俺はダークスレイヤースタイル(笑)   作:スノウヴィリアース

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#5 これが力ってやつ

ピリピリとした空気が肌を撫でる。転移門広場の周辺。この空間の隅から隅へと張り詰めた過剰なまでの緊張感は、おそらく気の所為ではない。

 

パチモンのバージルこと俺の正面で剣を構えるのは、原作キャラの一人である刀使いのクラインだ。戦国時代の侍然とした風貌から見て、彼が本人であるのに間違いはなく、状況が状況で無ければ念願のネームドキャラとの遭遇に歓喜していたところだ。

実際問題、そんな余裕はこれっぽっちもないのだが。

 

『うあ……視線が痛てえよ。あれはマジの目だって。戦って俺が勝つビジョンが微塵も見えねぇわ。一回勝ったんだから次も……って少しでも思った自分を殴りたい』

 

──負けだ、負けだよ。闘う前から負けてますよこっちは。

だってさ、違うもん。纏ってる気迫ってやつが。一戦目とはさ。

 

落差がスゴい。なんだというのだ。少し前までは、街中を散歩していたら偶に見かけるような善良なサラリーマンっぽい雰囲気を振る舞いてたのに、現在はそれとはかけ離れた歴戦の戦闘者の佇まいである。一体全体、どんな心変わりをしたらああなるのか。

 

『さっすが、攻略組まで成り上がって二年間を生き延びたベテラン生還者(サバイバー)に成長するだけある。あれも、その片鱗ってやつなのかね……』

 

ああくそったれ。もう剣の特訓どころの話ではなくなってしまった。身も心も一般人である俺の魂はこう叫んでいる──はよう逃げろと。情けないことこの上ないが、もうこのまま己の感覚を信じてさっさと逃げ出してしまいたい。

 

だが、それは許されざる行為。俺が“バージル”の名を語り、この身に纏っている限りは、あの兄貴にそぐわない行動を取るわけにはいかないのだ。

それがロールプレイをするにあたって定めた常磐総司という男の矜持であり、憧れの人物へのリスペクト精神。これだけは断固として譲れない……せめて、人の目に晒される場所くらいではそうありたい。

 

プライドと本心のせめぎ合い──脳内で行われる天下分け目の大合戦は一向に終わる素振りを見せない。こんな揉みくちゃな頭でありながら、外っ面は常に冷静沈着な伊達男を演じれていることが不思議なくらいだ。

 

…………決断できない。やっぱ俺ってダメなやつだ。

もはや、迷う時間も自分を貶す時間も無い。デュエルの開始までの秒読みが一桁に突入したからだ。

 

『あ゙あ゙あ゙……クラインが怖え!あんな本気モードのクライン知らないって!』

 

どっちにしろ、ここまできたらやるしかない。腹をくくれ、俺。

 

『ええいッ! ままよ──!!』

 

耳をつんざくような音が、開戦を知らせる。

 

「おりゃあああああッ!!」

 

それとほぼ同時に、勇ましい雄叫びを上げながらクラインが突っ込んできた。

 

『きたきたきたきたぁッ!?』

 

今にも全力のバック走をし始めそうな両足を必死に抑えながら、その突進を待ち受ける。クラインとの距離が縮まるごとに、みるみると存在感を増していく刃を死に物狂いで目で追う。

得物で向かい撃つなどという考えは頭に無かった。先ほどの勝利は、偶然の産物であったと結論づけた結果、俺の剣は全くと言っていいほど信用に値しないと判断したからだ。

 

狙うのはただ一つ。避けることだけ。

 

疾走するクラインの勢いの乗った素早い縦斬りを、(すんで)の所で身をよじって躱す。

 

『よっしゃ避けれたッ!』

 

途端、歓喜の感情が一斉に押し寄せた。気分が一気に最高潮へと達する。

しかし俺の理性はそれを押し止めるべく働いた。トン、トンと自然体に見えるようにバックステップを踏み、相手との距離を取ることを図る。少しでも落ち着ける時間を作るために。

数度呼吸を整えると、高揚した心も元の通りに鎮まった。

 

『……ったく危ねえなこの阿呆! 天狗になって痛い目見たこと、もう忘れたのかよ』

 

二回目のデュエルなんかやることになったのも、俺自身が調子づいたせいだ。二度とあんな風になってたまるか。

 

──ほら“バージル”、次が来るぞ────!

 

「おらあッ!!」

 

クラインが動く。利き手の方から、再び縦の一閃が飛んできた。

俺は再度体の軸をずらし、脅威となる刃の軌道から間一髪抜け出した。曲刀は虚空を裂き、硬い地面へと落ちていく──と思われた。

ゾワリ、と妙な感覚が背筋を這う。反射的に俺は一歩後方に飛び退いた。直後、地面に向かったはずの曲刀が跳ね上がり、俺の腹スレスレを薙ぎ払う。これは……燕返しというものか。クラインめ、芸達者なヤツ!

 

『けど避けれてる。全く持って予想外な攻撃だったのに……! 』

 

自分でも驚きだった。どうしてこんな風に……そう思考して悟った。俺は集中できているのだ。目の前の戦闘に。

 

『──いいぞ。もっとだ……もっと──!』

 

集中するんだ。深く、更に深く……。

あの人もしていたろ。俺の憧れの人も────集中(concentration)を。

 

次の一手が見える。また縦の攻撃。それを衣服に触れるギリギリの距離にまで引きつけて、半身を引いて躱す。続いて襲い来る横と斜めの連撃も同様に回避した。

 

「くっ……うぉおおおおおッ!!」

 

その時、クラインがより深く足を踏み込む。瞬く間に相手との距離が潰され、目の前にギラリと輝く刃が迫る。それは生半可な回避行動では、ダメージは避けられないほどの至近距離での攻撃だった。

 

『バックステップ程度じゃダメか────なら!』

 

