百合の間に挟まる"ようじょ"はお好きですか?   作:流星の民(恒南茜)

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大変お待たせして申し訳ありません。
ようやく執筆スケジュールが整理できてこちらを執筆することになりました。
とにかく一区切り付くまではペースを上げていこうと思っているのでよろしくお願いいたします。


第九話 「散った花弁に」

引き裂かれた。

本来ならわたしが結わえなければいけなかった二つ──リリィさんとジュリアさん。

 

合同授業から一週間、それはそのままジュリアさんが部屋に閉じこもっている期間を意味していた。

無論、手を打たなかったわけじゃない。わたしだって何度か様子を見に行ったし、メイドのお二方や徹夜明けらしいスミスさんにだって頼んで、そのドアを叩いた。

それでも、彼女が出てくることはないのだ。

 

「……少なくとも、今のところは打つ手が無いだろう。なに、食事は摂っている。君がそこまで案ずることはないさ」

「……そうでしょうか。でも、わたしは家庭教師で……」

「だけれど、その歳だ。君はまだ幼い。若い身に心労は堪える──どうにも、それは私が証明してしまっていてね」

 

わたしは確かに”知恵の寵児”かもしれない。

だとしても、それを除いてしまえばスミスさんの目に映る通り、まだ年端もいかない少女に過ぎず。

ともすればドア一つ開ける力すら……わたしのこの両手には無いようだった。

 

「あまりに気になるようならリリィの勉強でも見てやってくれないか。彼女はまだ人と接しようとする気があるみたいだし……何より、そうだな。気分転換にはなるかもしれない」

 

書類に忙殺されながらも、スミスさんはわたしのことを気遣ってくれている。

ただ、彼にだって知らないことはあるのだ。

わたしがずっと黙っていたこと──ジュリアさんがリリィさんに対して行った暴行。

 

今のスミスさんはあまりにも忙しい。それこそ、本来なら家族のことなんて気に掛ける時間が無いほどに。それならば、頭ごなしにジュリアさんを叱りつけてしまうかもしれない。少なくとも、丁寧な対応は期待できそうになかった。

 

だからこそ、この問題はわたしが何とかすると決めたのだ。

下手に触れてしまえば、ボロボロと崩れ落ちてしまう芽かもしれないのだから。

 

ただ、とはいえ、わたし自身も何の収穫を得られていないのは確かなのだ。

それに、閉じこもってしまったジュリアさんばかりに気が行くけれど、あの合同授業の一件で心に傷を追っているのはリリィさんも変わりないだろう。

 

『いけませんか? 今まで独りぼっちで、やっと家族ができて──たとえどのような方であろうとも、その家族を大事にしたいと思うのは、いけないことですか……っ!?』

 

吐露した。思い切り感情をぶつけて、手を差し伸べた。

それを跳ね除けられて、踏み躙られて。表では取り繕ってこそいれど、リリィさんにそういうところがあるのをわたしは知っている。彼女は彼女で溜め込んでしまう性質(たち)なのだ。

だからこそ、スミスさんに言われた通りに。わたしはリリィさんの部屋を訪ねることにした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……あら、ルーシャちゃん」

 

ドアをノックしても反応はなく、ようやく部屋に入ってからわたしに気がついたのか振り向いたリリィさん。

その顔を真っ直ぐに見たのは久しぶりだった。

何せ、彼女はずっと俯きがち。夕飯の席ですら近頃は黙々としていて、話しかけてくることすら無くなっていた。

 

「……こんにちは、リリィさん。スミスさんからの言いつけで、今日からまた授業を再開しようかと。……その。気分転換になるかもしれませんし」

「……そうね。だといいんだけど」

 

教えることはいくらでもあるはずだった。

リリィさんは基礎教育をまともに受けていないからこそ、魔法原理や貴族としての所作だとか──それこそ、十分に学ぶべきことはあったのだ。

そして、実際のところリリィさんには学ぼうとする意欲がある。

 

まだ完全なものではないとはいえ、急に放り込まれた貴族としての立場の中で、必死に自分を取り繕いながらも粛々と生活しているのだ。

知らなかった所作を身に着けて、華奢で、痩せぎすな体を仕立ての良い服に包んで、口調すら変えて。

 

「……あの、リリィさん? では、次のページに参りますよ?」

「……あ、あら。ごめんなさい、少し考え事をしていて……」

 

そこまでして、今まで必死に学んできたリリィさんが、手を止めていた。

考え事なんて理由で──とは言うまい。彼女が何について気にしているのか、わたしだってとうに気づいていたのだから。

 

「……ジュリアさんのこと、ですね?」

「……ええ」

 

どれだけ口調を変えて取り繕って、いじめられてきたことすら黙ってきて。

ひたすらに自分を押し殺していたリリィさんが上げた叫び声、剥き出しになった感情、跳ね除けられた想い。

 

リリィさんがジュリアさんのことを想っている。そんなわたしの仮定の正しさは証明されたけれど、ちっとも嬉しくなんてなかった。それ以上に、ジュリアさんが閉じこもってしまった今があるのだから。

 

「……ねぇ、ルーシャちゃんに一つ聞きたいことがあるんだけど」

「はい。何でしょうか」

「……やっぱり、わたしにもできること……ないかしら」

 

だからこそ、だったのだろう。

リリィさんが口にしたのは自分の気分転換ですらなく、勉強を進めるでもなく。

ただ一つ、どうすればジュリアさんにその手を差し伸べられるかどうか。それを問う言葉だった。

 

