俺はダークスレイヤースタイル(笑)   作:スノウヴィリアース

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#3 おっきな誤解

はじまりの街、転移門広場。

SAOプレイヤーなら誰もが訪れる、はじまりの街のランドマークとも言えるエリアだ。死亡した際のリスポーン地点となるはずであった《黒鉄宮》や、NPCショップが何軒も並ぶ商業区と隣接しており、まさにSAOの玄関口とも言える。

 

そんな場所で──一世一代の大決戦が始まろうとしていた。

 

二人の男が対峙する。片や、無精髭の目立つ野武士。片や、悪魔も恐れる面容の青い外套の男。あまりにも関連性のない戦いのように見えるが、お互いの構える歪曲した刀が共通の得物だった。

周囲にはいつの間にか、広場の中心を囲うような人だかりができていた。人目につきやすい所なので当然といえば当然だが、不思議とこの系統のしきたりにありがちな野次は飛んでいない。皆が、固唾を呑んで見守っている。

 

彼らの視線は中央の二人と──上空に浮遊する巨大な数字の列に向いていた。数字は刻々と時を刻みながら、その瞬間を待っている。数を減らし……また一つ数を減らす。じれったさに、彼らのフラストレーションがジリジリと溜まってゆく。

 

抑えきれず、あわやはち切れるその寸前──数字がゼロを刻み、デュエルの開始を告げるブザーがはじまりの街一帯に響き渡った。

 

「うおりゃああああッ!!」

 

ソードスキルの光が、雄叫びと共に迸る。クラインは黄色の光を纏う右手の剣に──システムアシストの自動補正に引っ張れるようにして飛び出した。十メートルほどの距離を勢いよく縮めながら、正面の男へと迫る。

男は直立不動だ。その曲刀をクラインに対して振るう訳でもなく、逆に反撃のソードスキルを発動する訳でもない。何かアクションをおこす素振りすら見せなかった。

 

剣を目一杯突き出して、クラインは隙だらけの男の左半身に曲刀を振り下ろした。必殺の威力を誇るソードスキルが、青の外套に隠れた左肩に刃を通す──直前。

 

「んなッ──!?」

 

男の姿がブレる。瞬く間にソードスキルの軌道線上から抜け出して、クラインの胸元へと肉薄した。

それをクラインが認識した直後、胴体に強烈な衝撃が走る。

 

「────うお……マジかよ…………!」

 

気づけば、クラインはあっさりと大の字に倒れていた。横腹には、一筋のダメージエフェクトが明滅している。

天を仰ぐクラインの視界に入った、Winner《Vergil》という表示が、勝敗が決したことをこれ見よがしに語っていた。

 

 

勝った……勝ったぞ! よく判らんけどなんか勝てた!

暫くの放心を挟んでそれを認識した途端、歓喜の感情が俺の全身に押し寄せた。嬉しい、嬉しい──例えるなら、野球の県大会で甲子園行きの切符を掴んだような。

曲刀を掲げながら小躍りしたい気分だ。

 

『スゴいじゃないか俺! SAOどころか、人生初の対人戦なのに勝っちゃうなんてさ!』

 

もちろん、抜かりの無い俺はこの場で本当に踊りだしたりはしない。でも心は踊っていた。輝かしい勝利によって開けた、様々な未来を想像することで。

 

『このまま腕を上げていったら、いつか攻略組に参加することも夢じゃないんじゃないか?! そしたら原作キャラたちと……むふふ』

 

……実際には、相手のソードスキルの突進経路上に位置がたまたま重なった剣が、勝手にダメージを与えてくれただけなのだが、甘い妄想に耽る俺がそんな粗探しをするはずもない。

突然、今日の晴れ間はこの瞬間のためにあったのではないかと気づいた。勝利の栄光を君に……と、燦々とした陽射しが天から降り注いでいるように思えてならない。

 

自分でもよく理解できない謎のボルテージが、段々と上昇していく。現在時刻は深夜ではではなく日中だというのに。

 