一瞬の判断で、俺は地面を全力で踏み抜いた。反動で後ろに跳び、宙返り。曲刀の攻撃範囲からの素早い離脱に成功する。

 

「マジかよオイ……!」

 

綺麗に着地した俺を見て、クラインは驚愕の表情を浮かべた。

ふっ、バージルの肉体様々だぜ。それにゲームだからってのもある。現実だったら絶対できなかったね。仮想世界万歳。

 

ふと、周囲を一瞥する。自分で思っていたよりも高く、遠くに跳んだらしく、俺とクラインの間には再び何メートルかの距離が生まれていた。

クラインは動かない。さっきの威勢の良さはどこへいったのか、曲刀の刃先を地へと向けてその場でたじろぐ姿には、どこか攻めあぐねているような印象を覚えた。

 

『うん……? 何で急に攻撃を止めた? どこからどう見ても押してたのはクラインなのに……』

 

──まさか、あれも何かの作戦だろうか。

俺はハッと気づく。もしかしたら、ああやって俺の注意を引いている内に意識外からの攻撃を……例えば、俺の知らぬ間に上に放り投げた武器の落下地点に誘導しようとする意図があるとか。

なんて既視感のある作戦なのだろう、凶悪極まりない。だが、実行前に察されたことが運の尽きだ。

 

(から)め手など許さん! こいつをくらいやがれ!』

 

俺にはとっておきの手段があった。相手の目を釘付けにし、尚且つ冷静さを失わせる最高の(skill)が。

 

「────Where's your motivation?(やる気があるのか?)

 

そう、挑発である。一度やってみたかったのだ。

台詞だけじゃない。人差し指をクイクイする動作を加えてやると、相手の苛立ちは更に加速するはずだ。ふはは。どうだ、思い知ったか。……ああ、満足だ。今、俺の心は満たされている。これだけでも、二回目のデュエルに素直に応じてやった甲斐があるというものだ──

 

 

「な…ん……だとぉ〜〜〜!!」

 

 

──ああ、やっぱやめといたら良かった。

 

え、 嘘だろ? めっちゃ怒ってるじゃん。今の一言にそんなにキレる要素あったか!? どの視点から見ても、精々負けそうになってるヤツの戯言にしか聞こえなくない?

 

つう──と、額から汗が垂れる。

何ということだ。あろうことか、俺はまた調子に乗り、碌でもない行動をしてしまったのだ。

まるで枯れた花にでもなった気分だった。風に巻かれて花弁を散らすように、俺はポロリと一つの思いをこぼす。

 

『…………俺のバカ』

 

怒り狂った様子のクラインが地を駆ける。そして俺は顔を青ざめる。

何してんだよオイ……。自身のひどすぎる体たらくに、俺は目眩(めまい)を覚えた。グラリと視界が揺れ、自然と目線が下へと向く。

 

──そこで、俺の目はとある物を捉えた。

左腰に吊り下がるそれは、鞘に収めたままの曲刀。クラインが斬り掛かってきた際に、役に立たないと手放した己の得物だった。

 

本能が告げた。コレしかないと。鞘から剣を、抜き放てと。

 

『……やってやろうじゃないか!』

 

右の手で、柄を思いきし握りしめる。

抜け────抜け! そう心の中で何度も唱え、一息に引き抜く。何かしらの抵抗がある訳でもなく、確かな感触と共に、曲刀はスルリと鞘から飛び出した。

剣を振りかざし跳躍するクラインに向けて、無我夢中でアッパー斬りを放つ。

 

半ば祈りながら発した一声と共に。

 

計らずしも、それは居合……俺の演じる男の十八番であった。

 

 

──やっぱ俺、わりとやるんじゃないか?

クラインを決死の斬り上げ攻撃で大きく後退させた刹那、頭をよぎったのは、その自信過剰とも取れる一言だった。

 

確かに、結果的にはデュエルは変わらず継続している。そういう意味では、やはり俺は見掛け倒しのヤツだと自分でも思える。

だがあの連続攻撃を己の身一つで往なしたのも事実だ。もしかしたらもしかしてだけども、他の視点からは一種の達人のように見えていたのではなかろうか。

 

……確証は無い。けど、実力の伴ったロールプレイほど、俺にとって魅力的な行為は存在しないだろう。

 

あのスタイリッシュでカッコよすぎる鬼いちゃんの演技を骨の髄までしゃぶり尽くせるとしたら……なんだかんだ言って、二年近く続くであろうこのSAO生活も──

 

「────少しは楽しめそうだな」

 

意識が一気に現実へと引き戻される。

迫るのは、趣味の良いバンダナで焦げ茶色の髪をメラメラと逆立てたクラインだ。その目に変わらぬ闘志を宿し、俺にめがけて次々と剣を振るう。

 

しかし、その刃は俺に届かない。何度も繰り返す内に、避けること自体に慣れてきたのだ。

ヒラヒラと身を翻し、避ける、避ける。俺が一歩下がり、クラインがそれを追う──その様はまるで鬼ごっこでもしているかのよう。

 

『なるほど、トリックドッジとはこういうものか……!』

 

限界まで攻撃を引きつけ、それを躱す度に、集中力が格段に増していくのを感じる。拡張され広まった視界は、クラインの腕や足──体の節々までを認識し、人体の動作の起こりを捉えてくれる。もはや、そんじょそこらの攻撃手段では、俺に傷をつけることすら叶わない。

 

「まだまだぁッ!!」

 

──にしても、クラインもクラインだ。実力差らしきものをこれでもかと実感しているというのに、それでも剣を振るのを止めない。諦めが悪いというかなんというか……それが彼の本質なのだろう。そのサムライ魂は素直に称賛だ。

 

幾度かの攻撃を凌いだ後、クラインは距離を作り、大きく助走をつけて飛びかかってくる。偶然にも、さっきと同じシチュエーションだ。一度成功したものを失敗する俺ではない。

