時間が過ぎ去り、一月が経つ。5月1日初日、朝起きてスマホを確認した双羽は────やっぱりだと溜め息を漏らした。1ヶ月分のポイントは振り込まれた─────だが、明らかに減っていた。
「…………のは分かるけど、当たって欲しくなかったなぁ」
配布されたポイントを前に、双羽は素直に頭を抱えた。教室に集まったクラスメイト達の殆どは、状況が掴めないという感じで騒いでいた。
「随分落ち込んでいるわね、如月くん。貴方もポイントが無かったのかしら」
「………堀北さんか。おはよう、今日も素敵だね」
「意外と元気そうで安心したわ。心配して損した気分だけど」
声をかけてくれた堀北に笑顔で答えると彼女は呆れたように肩を竦めるのだった。苦笑いを浮かべる双羽は、まだ現状が分かっていないクラスメイト達を見据え、溜め息を漏らす。
「いや、まぁ…………予想し得る最悪の結果だったなぁって」
「…………どういうこと?」
意味を含んだ言葉に困惑する堀北だったが、彼女が問い詰めようとしたその時、教室に茶柱先生が入ってきた。いつもより明らかに険しい顔つきで。
「これより朝のホームルームを始めるが、その前に何か質問はあるか?気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」
茶柱先生の言葉に、一人の生徒が手を挙げた。意を決して、と言うように戸惑いながら口を開く。
「あの…………今朝確認したら、全然ポイントが振り込まれてないんですけど、毎月1日に10万ポイント支給されるんじゃなかったんですか?」
「その質問にはこう答えよう。『間違いなく、今月分のポイントは振り込まれている』と」
「え、でも………振り込まれてなかった、よな?」
質問をした本堂や山内などの一部の生徒は余計に困惑したようだった。恐らく、1ポイントも振り込まれてなかったと言いたいのだろう。─────それもそうだ。
「────成程。そういうことだね、ティーチャー。完全に理解できたよ」
困惑に満ちたざわめきを破ったのは、堂々とした高円寺の独り言。机に足を乗せたまま、彼は未だに理解が追い付かない同級生達を憐れみながら、事実を告げた。
「簡単な話さ。私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、ということだよ」
「…………はぁ? なんでだよ、毎月10万ポイント振り込まれるって……………そういう話だろ!?」
「さぁ? 私はそう聞いた覚えはないね────君もそうだろう? 白黒ボーイ」
唐突に振られた双羽は「うへー、オレ?」 と苦笑いする。あの水泳の時から、高円寺とは何度も競うようなった。その事からある程度認められたのだろうか、高円寺から此方に話を振ることが多くなった。
クラス全員の視線が此方に向けられる中、双羽は自身の意見を口にする。
「確かに。先生は毎月ポイントを振り込むっていっただけで、10万ポイントとは断言してない…………それに、高円寺の言葉は正解だけど、間違いでもある」
「…………つまり?」
「────オレ達のクラスが0ポイントだから。1ポイントも支給されないし、先生達はちゃんと振り込んだ───そういうことですよね、茶柱先生」
「高円寺、如月の言う通りだ────全く、嘆かわしい。システムに感付いていた者が数人とは。呆れて物も言えんな」
茶柱先生は数人かを見て、クラス全体を見下すように告げる。バカにするような視線に生徒達の大半は何も言えない。ふと、そんな空気に耐えきれなかったであろう山内が声を荒らげた。────無論、その相手は双羽であった。
「如月! お前知ってたのかよ!?」
「いやぁ、あくまでも予想だったし………話しても信じないじゃん?」
「それならちゃんと言ってくれたら良かっただろ!? お前がちゃんと言えば、俺達だって─────」
「────平田くんの話も聞かなかったのに?」
八つ当たりのように喚き散らす山内は、双羽の言葉に図星を突かれたように押し黙った。彼の笑顔とは裏腹に、冷たい空気がそこにあった。