そんな時、キラリと何かが光る。その源は、俺から数メートル離れた地面に落ちた、陽光を反射する黒い物体。歪な形の刀身をもつその剣は、まさに先ほど相手方が戦闘に使用した曲刀だ。転けた拍子に手放してしまったのだろう。

どうやら、本人はそれに気づいていないらしい。

 

『……あれ、あのプレイヤー武器落としちゃってるじゃん。何だよも〜仕方がないんだから』

 

俺は親切心に駆られて、武器を落としたことをそれとなく伝えることにした。

 

────コホンッ。

 

ごく僅かな声量で、小さく咳き込む。脳内であの兄貴の勇姿を思い浮かべ、喉から一息に──

 

「────愚かな男だ。己の力の象徴である剣を、みすみす手放すとはな」

 

かんッ……ぺき。これはもうバージル。俺、満足。

 

「え──? わ、悪い……すっかり忘れちまってた。教えてくれてサンキュな」

 

彼も、比類ないイケメンのセリフに驚いているようだ。おまけに感謝の言葉までもらってしまった。

フフ……別に大したことはしてないさ。せっかくの武器なんだ、大事にしないとな。それにお兄さん、見るからに優しそうな顔してるからなんか心配だ。悪いやつに騙されないようにしてくれよ。

 

「礼など要らん。俺は弱者に興味などない──精々、無法者どもに気を払うことだ」

 

────あれ、なんかコレって……。

 

「無法者……? そいつは一体……」

 

「……頭の足りぬ貴様でも判るよう言ってやる。無法者とは、将来このSAOに姿を見せる、他人を厭わぬ下郎のことだ」

 

なんてこった。どうやら俺は、SAO生活二日目にして、気づいてはいけないことに気づいてしまったようだ。

 

──楽しい、楽しすぎるのだ。人との会話が。

自分のお気に入りのキャラクターを演じるのがこんなに楽しいだなんて。今のところ口調ぐらいしか似せていないのに、どうしてこうも心が跳ねるのだろう。もうルンルンである、ルンルン。

 

本来の自分より遥か格上の人物を演じているからか、人としての位というものがグーンと上がったような錯覚を覚えた。その影響で、眼の前の男がこじんまりとしたものに思えてしまう。

 

ああ……口から出任せが止まらない。二度目の人生だからこそ保有する“原作の知識”。それを最大限に活かした“それっぽい話”は、キャラを崩すことのないやり取りを可能にしてくれた。

 

『気持ちが良い……これがポジショントークってやつか……』

 

俺はそのまま暫く、ロールプレイの快楽に浸った。

 

 

クラインは一人、驚愕していた。

それは青いコートの男のあまりの速さにでも、自分とは比べ物にならないほどの剣の腕にでもない。

彼が語る、デスゲームとなったSAOの行く末にだった。

 

一世一代の闘いに見紛えた、刹那の見切りの如き一幕の後、クラインは男にある言葉を投げかけれた。

“武器を落としている”──そう言われた時は、その親切心に心が安らいだものだ。彼が自分と闘う理由を吐かせるどころか、見るも無惨な姿を晒したことに、地獄の閻魔も尻尾を巻いて逃げるような仕打ちを受けるのではと思っていたのだから。

 

「わ、悪い……すっかり忘れちまってた。教えてくれてサンキュな」

 

お礼を告げ、慌ててそれを拾ったクラインは、ふと思考に走る。己の得物である曲刀の初期装備《スモールシミター》。これは男が持つ剣と同一のものだ。

やはりどんな武器も使い手次第で、市販の包丁にも名匠の残した妖刀にもなるんだな……と、沁み沁みと実感するまではよかった。

 

「礼など要らん。俺は弱者に興味などない──精々、無法者どもに気を払うことだ」

 

「無法者……? そいつは一体……」

 

反射的に口から出た返しの問いから、現在の状況にまで発展してしまったのだ。

 

男の言う下郎とは、ゲーム内において犯罪行為を行ったプレイヤーたちのことを指していた。

強盗や脅し……それなけならばまだ手ぬるい。中には、平気で殺人を犯す輩もいるのだと。

 