 

「間抜けが────!」

 

俺は目一杯のパワーを込めた斬り上げ一閃で、それを迎え撃った。

 

「ぐッ……おあああああッ!!?」

 

クラインは堪らず呻きながら、舞い散る木の葉のように、上へ上へと吹き飛んでいく。カチン、と曲刀が鞘に収まる音を最後に、場には静寂だけが残った。

 

──今のは中々に恰好がついたな。

ぼうっと突っ立ちながらそう思案する。

納刀なんて、最高にスタイリッシュだったろう。前世ではバージルの剣技を真似て木刀を振ったり、鞘を使ったアクションの妄想をしていたから、再現度は申し分ないはずだ。

クラインには悪いが、ここは俺が華を持たせてもらう。これも使命であるロールプレイの一環なんだ、恨まないでくれ。

 

そうして、謝辞の意を天へと送ろうとしたその時。

──スタリ、とクラインが見事な着地を決めた。

 

「ほう────!」

 

眼前で繰り出された体操選手顔負けの美麗な姿勢に、俺は感嘆の息を漏らした。

左手、左膝、右脚の三点を支えに深く屈み込んだ姿は、まごうことなきスーパーヒーロー着地だ。下手をすれば怪我をし、ただ適当に行うだけではインパクトに欠ける、実行に難アリの着地法をこうも違和感なく──なんて羨ましい。

 

その眩しさに、思わず目を細める。

 

「と……ど……けぇええええッ!!!!」

 

──まさか、その小さな動作が命取りになるとはこれっぽっちも思っていなかった。

 

『へっ──!?』

 

あまりに突然の出来事に、思考が停止する。

視界が暗転した一瞬の合間に、ソードスキルらしき光を放つ刃が現れたのだ。

 

集中が乱れた。そう気づいた時にはもう手遅れで、クラインの曲刀がアバターに触れるまでに猶予という猶予が無かった。

必死に体をそらすも、もはや回避をするという次元の話ではないほどに致命的な距離にまで剣は迫っている。

 

『うお、これ……避けられ────……』

 

何も抵抗のできない俺へと──クラインは無情にも、その剣を斜めに振り抜いた。

 

 

──反射、というものがある。それは元々人間の体に備わっている機能で、人体の様々な働きの他、危険なものから身を守る際に生じる無意識下で行われる現象だ。熱々に熱された薬缶に触れてしまい、咄嗟に手を引く……などは、誰もが経験したことがあるだろう。

 

バージルの胴が薙がれるその瞬間、彼の身に反射に類似した現象が起きた。完全なる無意識の下で、思考を伴わない回避行動を、他でもないバージルの肉体が勝手に行ったのだ。

僅かに体をそらすという最後の抵抗から発展させる形で、バージルはそのまま身を投げ出しサイドロールをした。

 

彼はまたもや生を掴んだ。

 

「──クソッたれ、やっぱ決め手にはならねぇよな……!」

 

クラインの苦々しいつぶやきが、地に手をついて身を屈めるバージルの耳に入る。

……少々無理をしたらしい。少しでも力を込めると、身体の節々が軋んでいるかのような違和感が襲う。

 

──だが、このまま惨めに伏せているわけにもいくまい。

四肢を動かす度に覚える動作への違和感を堪え、バージルがゆらりと立ち上がった……その時。

チリ──と、この世界で一度も感じたことのない灼熱感が自身の頬の辺りから感じることに気づく。

そっと左の手を灼熱感の発生源に這わせる。そこには──一筋の刀傷があった。

 

反射──言うなれば人間の本能が取れる行動にも限界があった。致命傷こそ避けれたものの、無傷ですませるには攻撃への反応が遅すぎたのだ。

 

「……ははッ。クライン、見てみろよ────」

 

「フン…………」

 

喜びに震えるクラインを尻目に、バージルは──耐えがたい怒りを覚えていた。

己の実力に慢心をした己への怒り。あれほど身にしみた上で再三油断をした自分自身への怒り。そして──“バージル”という最強の男に傷をつけた、つけてしまったクラインへの怒り。憤怒。地獄の火炎も生ぬるい、猛々しい怒りの渦に呑まれているようだ。

 

「くは……ふははは……!」

 

突然、笑いがこぼれた。人間怒りを越えると笑いが出るとは本当のことだったらしい。額に手を当てながら笑い続ける。してやられた、と言わんばかりに。

 

「良いだろう────!」

 

深く腰を落として、バージルは曲刀を斜めに構えた。

 

「貴様は知恵を振り絞り、あろうことかこの俺に一刀浴びせたのだ。その己を弱者と認めているが故の反骨精神には、力を持つ者として──応えねばならんな……!」

 

怒りはもちろんある。だが同時に高揚もしていた。

じわじわと全身から力が湧き上がってくる。それが嬉しくてたまらなかった。別に用途があるわけでもない、誰か勝ちたい相手がいるわけでもない。では何故、こんなにも昂るのか……。

そして彼は気づいた。答えは、単純だった。

 

────俺が、“バージル”に近づいてるからだ。

 

それは演者としての純粋な喜びだった。

安堵、胸の中のしこりが取れたような気分だ。そうすると、冷静な思考を遮っていたモヤが晴れて、段々と自分のやりたいことがはっきりしていく。

恐れ、疑問。余計な感情が綺麗さっぱり収まった時、本当の気持ちが露わになる。

 

彼の魂はこう告げていた。

 

 

────とりあえず、無敵の鬼いちゃんを傷つけたてめぇ(クライン)は許さん。

 

 

もう原作の主要キャラであるとか、今後のストーリーへの影響とか知らん。鬼いちゃんを貶めた貴様は万死に値する。

そんな心意気と共に、バージルは柄を握る両手に一層力を込める。

 