当然、双羽としてはクラスを見捨てるつもりなどない。だから気を付けて欲しい、とクラスメイト達に警告して欲しいと平田に頼んだのだ。
────その平田の忠告を聞かない数人が居たのを確認した双羽はこれ以上無理だと判断した。だから、放置した。クラスの中心として発言力のある平田の話すら聞かないのであれば、自分の言葉など鼻で笑って聞き流すだろうと確信して。
「───助けようとした恩人の好意を無視したクセに、今になって責め立てるとは、本当に愚かだな。お前たちがDクラスに配属されたのも納得だ。
さて、システムに気付いた優秀な生徒に免じて、特別に教えてやろう。この学校は、クラスの成績がポイントに反映される。そして当然授業中の態度、学校施設内での振る舞いは、ポイントに影響を与える。────遅刻欠席、合わせて82回。授業中での私語や形態の操作等、授業とは関係のない
行動も合わせて365回。これらの要素を含めて、ゼロ。………いやはや、途中で忠告されたにも関わらず10万ポイント全てを吐き出すとは、流石の私たちも感心するレベルだぞ」
当然、褒めるつもりなど毛頭ない嘲りの言葉だった。そりゃそうだね、と双羽は素直に耳を傾ける。耳の痛い話だが、正論には変わりない。今の自分達にはここまで言われるのも当然の話だ。
「…………茶柱先生。僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません」
「それは不思議だな、平田。お前らは義務教育の九年間、何を習ってきた? 小・中学校で遅刻をするな、授業態度を改めよ、と教わらなかったか?」
「っ、それは…………」
「この学校、高校は義務教育ではない。行動の自由はお前達に保証した。その結果どうなろうとお前達の自業自得だ。 普通のことすらマトモに出来ない『不良品』に、それ以上してやる気など更々ない」
「そんな! 『不良品』だなんて────!」
「事実、0ポイントという結果がそれを証明しているだろう」
沈黙に包まれるクラス。無理もない。10万ポイントからゼロにまで減点されたのは、自分達の非に変わりはない。ここまで言われては平田ですら反論することも出来なかった。
だが、そんな沈黙を破るように一声を挙げたのは双羽の斜め後ろに座っていた堀北だった。
「先生! 私や一部の生徒は授業を真面目に受けていました! 同じ扱いを受けるのは理不尽です!」
「ほう、堀北。お前は自分が『不良品』ではない、そう言いたいのか」
「当たり前です!」
「では問おう。お前は会社の社員として所属していたとする。お前の同期が、同じチームの人間が仕事をサボっていても注意せず、正しく評価されるとでも思うのか? この学校も同じだ。いくら自分が優秀だと言おうと、周りを改善しようとしない限り、お前達の評価、当然個人評価など変えられるはずもない」
ショックを受けたのか、堀北は何も言わずに座り込むしかなかったらしい。他の数名も堀北と同じ考えだったらしいが、茶柱先生の言葉に不満を隠せないが言葉に詰まっている様子でもあった。
これ以上意見がないことを確認した茶柱先生はある張り紙を黒板へと貼り付ける。それはAクラスからDクラスの表だったらしい。内容としては、
Aクラス 940
Bクラス 650
Cクラス 490
Dクラス 0
というものだった。明らかに数字が違うが、恐らくこのクラスポイントがポイントに反映されているのだろう。実際に茶柱先生の説明から、それが証明されていた。1クラスポイント=100プライベートポイントであることも追加で話されていた。
「…………というか、どうしてここまで綺麗に並んでるんだろう」
そんな疑問を誰かが呟いた途端、ざわめいていたクラスメイト達が口を閉ざす。確かにそうだろう。明らかに、並びが綺麗すぎる。何らかの意図を感じるのも無理はない。その点に気付いた生徒にやっとか、と感心しながら茶柱先生は話を切り出す。