「……そう、ですね……」

 

ただ一つ、懸念点があるとすれば。いくらわたしでも、その方法は簡単に答えられるものではなかったということだろうか。

リリィさんと違って、ジュリアさんはちっとも素を見せてくれない。いつもはぐらかしてばかり、ちっとも踏み込ませてくれない。

それでは、何が彼女の慰めになるかなんて、すぐには答えが出せなかった。

 

「例えば、リリィさんは何で元気づけられますか?」

「……え、わたし……?」

 

困ったような顔でリリィさんは考え込むような仕草を見せる。

それでも、わからないことがあるのならば、似た背景を持つ対象からデータを集める──それは研究においても重要なことだった。

 

「一番胸に抱いてる思い出は、お母さんと見た花火ね。あとは……祭り事も好きだった。賑やかしの中だと、元気づけられるから」

 

零れた笑み。一房の花弁が舞ったかのように、一瞬だけ華やいだリリィさんの表情。

 

「生活が苦しくて、お母さんの体調もあまり良くなくって。それでも、その日だけは一緒に出かけてくれるの。屋台で買った一人分の甘味を二人で突いて笑い合って、他の人の笑い声も聞いて。そんな時間が楽しかったから」

 

それが即座に散ってしまうような儚さを孕んでいたのはきっと、それがもう過去になってしまっていたからだろう。

 

「……そっか」

 

そうやってリリィさんが思い出をわたしに語ってくれたから。

ふと、思い出したことがあった。ここに来たばかりの時にスミスさんがわたしに教えてくれたことだ。

 

『……ジュリアは昔から収穫祭が好きだった。普段はここからあまり出られない身だけに、良い気分転換だったんだろう』

 

”知恵の寵児”として導き出した答えに関係なく、そもそもの一般論として。

自分の好きな行事、場所に出向くことができれば、少しは気分もマシになる。

 

「……あの、リリィさん。一つ思い出しました」

「なに?」

「ジュリアさんは、収穫祭が好きなんです。だから、もしかしたら元気づけられるかも……」

 

ただ一つ障害があるとすれば、そもそもとしてジュリアさんが部屋から出てくれるかどうか。

とはいえども、きっかけが無いよりはずっとマシだ。ジュリアさんが収穫祭を好きだというのならば、そこにはきっと今しがたのリリィさんのように思い出があったはず。

 

今負った恥も傷も、そんな思い出の前でならすすげるかもしれない──。

他にはジュリアさんのことを知らないわたしたちだからこそ、それが唯一の打開策に思えた。

 

「……収穫祭は確かもうすぐだったわよね?」

「ええ。それにかこつけて、もしかしたら……そうだ。スミスさんにも協力してもらって……」

 

合同授業の日、あの場に居合わせていたわたしたちと行くのはバツの悪さがあるかもしれないけれど、スミスさんにニーナさんたち……このお屋敷にはジュリアさんの力になってくれそうな人が他にもいる。

食事を部屋に運ぶがてらそれとなく情報を流してもらったり──とにかく、協力を仰ぐことが大事だ。

 

「そうと決まれば、早速スミスさんに提案してみますね」

「……ルーシャちゃん。わたしにもできることがあれば何でもするから」

 

そうして真っ直ぐにわたしを見つめてくるリリィさんの瞳。

それが映していた切実な不安を誤魔化すために、わたしは強く頷いてみせた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「あのっ、スミスさん」

「ああ。どうだった? リリィの調子は」

「勉強は少し手つかずです。やはり、ジュリアさんのことが気にかかるようで──そのことについて、提案したいことがあるのですが……」

 

今日もジュリアさんのいない静かな夕飯を終えた後、わたしは真っ直ぐにスミスさんの部屋に向かった。もちろん、今日思い出したことについて持ちかけるためだ。

 

「確かジュリアさんは収穫祭がお好きでしたよね? それなら、祭りをきっかけに連れ出せないかと考えました。よろしければ協力いただけないでしょうか」

 

一応、これが今わたしたちに思いつきうる唯一の手段。

ある意味ではこれに賭けていたような部分もあった。

 

「……確かにそんなことを言ったね。そうだ、もしかしたら元気づけられたかもしれないな」

 

だけれど、書類の山を前に眉間にシワを寄せていたスミスさんの表情が険しくなった時、『かもしれない』と、彼が仮定するように語りだした時、わたしは自分の察しの良さを祟りたくなってしまった。

 

「……それでも、今年の収穫祭はもう中止が決まったんだ」

 

何せ、それだけ早く希望を捨てねばいけなくなったのだから。

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

──わからない。わかってたまるか。

 

突き飛ばした、許されないようなことをした。

それなのに、未だそんな自分を正当化するような考えが頭の中を巡っていた。

蹲っているベッドは、少し前までリリィを呼びつけていた場所。

 

荒れて、しわくちゃで、誰も整えてくれず、そこから立ち上がることもせず、蹲る日々。

 

優秀なあなたにはわからない。

あなた()()には、わからない──だから、こうしている。

 

だけれど、もしもお母さまがいたら、寄り添ってくれていただろうか。

私は胸の中で泣きじゃくっていただろうか……なんて。

仮に天国があったとしても、お母さまはもう私の方を向いてくれはしないだろう。

 

「……ぅ……ぁ……」

 

どれだけ慰めの言葉を浴びても、温もり一つには遠く及ばない。

窓の外は今日もしんとしていた。

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