すると、バージルの携える曲刀が青白く発光しだした。

曲刀ソードスキル《レイジング・チョッパー》。リーバーよりも一段階上位の技だ。

出し惜しみ無しの、現時点で自身の持ち得る力を全て振り絞った、正真正銘の全力で叩き伏せる──己の魂に従い、バージルはソードスキルという手段を取った。

 

十分な溜めを終え、バージルが万力の踏み込みと共に飛び立つ。

 

「神をも超える力────思い知れ」

 

──と、ここまでは良かった。

一時はどうなることかと思っていた彼も、理想のシチュエーションで、日常生活では使いようもない台詞を言えてご満悦の限りだった。しかし……。

 

『……あれ、俺……なんで空飛んでんの?』

 

地上五メートルの位置で、彼は疑問を抱いた。

おかしい。イメージではあのまま真っ直ぐ突っこんで、目にも止まらぬ速さの四連撃を叩き込んでいたのだが。それが今はどうだ? 想像とは違い過ぎる状況ではないか。

システムの補助──にしては、些か勝手が過ぎる。この大跳躍には、使い手の意思というものが一欠片も反映されていない。

 

『────はっ!? まさか……!』

 

混乱のあまり、プスプスと不協和音を鳴らしていた思考回路が一つの可能性を探り当てた。

 

彼の頭に半日前の──早朝にフィールドで狩りをしていた時の記憶が甦る。

そう、前にも似たようなことがあった。スライムと同格らしい青イノシシ……《フレンジー・ボア》へとソードスキルを使った時だ。あの時もこんな風に、イメージとは異なった動きをしていたはずだ。

それだけではない。ソードスキルを発動した瞬間から、全身を継続的に駆け巡るこの──言葉では形容しがたい謎の感覚も同じである。

 

原因は不明。ただ、一度身を以てした経験から思うに、この現象は起こってしまったら最後、ソードスキルのモーションが終了するまで何の抵抗も意味をなさない……そんな風に思う。

 

冷静な解析を終え、バージルは一つの結論に至った。

 

 

────あ、これアカンやつやん。

 

 

ポツンと(つぶや)いた直後、バージルの体は凄まじい速度で降下を始めた。

 

 

ヴン、とまるで最初から実体のない幻影だったかのように、バージルの姿が消える。

 

今もなお、全身に際限なく押し寄せる重圧を何とか耐えながら、クラインはキョロキョロと周囲に目を配った。しかしどこを見ても、一種のトラウマであるあのおぞましい青色は見当たらない。──見失った。

 

『……オレ以外の全部に意識を向けろ。何か少しでも……それこそ空気の揺らぎすら感じ取って、直ぐ様動くんだ』

 

無理だ。と、実践する前から理解できた。ヤケに勘の鋭い超人でも無ければ、特殊な感覚器官をもったコウモリのような生物でもない。ただの人間──それがオレだ。荷が重すぎる。

 

その弱音はクラインの本心そのものだった。現実の日本で、しがない輸入会社勤めのサラリーマンとして日々を過ごしていただけの自分には、何ら特別な能力も無い。人よりもゲーム歴がちょっぴり長いだけの平々凡々な男なのだ。

 

本心であるから、よく分かる。よく理解できる。でも、だからこそ……。

 

『やるしかねぇ。やらなきゃオレは、死ぬだけだ』

 

これが引けない戦いだということも、理解できた。

 

──集中だ。全神経を研ぎ澄ませろ。

ここまで共に死闘を耐え抜いてきた愛刀を身に寄せて、クラインは静かに目を閉じる。

 

暗闇の中心で、クラインはただひたすらに全身の感覚に意識を向け続けた。拡張に拡張を重ね、空気に面する肌の隅々に、そしてそよ風に揺れる髪の一本一本にまで張り巡らせる。

あとは信じるだけ。──オレならばできる。無理難題もやってのける、と。

 

周囲の音が急速遠のき、思考が加速していく。気がつけば、そこは深い海の底。日の光の届かない真っ暗な世界。

 

『どこだ……どこから来る……?』

 

ドク……ドク、と胸の鼓動が波となって水中に伝わる。もはやそれすら煩わしい。本当に大事なものを、覆い隠してしまうような気がして。

そんな自分の意思とは裏腹に、心臓の収縮する間隔はどんどんと狭くなっていく。始めは小さかった音も、一拍、また一拍と刻むたび大きくなり、いつしか無視できないほどの大音量で脳髄に直に響いてくる。

 

それでもクラインは、片時も集中を解かなかった。耐えて、耐え抜いた──その時。

 

「────」

 

何かが、聞こえた。

 

「────ダ……!」

 

その音は、だんだんと近づいてくる。はっきりとは聞き取れない。だが、それが聞こえるたびに、ノイズのようにボヤケていた箇所が少しずつ鮮明になっていく。

 

「──え……だ! リ────!」

 

これは……何だ? バージルじゃない。他の誰かの声だ。

 

「リ──ダ──っ!!」

 

オレを…………呼んでる────?