「ほう。…………そうだ。お前たちは疑問を持つべきだった。なぜ、一介の高校生に10万ポイントも支給されるのか。具体的に実力で測るとはどういうことなのか。そして、その思考を止めなかった者たちと思考を止めた者たちの結果がこれだ。
優秀な生徒たちはAクラスに、ダメな生徒はDクラスへと。つまりお前達は最悪の『不良品』という訳だ。理解が出来たか?」
「ちくしょうっ!………これから俺たちは他の連中にバカにされるってことかよ!」
「何だ、お前にも気にする体面があったのか、須藤。ならクラスポイントを上げて、上のクラスに行くんだな。………最も、『不良品』であるお前たちには他のクラス以上の努力が必要になる訳だが………」
応援してるのか、煽っているのか素直に分からない。まぁ確かに、自分達Dクラスは一つ上のCクラスと大きな差が出来ている。この差を埋めるのは、彼ら以上努力と活躍をしなければならないのは、茶柱先生の言う通りだろう。
「さて、クラスポイントの説明は終わりだ。早速だが、これを見ろ」
そう言いながら、新しい紙を用意する茶柱先生。その紙の内容の目で通した双羽はあーっと言葉を漏らす。覚えがないわけではない、先月の最後らへんに唐突にやらされた小テストだ。多分その内容からして、小テストの結果らしい。
「いやぁ、実に感心する。揃いも揃って粒揃いで先生は嬉しいぞ─────一体中学で何を学んできたんだ? お前達は」
一部を除いて全体的に六十点。これでも良いくらいだ。ほぼ下の生徒に至っては、数人も赤点を取っている。因みにさっきから荒れている須藤の点は14点、流石の双羽もマジ? と苦笑いするのも無理はないだろう。
因みに双羽は余裕の90点。意外とテストの方でも負けず嫌いな為、勉強はちゃんとやってるのだ。こう見えても。
「良かったな、これが本番だったらこのラインより下の7人は入学早々退学になっていただろう」
31点の上にラインを書いた茶柱先生の先生の言葉に、クラスが再びざわめき始める。曰く、中間テストや期末テストで一つでも赤点を取ったら退学らしい。荒れるのも仕方ないが、双羽としては茶柱先生のある言葉に引っ掛かってた。
(………今回は、32点?)
赤点なんて普通はそのくらいのはずだが、まるで変動するみたいな言い方だ。頭の片隅にでも留めておこうと、思っていた双羽を他所に、高円寺と幸村の二人が喧嘩していた。実際は『不良品』扱いに不服を唱えていた幸村が余裕の高円寺に噛みついていたのだ。
幸村がそこまで憤慨するのも無理はない。茶柱先生から追加で教えられた話では、希望の就職、進学先の推薦が出来るのはAクラスのみという事実。それ以外のクラスだと恩恵を受けられない事実に荒れるのは当然だが、ここで喚いても何も変わらない。
「浮かれていた気分は払拭されたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを示せたのなら、この長ったるいHRにも意味はあったかもな。────中間テストまでは残り3週間、まぁじっくりと熟考し、退学を回避してくれ。独り言だが、お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。できることなら、実力者にふさわしい振る舞いをもって挑んでくれ」
そう言って、教室から出ていく茶柱先生。ざわめきの中、双羽は茶柱先生の発言の違和感に首をかしげ、どういう意味か考えるのだった。
◇◆◇
その日の放課後、平田を主体として中間テスト等の対策会議が始められた。当然、Sシステムの真意を掴みかけていた双羽も参加し、クラスメイトたちと話し合いをすることになった。
だが、Dクラスの三馬鹿(一部が軽く揶揄してる)の池、山内、須藤を主にした一部のクラスメイトが不参加だった。ポイントを多く減らした自責───ではなく、単に居心地が悪いだけだろう。
ある程度、平田が主導して意見がまとまってきた頃、突然放送が鳴り始めた。呑気に話を聞いていた双羽も欠伸を噛み殺し、聞き流す体でいたが────、
