

しかも、こちらを捉えた。

 

「おお、これは——グリア院長。申し訳ありません、行き違いになってしまって」

「......い、いえ......。ところで、失礼ですがあなたは......?」

「ああ、これは失礼。申し遅れました。私はスミス=ブランシェルトと申します。聡明なあなたならご存知でしょう──ルーシャさん?」

 

かしこまった一礼。

その反面、ウィンクを挟んでくる辺り茶目っ気はある人だ──って、そういう問題じゃなくて。

彼の言う通り、確かに聞いたことのある名前だった。

ブランシェルト家と言えば貴族、北の方に広大な領地を持つ、王家との繋がりも強い名門家系だ。

 

だけど、彼の領地はここからずっと遠い。

何故わざわざここまで来たのか──違いない、十中八九“寵児”であるわたしに用事があるからだろう。

 

「......ええ。存じ上げております。ところで、どのようなご用事でしょう? 研究への協力といった一切の活動を、わたしは今打ち切っているのですが」

「流石です、理解が早い。燃えるような赤毛に、”寵児”の象徴たる金色の眼。やはりあなたは話に聞いていた通り聡明な方だ」

「煽てても研究の類であれば、協力はできかねますよ?」

 

相当に失礼な事を言っているのは承知だったけれど、それでもこんな文句に乗せられたら堪らない。少し強めに言い返す。

 

「もちろん、それは知っています。王立アカデミーを最年少で卒業しながらも、短い余生を過ごすために孤児院で隠居生活を送っていると」

 

隠居生活、と言われると少しカチンと来てしまう。

それでも、概ね正しかった。

わかっているなら話が早い、けれど......それなら、何で引かない?

 

もしかして、別の仕事......いや、それでもこの理想的な住処を手放すわけには行かない。

女学院に近くて、周囲も気心がしれた相手ばかり。

何が来ても断るだけだ。

 

「だからこそ、別件です。あなたに家庭教師を依頼したい。私の妹、二人の」

 

......そんな私の決意は一瞬で揺らいだ。

女の子二人──同じ屋根の下──来た。

思わず心の中で拳を握ってしまう。

 

……いや、待て落ち着け。まだ条件すら聞いてない。

流石に早計、浅はか、深呼吸。

 

「失礼ですが、そのお二人のことをお聞きしても?」

「ええ、片方は私の直接の妹、もう一人は父の妾の子──腹違いの妹です。そちらは最近家に迎え入れたので二人共まだそこまでは打ち解けていませんが」

 

完璧だった。

血の繋がりはあれど、会ったことのない二人。

突然命じられた姉妹関係に戸惑いつつも、共同生活を送っているうちに絆を深めていく……その過程をじっくりと見られるとくれば、あまりにも贅沢すぎた。

 

「もちろん、タダとは言いません。あなたが日頃から女学院に対して強い関心があると、私はそう聞いております」

「……え、ええ。そう、ですけど……」

「残った人生で何を為そうとしているのか私にはわかりかねますが、“寵児”の学びに貢献できるとあらば本望だ」

 

最早、決意は揺らぎに揺らいで最早そのまま倒れて決壊しようとしていた手前。彼は更なる一手を打ち込んできた。

 

「ルーシャさん、あなたには私の養子になっていただくつもりです。そして、家庭教師としての仕事を成就させた暁には女学院への入学と学費の援助を約束いたしましょう」

 

ガッチリとスミスさんの手を掴む。このチャンスを絶対に手放さないために。

だって、三食百合付き、住み込みのお仕事でご褒美に女学院……これほどの幸せがあるだろうか。

……いや、あるわけないっ!

 

 

「是非やります──いえ、やらせてくださいっ!」

 

 

かくして、困惑を滲ませる院長と生まれ育った孤児院の手前。

私は掴み取ったのだった。

 

これ以上ないほどに好条件な家庭教師の仕事を。

百合の花園を間近で見る権利を。

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