 

 

 

「リーダー……おいクライン! 上だッ!! 」

 

 

 

「────え?」

 

突然の怒号にクラインの集中が途切れた。深く沈んでいた意識が一気に急浮上し、覚醒する。

慌てて目を開けると、元の景色が広がる。そこでクラインの目に入ってきたのは、ギルドメンバーの一人が必死の形相で空を指差す姿。

それにつられて、空を仰ごうと首を動かす。──が、あろうことかバランスを崩し、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。

お年寄りかよ……と、クラインが嘆いた──その直後。

 

天から青い光条が降り注ぐ。

ドガァンッ! と落雷めいた轟音が轟き、衝撃によって巻き起こった突風が周辺を圧倒した。

観衆が次々と悲鳴を上げる。デュエルの邪魔にならないよう、およそ半径十メートルの円状の進入不可区域外にいる人間にまで影響が及んだのだ。

 

その暴威の中心で、クラインはただ凝視していた。

破壊不能(Immortal)のカーソルを浮遊させながらも、不規則に折れ曲がった亀裂の走った地面を。淡い光を纏った剣を叩きつけ、さも当然のようにシステムの概念を超越してみせたバージルを。

 

『な、なんだ──今の……』

 

まるで隕石が落下したかのような異様な光景に、クラインは言葉を失った。

 

『今、後ろに倒れてなきゃ……オレは──どうなってた?』

 

冷や汗が頬を伝う。プレイヤーには壊せないはずの街の建造物にヒビが入ったのだ。もしも、不死属性の無い人などが今の一撃を受けたら、ひとたまりも────バクバクと、自分の心臓が絶えず騒ぐのを自覚する。

 

その間、バージルは剣を地面に叩きつけたままの姿勢で静止し、眉一つ動かさずに──だがどこか険しい表情で、じっとクラインを見据えていた。

自身に向けられる視線に反応したクラインが、怪訝な顔でバージルを見つめ返した。

 

「────……」

 

バージルの口が微かに動き、言葉にならない言葉を紡ぐ。

 

その刹那、音を置き去りにしてバージルの姿が再度掻き消える。間を空けて巻き上がった風がクラインの肌を凪ぐ。

 

『──ッ! まだだ……まだ終わってねえッ! 』

 

それを目の当たりにしてやっと、クラインはハッと我に返った。

 

『あの剣の青い光──ありゃあソードスキルの光だ! まだ追撃がくる!』

 

この体勢ではマズい──咄嗟の判断で、クラインはすかさず飛び起きる。その判断自体は良かった。ただ、バージルがそれを上回る速さで肉薄しただけで。

 

バージルから見て右、クラインから見て左から食い入るように横薙ぎの刃が飛ぶ。たかだか体勢を立て直したのみで、武器すら満足に構えられていないクラインはその攻撃を防ぐこともままならない。

自身を遥かに凌ぐ力の()った鈍重な斬撃が、クラインの胸を激しく裂く。

 

「ぐぅッ!?」

 

視界の隅に映る体力ゲージが目に見えるほど減少し、半分を下回る手前で止まる。

衝撃で、肺の中の空気が丸々押し出される。剣で受けたときとは違う並々ならぬ威力に、クラインは大きく仰け反った。

 

「……まだ、だあッ!!」

 

地に落ちていく上体をなんとか踏みとどまらせ、続く二撃目を睨む。右に抜けたものが返しの刃に化け、クラインの命脈を断たんと迫ってくる。

クラインは既に満身創痍な上に、姿勢も悪く、受けるための剣も位置が遠いという最悪な状況だった。

 

だからこれは、純粋な根性。まさに火事場の力と言う他ない。

 

これを凌げれば、これを凌いだならば──クラインは、この最後の攻防に全てをかけると踏み切った。全身の力を、右手に総動員させる。踏ん張った足の力すら絞りきり、腕を動かす。

そして、一度斬り裂いた跡を綺麗に辿るその軌道へ向けて、刀身を滑り込ませた。

 

直後、カアン──! と甲高い音を上げてクラインの曲刀が宙を舞う。過剰なまでの力にクラインの握力が限界に達し、手元からするりとすり抜けたのだ。

 

クラインはまだ立っていた。武器を犠牲にしてしまったが、アバターへのダメージは皆無。まだ、負けていない。

 

『凌ぎ……切った!』

 

心の中でクラインは雄叫びを上げた。想定以上の己の奮闘に震え、誇らしさに浸った。

 

────そんなクラインを、明滅する青の光条が嘲笑う。

 

喜色に溢れた目線の先に躍り出て、一転。絶望の淵にまで突き落とす。

 

『もう一撃っ──!?』

 

バージルの曲刀の輝きは少しも衰えていない。それはつまり、ソードスキルが継続していることを意味した。

もう身を守るための武器も、避ける猶予もない。加えて、迫る剣の軌道をそらすために、無理な動きをして(みずか)ら重心を崩してしまった。もはやクラインはこのまま前に倒れていくことしかできない。

 

完全に、詰みだった。

 

……誰かが言った。デュエルは技量だけでなく、知識も要すると。

相手の武器種が使えるソードスキルを知っているだけで、知らない時とは結果が大きく異なる。連撃の数、武器ごとの射程(リーチ)、全てを把握して完璧な対応さえできれば、それは攻撃ではなく、自ら隙を晒す愚行となりえるからだ、と。

 

『まあ、知識だけじゃどうにもならないこともあるけどな』

クラインの脳裏で、黒髪の青年がはにかみながら告げる。つまり──青年は続けた。

『勝つためには個人の技量も要るけど、大前提として知識をつけることが、相手に対して常に優位に立つためには必須な要素って訳だ。……こんなこと、新参者(ニュービー)の君に言っても意味ないとは思うけど』

 

──その理論に従えば、だ。仮想の現実に引き戻された意識が、達観的に結論を出す。

 

『──オレが負けたのも、知識不足だった……ってことにしてもいいよな』

 

バージルが、目一杯引き絞った剣を一気に解放する。はじめの斬り下ろし、続く右、左薙ぎ払いから繋がる一連の連撃の締めである刺突。それは全てを貫かんと、空気の層を穿ちながらクラインに目掛け真っ直ぐに突き進む。

 

曲刀の鋭い切先がクラインの着る衣類や防具を容易く引き裂き────

 

 

────クラインの下腹部に、深々と突き刺さった。

 

 

くるくると宙を舞っていたもう一振りの曲刀が、カランと床に転がる音が響いた。

 

 

「ぐお……お……」

 