『────1年Dクラスの綾小路くん、同じく1年Dクラスの如月くん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』
「ん、オレ?」
自分が呼ばれたことに気付いた双羽から眠気が消えた。何か問題行動をした覚えはない。当然、綾小路も何かしたとは思えない。唐突に呼び出すとは、何か不備でもあったのだろうか。
「…………あー、呼び出されたし、オレ行くわ。後は任せたぜ、平田」
「うん、分かったよ。話が決まったら、如月くんにもメールで送っておくから」
「リョーカイ! そんじゃ皆、明日もよろしく!」
ビシッ! と挨拶を投げ掛ける双羽に、女子たちが「バイバーイ!」と手を振って返してくれる。元気な女子たちの笑顔に心を満たした双羽は満足そうにスキップをしながら、職員室へと向かうのだった。
「や、綾小路じゃん。おつかれー」
「…………如月。お前も呼び出されたんだったな」
「まぁねー。そういや、話し合いに参加しなかったけど、大丈夫?」
職員室の前まで来ると、丁度入ろうとしていた綾小路と出会い声をかける。相変わらずあまり反応を見せない綾小路だが、双羽は気にしてない様子で気さくに世間話を振っていた。
軽く話し過ぎて、目的を忘れかけていた。すぐに扉を明け、双羽が綾小路と一緒に職員室へと立ち入る。
「どうもー! 茶柱先生居ますかー!?────いないっすね!」
元気そうに入って、周りを見渡した双羽が快活に笑う。呼び出した張本人の茶柱先生はいないらしい。トイレかな、と能天気に考えていた双羽だが、教室にいた先生に気付き、口を開く。
「あ、星之宮先生! おひさー!」
「誰かと思ったら、如月くんじゃーん。おひさー♪」
セミロングヘアーの大人の女性教師。茶柱先生とは正反対で緩い印象の感じる彼女は双羽を見るや、笑顔で手を振り返す。あまりにも慣れ親しんだ様子に、後ろにいた綾小路は困惑しながら問い掛ける。
「………なぁ、如月。知り合いなのか?」
「ん、Bクラスの星之宮先生。Bクラスの人達と仲良くする時とか、職員室で話したことがあるし。茶柱先生みたいに鬼厳しくないから、話しやすいんだぜ?」
「…………ホントに交流が広いんだな」
半ば尊敬するように呟く綾小路。確かに綾小路は人付き合いが得意とは言えず、積極的に関わろうとしない。双羽の推測だが、多分自分の秘密のために他人と極力関わりたくないのだろう。まぁ、綾小路が嫌なら無理に進めるつもりはないが。
「まぁね。サエちゃんはホントに怖いからねー。………そういえば、サエちゃんさっきまでいたはずなのに何処行ったんだろ」
不思議そうに周りを探そうとしていた星之宮先生だが、「まぁいいや!」とあっさり諦めた。その後、露骨に絡んでくる星之宮と談義を交わす双羽(乗り気)と綾小路(消極的、勘弁して欲しいみたいな様子)だったが、途中で帰ってきたであろう茶柱先生に割って入られ、そのまま生徒指導室へと連れていかれた。
その際、星之宮先生は別れ際、茶柱先生に何かを言っていた。
『サエちゃん何か狙いがあるんじゃないの~?────下克上、とか』
(下克上………先生はオレ達をAクラスに上げたいのかな)
だとすれば、時々此方に向けられる値踏みするような視線も納得がいく。だが、純粋に上がって欲しいと言う感じではないらしい。何か複雑な考えでもあるのだろうか。
(────ま、別に関係ないや。どうせやることなんて変わらないし)
狙いがなんであれば、双羽には関係ない。彼は最初から、Aクラスへの昇格を考えている。全員で他のクラスに勝って、のしあがるつもりでいるのだ。そこに、難しい考えなどない。
理由はただ一つ。
如月双羽は─────ただ誰よりも、負けず嫌いなのだから。
コミュ力の塊、負けるのは好きじゃないを地でいく如月双羽。割と根は優しいけど、諦める時はすんなり諦める。諦めると負けを認めるはイコールじゃないからセーフ。
元気な割にはドライな側面もある。それ以上に普通とは違うのは紛れもない事実。