「殺し……だと?! 今の状態で死んだら、現実でも死んじまうかもしれねぇってのに……?」

 

「害する側が、他人のその後などを一々気にするとでも思うのか。俗世には、娯楽を通すことで性格の豹変する輩は五万といる。……貴様自身も覚えがあるようだが?」

 

「ぐっ…………」

 

クラインは男の言葉を否定することができなかった。なぜなら、ゲーム界隈にはその系統のプレイヤーの存在が確かにあったからだ。

SAOに来る以前に嗜んでいたネットゲームで、その手の野郎に遭遇したことがある。奴さんのマナーの悪さと過激な言動には、自分も仲間たちも相当苦労させられた。

 

もし、それが他プレイヤーに直接害を与える傾向であったら……ゲームであるからと、快楽的に人を殺すことだってあり得ない話ではない。

 

「……けどよ、だからってそいつらが現れたところで、オレたちは何をすりゃあ良い? 不穏分子は逆にやっちまう──ってのは、流石にあんまりだしよ……」

 

ガシガシと、バンダナで髪をかき上げた頭を掻く。

思い当たる節を指摘されたことで、クラインは真剣に悩んでいるつもりでいた。モンスターを倒す以前に、プレイヤーが他プレイヤーの足を引っ張るような行為は、SAOを攻略する上で明らかに致命的な問題だからだ。

 

──だが、どこか楽観的に捉えていたのかもしれない。

 

男の纏う空気が──変わるのを感じた。

 

 

「愚かだな、クライン。……本当に愚かだ」

 

 

曲刀の切っ先が、クラインの喉元に現れた。

 

クラインの全身の毛という毛が逆立つ。今の今まで感じたことのない、命の灯火を握られる恐怖が襲いかかった。

 

「何故力を求めようとしない。現実と隔絶されたこの仮想世界で、生を掴むためにもっとも必要なのは力だ。力こそがすべてを支配する」

 

──バージルは本気だ。クラインは本能で理解した。

その瞳は何も映していない。やろうと思えば、まるで道端の雑草でも刈るかのように、何の躊躇もなく自分の首に刃を振るうだろう……と。ゴクリと、生唾を飲む。

 

無法者だなんだと語っておきながら、本当のところは自分もそちら側の人間なのではないのか──と、クラインが疑念を抱いた、その時だった。

 

「俺は力が欲しい。力が無ければ、何も護ることができないからだ…………自分の身さえもな」

 

バージルが常に放つ、高圧的なオーラが僅かに揺らぐ。そしてほんの一瞬だけ、男の表情に哀しみの色が浮かんだ。

 

悪い想像が、頭をよぎる。

 

「……バージル、アンタまさか……もう──」

 

────知り合いを亡くしたってのか。

核心に触れてしまったと、クラインは思い至った。そうでもなければ、あんな辛そうな顔などできやしない。それに、もしその想像が事実なら、バージルの異常ともいえる力への執着も納得がいく。

 

皮一枚の距離にまで迫っていた切っ先が引っ込み、鈍く光る刀身が男の持つ鞘に収まった。

 

「それでも貴様は、弱者であろうというのか。俺は今後貴様が何をしようと知ったことではない。この街にいる有象無象どもと同じように、ゲームが終焉を迎えるその日まで、宿屋にでも引きこもっているといい──」

 

────だが、とバージルは続ける。

 

「クライン、貴様はその程度で終わる器ではないはずだ。貴様は本当に……思考を放棄し、見ず知らずの他人に全てを委ね、自分は安全な街で堕落した日々を過ごす──臆病者たちと同じなのか?」

 

期待、疑問、確信──様々な意味の籠もった鋭い眼光が、再度、クラインを射貫いた。

 

『……オレは』

 

クラインのバージルへの見方は、既に大きく変化していた。

この男は自分を憂いでくれているのだ。もう誰にも、己のような思いはさせないと……。

段々と、胸のあたりが苦しくなってくる。しかし何故そうなるのかは、まだ理解できないでいた。

 