バージルが曲刀を突き出した直後、クラインを襲ったのは猛烈な異物感だった。

鉄の塊が筋肉を断ち、細胞の一つ一つを押し潰しながらやがて貫通する──生々しい感触。あくまでも個人の想像でしかないが、現在まさに身を以て体験したクラインとしては、そうとしか言いようがなかった。

 

とはいえ、やはりここはゲームの世界。不思議と痛みという痛みはない。そのおかげだろうか。刃の触れた箇所にピリピリと痺れるような感覚こそあれど、腹を刺され、現実世界では絶叫不可避なこの状況でも、初体験の感想をひっそりと述べるくらいには余裕があった。

 

『逆に、なんでオレはこんなに冷静なんだろうな……。ズプリといかれてんだぜ? これでもよ』

 

もちろん、クラインこと壺井遼太郎(つぼいりょうたろう)は、これまでの二十四年の人生で一度たりとも刃物に刺されたことはない。もしもそんな経験があったのならば、以降クラインは刃物に無類の恐怖を覚え、剣の世界と称されるSAOに飛び込むこともなかっただろう。

 

『──恐怖。恐怖か……』

 

思考の流れを漂う一つの単語を拾いあげ、ふと思う。いまも尚、自身に突き刺さったままの曲刀が肌を貫くその瞬間、オレは死の恐怖というものを感じたのだろうか、と。

確かにヒヤリとはした……が、もっとどんよりとした、生粋のそれらしき感覚は微塵も覚えなかった。どちらかといえば、バージルが本気を見せると言ったときの、虎の尾を踏んでしまったかのような焦燥感のほうが上だったと思えるぐらいだ。

 

先日の夕刻、はじまりの街全体を包んだ絶望。ひしひしと伝わる恐怖の感情、蔓延(はびこ)る死の気配──何千を超える大勢の人間が生み出したあのドス黒いイマジネーションに比べれば、たかが模擬試合どうってことなかったのかもしれない。

無論、バージルの鬼のような容貌を除けば。

 

そんな失礼な思考が伝わったのか、バージルはクラインを刺し貫いていた曲刀を一気に引き抜いた。

 

「うお……お……?」

 

ある意味で体を支えていた支点を失ったクラインのアバターは、力無く後ろに傾いていき、そのままドサリと大の字に倒れる。

その様子を流し目で見たバージルは、腰元の鞘に曲刀をそっと戻して、告げた。

 

「────これが力だ」

 

直後、けたたましいファンファーレと共にデュエルのWinner表示が宙に現れた。勝者の欄には当然《Vergil》とある。

長いようで短い戦いに、ようやく終止符が打たれた。

 

「う──」

 

誰かが声を漏らす。それにつられて、プレイヤーたちは続々と歓声を上げはじめた。

 

 

うぉおおおおおおお────ッ!!!

 

 

夏の甲子園のような凄まじい熱気が、転移門広場全体を焦がすまでに数秒もかからなかった。

人々は皆腕を掲げ、そばにいる者と口々に語り合う。なんて戦いだ──、あの青いプレイヤーは化け物か──、あんなソードスキル見たことねえぞ──などと、それは観戦した感想だったり、バージルへの畏怖だったり様々だ。

 

誰一人余さずに各々が自由なリアクションを見せる中、その熱にクラインはただ圧倒されていた。二人の直接対決が始まる直前までの梅雨真っ盛りのような陰鬱した空気はもはや鳴りを潜め、眩しいくらいに燦々とした光景は、お祭りの如き愉快な雰囲気を振りまいている。

あの地獄のような──四方からの嘆きの叫びが絶えず耳を苛み、あまりの絶望に放心したプレイヤーたちが次々と膝をつく風景とは、まさに真逆だった。

 

クラインは思わず、独り()ちた。

 

「──おいおい。こりゃあまるで、本来のSAOみてぇじゃねえか」

 

これはオレが、ずっと夢にまで見ていた光景だ。あの日、アパートの一室で、新世代のハードウェアという響きに魅せられたあの時から。

感慨深い気持ちになった。昨日、デスゲームに囚われたと分かった瞬間から、心のどこかで、もう見れないものだと──見ることはないのだと、決めつけていたのだから。

 

けれど実際はそうでもない。生命の危機というのは依然変わりはないが、だからといって諦観して無気力に生きるほど、今は絶望的な状況ではないのではなかろうか。

この一回限りじゃない。これからも同じように和気あいあいと騒ぐ日は必ず来るはずだ。次はオレも混じって、仲間と肩を組みながら馬鹿みたいにふざけて笑い合って……おや、中々悪くないじゃねーの。

 

「……ははっ。やっぱ、ゲームってやつは最高だな」

 

デスゲームだというのに、一歩道を踏み外したら死が待っているというのに──クラインは未来が楽しみでしかたなかった。

もちろん、外の世界に残してきたものは沢山(たくさん)ある。当然、目指すのは現実への帰還だ。だけど──せっかくなら、少しくらい楽しんだって(ばち)は当たらないはずだ。

 

「おい! 大丈夫かよ!?」

 

頭がポジティブな方向に切り替わったところで、見慣れた顔ぶれがクラインを覗き込む。風林火山の仲間たちだった。大事な、一生涯の友人たち。

自然と浮ついた声でクラインは返事を返す。

 

「ああ──生きてるぜ、何とかな」

 

いつもの調子で答えながら、ちらりと視線を自分の体力バーに移す。するととんでもない、一割も残っていないではないか。驚きのあまり、変な声を出しかけた。

呑気に自分の死生観について語っていたが、実際は本当に死にかけだったわけだ。半分を切って黄色だったのが、それはもう真っ赤っ赤である。

 

「……どうした? どこか悪いのか?」

 

「や、何でもねぇよ。ちょっとビビっちまっただけだ」

 

首をかしげながらも差し出された手を借りて、クラインは体を起こした。あくまでも平常心をよそおいながら。

こんなこと、仲間たちに教えられるはずもない。もし実は瀕死だとでも言おうものなら、それはそれはとんでもないオーバーリアクションで心配してくるのが目に見える。美人な女性プレイヤーならともかく、むさ苦しい男どもに囲まれるのなんて御免だ。

幸いにも現在はパーティは組んでおらず、HPなどの基本情報は共有されていない。街中であるから、いずれ上限まで回復するだろうし、口さえ滑らせなければそんな未来は来ることもないだろう。

 

──ああ、なんて緊張感が無いんだ。真剣に攻略しているやつに申し訳が立たねえ。頭では理解しちゃいるが、でも……それでも……。

 

『……面白えなぁ。昔から、オレはこうしてるが好きだ。リアルだろうとVRだろうと、この関係は変わんねえんだな……』

 

オレはこれを失いたくない。風林火山全員、誰一人欠けることもなく、この世界を生き抜いていきたい。

なら、護らなければならないのだろう。自分の力で……。

 

当たり前だけど、大事なこと。それを再認識させてくれた本人は、いまだに興奮の収まらないプレイヤーたちの波に現在進行系で飲み込まれている。キラキラした羨望の眼差しを全方位から向けられる様はまるでアイドルだ。……それにしては、(いささ)か仏頂面に過ぎるが。

 

──彼は、これを全て計算していたのだろうか。どこか煮えきれていなかったクラインを叱咤し、そしてはじまりの街にいる一部のプレイヤーたちの気力を取り戻した。デュエルという、普通ならば取らないような突飛な手段で。

自分に声をかけ、理由を告げることなく戦いを挑んできたのも、こうなることを予見した想定の範疇(はんちゅう)……だったのかもしれない。

 

『なあ、あんたは一体何者なんだ?』

 

遠目に見える横顔に目線で語りかけるも、当然ながら答えは返ってこない。

クラインに判るのは、少なくともバージルはプレイヤーたちを救うために動いたということと、あの瞬間に見せた悲しげな表情は嘘ではないということだけ。

事の顛末は、バージルのみぞ知る。

 

「これが力ってやつ──か」

 

クラインは無意識に、記憶の根本にまで染みついた言葉を反復した。何度唱えようと、合点はいかない。ただ、単純な強さという意味の力とは異なるように思えた。彼の言う力とは、如何なるものなのだろうか。

少しだけ考え込んで、答えは出ないと悟った。けれども、分からないなりに半ばこじつけのような結論を出す。

 

『……まあでも、確かに不思議な力を持ってるみてぇだな。──ったくよう、他人に興味ないようなツラしやがって。あんたは今日、何人の人間を笑顔にしたんだ?』

 

 

「いや〜、すっかり夕方になっちまったな」

 

あれから数時間が経った。既に日は大きく傾いている。あれほど明るかった街にポツポツと暗がりが生まれる様子は、これから夜の帳が降りてくることを否応なしに感じさせた。

 

SAO開始から二日目の夜。その重さを実感しながらも、クラインは砕けた口調で隣を歩く男に向けて喋りかける。

 

「まさか、あそこにいたプレイヤー全員とデュエルするとは思ってなかったぜ。そんで、誰一人余すことなく瞬殺……と。少しは加減ってのを覚えたほうが良いんじゃねぇか? なあ、バージルの旦那(・・)

 

そう。この男──バージルは、乱闘ゲームでしか起こり得ないような組手百人抜きを達成せしめたのだ。まあ確かにゲームだけれども。普通はCPU相手だろう、普通は。

 

「所詮有象無象とはいえ、やつらは本気でかかってきていた。ならばそれに応えるのが道理だ」

 

「ちゃんとしてんなぁ。オレみたいななんちゃって侍よりもよっぽど侍してんぜ、旦那はよ」

 

凄まじいリスペクト精神に反して、聞く者の背筋を凍らせる冷ややかな声色を崩さないバージルに、クラインは苦笑いした。

 

『……さーて、何となくついてはきたが、こりゃあ早いうちにお開きにするべきか。一応声はかけたけども、あいつらにずっと広場で待っててもらうってのも悪いしな』

 

あのバージルとはいえ流石に百を超える連戦は堪えたのか、その表情には僅かに疲れの色が見える。それに、大勢に囲まれている時に心なしかゲッソリしているようだった。後者はおそらく気の所為だが。

今日は早めに休んでもらうほうが──この男に休むという概念があるのかは定かではないが──お互いのためになるはずだ。

だけども、その前に……。

 

「なあ旦那、どこまで予想……ってーか、最初っから見越してたんだ?」

 

ピタリ、とバージルが足を止めた。同時にクラインも立ち止まる。無言のままたっぷりと時間を空けた後、バージルは口を開いた。

 

「……何の話だ」

 

「何の話って……オレにデュエルを吹っかけた理由だよ。転移門広場っつー人目につきやすい場所で張ってたのも、相手にオレを選んだのも意味あってのことだろ? はじまりの街の皆を励まそうとしてた──とか」

 

「知らんな」

 

「…………そうかよ」

 

真意を問いてみるも、バッサリとあまりにも呆気なく切り捨てられ、クラインは渋々と引き下がった。

 

『何となく分かってたさ。結局のところ、オレたちはちょっと前に知り合ったばっかの顔見知りだ。あんたにとっちゃオレも、大勢いるSAOプレイヤーの一人にすぎねぇんだろうな……』

 

そもそも、バージルの辻斬り紛いの行為というのが最初の出会いだ。無数にある人と人との出会い方の中でも最悪に尽きる。そのまま何も知らされずに無理矢理付き合わされた時点で、バージルが自分のことをなんとも思っていないのは明白だったろうに。

 

──ここで別れたら、次はいつ会えるか分からない。

クラインは、これを経験するのは二度目だった。もちろんバージルも、もう一人のことも信じてはいる。でもこんな世界だ。どうしても、不安は拭いきれない。

だからこそ、気になることは訊ける内に訊いておこうとした。残念ながら成果という成果は得られなかったが。

 