「「「「「リーダーっ!!!!」」」」」

 

そんな時、広場を囲う群衆の一角から叫び声が上がった。振り向くと、特徴的な赤い意匠を身につけた、見覚えのある顔ぶれが目に入る。風林火山の面々だ。

 

「……ッ! お前ら……」

 

SAOに来る前から、それこそ現実世界でも付き合いのある仲間たち。メンバー全員で、徹夜で列に並んでSAO同梱版のナーヴギアを入手したときの喜びは、今でも昨日のことように思い出せる。

 

──そうだ。オレはあいつらを……護らないといけねえ。

 

それこそ、何が何でも。そう思うと、苦しさが消え、胸が暖かくなってくる。

 

もはや、クラインに迷いは無かった。

 

「────バージル」

 

名を呼ぶと、男はその仏頂面を向けてくる。強面の具合はすっかり元の威力を取り戻していた。

しかし、もうクラインが恐れを抱くことは無い。その顔の内に秘める、真の心を知ったから。

 

「オレがやるべきこと、見つかったぜ。……もう一回、デュエルしてくれねーか? 次は負けないからよ」

 

自信満々に告げたクラインを見て、バージルは確かに微笑を浮かべた。

 

 

ピシャーン! と、俺に電撃走る。

 

『あ……れ……? もしかしてコイツ……いやこのお方……クラインじゃね?』

 

いつでも気づくことはできたはずだ。バンダナに茶髪──それに加え得物が曲刀とくれば、真っ先に筆頭となるのはSAO初期の頃のクラインだろう。

サーっと頭が冷える。深夜テンションのような原因不明の興奮状態が瞬く間におさまった。

 

そして今の自分の状況を改めて俯瞰し、背筋が凍った。

 

────俺、原作キャラに剣を突きつけちゃってんじゃん。

 

やっちまった。つい流れでやっちまった。

なんという狼藉、物語の中の名前付きの登場人物……しかも主人公の友人ポジションの男にこんな──

 

『──い、一旦落ち着け。ともかくロールプレイだ。ここで焦りだしたらバージルのキャラがブレちまう』

 

何とか立て直しを図る。とはいえど、直前に大失態を犯した俺の精神性では、さっきほど上手いこと会話することは不可能だと、俺は直感で感じ取った。

 

故に俺は────とにかく力がどうたらこうたらと話すことにした。そうすれば、最低限バージルっぽさは損なわれないと思ったからだ。

剣を突きつけながら、話す、話す。口を動かし続ける内に、もはや自分でも何を言っているか判らなくなってきた。発言してる本人が理解していないのに、それを聞く相手が理解できようものか。

──ああ、多分クラインは……コイツなに言ってんだとか思ってんだろうな。正解だ。俺も良く判らん。

 

虎の威を借る狐の如く、ムキムキ体型のバージルの裏にいるヒョロヒョロの体の俺は、歯を食いしばりながら号泣していた。ただただ悲しかった。

すんません、すんません──と平謝りを繰り返しながら、俺のロールプレイ人生は終わったのだと……実感した。

 

納刀をしながら、締めの一言を告げる。

どうにか納得してくれていないかと、ちらりと視線を送る。そこには、ぽかんと放心した様子のクラインがいた。

 

『……やっぱり、ダメだったか……』

 

内心では上手いこと話せたと思っていたのだが……俺は全てを諦め、社会的──いやSAO的に抹殺されることを覚悟した。

今日ってSAO開始からまだ二日目ぞ? 人生これからだってのに……こんなとこで終わりかよ。頭のトチ狂ったやつだからって、黒鉄宮にでもぶち込まれるのかなぁ。

 

「──バージル」

 

突然名を呼ばれ、俺は反射的に顔を上げる。

 

「もう一回、デュエルしてくれねーか?」

 

次の瞬間、満面の笑みを浮かべたクラインにそう告げられ……。

 

 

────へ? え…………なんで?

 

 

俺は今世紀最大の変顔を晒した。

 

 

 

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