「……また、置いてかれるんだな」

 

どうしようもない現実を直視してしまって、つい口からこぼれた呟きに、

 

「貴様は追いつくのだろう? クライン」

 

バージルは一番欲しかった言葉をくれた。

 

葬式のように暗く落ち込んでいた気持ちが、その一言だけで晴れたような気がした。

 

「──たははっ! 当ったりめーよ。 追いつくどころか追い越してやるぜ。旦那も────アイツもな」

 

もう考えるのは止めにしよう。ウダウダと悩んで、これ以上停滞していたくはない。

オレはいつか、攻略の最前線に行くのだ。それもできるだけ早い段階で。そこまでたどり着ける保証はないし、それを実現してみせるような自信もあんまし。でも、ずっと先で待っているやつがいる。その事実だけで、意地でも追いついてやろうと思えた。

 

「そんなイカツイ顔してても、その実けっこう優しいんだもんな。人は見かけによらないってのはホントだぜ」

 

「……フン」

 

クラインの冗談めいた発言を華麗にスルーして、バージルは歩みを進める。長身による恩恵を最大限に活かした広い歩幅で、一歩、また一歩と踏み出すたびに、あっという間に距離が離れていく。自分よりも大きいはずの背中が、どんどんと小さくなる。

 

『バージル……』

 

一時の別れだと割り切ったはずなのに、いざその瞬間が訪れるとやはり辛いものだ。クラインは思わず、その背中に向けて手を伸ばした。当然ながら、いくら手を動かしたところでそれは虚しく空を切るだけで終わる。何度か掴むように指を這わした後、ゆっくりと、手をおろした。

 

「……じゃあな」

 

誰にも聞かれないよう、ぼそりと別れの言葉を呟いて、クラインはバージルに背を向け通ってきた道を引き返そうとした──その刹那。

 

「クライン」

 

低く張りのある声に、ハッと振り向く。青いコートを着た男が、こちらを顧みていた。

 

「────ではな」

 

そう一言残して、バージルは再び歩み始める。

そこからは早かった。バージルの背中は、一足先に夜闇の満ちた路地の奥へと吸い込まれていき──消えた。

 

「……なんだ、聞かれてたのかよ。こりゃあ参った、赤っ恥だ。まるでオレが寂しいやつみてえじゃねえか」

 

指で鼻を擦りながら、クラインはケラケラと笑った。

ひとしきり笑い終えた後、すう──と、肺が満杯になるほどに空気を吸い込む。そして、己の大きな指標となった男に向け、めいっぱい叫んだ。

 

「バージルよう! 今度会ったら、飯でも一緒に食おうぜ! 約束だかんな──っ!!」

 

 

すっかりと夜の更けた街をトボトボと歩いていると、やっとこさ見つけました「INN」の文字。俺は速攻で戸を引いた。

ちっとばかしボロそうな宿だが、もはや内装なんざどうでもいい。今はただ休める場所が欲しかった。

 

ノールックで一泊分の代金をフロントのNPCに支払い、自室に文字通り飛び込む。そして真っ白なシーツが敷かれたベッドにダイブ。枕に顔をうずめて、叫ぶ。

 

「…………疲れたッ!!!」

 

ザケンな。なんだよあの生産性のない無駄なデュエルの数々。時間の浪費だろあんなもん。

何故戦おうとする。見てたろうが。偶然だったとはいえソードスキルの暴走でボコボコに叩きのめしたクラインの無惨な姿を。我、見た目バージルぞ? 恐ろしいはずだろ。何故周りにたむろする、何故順番待ちとでも言いたげに並ぶ!?

 

──まあ百歩譲って割と真面目にクラインの半分以下の実力しか無かった有象無象どもは許そう。だがクライン、テメーは駄目だ。

絶対止められただろ、君がちょっと声をかけたらさ。なのに何で! 微笑ましい物を見るような顔を向けるだけなんだ! ぶっ飛ばしてやろうか。

 

クラインも悪いが、そもそもの話、あんな曲芸じみたソードスキルを披露さえしなければ、民衆の関心を惹きつけることもなく、俺はこうも疲弊しなかったのかもしれない。

 

「……てか、“助けて”って言ったじゃん。口パクだけどさ」

 

あんな状況下で、無理難題だったとは百も承知ではあるが。なにかに当たらなければやってられない。

 

「あ〜あ。クラインはマジで何の話してるか分からんし、疲れてたかららしくないことばっか言っちゃったし……俺の理想のバージル像がぁ……」

 

とにかく疲れた。今日はもう寝よう。

一番上に着ているコートの装備を解除して、インナー姿で横になる。目を閉じると、一気に眠気が襲ってきた。

 

……俺は、俺のいないSAOを知っている。もちろん、キリトと別れた時のクラインの気持ちも知っていた。だからだろうか。ちょっとだけ、寄り添ってあげたくなったのは。

バージルを崩さないことを優先した上での、あれっぽっちの言葉で満足してくれたとは到底思えないが、少しは気が楽になっているといいな……。

 

そんなことを考えながら、心地好い微睡(まどろ)みに揺られていると、本人のことを考えていたからだろうか。別れ際のクラインの発言が断片的に流れ着いてきた。

 

飯──そう、飯の誘い。次に会ったら一緒に食べよう、と。馬鹿め、返事はNO(ノー)だ。だ〜れがてめぇなんかと食ってやるか。面倒事ばかり持ってきやがって、二度と会ってやらん。

ふわふわと夢心地な頭の中に浮かんだ、あの憎たらしくも好印象な野武士面の男に向けて、ぺっぺと唾を吐きつけながらも、こう言ってやる。だが──

 

────そっちの奢りならば、考えてやらんこともない……と。

 

 

 

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